結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

5 / 127
ご意見、ご感想も随時募集中です。


4:祝勝会

「(辛勝、だった……!)」

 

武神組が検査を終えた頃。先に園子と共に帰宅していた須美は、家族に今日、お役目があった事を報告し終えてから、裏庭の井戸へ向かい、そこの水を肩から下にかけて、身を清める。これが須美の日課である。

だがこの日はいつもと違って、険しい表情を見せながら、心身を引き締めていた。

 

「(私1人じゃ、勝てなかった。何より、市川君を危険な目に遭わせてしまった……!)」

 

腕に付いた薄い傷口に、水の冷たさが滲みるが、須美は動じなかった。最後に見かけた際、顔や腕に傷が多数付いていた晴人の方がよほど痛いはずだから、と自分を叱咤しているからである。

合同訓練をしていないどころか、今日顔を合わせたばかりの転校生を最前線に立たせて戦わせるのは合理的ではなかった。ここは1番リスクの小さい、須美の弓矢による攻撃でなるべく対処すべきであり、負担をかけさせたくなかった。それが須美の本音だった。

が、実際に戦いが始まってみれば、バーテックスの猛攻にひれ伏しかけたのは須美の方だった。銀も園子、昴も危うく死にかけ、晴人や巧の援護もまともに出来なかった。それが、須美にとって1番悔しかった事だった。

 

「私が、頑張らなきゃ……! みんなを危険に巻き込まない為にも、しっかりするのよ鷲尾 須美……!」

 

自分に檄を飛ばし、改めてお役目を果たす事を誓う須美であった。

その一方で、敵の襲来が本格的に始まった以上、片付けておかなければならない問題が、須美の中で浮上した。

チームワークである。

 

「(今後も、共にお役目を果たしていく同胞である事に変わりない。鍛錬だけでは足りない。もっと統制されていないと……)」

 

今回も、初めの方は皆が意思疎通できておらず、バラバラに動いていた事もあって、ピンチを招く結果となった。一方で、後半の方は割と連携が取れていたように須美は感じていた。園子の指示通りに動いて敵を食い止め、園子と昴が協力して防衛に徹し、須美もまた、昴の援護のおかげで矢の乱射が的確に、水瓶座の水球を破壊した。銀と巧も、互いにコンタクトを取って、息があった攻撃で、敵の戦力を削っていた。あれらが今後もうまく噛み合えば、戦いにおいて有利になるだろう。

その為には、互いをよく知る事が大事だ。そう考えついた須美だったが、ここではたと困り果てる。

 

「(互いをよく知る、つまりはあの子達と友達になるって事よね……。……どうやったら仲良くなれるのかしら)」

 

須美は生まれつき義理堅い性格であるが故に、本当の意味での友達を作った事がないのだ。クラスの級友との関係はあっても、それ以上先に踏み込んだ試しは、須美にはない。

これ以上頭を捻っても、良案は思いつかないだろう。須美は井戸を離れ、普段着に着替えた後、ネットワークを使って『晴人達と仲良くなれる方法』を検索し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

朝の学活の時間となったが、この日は須美、銀、園子。そして晴人、巧、昴の計6名は教壇付近に立たされていた。6人の間に入る形で、担任の安芸が、生徒達に向かってこう話した。

 

「昨日お話しした通り、この6人には、神樹様の大切なお役目があります。そして、市川君がこの学校に転校してきたのも、この極めて重要なお役目に選ばれたからです。昨日のように、突然教室からいなくなったりする事もありますが、慌てたり騒いだりせず、落ち着いて、6人を心の中で応援してあげてください。皆さんには、日々の勉強という努めがありますからね」

 

安芸の説明を受けて、昨日6人が忽然と姿を消した事に軽くパニックになっていた生徒達は納得したような表情を浮かべた。晴人や昴、銀、園子は皆から温かい眼差しを向けられているからか、照れ笑いを浮かべており、巧は無表情のまま、どちらかといえば興味なさげな様子であった。須美も決して感情を表に出していないが、巧のそれとは違うものを感じさせる。

それに気づいたのか、晴人と園子が須美の顔を見てニヤリと笑うが、依然として頬に湿布が貼られている晴人を見て、慌てて視線を逸らした。

その日の放課後は、クラスに残った面々から、お役目に選ばれた晴人達に対して質問が殺到した。

 

「ねぇねぇ、お役目って大変なの? 痛いの?」

「見たら分かるだろ? 怪我してるし、やっぱ大変なんじゃね?」

「お役目してる時ってさ、なんか特別な服とか着るの?」

「変身したりするのか⁉︎」

「えっ、あ、イヤ〜。それがねぇ……」

 

そんな質問攻めに対して、どうにかして誤魔化そうとする銀だったが、この男だけは全く違う対応を見せる。

 

「いやー、そりゃあもちろん大変だぜ! なんてったって敵は……」

「わっ⁉︎ ちょっと待ってください⁉︎」

「こ、このバカ……! お役目の事は外部に洩らすなと散々言われてただろ……!」

「ムォッ……⁉︎ わ、わふぁった(分かった)わふぁったふぁら(分かったから)ふぁなふぃてふれ(離してくれ)いふぃてふぃねぇ(息できねぇ)……!」

 

晴人が口を滑らせそうになるのを、両サイドにいた巧と昴が咄嗟に手を使って晴人の口を塞いだ事で回避できた。急いで酸素を取り込む晴人を見てホッとする昴と、ため息をつく巧の姿が印象的だった。

 

「……や、つーわけでゴメンな。お役目の事は話しちゃいけない事になっててさ」

 

それを聞いて、「えー、ケチ〜」と言いつつも大人しく引き下がる事にしたクラスメイト達。と、そこへ先ほどの3人の武神のやり取りが気になった銀が声をかける。

 

「ちゅーかさ。3人ともいつの間にそんなに仲良くなった感じ? あたしの知らない間に何があったんだよ?」

「何が、と言われましても……」

「帰りに自販機寄って、一緒にジュースで乾杯したぐらいだけど?」

「へぇ〜、それでこんなに仲良くなれるなんて良いな! あたしも交ぜてよ!」

「あ! 私も〜!」

 

銀に続き、それまでスローライフを送っていた園子が立ち上がり、晴人達に寄り集まろうとする。

と、その時だった。

 

「あ、あの……!」

「「「「「んっ?」」」」」

 

それまで自分の席で黙り込んでいた須美が唐突に立ち上がり、同胞からの視線を肌で感じながら、一つ咳払いをして話しかけた。

 

「ねぇ、乃木さん、三ノ輪さん、市川君、鳴沢君、神奈月君。よ、良ければ、その……。こ、これから、しゅ、祝勝会でも、どうかしら……?」

 

昨日の戦いの勝利を祝って、皆と交流する。昨晩色々と考えた結果編み出した案を、須美は恐る恐る尋ねてみた。

返事はすぐに返ってきた。

 

「おっ、良いね!」

「うん! 行こういこう〜!」

「賛成! 2人も行こうぜ! なっ!」

「僕も行きたいです。鳴沢君は?」

「……まぁ、それぐらいなら」

 

巧は多少渋々だったが、5人全員の賛同を得て、須美はホッとした。掴みは問題なくこなせたようだ。

 

「んでさ。祝勝会ってどこでやるんだ? さすがに俺の家はまだ引っ越しのアレで片付いていないから無理だし……」

「えっ? そ、それは……」

 

内心しまった、と思う須美。肝心の開催場所までは確保していない事に気付き、須美や晴人が会場をどこにしようか悩んでいると、銀が口を開いた。

 

「フッフッフ。それなら、この三ノ輪 銀様に、任せておきな!」

 

得意げに胸を張る銀を見て、他の5人は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀に連れられてやってきたのは、駅前の大型ショッピングモール『イネス』。ショッピングモールといえど、館内には公民館などの公共施設もあるので、銀曰く『砂漠に現れる強大なオアシス』なのだそうだ。その例えに共感する者はいなかったが、確かにここなら祝勝会を開くには充分すぎるスペースを確保するのも容易い。

平日の夕方という事もあり、銀に案内されてやってきたフードコートには、人がほとんどいなかった。この分なら、多少なりともお役目に関する事を口にしても問題はないだろう。

席に着く一同。早速須美がランドセルから、前もって準備していたとされる、折りたたんだ紙を広げて、そこに書かれた文を声に出して読み始める。

 

「えぇっと……。今日という日を無事に迎えられた事、大変嬉しく思います。えっと……、ほ、本日は大変、お日柄もよく、神世紀298年度、勇者並びに武神、初陣の祝勝会という事で、お集まりの皆様の、今後ますますの繁栄と健康、そして明るい未来の」

「長いわ! 早く乾杯しようぜ!」

「そうそう、堅苦しいのは無しで! カンパーイ!」

「ワーイ!」

「はい、乾杯ですね」

 

晴人のツッコミが炸裂し、銀が道中で買ったジュースの入ったカップを突き出し、園子、昴も交えて乾杯をした。巧も無言でそれに続く。須美が段取りと違う方向へ進んでいる事に戸惑う中、園子が声をかけた。

 

「ありがとうね、スミスケ」

「?」

「私も、スミスケを誘うぞ誘うぞって思ってたんだけど、中々言い出せなかったから凄く嬉しいんだよ!」

「うんうん! 鷲尾さんから誘ってくるなんて初めてじゃない?」

「そう言われてみれば、ちょっと意外だった気がしますね」

「そうなの?」

「どちらかといえば、堅いイメージが印象深いといいますか……。だから、最初に鷲尾さんと普通に接せれている市川君にも、ビックリしまして」

「そうか? 俺はそういうの全然気にならないからな」

 

元々人見知りのない晴人にとって、須美がみんなからは近寄り難い存在だった事に少し意外性を感じているようだ。

 

「まぁ、合同練習もまだだったけど。なのにあたしら、初陣よくやったほうじゃない?」

「ねぇ〜。私も興奮しちゃって、みんなでガンガン語り合いたかったの!」

「それすっごい分かる! つーか俺の場合はもう昨日のうちに、お婆ちゃん達にバンバン語りまくってたけど」

 

晴人が頷きながら、園子に同情する。

さすがに堅すぎたかと思った須美は、紙をしまうと、席に座って少し恥ずかしげに口を開いた。

 

「わ、私も実は、その……。話をしたくて、みんなを誘ったの」

「話? 何をだ」

 

巧がストローを口から離して問いかけると、須美が下を見ながら呟いた。

 

「私ね。みんなの事、あんまり信用してなかったと思う」

「えっ?」

「そ、それは、市川君達の事が嫌いとか、そういうのじゃなくて……。私が、人を頼るのが苦手で……」

「スミスケ……」

「そうだったんですか。だから僕達とはあまり話を……」

 

須美の事を断片的ではあるが知り、いつしか須美の言葉に耳を傾ける一同。

 

「でも、それじゃあダメなんだよね。1人じゃ……、私1人じゃ、何も出来なかった。みんながいてくれたから……。あの……、その……」

「?」

 

須美が何かを言いたそうにしているが、モジモジしており、晴人達は須美の言葉を待った。やがて須美は意を決したように叫んだ。

 

「だから、その……。これからは私と、仲良く、してくれますか?」

 

本人なりに思い切ったように本音を吐露する須美。それに対し一瞬驚いて、互いに顔を見合わせる5人。最初に口を開いたのは晴人だった。

 

「何言ってんだか。もう友達に決まってんじゃん!」

「えっ……」

「そうそう! 既に仲良しだろ? そう思うだろ鳴沢?」

「……フン。まぁ、お前の気持ちも分からなくない。俺も友達とか、そういうのは別に興味なかった。面倒、だったからな」

 

巧はそっぽを向きながらそう呟く。そこへ園子の心底嬉しそうな声が響き渡る。

 

「でも嬉しいなぁ! 私もスミスケと仲良くしたかったんだよ! ほら、私も友達作るの苦手だったから。すばるん以外の同級生と、お話した事ないの」

「そう、ですね。僕も、園子ちゃん以外に、友達と呼べる人は今までいなかったものでして……」

 

乃木家と神奈月家。どちらも大赦の中でも高い地位にいる為、そういった同学年との付き合いが出来る機会は少ない方だったのだろう。

 

「スミスケも同じ想いだったんだぁ。嬉しいなぁ、スミスケ!」

 

ニコニコと語る園子。と、ここで須美からある疑問が。

 

「あ、あの。乃木さん」

「はーい」

「その……。いつの間にか定着してる、スミスケっていうのは、何?」

「あぁ〜。いつの間にかあだ名で呼んでた〜」

「えぇ⁉︎」

「まさかの無自覚⁉︎」

 

唖然とする須美達。そこで晴人はある事に気づく。

 

「ん? そういや乃木さんは、神奈月さんの事をすばるんって呼んでたけど、ひょっとしてそれも?」

「あ、はい。幼い頃からの、僕のあだ名です。本人は気に入ってるようなので、それで定着させてます」

「ははぁ……。乃木さんは色々と不思議ちゃんなのか」

 

1人納得する晴人。そして須美は園子の呼び方に対して異議を申し立てる。

 

「嬉しいけど、その……。あまり好きじゃないかな」

「う〜ん、シオスミの方が良かったかなぁ。あ、じゃあ『ワッシーナ』は? アイドルっぽくない?」

「もっと嫌よ!」

「えぇ……」

 

あんまりなあだ名がつけられてしまうのを全力で阻止する須美。

 

「乃木さんも、『そのこりん』とか嫌でしょう?」

「わぁ素敵!」

「……ゴメンなさい、忘れて」

「すいません。園子ちゃんは昔からこんな感じで、慣れるのに時間がかかるかもしれませんが……」

「お前もそれなりに苦労してるんだな」

 

巧が苦笑する昴に同情した。

やがて、園子は何かを思いついたのか、顔を輝かせる。

 

「あっ、閃いた! じゃあ『わっしー』はどう?」

「う〜ん……(それもそれで、どうかとは思うけど……)」

 

返答に悩む須美だったが、あまりにも目を輝かせて今か今かと待っている園子を見て、遂に諦めた。

 

「まぁ、それで良いかな……」

「! ワァイ! じゃあよろしくね、わっしー!」

「え、えぇ……」

「良かったね、園子ちゃん」

「えへへ〜。あ、そうだ! ミノさんはミノさんで決まってるから、後は2人の分も決めておかないと、だね!」

「おい、俺は別にそこまで……」

 

巧が待ったをかけようとするが、既に園子は瞑想モードに突入している。やがて顔を上げて、晴人と巧の顔を見た。

 

「うん! 閃いた! 市川君は『イッチー』で、鳴沢君は、巧の『タッくん』で決まり!」

「イッチー?」

「タッくんって……。……まぁ、しょうがないか」

 

こうして園子による伝統(?)の命名が決まり、ようやく銀も会話に入る事が出来た。

 

「んじゃあさ。あたしの事は、『銀』って呼んでよ! 三ノ輪さんは何だかよそよそしいな」

「そうだね〜」

「じゃあ俺達も、もう下の名前で呼んでいいよな! 巧、昴!」

「良いですよ」

「勝手に呼べばいい」

 

晴人の提案に、巧と昴は反対しなかった。ただ、須美だけは中々下の名前で呼ぼうとはしなかった。誰に対しても厳格な言葉遣いで接してきたので、いきなり馴れ馴れしく会話する事が難しいようだ。

 

「あはは。まぁいいか。そのうち慣れるしな!」

 

晴人達も、須美の好きな風に呼ばせる事にした。無理に強要しても、かえって逆効果だろうと悟ったようだ。少し計画は狂ったが、それなりに仲を深める事には成功したようだ。須美は内心ホッとした。

と、そこへ銀がこう提案する。

 

「よぉし! んじゃあ今日という日を祝って、みんなでここの絶品ジェラートを食べよう!」

「……へ?」

「ジェラート?」

 

最初は何の事か分からなかった一同だが、銀について行って、フードコート内にあるジェラート専門店で、各自で好きな味を注文した。学校帰りに立ち寄ったという事もあり、最初は制服のまま買い食いする事に若干落ち着きがなかった者も中にはいたが、神樹館小学校の教育方針として、4年生を越えれば買い物も許可されており、節度ある行動を心がけていれば下校中でも問題はない事を思い出して、注文を始めた。10歳を越えればお金の使い方を知っておくのも勉強だろう、という、子供達のモラルが高い神樹館小学校ならではの、自由な校風で、生徒達からの歓迎度は高い。

席に戻ってすぐに口に入れた途端に、晴人や園子は昴は目を輝かせた。巧も表情には出さなかったが、美味しそうに頬張っている。

 

「おぉ、これんまい!」

「美味しいですね!」

「そりゃあこのイネスマニアこと三ノ輪 銀様がイチオシのお店だからな!」

「はふぅ〜! 幸せ〜! ほうじ茶&カルピー味、大正解! すばるんは?」

「僕のはバニラチョコ味。これも中々に美味しいよ。……ところで銀ちゃんのそれは何ですか? やけに茶色いですけど……」

「フフン、よくぞ聞いてくれた! 確かにほうじ茶&カルピーもバニラチョコも超素敵だけど、最強はあたしが食べてるコレ! 醤油味のジェラートなのだ!」

「醤油味?」

「何それ〜? でも美味しそう!」

「初めて聞いたぞそれ!」

 

巧が目を細めて銀の持つジェラートを凝視する。ガチでナンバー1と言い張る銀に催促される形で、晴人、巧、昴は醤油味のジェラートを口にする。各々の反応はというと……。

 

「……何というか、どう言えば良いのか分からなくなるぐらい難しい味だな」(by晴人)

「良い味だとは思いますが、少し大人向けかもしれませんね」(by昴)

「要するに、俺達の好みじゃない」(by巧)

「……なんか、サーセンっした」(by銀)

 

3人の武神からの不評を受け、若干ヘコむ銀であった。園子もそれを聞いて、銀のジェラートに手をつけるのを諦めた。

その一方で、須美は注文した宇治金時味を一口含んで以降、ずっと難しい顔つきのまま、ジェラートとにらめっこをしている。

 

「……須美? 何でジェラートにガンつけたまま固まってるんだ?」

「わっしーにはジェラート合わなかったのかな〜?」

「あ、合わないどころか……! この宇治金時味のジェラートが、とても美味しくて……! 私は、おやつは和菓子かせいぜいところてん派だったから! それにこの味で僅かに揺らいだ私の信念が情けなくて……」

「なんかスンゲー難しい事言ってるけど、要は美味しかったんだな?」

「美味かったんなら、それでいーんじゃね?」

「そ、そうね……」

 

晴人と銀に指摘され、須美は気持ちを新たに、ジェラートを頬張った。

 

「……うん、美味だわ! このほろ苦抹茶とあんこの甘さが織りなす味の調和が絶妙だわ……!」

「食レポじゃあるまいし、そこまで言うほどかよ」

「面白いですね、須美ちゃんは」

「ね〜。もうちょっと怖い人かと思ってたよ〜」

 

巧は呆れたようにジェラートを食べ続け、昴と園子は須美の意外な一面を見て笑いながら会話した。ちなみに、巧が食しているのはコーラ味のジェラートだった。

不意に視線を感じた須美が顔を見上げると、オレンジ味を食べていた晴人が、須美の持つ宇治金時味を凝視していた。

 

「な、何?」

「須美のそれも美味そうだな! 食わしてくれよ! なっ!」

「えっ? う、うん。良いけど……」

「じゃあ、いっただっきま〜す!」

 

そう言ってオレンジ味が付いているスプーンで宇治金時味をすくい取り、口に運んだ。

 

「おぉ美味い! んじゃあお返しって事で、須美もこれ!」

 

そう言って今度はオレンジ味をすくい取り、須美に向かって差し出した。須美の思考がフリーズしてしまった。これは必然的に人前であーんをしろ、という事になる。

 

「(そ、そんなはしたない事を……! でも、蜜柑味も美味しそうだし、下手をすればチームワークの悪化に発展し兼ねない……!)」

 

意を決して、須美は口を開いた。晴人がその舌へオレンジ味を投下した。オレンジ特有の酸っぱさと甘さが口に広がろうとしたタイミングで、園子の声が聞こえてきた。

 

「オォ! 見ててビュビューンときたよ今のは! まさしく、初めての共同作業だね」

「「えぇっ⁉︎」」

 

これには須美だけでなく、晴人も顔を赤くしてしまう。晴人からすれば、そのような事を意識していなかったので、その発想に驚きを感じていた。

とはいえ、晴人が口にしたスプーンを使って異性の口につけたので、間接キスとも捉えられるかもしれないが……。

それでも、さすがに共同作業という言葉に違和感があったらしく、その様子を見ていた面々も口を開く。

 

「あの……。言葉の使い方間違ってませんか?」

「だな」

「それもそうだけど、須美と晴人のそれも大概だよな! ガチの恋人かっつうの!」

「え、そ、それは、その……」

「す、須美⁉︎ 大丈夫かよ⁉︎ ってか銀もよしてくれよ〜!」

 

慌てふためく晴人と、恥ずかしさのあまり言葉を失う須美。しばらくの間、フードコート内で笑い声が絶えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェラートを胃袋に収めた一同は、再び銀の先導でエレベーターに乗った。

 

「お金の使い方も分かった事だし、次はお金を使わない、あたしのイチオシスポットを紹介しよう!」

「ミノさん、本当にイネスに詳しいんだね〜」

「ロチモンよ! 何せイネスマニアですから! 何なら、イネスマスターって呼んでも良いのだよ?」

「イネスマスターって……」

 

呆れる巧だが、銀は気にする事なく屋上へ向かうボタンを押した。

エレベーターの扉が開き、一同は屋上へと足を運ぶ。

 

「オォ!」

「綺麗……!」

 

一同がそう絶賛する程、屋上からの景色は鮮やかだった。海に面しているこの街ならではの、見晴らしの良い眺めが、6人の少年少女の前に広がっている。瀬戸内の海や、晴人達が通う神樹館小学校、遠くに見える、四国をグルリと囲う壁、そして晴人達が戦う舞台でもある、瀬戸大橋。それら全てが一望できるこの場所は、確かにお金を使わない穴場スポットに違いなかった。

すると、銀がこんな事を聞いてきた。

 

「なぁみんな。フードコートもあまり詳しくなかったけど、イネスにはあまり来ない系?」

「えぇ。今まであまり行こうとも思わなかったし」

「俺も、ここに大して用がある事はないし」

「俺の場合は、元々住んでた家がここからずっと遠かったからさ。一応イネスには来た事あったけど、年に1、2回って感じだな。本当に旅行感覚でここに寄った事しかないから、そこまで詳しくないし」

「私は、そもそも買い食いもそうだけど、イネスに行くのもお家では禁止だったの〜。でも勇者に選ばれてからは全部OKだって〜」

「僕も園子ちゃんと同じですね。家柄の事もあって、外に出て遊ぶ事自体少なくて……。大抵、園子ちゃんと一緒に屋敷の中で遊んでた記憶しかありませんよ」

 

それを聞いて、銀は軽く頭を抱えた。

 

「ちゃー、そいつは悲しいね。イネスはこの街で最大の娯楽施設なのに、晴人の場合は兎も角として、それをよく知らないのはガチで勿体無いよな」

「最大の……というか、あまり娯楽施設もないような……」

「鷲尾さん、それ言ったらおしめーよ?」

 

銀が苦笑しながらツッコむ。不意に昴は、ビル風に吹かれながら海の向こうに見える壁を見つめながら口を開いた。

 

「そういえば、昔は壁の向こう側にも、人々が暮らせるような土地があったんですよね。そこにはきっと、もっと盛大な娯楽施設があったのでしょうね」

「……まぁ、確かにな」

 

巧もそれに同意する。

 

「どんなものがあったんだろうね〜。気になるね〜! 行ってみたいなぁ、壁の向こうの世界に!」

「ダメよ乃木さん。外はウイルスに蔓延されてて、誰も近づいてはいけないって教わってるでしょ? バーテックスだって潜んでいるんだもの」

「分かってるよ〜。でもいつか、行ける日が来ると良いなぁって思って」

「その時が来るまでは、俺達で、この街を守っていこうぜ! ここが最大の娯楽施設なら、尚更守らないとな!」

「……そうね(市川君が言うと、何だか危なっかしく思えるわ……)」

 

若干心配気味な須美だが、気を取り直して、地平線の彼方を見つめる。

 

「これからは、訓練も勇者と武神で3人ずつ。もしくは6人で一緒になる機会が増えるわ。大変だろうけど、大切なお役目だから、頑張っていきましょう」

「だな! 同じテーブルで食事もしたし、もうあたし達、ダチコーだもんね!」

「だ、ダチコー! それ良いね! 気に入ったよ〜!」

「んじゃあ、シクヨロって事で!」

 

晴人がにこやかにそう言った。その姿に、須美は尊敬すら覚えた。彼女には絶対に出来ない、人への近付き方を難なくこなし、誰とでも仲良くなれる力を秘めている。正義感も強く、天真爛漫な性格である彼の背中は、須美にとって眩しいものを感じさせる一方で、誰よりも傷を背負いやすい気がして、頬についた湿布を見ていた須美にとって、ある種の不安を感じさせた。

 

 

 

 




醤油味のジェラートが気になりますね……。少し前に整地巡礼でイネスの舞台となった施設に行った事はありますが、そこには売ってなくて、結局食べれなかったんですよね(泣)



〜次回予告〜


「器用さは関係ないだろ」

「心配性だなぁ須美は」

「おいでなすったぁ!」

「台風の目ってやつか⁉︎」

「南無八幡……!」

「晴人君!」

「危ない!」

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


〜特攻〜


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。