結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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遅ればせながら、新年1発目の投稿です。本年度もよろしくお願いいたします。

さて、遂に勇者の章も完結しましたが、とにかく素晴らしいエンドで、とても感動しました! 『神』になるのではなく、『人間』として立ち向かう勇者部の勇姿は、歴代の魔法少女達にも引けを取らないぐらいの圧巻さがありました。

話を元に戻しますが、今回は、須美達が覚醒(?)します。


23:乙女の逆鱗

「……み、須美」

「はっ……」

 

誰かに呼ばれた気がして、ハッとなる須美。時刻は明け方、場所は大赦の内部。

 

「その……。大丈夫、か」

 

最初に声をかけてきたであろう晴人が、須美の肩にそっと手を触れる。須美は答える事なく周りを見て現状を確認する。

目の前には、豪勢な棺が横たわっている。その奥には大量の花……椿を主に、大赦に属する者達の手で備えられている。中央には遺影が飾られており、そこに映る人物は、決して笑顔とは言い難い表情だった。だが、普段から見慣れていただけあって、須美の心をキュッと締め付ける。

 

「わっしー……。もうすぐ、式が始まるって、先生が……。だから、最後に、もう一度……」

 

隣にいた園子がそう言うと、泣きそうになったのか、右腕を失っている昴の体に顔を埋めた。その隣にいた銀は、何も言わずに覇気のない表情を浮かべている。

晴人に背中を押されて、一歩前に出る須美。棺の中には、安らかな顔で永遠の眠りについている少年が横たわっている。彼は最後まで挫けずに命を燃やして、3体のバーテックスを仲間と共に撃破した。聞くところによれば、命を落としかけていた銀を助けて逃したそうだ。それだけ、彼女の事を想っていたのだろう。彼の存在がどれだけ大きかったか、もう遅いかもしれないが、分かった気がする。

 

「……」

 

須美は、棺の中で眠る少年の名を小さく呟き、その手を握る。冷たかった。

ついこの間まで、一緒に遊んで、戦ってきた仲間。

須美の目頭に、熱いものが込み上げてきた。一旦後方に目を向けると、勇者、武神の親族が見える。皆、表情は暗い。銀の弟である鉄男が、父親に肩を掴まれながら何かを叫んでいるが、耳に入ってこない。

時の流れは、残酷だ。もう間も無くだ。

『鳴沢 巧』との、最後の別れが来るのは。

 

「……っ、違う……! こんなの、これは……! これは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッハ!」

 

跳ね起きるように上半身を起こした須美。全身が汗で濡れており、寝巻きが肌に張り付いていて気持ち悪い。呼吸を整えてから、再度辺りを見渡す。見慣れた寝室だ。時計に目をやる。普段よりもずっと遅い起床だった。いつもなら日課である水浴びをとっくに終えて、朝食を作る頃だ。学校の支度もする必要がある。が、今日に限ってはその必要はない事を思い出す。

それにしても酷い夢を見たものだ、と心の中で呟く須美。

 

「……そうよ。これは、夢。巧君は、まだ、いなくなったわけじゃない……!」

 

あえて声に出す事で、荒ぶった気を落ち着かせた。そして、改めて昨日の出来事を思い出す。

樹海化が解けた後も、少女達は傷つき倒れた少年達を涙ながらに抱きしめ続けた。そこへ安芸や源道を初めとした大赦の面々が駆けつけてきて、何があったのか、と質問を受けたのだが、錯乱していた須美に答える余裕がなかった。その代わりに応えたのが園子であり、彼女は昴を抱えながらも、お役目の経緯や、あれから何分経ったかなどの症状を正確に伝えて、あとは救急車が来るまでの間、昴に力強く語り続けていた。

想い人が重傷を負って気が動転していてもおかしくないのに、それでも勇者の隊長として、彼女は冷静に対応していた。やはり彼女にはリーダーとしての資質が備わっているのだ、と改めて思い知らされる。

救急車に運び込まれるまでの間、腹から血を流しながらも、須美の事を気にかけていた晴人の表情を思い出し、拳が強く握られた。その表情には、悔しさ以外に似つかわしいものはない。あの時、前線で戦っていた晴人達はまだしも、後方にいた自分が第三者の存在に気づいていれば、ここまで深手を負うような戦いには至らなかったはずだ。リーダーでなくても、もっと自分がしっかりしていれば、今までの鍛錬で培ってきたように、連携して戦えたのではないか。

 

「どうして、こんな事に……!」

 

言い出したらキリがない。須美は寝室を出て、使用人や家族に挨拶をしてから、遅めの朝食を摂り、そして白装束に着替えると、井戸に真っ直ぐと向かっていった。外に出ると、昨日と打って変わって曇天が四国の空を覆い尽くしているのが分かる。もうすぐ、大ぶりの雨が来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「市川 晴人君、神奈月 昴君、そして鳴沢 巧君は、昨日の遠足が終了した直後にあったお役目の中で、深い傷を負い、病院に運ばれました。また、他にもお役目を務めている鷲尾 須美さん、乃木 園子さん、三ノ輪 銀さんも大事をとって、今日は学校をお休みさせています」

 

楽しかった校外学習から一夜明けた朝の6年1組に、担任である安芸の口から、そんな連絡事項が伝えられた。曇り空ではあったものの、朝の学活前までは楽しそうに遠足の思い出を語り合っていたクラスメイト達は、息をするのを忘れるほどに表情が固まっていた。現在、教室には勇者や武神として選ばれた6人の姿はない。いつもギリギリに教室に飛び込んでくる銀ならともかく、普段から早く席についている須美や昴の姿がない事を疑問に思っていた一同は、ようやくその理由を悟った。

一人ひとりの顔色を伺いながらも、安芸はありのままの現状を包み隠さず口にした。

 

「病院の方には、昨日から体育教諭の源道先生が付き添っており、今朝の報告の段階では、市川君と神奈月君は迅速な処置もあって、意識もはっきりしており、回復に向かっているとの事です。……ですが、鳴沢君に関しては、意識不明の重体に陥っており、依存として予断を許さない状況下にあるそうです。今日明日が山場だそうで、このまま意識が戻らなければ、最悪の場合……」

 

それを耳にした途端、教室内を騒めきが支配する。中には泣き出す女子達も出てきた。

神樹様にまつわるお役目の種類は様々で、中には大変厳しいものも存在する。晴人達が担うお役目もその一つで、神樹館小学校に通う生徒達はその事を周知していた。だがそれでも、級友達が大怪我を負って、しかもそのうちの1人は最悪の場合、もう2度と言葉を交わす事も出来なくなる、となれば、気が気でない。

昨日の遠足を経て、それまで距離を置いていた巧の意外な一面を見てから、仲良くなろうと決めていた生徒達は多数いたようだ。女子の間でも想いを寄せようとした者もいるらしい。そんな彼が、突然いなくなってしまうかもしれない、という事実を前に、動揺を隠せない生徒達。

段々とザワつきがエスカレートする中、安芸が冷静に生徒達を静粛させてから、こう述べた。

 

「皆さんのお気持ちはよく分かります。ですが、まだ彼が亡くなったわけではありません。私達に出来る事は、彼の意識が戻って、再び私達の前に帰ってくる事を願うだけです」

 

巧の無事を願う。それしか、今の自分に出来る事はない。その現実は担任である安芸にとっても、自分の無力さを痛感する事に他ならない。だがそれでも、彼女は教師として、生徒達に感情をなるべく押し殺して告げる。

 

「祈りましょう、神樹様に。私達の祈りがこの世界の恵みである神樹様に届いた時、きっと鳴沢君は戻ってくるはずです」

 

生徒達の表情を見るに、全員が納得したとは思えない。が、一応は分かってくれたのだろう。誰1人として物言いする事はなかった。

それから安芸は、病院に行って様子を見に行く為に、この後の授業を他クラスの先生に任せる事を連絡し終えて、教室を後にした。戸を閉めてから、窓の外に目をやる安芸。湿った空気が廊下に漂う。本格的に降る前に、早めに学校を出た方が良いと考え、歩調を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……様。お嬢様」

「……ッ!」

 

曇天の下。一心不乱に冷たい水を、傷のついたその体に浴び続けていた為、後方からの使用人の呼びかけに遅れた。加えて表情を険しくしたまま反動的に振り返ってしまった為、使用人からしてみれば、邪魔されて怒っているようにしか捉えられない。強張った表情の使用人を見て、我に返った須美は、気持ちを落ち着かせる。

 

「ッ、ごめんなさい……」

「い、いえ……。お嬢様、先ほど乃木様よりお電話が入りました。今から30分後に、乃木様のお車でお迎えにあがられるそうです。三ノ輪様も同席との事です。ですので、奥様から支度をするようにと」

「……分かりました。すぐに着替えて参ります」

 

使用人からタオルを借りて体を拭きながら頷く須美。体にタオルを擦り付ける度に、傷口から沁みるような痛みが走る。

 

「(こんな怪我、晴人君達が受けてきたものと比べたら……!)」

 

昨日、その目に焼き付いてしまった、武神達の痛々しい姿を脳裏にチラつかせながら、歯を食いしばる。

屋敷に戻り、普段着に腕を通して身支度を整え終えた、丁度そのタイミングで外が騒がしくなった。乃木家が所有する車が、鷲尾家に到着したようだ。須美は、両親や使用人と共に外に出た。

待っていたのは、長いリムジン。休養期間中に乃木家で着せ替え遊びをする際に、迎えに来た車よりもずっと長い。三ノ輪家も同席しているという事もあって、多くの人数を収容できるようにしたのだろう。

須美の予想は当たり、乃木家の使用人によって開けられたドアの奥には、見知った顔ぶれの人達が。

 

「……あ、わっしー。おはよう……」

「……おはよう、須美」

「あ、うん……。おはよう……」

 

声色は普段以上に沈んでいるが、須美と同じく当事者である、園子と銀が挨拶を交わした。銀の右腕には包帯が巻かれている。奥には、園子や銀の両親、銀の母親に抱かれている金太郎、そして銀の両親に挟まれた位置に黙って座る鉄男が見えた。

鷲尾家の3人を乗せたリムジンは、すぐさま発進した。目指すは、晴人達が入院している、大赦が管理している大病院。そこへ見舞いに行く事は、昨晩の時点で決まっていた。

重苦しい空気が、リムジン内に漂う。親達が気を利かせて子供達を一箇所に固めているが、会話が始まる気配すらない。近場にいる鉄男も、拳を握りしめて俯いている。金太郎は、朝も早い事もあってか、スヤスヤと寝息を立てている。そんな中で最初に口を開いたのは、園子の父親だった。

 

「今朝、昴君のお兄さんから連絡があって、晴人君と昴君は峠を越したらしい。意識もはっきりしていて、回復に向かっているそうだ。ただ……、巧君は、まだ何とも言えない状態らしい」

 

巧の名が出ると、銀の表情がより一層暗くなった印象を、須美は受けた。園子も、このままではいけないと思ったのか、なるべくいつものような調子で口を開いた。

 

「だ、大丈夫だよ〜。たっくんならきっと、元気に戻ってくるよ。ミノさんと約束したんでしょ? たっくんは嘘つきじゃないのは、私も知ってるし、わっしーもミノさんも、そう思うでしょ?」

「……そう、ね」

「……うん」

 

2人の少女も弱々しく頷く。それで会話は一旦途切れた。しばらくすると、今度は須美の方から会話が始まった。

 

「……私」

「わっしー……?」

「私、晴人君やみんなが、今まで以上に、順調に敵を追い詰めていたのを見てて、先走って勝利に、酔いしれてしまっていた……。だからあの時、敵の奇襲に気づけず、その結果、みんなへの負担が重くなって、それで、あんな怪我を……!」

「……」

「私が……! 私がもっと、しっかりしていれば……! 私だけでも、いつも以上に気を引き締めて、お役目に挑んでいれば、誰もこんな苦しい思いをせずに」

「言うなっ!」

 

須美の嘆きに満ちた呟きは、銀の、腹の底からの怒声によって遮られた。普段の彼女からは似つかわしくないような怒鳴り声を耳にして、須美や園子、そして鉄男も体を震わせた。大人達は、少しばかり驚きこそしたが、黙って成り行きを見守る事に。

 

「もうそれ以上、そんな事言うなよ……! 須美が悪いわけでも、ましてや園子が悪いわけでもない……! もし悪いやつがいるとしたら、それはバーテックスだ! だから、ここにいる誰も、悪くないんだ……! あいつらだって、巧達だって、きっとそう思ってる……!」

 

言い切った銀は、息を整える。辺りが静寂に包まれる中、突然、母親の腕の中で寝ていた金太郎がぐずり泣きを始めた。姉の怒声を聞いて目が覚めたのだろう。

 

「……あぁ、ごめん。母ちゃん、金太郎預かるよ……。……ほ〜らよしよし。急に大声出されて、びっくりしたよな。ゴメンな、金太郎……」

 

銀は慣れた手つきで金太郎を抱き上げてあやし始める。その表情は暗く、なるべく顔を見せないように、その小さな体を密着させた。幸い、金太郎には勘付かれていないようだ。それを見つめながら、須美は

 

「……ごめんなさい」

 

と一言呟いてから、それ以上何も言わなかった。園子も何かを言いたげな雰囲気だったが、黙り込んでしまう。

程なくして、須美達は大病院に到着。事前に話を伺っていたらしく、仮面をつけた人達が外で出迎えていた。彼らに案内される形で院内に入り、しばらく進むと、一つの集団に出くわした。そこには見知った顔ぶれがおり、須美達はすぐに駆け寄った。

 

「晴人君! 昴君!」

「須美! 園子に、銀も! みんな来てたのか……ってて」

「晴人君、無理に体を動かしたら、傷口に触りますよ……」

 

車椅子に乗っていた晴人が驚いた表情を浮かべ、手を振るが、全身に激痛が走る。後で聞いた話によれば、主に射手座の攻撃で左脇腹に穴が空いて、手術の結果、胃の半分が摘出されたらしく、傷口がまだ塞ぎきっていないようだ。それに対し、昴は蟹座の攻撃によって右肘から先が切断されて、右腕に巻かれた包帯には、断面辺りが赤く染まっている。その痛々しい有様を前に、須美達は沈痛な面持ちだった。

「みんな。辛い中、昴達の見舞いに来てくれてありがとう。……と言っても、まだ彼は……」

 

そんな中で声をかけて来たのは、昴の兄である織永だった。自分の弟がお役目で負傷したとあっては、いかに大赦に勤めている身とはいえど、流石に本来の仕事を強要させるほど、組織も落ちぶれてはいないらしい。

 

「皆さんは、これからどちらに?」

「巧君の所に行きたいと、この子達が駄々をこねてまして……。皆さんも、ご一緒にどうですか?」

「そうだね。我々も向かおう」

 

須美の父親と織永の意見が一致し、一同は巧がいる特別病棟へ。入り口付近では、巧の両親と、学校から病院に来ていた安芸と合流した。巧の両親の方は、憔悴仕切った表情で出迎えていた。昨晩から一睡もしていないようだ。

 

「先生……」

「……鳴沢君は、この先にいるわ。みんなで行きましょう。源道先生も待ってるわ」

 

そう言って3人追加で、特別病棟の廊下を歩き始める。道中では、安芸が今後の事を話し始めた。

 

「見ても分かる通り、鳴沢君を初め、市川君も神奈月君も、満足に動ける状態じゃない。怪我が完治するまで、武神達の端末は、大赦側で預からせてもらう事になるわ。……その間、お役目があった場合はあなた達3人で対処してもらう事になる。戦力も激減して個々の負担も大変なものになるけど、この世界を守る為には、もうこれしか……」

「そんな……! それじゃあ、こっからしばらくは、3人だけであいつらと戦わせるって事になるのか⁉︎ そんなの……!」

「は、晴人君落ち着いてください……! 悔しいですけど、今の僕達には……」

 

思わず立ち上がろうとする晴人を、昴が押さえつける。晴人自身も、今の状態では満足に戦えない事は分かっていた。が、これまでの事を考えれば、女子3人であの巨体を相手にするのは、かなり骨が折れる。下手をすれば、自分達以上に負傷し兼ねない。やるせない気持ちで胸が張り裂けそうになり、晴人は車椅子に深く座り直した。

無論、須美ら3人も万が一敵が来たら戦おうとは決めている。いくら最悪の状況下であっても、それで戦えないようでは、彼らが何のために命がけで体を張ったのかも分からなくなる。……それでも、普段通りの事をいつものようにこなせる自信はないが。

足取りが重くなる中、一同は目的地に到着。付いて来ていた仮面の人達は後方に下がり、関係者だけが前に出る事を許される。奥に進んだ先には、腕っ節の強そうな男性が腕組みをしたまま、ガラス張りの部屋をジッと眺めている。彼もまた、十分な睡眠が取れていないのか、覇気が薄れている。

早速晴人が声をかけた。

 

「師匠!」

「! 君達か。須美君達はともかく、2人はまだ安静にしていないと……」

「こういう時だからこそですよ師匠。友達だから、何があってもそばにいてやらないと。それに、隊長としても、やっぱ気になっちゃって……」

「……そうか」

 

1人納得した源道は、窓の先に見えるものを見せるように、スペースを空けて、そこにやってきた面々を通す。

窓の奥には、透明なビニールカーテンで仕切られている空間があり、そこには全身が包帯で巻かれている人の形をしたものが横たわっている。口には自力で呼吸が出来ないらしく、人工呼吸器の管が咥えられており、唯一包帯に包まれていない右目は閉じられている。周囲には医者達がせわしなく動き回っており、緊迫した雰囲気が見て取れる。友人の痛々しい惨状を目の当たりにして、晴人達は息苦しさを感じた。特に銀は、段々と息が荒くなっている。

 

「先生、巧君の容態は……」

「意識もまだ戻る気配がない。それに敵の攻撃で、心臓付近に酷い損傷があるとの事だ。下手をすれば破裂し兼ねない。助かる確率は……五分五分だそうだ」

 

源道の報告に、息を呑む銀。思わず壁を殴りそうになるが、どうにかして理性を堪えるのに手一杯だった。

すると、銀の母親に抱かれていた金太郎が、ガラス張りの窓の向こうに見える巧に向かって手を伸ばし、次第に体ごと巧に向かおうとする。だが哀しいかな、巧に抱きつきたいという思いは、冷たい窓一枚に隔たれてしまい、叶う事はない。窓に手を当てている金太郎は、巧の所に手が届かない事に疑問を抱いているのか、呆然とした表情を浮かべている。その姿に触発されたのか、隣にいた鉄男が口を開いた。

 

「……やだよ巧にーちゃん……! また遊んでくれるって、約束、したのに……! お土産、買ってきてくれるって、約束したから、金太郎の世話、頑張ったのに……! ……神樹様ぁ、巧にーちゃんを、連れてかないで……!」

「鉄男……」

 

遂には泣き出し始める弟を前に、姉もどう接したらいいのか分からない。普段は強気な彼女でも、どうしようもない無力さに苛まれてしまう。

 

「……大丈夫だ」

 

そんな中、晴人が口を開く。

 

「あいつなら、こんな事に負けたりなんかしない。誰よりも気配りのあるあいつが、こんな形で俺達の前からいなくなるわけが、ないんだ……!」

 

そう呟く晴人の目には、巧の無事を信じる信念が見受けられる。無論、須美達もそれを信じている。銀もようやく決心したのか、涙を拭く鉄男の肩に手を乗せる。

 

「そうだな。あたしは、巧を信じてる。あいつなら、絶対戻ってくる……! だからこうして見守ってやるんだ……! 目が覚めた時に、あたしらがいないと、あいつも安心して戻って来れないかもしれないから……!」

 

何があっても、6人一緒なら、きっと乗り越えられる。須美ら5人の勇者達の思いは一つだった。彼が再び目覚める、その時までずっとそばにいてあげよう。そう決意を固める一同。

……だが、そんな想いを踏みにじるかのように、少女達に感じ慣れた違和感が襲いかかる。

 

「!」

「これって〜……!」

「まさか……!」

 

須美、園子、銀の3人が辺りを見渡す。その場にいた家族や安芸、源道、そしていつもなら行動を共にする晴人や昴も、静止していた。変身用の端末を没収されて、神樹の加護を受けられなくなっているからだろう。だがそんな事は、彼女達に関係なかった。

程なくして、周囲の吐息が聞こえなくなった代わりに、鈴の音色が耳に響き渡った。樹海化前の現象であり、バーテックスの襲来を告げる知らせである事は、分かりきっていた。

 

「こんな、時に……!」

「……ッ、何で……!」

 

ついさっき、誓ったはずだった。彼が目覚めるまで、ずっとそばにいてやる、と。そんな時間すらも、敵は踏みにじってきたのだ。

少女達は、無意識のうちに、車椅子に座る晴人、右腕を失った状態で前を見つめている昴、そして治療室にて横たわり、目を閉じている巧の順に顔を向ける。

 

「「「………………ッ!」」」

 

3人の拳が強く握られる。何故、このタイミングでやってきたのか。何故、神樹様の破壊だけに留まらず、そばにいてあげられる時間すら、奪おうとするのか。その想いは、彼女達の中で膨れ上がり、はち切れんとばかりに溜まり、そして……。

 

「「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」」」

 

ある意味で、目覚めさせてはいけないものを、彼女達は生み出したかの如く、吼えた。その咆哮に応えるかのように、菊や青バラ、牡丹の花びらが少女達を勢いよく包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海化された世界は、いつものように厳かな雰囲気を漂わせる。いつもなら大橋の中央で敵を待ち構え、姿を確認するまでは会話を弾ませて緊張をほぐしていた。が、今回の彼女達に、そのような選択肢はない。

 

「「「絶対に、許さない!」」」

 

その思いが強く前に出て、3人は迷う事なく大橋を駆け抜けていった。今までと違って、頼れる先鋭達の姿はない。3人の無垢なる少女だけで世界を守る必要がある。だが、彼女達の中では、『不安』よりも『怒り』が凌駕しており、足が竦む事はない。

 

「! わっしー、ミノさん! 敵が見えたよ!」

 

しばらくすると、前方に巨大なシルエットが確認できた。

 

「すばるん達の分まで、頑張ろう! あの3人なら、敵をやっつけようって、言うよ!」

「うん!」

「他に敵はいない感じか⁉︎」

「今のところは、問題ないわ!」

 

須美が注意深く観察しながらそう叫ぶ。昨日の反省を活かし、周囲に伏兵が潜んでいないかを確認する。

 

「なら、速攻でぶっ倒す!」

 

須美の言葉を受けて、銀はスピードを上げた。須美達の接近に気づいた、『乙女座』をモチーフとした、ピンク色で布切れのようなものが付いている『ヴァルゴ・バーテックス』が、尾の部分から卵のようなものをいくつも飛ばしてきた。

 

「ウォォォォォォォォォォォ!」

 

それに対して須美が吼えながら矢を構え、何本もの矢を装填し、一気に解き放った。一つ一つの矢がミサイルのような音を出して、向かってきた卵型の物体とぶつかった。須美に届く事なく爆発したが、下手に直撃したら命に関わるかもしれない。

 

「それが……どうしたぁ!」

 

だが、銀は臆する事なく両手の斧を振り回して、須美が討ち洩らした卵型爆弾を吹き飛ばす。爆風で元々付いていた傷口が開きかけるが、銀は気にする事なく突進する。

乙女座は布のような部分を振り回して、須美に向かって飛ばしてきた。それを器用にかわした須美に向かって再び爆弾が降り注ぐが、素早く園子が槍を変形させて傘状にして、須美を護った。そして銀と共に、雄叫びをあげながら、爆弾を避けながら武器を持って突撃を試みる。須美は矢を放ち続け、園子は槍で突きを入れ、銀は回転しながら斧で削り取っていく。誰もが体力を消耗し、ただでさえ昨日の戦いで負った傷が開き始め、新たについた傷と共に、指からは血が出ている。

 

「(……でも、晴人君は、あんなにボロボロだったのにもかかわらず、何百倍も頑張って耐えてきた! これしきの事で、私が……!)」

「須美、避けろ!」

 

銀の叫び声を聞いてハッとなったのと同時に、須美の体が天高く舞い上がる。死角からの、布のような部分による攻撃に気づかず、吹き飛ばされたのだ。口から血が吐かれ、落下する須美。それに向かって乙女座はトドメとばかりに布のような部分を突き出してきた。空中では自由に身動きが取れるわけではない。このままでは須美も無事では済まない。

だが、須美の脳裏に晴人の勇ましく戦う姿がよぎった途端、薄れかけた意識が、再び元に戻る。

 

「ヤァっ!」

 

体を捻らせて、体勢を整えると、矢を弓にセットせずに直接手で握りしめる。次に須美は、晴人が薙刀で攻撃を撃ち込むイメージを膨らませる。

 

「これが、晴人君仕込みの根性ってやつよ!」

 

射った矢で敵に有効なダメージが入らないのならば、直接叩き込む。初めて実戦で使った戦法を前に、乙女座も回避が間に合わず、頭の部分に矢が突き刺さって起爆した。

それに奮起して園子が槍を構えて突っ込んできた。が、乙女座も意地とばかりに卵型爆弾を発射させ、園子を翻弄させると、勢いよく布のような部分を叩きつけた。園子は木の根の部分の崩落と共に地面に叩きつけられて、体から血が流れた。

 

「園子!」

 

すぐ近くにいた銀が倒れている園子に声をかける。すると園子は、体を震わせながら、槍を杖代わりにして立ち上がり、こう叫んだ。

 

「いだぐ……ない! こんなの、全然、今の、すばるんや、みんなと、比べれば、こんなの、痛くない!」

 

刹那、明確な敵意を剥き出しにして、乙女座に襲いかかる。なおも抵抗する乙女座は爆弾の雨を降らしたが、園子の槍が盾となり、攻撃を打ち消す。

 

「こんなのすばるんなら!」

「巧なら!」

「晴人くんなら!」

「「「突破する!」」」

 

須美は矢を次々と放ち、一切の隙を与えさせない。銀も斧を握り直して、乙女座に接近戦を挑む。尾から爆弾は生み出され、銀に向かって降り注ぐ。

 

「またそれかぁ! そんなにあたしらに近づかれるのが怖いのかぁ⁉︎」

 

弾き飛ばすように爆弾を薙ぎ払い、乙女座の頭の部分に向かっていく。

 

「ヘラヘラした顔しやがって……! ムカつくんだよぉ!」

 

乙女座の頭部に見える、目のような部分が笑って見えたのが、銀をイラつかせる。斧を振り回して、徐々に削っていく。敵は今までの個体と比べれば進行速度は遅い方だ。が、その分耐久値が高いのか、なかなか後退する気配を見せない。

 

「それなら、根比べするまでよ!」

 

撃退するまで、何度でも攻撃を続ければいい。指の肉が削がれていくような痛みに耐えながら、爆弾を誘爆させていく。

 

「ハァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

上空から園子が槍を振りかざしてきた。が、乙女座も同じ技は通用しない、と言わんばかりに布のような部分を振り回して、園子を弾き飛ばす。それでも体勢を立て直して、槍を握る腕に力を込める。そして頭の部分に降り立つと同時に槍を何度も突き刺した。

 

「……すばるんは、あなた達から、何かを奪ったわけでもないのに……! 世界を守るために、必死に戦ってきたのに……! それなのに、どうして、すばるんの腕を奪ったぁ! 何で、すばるんの夢を潰そうとしたのぉ!」

 

怒号と共に繰り出される連撃。その目尻には水滴が溢れている。

 

「返して……! すばるんの腕を、返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

それが、園子にとって1番の屈辱だったのだろう。夢を見つけ、これからだという時に、必要とされていた腕を、外来からの敵によって、無慈悲にも奪われた。どんなに怒り狂って攻撃しても、彼の右腕が戻ってくる事がない事ぐらい、分かってはいた。それでも、園子は怒りを隠しきれない。

そんな彼女に向かって、布のような部分が落下してくる。園子をはたき落とそうとしているのだ。

 

「そのっち!」

 

須美の叫び声が届いたのか定かではないが、園子が須美の方に向かって降りてくるのが見える。自らの攻撃で傷ついた頭の部分は再生していくのが見えるが、それ以上に、須美の耳に鈍い音が聞こえてきた事に疑問を抱く。

その答えは、そばに降り立った園子の口元にあった。よく見ると、ピンク色の物体を口に咥えており、それを迷う事なく口の中に流し込んだ。次に園子は、苦々しい表情を浮かべる。

 

「……マズい。ちっとも美味しくない……! すばるんの作った料理なんかと、比べ物にならないぐらい、すっごくマズい……!」

 

噛み切れない部分を砕こうと口を動かす園子は、息を荒げながらそう呟く。乙女座の体の一部を噛みちぎって食べたのだ。須美は瞬時に理解する。普通ならバーテックスを食べようなんて発想は思いつかないが、常人よりも先を行く園子なら話は別なのだろうか。いやむしろ、これは武神達を痛めつけたバーテックス達に対する報復にも見える。故に須美は咎めるような事をしない。須美もまた、似たような心情だから。

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

続いて銀が、斧を振りかざして爆弾を切り落としつつ、布のような部分を押し返していた。他の2人と比べてほぼノンストップでラッシュを続けていた、銀の体力の消耗は激しい。それでも、彼女は止まらなかった。彼女の脳は軽くリミッターを外していた為に、疲れを感じていないのだ。

 

「化け物め! あたしらの怒りは、こんなもんで収まると思うなぁ!」

 

飛び上がって体当たりをかますと、乙女座が初めて後ずさった。なおも抵抗してくるものの、銀はお構いなしに跳躍し、頭部に向かってかかと落としを決める。そして先ほどの園子と同様に頭部に足をつけると、思いっきり2つの斧を振り下ろして、削っていった。乙女座が振り解こうと、布のような部分を振り回そうとするが、須美の援護射撃が遮る。

その間に、銀は荒々しく斧を振り下ろす。腕から血が噴き出るが、それさえ気にかけない。ただ、巧を傷つけられたという憎悪だけが、銀の肉体を支配していた。

 

「痛いか……! 苦しいか……! 辛いか……! けどなぁ! 巧達の方が、もっとずっと、痛かったんだぞぉ! 逃げたくても、必死に堪えて、戦ってたんだ! 身体中ボロボロになっても、みんなを守る為に、痛い思いをして戦ってたんだ! お前らも、あいつらが受けてきた苦しみを味わえぇ!」

 

咆哮と共に、銀は飛び上がって、一直線に乙女座へ向かって急降下した。胴体を突き破って出てきた銀の体はボロボロだったが、何のこれしきと言わんばかりに、斧を横一線に振るい、乙女座を吹き飛ばした。

 

「銀、そのっち!」

「うん!」

「あぁ!」

 

須美の合図と同時に、園子と銀は地面を蹴って飛びかかる。普通に考えれば、3人の武神が参加していない分、戦力そのものは半減、或いは3分の1にも満たないぐらいに減ってはいる。それでも彼女達だけでも1体のバーテックスを追い詰めている理由は、単純明快だ。

彼女の中で共通して生まれた感情。即ち『怒り』が、少女達の力を収束させて、ある種の結束を生み出した。その結果、莫大な攻撃力が展開されている。

 

「きーあーいー!」

 

紫色の閃光と共に、乙女座の胴体に穴が空き、

 

「こんじょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

赤い斬撃が、乙女座を切断していく。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

青白い閃光が、乙女座の頭部を貫く。

園子は勢い余って地面を滑り、頭から血が流れるが、体全体に力を込めて、下からすくい上げるように飛び上がる。銀もまた、それに続く形で更に回転を加えて、突撃する。須美は一本の矢に全神経を集中させ、これまでにないぐらいに弓を引く。

 

「「「ウァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」」」

 

3方向から挟み込まれる形で放たれた一撃は、乙女座を木っ端微塵に破壊し尽くした。

煙が晴れると、頭部だけが残っているのが確認できた。一欠片も残さず破壊してやる。銀が足に力を込めると同時に、辺りが明るくなった。花びらが乙女座の頭を包み込もうとしている。鎮花の儀が、始まろうとしているのだ。ようやく敵の撃退に成功した3人。だが、銀だけは納得がいかない表情を浮かべながら前進する。

 

「おい、待てよ……! まだ、終わってないだろ! 逃げるのか! この卑怯者ぉ! 跡形もなく消しとばさなきゃならないんだ……! そいつだけは、絶対に、ぶっ潰すって……! 巧の仇を取る為にも、そいつだけはぁ!」

「ミノさん!」

「銀! ダメ!」

 

両サイドにいた須美と園子が、先に進もうとする銀を押さえつける。

 

「離せよ! まだ戦いは終わって……!」

「銀の気持ちは分かるわ! でも、もう良いのよ……! 敵は、撃退できた! それだけでも、巧君は、満足するわ……! 私達だけで、この世界を、みんなを、守れたんだから……!」

「そうだよ! ミノさん突っ走りすぎて、これ以上怪我なんてしたら、たっくんが悲しむよ!」

「……」

 

それを言われてしまっては、銀も押し黙る他なかった。3人の目の前で、乙女座の頭部は光に包まれてその姿を消した。そして世界は、再び元の姿を取り戻す。

気がつけば、3人は瀬戸大橋記念公園の一角に佇んでいた。今にも雨が降り出しそうな空模様だった。少女達は一気に脱力し、膝をついた。疲労困憊だった。傷だらけではあるが、致命傷を受けたわけではない。それでも戦力が削られていた分、全力を使い果たしてしまい、意識を保つのがやっとだった。3人は互いに声を掛け合って、気をしっかり保とうとする。

 

「……やったね」

「晴人君、見てたかな……」

「見てるさ、きっと……。巧だって……」

 

だが、いかに鍛えられている少女といえど、精神には限界というものがある。

視界が歪み始める。遠くに人の気配を感じたが、それを確かめる間も無く、3人は意識を手放す。天から降り注いできた雨は、少女達の体についた血を次々と洗い流していく。

 

 

 




私から言える事はただ一つ。

……女を怒らせたらアカン、絶対。

なお、園子が乙女座に対してやったやつの元ネタは、皆さんならもちろん分かりますよね?


〜次回予告〜


「みんなが心配するぞ」

「お話が、あります」

「巧……!」

「……訂正するわ」

「その傷……!」

「すばるん達の事も、褒めてあげて……!」

「私達3人じゃなくて、6人で、勇者なんだからぁ……!」


〜6人で勇者〜


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