結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
友を、人々の平和を守るべく、勇者として、武神としてその身に力を宿した友奈と兎角が放った一撃は、乙女型に確かに命中していた。
が、一旦距離を置いて体制を整えようとして後退を完了した頃には、突き破られたはずの胴体は光に包まれてみるみるうちに修復されていた。
「そんな……! 治ってる……!」
「手応えはあったはずだけど……」
「再生能力まで……!」
友奈や兎角同様、一部始終を目撃していた巧も、敵の性能を目の当たりにして、苦々しい表情だ。
昴が2人の先輩に敵の倒し方を問いかけた。
「どうやってあの怪物をやっつければ良いんですか、先輩!」
「バーテックスは、ダメージを与えても回復するの! 『封印の儀』っていう、特別な手順を踏まないと、絶対倒せない!」
「て、手順って何スか、兄貴⁉︎」
「それは攻撃を避けながら説明する!」
「そういう事! とにかく避けながら聞いてね! 来るわよ!」
「了解〜!」
「うぉっ⁉︎ また来たッス⁉︎」
「ま、またそれ〜⁉︎ ハードだよ〜!」
再び降り注ぐ、爆弾のあられ。10人の少年少女は散開し、敵の攻撃をやり過ごしながら、風と藤四郎の説明を耳にする。
途中で攻撃を受けそうになる友奈だが、すかさず銀がフォローに入る。
「大丈夫か友奈⁉︎」
「うん! ありがとう銀ちゃん! ……でも凄いね! 私でもまだぎこちない感じなのに、銀ちゃん、もう慣れてるって感じするよ!」
「確かにな。巧とか昴も、それと園子もそんな感じに見えるし」
合流した兎角も、友奈と同じ感想を述べる。それに対し、銀と、その近くにいた巧が首を傾げながら口を開く。
「それさっきも樹とかから言われてたんだけどさ。なんかこう、体が元から馴染んでるって感じしかしないんだよね」
「? それって、前からその武器を使いこなしてるって事か?」
「だが、俺も銀も、こんな非常時には身に覚えがない。上手く説明は出来ないが、とにかく武器を持てば少しは冷静になれるって事ぐらいか」
「それでも凄いよ! よぉし! 私も2人に負けないぐらい、頑張るよ!」
「良い根性してるな、友奈!」
俄然やる気になった友奈と銀は前進し、兎角と巧もそれに続く。
そんな後ろ姿を、遠くからではあるが、東郷と遊月はジッと見守っていた。
「みんな……!」
「……」
遊月はスマホを握りながら、観察に専念している。東郷は皆の安否を心配する傍ら、自らも変身しようとスマホの画面に指を伸ばそうとするが、恐怖心が勝り、震えながら変身を躊躇ってしまう。
「ダメ……! 私、戦うなんて、出来ない……!」
「東郷……」
その様子を見て、遊月はそっと東郷の左手に触れる。
「……ぁ」
「大丈夫だ東郷。兎角達を信じよう。あいつらなら、きっとこの状況をなんとかしてくれる。それに、お前は1人じゃない。今は、ちゃんと俺がここにいてやれる。だから、そんなに深刻そうな顔はしなくても良いんだぞ」
「……うん。ありがとう、遊月君」
東郷の方から、遊月の右手を握り返す。温もりが全身に伝わり、不思議と心が安らいだ。同時に、友奈達の力になれない事への虚無感を抱きながら。
一方で遊月も、兎角達と共に変身して援護が出来ない状況に申し訳なさを感じた。だが、今ここで遊月が兎角達の援護に向かえば、東郷が危険に晒される。ただでさえ不安に押しつぶされそうな彼女を守ってやれるのは、遊月だけだ。持ち場を離れるわけにはいかない。
「(頼んだぞ、兎角、みんな……)」
時を同じくして、友奈達も『封印の儀』なるものの準備を着々と進めていた。
友奈は心の中で、風と藤四郎から受けた説明を復唱する。
「(封印する為の手順1、先ず、敵を囲む!)」
駆け足で前進し、時折迫って来る敵の攻撃を、2年一同で互いにフォローしながら、乙女型を囲むように各々が降り立った。風ら4人も所定の位置に付いている。
「位置に着きました!」
「こ、こっちも付いたよお姉ちゃん!」
友奈と樹が、風に合図を送った。
「よし、封印の儀、行くわよ! 教えた通りに!」
『了解!』
友奈達がスマホを構えながら次の準備に移行する間にも、乙女型は抵抗とばかりに布状の鞭を振るってきた。狙われた藤四郎は大鎌でいなした。
「今のうちに、やれ!」
「えっと……! 手順2、敵を押さえ込む為の祝詞を唱えるんだよね……? ……って、これ全部唱えるの⁉︎」
「みたいだな!」
友奈達が驚いているのは、画面に表示された、意味深な単語が並べられている祝詞。読み仮名もふってあるので、読み間違える事はないだろうが、見慣れない単語ばかりでスラスラと読める自信はない。
ともあれ、バーテックスを倒すべく、友奈達は祝詞を読み上げる。彼らの周囲には精霊達が出現する。
「え、えっと……。『かくりよのおおかみ』」
「『あわれみたまい』」
「『めぐみたまい』」
「『さきみたま』」
「『くしみたま』……」
「大人しくしろー!」
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『えぇっ⁉︎ それでいいの(か)⁉︎』
ほぼ全員が祝詞を唱えていた矢先、風と藤四郎が地面に向かって勢いよく武器を振り下ろした。
皆が驚いていると、風はいけしゃあしゃあと答える。
「要は魂込めれば、言葉は問わないのよ!」
「早く言ってよ〜⁉︎」
「けどまぁそれでいいんだったら、それ!」
2人に続いて、銀もそれに習って斧を突き刺す。瞬時に乙女型の足元に魔法陣のような模様が浮かび上がり、乙女型の身動きが封じられる。そして頭部から、逆四角錐型の物体が出現した。
「な、なんかベロ〜ンって出たぁぁぁ⁉︎」
「封印すれば、御霊が剥き出しになる。あれはいわば心臓のようなものだ。つまり、破壊すればこっちの勝ちだ!」
「それなら、私が行きます!」
「あたしも!」
「! お、おい友奈、銀!」
兎角の制止も無視して、友奈と銀が飛び上がり、御霊の破壊に取り掛かる。
「「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」
友奈の拳と、銀の斧が御霊に命中。……したところまでは良かったが、御霊は傷1つつかず、逆に攻撃した方の2人の腕に衝撃が走った。
「かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい⁉︎ これ固すぎるよぉ〜!」
「なんのこれしき……! 勇者は根性!」
腕を抑えて痛がる友奈に対し、銀は負けじと2丁の斧を振るい続けて削り取ろうとする。巧も同じように飛び上がって銀の援護に向かう。
そんな中、樹が乙女型の足元に浮かんだものを見て、ある事に気づく。
「ねぇお姉ちゃん。なんか数字減ってるんだけど、これ何?」
「それ、あたし達のパワー残量! 零になると、こいつを押さえつけられなくなって、倒す事が出来なくなるの」
「ふぇぇ……! と、言う事は……!」
「こいつが神樹様にたどり着き、世界が終わるって事!」
説明し終えた風が飛び上がった。
「友奈、銀! 代わって!」
風の指示を受けて地面に着地する2人に代わって、風が大剣で何度も叩きつけるが、結果は変わらず。彼女だけでは難しいと判断し、藤四郎も大鎌を構えて攻撃を繰り出す。
「くっ……! さすがにこれ以上時間をかけるのはマズいな……!」
「ならばあたしの女子力を込めた、渾身の一撃をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「私も〜! いっくよ〜!」
風と藤四郎が力の全てを注ごうと飛び上がり、園子も槍の先端を変形させて、勢いよく飛び上がった。武器を握る腕に力を込めて打ち込まれた攻撃により、3人は反動で吹き飛ばされたものの、御霊にはまだ浅いが、亀裂が生じたのを昴は見逃さなかった。
「! 亀裂が入りました!」
「おぉ、決まった!」
「よし! それなら……!」
追撃を試みようとする一同だが、不意に乙女型がいる地点を中心に、周囲の樹海が瘴気を漂わせながら枯れ始めていくのを目撃する。
「! 枯れてる……?」
それを見て地面に横たわっていた風や藤四郎が焦った様子で口を開く。
「始まった、急がないと……!」
「バーテックスを長い時間封印していると、樹海が枯れて、現実世界に悪影響が出る! 一気に勝負を決めろ!」
こうしている間にも、足元の数字も残り少なくなり、樹海の侵食も広がりつつある。その様子は、遠くにいる東郷や遊月の目からも確認できた。
「みんな、急げ……!」
「神樹様、どうか皆をお守りください……!」
2人は必死に願うばかりだ。
「時間がない……!」
「こんのぉ……! ハァァァァァァァァァァァァァァ!(痛い、怖い、けど……!) 大丈夫!」
タイムリミットまであと僅かとなり、一撃で仕留めるべく、友奈と兎角は力一杯跳躍した。破壊対象は、目前に迫っている。己の心を蝕む恐怖心を払いのけて、2人の勇者は利き腕に力を込める。各々の精霊がサポートするかのように、その身に宿る。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃあ!」
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
友奈のストレートパンチ、兎角のレイピアによる一点突きが、御霊の亀裂部分に命中。そこを中心に、周囲に亀裂が広がり、そしてついに、御霊は粉々に砕け散った。
「どうだっ!」
してやったと満足げに叫ぶ兎角。御霊が光に包まれて天に昇りながら消滅したと同時に連動して、乙女型は頭部から砂を吹きこぼしながら、影も形もなく消滅した。
「砂になってる……?」
乙女型の散り方に疑問を抱く友奈達だが、それを遮るように風達が駆け寄ってきた。
「友奈、兎角! やったね! ナイスだったわ!」
「イタタタタタタっ⁉︎」
「あ、ごめん……」
友奈と兎角の手を、嬉しさのあまり握りしめる風だったが、不意に友奈が右腕に走った激痛に苦しむ。何度も殴った影響で痛みが退かないようだ。兎角も友奈ほどではないが、まだ若干痺れが残っているので、握手だけは遠慮する事に。
敵の消滅を確認し、皆の姿を確認できたところで、東郷と遊月もホッと一息つく。
「勝った……」
「良かった……!」
ひと段落ついたのも束の間、周囲を風によって舞い上がった花びらが包み始め、友奈達は思わず目を瞑る。
次に目を開けた瞬間、目の前に広がっていたのは、カラフルな樹海ではなく、それまで何度も目にしてきた空模様。
「あれ? ここ、学校の屋上だな」
兎角が瞬時に今いる場所を察する。周りには勇者部員以外誰もおらず、神樹を奉る為の祠が設置されている。
「へぇ、こんなところに祠があったのか。知らなかったな」
「でも、どうしてここに……?」
「神樹様が戻してくださったのよ」
「なるほど……」
それから2年生一同は、少し離れた場所にいる親友達の所に駆け寄った。
「東郷、遊月!」
「無事だった? 怪我はない?」
「友奈ちゃん……! 友奈ちゃんこそ大丈夫?」
「うん! もう安全、ですよね?」
「そうね。ほら見て」
風に促され、屋上から外の景色に目を向ける一同。
行き交う車や人々。海の上を優雅に進む漁船。何もかもが、普段と何ら変わりのない日常だ。世界の存亡をかけた激戦が繰り広げられたにもかかわらず、穏やかな空気が澄んでいる。
「みんな、今日の出来事気づいてないんだね」
「夢でも見てた気分ッス」
「そ。他の人からすれば、今日は普通の木曜日。あたし達で守ったんだよ、みんなの日常を」
「良かった……!」
大変ではあったが、皆を守れた事を実感し、安堵の表情を浮かべる友奈。すると、藤四郎がポケットに入れておいたチュッパチャプスの袋を剥いで、口に咥えながら淡々と説明した。
「因みにだが、世界の時間は止まったままだから、今は授業中だ。今頃一部の教室じゃクラスメイトの消失とか何とかで、騒ぎになってるかもな」
『えぇ⁉︎』
一番重大な事実を聞いて動揺する友奈達。藤四郎は肩をすくめながらこう語る。
「まぁ、その辺りは後で大赦からフォローを入れてもらう事にするさ。本来、その為の組織なんだからな」
「そういう事。……で、怪我はないわね、樹」
「うん、お姉ちゃんは何ともない……?」
「平気へいき!」
腰に手を当てながら堂々と語る風に、樹は緊張の糸が切れたのか、泣きじゃくりながら姉に抱きついた。
「怖かったよぉ〜お姉ちゃ〜ん! もう、訳わかんないよ〜……!」
ついていくと宣言したものの、改めて戦いの過酷さや恐怖を実感し、耐えきれなかったようだ。それに対し風は優しく妹の髪を撫でてあげる。
「よしよし、よくやったわね。……冷蔵庫のプリン、半分食べていいから」
「あれ元々私のだよ〜……!」
「アハハ! 何だそりゃ⁉︎」
「仲良きことかな〜」
姉妹の会話を聞いて、自然と笑いが出る一同。
そんな中、遊月は申し訳なさそうに兎角達に話しかける。
「悪かったな。そっちに参加出来なくて。今度はちゃんと変身して一緒に戦うからさ」
「気にしなくていいぜ。それにお前には、東郷を守るって役目があっただろ? それだけでも十分だし、無理に戦う必要もないし」
「そうそう! 東郷さんを守ってくれてありがとう、遊月君!」
「アハハ……。そこまで言われるとなぁ……」
苦笑いを浮かべながらも、引き続き東郷のそばに着くことを決める遊月。彼女がその気になれば、自分も戦場に立つ事になるだろうから、その時までの辛抱だと言い聞かせる。
そんな彼らを尻目にただ1人、何も出来なかった事にやるせない表情を浮かべる東郷に気づいた遊月達だが、どう声をかけてあげればいいのか分からなかった。
「ただいま〜」
夕方、教室内で一悶着あったものの、無事に帰宅できた遊月。叔父や叔母に加えて、漁から戻ってきたであろう、年配の漁師に迎えられ、休憩を挟んだ後、その場にいた全員で夕食を食べ始めた。新鮮な魚介類をふんだんに使った料理は叔母特製でどれも美味しい。
そんな中、1人の漁師がこんな事を口にした。
「そういやよぉ。ついさっき姪から連絡があってなぁ。隣町でどえらい事故があったらしくてなぁ。近くに住んでるもんだから、どえらい騒ぎになったらしいぞ」
「ワシも聴いちょる。2人か3人ばかし怪我したって話じゃ」
「俺も気になって近くに寄ってみたんだが、大した事にはならなかったそうだ。けどまぁ、気になったのは、大赦の連中が現場に出入りしてたって話だ」
「何で事故1つに連中が関わらんかねぇ?」
「知らん。事故現場が大赦と関わってたからとかじゃねぇのかい?」
漁師達がそんな会話を繰り広げる中、遊月は箸を進めるスピードを落とした。事故が起きた時間帯は、丁度自分達が樹海に取り込まれ、世界を滅ぼす為にやってきたバーテックスと交戦していた時だ。おまけに大赦の面々が事故現場に現れたとなると、この一連の出来事は繋がっているように感じられる。
「物騒な世の中になったもんだねぇ……。物騒といえば、2年前にも、随分と酷い事故があったじゃないの。ほら……」
「あぁ、瀬戸大橋の事じゃろ。薬品工場が爆発したり、山火事が起きたりと、ワシが生きてる中じゃ一番デカい事件だ。死人も出たって話じゃないか」
「今じゃ瀬戸大橋も無残に壊されて、酷い有様だって遠くの仲間から話は聞いてる。……そういやあの頃もちょくちょく災害が起きてたよな」
などと、瀬戸大橋の事を口にした途端、遊月は言いようのない違和感を覚え、何かを思い出そうとした瞬間、頭の中を鋭い痛みがかけ走った。
異変に気付いた叔母が声をかけてきたが、大丈夫と告げた遊月はそのまま、外の空気を吸ってくると断りを入れて、食堂を出た。
戸を開けてすぐに、潮風が肌を撫でる。瀬戸大橋がどの方向にあるのかは分からないので、海岸線を呆然とした表情で見つめる遊月。
「瀬戸大橋……、樹海……、バーテックス……、……勇者に、武神」
今日だけで心に引っかかりを覚えた単語を口にする遊月。瀬戸大橋はともかく、どれもこれも始めて耳にするはずの単語。だが、遊月にはそれがどうしても受け入れ難い。
「もっと前から、知ってるような……」
どこでそんな知識を得たのかも見当がつかないが、少なくともこれから先、非日常に足を突っ込んでしまった以上、否が応でも知る必要があるのは間違いない。
何れにせよ、明日の放課後には部長と副部長から説明を受ける事になっている。そこで改めて情報を整理すれば、きっとこの疑問も少しは解消するだろう。もしかしたら、自身の記憶を取り戻す鍵にもなるかもしれない。
そう自分を納得させた武神候補生は、今一度海鮮料理に舌鼓を打つべく、食堂へと引き返していった。
というわけで、遊月と東郷の参戦は次回に持ち越すという事で。
〜次回予告〜
「人類存亡をかけた一大事なのは、間違いない」
「共喰いじゃないですか⁉︎」
「……その絵、私達だったんだ」
「適性……か」
「一発ギャグいきま〜す!」
「元気出せよ」
「まさかの連日⁉︎」
〜勇者部設立の真相〜