結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
「……?」
もう何度目かも分からない、どこからともなく浴びせられる視線に、巧だけでなく、隣を歩いている銀も居心地の悪さを感じる。イネスに向かって歩き出してすぐの頃から、時折すれ違う人々から注目の的にされている。最初は銀が着ている服があまりにも似合ってないから変な風に見られているのか、と思っていたが、どうも視線の矛先は巧に向けられているような気がしてならない。
「(……あ!)」
ずっとその要因を考えていた銀は、巧の顔をジッと見つめているうちにようやく察した。よくよく考えてみれば、今の巧の顔は、先月のお役目の最中に負った怪我で、左目が潰れて、傷がハッキリと付いている。側から見れば、ヤクザと見間違えられてもおかしくないぐらい、怖い印象が伺える。そんな彼が堂々と街中を同い年の少女と並んで歩いているのだから、異様な目で見られても不思議ではない。本人はあまり気にしてはいないようだが。
さすがにこのままイネスまで歩いていくのはキツイと判断し、銀は打開策になりそうなものを、周りを見渡しながら詮索する。すると、幸運の女神が舞い降りたのか、商店街の一角に『メガネ売り場』と、デカデカと看板に表記されている店を発見。
「なぁ巧! イネス寄る前にさ、あそこに行ってみようよ!」
「メガネ売り場……? あんな所に何の用だ?」
「まぁいいから! ほら、入ろうよ!」
そう言って銀に背中を押される形で、巧は店の戸を開ける。店内はそれほど広くはないが、数多くのメガネが辺りを占めており、正直なところ、どれを手にしようか悩んでもおかしくない。奥から出てきたのは、1人の老婆だった。1人でこの店を切り盛りしているようだ。
「珍しいお客さんだねぇ。若いもんが2人も」
「おばちゃん! 巧……この人に似合いそうなグラサン探してるんですけど、どこにありますか?」
「ぐらさん……? あぁ、黒いメガネの事だね。それなら、ほれ、そこに並んでるのが全部そうさ」
店主が指差した先には、確かにサングラスがかけられており、数も豊富だ。
「ちょっと待て。俺は別にメガネなんて……」
「その顔で歩いてたら、周りから変な風に見られて気になっちゃうからさ。グラサンとかで隠せば問題ないかなって。一緒に選ぼうぜ!」
「そこにある鏡を使ってもいいから、似合いそうなものをつけて選んでみなさい」
店主が気を利かせて鏡を提供してくれて、2人は早速サングラス選びを始める。もっとも巧はあまり興味がないらしく、メガネはほとんど銀がチョイスしたものを、ああでもないここでもないと、面白半分に試行錯誤しながら、巧に付けている。飾り気のない地味なものから始まり、段々と派手な配色が目立ってきたところで、巧が口を開く。
「……何かデジャヴを感じると思ったが、これ、銀の着せ替えのときと親近感があるぞ」
「細かい事は気にしないの! ほら、これつけてよ!」
そう言いながら、内心楽しそうに次なるグラサンを勧める銀。やれやれと思いつつも、手渡されたものを試着していく巧。
一通り付けてみて、約1時間ほど吟味した所で、巧が現在付けているのは、レンズが比較的大きいだけで、それ以外に見栄えらしいものはなさそうなサングラスだった。レンズが大きい分、左目の傷も隠せるし、巧自身も気に入っているようだ。
早速それを購入しようとする巧だが、銀が待ったをかけて、自分が払うと告げた。
「けど、これは俺が身につけるものだぞ」
「あたしからのプレゼントって事にしてよ! それに、こないだゲーセンで鉄男の分をまだ返してなかったからさ。たまにはこういうのも良いだろ?」
そう言いくるめられて、結果的にサングラスの代金は銀が支払う事に。そのままプレゼントされたサングラスをつけた巧は、銀と共に店主に礼を言って店を出た。
「結構イケてるぞ! 似合うじゃん!」
「そうか……? まぁ、ありがとうとだけ言っておくか」
慣れないメガネに戸惑いつつも、再びイネスに向かって歩き出す巧。すると、目の前で喧嘩をしている、小学生ぐらいの男の子が。普段ならここで銀が真っ先に仲裁に入ろうとするのだが、この日に限って、銀は渋っていた。
「(どうしよう……。止めに入らなきゃいけないけど、こんな事が続いたら、絶対巧を困らせちゃう。せっかく巧の自由にしてやりたいってプランが台無しに……!)」
前に出るのを躊躇う銀。その様子に違和感を感じた巧は、銀と男の子達を見比べた後、先に一歩出て、男の子達の所に向かった。どうやら彼が仲裁に入るようだ。その光景に驚きつつも、止めに入っている巧を援護しようと、銀も慌てて追いかける。
男の子達を仲直りさせた後、今度は道を尋ねてくる老夫婦が現れて、巧が先導して道案内を済ませ、それからすぐに、近くにいた母親の手の中で泣きじゃくっている赤ん坊を落ち着かせようと奮闘したり、買い物カゴから転げ落ちたミカンを拾うのを手伝ったりと、ほぼ巧主導で様々なトラブルを解決していき、気がつけばイネスに向かって出発しようと言ってからかれこれ3時間ほど経とうとしていた。
「随分とお前らしくないな」
道中で購入した缶ジュースを銀に手渡しながらそう呟いたのは、ひと段落ついた後の事だった。
「えっ? どういう事?」
「いつもなら真っ先に問題ごとを解決しようとするお前が、あまり乗り気じゃないのが気になった。何か悩みでもあるのか?」
「そ、そういう訳じゃ! ……ないけど」
「だったら何だ?」
巧に問い詰められて観念したのか、銀は缶ジュースに口をつける事なく、ポツポツと語り出す。
「いや、あたしはさ……。今日ぐらい、巧の思うがままに動きたいなって思っててさ。いつもあたしに振り回されてばっかで迷惑してるんじゃないかって。ほら、そのせいで、左目に怪我して……。だから、なるべく普段の巧についていって、一緒に楽しめたら良いなって思ってて……。でも、やっぱあたしの不幸体質は治らないんだよな。今だって結局イネスに行きたくても、周りで困ってる人達がどうしても放っておけなくて……。こんなあたしで、色々とゴメンな」
ペコリと頭を下げる銀。一瞬面食らう巧だったが、すぐに元の表情に戻して、肩を竦める。
「気に病みすぎだ。色々と面倒事に巻き込まれてはいるが、お前は迷惑かけるぐらいが丁度良いぐらいだ」
「……え」
「俺はお前に教えてくれたんだぞ、家族の大切さを。例え血の繋がりがなくとも、支えてくれる人がいる。その中には銀、お前も含まれている。お前がいてくれたから、今の俺がいるんだ」
そう言って巧は、銀の頭を撫でる。
「こんな事、昔なら絶対言えなかった。だから礼を言いたいのはこっちの方だ。これからも、お前に付き合って、面倒事だろうが何だろうが、関わってやる」
「……ぁ、た、巧。あ、あたし……」
段々と心臓の鼓動が高まっているのを実感する銀。次の瞬間には理性を抑えきれず、巧に抱きついていた。
「あたし、さ。巧には、色々と、助けてもらってた。巧に会えて、マジで良かった! だから……あたしは、巧が好きになれた。この大好きって気持ちは、きっとこれからも変わらない気がする! てな訳で、これからもずっと、シクヨロ!」
紅潮しつつ、最後の方では早口になるも、満面の笑みを浮かべてそう告げる銀。巧はフッと笑って、銀の背中に手を回す。
「お前は俺が守る。何があっても。約束だ」
そうしてしばらくの間、ベンチに座って互いに密着していたが、やがて銀の方が恥ずかしくなって、巧から離れた。
「って、こんな恥ずいの続くかっての! ほら、イネス行こっか! なんか色々スッキリしたら、お腹すいた!」
「そうか。もうそんな時間か。ならイネスに着いたら先ずは腹ごしらえだな」
「おう!」
そして2人は、今一度イネスに向かって前進する。2人の足取りは当初よりも軽く、自然と手が握られていた。
「わんこだ〜!」
壁に貼られたポスターに映る、モコモコの白い毛並みが特徴的な犬と、その飼い主と思しき女性が野原を駆け抜けている描写に、園子は目を輝かせて釘付けになっていた。隣では昴が園子のはしゃぎっぷりに苦笑しながら、同じく映画の宣伝用に作られたポスターを眺めている。
イネスに到着した昴と園子は、早速どこを見て回ろうかと散策していた。その道中で、今現在上映されている映画の1つに、園子が注目したのが事の始まりである。イネスの館内には映画館も設置されており、多くの人々が旬の映画を観にやってくる。丁度園子が注目している、犬が主役の映画も上映中らしく、時計を確認してから、昴は提案した。
「後30分ぐらいしたら上映するみたいだから、観に行こうか」
「すばるん、それで良いの〜?」
「うん。園子ちゃん、犬が大好きでしょ? せっかくだから僕も観てみたいなぁ、って思ったんだ」
「でもすばるんが興味なさそうなら、無理しなくても〜」
「2人でこうやって映画館に行くの、初めてだから、僕は何でもアリだよ。さ、行こっか」
「うん〜!」
2人は映画館がある場所まで直行し、チケットを購入した。が、初めて映画館に出向くという事もあって、チケットの購入方法だったり、ポップコーンやドリンクをどれにして、どう買うべきか、などとスタッフの人に手伝ってもらったりと四苦八苦し、気がつけば上映ギリギリのタイミングで、目的の映画が上映される部屋に滑り込む事が出来た。
「大変だったね〜」
「うん。これが晴人君や銀ちゃんならスムーズにこなせたかもしれないけど……」
「何事も経験だね〜。あ! 始まるよ〜!」
ようやく席についてホッと一息する間もなく、室内に上映開始を告げる案内放送が流れる。
数々のドラマの中で、犬と女性がそれぞれ出会いと別れを繰り返し、いつしか家族となって今を生きていくという、心温まるストーリーを前に、周りからは感動のあまりすすり泣きする人達が続出した。良い話だ、と昴が素直に心の中で感想を述べる中、ふと気になって隣に座っている園子に目をやると、ギョッとした。
「(ね、寝てる……! それも気持ち良さそうに……!)」
「ZZZ〜。わんこモフモフ〜……」
鼻提灯を作りながら、夢の中でもスクリーンに映る白い犬を抱いているのか、園子の寝顔は幸せそのものだった。
いついかなる時でもスローライフを満喫する、園子らしい行動だ。それにしても、可愛い寝顔だ、と昴は微笑みながら、予め着ていた薄い上着を脱いで、園子の体にそっと乗せた。そして自分は映画に集中する。
約2時間の上映を終え、他の客が次々と部屋を後にする中、昴と園子だけは少し明るくなった室内の席に座り続けていた。途中で係員が様子を見にやってきたが、気持ち良さそうに寝ている園子を見て、昴と同じようにしばらくそっとしておく事になった。次の上映までまだ時間があるとの事で、現在、2人きりの静かな空間がそこにあった。
「……ん。フワァ〜……? すばるん、わんこに顔ペロペロされて〜……。……はれ? ここどこ?」
「あ、おはよう園子ちゃん」
「うん、おはようすばるん〜。……あれ? どこだろここ?」
「映画館の中だよ。もう上映はとっくに終わってるけど」
「! はわわ〜! わ、私やっちゃった〜!」
ようやく目を覚ました園子が全てを思い出し、慌てて席から飛び上がる。そして昴に向かって涙目で謝る。
「ご、ごめんなさいすばるん〜! 私また寝ちゃってた〜! せっかくすばるんが観ようって言ってたのに、絶対嫌われた〜!」
「お、落ち着いて園子ちゃん⁉︎ 気にしなくても大丈夫だよ。園子ちゃん、気持ち良さそうにしてたから、起こすのも気が引けてね。だから、全然大丈夫」
「でも〜……」
すんすんと涙ぐむ園子に対し、昴は残された左手で園子の頭を撫でる。
「誘ってくれて嬉しかったよ。いつも通りの園子ちゃんと一緒にいれるのが、僕にとっての幸せ。だから泣かないで」
「すばるん〜!」
すぐに泣き止んだ園子が、逆に左手を掴み、ブンブンと縦に振る。
「私も、すばるんが近くにいるだけで、とっても幸せだよ〜! どうしてか分からないけど、ずっと近くにいたから、毎日が楽しいの〜!」
「そうだね。今はまだリハビリ中だけど、左手で慣れてきたら、またご飯を作ってあげるよ。園子ちゃんやみんなに料理を振る舞って、満足してもらうのが、僕の目標だから」
「すばるんなら絶対できるよ〜! 私、応援する!」
「ありがとう。それじゃあそろそろ出よっか。いつまでもここにいたら係りの人も困っちゃうだろうし」
「そうだね〜。あ、これありがとう」
園子は手に持っていた上着を昴に返した。
「それじゃあ、次はどこに行こうか……と思ったけど、もう12時を回ってるんだね」
「じゃあご飯の時間かな〜? すばるんはお腹空いてる?」
「さっきポップコーンを食べたからなのか、あまり空いてる感じがしないんですけど、軽くなら摂っておいた方がいいと思うから、先ずはフードコートの所に行ってみよっか」
「賛成〜!」
そうして2人は、映画館を後にしていつも6人で来た時と同様に3階のフードコートに足を運んだ。
「うぅ……。イネスは良いのよ、でも……。ゲームコーナーは、まだちょっと怖くて……」
「そんなガクブルしなくても……。これが銀だったら『誤解されたままなんて嫌だ!』とか言ってそう」
一方、イネスに入り込んだこの2人は難航していた。晴人がゲームコーナーに行きたいと言い出したのを皮切りに、須美が抵抗し始めたのだ。その理由は、須美の次の発言にあった。
「でも私、両親から言われてるのよ。ゲームコーナーに行くと不良になるって……。散財して人生が終わってしまうって!」
「どんな末路だよそれ⁉︎ イメージ膨らませすぎだし! ってか、俺だって子供の頃にここのゲーセンで遊んだ事あるし。そんな俺が人生終わってるように見えるか?」
「それは……」
「須美はこういうの行った事なさそうだしな。ヨシッ! なら今回は銀に代わって俺が引っ張ってやるよ! 気楽に遊ぼうぜ」
「う〜ん……」
渋る須美だが、今回は晴人の為のお出かけだという事を思い出し、首を縦に振った。
そうしてしばらく歩くと、目的地に到着し、数々のゲームコーナーに群がる、自分よりも歳下の子供達を見て須美は唖然とする。
「信じられないわ……! こんなにもたくさんの子供達が散財に足を踏み入れようとしているなんて……!」
「別にそうなりたくて来てるわけじゃないからな? 普通にゲームを楽しむ為に来てるんだからな? 誤解しない方がいいぞ」
「そ、そう……」
「てな訳で先ずは、こいつで勝負しようぜ! 慣れも兼ねて、須美の得意分野で!」
そう言って晴人が指をさした先には、最新鋭のシューティングゲームが。玩具とはいえ凝った造りをしているモデルガンを片手に戸惑う須美だが、晴人が基本操作を教えて、いざお金を投入してゲームを始めると、須美の目つきが一転し、それはもう、お役目を全うしている時の如く、向かってくる敵を的確に撃ち抜いていた。これには隣でプレイしている晴人だけでなく、いつのまにか取り囲んでいたギャラリー達を驚かせる。
「おい、なんかスゲーのがいるぞ……」
「さっきから1発も外してないよあの子!」
「ニューレコード更新してるよな、あれ」
周りがそうざわついている事にすら気づいていないのか、須美は引き金を無駄なく引き続ける。
「今度は数で攻めてくるつもりね……! なら、まとめて薙ぎ払うまで! 目標確認! てぇい!」
遂には艦隊を率いる指揮官の如く発声する須美。時間切れとなり、スコアが表示されるが、結果は言わずもがな。
「あぁくっそ〜! さすがに須美相手は無理あったか? この台の記録を楽々更新してるし……」
「! っ! ご、ごめんなさ〜い!」
晴人の呟きで我に返った須美が、恥ずかしさのあまりその場を猛スピードで離れ、晴人は慌ててそれを追いかける。ギャラリーは呆然とその後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
「あぁ、私とした事が……! 御国の為とはいえ玩具1つであの高鳴り……! 帰ったら清めが必要ね……!」
「落ち着けって。スゲェじゃんか記録更新とかさ! さすがは須美だぜ!」
ゲームコーナーの片隅で丸くなっている須美を、晴人は苦笑いしながら肩を叩いて慰める。それから思いだしたようた須美に尋ねる。
「……で、どうだった須美? 実際にやってみたゲームの感想は?」
「……そうね。なんだか想像していたのとは、天と地ほどの差があったわ」
「だからどんだけ恐ろしい場所をイメージしてたんだよ?」
「晴人君、その……。ありがとう、連れてきてくれて。やっぱり何事も経験ね。次からは前向きに頑張ってみるわ」
「そっか。そうと決まれば次は……」
そして2人は次なるゲームコーナーへ。カーレースであったり、モグラ叩きだったりと、一通り対戦型ゲームを遊びつくした2人は、まだ訪れていないコーナーに足を踏み入れる。
「随分と数多くの重機が備えられているわね」
「クレーンゲームだぜ。自分で操作して景品を掴んでゲットする。俺は普段からやってはないけど、良い機会だし何かやってみるか」
そうして2人はやりがいのありそうなクレーンゲームを捜索する。
「こうして見ると、可愛いぬいぐるみが溢れかえっているわね。そのっちが見たら興奮しそう」
「だな。新商品も出てるし、飽きる事はないしな」
「こんなにもたくさんのぬいぐるみが……って、斑五郎⁉︎」
須美が何かを発見して、思わずガラス戸に顔を埋める。何事かと思った晴人が景品を調べると、他のぬいぐるみよりかは大きく、全体的に丸っこい猫のぬいぐるみがそこにあった。景品名まではどこにも書かれていないので、何故そのぬいぐるみが斑五郎だと言えるのか、疑問を投げかける。
「き、近所にいる野良猫にそっくりで、思わず名前を……」
「そうだったのか。じゃあこいつを狙ってみるか!」
それを聞いて須美はハッとなった。目の前に見える斑五郎が景品だという事実を目の当たりにして、躊躇いが生まれる。
「……そっか。これは景品だったわ。でも、こんな難しそうな遊戯を、私がこなせるのかな……?」
「まぁまぁ、物は試しだぜ。やってみなよ」
「そうね。挑戦してみるわ!」
今一度闘志を燃やすように、真剣な表情を浮かべる須美。お金を投入し、準備が整う。
「では、始めるわね……!」
「先ずはそのボタンで横に進める事から始めろよ。そしたら次はそのボタンを使って縦に。最後はそのボタンを離せば自動で下に降りるから、頑張れよ!」
「先ずは横に……。つ、次は、縦に……。そして降下……。あ! 掴めたわ!」
「お! 斑五郎が引き上げられて……!」
一瞬、1発で成功するのではと期待を寄せる晴人だが、クレーンゲームはそれほど単純なものではない。それが証拠に上まで持ち上がったぬいぐるみは振動でクレーンのアームから抜け落ちて、元の位置から少し離れた所に落下する。
「あぁ、ダメか!」
「うぅ……。痛恨の極みです」
「ま、まぁ須美は初めてだしな。アームの強さも、ボタン一押しでどこまで進むのか、とかも色々と経験して体に覚えさせてかないと」
「そうね。一度経験したからこそ分かった事もたくさんあるわ。も、もう一度だけ挑戦を!」
「今度は俺も手伝うぜ! 横からチェックぐらいは出来るからな!」
そうして再度お金を投入する須美。しかし、先ほどのシューティングゲームでは腕を光らせていた須美も、クレーンゲームとなると悪戦苦闘の連続だった。晴人の援護もあって段々とマシにはなりつつあるが、狙おうとすればするほど失敗に繋がる。それでも2人は負けじと息を合わせて、クレーンを動かす感覚を叩き込む。回数を重ねる度に、成功とまではいかなくとも、手応えのありそうな感覚を掴めるようになった。
そしてそれは、いきなり訪れた。
「そうそう、あと少しで……ストップ!」
「うぅ、斑五郎お願い……。私の元に帰ってきて……」
須美の願いが届いたのか、クレーンの先端が、斑五郎の首についていた穴に引っかかり、グイッと持ち上がった。これには2人も興奮を隠せない。
「持ち上がったわ!」
「おぉ⁉︎ んでもって斑五郎はそのままゴールに……入ったぁ!」
何度目かも分からなくなるほどの挑戦が報われたのか、遂に斑五郎がゴールの穴をくぐって、須美の元に帰還。早速手に取った須美が斑五郎を抱きしめて心底嬉しそうな表情を見せた。心なしか、斑五郎も喜んでいるように見える。
「ぶ、斑五郎……! あなた、こんな手触りだったのね……! 可愛い!」
「良かったな須美! ……まぁ、ゲーム回数はちょっと……どころじゃなくて、結構な額までいっちまったけど」
「……この斑五郎は、お小遣い3ヶ月分になりました」
「なんとまぁ高級猫だこと」
引きつったように笑みを浮かべる晴人。それを見て須美は一言。
「やはり、ここは恐ろしい場所なのかもしれないわね」
「まぁこればっかりは経験した者にしか分からない境地ってやつだな。斑五郎、良いご主人にゲットしてもらって良かったな」
『……』
斑五郎は何も言わず、ジッとしたまま須美に抱かれている。しばらくの沈黙の後、2人は笑い出した。こんなにもゲームではしゃいだのは、2人ともこれが初めてだった。その事を実感した須美は、ゲームコーナーを出てから、隣を歩く晴人に話しかけた。
「は、晴人君」
「ん?」
「わ、私ね……。今日は、晴人君の笑顔が見れて、とても嬉しかった。同時に、感謝もしてる。晴人君が外の世界に連れ出してくれなかったら、私、本当に世間知らずになってたかもしれないわ。だから、今あるこの時間を大切にしたい……!」
「俺も、だぜ。こっちに来て須美には色々と助けてもらってばかりだったから。少しでも須美やみんなの為にって感じで、お役目の時は意気込んでた。戦ってみんなを守る事が俺の取り柄でもあったし。だから、これまでもそうだし、これからもそう! 俺が絶対に守ってやる。須美もみんなも、応援してくれる人がいれば、何も怖くない!」
一人ひとりの事を思い出しながらガッツポーズをする晴人。そんな彼を見て、須美は思わずその手を掴む。晴人が困惑していると、須美は顔を赤くしながらこう告げる。
「晴人君が何にでも頑張る姿勢は、私も見習っているわ。でも、自分の事も忘れないでね。もう、あの時のような事にはさせたくない。その為に、私も銀も園子も頑張ってる。巧君と昴君も、頑張ってる。……それに、約束したでしょ? 晴人君は私が最後まで面倒を見るって。私ね、晴人君の為なら、何でも頑張れる気がするの。もし、どうしようもない時は、たまには、私を頼ってくれる……?」
「……あぁ、そうさせてもらうぜ! 須美がいれば百人力ってやつだ! これからもよろしくな!」
「えぇ、こちらこそ!」
ここに来て、ようやく距離が縮まった気がする。須美は内心そう思った。
「(でも、まだちゃんとした形で告白する勇気があるわけじゃない。こういう時、他の2人ならスッと言えそうだけど、私にはまだ当分無理ね……。でも、いつかは、ちゃんと……、好きって、言えるようになりたい)」
目標を新たに、勇者『鷲尾 須美』は、大切な想い人に置いていかれないようにと、全力をもって隣を歩いていく。行き先は晴人の提案で、フードコートで軽食、という事となった。
もうお気づきになるかと思われるが、各3組が道中でイベントを挟みつつも、昼休憩を区切りに出向いた先でどうなるかは、おおよそ想像がつくだろう。
『……あ』
フードコートの一角にて、ようやくイネスにたどり着いた2人と、映画を観終えてやってきた2人と、ゲームコーナーを堪能した2人が、それぞれ見知った者同士と出くわし、驚きやら困惑やら、様々な表情が溢れ出た。
「な、何でお前らがここに⁉︎」
「そ、それはこっちのセリフだろ⁉︎」
「わぁ〜、オールスター大集合〜!」
「こ、これは、その……」
「これは……、予想外の展開ね」
「……これも銀のトラブル体質が関係してる……わけないか」
結果的に6人全員がイネスに集結し、ここから先は6人で行動する方針が決まった。現在、フードコートでは晴人ら男子組が軽食を買いに、あちこちに出向いており、須美ら女子組は席を確保して待機していた。
「いや〜、まさかお休みの日に全員出揃うとは。こいつは園子が言ってた、勇者は自然に惹かれ合うってのもまんざらじゃなさそうだな!」
「そ、そうね……。(せっかくの2人きりの計画が潰れてしまった気もするけど、これで、良かったかもしれないわ)」
「でもやっぱりだったね〜」
「「何が?」」
「わっしーもミノさんも、ちゃんとデートの計画立ててたって事だよ〜」
これを聞いて恥ずかしくなった2人が抗議しようとするも、あながち趣旨は間違ってはいなかった為、言い返す事は叶わない。
「そ、そういうそのっちは随分と昴君と乗り気だったみたいね」
「園子らしいというか……、羨ましいというか……」
「でもこっちはこっちで失敗だったけど〜……」
テヘヘと苦笑いする園子に、2人も自然と笑みがこぼれる。それから3人はどんな事をして半日を過ごしていたかを話し合い、会話が途切れる事はなかった。
「私は……、どうしても銀やそのっちみたいに、何でも前のめりにものが言える性格じゃないから、まだまだ修行が必要なのかもしれないわ。だから、2人の事もちゃんと見習って、自分なりに頑張ってみようと思うの」
「そっか。あたしも頑張らなきゃな! 巧の隣にいても恥ずかしくないぐらいに、な!」
「すばるんは、夢に向かって頑張ってるんだもん〜。私も、頑張るぞ〜! オー!」
「お互い、勉強も恋も頑張る。そんな所かしらね」
「お、珍しく須美からそんな意見が出るなんて!」
「これは、嵐の予感〜!」
「それどういう事⁉︎」
「おーい! 買ってきたぞ〜!」
と、そこへ晴人達が戻ってきて、6人はテーブルを囲みながら食事にありつく。本当なら2人きりで楽しもうとしていた食事も、やっぱり6人いるだけでこんなにも明るく楽しいものなのか、と改めて実感させられた須美であった。
「あそうだ。この後、みんな予定が無かったら、さっきのゲーセンでやり残した事があるんだけど、いいか?」
晴人が思い出したように呟き、5人に提案したのは、ゲームコーナーに戻る事だった。当然断る理由もなく、食事を終えた6人はゲームコーナーに出向き、プリシーのコーナーへ。そこで記念として6人で写真を撮ろう、という事だった。
無論これも反対する者はおらず、6人は最新の技術を駆使したプリシーで写真を撮り、何かとそういうのに詳しい晴人や銀が主体となって、色々と書き込んでいく。字が書けたりQRコードを使って端末に読み込むと待ち受けに出来たりと、機能の向上性に驚く須美が印象的だったと、晴人は後に語る。
そして出来上がった写真は、現在も晴人達の部屋に飾られている。そこには、6人の勇者、武神の顔に加えて、『ズッ友の証!』と力強く表記されていた。
今回は、『樹海の記憶』の要素も所々含まれていましたが、いかがでしたか?
次回は祭りの回です。+α、勇者や武神に追加される新システムについてもちょこっと。
〜次回予告〜
「どうなってんだよ今年の夏は……」
「くるくる回ってみて〜」
「さすが現役」
「目一杯楽しもうな!」
「たーまやー!」
「友達だよ、私達6人は」
「勇者になって、本当に良かったぜ」
〜夏色の記録〜