結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
ようやくひと段落ついたので、投稿再開です。
今回は、『ゆゆゆい』における、『結城友奈の章』ハードモードのとあるストーリーをベースにしております。
「でねでね! 先生がコラーって怒ったら、委員長の鼻から牛乳がブハーって!」
「アハハハハハハ! おかしすぎる!」
「ヤダもう……。うふふ」
「は、腹が壊れそうッス……!」
「マジ傑作もんだったよな、巧!」
「……さぁ、全然興味なかったから」
夏休みも間近に迫りつつある、とある日の午後。勇者部の部室ではいつにも増して、身の回りで起きた面白エピソードの報告会で盛り上がっていた。
そんな中、彼女だけは皆と違うアプローチを見せていた。
「……ん?」
「樹? どうかした?」
不意に樹が首を縦に振り始めた事に疑問を持つ一同。当の本人はその顔に少し影がさしたように見えたが、気を取り直して、手元のスケッチブックにペンで何かを書き込むと、それを皆に見えるように開示した。
『お話、面白いです!』
「あ、なるほど」
「そ、そうですね!」
ようやく合点のいった表情を見せる一同。それを見て、樹は再び難色を示す。
「さて、と。そろそろ仕事しないと。あたしと藤四郎は、今から部長会に出ないと」
「私と兎角も一緒に委員会に顔を出してきます」
「オイラも職員室に用事があるんで、ちょっとだけ失礼するッス!」
「それじゃあ私は、ホームページの更新と、メールのチェックをしておきますね」
「僕達は、どうしましょうか……? 巧君、備品の修理の依頼は来ていますか?」
「いや、今日はない。道具の手入れも済ませているから、基本的に俺はフリーだ」
「となると……」
「樹、何かある?」
夏凜が樹に仕事がないか尋ねてみると、スケッチブックにペンを走らせて、それを見せてきた。
『書類の整理と、予定の調整を一緒にやっていただけますか?』
「えぇ、いいですよ」
「こっちは1時間程で済むはずだから、後は任せたぞ」
「じゃあ行ってくるぜ」
「そっちも頑張ってねー!」
そう言って友奈、兎角、風、藤四郎、冬弥は各々の用事を済ませるべく、部室を後にする。
そして残された面々は、樹の提案通りに作業を始め
「へいへ〜い、いっつん。言いたい事あったら、言っちゃいなよ〜?」
……るかと思われていたその時、園子が核心を突き始めた。当然、樹は図星だと言わんばかりに驚いた表情を見せる。
「いっつんが悩んでるのは、お見通しなのだ〜。キッカケは多分、そのスケッチブックだね〜?」
「……!」
「えっ、何だ?」
「それ本当か? どうしたんだよ樹」
これを聞いた一同は作業を止めて、樹の前に集まる。そうして樹は、園子に見破られてしまっては、と観念したかのように項垂れつつ、スケッチブックを介してこんな事を話し始めた。
『私、何だか皆さんのペースを乱しちゃってますよね……』
「は? 何それ?」
「どういうこった?」
首を傾げる夏凜と銀。
『文字を書くのに時間がかかるから、楽しい会話の流れを止めちゃうっていうか……』
「そんな事ないわ。気にし過ぎよ」
『いえ。さっきもあいづちのつもりだったのに、書いてる間にしらけさせてしまって……。ごめんなさい』
「思っていたより切実な悩みだな」
巧が思わずそう呟いてしまうほど、満開による極度の疲労で、声帯が麻痺してしまった彼女にとって大きな悩みと見て取れる会話に、うーんと唸る一同。
「他に代用できる伝達方法を見つける所から始めましょうか?」
「それなら、パソコンを使ってみる?」
『もっと遅くなっちゃいます』
「慣れない手でタイピングしても、スケッチブックに書き込む時間よりかかったら本末転倒だしな」
遊月が顎に手を当てながら考え込んでいたその時、夏凜が自信に満ちた表情を浮かべた。
「……私に良い考えがある」
「どんなだ?」
「身振り手振りで表現できれば、書くよりもずっと速いと思うの」
「それは、そうですけど……」
「で、でも試す価値はあると思います! 夏凜ちゃんの言う通りにやってみましょう!」
「私も賛成〜」
と、真琴の推しもあって、一同は夏凜主導で行動を開始する。
「試しに、私が今から何を表現しているか、当ててみて。……ウッホ、ウッホ!」
そうして先ず夏凜が行った動作はというと、両手を胸に打ち付けるようなものだった。
「これって……」
『ゴリラ?』
「そうよ! やるわね、樹!」
「ドラミングを表現してたんですね」
「声、出てたわよ……?」
「出てたな」
東郷と巧がそう指摘するも、銀の割り込みがそれを遮る。
「んじゃ今度はあたしが! ……パオーン、パオーン!」
銀は、右腕を前に突き出して、上下左右に振り回していた。
『ゾウです!』
「正解!」
「ね? ジェスチャーって、良い手段でしょ?」
「また、声出てたけど……」
「夏凜、ジェスチャーの意味知ってるのか?」
再び指摘をする2人。だが夏凜はそれを無視してこう語りかける。
「考えてみて。これは東郷や遊月にとっても悪い話じゃないのよ?」
「どうして?」
「何でだ?」
「戦闘中、あんた達だけは離れた位置にいるじゃない?」
「まぁ俺は接近して戦う事もあるけど、東郷は援護射撃重視で動かないのは事実だな」
「でしょ? そんな時にジェスチャーで指示が受けられたら、これはとても便利よ!」
「そう、かしら……?」
「てかそもそも、お役目が終わった今、ジェスチャーを学んだ所で意味あるか?」
「たっくん、シ〜」
園子が巧の肩を軽く叩いて、人差し指を口に当てた。その理由は、目を輝かせている樹の姿にあった。
『カリンさん、すごいです! グッドアイデア!』
「樹ちゃんがこれだけ前向きなんですから、ここはそっとしておきましょう」
「全員がこれをマスターすれば、戦闘にも利用できて、樹の悩みも解決できて、一石二鳥ってわけ!」
「樹ちゃんの気持ちが楽になるなら、私もそれで良いけど……。手旗信号や手話じゃダメなの?」
「えぇ〜。あたしそういうの苦手だからパス。もっと簡単なのが良いじゃん?」
「そうよ。それに、敵の中にそれが理解できる奴がいたらどうするの? 作戦がバレバレになるわ」
「な、なるほど……」
「納得するのかよ、そこは」
妙な所で相づちを打つ東郷を見て、巧はすかさずツッコミを入れる。
「早速、今からここにいる面子で練習するわよ。先ず、私がお題を出すから、樹がやってみて」
『はい!』
そうしてお題を聞いた樹は、それに沿ったジェスチャーを始める。回答者は、夏凜と樹以外の面々となるようだ。
「えっと……。背中を丸める体勢になりましたね」
「マット運動の下手な人……?」
「ん。両手で目に輪っかを作ったな」
「あ、望遠鏡を覗いている人!」
「そんな複雑な問題、初っ端から出すわけないでしょ⁉︎」
「ピッカーンと閃いた! これ、パンダだね〜!」
「正解!」
園子が正解し、なるほど、と頷く人が多数続出。東郷は苦々しい表情を浮かべる。
「ごめんなさい、分からなかったわ……」
「案外難しそうだな」
「それじゃあ真琴。次はあんたが樹にお題を出してあげなさい」
「えっ、僕ですか⁉︎ えっと、それじゃあ……」
戸惑いながらも、お題を樹に出す真琴。すぐに頷いた樹は、両手だけを動かしてパタパタと仰ぎ始める。
「手をパタパタさせてますね」
「ペンギンか?」
「カラス……?」
「あ、ダチョウね!」
「! ヒヨコか!」
『ユヅキさん、正解!』
今度は遊月が先に閃いて正解を導き出した。オォ、とどよめきが起こる中、東郷は頭を抱えつつあった。
「どれもこれも、私には難しすぎるわ……」
「そんな事ないわよ。樹は上手だわ。東郷にセンスがないだけじゃない?」
「なっ……⁉︎」
この一言は、その後1週間近くまで引きずっていたようだ、と後に一部始終を目撃していた遊月は語る。
その後も何度かクイズ形式で特訓を重ね、ようやく全員がさまになってきた所で、夏凜が新たな試練を与えた。
「じゃあそろそろステップアップね。暗号っぽいものに挑戦しましょう」
「具体的にどんな暗号を……?」
「先ずはこれね。指を2本、その後3本見せて……からのピストルの形で……?」
「えぇっと……。『弾丸を23発撃ち込め』?」
「絶対違うな」
まだ答えを知らない巧は、自信を持ってそう呟く。
「『兄さんを撃て』だね〜」
「そうよ。園子が正解」
「なるほど。2と3で兄さん。典型的な語呂合わせですね」
「その通り。じゃあこれは? 指10本、そして指3本からの……ピストル」
「10と3……、じゅ……さ……。! 『銃殺せよ』?」
「とてもじゃないけど、答え方が中2の女子生徒らしくないぞ⁉︎」
「もしかしてさっきと連動しているなら……、『父さんを撃て』?」
「遊月が正解よ」
「というより、東郷の回答、物騒すぎるって……」
「まぁそれを言ったら兄や父を撃つのも物騒だけどな」
もっともな事を呟く遊月と巧。
「じゃあ今度は、みもりんから出題してみて〜」
「意外と簡単だから、考えすぎないようにね」
そう催促されて、次は東郷がジェスチャーをする番だった。
「うーん、それじゃあ……。指7本、5本、3本で、バーン」
「(あ、今の東郷の銃の撃ち方、ちょっと可愛かったな)」
関係ない所に感心してしまう遊月だったが、気を取り直して答えを考え始める。
「指の本数が2本ずつ減っていきましたね……」
「7から5、そして3……」
『しちごさん?』
「そう!」
「そうなのかい⁉︎ だったら何で銃を構えたんだよ⁉︎」
「七五三を銃撃するとか、神樹様からバチが当たるぞ……」
「非道でしたね……」
早速問題の出し方に不安を募らせ始める遊月達。
「語呂合わせって、私は普段やらないから……。年号や化学記号な丸暗記だし……」
「……あたしへの当てつけか?」
ジト目で東郷を睨みつけるのは、勉強が特に苦手な同級生。
「要は、慣れと気合いが必要なのよ。さ、もう1問ちょうだい」
「やってみるわ。指8本から……」
そうして今度は、腕を円状に回し始めた。
「8で、指をクルクル回す……? さっぱり分からん!」
「『はまる』……? いや、『はまれ』か?」
『その辺にハチがいる?』
「樹ちゃんが正解」
「あぁ、そういう事か!」
「まぁぶっちゃけた話、いたらジェスチャーする前に逃げた方があたし達も気づくけどな」
「くっ……」
確かに、と納得してしまう自分を悔しがる東郷。そんな彼女を慰めるように、樹がスケッチブックに書いた文を見せた。
『ハチは危ないですから、教えてもらえるとありがたいです。とーごー先輩』
「よし。こんな具合に、あいつらが戻ってきたら、ジェスチャーで何か伝えてみましょう」
「自信ないわ……」
これまでの成績を見る限り、不安材料の多い東郷は早速自信をなくしている。そんな彼女を見て、銀と夏凜は何か思いついたような表情を同時に浮かべる。
「じゃあさじゃあさ! 1番ベターなやつをやってみようよ!」
「それもそうね。こうして、こうして……」
「こうで、こう……? 分からないわ、どういう意味?」
「それは内緒」
2人に伝授してもらったジェスチャーを見よう見まねでやってみる東郷だったが、未だにどんなメッセージ性を含んでいるのか、見当も付いていない様子だ。その一方で、園子は何かに気づいているようだったが……。
「とりあえず、そのジェスチャーを友奈に向けてやってみてよ」
『私もお姉ちゃんに、何か伝えてみます!』
樹もやる気満々になり、身近な話題を基にして、姉に伝えるべく奮闘する姿勢だ。
そうして時間をかけてジェスチャーを浸透させていると、いつの間にか、1時間近くが経過しようとしていた。
部室近くの廊下で、会議等を済ませた友奈達が合流し、5人は部室に入っていった。
「はー、疲れたー。樹、お待たせ〜」
「ただいまー! ……ん? 東郷さん、どうしたの?」
「いつになく真剣な顔してるな……。何かあったのか?」
友奈と兎角が着目したのは、真剣な眼差しを友奈に向けている東郷の表情だった。何か彼女の気に触るような事でもしでかしてしまったのでは、と内心焦り始める2人。
そんな中、彼女は突然奇妙な動作を始めた。柏手の如く、手を1回パンと鳴らし、ピースサインを作ると、指で輪っかを作り、最後に敬礼。部員の奇怪な行動に呆然となる風、藤四郎、冬弥。その僅か1秒後……。
「ってウソォ⁉︎」
「え? 何か伝わってる……? これだけの動作で……?」
「スカート捲れてる⁉︎ は、恥ずかしい! どこどこ⁉︎ ねぇ兎角! 私いつからそうだった⁉︎」
「お、俺に質問するなそんな事! そもそもジェスチャーしてきた張本人が戸惑ってるってどういう状況⁉︎」
「え? 私、何を言ったの?」
何故か酷く慌てて、スカートに手を当てる友奈と、顔を赤くして友奈から目線を逸らそうとする兎角。2人の様子が豹変した事にますます首を傾げる東郷。その答えは、友奈の次の発言で明らかとなる。
「今、『パンツ丸見え』ってしたよね⁉︎」
「えぇ⁉︎」
「だから何で伝えた側が驚いてんだよ⁉︎」
「あなた達、まさか……」
東郷は振り向き、このジェスチャーを伝授させた張本人達はと言うと……。
「アッハッハッハ! 冗談に決まってるだろ友奈! 東郷に芸を仕込んだだけだって!」
「ジェスチャーではこれが、基本中の基本よ!」
胸を張ってそう説明する2人。後ろの方では何人かがさも当然といった表情を見せている事から、園子達はすぐにそのメッセージの意味に気づいたようだ。
「あん? 樹も真面目な顔で、いったい何?」
と、2年生組のやりとりはそっちのけで、今度は樹が先ほどの東郷と同様に真剣な表情になって、腕を動かし始めた。
小さな山を形作ってから、掬うような動作を見せて、次に丸を作ってから、上を指し始める。
「……ど、どういう事ッスか兄貴? さっぱり分かんないッス!」
「俺に書かれてもな……」
藤四郎と冬弥は首を横に振るばかり。そんな彼らとは対照的に、フムフムと首を縦に振るのは、樹を溺愛する姉。
「ん〜? あぁ、特売のプリンは昨日買ったよ。切れてた廊下の電球は、今朝換えておいたわ」
これを見て、夏凜は衝撃のあまり仰け反ってしまう。
「な……! 樹あんた、そんな複雑な暗号を……! よくやったわ! これで勇者部は安泰よ!」
「……喜んでいるところで申し訳ないけど、誰でもいいから、そろそろ説明をプリーズ」
「あ、はい。実はですね……」
状況が呑みこめない兎角に、真琴が前に出て事情を知らない5人に、これまでの経緯を丁寧に説明した。
「へぇー! ジェスチャーで指令かー! すっごく面白そう! 私もやりたい!」
「ゲーム感覚で楽しそうッスね!」
つい先ほど恥ずかしい思いをしたばかりのはずの友奈は、早速賛同モードだ。冬弥もまた然り。兎角と藤四郎も、特に異議を申し立てる様子はなさそうだ。
ただ1人、彼女だけは呆れ混じりにこう呟いた。
「……あのさ、1ついい? 指示なら全員にスマホで出来るんだけど」
『……あ』
一瞬で、部室が静寂に包まれた。文字通り無の世界が、その場を支配している。
「それに、樹の言いたい事は、どんな事でもあたしには伝わるわよ。そうでしょ?」
これに対し、樹はにこやかな表情で頷く。
「うんうん〜。姉妹愛炸裂ですな〜」
「大切なのは、『形』ではなくて『気持ち』か。まぁ、一理あるよな」
「大体、ジェスチャーっていったって、『パンツ丸見え』程度じゃねぇ……」
「す、すみません。つい、夢中で……。冷静さを欠いてしまいました」
「そんな事ないよ! 教えてもらったら嬉しいよ!」
「友奈ちゃん……!」
「いま、その前にパンツが見えないように自分で気をつける事から始めろよな……」
もっともな事を口にする兎角。
「しかしまぁ、今回の案件は『骨折り損のくたびれ儲け』がしっくりくるような感じだったな」
「確かに、そうですね」
「樹、変な提案して悪かったわ」
発案者である夏凜が、珍しく反省して樹に頭を下げる。
『カリンさん』
すると、樹は胸にハートを作ってから、一礼した。突然のジェスチャーに困惑する夏凜だったが、すかさず園子が代わりに意味を教えた。
「『心の底から、ありがとう』って言いたいんだよね〜」
これを聞いて、夏凜は例の如く、顔を真っ赤にする。
「べ、別にお礼なんて……! とにかく、気が晴れて良かったじゃない」
「素直に喜べばいいものを」
「そ、そんなんじゃないし! 私は勇者のスキルアップの為に手を貸してあげただけだし!」
「えへへ。夏凜ちゃんってば……」
しばらくの間、夏凜をからかう時間だけが過ぎていった。
人に何かを伝える上で大切なのは、『心の底から伝えたいという気持ち』。今回の一件は、そんな当たり前のようで、いつしか心の奥底に忘れ去られてしまっているような事を思い出させる、ある種のキッカケになったのではないだろうか。
「……ところで。銀ちゃん、夏凜ちゃん」
「「……⁉︎」」
「この後で少し、お話しましょうか……」
「「8! 8! 1!」」
「あ、これは『ヤバい』だな。俺でも分かったぞ」
「ま、これもいつも通りだな」
ジェスチャーって案外バカにできないものだと、私自身も思っております。
中学の時に行ったアメリカでのホームステイでは、言語の壁にぶち当たった時に、ジェスチャーでどうにか乗り切った記憶がありますので。
〜次回予告〜
「女同士で何照れてんだか」
「こっちの体は出来上がってるわよ!」
「盛り上がってますね」
「門限を破る子は柱に張り付けます」
「色々と敵わないな……」
「加速するぞ!」
〜夏期休暇のひと時〜