結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
「東郷ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
同時刻。
ようやく本来の力を発揮し始めた風と藤四郎は、樹と冬也と共に星屑を殲滅しながら、壁に向かって前進していた。そしてついに、依然として星屑を送り込むべく、壁を破壊し続ける東郷を発見。未だに合流できていない兎角達も気掛かりだが、待っている暇はない。同じ部員と戦う事に、心に痛みを感じながらも、彼らは武器を持った。
東郷も、引き下がる気は無いらしく、銃身と精霊を盾に、風と藤四郎の攻撃を凌いでいる。その間、樹と冬也は周りにうごめく星屑達を殲滅していた。
「この光景を見たら、分かる筈です! この世界は……! とっくに……!」
「だからって……! これ以上、壁を壊しちゃダメよ!」
「この世界が、大赦のやり方が、勇者という存在が、如何に悲惨なものか……! 勇者部創設に携わった2人なら、分かっている筈です! 私達が救われる方法は、もうこれしか……!」
「……言いたい事は、分かる」
歯ぎしりしながら、藤四郎はそう呟く。
「……だとしても!」
力強く振り払った大鎌の一手は、東郷が持つ2丁の拳銃を弾き飛ばした。
「俺達の判断1つで、他のみんなを危険に晒す訳にはいかない……! 俺達の日常の中には、真実を知らないまま、明日に向かおうとしている人が大勢いるんだ! その明日を奪う権限は、誰にもない!そして明日に向かおうとしているのは、俺達や東郷、お前も含まれてるんだ!」
「……っ!」
「そうよ! 私達は前へ進む! あんたが自らその道を外れようとしてるなら……! 私は、部長として、先輩として、あんたを止める!」
「……分かってください。分かって、ください……!」
震える東郷の手元に、新たな銃が出現する。東郷には4体の精霊がついている。当然武器もそれに比例して所持しており、手札が尽きた訳ではないのだ。
引き金に指を入れる東郷だったが、その指が動く事はなかった。なぜなら、横手から伸びてきたワイヤーに絡め取られ、手が動かせないからだ。東郷が振り返ると、目線の先にはやはり、樹がワイヤーを操作して自分の腕を拘束している姿が。周囲の星屑の数も減っており、冬也が残党を片付けている所だ。
不意に東郷は、胸部に見える満開ゲージに目をやった。目線が逸れたのを好機と見たのか、風が一気に詰め寄る。
「東郷ぉ! 歯ぁ食いしばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
大剣の面による攻撃は、鈍い音を立てて、東郷を吹き飛ばす。そして彼女は無抵抗のまま、壁の奥へと落下していく。星屑が漂っている可能性はあったが、精霊バリアがあれば問題ないだろう。
「……ごめん。少しだけ、大人しくしてて」
「兄貴! 姐さん!」
申し訳なさそうに小声で風が謝っていると、冬也が駆け寄ってきた。周りの星屑は全て薙ぎ払ったようだ。
その一方で、藤四郎は先ほどの東郷に違和感を覚えていた。
「(……妙だな。さっきの東郷、ハナから回避する気がなかったように見える。精霊バリアもあるから大ダメージを受ける事はないにしろ、目線を外した時、何かを狙っているように見えたが……)」
と、その時。風の背後から樹が近づいてきて、右肩を叩いた。
「どうしたの、樹?」
風と藤四郎が振り返ると、声が出ない樹は、必死に壁が空いた方を指差す。そこで初めて、冬也を含めた3人は、周囲の異変に気がつく。
「! これは……! 小さい奴らの進行が」
「止まってるッス⁉︎」
「一体、何が……」
彼らが目にしたのは、神樹に向かっていたはずの星屑が、まるで時が止まったかのように静止してしる光景だった。なぜこのような事になっているのか。4人が疑問に感じていたその時、突然強い光が壁の奥から差し込んできた。東郷が吹き飛ばされた方角からだ。
同時に振り返ると、4人は目を見開く。そこには、一輪の巨大な朝顔が咲き誇っており、その中心には、8つの砲台を兼ね備えた、即ち満開を行使した姿の東郷が神々しく佇んでいた。
そこで藤四郎は気づいた。先程、風の攻撃を無抵抗に受けたのは、満開ゲージを満タンにする為。目線を外したのも、満開ゲージがあといくつで溜まりきるかを確認する為。散華して体の機能を一部失うリスクを背負いながらも、世界を壊すべく、躊躇いなく満開を行使した東郷に畏怖を覚える上級生。
畏怖する原因は他にもあった。東郷の背後には巨大なシルエットが見えており、星屑の共喰いによって、その姿は、かつて勇者達が大苦戦した獅子型へと復元されていく。その獅子型に吸い寄せられるように、止まっていた星屑も後退していく。
思いがけない強敵の登場に唖然とする4人。そんな彼らに向かって、東郷は最後の警告を促す。
「4人とも、どいてください!」
「どくわけ……ないでしょ⁉︎」
「……っ! ごめんなさい」
ただ一言、そう呟いたのを、彼らは聞き逃さなかった。そしてその目線が、遥か彼方にそびえ立つ、樹木のシルエットに向けられている事も。
「「「「⁉︎」」」」
東郷の一斉砲撃が、世界の恵みである神樹に向かって放たれた。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
藤四郎を初め、他の3人も神樹への着弾を阻止するべく、彼ら自身が盾となり、武器をかざして押さえ込もうとする。が、東郷の本気の一撃は、4人で止められるようなものではなかった。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ガァッ……⁉︎」
「うわァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「……!」
弾き飛ばされた4人は、そのまま木の根に墜落。勢いは衰える事なく、神樹へと向かっていく。息を呑む藤四郎だったが、砲撃は神樹に届く事なく、その場で霧散した。その理由を、砲撃した本人が推測する。
「……そう。勇者の力では、神樹本体を傷つける事は出来ないのね」
勇者や武神の力は、神樹から分け与えられたもの。同じ力であれば、神樹の意思で打ち消す事も可能なのだろう。
「……でも、これを連れて行けば。こいつの攻撃なら、きっと神樹を、殺せる」
だがその程度の事を予測していなかった東郷ではない。だからこそ、壁を空けた意味はあるのだから。だからこそ、獅子型に再生してもらう必要があったのだから。
「くっ……! スタミナが……!」
一方、墜落した4人はここまでの戦闘で蓄積された疲弊の影響からか、変身が解けており、体に力が入らない状態にあった。風と藤四郎が、同じく倒れ込む樹と冬也に向かって必死に声をかける中、壁に目をやると、東郷と、完全に復元された獅子型が前進している光景が。
「結界を越えてきてる……!」
「! まさか東郷、お前……!」
藤四郎が、東郷がやろうとしている事に気付き、狼狽える。
「私を、殺したいでしょう。……さぁ、おいで。私を狙いなさい」
前方に身構える東郷を敵と見なした獅子型は、巨大な火球を生成する。その直線上には、東郷と、そして神樹が。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
風がありったけ声を張り上げるが、もう時の流れは止まらない。
放たれた一撃は東郷へ向かうが、満開によって機動力が上がっている東郷にとって、回避するのは造作もない。狙いが逸れた火球が神樹に向かっていくのを確認した東郷は、安堵の表情を浮かべ……。
「これで、みんなを助ける事が出来」
『ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』
大勢の叫び声が、東郷の、藤四郎達の耳に轟く。
「勇者ぁ、パァァァァァァァァァァァァァァァァンチ!」
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
拳が、レイピアが、巨大な火球を正面から破壊し、爆発の中から、その姿を見せる。その2人に向かって辺りを漂っていた星屑が襲いかかるが、
「勇者は、根性ぉ!」
「ハァッ!」
「これなら、どうです!」
「いっくよ〜!」
斧が、バチから放たれた火炎弾が、ワイヤーに繋がれた刃のついている円盤が、槍が、星屑達を一瞬で塵に変えていく。更に地面に降り立った彼らの後方から、何本も放たれた矢が遠くにいた星屑を貫く。その矢を放ったであろう人物も、彼らの近くに降り立つ。
「ごめんなさい先輩。遅刻しちゃいました」
「後は、任せてください!」
「……フッ。随分遅かったじゃないか。だが良い顔してるから、許してやるよ」
藤四郎は、彼らの堂々たる顔つきを見て、笑みを浮かべる。
「もう、迷わない! 私達が勇者部を、東郷さんを、守る!」
「友奈ちゃん……! みんな……!」
目の前に立ちはだかった、同級生の顔ぶれを1人ずつ確認し、苦々しげにそう呟く東郷。
結城 友奈、久利生 兎角、三ノ輪 銀、大谷 巧、乃木 園子、神奈月 昴、そして……。
「随分と待たせちまったな、須美」
「……えっ」
その口調に違和感を覚え、目を見開く東郷。否、それは事情を知らない風ら4人も同じか。
「やっとこの記憶を取り戻して会えたと思ったら、いきなり戦う羽目になるなんて、つくづく運が良いのか悪いのか、よくわかんねぇな」
苦笑するその顔は、確かに小川 遊月のものだった。しかし……。
「お前……、誰、だ……?」
藤四郎が呆然とそう呟くように、明らかに自分達がよく知る人物像とは異なるものを感じさせた。疑問のような目線を感じ取ったのか、その人物は前に出て、意気揚々に語り始める。
「ようやく思い出したぜ。俺の名前は小川 遊月だが、その名がつけられる前に、俺には本当の名前があった事を。そして、俺達6人で誓い合った、あの日の事も、全部思い出したぜ!」
「! あの子、ひょっとして記憶を……!」
風が驚いたようにそう呟く中、彼は右手の弓を高く掲げる。
「待ってろよ須美。今俺達が、その泥沼から引きずり出してやるぜ! 俺の、本当の力で!」
そう叫ぶと、弓が霧散して、その代わりにあるものが握られた。
自身の身長とほぼ同じサイズの、薙刀だった。それを振り回すと、強く握りしめた薙刀の先端を、東郷に向ける。
「思い出せない奴も、初めての奴も、よぉく聞いとけよ! 俺の本名は、『
「市川、晴人……!」
呆然とそう呟く東郷。ハッキリと覚えているわけではない。事前に源道が遊月の本名を明かしてくれたとはいえ、その記憶が残っているわけではない。
なのに、その響きは、自分の心に染み渡る。同時に分かるのだ。目の前に見える、笑みを浮かべる少年は、自分にとって、とても大切な人だという事が……。
「さぁて行くぜ! 正義のヒーローの、復活ってな!」
お気づきの方もおられると思いますが、今回のラストは、ビルドのジーニアス初登場回を意識して執筆しました。
余談ですが、今日は私の24回目の誕生日であり、あっという間に1年回ってきた事に驚きつつも、これからも健康に気をつけて頑張っていきたいと思いますので、応援よろしくお願いいたします!
〜次回予告〜
「あれをぶっ壊せば!」
「まだ、終わりじゃない……!」
「わっしー!」
「怯むな!」
「僕が諦めるわけにはいきません!」
「私が守る!」
「私を、1人にしないでぇ!」
「そうすりゃ忘れないさ」
〜交わした約束は忘れない〜