結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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以前にも語っておりましたが、この小説を書き始める前に、聖地巡礼という事で、ゆゆゆの舞台となった讃州市改め、観音寺市に訪れ、そこでの光景を思い出しながら執筆した所存でございます。

なお、ゆゆゆ編から登場するキャラも、一部は名前だけですが今回は出てきます。
+α、あのスピンオフキャラも登場……?


エピローグ①:新たな世界へ

それは、神世紀最大の事件と称される、瀬戸大橋跡地の合戦から数ヶ月ほど経った頃の事。

 

「……そうか。やはり市川 晴人様の捜索は打ち切りとなったか」

「彼が所持していたとされる、壊れた端末に残されたデータを復元した後に、周辺の海域にも捜索範囲を広げてはみましたが、どこにも痕跡は……。現状、遺留品と思わしきものは彼が所持していたランドセルぐらいでして」

「確か、あの中には晴人様のクラスメイトが自主的に作成していた横断幕が入っていたと報告を受けているが、どうなった?」

「検査にかけてはみたが、証拠となるものは発見されなかった。今しばらく大赦に保管した後、源道殿の手に渡るか、ご家族の元に返されるそうだ」

「ご家族にとって唯一の形見とも言えよう。おそらく後者で話はつきそうだ」

 

仮面をつけた者達が、薄暗い部屋の中、蝋燭の灯火に照らされながら1人の少年について語り合っている。

 

「しかし、そうなると、晴人様は一体どこにおられるのか……」

「端末に残っていた僅かなデータには、確かに12体のバーテックスと交戦した記録がある。おそらくそれら全てを1人で倒した後、行方知れずとなったと見て間違いないな。それに、精霊降ろしを行使した事も確認されている」

「なんと……! しかしあのシステムは、大赦の記録によれば危険を伴うものとして、勇者には勿論の事、武神にも極力使わせないように調整されていたはず……!」

「武神の方は、規制を緩めていたとはいえ、それが何らかの方法でアンロックされたと見て間違いない。何れにせよ、晴人様がこの国を守る為に、その身を糧に力を使った。その甲斐あって、敵は退き、今がある。今後は、晴人様を含め、昇格した市川家に携わる者に対し、丁重に扱う。それが、我々大赦がこの一件で貢献なさった一族に対する奉仕と言えよう」

「まさに彼は、人間国宝に相応しい人物だったと、私はつくづく思っておるよ」

 

仮面をつけた者達が口々にそう呟く中、1人だけ拳を強く握りしめている事に気付いた者はいない。

 

「では続いて、今後の方針について、ここでまとめる事としよう」

 

おそらくこの場にいる面々の中で権力がありそうな男の一言で、再び空気が張り詰める。

 

「皆もご存知の通り、神託によれば、痛撃を受けたバーテックスは暫く攻めてこない事が判明している。しかしそれも、もって1年ないしは2年程度の時間稼ぎにしかならない。そこで我々は、この度お役目を担った6名の勇者の膨大な戦闘記録から、バーテックスを撃滅すべく、新たなシステムを導入する事を決定した。それが便宜上、『封印の儀』と呼ばれるものだ」

「失礼。封印の儀とはいかなるものでありますか?」

「データによれば、バーテックスの中心部には『御霊』なるものが存在している事が判明した。それは奴らにとっての心臓部分。これを引きずり出して破壊する事によって、再生される事なく短期で殲滅は可能だ。今回のアップデートで精霊並びに満開のシステムがいかに有用性があるかは証明された。ならば後は、その御霊を攻撃する機能を追加すれば良い。それこそが封印の儀と呼ばれるものだ」

「なるほど。しかし、それでもまだ問題点があります」

「問題とは?」

「勇者及び武神の数です。報告によれば、大赦の関係者にはもうこれ以上の適合者は見当たらないとの事。中には自ら辞退した一族もいます」

 

1人の男の報告に対し、上官は首を横に振る。

 

「それについては心配無用だ。次なる戦いに備え、四国全土の少年少女の中から、勇者、武神になる者を神樹様に選ばせるのだ」

「極秘裏に、ですか」

「当たり前だ。バーテックスの存在を公に明かせば、世間がパニックに陥るのは明白だ。神樹様の庇護の元、人が安らかに暮らす為に、そのような残酷な真実を知る必要はないのだからな」

 

つまりは、こうだ。

四国全体で身体検査を行い、勇者や武神に選ばれる確率の高い適合者を割り出し、その者達は大赦から派遣された人間を接触させておき、有事の時は支援させる。そうすればバーテックスが来た時に白羽の矢が立った者が、勇者や武神となって戦う時になっても、冷静な対応ができる。

今回の晴人達と違う点は、特殊な訓練をしなくても強力な精霊バリアがあるので、普通の少年少女でもいきなり戦えるというメリットと、そのバリアが強力すぎてシステムの量産にも限りがあるというデメリットがあるぐらいだ。候補生を何百人と選び出しても、実際に戦ってもらうのは10人前後、と大赦では結論づけられている。

 

「そしてこれが、現時点で最も勇者、武神に選ばれる可能性が高い者達のリストだ」

 

そうして皆に見えたのは、新しく適合値の高い少年少女、一人ひとりのプロフィールだった。1人の男が、記録書に掲載されていた、赤色に近い髪の少女と、いかにも運動派を匂わせる少年に関する詳細に目を通す。

 

「『結城 友奈』様に、『久利生 兎角』様、か」

「その2人が、全国で特に高い適正値を叩き出した。おまけに近所という事もあり、我々としては好都合と考え、今後は勇者1人をその近くに移動させ、配置する方針だ。おそらくそこが、白羽の矢が立つ本命となるからな。続いて、その地域に送る大赦の使者についてだが……」

 

そう言って仮面の男は、2人分の記録書を指差して、中を広げる。

 

「それに関しては、この2人をおいて他にないと判断した」

「『浜田 藤四郎』様に、『犬吠埼 風』様……。犬吠埼……。! もしや犬吠埼とは……!」

「そうだ。あの合戦にて、負傷者12名に加えて、3名の死者が出た。そのうちの2人が、我々大赦に勤めていた犬吠埼家の者だった。因みに、もう1人の犠牲者である竜一様と友人関係にあったのが、浜田家の次期当主、藤四郎様だ」

「……!」

 

周囲がざわつく中、上官が咳払いを一つして、再び口を開く。

 

「この2人の適正値は高い。更に言えば、この犬吠埼家の次女である『犬吠埼 樹』様も勇者に選ばれる可能性が極めて高い。また、藤四郎様と関係の深い『日村 冬弥』様も同様だ。よってここからは、主に藤四郎様を中心に担当地域にて連絡を取り合い、常に情報交換を行うものとする。異論はないな?」

 

誰一人として口を挟む事なく、会議は順調に進んでいく。

 

「最後に、晴人様を除く、生存が確認された5人の勇者、武神についてだが。これについても、方針は決まりつつある」

「はい。散華により、須美様は両足、園子様は右目、銀様は右耳、巧様は両手の痛覚、昴様は左耳の機能が、神樹様に捧げられました。この他、5人に共通して、記憶の一部に欠落があり、それも散華による影響かと」

「ほぉ。晴人様はともかく、5人全員が共通して記憶を……」

「個人でばらつきはあるものの、少なくとも全員に共通して、ここ2年間の記憶をなくしている事が、検査の結果、明らかとなっております」

「散華で同時に記憶をなくす……。これも、神樹様が何かしらの意図を込めてそうなさったとしか考えられんな」

 

仮面の男達は納得したのか、首を縦に振る。

 

「何れにせよ、日常生活に関してはまだ支障をきたす程ではないそうなので、バーテックス出現時に再度、戦線投入する事になりそうです」

「須美様に関しては、鷲尾の頃の記憶をなくしていると、この報告書に書いてあるな……。事故で数年の記憶をなくしたという事にしておけば疑われる事はない。よって彼女を旧姓旧名に戻す事が決定された。なお、巧様も同様の措置がされる。乃木家と神奈月家においても、不審に思われぬように繋がりを隠すべきかと」

「それがいいだろう。今までは大赦の内部の話だったから、勇者や武神に選ばれる事に対して家柄や格式が重視されたが、規模が四国全土に広がるなら、最早問題にもならない。こちらが上手く情報操作を介して納得させられれば、何の足枷もなく彼らも戦えるはずだ」

「再び勇者、武神になれば、記憶は飛んでいるにせよ、戦い方が体に染み付いているから、これほど心強い味方はいないだろうな。精霊の数も各々増やしている。それだけ戦力は増え、必ずやこの世界に希望をもたらすだろう」

「うむ。……そういえば、三ノ輪 銀様の戦闘データを複製して、強力な援軍を作ると聞いておるが、それはどうなっている?」

「ほぼ順調ですね。三ノ輪様と性質が近しい適合者は、現時点で2名に絞られています。『三好 夏凜』様と、『楠 芽吹』様です。報告によれば、今のままなら三好様が有力候補とされております」

「なるほど、三好家の者か。確かに彼女なら問題なく使いこなせるだろう。楠家の者も手放すには惜しいが、全ては世界を救うべく、最も相応しい力を持つ者に頑張ってもらわなければならないからな」

「更にもう一人……」

 

新たに取り出された記録書には、1人の少年の顔写真が。

 

「大赦が独自に選考し、その結果武神として最も有力とされる者がおります。夏凜様とは交流が深いそうで、彼ならば良い援軍となるのではと期待されております」

「『一ノ瀬 真琴』様、か。確かに一ノ瀬家は三好家との縦の繋がりは深い。このまま夏凜様と共にバーテックスが再出現する日まで鍛錬を繰り返させ、再出現が確認され次第、最終調整を施して、強力な援軍並びにお目付役として派遣させるのも、決して悪くはないな」

 

更なる戦力の強化に期待が高まりつつ、会議は御開きとなった。

何人かが部屋を立ち去る中、仮面をつけた者が1人、ひどく慌てた様子で、部屋に残っていた上官に耳打ちをする。上官は直ちに支援を要請する。一通りの指示を終え、深く腰を据える上官。報告は2つあった。吉報と悲報だった。

悲報は、晴人の祖母が急性心不全に陥り、倒れて病院に運び込まれた事。孫を失ったショックは遥かに大きかったのだろう。当然死なせないように最前線で支援する事を言いつけた。

吉報はというと、大赦にとって、最も期待される戦力がとある場所にて発見された、というものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ。会議の内容はそんなところだ。あの5人を、次期勇者候補となる子達の近辺に住まわせる事になりそうだ。……場所の事か? 確か、『讃州市』だと聞いている。うん、ここからは少し遠いところだ。こうなると、君や安芸さんもそうだが、俺も不用意には出向く事は出来なさそうだ。……とりあえずは、いっぺんに讃州市に移動させずに、時期をずらして派遣させるつもりらしい。2人ほど、適正値の高い子が近場にいて、そこには須美って呼ばれてた子が配置させられるらしい」

 

会議室から真っ先に部屋を出て、人目のつかない場所で携帯を片手に、仮面をつけた者が1人、誰かと電話をしている。

 

「大赦はあの5人をこれからも戦わせるつもりだ。同時に、新しい勇者や武神も。……親達が納得するかって? まぁするしかないだろうな。名誉ある事だって言われればそれまでだし、こうでもしなければ、神樹様はバーテックスに破壊されて、人類は滅ぶ。それを回避するには、今はそれしか方法がない。……分かってるさ。俺もこのままでは終われない。お前は万が一、勇者や武神が暴走した時の切り札として大赦の管理下に置かれるのだろ? なら、今はまだ動くな。俺が必ず隙を見て、お前を外に連れ出す。そこであの子達に真実を話せばいい。安芸さんとも連携して、準備は進めておく。その為に、彼女は大赦側に残るって決めたんだ。大丈夫だ。叛逆のチャンスは、必ず来る。それが、あの子達の唯一の味方である俺達が、考え抜いた結論だ。まだ、終わったわけじゃない」

 

そう告げた後、静かに電話を切る。そして仮面を外し、素顔をさらけ出した蒲生が、一息ついてから、薄暗い廊下の先を睨みつける。

 

「そうだ。まだ終わっていない。今の大赦のやり方では、きっとどこかで綻びが生じる。最悪の事態を回避する為に、いつまでも子供達ばかりに、戦わせるつもりはない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして神世紀298年の秋をもって、一連のバーテックス襲撃事件は、勇者3名、武神3名、計6名による、命を振り絞った活躍により、一旦幕を閉じる事となった。

季節は過ぎ、299年の春。神樹館小学校の6年生達は卒業式を迎え、附属する中学校へと進学していった。

……たった6人を除いて。

 

「……」

 

窓の外に見える、桜が舞い散る情景にも目もくれず、1人の少女が静まり返った6年1組の教室を、外の廊下から見つめていた。黒板には『卒業おめでとう』と刻まれている。

 

「あら? しずくちゃん、そんなところで何してるの?」

 

『しずく』と呼ばれた少女は振り返る。6年2組、つまり彼女のいたクラスの担任が、学校に1人残っていた彼女に声をかけてきた。しずくはその質問に答えずに、こう問いかける。

 

「……ここにいた、大事なお役目についてた人達は。ここにいた先生は、どこにいったのかな」

「さぁ……。1人はもうずっと行方不明で見つかってないって言うし、他の5人も、何らかの理由で学校に来れなくなったそうよ。今度、別の街に引っ越すって聞いてるわ。安芸先生も、この春で学校を辞めるそうよ。そうそう、体育教諭の源道先生もいなくなったわ。2人とも結構人気があったのに、どうしたものかしらね」

「……」

 

その後は無言を貫き通す少女。

早く家に帰りなさい、と担任に言われ、別れた後も、その場から離れられなかった。

彼女にとって憧れていた者達の安否が不明な事は、自然と彼女の拳が強く握られていく。きっと彼らは、自分達の知らない世界で、何度も傷付き、その度に立ち上がり、また傷付き……。そんな連鎖からようやく抜け出せたと思いきや、この結末だ。そんな生き地獄を、同い年の彼らは味わってきたのだ。

代わってあげたくても、それが出来ない。それは今の自分が勇者になるにはあまりに弱過ぎるから。その事を、つい先日行われた、新しい勇者候補に選ばれたものの、中盤辺りで落選したという事実が物語っている。

出来る事なら、もう一度話がしたい。あの頃、人と話すのが苦手だった自分に話しかけてくれた、三ノ輪 銀を初めとした6人の勇者達と。

 

 

 

 

山伏(やまぶし) しずく。

後に、『勇者ではない者達が、勇者に成る物語』に深く携わっていく事になる少女は、ただジッと、勇者達が過ごしていたであろう空間を時間の許す限り、見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん! これで全部だな!」

 

世間一般でいう、春休みに差し掛かった頃。無残にも破壊の爪痕を残した瀬戸大橋から数百キロ離れた土地にて、新たな生活を始める少女がいた。

後ろ髪をゴム紐で留めた、小柄でハキハキとした少女は、その両親や大赦から派遣された使いに手伝ってもらいながら、住み慣れた家から持ってきた荷物を、新しく住むマンションの一室に運び込んでいた。ものの30分もしないうちに、手続きまで済ませて、大赦の面々が立ち去ってから、少し休憩した後、少女1人を残して、両親と2人の弟は元の家に帰る事となった。

 

「この歳で一人暮らしをさせるのはちょっと不安だけど。大丈夫、銀?」

「平気へいき! むしろ心配なのはマイブラザー達だよ。鉄男はまだしも、金太郎なんかあたしがいないとぐずりそうだし」

「そ、それは……」

 

鉄男と呼ばれた少年は下を俯くが、すぐに銀と呼ばれた少女が彼の頭を撫でる。

 

「けどまぁ、こっからしばらくは、父ちゃんと母ちゃんが忙しい分、金太郎の世話はお前に任せたからな。もうハイハイし出したから、後は1人で歩けるように、面倒見てやるんだぞ」

「……うん!」

「金太郎も、あんまし兄ちゃんに迷惑かけるんじゃないぞ」

「あ〜い!」

 

最近になってようやく赤ちゃん言葉を話せるようになった金太郎は、ニコニコと銀に向かって手を伸ばす。それから最後に金太郎を抱き上げて持ち上げたりと、至福のひと時を過ごした後、4人は車に乗り込み、一時期だけではあるが、銀と別れを告げる。

 

「じゃあ、週に1回ぐらいは連絡するからさ! またお土産とか送ったりするから、そっちの近所の人達にも、よろしく伝えといて!」

 

じゃあね、と大きく手を振りながら、銀は家族を乗せた車が遠ざかっていくのを見届けた。

元気な姿を見せたまま、手を大きく振り続ける銀とは対照的に、車内の中は淀んでいた。

 

「……鉄男。よく我慢できたな。後でアイスでも買ってあげるよ」

 

銀の父が、複雑そうな表情を浮かべてそう呟く。鉄男は小さく首を縦に振る。一方で、眠り込んだ金太郎を抱いている銀の母は、時折後ろを振り返りながら口を開く。

 

「あの子は何も知らされずに、これからもお役目に向き合う事になる。どうして、娘がこんな目にあわなきゃならないのかしら……」

「そうするしか、他に方法がないんだ。辛いかもしれないけど、世界を守るには、銀に頑張ってもらうしかない。大丈夫だ。銀ならすぐにあの土地に馴染むだろうし、あそこには仲間もいる。彼だってもうあそこにはいるはずだよ」

「……巧にーちゃん」

 

窓の外に広がる海岸線に目をやりながら、鉄男は1人の男の名をボソリと呟く。それは、助けを請うような響きにも聞こえるが、誰一人として反応する者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーてと、一応一押しスポットらしいとこに来たけど……」

 

家族が立ち去り、一人きりとなった銀は、暇を持て余すべく、近くにある『有明浜』と呼ばれる場所に立ち寄った。荷物を箱から出す作業がまだ残っていたが、幸いそこまで量が多いわけでもなく、午後から取り組んでも十分日暮れまでには間に合いそうなので、昼食前に、周辺を探訪しようと決めたのだ。

住み慣れた土地とは打って変わって、潮の香りが鼻につく。砂地に足がつくところまでたどり着くと、波の音が聞こえてきた。ただし、入ってくるのは左耳からだけ。右耳は少し前に起きた事故が原因で難聴となった、と両親や担当医から話を伺っている。というのも、右耳と同時に何年間か、記憶が飛んでいるらしく、当時どんな事故があったのか、全く覚えていない。それもあって春の中頃まで病院で生活していた彼女だが、退院と同時に、両親が属している大赦から直々に、銀1人をこの街の中学校に通わせるように指示を受けたのだという。

話はすぐにまとまり、今日、銀は讃州市に訪れた。とはいえ、まだ見ぬ世界を前に、不安に駆り立てられる素振りは全くといって見受けられない。それだけ肝っ玉が据わっているのだろう。むしろ新鮮な光景を前にワクワクが止まらない様子だ。

そんなこんなで有明浜を一望しながら、あてもなく奥へと歩いていく銀。

 

「ん?」

 

ふと、目線の先に1人の少女が見えた。泣いているようにも見える。元からの性格もあり、急いで駆けつけようと走り出す銀。

が、それよりも早く、すぐ近くの茂みから出てきた人物が少女に声をかける。

 

「何かあったのか?」

 

その人物は黒いコートを羽織り、これまた黒いサングラスをかけた、銀よりも少し背の高い男の声だった。見たところ、自分と同い年ぐらいのようだ。一見怪しげな雰囲気の少年だが、泣いていた幼女は心配してくれる彼や、後から駆けつけた銀に心を許したのか、ポツポツと語り始める。

どうやらこの海岸で大切なものを落としてしまったらしく、どこを探しても見つからないのだという。早く見つけ出さないと、最悪の場合海に持っていかれるかもしれない。

 

「分かった! この三ノ輪 銀様に任せときな!」

「俺もいる事も忘れないでほしいな」

 

そうして銀は少年と共に捜索を開始する。

 

「! あれか……!」

 

少年がグラサン越しに、幼女が落としたと思われるキーホルダーを発見する。が、発見した矢先、キーホルダーは波に覆い被せられ、次の瞬間には消えていた。波にさらわれたようだ。これを見て銀は我先にと波打際まで駆けつけて、その辺りを手探りで探し始める。少年もそれに続く。

両者共に波に打たれながら手を動かし、遂に銀の手にそのキーホルダーが握られた。クマ型の木彫りで、裏には少女のイニシャルらしきアルファベットが刻まれていた。写真も中に入っており、幼女とその両親らしき人物が写っている。家族との思い出が詰まった、大切なものなのだろう。見つかって良かったと、2人は心底ホッとした。

それからキーホルダーを幼女に返し、お礼を言われて立ち去った後、2人は濡れた服を乾かすべく、しばらく石段に腰を下ろす事に。

 

「さっきは助かったよ。あたし1人じゃ見つからなかったかも」

「それはこっちのセリフだ。お前が手に掴んでくれたから、ちゃんとあの子に送り届けられた」

 

そう言って少年は、海で濡れた顔を右手で拭こうと、グラサンを外す。その瞬間、銀はアッと驚く事に。少年の左目は潰れており、縦に向かって一本の線が傷跡として残っていたのだ。その目線に気付いた少年は包み隠すつもりがないのか、話し始める。

 

「何年か前に、大きな事故に巻き込まれたらしくてな。この左目は、その時潰れたものらしい。左目だけじゃない。俺が失ったのは、数年間の記憶と、両手の痛覚もだ。脊髄にダメージが入ったからだろうって言われてる。聞けば、両親はその事故で亡くなって、今は親戚の家の人が援助してくれてる。この街に来れたのも、それがあっての事だ」

「そう、だったんだ……」

 

この少年も、裏ではそれなりに苦労してきたのだろう。銀は胸が締め付けられそうになる。

 

「お前は……?」

「あたしは……。あたしも実は、ちょっと前の事故で記憶がなくなったりとか右耳が聞こえなくなったりとかあってさ」

「お前も、記憶を……?」

「まぁお前が言ってた事故と関係あるか分かんないけど、とにかくそういう事なんだ。んで、今日新しくこの街に越してきたわけさね」

「そうか……」

 

少年はそれ以上、何も聞き返してこない。そんな中、銀はジッと少年の横顔を見つめていた。

 

「? 何だ」

「い、いや……。なんか変だなって。あたしとあんたは初対面なのにさ。全然初めてって気がしないっていうか……」

「奇遇だな。俺も、何か違和感を感じている。……前にどこかで会ったか?」

「さぁ……」

 

互いに首を傾げるも、すぐに気持ちを切り替えて、銀がこんな提案をする。

 

「そうだ! この後暇だったらさ。この辺りとかって詳しい?」

「いや、そこまで……」

「だったら一緒に回ってみない? せっかくなんだし2人で見て覚えときたいんだよ」

「まぁ構わないが」

「オッケー! ……っとそうだ。書き忘れてたけど、名前なんて言うの?」

 

肝心な事を忘れていた銀が、少年に問いかけ、こう答える。

 

「『大谷 巧』。お前は」

「あたしは『三ノ輪 銀』! シクヨロッ!」

 

そう言って手を差し伸べる銀。巧は戸惑いながらも、その手を掴む。

その日以降、銀は巧と呼ばれる少年と過ごす時間が長くなり、早速連絡先を交換して以降、毎日連絡を取り合う仲になった。

ただ1つ、2人といる時間がどこか懐かしさを匂わせる事だけが、2人の間で気にはなったものの、学校生活が始まる頃には気にする余裕はなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、新しい住所での暮らしを始める者がいた。

 

「大きい……! ここまでお金持ちだったかしら……?」

 

車椅子での生活を始めてから早2ヶ月。親の都合で讃州市と呼ばれる場所に引っ越してきた少女がいた。

事故の影響による、断片的な記憶喪失と足の不自由。久々に外に出られたと思いきや、新しい生活を前に、彼女の心は不安と哀しみで張り裂けそうだ。

 

「こんにちは!」

 

不意に、能天気な声が聞こえた。振り返ると、赤色の髪の毛の少女がニコニコしながらやって来るのが見える。その奥からは、薄手のパーカーを羽織り、少しだけ日焼けしている少年の姿も。

 

「もしかして、あなたがここの家に住むの?」

「え、えぇ……」

「じゃあ新しいお隣さんだ! お母さんから、同じ年の女の子が引っ越してくるって聞いてたから、楽しみにしてたんだ! もうそれだけで興奮しちゃって、昨夜は眠れなくて、今朝はちょっと寝坊しちゃって」

「おいその辺にしとけって。彼女困ってるだろ」

「イテッ⁉︎ アハハ……、ゴメンゴメン。つい嬉しくて……」

 

少女が興奮しながらグイグイと話しかけてくるのに戸惑う少女。それを見て、後ろにいた少年が軽くチョップを入れる。それから、車椅子の少女に向かって詫びる。

 

「悪かったな。こいつ、友奈って言うんだけど、結構御構い無しにグイグイ体当たりしてく奴だからさ。いきなりで戸惑ったかもしんないけど、根は良い奴なんだ。だからまぁ、仲良くしてやってくれな」

「は、はい……」

「さっきはゴメンね! 私、『結城(ゆうき) 友奈(ゆうな)』! よろしくね!」

「おっと。俺も自己紹介しとかないとな。俺は『久利生(くりゅう) 兎角(とかく)』だ。見たところ、歳は近そうだし、同じ中学になりそうだな」

「そうだね! 楽しみだなぁ! ……あ、そうだ!この辺よく分からないでしょ? なんだったら2人で案内するよ! 任せて!」

 

友奈と呼ばれる少女の、その人懐っこい笑顔はとても暖かく、思わず車椅子の少女は表情が緩みそうだった。

 

「あなたのお名前は?」

 

友奈がそう尋ねると、少女は自然と2人の暖かい手を取り、そして病院で教えられた通りの名を、そのまま告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『東郷(とうごう) 美森(みもり)』……です」

 

 




遅ればせながら、おかげさまで通算UAが2万を突破しました! ありがとうございます! 今後ともよろしくお願いいたします!


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