結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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今思えば、何でわすゆでは牡牛型、双子型が出てこなかったのだろうと思いながら、今回は出番を与えようと考えました。

そして始まる、かつてない激しい戦いの果てに、彼らが直面する運命とは……。


30:瀬戸大橋跡地の合戦

人類の天敵『バーテックス』の攻撃が、まもなく始まろうとしていた。現在、四国は神樹の力で樹海と呼ばれる、特別な結界に覆われている。

6人の勇者、武神は遠くから、大橋の奥に見える敵を、手元の端末と見比べながら確認する。バージョンアップした勇者システムには敵味方の位置を表示するレーダーがある。これ自体は初期段階からあったものだが、より精密さが増して、隠れている敵の発見も容易くなったという。

大橋の下方にある海の中から出てきたのは、『牡羊座』をモチーフとした、細長くてニョロニョロしているウナギのような姿の『アリエス・バーテックス』、そして『魚座』をモチーフとした、尾びれがついている『ピスケス・バーテックス』。

陸地に目を向けると、『牡牛座』をモチーフとした、半円型の角に加えて頭部に見えるベルが特徴的な『タウラス・バーテックス』、目視では確認できないが、レーダーには『双子座』と表記されているバーテックスもいるようだ。

そして極め付けは、現在いるバーテックスの中では1番後方に位置しており、しかしその巨体からは圧倒的な強者のオーラを醸し出している、『獅子座』をモチーフとした、中心に穴が空いていて、5つのオレンジ色の装飾と体から巨大な針を生やした、『レオ・バーテックス』。

 

「これってまさか……!」

「5体の、バーテックスが一度に……!」

「って事は、残り全部が来たって事かよ⁉︎」

「そういう事か……!」

 

バーテックスは全部で12体いると大赦から話を聞いている。つまり……。

 

「こいつらを倒せば、お役目は終わりって事だな! 文字通り最終決戦だ!」

 

晴人が俄然やる気を見せて、腕を軽く鳴らす。その一方で、須美は端末を自然と握りしめていた。その顔色からは緊張が伺える。

無理もないだろう。このように複数体で攻めて来た事は前にも一度だけあった。その時に味わった、連携攻撃による恐怖感、そして何よりも、須美だけでなく銀や園子にとっても、大切な人が心身ともに傷ついた、ある種の敗北感。あの出来事を、忘れたくても忘れられない。

 

「(だからこそ、今度は絶対に、誰も傷つけさせない!)」

 

須美の気迫が変わった。その事を間近で目撃した晴人は、安心したように微笑み、そして前を見据えて叫ぶ。

 

「みんな、いくぞ!」

『おおー!』

 

6人は一斉に端末の画面をタップし、光が6人の無垢なる少年少女達を包み込む。新たな力を組み込む事も加えて。

そうして、恐らく最後になるであろう変身が完了した6人には、ちょっとした変化が見られた。

先ず6人に共通して変わったのは、モチーフとなっていた花だ。

 

 

須美は『菊』から『朝顔』へ。

銀は『牡丹』から『アマリリス』へ。

園子は『青い薔薇』から『蓮の花』へ。

晴人は『アイビー』から『オリーブ』へ。

巧は『椿』から『カランコエ』へ。

昴は『ガーベラ』から『アザレア』へ。

 

 

6人の纏っている服の一部には、各々の花弁の刻印がつけられている。力を振るっていくと花弁に色がついて、ゲージが溜まっていき、完全に溜まりきると、ある新能力が発動可能になる、と大赦を経由して安芸と源道から教えられている。

そして中には、武器そのものが変化した者もいた。晴人、巧、園子は特に変化もなく薙刀、バチ、槍のままとなっているが、それ以外の3人は違った。

先ず、須美の武器が弓矢ではなく、西暦の時代から使われている、スナイパーライフルに変わった事だ。少女が扱えるもので、且つ弓以上の火力を考えた結果、辿り着いたのが銃器だった。使用されている弾丸も、勇者用の特別な代物だ。

銀の場合は、それまで通りに2丁の斧をベースとした攻撃に加え、2つの斧をくっつけて一本にして、より重い一撃を繰り出せるように、状況に合わせて変形が可能になった。

昴の武器は、形だけ見れば以前まで使っていた盾のようにも見えて、実は側面にチェーンソーのような刃がつけられており、ワイヤーで繋がっている、いわば攻撃に特化した仕様となっている。また、右腕は千切れて無くなっているので、新装備は左腕に取り付けられている。

この3人は新しい武器による訓練を徹底的に行い、取り扱い方を体に染み付かせるレベルにまで昇華させていた。

 

「おぉ! カッコいいなぁ!」

「へへっ! だろ?」

「実戦で使うのは最初で最後になると思いますけど、頑張ってこの力を役立てるようにしてみせますよ」

「だからバックアップの方は安心してね。みんなに近づく敵は私が撃ち抜くから」

「おう! 頼りにしてるぜスナイパー!」

「よぉし! んじゃ早速……!」

「あ、ちょっと待って〜」

「ん? どした園子?」

 

銀が敵に向かおうとした矢先、園子が待ったをかける。

 

「せっかくの最終決戦だから〜、みんなでアレ、やろうよ〜!」

「あれ……? あぁ、アレか!」

「? 何の事かしら」

 

須美が首を傾げるが、すぐに察した晴人と昴、銀が園子の下に集まる。遅れて巧も真意を理解して合流する。須美も晴人に誘われて集合。6人は輪になって円を作り出す。円陣を組んで気合いを入れようという事だろう。幸い、バーテックスはまだ遠くにいるので、多少の余裕はある。

 

「こういうの、一度やってみたかったんだ〜」

「なるほど、一致団結の為のしきたりね。戦時中でも士気を高めるのに必要不可欠な行動だわ」

 

須美が妙な形で納得する中、肩を組む一同。昴だけは右腕がないので苦戦しながらも隣にいる園子の肩を組む。

 

「……で、園子。掛け声は何にすんの?」

「それはね〜。イッチーお願い!」

「俺かよ⁉︎ 言い出しっぺのお前じゃなくて⁉︎」

「イッチーも武神のリーダーだからね〜。それに私、セリフ何も考えてなかったもん」

「相変わらず勢いだけはあるわね、そのっちは」

 

須美が苦笑しながら晴人に同情する。やれやれと思いつつも、前向きになって、少し考える素振りを見せてから、武神のリーダーは浮かんだ言葉を声に出す。

 

「もう分かってると思うけど、これが最後の戦いだ。だからこれが全部片付いたら、その時は、イネスで祝勝会だ! 勝ったら好きなもの1つ、俺が代表して奢ってやるから、みんなで生きて帰ろうぜ!」

「さっきイネスに寄ったばかりなのに……。でも、それが良いわね!」

「ナイスだぜ晴人!」

「おぉ、イッチー太っ腹!」

「言われなくてもそうするさ」

「絶対に、勝ちましょう!」

「みんな……! 頑張るぞぉ! エイエイ」

『オー!』

 

晴人の力強い演説を受けて、6人は決意を固めて、戦場に足を踏み入れる。

 

『出陣!』

 

銀の端末から出てきた義輝が、法螺貝を手に持って口に咥え、音を鳴らして開戦の合図を送った。ブォォ〜ンという独特な音と共に、バーテックス達が侵攻を始めた。

 

「フォアードは任せときな!」

「俺も行く。昴、どこから攻める?」

 

巧が後方にいる昴に作戦を尋ねる。昴は端末を確認しながら、全員に指示を飛ばす。

 

「バーテックスの進行に多少のばらつきがあります! 姿が見えていない敵もいますから、今は手前に見える3体を相手にしましょう!」

「了解! なら、真っ先に攻めてきたやつから返り討ちだ!」

 

そうして後方に構える須美と昴以外の4人は前進する。

最初に彼らが標的に捉えたのは魚型。水中を泳ぐように、優雅に前進してくる。その速度はこれまで戦ってきたバーテックスの中では速い方だ。

神樹に向かって一直線に攻めてくる魚型に対し、狙撃体勢に入っていた須美は引き金を引き、脳天と思わしき場所に命中。その衝撃に魚型が怯み、突進が止まる。

 

「(この威力、一撃で相手を足止めできた……! やはり格段にパワーアップしている!)」

 

その後も何発か、魚型に着弾させて、動きを阻害する。

 

「ナイスだ須美! これでもくらいな!」

 

晴人が薙刀を振り下ろして魚型に追撃を与えた。

 

「ヤァァァァァァァァ!」

 

続けて園子、銀、巧が魚型に猛追を仕掛けて、後退させる事に成功する。

 

「よぉしこのまま一気に……!」

「! 待て銀!」

 

巧が突撃を試みる銀を呼び止めるが、時すでに遅し。

 

「なっ……⁉︎」

 

銀の向かう先の空には牡羊型が佇んでおり、待ってましたとばかりに頭部の触角から電撃を放った。

 

「うわっ⁉︎」

 

回避が間に合わない。銀は身を屈める。が、いつになっても痛みが襲ってこない。その理由は銀の目の前に現れた義輝が盾になって、電撃を防いでいた事にあった。よく見ると、義輝の前にはバリアらしきものが張られており、それが主人である銀を守ったようだ。以前までは昴の力でバリアを張ってもらっていたが、今後は精霊によって守ってもらえるようだ。

 

「! ハァッ!」

 

攻撃が届いていないと分かり、巧はバチを振って火炎弾を放ち、牡羊型を怯ませた。

一方で銀は、新しいシステムの恩恵にありがたさを実感していた。

 

「助かったぜ! ありがとな!」

 

銀は自分を守ってくれた義輝に感謝の言葉を述べ、それから自分の体に目をやる。本当に傷1つ付いていない。

 

「こいつはいけるな! これでガンガン攻めれる!」

 

これまで前線で戦い、その度にダメージが蓄積されていく一方だった銀はもちろんのこと、晴人や巧、園子にとってみても、このシステムによる恩恵は大きなものだった。

 

「(これなら、いけるかもしれない……!) ! みんな、避けて!」

 

援護をしていた須美が、前方から敵が接近してくるのを目撃し、声をかける。ハッとなって皆が一箇所に顔を向けると、牡牛型がいつのまにか前衛の4人のところに近づいており、突然頭部にあるベルが大きな音を立てて鳴り始めた。ただの鐘の音ではない。腹の底まで響いてきて、何より不快な音が勇者達に苦悶の表情を浮かべさせる。

どうやら精霊によるバリアをもってしても、音による攻撃までは防ぎきれないようだ。

 

「グアッ、何だよこれ……!」

「うぅ、船酔いする気分〜……」

「あ、頭が……!」

「くっ……!」

「(! ひょっとして、あの2体はみんなを一点に集める為の囮……⁉︎)」

 

須美と共に、遠くにいてさほど牡牛型の攻撃による被害が出ていない昴が、敵の狙いに気づく。晴人達はどうにかしてベルを止めようとするが、たどり着くまでに距離があって、何よりも大きな音が彼らの足を竦ませる。

 

「あのベルを何とかしないと!」

「僕に、任せてください!」

 

須美がライフルで撃ち抜こうとするが、それよりも早く、昴が動き出して、なるべく攻撃の影響を受けない、ギリギリのラインまで攻め上がり、左腕を横に振るう。

 

「ヤァっ!」

 

すると左腕に付けられていた円盤は、真っ直ぐに牡牛型のベルへと向かい、腕を動かしてコントロールする事で、ワイヤー部分がベルに絡みついた。そしてベルを固定させると同時に不快な音もなくなり、4人は自由の身となった。

 

「! 音が止んだ!」

「すばるん凄ぉい!」

「今のうちにこのバーテックスを!」

「分かった! この三ノ輪 銀様に、任せときなぁ!」

 

いち早く銀が飛び上がり、両手の斧を構えて、自身に回転を加えながら牡牛型を切り刻んでいく。そこへ追撃とばかりに、園子が槍を伸ばして牡牛型に突き刺す。牡牛型の巨体が地面に体をつけて、倒れ込んだ。再生する体とはいえ、ダメージを与える事に成功したようだ。昴はワイヤーを操作して、円盤を手元に戻した。そのついでに刃でベルに損傷を与える。使ってみて分かったが、これまで以上に攻撃力が着実に上がっているのが分かる。

すると、バーテックス側にも動きが見られた。魚型が顔を出したかと思えば、噴射口から黒い霧のようなものを噴射し、地面を覆うように広がっていく。あっという間に霧は晴人ら4人だけでなく、後方にいた須美や昴を巻き込んでいった。その霧に毒性らしきものがあるのか、伊弉波、金華猫、天岩戸、青坊主、義輝、鴉天狗がバリアを張った。

 

「な、何も見えないよ〜?」

「目くらましのつもりか⁉︎」

「これは……ガス? まさか……!」

 

ハッといち早く次の攻撃を予測した須美が空を見上げたのと、牡羊型が触角から電撃を放ったのはほぼ同時だった。電撃がガスに触れた瞬間、触れた箇所から引火して大爆発が発生。爆炎が6人を一気に包み込む。悲鳴らしき声がどこからか聞こえてくるのを晴人は確認した。

今までの状態であれば、これだけの大爆発に巻き込まれてしまえば、例え鍛えられた彼らでも、無事では済まないはずだった。しかし、彼らは無傷だった。精霊バリアが、爆発によるダメージを軽減してくれるからだ。

 

「これが、私達の新しい力……?」

 

須美が改めて、新システムの性能を目の当たりにして驚きを隠せない。同時に勇者システム並びに武神システムが量産できない理由も悟った。これだけの強力な支援能力は、はいそれと作れるものではないからだ。無論、傷になりそうな攻撃は防げても、スタミナは消耗するし、いつ精霊バリアを突き破る攻撃が来てもおかしくない。無敵ではないと自覚している以上、慢心はできない。

 

「でも、凄い機能だわ……」

 

と、その時。青坊主が須美の端末を彼女に見せた。何かを伝えようとしているのか。画面に注目すると、須美は目を見開き、可能な限り大声で叫んだ。

 

「! 大変よ! 神樹様に近づく反応が、2つあるわ!」

「何だって⁉︎」

「どこにいやがる!」

 

その声が聞こえたのか、一同は一斉に端末を確認する。そして肉眼でも発見しようと首を動かしていると、銀と巧が何かに気づいた。

 

「! おい、あのめちゃくちゃすばしっこいやつがそうなのか⁉︎」

「この爆炎の中を掻い潜って……! あそこにもいるのか!」

 

2人が確認したのは、人の形をした、小型のバーテックス。『双子座』をモチーフとした、板みたいな首から頭や両手、そして鎖が垂れ下がっている『ジェミニ・バーテックス』だ。同じ姿をしたバーテックスが2体存在しており、別々のルートで前進していた。その名の通り、レーダーで確認できる限り、双子型は2体で1つの存在らしく、小さくはあるが、とてつもなくすばしっこい。爆炎の合間を縫うように、双子型は6人のそばを通過し、神樹へ向かおうとしているのだ。これだけ素早いと、須美のライフルでも撃ち抜けるかどうか怪しくなる。

 

「あいつをどうにかしないと……!」

 

双子型もそうだが、体勢を立て直し始めた他のバーテックス達の対処もしなければならない。

だがこの時点で、晴人達にも好機が訪れようとしていた。

 

「! ゲージが溜まってるぞ!」

 

晴人がそう叫ぶように、牡牛型と魚型の連携攻撃が功を奏したのか、6人のゲージが溜まっていたのだ。最高値まで溜まれば使用可能なシステム。改良によって勇者と武神に与えられた、切り札とも言えるシステム。晴人達はその事を事前に安芸と源道から教えられている。

 

「ホントだ!」

「来たきた〜!」

「なら、ここで使うべきですね!」

「そのようだな……!」

 

意を決して、6人はその力を開放する。

 

『満開!』

 

6人の少年少女は、その力を解き放ち、瀬戸大橋に6つの花が咲き誇る。木の根でもある地面が石化し、色が失われていく中、空高く咲き誇っているこの花達だけは色鮮やかだった。

 

 

 

須美は、極太の砲座を8本ほど兼ね備え、さながら戦艦を思わせる姿に。

銀は、背中に4本の腕を兼ね備え、それぞれの手に円型の斧を携えた姿に。

園子は、多数の槍の刃のような武装の方舟に乗船した姿に。

晴人は、自身の背丈よりも長い柄の両サイドに薙刀の刃が付けられた武器を携えた姿に。

巧は、肥大化した太鼓のバチを手に持ち、髪が逆立ち、金色のラインの装飾が目立つ姿に。

昴は、亀の甲羅のような乗り物に乗船した姿に。

 

 

 

「これが満開か……!」

 

戦闘経験値を溜める事で、勇者はレベルが上がり、より強くなるシステム。それが『満開』と呼ばれる、今現在晴人達が行使した力。

満開時の攻撃力は、まさに神の一撃と言えるもの。この満開を繰り返す事によって、レベルが上がり、より強くなる、と彼らは聞かされている。

精霊という防御力と、満開という火力。

基礎体力の向上だけでなく、新しいシステムにはそれだけの機能が搭載されており、それに見合うように、彼らはほぼ毎日鍛錬漬けの生活を送っていたのだ。それが彼らの自身に繋がり、絶対的な安心感が得られたのだ。もちろんパワーアップしたからといって無敵になったわけではないので、不安は残っている。が、仲間がそこにいてくれる事が、それぞれの支えになっているのだ。

 

「早速試してみるか! 巧! あたしと一緒にあの双子をぶっ倒そうよ!」

「分かった! お前ら、そっちは頼んだぞ!」

「任せてください!」

 

そうして銀と巧は双子型の討伐に向かい、残りの面々で牡羊型、牡牛型、魚型に立ち向かった。

 

「ウォォォォォォォォォ!」

 

先行して晴人が、牡牛型めがけて突進する。それを阻止しようと、牡羊型が電撃を放つが、精霊バリアによって阻まれる。

 

「へっ! いつもバリアが張られてるんなら、どうって事ないぜ!」

「そう! お前達の攻撃は、もう届かないわ!」

 

牡羊型の注意が晴人に向いている間に、須美は砲座を束ねて、エネルギーを収束させると、極太の砲撃を放った。砲撃は牡羊型を難なく貫通し、尻尾の部分に命中した。すると、尻尾の部分が光り出して、胴体は砂になって消滅していった。

 

「何、あれ……?」

 

鎮花の儀みたいな現象は起こる事なく、牡羊型はレーダーから消えた。撃退に成功したようだ。いつもと違う終わり方、そして天高く昇っていく光の正体が気になる須美だったが、すぐに思考を切り替えて仲間の援護に向かう。

 

「そぉらぁ!」

 

晴人は満開によって向上したスピードを活かして、牡牛型を翻弄させる。これだけ動き回れば、敵もベルを鳴らして錯乱させる手は使えない。そうして縦横無尽に飛び回り、牡牛型の背後を取った晴人は、一気に距離を詰めて、頭部に向かって薙刀を突き刺した。ベルはいとも簡単に砕け散り、切り札を失ったと思われる牡牛型にトドメを刺すべく、再び上空に舞い上がり、薙刀を振り回し始める。

 

「輪切りにしてやるぜぇ!」

 

そう言いながら右腕を器用に動かして、回転を加えながら薙刀で牡牛型をスライスする。元々動きの遅かった牡牛型に、晴人の一撃を回避する力はなく、切り刻まれた胴体の中心部から光が溢れ、胴体は砂になって消滅し、光は天高く昇っていった。

 

「やったぜ! 輪切り成功!」

「晴人君、それは輪切りじゃなくて、正しくは乱切りよ……」

 

少し遅れて、合流した須美がツッコミを入れた。

 

「まぁまぁ細かい事は良いんだって! それより他のみんなは?」

「先にこっちの援護を、って思ってたけど、晴人君の方は問題なかったようね」

 

その頃、園子の目の前に現れた魚型が、勢いよく海から飛び上がって、覆い被さろうとしている。

 

「おぉ、潰しに来た〜!」

 

どうやらそのまま園子の乗る方舟を押し潰すのが狙いのようだ。が、満開によってパワーアップした園子の前に、そのような小細工は通用しない。当たる前に槍の部分を動かして、魚型の頭部を貫いた。さらに指をパチンと鳴らすと、槍を切り離して、魚型を四方八方から取り囲み、一気に突き刺した。身動きが取れなくなったのを確認した園子は、彼の名を叫ぶ。

 

「すばるん〜!」

「はい!」

 

返事をした昴は、園子がいる地点よりも高い位置でスタンバイしており、合図と共に急降下してくる。そして魚型に体当たりをかまして、吹き飛ばした。魚型はそのまま砂となって消滅し、頭部から光が昇っていった。

 

「あれは……?」

 

昴も、先ほどの須美と同様に違和感を覚えるも、まだ戦いが終わっていない事もあって、合流してきた園子と共に、晴人や須美の所に向かう。

一方、双子型を追いかけていた銀と巧も、これ以上神樹に近づけさせまいと、ハイスピードで敵の進行方向へ先に回り込んで、神の力を発揮する。

 

「それ以上は、通さん!」

 

当然双子型は2人を避けるように向きを変えて走り出すが、巧がバチを突き出して、先端の赤い球から、強力な火炎放射を放ち、双子型の進行を阻害する。慌てふためいたように双子型は炎から逃れようと別方向へ駆け抜ける。巧はバチを動かして、同時に火炎放射を動かす事で2体を一箇所に固めようとする。

気がつけば2体の距離は近くなり、狙い通りに集結したのを見て、巧は叫ぶ。

 

「今だ、銀!」

「おっしゃあ! こいつで、トドメだぁぁぁぁぁぁ!」

 

待ってましたとばかりに銀が4本の腕に装備された円型の斧を振り上げて、すれ違いざまに双子型を切り刻む。

 

「オマケの1発だ、くらいな!」

 

それから振り返って、2本の斧を投げつけると、それぞれの敵に命中して突き刺さり、地面に固定される。

 

「ハァッ!」

 

ダメ押しとして、巧がバチを高く掲げると、巨大な火の玉が形成され、地上にいる双子型めがけて放ち、双子型をまとめて押し潰した。サイズが小さい事もあり、昇っていく2つの光も小さかった。

 

「やったぜ巧!」

「あぁ。なかなかにすばしっこい奴らだったが、新システムの前では意味をなさなかったか」

 

銀が、投げた斧を回収し終え、巧と合流したところで、後方から声が聞こえてきた。

 

「おーい!」

「! 晴人、みんな!」

 

晴人ら4人が様子を見に戻ってきて、再び集結する6人。各々が満開によって変わった姿を凝視している。

 

「これが満開……」

「この調子でレベルアップしてけば、バーテックスなんて怖くないな!」

「油断は禁物よ晴人君。敵はあと一体。このまま一気に勝負を決めましょう!」

「だな! んじゃあ全速前進……っておわぁ⁉︎」

 

晴人達が、獅子型の方に向かおうとした矢先、全身から力が抜けたように降下を始め、遂には花吹雪を散らしながら、満開前の姿に戻っていった。同じように須美も元の姿に戻りながら地上に落下していく。

 

「わっしー! イッチー! きゃあ!」

「くっ……⁉︎」

「うわぁ⁉︎」

「ま、満開が……!」

 

他の4人も地上に落下する。背中から落下する須美だったが、精霊バリアのお陰で、これといった痛みを感じる事はなく、すぐに起き上がれる……はずだった。

 

「……? あ、足が……」

「須美、どうした⁉︎」

 

駆け寄ってきた晴人が、須美に声をかける。彼女は困惑したように口を開く。

 

「足が、動かない……」

「えっ? 敵にやられたのか?」

「分からない……。晴人君の方は?」

「俺は別に何とも……んっ?」

 

不意に晴人は、ヒクヒクと鼻を動かし始める。そしてすぐに、鼻に手を触れて呟く。

 

「匂いが……! さっきまで潮の匂いを感じてたのに、全然匂ってこねぇ……!」

「!」

 

すぐそばには魚型が潜っていた海があるので、潮の匂いも残っている。須美もその匂いは感じ取れていた。が、晴人だけは違っているようだ。嗅覚が麻痺してしまったようだ。

体に異変が起きていたのは、この2人だけではなかった。

 

「あれ……? 目が……」

 

園子は、左目を閉じて右目に起きた違和感を察する。前が、純白に包まれている。左目を開くと、右半分がぼやけて見える。右目の視力が失われているようだ。

 

「どうした園子……って、えっ?」

 

園子の声を聞いて駆けつけようとした銀だが、そこである違和感に気づく。銀から見て園子は右サイドにいる。それなのに、右耳からではなく反対側の左耳から聞き取れたように感じられたのだ。不思議に思った銀が、左耳を左手で塞いで見る。途端に目を見開く銀。耳からは何も聞き取れない。耳鳴りすら聞こえてこない、無音の世界が、そこに広がっている。

右耳が聞こえていない。銀はとっさにそう推測する。

そして同じように、昴の左耳にも異変が見受けられる。

 

「そんな……! 左耳が……!」

 

どうやら昴の方も、銀と似たような現象に見舞われているようだ。左耳の聴覚が麻痺しているようだ。

巧の方はというと、そのまま普通に起き上がり、近くに転がっていた2本のバチを拾った瞬間、違和感を感じ取った。目の前で確かに握っているはずなのに、両手からは全くその感触が伝わってこない。まるで両手だけ、痛覚が麻痺しているかのように。

 

「どういう、事だ……⁉︎」

 

合流した一同は、各々の体に起きた異変に困惑を隠せない。なお、それぞれ異変が起きた体の一部には白い帯のようなものが取り付けられ、須美はそこから生えている白い紐が足代わりとなって起き上がる。

 

「どうして、体が……」

「これも敵の仕業なのかな〜? もしかして、やられる事で呪詛を送り込むとか?」

「ですけど、神樹様の力を授かっている僕達に、そんなものが効くのでしょうか……?」

「だよな。精霊だってこうして守ってくれてるわけだし」

 

では、一体何が原因なのだろうか……?

結論を出す間も無く、最後に残ったバーテックスがいつのまにか攻め上がっている事に気づく一同。

 

「あいつもうここまで……!」

 

獅子型は悠然とした様子で神樹に向かって前進していた。すでに大橋の中間地点は突破されているので、早く撃退しなければたどり着かれる危険性もある。6人が身構えたその時、獅子型に新たな動きが見られた。

 

「……!」

 

上部に見える、巨大な針が2つに割れて、別の空間が晴人達の視界に捉えた。炎が立ち込める、地獄のような空間。6人が息を呑む中、その空間から無数の何かが出てきた。炎に包まれてはいるが、全体的に白いフォルムで、何でも捕食しそうな口を大きく開けて、晴人達に迫ってきた。

さすがの巧も、この状況を前に、動揺を隠せない。

 

「何だ、あれは……⁉︎」

「な、なんか一杯きた〜⁉︎」

「気をつけろみんな! 落ち着いて、片っ端からやっつけるぞ! 一匹も通さないようにするんだ!」

 

ここぞとばかりに晴人が声を張り上げて、意識を集中させる。

須美はライフルで確実に一体ずつ倒していくが、彼女の持つスナイパーライフルは連射型ではないので、段々と手数に押されて、遂には体当たりを受けてしまう。ダメージ自体はバリアによって防げるが、銃撃が止んでしまって敵はどんどんと奥へ進んでいく。

 

「数が多すぎるよ〜⁉︎」

「園子ちゃん!」

 

園子と昴も、敵の多さに苦戦し、何発かは攻撃を受けてしまう。その度に、精霊バリアに守られる。

 

「まさにラスボスって感じだな! 手強いぞ!」

「一体一体は大した攻撃力ではないが、数で圧倒されるのはマズい……!」

 

銀と巧は背中合わせで対処しており、迎撃する事に必死になっている。

 

「須美、大丈夫か!」

 

倒れている須美を守ろうと、晴人は薙刀を振り回して敵を切り裂いていく。起き上がりながら、須美は動かなくなった両足と満開ゲージを交互に見つめる。今ならまた満開を使える。が、仮にその力で獅子型を倒せたとしても、また呪詛のようなもので体の一部の機能が失われたら……。

恐怖で押し潰されそうになる須美だが、背中を向けて、必死に敵を薙ぎ払う少年の勇姿を見て、少女はやるしかないと決意を固める。

 

「晴人君! 私があのバーテックスを何とかするわ! 満開のゲージが溜まってる今なら!」

「須美……! 分かった、頼む!」

「僕も使えます! 園子ちゃんは晴人君達の援護を!」

「う、うん!」

 

須美と昴が4人から離れて、再び花を咲かせる。

 

「「満開!」」

 

戦艦と亀が、獅子型めがけて迎撃を始める。

そうして地上で晴人、巧、銀、園子が、後に『星屑(ほしくず)』と呼称される怪物を倒していく中、園子が周りの異変に気付いた。

 

「えっ⁉︎ 何これ⁉︎」

 

足元の根が枯れていくと同時に、それまで天高くそびえていたモニュメントが消えて、最早瀬戸大橋とは呼べない空間へと変貌してしまう。神樹が、何か危険を察したのだろうか。

そうしている間にも、星屑の数は減り、銀と巧の満開ゲージが溜まりきった。

 

「! 巧! あたし達も!」

「あぁ、いくぞ!」

「巧、銀!」

 

晴人が呼び止める間も無く、2人は花を咲かせる。

 

「「満開!」」

 

2人が飛び上がり、須美と昴の援護に向かう。晴人と園子もあらかた星屑を片付け終わったところを見計らって、4人の後を追いかける。

須美と昴の方は、依然として星屑が前方から攻めてきており、対応に追われている。と、そこへ火炎弾と斧による斬撃が星屑を薙ぎ払った。

 

「おまたせ!」

「加勢するぞ!」

「銀、巧君!」

 

満開を行使した4人による神の一撃を前に、星屑は成すすべもなく倒されていく。が、その事に昴は疑問を抱いていた。

 

「(数は確かに多いけど、今の僕達の脅威とは成り得ない……。それを分かっていて、どうしてこんなにも大量の敵をばらまいて……)」

 

昴の疑問は、獅子型に目線が向けられた瞬間に解決した。見れば、獅子型が開いた空間に見える炎から生み出されたエネルギーが収束し、巨大な火の玉を形成しているではないか。言うなればそれは、小型の太陽。

 

「! やはり、攻撃体勢に入る為の時間稼ぎ……! みんなぁ!」

「! しまった!」

 

他の3人も異変に気づくが、その時にはエネルギー砲は発射され、大地を抉り取りながら、須美達に向かって直進してくる。

 

「! させない!」

 

咄嗟に昴が3人の前に立ち、船体を傾けて底面で受け止めるように踏ん張った。その勢いは凄まじく、気を緩めれば吹き飛ばされそうだ。

 

「早く、逃げて、ください……!」

 

歯を食いしばりながらそう叫ぶ昴。他の3人はすぐに今いる場所から離れた。3人が離れたのを確認した昴は、そこで力尽きたのか、エネルギー砲に弾かれて、花吹雪を散らしながら地面に落下していった。

 

「「昴ぅ!」」

「昴君!」

 

無抵抗に落下する昴を目撃して助けに行こうとする3人。だがそれよりも早く、園子がジャンプして昴を抱き寄せた。そして難なく地面に着地したのを見てホッとする須美達。すると、園子と入れ替わるようにやってきた晴人が、須美の戦艦の上に乗り込む。どうやらエネルギー砲が当たる前に別場所へ避難していたようだ。

 

「晴人君! 無事だったのね!」

「あぁ、俺はな。けど、今ので大橋が……」

「……!」

 

晴人の言葉を受けて下方に目をやる須美。晴人の言う通り、先ほどまで足をつけていた地面が、瀬戸大橋があったと思わしき場所が、跡形もなく消滅していた。

 

「大橋が……!」

 

あまりにも規格外な攻撃を目の当たりにして、須美は全身が震え始める。隣にいた晴人も、手に汗が滲む。そうこうしている間にも、再び星屑を召喚する獅子型。満開を行使していない晴人を含め、4人は再び星屑と交戦を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、落下する昴を受け止めた園子は、地面に降ろした後、彼の状態を確認する。目に付けられたゴーグルは先ほどの衝撃で完全に割れていた。

 

「すばるん! 大丈夫⁉︎」

「う、うん……?」

 

体を揺さぶられて、僅かに意識を取り戻す昴。喜びもつかの間、昴は目を細めて、そして口を開く。

 

「……あ、あれ……? ぼ、僕は、何を……」

「すば、るん……?」

「女の、子……。あなた、は……一体……」

 

その言葉を最後に、昴はぐったりと腕を垂らし、意識を失った。目を見開く園子。幸い胸も上下に動いている為、精霊バリアのお陰で目立った外傷はなさそうだ。が、それ以上に気になったのは、先ほどの昴の言葉。園子は昴を安全なところに寝かせてから、満開ゲージに目を向ける。ここまでの戦闘で溜まりきっている。

ここに来て。大赦の名家の娘は、今自分達の身に起きている異変に関して、違和感を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォラァ!」

「ハァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

獅子型が生み出す星屑を相手に、4人は、特に銀は苦戦を強いられていた。

遠距離で戦う須美と、その隣にいる晴人は着実に敵を倒しており、巧も火炎弾を飛ばしながら対処している。その一方で銀は近接型ということもあって、手数の多い星屑を相手に、対処がし辛くなっている。遂には横手からの不意打ちを仕掛けてくる星屑に気づけなかった。

 

「銀!」

「ヤバッ……⁉︎」

 

銀が身構えたその時、星屑のさらに横手から槍が突き刺さり、消滅する。4人にはその攻撃が誰のものなのか瞬時に理解した。

 

「園子! 昴は⁉︎」

「安全なところに置いてきたよ! それより〜……!」

 

そう呟く園子の表情は芳しくない。

 

「ねぇミノさん、みんな! なんか変だよ! こんな戦い方で良いの⁉︎」

「分かんねぇよ……! けど、ここであたしらが食い止めないと、神樹様を守らないと、根性で頑張らないと、みんながいなくなる! それだけは、絶対に……!」

「! そうね……!」

「絶対に引き下がるもんか!」

「こいつさえ倒せば、全てが片付く……! 昴の分まで、戦うんだ!」

「……」

 

銀だけでなく、晴人、巧、須美にもそう言われ、園子も押し黙る他なかった。

そうして5人の目に飛び込んできたのは、小型の太陽。チャージを完了させて、再び放ってくるようだ。

 

「! またさっきのやつか!」

「くっ……! 防げるか……⁉︎」

「やらせ……ない!」

 

ここで前に出たのは鷲尾 須美。砲座を束ねて、獅子型と同じようにエネルギーを収束させる。

 

「もう、誰も……! 失うものかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

須美の、雄叫びと共に放たれた一撃は、同じタイミングで放たれたエネルギー砲と衝突し、ビックバンの如く、周囲に爆風を撒き散らす。家族を、クラスメイトを、知り合った地域の人々を、先生達を、仲間を、そして何より、想い人を守るという、強い意志を込めた一撃は、確かに獅子型の攻撃を相殺した。

そして、そこで限界が来たのか、戦艦から花びらが散華していく。

 

「須美!」

 

慌てて晴人が彼女の体を支えようとするが、彼女はそれを拒み、代わりにこの言葉を投げかける。

 

「晴人君……。後は、お願い……。アイツを、止めて……」

「……分かった! 任せろ!」

 

その言葉に力強く頷く晴人。そして消え行く戦艦から飛び上がり、そして空中で叫ぶ。

 

「満開!」

 

1つの花が散り、また1つの新たな花が咲く。

再び、刀身が2つついた大きな薙刀を構えて、獅子型に突撃する晴人。その前に大量の星屑が立ちはだかる。全て倒さないと、先には進めそうにない。全て薙ぎ払おうとする晴人だが、その前に銀と巧が立って、星屑を一掃しようとする。

 

「ここはあたしらに任せろ!」

「お前は、お前のやるべき事をやるんだ!」

「! 分かった!」

 

その場を2人に任せて、星屑を見向きもせずに前進する晴人。当然それを追いかけようとする星屑だが、炎を纏った斬撃がそれを阻む。

 

「晴人の邪魔はさせん!」

「あいつの所に行きたいなら、あたしらを倒してからにしなぁ!」

 

2人は満開の効力が切れる前に、速攻で倒すべく、星屑の中を駆け巡る。そうして数を減らしていくうちに、残すは数えるほどに。すでに息が上がる中、2人は目配せをして、背中合わせになる。何を仕掛けようとしているのか、警戒する星屑。2人は回転を始め、周囲に炎を撒き散らす。それで半分ほどが焼かれ、2人は飛翔して残りの星屑の殲滅を始める。

 

「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」」

 

最後の力を振り絞って繰り出した一撃は、星屑に有無を言わさずに焼き払い、2人の体から花吹雪が散らす頃には、影も形も無くなっていた。

 

「や、やった、な、巧……」

「あぁ……」

「やっと、巧の背中を、任せられる、ぐらいには、強く、なれたかな……」

 

落下しながらそうボヤく銀。対する巧はこう返事する。

 

「何を、今更」

「えっ……」

「初めから、お前になら、背中を、預け、られると、思って、た……。口には、出さなかった、だけで、な……」

「巧……」

 

自然と、薄ら笑いを浮かべる2人。意識が底を尽きかける中、2人の中で同じ言葉が浮かんでいた。

後は頼むぞ、晴人、と……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

雄叫びをあげながら、獅子型へと距離を縮める晴人。そんな彼に対抗するべく、獅子型は再び星屑を召喚する。

 

「そこを、どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

迎え撃つべく身構えたその時、

 

「満開!」

 

晴人の背後で花が咲き誇り、方舟が急接近してきた。

 

「イッチー! 使ってぇ!」

「!」

 

満開を行使した園子がそう叫ぶ。一言で理解した晴人は両足を全速力で移動している方舟の先端に付けて、その勢いに乗って星屑を跳ね飛ばす。

 

「今だぁ!」

 

晴人は薙刀を突き出し、遂に獅子型の胴体に突き刺した。だが獅子型も脱出しようともがいている。そうはさせまいと、薙刀に力を込める晴人。園子も力一杯方舟を動かしている。方舟を纏うオーラは、さながら鴉のようにも見える。

 

「ここから……出ていけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

2人の勇者、武神の連携を前に、最強格の獅子型も押し返され、遂には神樹が創り出したとされる壁に叩きつけられ、その胴体はボロボロと崩れ去った。

 

「やった……! やったぞ、遂に……!」

 

辛勝ではあったが、間違いなく12体全てのバーテックスを、6人の力で、みんなの応援で、倒した。晴人は喜びを爆発させ

 

「! イッチー! あれ!」

 

……る直前、園子が何かを指差して叫んだ。晴人がその指先を辿り、奇妙なものが目に飛び込んできた。

それは、四角錐を逆さまにした、太陽のような色合いの物体。見たところ、獅子型の体から出てきたもののようだ。その物体は壁の上に上がり、普段バーテックスが隠れ潜んでいるであろう、壁の外へと後退する。

2人が注目する中、謎の物体は結界の外に出たのか、吸い込まれるように姿を消した。

 

「! 待ちやがれ……⁉︎」

 

壁の外に出てはいけない。神世紀に生まれた人々なら、誰しもが耳にしたことのある、この世界のルール。無論それは晴人達も幼少期から教わっている。だが、敵の体から出てきた何かを、このまま壁の外に野放しにしておくわけにはいかない。晴人が追いかけようと飛び上がったその瞬間、花吹雪が舞い散り、晴人は元の武神服に戻る。

刹那、晴人が今までに見たこともないぐらいに苦しむ表情を見せて、壁の上にうずくまった。

 

「! イッチー!」

 

園子は慌てて方舟から飛び降りて晴人のそばに駆け寄る。何度も咳き込み、息をするのも苦しそうだ。また満開を解いた直後に起きた体の異変。園子の表情は険しくなる。

数秒後、ヨダレを垂らしながら、ようやく晴人が落ち着きを取り戻す。その表情からは、死の恐怖を味わったような様子が見受けられる。

 

「イッチー大丈夫⁉︎」

「あ、あぁ、今は……。けど、一瞬心臓が止まったみたいな感じになって……。何だったんだ……」

「……イッチー。自分の心臓に、手を当ててみて」

「えっ?」

「確かめてみて、心臓が動いているかどうか。……私の考えが正しかったら、……動いてないはずだよ」

 

園子に低い声でそう言われて動揺するも、言われるがままに、自分の右手を心臓に当てる晴人。途端に彼の目が見開き、思わず園子を見つめる。やっぱりといった表情を浮かべる園子。

心臓は、血液を全身に送るべく、常にポンプのような働きをしていなければならない、重要な器官の筈だ。それが動いていないとなれば、かなりの大事だ。にもかかわらず、晴人は今なお生きている。何がどうなっているのか分からず、息が荒くなる晴人。だが、先ほどの物体の事を思い出した彼は立ち上がり、前へ進もうとする。

 

「とにかく今は、あいつを逃がすわけにはいかねぇ……! 園子、追いかけるぞ!」

「イッチー……。うん!」

 

晴人の体を心配するも、園子も彼に続いて壁の外へと歩き出す。

壁の外を出れたのか、一瞬だけピリッとした感覚に襲われ、辺りの景色が一変する。

 

「「……え」」

 

2人は言葉を失う。そうなっても不思議ではない世界が、そこに広がっていた。

燃え盛るように真っ赤に染め上げられた、『灼熱の大地』。一言で表すなら、その表現が真っ先に浮かぶ。空は宇宙のように黒く塗りつぶされており、地面から噴き上がる炎が空を赤くぼかしている。言ってみればそこは、この世の地獄。

そして彼らの目の止まったのは、不完全ではあるが見覚えのあるシルエット。その中には、武神達に重傷を負わせた異形の敵も見える。

これまで倒してきたはずのバーテックスが、そこにいる。なおも目線を様々なところに向ける2人は、ようやく謎の物体を発見する。が、その直後に、周囲に見えていた星屑が一斉に謎の物体に群がり、共喰いを始め、やがてそれは形ある物体へと変化していく。

見間違いでなければ、それは今しがた倒したはずの獅子型として、再生していく。

 

「な、何だよこれ……! 壁の外は、ウイルスに……! バーテックスに占領されてるってだけで、こんなわけ……! それに、バーテックスが、再生してるなんて……! 園子、これって……!」

 

理解が追いつかず、園子に意見を求めようと顔を向ける。様子がおかしい。

 

「そ、園子……?」

 

不意に園子は膝をつき、前のめりに倒れかけたので、慌てて抱き抱える晴人。今にも意識を失いそうだ。と同時に彼女の体から花吹雪が散り始める。満開の効力が切れようとしているのだ。

息を整えながら、園子は晴人に話しかける。

 

「……あぁ。そう、だったんだ、ね」

「な、何が⁉︎」

「私、分かっ、ちゃった、か、も……。大赦が、隠してる、事……」

「大赦が俺達に隠してる事⁉︎ 何だよそれ⁉︎」

 

ますます困惑する晴人。園子は可能な限り意識を保ちながら、晴人の腕を掴んで口を開く。

 

「あのね……。この、世界は……」

 

そうして語られた、推測ではあるが、園子の見解を耳にした晴人は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奥に見える神樹以外、灰色と化した樹海の中に、壁に1番近い陸地に、1人の少女が座り込み、息を荒げていた。彼女のすぐ近くには、右腕がなく、メガネをかけた少年と、左目に傷がある少年、そして髪留めのリボンが解けて、元々長くない髪が地面に垂れ下がっている小柄な少女が倒れ込んでいた。何れも意識を手放しているようだ。

唯一意識のある少女が、一変してしまった周りの景色に困惑している。

 

「っ。街は……」

 

街は、自分の住んでいた所はどうなったのか。そう問いかけるも、誰も返事をしてくれない。

 

「須美ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

と、その時だった。目の前に、金髪の少女を抱き抱えた、緑色の服の少年が降り立った。少女は困惑する中、晴人は息を整えて、口早に叫ぶ。

 

「須美、大変だ! 壁の外がすげぇ事になってる! 敵も復活して、また攻めてくるみたいなんだよ! 戦いは、まだ終わってなかったんだ! 早く変身して」

「……誰、ですか」

「へっ……?」

 

少女の中で、真っ先に浮かんだ疑問を口にする。晴人は、質問の意図が理解できなかった。

 

「何なんですか、一体……。あなたが抱えてる、その子は……」

「お、お前、こんな時に何言って」

「街は……! 私の家は……! お父様は、お母様は……! クラスのみんなは、どこなの……⁉︎」

「す、須美……! 嘘だろ⁉︎ 何で、そんな……! 俺の事、忘れたのかよ⁉︎ どうして、どうして……! 何で、何でだよぉ……!」

 

目の前の少女が失ったものを悟り、愕然とする晴人。思わず膝をつきそうになるが、不意に気配を察知して振り返ると、不完全ではあるが、12体の巨大な幻影が、自分達の世界に割り込んできた。晴人達を始末しようとしているのだろう。

 

「ヒッ……!」

「……ッ!」

 

少女は完全に怯え、晴人は唇を噛みしめる。それから、腕に抱かれている少女、そして地面に倒れこむ、3人の少年少女。5人の顔を見て、何かを思い出すように目を瞑った後、怯える少女の前に屈んで、それから、安心させるように笑みを浮かべて、右手で彼女の体に触れる。

 

「大丈夫。大丈夫だからな。俺が、あいつらを何とかしてやる。これでも俺は、一応ヒーローみたいな事やってるから」

「ヒーロー……? あなたは、一体……」

「……俺の名前は、『市川 晴人』。今年の4月に、お前のクラスメイトになった、転入生。で、俺が抱えている子は、『乃木 園子』って言って、ちょっと変わってるけど、いざとなったらスッゲェ頼れるリーダー。それから……」

 

晴人は目線を、少女の後方にいる3人に向けて、少女もそれに続く。

 

「あのメガネをかけてる子が『神奈月 昴』。料理が得意で、将来はプロの料理人になる男。その隣にいる、ちょっと怖そうな子が『鳴沢 巧』で、物を作るのが上手なんだ。あと、たまにツンデレな所もあるっけ。それから、そこにいる女の子が『三ノ輪 銀』で、トラブル体質もあるけど、人一倍正義感があって、弟の世話が好きな人だ」

 

1人ずつ、限られた時間内で丁寧に説明してから、少女に目を向ける。

 

「んでもって、お前の名前は『鷲尾 須美』。戦時中の事をたくさん知ってて、ちょっと真面目でお堅いところもあるけど、とっても優しくて、それから、その……俺の、1番大切な人」

 

最後の方だけ、恥ずかしくなったのか小声になったが、言いたい事を言い切った晴人は、少女の頭を優しく撫でる。

 

「俺達6人は、友達だ。ズッ友ってやつだ。だから、絶対守ってみせる」

 

微笑みながら、目線を下に向けると、日本国旗がプリントされている鉢巻が落ちているのを見つけた。勉強会の際、いつも彼女が身につけていたものだ。あの頃の須美はちょっと苦手だったな、と思い出して苦笑しながらも、それを手に取る。そしてそれを頭に巻きつける。

 

「これ、俺に貸してくれよ。お前がそばにいてくれるっていうお守り代わりにさ。……それからさ。お前は、覚えてないかもしれないけど、俺達、少し前に約束してたんだ。この戦いが終わって、お役目が全部終わったら、イネスで祝勝会するって」

 

そう言って一旦深呼吸してから、力強くこう語る。

 

「だからさ。先に行って、待っててくれよ。俺も、こいつら全部片付けたら、後で急いで追いつくから。約束だぜ。あ、後こいつも連れてってな」

 

晴人はぐったりしている園子を少女に預ける。それから背を向けて、顔だけを、彼が最も守りたい少女に向けて、サムズアップをする。

 

「じゃあ、また後でな!」

 

一瞬だけ、哀しげな表情になった彼の顔を見て、少女は手を伸ばすが、すでに彼は眼前に広がる敵へと、空高く舞い上がっていた。その後ろ姿からは、神々しいものを感じさせる。

 

「……」

 

ゆっくりと手を伸ばすも、そこで限界が来たのか、『鷲尾 須美』と呼ばれた少女は、一筋の涙を垂らしながら、園子から手を離して、深く、深く、とても深い底に意識を沈ませた。

 

 

 




久々の長文になりましたが、いかがでしたでしょうか?

次回、鷲尾 須美・市川 晴人の章、完結……。




〜次回予告〜


「先ずは、お前だ!」

「気合いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「根性の見せ所だな!」

「守るって、決めたんだ……!」

「人間として……!」

「戦うって……!」

「人間の底力、見せてやるぅ!」


〜『ともだち』と『たましい』と『やくそく』〜










「みんな……、ありがとな……」

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