結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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お待たせしました。

超絶今更になりますが、実写映画『銀魂2 〜掟は破るためにこそある〜』を観終えて一言。





……日本アカデミー賞にノミネートされないかな、この映画。




12. 腹が減っては戦は出来ぬ

事の発端は、とある昼休みのワンシーン。

 

「わーい! お弁当っ、お弁当!」

「お腹ペコペコです……」

「おぉ〜! すばるんのお弁当美味しそう〜!」

「うどんのナポリタンです」

「珍しい組み合わせだな」

 

部室に集まった一同は輪になって、弁当を広げていた。恒例行事というほどではないが、時折部員が一同に介して食事を摂る日もあり、今日がそれにあたる。

 

「いただきまーす!」

「ご馳走さま」

「ふぇぇぇぇぇっ⁉︎」

 

まるで返す刀の如く、ご馳走さまの一言を発する者が。その声の主は、弁当箱ではなく、中身の入った小瓶をそそくさとカバンにしまっていた。

 

「早すぎだろ⁉︎」

「夏凜さん、もう食べ終わったんですか?」

「食べ終わったっていうか、飲み終わった」

 

平然とした表情で答えるのは、言わずと知れた三好 夏凜。

 

「また今日も、栄養補助弁当?」

「サプリメント!」

 

横文字の苦手な東郷に対し、訂正を加える夏凜。

 

「補助というよりも、夏凜にとってはサプリが主食のようだな」

「でも、ほぼ毎日サプリメントですよね夏凜ちゃん……」

「いけない?」

 

この一言に対し、物申す者が。

 

「いかーん!」

「いけません!」

「はぁっ⁉︎ 何でよ? 風だけならともかく、何で昴まで」

 

普段から何かと絡んでくる風が声を張り上げるだけならまだしも、どちらかといえば大人しめな昴まで突っかかってくるとは思わず、たじろいでしまう夏凜。

続いて、友奈や銀、真琴が口々に語りかけた。

 

「だって、錠剤がご飯なんて楽しくないし、美味しくないでしょ?」

「だよなー。前に手作りのラーメンを一緒に作った時以来、手作りしてるって話は聞いてないし……。昼はほとんどそればっかだし」

「せっかくなら、美味しいのを食べた方が得ですもんね」

「美味しいとかまずいとかはいいわ。でも、あんたは間違ってる!」

「だから、何が」

「栄養補助剤は、その名の通りあくまで補助。補助という事であって、メインではない!」

「サプリばかり食べていては、体がもちませんよ」

 

2人の意見に対し、夏凜は食い下がるように口を開く。

 

「ムッ……。ちゃんと夕食は食べてるわよ。コンビニのお弁当を」

「コンビニの……?」

「いかーん!」

「いけません!」

「何で⁉︎」

 

再び雷が落ち、夏凜の苛つきが増したように見受けられる。

 

「コンビニ弁当には、保湿・保存を目的として食品添加物が使用されているケースが多くて、一回食べただけならさほど影響はありませんが、夏凜ちゃんのように毎日摂取していると、体内に溜め込まれて、栄養失調を引き起こし、最悪の場合、命に関わる事も考えられるんですよ」

「ウッ……」

 

さすがは食に人一倍うるさいだけあって、昴の解説にはある種の説得力があり、夏凜も押し黙る他ない。

すると、風がこんな事を語り始めた。

 

「……かつて、ローマの哲学者セネカは言った。『自立への大いなる一歩は満足なる胃にあり』と」

「はぁ」

 

昴の力説の後からなのか、一同は気の抜けた返事しか返せない。

 

「夏凜、あんたはそんなでも、一応は大事な勇者部の部員なのよ? 偏った食事で体調を崩されたら困るわ」

「崩さないわよ。余計なお世話なんだから」

「でも、具合が悪くなってからじゃ遅いッスよ?」

 

周りの面々も夏凜に気遣い始めたその時、それまで黙って聞いていた彼女が声を張り上げた。

 

「ピッカーンと閃いた! すばるんとふーみん先輩、それからみもりんが、にぼっしーにご飯を作ってあげたらどうかな〜」

「何であたしが?」

「何故僕が?」

「どうして私が?」

「何で私に?」

 

園子の発言に、夏凜や昴、風、更には東郷が首を傾げる。

 

「でも、いいかもしれないな。昴もだが、ここにいる3人とも料理は得意だし」

「ね〜。というわけで、各自準備を進めて、明日の昼にチキチキ料理対決を開催しま〜す! 審査員はもちろんにぼっしーで!」

「にぼっしー言うな! ……でも審査員、か。それはまぁ、悪くないわね」

 

一応納得する夏凜だが、この直後、それが間違いと気付く事に。

 

「優勝者には景品として、にぼっしーに何でも言う事を聞いてもらう権利が与えられま〜す!」

「うんうん……って、ハァァァァァァァァァァァァァァ⁉︎」

 

目を剥く夏凜。最後の最後でとんでもない爆弾を投下してきた事にたじろぐ中、この3人の表情はというと……。

 

「ふーん、何でも、か」

「なるほど……」

「それは面白いかも」

「ちょ、何で⁉︎ 私だけ損するじゃない! 昴! あんたも何とか言って」

「僕はやろうと思いますが、他のお2人は?」

「あたしは構わないわよ」

「昴君や風先輩さえ良ければ、私も」

 

そう語る3人の料理人の視線は、既に対決する者達を見据えている。

 

「おぉっと、早くも3者の間に火花が散っている!」

「この対決は見ものだな!」

「果たして勝者は! 料理の女神が微笑むのは誰か! 続きは明日のお昼に!」

「誰に向かって話してるのよ兎角! っていうか、どうしてやる気になるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉︎」

 

夏凜の渾身のシャウトも、彼らを引き止めるには値しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた翌日の昼。休日の家庭科室を借りて、各々が使う食材や調理器具を準備し終えたところで、園子が開会の宣言をした。

 

「只今より、第1回勇者部料理人王座決定戦を、主催者を代表してこの乃木 園子が、開幕を宣言しま〜す!」

「わー! パチパチー!」

「待ってましたッス!」

「それでは、ここから先はとっくんに引き継いでもらいま〜す」

 

そう言ってマイクを渡す(フリをする)園子。バトンタッチを受けて立ち上がったのは兎角だった。

 

「僭越ながら、主に司会進行役を務めさせていただきます、久利生 兎角です。今大会のルールをおさらいいたしますと、制限時間内に、テーマに沿って作られた料理を、審査員である三好 夏凜さんに食してもらい、最終的な判断で本人が大変気に入った料理を作った方が優勝となります。優勝商品といたしましては、『夏凜に何でも言う事を聞いてもらう権利』一週間分となります。制限時間は1時間半。時間内であれば何品作っていただいても構いませんので、各々ベストを尽くして頑張ってください。他に質問等ございましたら、可能な限り随時お応えしていきます。なお、今回は実況係といたしまして、出場する3選手に次いで料理が得意とされている一ノ瀬 真琴と、三ノ輪 銀、それから浜田 藤四郎先輩にもサポートに入ってもらい、盛り上げていきますので、よろしくお願いします」

「シクヨロッ!」

「よろしく」

「(僕って、料理が得意なんて言われてましたっけ……?)よ、よろしくお願いいたします!」

 

約1名首を傾げつつも、頭を下げる3人。

 

「何なのよ……。一体、何なのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

中心核とも言える夏凜の叫びも無視して、司会者達は話を進める。

 

「今回の対決のポイントとなる『美味しさ』と『栄養バランス』について、進行係を代表して、浜田 藤四郎先輩、いかがですか?」

「そうですね……。風選手は普段から妹である樹の栄養管理をしており、腕に相当の自信があるようです。東郷選手は和菓子作りの天才であり、その腕がご飯ものの料理にどこまで活かされるかが見所です。そして何よりこの2人が打倒すべきは、昴選手。料理に関しては右に出るものはいないと噂されており、食のI.Q300とまで謳われている彼をどのように打ち崩せるのか、非常に楽しみです」

「なるほど」

「とはいえこの3人は料理が得意という点では僅差でしょうから、各々がどのようにして『個性』を活かし、それを調理に取り入れるのかが重要になってくるでしょう」

「それは言えてますね。藤四郎先輩、ありがとうございました」

「いや、だからさ……」

 

夏凜が制止する間もなく、銀と真琴、藤四郎がエントリーした(実際にはされた)3人に近寄ってコメントを求めた。

 

「それでは風選手、本日の意気込みをどうぞ」

「絶対勝ちます!」

「それを受けて東郷選手、いかがですか?」

「絶対負けません!」

「では最後に昴選手、一言お願いします」

「精一杯頑張ります!」

 

3人とも本気らしく、なんとも言えない緊張感が家庭科室を包み始める。

なお、他の面々にも役割は与えられており、樹は風の、遊月は東郷の、冬弥は昴の付き添い兼リポーターを担っている。そして巧はタイムキーパーとしてストップウォッチを手に持ち、友奈は記録係となっている。

そして巧の合図により、調理が始まった。各々が具材を取り出し調理に取り掛かる中、夏凜が呆れた表情を見せる。

 

「何で東郷まで燃えてるのよ……。大体、部長だからって風もそうだし、昴も横暴なのよ!」

「横暴?」

「だってそうでしょ⁉︎ いくら同級生や年上だからって、人の食生活にまで口出す権利ある⁉︎」

「う〜ん……」

 

返答に悩む友奈だが、いち早く園子がフォローに入った。

 

「勿論だよ〜。すばるんもみんなも、にぼっしーの体の事、本気で心配してるんだよ〜」

「解ってるわよそんな事……。ただ、別にここまでしなくても……」

 

段々と声がすぼみ始めるが、不意にハッとなって園子に噛み付いた。

 

「ってか、ここまで煽ったのって、そもそも園子の方でしょ⁉︎ あんた、一体何考えて……!」

「おぉ〜! コンロから良い匂いが漂ってきたよ〜! 誰の所からだろ〜?」

「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

夏凜のシャウトもスルーして、舞台はコンロの方へ。

先に報告を行ったのは樹だった。

 

「はーい! こちら風選手のいるコンロです。只今、風選手が鍋に麺つゆを投入しました! そして何と、更に鷹の爪が入ったぁ! これは何というお料理ですか?」

「ピリ辛レンコン。あんたいつも食べてるでしょ!」

「そうでした。とても美味しいものです」

 

序盤から順調な滑り出しらしく、動きに一切の迷いは感じられない。

次に動きが見られたのは、昴に付き添っている冬弥だった。

因みに園子の鼻についたのは、グリルでこんがり焼きあがっているアジの開きから発せられたものらしい。白米と大根おろしがあれば、アジの開きだけでも夏凜の前に出す料理としては十分ではないか、と遠目で様子を見ていた藤四郎が場違いな事を考えつつ、敢えて黙っておく事に。

 

「こっちからも報告ッス。現在昴先輩は、アジを焼きながらエビを細かく叩いている作業をしてるッス! 既にイカも切り終えており、海鮮料理を作ろうとしているようにも思われますが、何を作ってるんスか?」

「これはですね。ハンバーグに使う食材の下ごしらえの途中なんですよ」

「……えっ? でもハンバーグってお肉を使う料理のはずじゃ……」

「そこが今回のポイントなんです。ハンバーグの概念に捉われない、新感覚のハンバーグを提供しますので、楽しみにしていてください」

「とても気になるッス!」

 

良い感じの焼き加減となったアジの身をすり鉢の中でほぐしていく昴を見て、冬弥は思わず涎が落ちかけた。

と、今度は東郷をリポートしている遊月から連絡が。

 

「こちら遊月。東郷選手は何かを茹でているようですが、これは……?」

「小豆を茹でている所です」

「あ、あの。噴きこぼれていますが……」

「それが大事なんです」

「なるほど。私は大抵、下宿先では叔母さんが作る魚料理の調理の手伝いしかしないので、小豆に関しては皆無なのですが、その小豆で何を作ろうとしていますか?」

「ナイショです」

 

これを聞いて対戦相手の2人が反応を示す。

 

「東郷……。隠した所であたし達にとって無意味よ」

「わざわざ内緒にする必要はないのでは……?」

「お2人の情報開示も、私には無意味です」

「ムゥ……」

「チッ……」

「……フッ」

 

再び黙り込む一同。そこから発せられるオーラに、リポーター達はタジタジだ。

 

「ガスコンロの炎よりも熱い火花が散った所で、一旦スタジオにお返ししまーす!」

「樹さん、冬弥さん、遊月さん、ありがとうございましたー」

「また何か動きがあればお伝えください」

「……うん、そろそろツッコむわ! ここ同じ部屋だし! 一緒の空間にいるし!」

 

ほとんど無意味なやり取りを前に、夏凜は額に青筋の血管を浮かびかける。

 

「あー、楽しい! ね、面白いよね、夏凜ちゃん!」

「どこが!」

 

一度首でも絞めてやろうか、と冗談抜きに、記録係の役目もそっちのけで興奮している友奈に対し、武力行使に躍り出ようとする夏凜だったが、そこへ園子からこんな一言が。

 

「確かに乗せたのは私だけど〜、すばるん達は、にぼっしーの為にご飯を作ってくれるんだよ〜?」

「私は……、サプリで良いって言ってるでしょ。ずっと……」

「きっとにぼっしーだから、3人も乗ってくれるんじゃないかな〜?」

「……はっ?」

 

意味深な発言を前に、夏凜は目が点になる。

 

「み〜んな、にぼっしーの事が心配なんよ〜、何だかんだ言ってね〜」

「そうそう! 夏凜ちゃん、みんなに好かれてるんだもん。もちろん私達からも!」

「……あんた達さ。恥ずかしくないの? そういう事平然と口にして」

「ないよ?」

「何で〜?」

 

あっけからんとした友奈と園子からの返答を前に、夏凜の顔は更に紅潮し、遂にはヤケになって喚いた。

 

「……あ〜も〜! いいから実況でも何でもやってなさいよ!」

「「は〜い!」」

「さて、こちらでは審査員を中心としたハプニングがあったようですが、その他方でコンロの方にも変化はあったのでしょうか? リポーターの方々、お願いします」

 

さて、ここで現場を調理組の方に移してみよう。

樹は、風が次なる料理の調理に取り掛かっている光景を目の当たりにしていた。

 

「風選手のそれは、牛肉と茄子の炒め物ですか? 味付けはお醤油だけ?」

「そうだけど?」

「ねぇ、お姉ちゃん、何で……? もっとスゴいのいつも作ってるのに。これじゃあ東郷さんや昴さんに負けちゃうよ?」

 

妹としては、もっと勝てる見込みのある料理を作れるはずの姉が、さほど珍しくない料理ばかり作っている事に疑問を抱いていたようだ。

それに対し、風は味見をしながらこう答えた。

 

「いいの。あんまり凝った料理だと、夏凜には作れないでしょ?」

「え?」

「誰にでも作れる簡単な料理が美味しければ、夏凜も自炊に目覚めるかもしれないでしょ? そうすれば栄養もちゃんと摂れるからね」

「お姉ちゃん……! 真面目に夏凜さんの体の事、考えてあげてたんだね。尊敬しちゃう!」

 

感涙する樹。それを見て小っ恥ずかしくなったのか、風はさっさと盛り付けを始めた。

 

「……や、やっぱ違う! 簡単だから! 時間ないから適当にやってるだけ!」

「お姉ちゃんって、やっぱり凄いなぁ」

「違うって言ってるでしょ〜⁉︎」

 

そう喚く風だが、樹は笑みを絶やさない。目の前で嫌味を垂らしながらも、仲間の事を想って腕を振るう彼女を見て、彼女が自分の姉で本当に良かった、と改めて感謝する樹であった。

そして大本命である昴も、すり鉢の中でアジやイカ、エビ等の海鮮類をすり潰したタネを成形し、フライパンで焼き始めており、その間に別の作業を行なっていた。洗ったキュウリを袋に入れて、塩をまぶした後、すり潰しの際に用いたのし棒を使って叩き始めたのだ。どうやら付け合わせの野菜を調理しているようだ。しかし何故包丁で切らずに歪な形のキュウリを作っているのか。

冬弥は気になってその疑問を昴にぶつけた。

 

「こうして叩いた方が繊維も柔らかくなって、食べやすくなるんですよ。それに、包丁やまな板を使わない事で、再度洗い直したり、そもそも使う必要もなくなるので、洗い物を増やさずに済むんですよ。一人暮らしの夏凜ちゃんにはうってつけの調理方法です」

 

そう言ってキュウリを取り出して皿に盛ると、今度はハンバーグにかける為のソースをかき混ぜて、沈殿している部分をなくしていく。

 

「因みにこのゴマだれには、煮干しの粉末も入れてありますから、夏凜ちゃんも気にいると思いますよ。自分の好きなものを料理に入れるだけで、一味も二味も違ってきますからね」

「さすがプロの料理人ッス!」

 

単に意外性を求めるだけでなく、自炊する上で大切な事まで取り入れて料理をする姿勢に、冬弥は感心しきっていた。

一方、東郷とそのリポーターを務めている遊月の方にも変化が。

 

「東郷は結局のところ、何を作ろうとしてるんだ?」

「ふふっ。それじゃあ遊月君には特別に教えてあげる。あのね、お赤飯を作ってるのよ?」

「赤飯、か。……それにしては、さっきから甘い匂いしか漂ってきてないが」

「えぇ。ここでまた砂糖を入れて、と」

 

そう言って東郷は、大量の砂糖を鍋の中に投入し、かき混ぜた。これには遊月も慌て始める。

 

「お、おい⁉︎ そんなに大量に入れて大丈夫なのか⁉︎」

「もちろん。お赤飯は白米よりも栄養価が高くて、成人病の予防や疲労回復にも凄く効果があるの」

「成人病の予防……か?」

「そうよ」

 

再び大量の砂糖を投下する東郷を見て、一抹の不安を覚える遊月。

 

「(赤飯って、こんなにも砂糖を使う料理だったか……?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなであっという間に時間は過ぎていき、全員が皿への盛り付けを終えた所で、巧の口から終了の合図が告げられた。

 

「皆さん、お疲れ様でした! いよいよ実食タイムです!」

「先ずは、ふーみん先輩からだね〜!」

 

審査員の目の前に次々と並べられる料理。

ピリ辛レンコンや卵焼き、ほうれん草のおひたし、里芋の煮っころがし、牛肉と茄子の炒め物、季節野菜の浅漬け、そして小魚とゴマをミックスさせたふりかけ。

 

「どうやら風選手は数で勝負をしてきたようですね」

「ダントツですからね、品数だけ見れば」

「いかがですか、夏凜さん」

「な、なんか多いわね。それに全体的に、地味というか……」

「た、確かに色味は……」

「えっ⁉︎ 色は審査項目に入ってないわよね⁉︎ 炒め物に赤ピーマンとか入れといた方が良かった⁉︎」

「だ、大丈夫だ。あくまで栄養と味で評価してもらうからな」

 

喚き立てる風をどうにかして抑える藤四郎。

手をつけなければ何も始まらないので、早速箸を動かして、口の中に放り込む。

 

「どう?」

「うん……」

 

咀嚼音だけが続き、風が待ちきれなくてせがみ始める。

 

「何とか言いなさいよ!」

「う、うるはいわね! なんか、噛むのに時間……、時間、かかるのよ……」

「確かに、風先輩が作った料理はどれも和食ですからね。和食は素材も関係して、洋食よりも咀嚼が必要になります。長く噛み続ける事で、脳の活性化にも役立つと言われています」

「そうね。やはり、和食こそ至高……」

 

対戦相手でもある2人も、風が作った料理を見て納得の表情を見せる。

2人に褒められて恥ずかしくなった風が、夏凜に感想を求める。

 

「いやまぁ、咀嚼に関してはいいんだけど、味はどうなの? 濃い? 薄い? それとも丁度良い?」

「ふりかけ……」

「?」

「このふりかけ、煮干しで作ったんだ……。これなら白米でもいけるわ」

「それは良かった」

 

ホッとする風。そこへ東郷が力説に割って入った。

 

「白米は噛めば噛むほど米全体の甘味が! ふりかけなどかけずとも、米の旨味が!」

「ちょっ、冷静になれって!」

 

慌てて止めに入る兎角達。落ち着きを取り戻させた所で、樹が尋ねる。

 

「それで、どうでした? 総合的に、お姉ちゃんの料理は」

「……お」

「お?」

「お、美味しかった、わよ……。栄養もありそうだし……。……ど、どうも……、ありがとう」

「えっ? どうも、何? 聞こえんなぁ〜」

「〜〜〜〜!」

「うわっ! 夏凜ちゃん真っ赤になってますよ⁉︎」

「う、うるさいうるさい!」

 

気分を良くしたのか、茶化し始める風。それでもって顔を赤くしながら否定する夏凜を見て、家庭科室内はしばらく爆笑の渦に包まれた。

そして次は、東郷の番となった。

 

「続いては、東郷さんの料理です! どうぞ!」

「はい!」

 

そうして勢いよく審査員の前に出されたのは……。

 

「……へっ?」

「おに……ぎり?」

「それも赤飯の?」

「大量の砂糖入りの?」

「ってちょっと待って遊月! 砂糖ってどういう……⁉︎」

 

聞き捨てならないワードを耳にして夏凜が狼狽する中、東郷はクスクス笑いながら口を開く。

 

「やだ、遊月君。餅米には入れてないわよ。何を見てたの?」

「大量に投下された砂糖のインパクトが強すぎて、もうついていけてませんでした……」

「大量の、砂糖……!」

 

遊月からの情報を得て、ガクブルし始める夏凜。

 

「わわっ⁉︎ 夏凜ちゃんから大量の汁が⁉︎」

「汁って言うなこんな時に! ……で、本当に食べても大丈夫なんでしょうね、昴?」

「ぼ、僕に聞かれましても……」

 

さすがに敵陣営の様子まで伺う余裕はなかった為、返答に困り果てる昴。

 

「多分大丈夫よ」

「多分⁉︎」

「絶対じゃないのかよそこは⁉︎」

「今日、初めて作ったものだから。あ、でも、もちろん勝つつもりで作ったから心配しないで」

「心配するわ!」

 

そう言いながらおにぎりを手に掴む夏凜。そうは言うものの、バーテックスとの戦闘では微塵も感じた事のない恐怖心からか、口に運ぶのに躊躇いが生まれてしまう。

意を決した夏凜が、銀に向き直る。

 

「……銀。あんたの言葉、借りるわよ」

「?」

「勇者は、根性ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

そしてそのままおにぎりを一口頬張り、しばらく咀嚼した後、彼女の表情に変化が。

 

「……ん? フォォォォォォォォォォォォォ⁉︎」

「ど、どうした⁉︎」

「やっぱり甘いのか⁉︎」

「甘い……けど! こんなの、初めて!」

「どういう事ッスか?」

 

自然と二口目に突入し、気がつけば全て胃の中に収まってしまった。その光景に困惑する一同。

 

「うふふ。これ、見て」

 

そう言って東郷はネタばらしとばかりに、皿に残っていたおにぎりを2つに切った。甘さの正体とも言えるその中身を見て、一同は目を見開いた。

餅米の間に挟まっている、紫色にほど近い粒の入ったその食材は……。

 

「なっ……。おにぎりの中に、あんこが……」

「なんでまたこんなものが具材として……」

「! もしかしてこれ、おはぎの……」

「昴君の言う通りよ。逆転の発想でおはぎを捉えたんです。糖分不足だと思考にも持久力にも響くから、夏凜ちゃんにはこういうものがいいかと」

「! そうか……! 確かに夏凜に欠けてるのは持久力と頭の回転力だ……」

「足りない部分を、食事を介して補うやり方だったんですね。さすがは東郷さん」

「そこの2人! 勝手に納得するんじゃないわよ!」

「という事は、銀もこれを食べ続ければ同じ効果が……」

「真面目な顔して何言ってんだよ巧⁉︎」

 

似た者同士がシャウトする中、味も食感もいつも食べているぼた餅とは一味違ったものを口にして機嫌が良くなりつつある夏凜。

 

「外側と中身を入れ替えるだけで、それほどにまで違ってくるのか……」

「お料理はそういうところが楽しいのよ。ね、昴君?」

「そうですね」

 

素直に感心する昴。料理の楽しみを伝える点では彼女の方が大きくリードしたようだ。

 

「で、どうなんだ夏凜?」

「うん。食べやすいし、美味しかった……」

「そっか。それじゃあ最後は……」

「大トリの、すばるんだ〜!」

 

やたらとテンションが跳ね上がる園子。その光景に苦笑しつつ、昴は自信作らしい料理を審査員の前に出す。

途端に夏凜だけでなく、周りからオォッとどよめきが起きた。

出されたのはハンバーグなのだが、従来のハンバーグに比べると白さが目立っており、それが一際注目を惹きつけている。横にはキュウリとワカメを和えた酢の物があり、そこから更に、昴の手で煮干し入りゴマだれとラー油をハンバーグにかけて、色鮮やかな仕上がりに。

無論、色鮮やかさは審査対象にはならないが、それでもここまで2人の料理を口にした夏凜に食欲を湧かせるには十分だった。

 

「ハンバーグはお肉だけで作られているわけではなく、こういった工夫次第で、別の食材でも代用できる凄さを分かっていただけたら幸いです」

「本当に魚って感じがしないわね」

 

フォークで切りながら、しみじみと呟く夏凜。一同が注目する中、一口食べた夏凜の目が見開いたのを全員が確認した。

 

「……! お、美味しい……!」

「マジ⁉︎」

「あの夏凜ちゃんがここまで素直に……!」

「食べた感じも、全然魚の感じがしないし、味もしっかりついてて……! こんなの初めて……!」

「皆さんの料理と比べれば手間がかかっていますが、それもまた料理を美味しくする一つの醍醐味なんですよ。あとは、そうですね……。これはお2人の料理にも通じる事ですが、相手を喜ばせる気持ちを込めて作る事が、とても大事な調味料なんですよ」

「えっ……⁉︎」

「ちょ、昴⁉︎ あんた何言って……」

「夏凜ちゃんも、これを機に自炊するようになったら、食べさせてあげたい相手の事を考えて作ると、もっと料理が楽しくなりますよ」

 

笑顔でそう論じる昴に、夏凜は押し黙る他なかった。それから、幼少期から付き合いの長い真琴の方をチラッと見て、すぐに目線を逸らす。真琴は首を傾げるばかりだった。

 

「さて、全ての料理の審査を終え、いよいよ結果発表となります!」

「審査員の夏凜さん。もう優勝者の方はお決まりですか?」

「……ハッ! そういえばそういう勝負だった事すっかり忘れてた!」

「勝った人は何でも言う事を聞いてもらう権利、一週間分です。さぁ果たして、その栄冠を手にするのは誰か!」

 

兎角が興奮混じりに叫ぶ中、夏凜ははたと悩み込んだ。

普段は嫌味しか感じない風が作った料理は、どれも食べやすいものだった。食のレパートリーを増やしていくという点では、風に軍配があがる。

一方で東郷は、赤飯のおにぎりの中にあんこを投入するというインパクトを与え、ビクビクしながらも食してみた結果、予想を覆して食べやすかったと言えよう。少しアレンジを加えただけで食の選択肢が増えるという点では、東郷は高評価できる。

そして昴の料理は、確かに手間はかかりそうで、すぐに真似できる代物ではなかったが、それに見合った味が口の中に広がった。思い出すのも恥ずかしいが、料理を作る上で大切な事も学べた。その点については、さすがは昴、と認めざるを得ない。

つまるところ、甲乙つけがたい、というのが夏凜の本音だった。誰が本当の意味で優勝なのか、思わず唸ってしまうほど悩み続けていたが、不意にハッとなって冷静になる夏凜。

 

「(ってかそもそもこれ、どっちが勝っても私が命令を聞くのよね……!)」

 

そうなると、自ずと選択肢は限られる。

風が出す命令は、確実に自分を辱めるものだと考えるべきで、それなら他の2人の命令を聞く方がマシだろう。しかしその一方で、東郷は風と比べれば一般常識もあり、良心的な配慮がなされているが、時たまに想像の斜め上の発言を繰り出す事も少なからずあった。命令次第では、風よりも危険な事を口にする可能性も否めない。

そうなると……。

 

「……決めたわ」

「おっ!」

「遂に発表の瞬間が……!」

「1番良かったのは……、昴、あんたの料理よ!」

「「えぇっ⁉︎」」

 

ビシッと指を指されてたじろぐ昴と、驚きの声を上げる東郷と風。

 

「そ、そりゃあ東郷のも風のも、美味しかったは美味しかったわ! 3人とも一生懸命、私の為に頑張ってくれたのは認めるわ。……でも強いていうなら、昴の料理が意外性もあったし、とても美味しかったのよ!(良し! この答えがベストね! 昴なら常識人だし、そこまでぶっ飛んだ命令はしてこないはず……! せいぜい荷物運び程度に留まるでしょうから、この勝負、貰ったわ!)」

 

内心ガッツポーズを決める夏凜。それに気づく事なく園子が口を開いた。

 

「おぉ! では第1回勇者部料理人王座決定戦の優勝者は、すばるんに決定〜!」

「……チェ〜ッ。せっかく夏凜に、あんな事こんな事させようと思ってたのに」

「まぁ、本人がそう言うのなら、仕方ないですね」

 

本気で悔しがる風と、潔く負けを認める東郷。3人の検討を讃えて拍手が送られる中、園子は早速昴を催促する。

 

「それじゃあすばるん、せっかくだから何か命令してみたら〜?」

「そう、だね。とは言っても、僕からお願いしたい事は2つだけかな」

「えっ?」

 

これは夏凜にとって、渡りに船だったと言えよう。1週間どころかたったの2つだけの命令で事が済むのだから、有り難い誤算だ。

 

「2つって、何をお願いするの?」

「1つは、この1週間だけでもいいので、毎日手料理を作って来てください。レパートリーが思いつかないようでしたら、僕に相談してもらっても構いません。勇者部五箇条、一つ、悩んだら相談、ですよ」

 

それならまぁ、と自分を納得させる夏凜。多少なりとも鍛錬に割く時間は減らされるが、1週間程度なら問題なく、またどこかで遅れを取り戻せる。

そしてもう一つの命令はというと……。

 

「もう一つはですね……。せっかくここまで健闘してくださったのですから、東郷さんと風先輩の命令を、同じく1週間分は聞いてあげてください。以上です」

「ほうほう……って、なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ⁉︎」

 

あらん限りの絶叫を腹から出す夏凜。

1番マシな命令を下すと信じていた男に、期待を裏切られ、最早噛み付く余裕も消え失せていた。

 

「優勝者がそれで良いって言うなら……。ねぇ、東郷?」

「はい。私達もそれに従うまでの事」

「ちょ、昴……! あんた何とんでもない事言って……!」

「あ、勿論ですけどお2人とも。命令は1人につき1つとだけさせてもらいますよ。何個も命令されては夏凜ちゃんも困りますから」

「了解りょうかい! ……というわけで夏凜! 明日から1週間、水着を着て登校しなさい!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎ 何でよぉ!」

「では私からは、この1週間の言語統制を……。今日からカラオケも鼻歌も軍歌のみ! 会話は手旗信号でお願いします!」

「軍歌も手旗信号も知らないし!」

 

夏凜が矢継ぎ早にツッコむが、もう流れはせき止められない所まで来てしまっている。

 

「えっと……。簡潔にまとめますと、今後の夏凜さんは、水着を着たまま手旗信号をして、軍歌を口ずさむキャラに……?」

「どんなキャラだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 銀! あんたからも何とか言っ……」

 

渡った先の船が泥舟だと分かり、銀に助け舟を求めるが、当の本人は……。

 

「んおぉ! これんまい! 巧もほら!」

「ちゃんと後で手を洗えよ」

「これ美味しい! 兎角、これ凄く美味しいよね!」

「昴のも美味いが、風先輩のもまた……!」

「この、東郷が作ったおにぎりも、想像以上に良さげだな」

「これは第2回大会も楽しみだな」

「幸せ〜!」

 

他の面々と共に3人が作った料理を摘んで、舌鼓を打っていた。

 

「良かったね、すばるん〜」

「園子ちゃんがこうして大会形式で、夏凜ちゃんを料理に目覚めさせてくれた配慮も良かったと思うよ」

「えへへ〜。でもすばるんが作った料理がにぼっしーを変えたんだから、私も誇らしいよ〜」

「他の2人も良いセンスしてたから、また腕を磨いて頑張らないとね」

「ファイトだよ〜、すばるん〜」

 

背後から、「もうイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」という断末魔が聞こえてきたが、2人は一切気にする事なく、兎角達と共に、箸を動かし続けたのであった。

 

 

 

 




私も自炊する事が多いですが、割と楽しいですよ。その都度味を変えたり出来て試せるので。


〜次回予告〜


「誕生日プレゼント?」

「バスタードソード!」

「少しってレベルじゃないわよ!」

「……寂しい」

「まさか……!」

「きっと喜ぶッス!」


〜最高の祝福を〜


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