結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

53 / 127
お待たせしました。久々の本編です。

今回はスピンオフを題材にしてます。


10:加賀城 雀は勇者である

大赦が四国の各地から、神樹からの神託を受けて勇者や武神の候補生を選ぶべく執り行ったのは、組織の設立だった。中学生を中心に、10人前後を目安に部活動(或いは同好会)と表向きでは称して、いざという時に何の訓練も無しにバーテックスと戦ってもらう事を前提として、大赦は各地で代表となる少年少女を選抜し、部活動を創設した。候補生のリストも渡して、勧誘を強制させていたのも、全て大赦の差し金なのだ。学校にも手を回し、部活動の設置を認めさせている。

そうして各地に次なる勇者、武神を集わせ、侵攻への対策を整える。そうして遂にその時が訪れた。選ばれたのは、香川県の讃州市にある中学校に通う生徒。『勇者部』に所属している男女12名に加え、後々援軍として向かわせた計14名で、お役目を果たしてもらう事となる。

では、選ばれなかった者達が所属する部活動はどうなったか。ほぼ全ての部活が部長の手で自主的か、或いは学校を通じて大赦から強制的に解散させられるのだ。これは選ばれた勇者達へのサポートに重点を置きたい、という考えから基づいており、結果として選ばれなかった者達は皆、訳の分からぬまま人生の青春とも言われる部活動を辞めさせられていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(次の駅で降りれば、いいんだよね……?)」

 

神世紀300年6月。讃州市へと向かう電車の中で1人、そわそわしている少女『加賀城(かがじょう) (すずめ)』もまた、選ばれなかった側の1人であった。

彼女は所属していた部活の部員の中でただ1人、最後まで解散に反対していた人物だった。ただしそれは、本気でその部活が好きだったからではない。居場所がなくなる事を恐れていたからだ。

幼少期から自他共に認める『臆病者』の烙印を押され、カッコ悪いと分かっていても、自分を守ってくれる人間を作るべく、美人かつ成績優秀な当時の部長に勧誘された際は、彼女は一も二もなく入部した。最高の後ろ盾を手に入れられたと喜んでいた雀だが、つい先日、部長の口から解散を告げられた時のショックは計り知れなかった。

他の面々が素直に受け入れて部室を立ち去る中、雀だけは食い下がっていた。執拗に解散したくないと喚く雀を見て観念したのか、部長は彼女だけに、部活設立の真相を教えてくれた。

壁の外に巣食う異形の存在と戦う使命を背負わされていたのかもしれない、と考えるとゾッとし、何も言えなくなった。危険な任務を負わされ、最悪の場合は死人が出てもおかしくなかったのだ。当初は何も教えてくれなかった部長を恨んだが、元々下心だけでこの部活に入った事を思い出して、黙っている事でずっと自分を守ってくれた部長を僅かでも恨んでしまった事を恥じた。

何故、自分はこんなにも臆病なのだろうか。常にネガティブ思考の雀の疑問は、尽きる事はなかった。

その一方で、興味が湧いてきたのだ。部長から勇者や武神の存在を聞かされ、結果として自分が選ばれなかったわけだが、それならばどんな人達が勇者に、武神に選ばれたのか。雀は午後の授業をサボって、彼女の住む愛媛から香川へ向かうべく電車に乗り、静かな振動に揺られながら現在に至る。

 

「(勇者様って、きっとアマゾネスみたいな戦闘種族か、漫画のキャラみたいな特殊能力持ちに違いない……。真正面から会いに行ったら取って食われるに決まってる)」

 

絶対に見つからないように、こっそり覗き見するだけにしよう、と、窓の外に広がる田園と平屋の家を眺めながら、静かに決意する雀であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天気予報では梅雨入りが告げられ、雨の日が多かったが、この日は数日ぶりに晴れていた。足元の至る所に水たまりが出来ており、そこを避ける形で、ようやく目的地にたどり着いた雀。『讃州中学校』と表記されており、ここに14人の勇者がいると部長から聞いている。丁度放課後だったらしく、生徒達が次々と校門から出てきていた。

勇者を探りに来たと感づかれてはいけない。気づかれたら最後、生け贄として差し出されるに違いない。雀は恐るおそる、近くにいた女生徒に話しかけた。

 

「あ、ああああ、あの……、い、犬吠埼 風様がどこにいらっしゃるか、ご存知でしょうか……? そそそ、それか、浜田 藤四郎様でもよろしいですし、ええええと、東郷 美森様、久利生 兎角様、大谷 巧様、三ノ輪 銀様、結城 ゆう」

「あぁ、もしかして勇者部の事?」

「……へ?」

 

マナーモードのスマホのように震えていた雀の言葉を聞き、女生徒は軽い口調でそう答える。勇者に対する畏怖を感じていない事に、雀は拍子抜けしていた。

 

「うーん、あの人達っていつも色んな所を動き回ってるから、どこにいるかまではさすがに……。でもまぁ、とりあえず部室に行ってみたら? 場所はねぇ……」

 

そうして女生徒は勇者達のアジト(?)の場所を教えて、後から来た友人らしき人と共に去って行った。

 

「(……いや待て! あれは罠だ! 食虫植物、或いは蟻地獄のように巧妙な罠だ! 気を抜いちゃダメだ!)」

 

女生徒の軽い態度に緊張感が消えそうになる雀だが、油断させて不用意にアジトに来た侵入者を捕らえて食ってしまおうという算段に違いない、と自分に言い聞かせてすぐに気を引き締めた。とはいえ先ずは出向いて、様子を伺う事をしなければ始まらない。教えられた部室の前に到着した雀は細心の注意を払いながら、ドアの隙間から中を覗き込む。人の気配はある為、吐息をなるべく押し殺す。

部室の内部は縦に長い構造になっており、棚に遮られていて奥が見えない。話し声はその奥から聞こえて来た。

 

「さぁて、今日も張り切っていくわよ! 依頼も盛り沢山だから、あたしも女子力をいかんなくフルに発揮して解決していくわよ!」

「はーい!」

「えぇ」

「了解ッス!」

「やりますか」

「まぁどうせ、あんた達を監視しなきゃいけないし、ついでに手伝ってあげるわ」

「とか言いつつ、誰よりも外に出る気満々じゃねぇか」

「夏凜ちゃんも、真琴君に似て馴染んできた気がしますね」

「部長として鼻が高いわ!」

「うっさい! そんなに絡むな暑苦しい!」

「にぼっしー、お約束のツンデレだね〜」

「それじゃあ役割分担するぞ。園芸部の花壇整備の手伝いだが、これは兎角、昴、友奈、樹に任せる」

「了解しました」

「分かりました」

「任せてください!」

「が、頑張ります!」

「次に図書委員会からの依頼だ。図書室の本の整理整頓もだが、貸し出し記録をパソコンのデータにまとめたいそうだから、これは東郷を中心に、園子、遊月の3人で頼む」

「書物の知識はお国の礎。誠心誠意、尽力させていただきます」

「お任せあれ〜」

「俺もサポートするからな」

「料理研究会からは、換気扇と電子レンジの修復を依頼されているから、これは巧に任せる。サポートとして銀も向かわせるぞ」

「オッケー! この三ノ輪 銀様に任せときな!」

「俺が中心になってやる仕事だろこれは……。まぁ部品の受け渡しとかは頼むぞ」

「最後に、これは一般生徒からの依頼だ。登校中に拾った猫を学校に連れてきたら逃げ出して、依然として行方不明らしい。これに関しては、一先ず見つけ出してから里親をどうするか考えるとして、俺と冬弥、風、それから新人教育も兼ねて、真琴と夏凜もそちらに割り振る」

「猫探しからッスね! 了解ッス!」

「よ、よろしくお願いします!」

「げ、あんた達と?」

「当然でしょ。上級生として活動のやり方を教えてあげないといけないんだから」

「……フン。しゃーないわね」

「じゃあ、勇者部の活動を開始する」

 

そうして雑談混じりに部室を出ようとする所を、慌ててドアから離れて廊下の曲がり角にて、陰ながら目撃していた。

 

「(あれが勇者様……。確かに見た目は普通の人間と変わらないような……いや、あれは擬態に違いない!)」

 

その後、雀はそれぞれの勇者達の後を追う事に。先ずは中庭に向かった面々から。花壇の前にやって来て、そこにいる園芸部員らしき生徒達に話しかける。

 

「勇者部の久利生 兎角及び同部員4名、到着しました」

「今日はよろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします」

 

勇者4人が園芸部員に向かって頭を下げる姿を、樹木の陰に隠れ、持参していた双眼鏡で観察している雀。

 

「(一体何してるんだろ……ハッ! もしやあの園芸部員達は勇者様の下僕で、勇者様達の為に食糧を作らされてるんじゃ……⁉︎ 過酷な労働環境で倒れるまで働かされて……!)」

 

考えただけでも身震いする雀だが、園芸部員達は朗らかに勇者達に対応していた。

 

「手伝いを引き受けてくれてありがとう。それじゃあ早速だけど、草むしりからお願いできるかな?」

「分かりました。僕と樹ちゃんで校舎側を担当しますから、2人はこの辺りをお願いします」

「うん! 任せて!」

「友奈。タオルを首にかけておけよ。そろそろ熱中症のシーズン到来ってニュースで言ってたからな」

 

といった調子で花壇やその周辺の地面に生い茂っている雑草を、しゃがみこんで次々と抜き始める4人。この光景に、雀は驚愕した。

 

「(なにぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉︎ なんか、寧ろ勇者様の方が働かされてる気がするんですけど⁉︎)」

 

この学校では、園芸部員の方が勇者様よりも立場が上なのだろうか?

この学校のヒエラルキーに疑問を抱きつつ、他の部員の観察も行おうと思い、気づかれないようにその場を後にし、次に雀が訪れたのは、図書室。部室の時と同様、ドアの隙間からこっそりと覗き込む。

ここにいるのは背の高い男子に加え、車椅子に乗った女子と、右目に眼帯がつけられている女子。男子生徒の方は分からないが、後の2人は体に不自由があり、バーテックスとの激戦で負った傷とも考えられる。そんな傷痍勇者のうち、車椅子に乗った少女は凄まじい速度でパソコンのキーボードを叩いている。その隣で同じ作業をしていた男子生徒も、これまた目にも留まらぬスピードで淡々と業務をこなしていた。

そんな2人の前に、眼帯の勇者と共に図書委員と思われる生徒達が、貸し出しカードの束を持ってきた。

 

「次はこれをお願いね」

「学年と男女ごとに分けてあるからね〜」

「お任せください!」

「それなら助かります」

 

車椅子の勇者はビシッと敬礼しており、その様子を見ていた雀の頭が、疑問符で埋まり始める。

 

「(この学校では、図書委員も勇者様より立場が上なの⁉︎)」

 

ますます勇者の地位が分からなくなり始めた雀は、その場を後にして家庭科室へと向かう。そこでも同じようにドアの隙間から覗く形で室内を観察する。

料理研究会と呼ばれるだけあって、そこにいた生徒達は美味しそうな匂いを放つ菓子を作っていた。その傍らで、電子レンジをペタペタと触りながら唸る男子生徒を発見した。閉じられている左目に傷があり、いかにもヤクザを思わせる顔面を見て、先ほど以上に震えが止まらない雀。そんな彼に臆する事なく、同じ勇者である女子や、研究会の部長らしき人物が声をかけてくる。

 

「換気扇の掃除は終わったぞ〜」

「どうだ? そっちは直せそうか?」

「……多分、中の配線が傷んでいるんだろうな。こうなると中を一度分解して、新しい部品と取り替える必要がありそうだな。まぁ今手元にある部品だけでも代用は出来るだろうから、今日中には直せる」

「そうか! そいつは助かった! 部費を出して新しいものに高く買い換えるよりもずっと楽だしな!」

「銀、ナットを出してくれ」

「なっと……?」

「その、手前にある丸い部品だ」

「あぁこれか。はいよ!」

 

少女はピンとこない名前の部品に戸惑いつつも、少年に手渡して分解作業をサポートしている。少年はテキパキとした、無駄のない動作で、動かなくなったであろう電子レンジの蓋を開けて、名称も分からないような工具を片手に持って、精密作業に取り掛かる。まるでプロの職人芸を見ている気分だった。

 

「(勇者様って、人並み外れた連中が多いって部長も言ってたけど、あれ見てたらそう思っちゃうよね)」

 

おおよそ男子中学生のやる事とは思えない光景を目の当たりにしつつ、雀はその場を後にした。因みに彼女は知る由も無いが、故障した電子レンジは、1時間足らずで修復され、その場にいた皆を驚かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(でも、こうして見る限り……)」

 

校舎内を転々としていた為、見つけ出すのに苦労したが、ようやく残る5人の勇者の姿を目撃する事に成功。他生徒の目を気にしつつ移動していたので、雀は色々と疲れていた。現在彼らは、女生徒と話している。

 

「学校の中で子猫を見なかった?」

「猫? うぅ〜ん、見てないかな」

「そうか。もし見かけたら教えてくれ」

 

5人は頭を軽く下げてその場を後にする。彼らからの質問に対する答えを聞いて、無礼だと怒ったりする様子は見受けられない。

ここまで来れば、さすがの雀も理解が出来た。

 

「(勇者様って、普通の人なんだ……)」

 

見た目も普通の中学生と変わらないし、超人的な力を持っているわけでもなさそうだ。家庭科室で見かけた勇者だけは特別なのかもしれないが、あれも経験と場数の賜物なのだろう。何より、他の生徒と対等に接している事が、雀にとって驚きだった。彼女達がやっている『勇者部』というのは、自分が所属していた部活と違って、便利屋かボランティアサークルのようなものなのだろう。

そんなこんなで勇者部に対する理解を深めている間、風達は今後の事を話していた。

 

「朝に逃げた猫を今更人力で探すってのが無理あんのよ。第1、もう学校の外に出ちゃってるかもしれないし」

「でも、依頼主さんが困っているなら、力になってあげないと……」

「そうねぇ……。街中に捜査範囲を広げるとなると、人手もかなり必要になるし……」

「張り紙を貼って呼びかける必要もありそうだな」

「この学校の中にいれば御の字ッスけど、そんな都合よくいかないッスよね……」

「ねぇ夏凜、真琴。なんかアイデアない?」

「猫を引き寄せるサプリがあれば、まぁ……。っと、その前に片付けておきたい事があるわね」

「へっ?」

 

不意に夏凜がポケットからボールペンを取り出し、突然振り返って投擲する。勢いよく放たれたボールペンは、雀が隠れている曲がり角の壁に突き刺さった。

 

「ヒィッ⁉︎」

 

完全に油断していた雀は、思わず声をあげ、尻餅をついた。夏凜が雀の前に立って見下ろし、そこで他の4人も、見知らぬ制服に身を包んだ女生徒の存在に気づく。

 

「あんた、部室にいた時からずっと私達を見張ってたわよね? 何が目的?」

「(き、ききききききききき気づかれてたぁ⁉︎)」

 

夏凜の威圧的な視線と口調にすっかり怯えきってしまう雀。意識が飛びそうだ。今すぐにでも逃げ出したいが、恐怖で足が震えて動く事も出来ない。

嗚呼、喰われてしまう。目の前が絶望に染まりつつある中、その窮地を救ったのは他の勇者だった。

先んじて雀を見下ろす夏凜の後頭部に、風が軽くチョップを入れた。

 

「痛っ! 何すんのよ!」

「それはこっちのセリフよ! 人を脅したり、ボールペンを壁に突き刺したり……!」

「今どうやってやったんスか⁉︎ 凄かったッス!」

「ほら見ろ、冬弥がいらん事に興味を示してしまったじゃないか」

「あ、あの……、大丈夫、ですか? 立てます、か?」

 

手を差し伸べる真琴を見て、藁にもすがる勢いでその手を掴む雀であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒ずくめの男に連れていかれる宇宙人の気分を味わいながら、雀は5人の手で部室に連行された。丁度兎角、友奈、昴、樹、東郷、遊月、園子も活動が終わったのか、部室に戻ってきた。当然彼らも、見知らぬ生徒の存在に訝しんでいた。

 

「あれ? 先輩その人は……」

「新入部員、か?」

「あ、もしかして夏凜ちゃんの妹とか!」

「えぇ⁉︎ 夏凜ちゃんに妹はいませんよ! お兄さんならいるはずですけど」

「大体、全然似てないし!」

「……というよりも、何故正座を?」

「さぁ。自分から率先してこんな感じになってる」

 

藤四郎がミント味のチュッパチャプスを口に咥えたままそう呟く。無論これは雀の一種の意思表示であり、抵抗の意思がない事と、勇者達への服従を意味するものだった。

 

「ふむふむ。私達に会うのが目的だったみたいだね〜」

「えっ? 何で分かるんスか?」

「制服がこの学校のものじゃないからね〜。親善試合もないし、他校からわざわざ来たって事は、最初からここに来るのが目的だってすぐに分かったよ〜」

 

さすがは現役の勇者。その観察眼にすっかり感心している雀は、それに便乗して自己紹介を始める。

 

「は、はい! わ、私、加賀城 雀と申します。愛媛の中学校から、その……。勇者部の噂を聞いて、訪ねてきました」

「へぇ、愛媛から」

「それはそれは、遠いところからご苦労様です」

「我が勇者部の名前は、遂に他県にまで広まったか! 東郷の濃いホームページのお陰で、ネット上では一部有名だったけど、それは層が特殊だったし……。同年代の女の子が興味を持って来てくれるなんて、あたしの中の女子力が更に疼くわ……!」

「あああ……。お姉ちゃんの女子力がどんどん訳の分からないものになっていく……」

「安心しろ。俺も解読不能だ」

 

テンションが上がる姉に、苦笑気味の妹と同級生。

 

「それでね、雀ちゃん。私達は世の為人の為になる事を勇んでやる部活、つまり勇者部だよ! 色んな人の依頼を聞いたり、お手伝いしたりするの!」

「いや、友奈。勇者部の名前を聞いてわざわざ他県から来てくれてるんだから、活動内容ぐらいは知ってるだろ」

「あそっか! さすが兎角!」

 

友奈が感心したように呟くが、実際のところ、雀は勇者部の活動内容まで部長から確認したわけではない為、彼女のお陰で理解できたし、おおよそ予想していたものとは大きく外れてはいない。

 

「ところで加賀城さん。わざわざ他県から訪ねてきたという事は、何か依頼したい事があるんですか?」

 

東郷からの質問に、雀は言葉を詰まらせた。当然ながら今回の目的はあくまで勇者部の実態調査であり、依頼なんてものはない。しかし正直に言ってしまえば、『じゃあ何のために来たのか』と総ツッコミを受けるのは間違いない。それはかえってややこしくなる。

悩みに悩んだ末、雀は咄嗟に思いついた事を口にする。

 

「えっと、その……。そ、そう! 依頼が、あるんです!」

「依頼? どんなですか?」

「わ、私、昔からすっごい臆病者で! だから、もっと……、もう少しだけでもいいから、勇気を持てるように、なりたいんです!」

 

咄嗟の辻褄合わせとはいえ、その言葉の中には雀の心の中にあった、偽りなき願いが込められている。これを聞いて、友奈が真っ先に意気込んだ。

 

「勇気を持ちたい。これって勇者部に相応しい依頼じゃないですか! 風先輩! ぜひ力になってあげたいです!」

「よし、分かった!」

「ここにいる面々の依頼は早く終わったし、まだ来てない巧と銀も、もうすぐ戻ってくるだろうから、とりあえず引き受けるか」

 

部長と副部長も賛同の意を示し、黒板に『本日の依頼、第2弾。加賀城さんが勇気を持てるようにする!』を表記し、早速取り掛かった。

 

「でも、そういう精神的な部分ってどうすればいいのかしら?」

「心理学が該当する分野だから……、調べてみるか」

 

遊月はパソコンに向かい、インターネットの心理学やカウンセリングのサイトを調べ始める。東郷もそれに付き添う。

 

「臆病を治したいんだったら、煮干しを食べなさい」

「え……?」

 

そう言って夏凜が突き出したのは、封が開いている、大量の煮干しが詰められた袋だった。煮干しにそんな効果があるのか訝しむ雀だが、得意げに説明を始める夏凜。

 

「煮干しにはカルシウム、鉄分、アミノ酸、DHA、EPAが含まれているわ。カルシウム、鉄分、DHA、EPAには不安を和らげる効果があるし、アミノ酸は気分を高揚させる脳内物質『セロトニン』を作り出す素になるの」

「詳しいですね」

 

料理には人一倍うるさい昴が、思わず唸る。

 

「つまり煮干しを食べれば不安が消えて勇気が出るって事よ。さぁ、煮干しを食べなさい、煮干しを」

「は、はぁ……」

「さりげなく煮干しの信者を増やそうとしてやがる……」

「にぼっしーは、こういう時でもブレないなぁ〜」

「無理して食べる必要はないからな?」

 

兎角がそう忠告する中、パソコンの前に座っていた遊月が立ち上がった。

 

「臆病を治す方法が書いてありそうな心理学系の本がありそうなので、東郷と一緒に図書室で探してきます」

「私も行くよ!」

 

こうして遊月、東郷、友奈は部室を出て図書室へ。入れ替わる形で仕事を終えた巧と銀が部室へ入ってきた。挨拶を交わした後、2人も風から事情を聞き、銀は一も二もなく引き受け、巧は面倒臭そうな表情を浮かべつつも、料理研究会から報酬としてもらったクッキーを雀にお裾分けする。

香ばしいクッキーを口にしながら、樹がタロットカードを机に並べて、占いを始めた。

 

「加賀城さん。恐怖心は『分からない』という感情から発生すると思うんです。つまり未来が分かるようになれば、何かに怯える事は少なくなるはずです。だから占いの勉強をしましょう。タロット占いでしたら、私も教える事が出来ますから」

「……って、こっちもサラッとタロット占いの信者、増やそうとしてる⁉︎」

 

などなど、賑やかな空間が立ち込めており、その事が雀を困惑させる。

 

「(この人達、何でこんなに真面目に考えてるの……?)」

 

雀の臆病さなど、彼らにはどうでもいい事の筈だ。解決したとしても、何か報酬が貰えるわけでもない。それなのに、なぜ彼らは赤の他人の為に懸命になるのか、検討もつかなかった。

そんなこんなで煮干しを食べ、図書室から持ってきた心理学の本を読み、樹から占いのやり方を教わっていくうちに、気がつけば学校に来てから、かれこれ2時間近く経とうとしていた。あまり長居していては、帰りが遅くなるだろうし、ボロが出てしまう恐れもある。

 

「えっと……、これで勇気は持てたと思います。ありがとうございます。では、もう帰らないといけない時間ですので!」

「そっか。愛媛から来たんだっけ」

「駅まで送ってくよ!」

 

銀の親切な対応をやんわりと断って退散しようとする雀だが、不意にあるものが視界に飛び込んできた。

 

「……あれ、猫?」

 

雀が指をさした先に目をやる一同。

窓から見える、向かい側の校舎屋上の縁に、寝そべっている子猫の姿が見えた。途端に風が素っ頓狂な声を張り上げる。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ! 藤四郎、あれ!」

「間違いない……! 依頼にあった子猫だ!」

「マジか⁉︎ あんた近くにいたのかよ⁉︎」

「お手柄ッスよ加賀城先輩!」

「逃げ出さないうちに追いかけるわよ!」

「雀ちゃん、私達も!」

「え? は、はい」

 

友奈に言われて、思わず返事をしてしまう雀。そうして勇者部全員と雀は、校舎の屋上に。子猫は依然として屋上の縁に寝そべったままだった。

 

「チャンス! あたし捕まえてくる!」

「待て銀。お前のトラブル体質じゃ危険すぎる。ここは俺が……」

「それなら、私が行きます!」

「友奈!」

 

友奈が屋上の柵を越えて、向こう側へと歩を進めた。兎角もそれを追いかける。

 

「友奈ちゃん、気をつけて!」

「大丈夫だよ東郷さん! 猫を脅かさないように、そーっと……」

 

友奈は子猫にゆっくりと近づいた。子猫も友奈の接近に気がつくが、狭い場所では逃げる事も出来ない。暴れれば自分が危険だと分かっているのか、とにかくほとんど抵抗する事なく、友奈の手にあっさりと捕まえられた。

友奈は優しく抱き抱え、屋上の柵の内側にいた兎角に渡す。

 

「よし、これで依頼完了! 後は」

 

その時だった。急に強い風が吹き荒れて、状況が一変する。

風に煽られてバランスを崩す友奈。兎角は咄嗟に子猫を地面に下ろして、身を乗り出す形で友奈の手を掴んだ。

 

「大丈夫、か……!」

「と、兎角……!」

 

冷や汗をかく2人。しかし、咄嗟に掴んだ事で兎角自身もバランスが取れておらず、引っ張り上げるどころか、逆に友奈の方に流されつつある。

遂には兎角が足を踏み外し、そのまま彼の体が柵の上を越えてしまう。

空気が凍りついたような雰囲気が包まれる中、彼女だけは、動いていた。全ての光景がスローモーションに見えて、2人に向かって無我夢中で駆け出す。自らも柵から身を乗り出して兎角の足を掴む。が、2人分の体重に釣り合うわけもなく、一緒にバランスを崩してしまい、そのまま地面に向かって落下を始めた。

 

「(私、何やってんだろ……)」

 

地面につくまでのほんの数秒間が、ひどく長い時間に引き延ばされる感覚に陥りながら、雀は呆然とする。

臆病者のくせに、何故2人を助けようとしたのか? 自分でもよく分かっていない。子猫を見つけて、ここにいる皆が来る原因を作ってしまったのが自分だから、責任を感じたのか。それとも知り合ったばかりの自分の悩みの為に、一生懸命になってくれた彼女達に、少しだけ恩を感じたのか。

 

「(どっちにしたって、全然、私らしく、ない……!)」

 

無駄だと分かっていても、変えられない運命があると知っていても、雀は2人を抱き寄せて密着する。

2人の近くにいるのが1番生存できる可能性がある……ような気がしたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……」

 

目を覚ました時、右に友奈が意識を失って倒れており、左にうめき声をあげている兎角の姿が。自分の体を見下ろす雀。落ちた時に打ち付けたのか、少しだけ肩が痛いが、それ以上の怪我はない。両隣りの2人も同じだろう。

運命は、変えられたのだ。

 

「い、生きてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! 良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぅ、いたた……」

「す、雀……?」

「結城さん! 久利生さん! 私達、生きてますよぉ!」

「……ほ、ホントだ! 何で⁉︎」

「まさか……!」

 

2人も、自分達が生存している事に驚きを隠せず、思わず自分の手のひらを見つめる。

2人は知る由もなかったが、地面につく直前、雀にはあるものが見えていた。2人の周りに桃色の小さな牛のようなものと、白い兎のようなもの、そして薄い膜のようなもの。それらが自分や2人を守ってくれた……ような気がしたのだ。しかし今はその姿はどこにもいない。

頭上を見上げると、青々と葉をつけた大きな樹木があり、落下途中にこの枝葉に当たって、衝撃を和らげたのだろうと推測し、正体不明の小動物と薄い膜については何かの錯覚だろうと思う事にした。

 

「とにかく、生きてて良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

今一番の本心を、大声で轟かせる雀。

その後、すぐに他の勇者部員も駆けつけて、3人は念のために保健室へ連行された。保健室の先生から注意を受けた後、戻ってきた3人を取り囲む一同。東郷は大泣きし、他の女子達は東郷ほどあからさまではなかったが、目に涙を浮かべている。男子達は泣きこそしなかったが、心底ホッとした表情を見せている。風に至っては『2人に何かあったら、責任を取って死のうかと思ったわ』と割と本気の口調で呟くほどだった。それだけこの2人は、部員達から愛されているのだろう、と雀は思った。

 

「雀ちゃん、ありがとうね! あの時私達を助けようとしてくれて!」

「俺からも礼を言わせてくれ。俺だけじゃ絶対に助けられなかったし、俺も助からなかった。マジで恩人だぜ」

 

2人が感謝の言葉を口にする中、雀はシュンとした表情で暗くなる。

 

「……でも私、何も役に立ちませんでしたし」

 

危険を冒してまで他人を助けようとした事も雀らしくないが、結局何の役にも立っていない事も彼女らしいと言えるだろう。

そんな彼女を見て、友奈はこんな言葉をかけた。

 

「ねぇ雀ちゃん。雀ちゃんは勇気が持てないって言うけど、そんな事ないと思うよ! だってすっごく危ないのに、私達を助けようとしてくれた! これって勇気が無いと出来ないよ! そうだよね、兎角!」

「だな」

「いや、それは……。勇気とかじゃなくて、反射的に動いたというか」

「それが勇気じゃないかな?」

「へっ……?」

「あぅ、えぇっと……。何というか、私達も同じっていうか……」

 

予想外の返答に、キョトンとする雀。

見兼ねた兎角がフォローするように口を開いた。

 

「雀。俺達だって、別に勇気なんか持ち合わせちゃいないんだ」

「え、でも……」

 

その先を言うのはマズいと思い、言葉を詰まらせる雀。彼女は知っている。彼らはバーテックスという、世界を壊しにやってくる化け物と戦うという、勇気がないと出来ないお役目を担っている事を。

それを見透かしているわけでもなく、兎角が会話を続ける。

 

「危険や苦痛を怖がる事は誰だって当然だろ? それを怖がらないって事はさ。勇敢だって言わないんだ。人間として何かが壊れてるだけさ。……俺からしてみればな。勇気があるって言われてる奴は、危険も苦痛も怖がるけど、それでもいざという時に体を張って頑張る人。そういう奴は自分が勇気を持ってるから頑張る、なんて思っちゃいないさ。いつのまにか頑張ってて、それを周りで見てる人が『あの人は勇敢だ』なんて思ってるだけなんだぜ。でも実際は勇気なんて持ち合わせてない。それがさっきのお前に当てはまるんだよ」

「そう、かな……? でも私、本当に臆病だし……」

 

すると、唐突に目の前にいた友奈が、雀の手を握った。

 

「私だって臆病だよ。危ないのも痛いのも、すっごく怖いもん。でも、もし友達が困ってたら、どんなに危なくても痛くても、助けようとすると思う。さっきの雀ちゃんみたいにね!」

 

『勇者=臆病』という方式が理解できない雀。と、今度は遊月が東郷の乗る車椅子を押して口を開く。

 

「先ずは、2人を助けようとしてくれて、本当にありがとうございます。それでですね、加賀城さん。私も思うのですが、臆病な事と勇気がある事は相反しない。両立するものだと思うんです」

「俺もそう思う。臆病であり、同時に勇気がある人。俺達からしたら、それが雀さんだと思うんです」

「うぅ、私が上手く言えなかった事を、全部3人が伝えてくれた……! 私、本当に伝えるの下手だなぁ」

 

ガックリと肩を落とす友奈を見て、樹が慌てふためく。

 

「ゆ、友奈さん落ち込まないでください! みんな初めから分かってましたから!」

「ここぞとばかりにトドメを刺しにいったわね、樹……」

「フォローになってないぞ……。まぁ友奈のジェスチャーは園子に似て、思考回路が読めない事も多々あるしな」

「たっくん、言わぬが花だよ〜……」

「へへっ。それも友奈らしいと思うけどな!」

「そうですね」

 

微笑ましげな銀と真琴。

彼らの姿は、本当にどこにでもいる仲良しの少年少女達にしか見えない。国家で最も重要な任務を担う者達には、加賀城 雀からしたら、どうしても見えなかった。

そうしてしばらく休憩した後、今度こそ実家に帰るべく、雀は勇者部員に駅で見送られながら、讃州市を後にした。

窓から差し込んでくる夕日に照らされながら、雀は友奈に握られた手を見つめる。

 

「(勇者様って、怖いイメージしかなかったけど、全然お門違いだった。見た目の中身も、私とそんなに変わらない。……けど、なんだか良い人達だった。臆病と勇敢は両立するってのはよく分からないけど)」

 

それでも、彼女にとってこの出会いは、決して無駄なものではなかったと信じたい。いつか、彼女達が教えてくれた事が実を結ぶ時が必ず来るとは限らないが、それまでは、自分なりの精一杯で、無理ない範囲でやっていこう、と決意をちょっぴり固める雀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月後の夏明けに、大赦から『特別なお役目』として召集される日が来るなど、知る由もなく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、後に雑草として戦場を駆け巡る事となる者が、咲き誇った花々との出会いを描いた、始まりの断片の物語。

 

その出会いは、やがて一つの世界にて絡み合う輪廻と成り得るか否かは、神のみぞ知る……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん……」

 

執事が運転する車の中で、園子はただ1人、サンチョを抱き抱えながら唸る。

 

「(あの雀って子、何だかとてつもないパワーを秘めてた気がするんだよね〜。勇者にとても近いような……)」

 

それに……、と園子は先ほどの一件でもう一つ、不可解な事に対する疑問が尽きなかった。

 

「(あの時、ゆーゆととっくんを守ったのは、精霊で間違いないと思うんだけど、何で勇者姿になってないのに、バリアが張られたのかな〜……?)」

 

 

 




今回の投稿日において、『ゆゆゆい』では遂にくめゆ組が参戦! ガチャ実装は後々との事でしたが、良性能に期待しましょう!
私怨やら因縁やらが渦巻く事になるでしょうが、どのような形で勇者と防人が打ち解けあっていくのか、非常に気になるところです!


〜次回予告〜

「何があったんだよ⁉︎」

「2割だけかい!」

「……お待たせしました」

「なんという天中殺……」

「色々と危なっかしい奴だ」

「勇者は根性ぉ!」


〜大雨及び不運警報発令中〜


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。