結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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本年度最後の投稿となります。

今回は決戦回という事で、主題歌『サキワフハナ』の2番の歌詞をイメージしつつ執筆しました。(ただし、『少女』を『少年』に置き換えて)
よろしければ、そちらをお聴きしながら読んでみては?

今回は残酷描写にご注意を。


22:咲き乱れる血潮

「「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」」」

 

3人の武神は、横並びに突き進む。3体のバーテックスを、この世界を脅かす脅威を退ける為に、生きとし生けるものを守る為に。

射手座が下の口から無数の矢を飛ばしてくるのが見えて、晴人の両隣を駆け抜ける巧と昴が距離を詰め、昴は盾を突き出す。バリアが張られ、3人は躊躇なく足を動かす。とはいえ昴の盾だけで全ての攻撃を防ぎきれるわけではなく、バリアの範囲外で足や頬を掠めとる。電気が走ったような痛みを伴うが、それでも彼らは止まらなかった。

光の矢が降り止み、続いて蟹座が反射板の一つを動かして押し潰そうとするが、3人は拡散して回避する。晴人と巧は左右にかわすが、昴は直進してさらに加速。勢いをつけたまま盾を突き出し、蟹座の胴体に向かって体当たりし、蟹座を怯ませる。

 

「ヤァァァァァァァァァァ!」

 

傷口から血が飛び散るが、昴は気に留める事すらない。

蠍座の尾が横手から忍び寄るように飛んできたが、狙われていた晴人は跳躍して回避。

 

「そいつはもう見切ってるぜ! オラァ!」

 

一旦地面に着地してから再度飛び上がり、薙刀を振るって頭の部分にダメージを与えていく。

射手座が再度光の矢を放ってくる。これに対応したのは、自ら回転を加えた巧だった。

 

「ハッ! ハァッ! ハァァァァァッ!」

 

回転しながら腕を振って火炎弾を放ち、矢を相殺させ、その勢いのまま火炎弾を飛ばし続けた結果、射手座本体にも直撃した。

蠍座が上空から鋭利な尾を突き出してきた。晴人を串刺しにするのが狙いのようだが、鍛え上げられた晴人の動体視力の前では無意味に等しい。飛び上がって回避すると、地面に突き刺さった尾を足場にして、そこを登るように駆け上がっていく。そして蠍座の頭を踏み台にして、今度は射手座を上から斬り裂いた。

 

「ダァァァァァァァァァァァァッ!」

 

鋭い一撃が、射手座相手に手応えを感じさせる。だが敵も一筋縄ではいかない。

 

「晴人!」

「!」

 

巧の声とただならぬ気配にハッとなった晴人は横に顔を向ける。同時に巧が接近してバチを振るい、晴人を叩き落とそうとした、蟹座の反射板を逆に叩き返していた。

隙を見て着地した晴人を本能的に要注意人物と判断したのか、降り立ったタイミングで蠍座が尾を振るってきた。

 

「させません!」

 

すかさず昴が晴人の前に出て、盾でガードする。蠍座も負けじと尾を使って防御を削り取ろうとする。昴も腰に力を入れて踏ん張っている。傷口がさらに広がり、血がまた噴き出す。そこへ巧がフォローするかのようにバチで尾を地面に叩きつけた。

怯んだところで晴人と昴は少しだけ後退し、呼吸を整えてから再度前に突き進む。追撃とばかりに光の矢が降り注ぐが、今の晴人や巧が臆する事はない。

 

「いい加減そいつも見飽きたぜ! 巧、せーのでいくぜ!」

「あぁ!」

「「せーのッ!」」

 

矢が地面に降り注ぐよりも早く、2人は駆け抜けて、目の前から迫ってきた蠍座の尾を両端から同時に上へ殴り飛ばす。それにより直線上にいた蟹座の尾に、蠍座の尾が突き刺さって互いの動きを封じた。

 

「(ッシャア! このまま押し切ってやる!)」

 

好機と見た晴人が飛び上がり、蟹座の胴体を駆け登りながら、薙刀を振るって連撃する。

 

「このまま……! 出ていけぇぇぇぇぇぇ!」

 

更に跳躍し、蟹座の頭から真っ二つに引き裂こうと薙刀を振り上げ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイビーの武神が、鈍い音を立てて腹部に穴が空き、真っ赤に染め上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……⁉︎ ウグァッ……⁉︎」

 

一瞬の事で何が自分の身に起きたのか分からなかった晴人が、仰け反って口から血を吐き出しながら目線を下に向ける。見れば、背後から放たれた太い矢が、左脇腹を貫通しているのが見える。射手座が晴人達に気づかれない位置で攻撃を放ったようだ。

 

「! 晴人ぉ!」

「晴人君!」

 

不意打ちを受けて、腹部から血を撒き散らして、緑色の武神服を真っ赤に染め上げる晴人を見て、地上にいた巧と昴が悲痛な声を上げる。

そのまま地面に落下する晴人。だが、無情にも射手座は大ダメージを受けた晴人に更なる鉄槌を下そうとする。下の口が開き、光の矢が無数に発射される。

正面から仕掛けてくるつもりか。巧が火炎弾を飛ばそうとするが、すぐにそれが間違いだと気づく。放たれた矢は、晴人に直接向かわず、蟹座に向かっていく。そしてその矢は蟹座本体だけでなく、その周囲に浮いていた反射板に跳ね返り、あらゆる角度から矢が迫ってきていた。

あの反射板はこの為のものか、と巧が気づいたが、針は真っ直ぐに腹部から血を流している晴人に向かっている。

 

「晴人君、危ない!」

「構えろ!」

 

2人の声を聞き、ハッとなった晴人は自ら回転を加え、腹部から血を迸らせながらも、急所に当たらないように矢を弾き飛ばす。だが傷を負った体で全ての攻撃に対処できるはずもなく、肩や足といった、至る所を貫通して血が流れた。

と、今度は蠍座が、蟹座の胴体から抜いた尾で、晴人を地面に叩きつけた。

 

「ガブァッ……⁉︎」

 

地面にクレーターを作り、体内の空気が口から外に漏れだす。たちまち、全身に抑えきれないほどの痛みが駆け巡り、真下の地面に一際大きな血だまりを作り出す。頭を大きく揺さぶられ、冗談抜きに意識が飛びかけた。

反撃にしてはあまりにも酷い一撃をくらい続けた晴人を見て、言葉を失う2人。晴人は起き上がろうとするも、意識が朦朧として足に力が入らない。そんな彼に向かって、蠍座は息の根を止めようと、鋭い尾を上から突きつけて、晴人に突き刺そうとするのが見えた。

 

「! 晴人君!」

「昴!」

 

もう見ていられない。昴は頭で理解するよりも早く駆け出していた。

 

「晴人君を、僕達の隊長を、いじめるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

蠍座の尾が襲いかかるのと、昴が晴人の真上にたどり着いたのはほぼ同時。盾を上に向かって突き出し、蠍座の攻撃を受け止める。

 

「ウッ、グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」

 

ここまで蓄積されたダメージが災いして、ゴーグル越しに視界が歪み始める昴。押し潰されるのも時間の問題だ。

 

「それでも……!」

 

それでも、昴に『諦める』という選択肢はなかった。腰に力を入れて、敵の攻撃が止むまで踏ん張り続けようとする。

しかし。意識が蠍座だけに向けられてしまっていたからこそ、気づかなかった。すでに横手から新たな脅威が忍び寄っている事に。

 

「!」

 

昴が認識できた時には、蟹座の尾についた、大きなハサミが口を大きく開けて迫ってきていた。その距離、僅か数十センチ。そのハサミは、晴人ではなく昴の、盾を構える右腕に向けられている。

バリアの範囲外からの攻撃だ。昴は反射的に右腕を逸らし、ハサミから少しでも距離を置こうとするが、時すでに遅し。ハサミの口が閉じられ、新たな鮮血が飛び散ったのを、巧は見逃さなかった。

 

「ウッ、ウァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ⁉︎」

 

痛みに負けて絶叫する昴。そうなるのも無理はない。昴の右腕が、ハサミによって切断されかけたのだから。辛うじて肉と皮で繋がっているのが確認できるが、切断された傷口から血が噴き出て、オレンジ色の武神服が真っ赤に染め上げられた。切断された時の衝撃波で昴だけでなく、倒れていた晴人も巧の所へ吹き飛ばされた。

 

「晴人、昴!」

「ハァッ、ハァッ……! アグッ……、ッゥ……!」

「す、昴……!」

 

ようやく意識が戻った晴人も、昴の惨状に息がつまる。まだ完全に切り離されたわけではないが、これではどれだけ腕に力を込めても神経回路が切断されている以上、盾を構える事すら難しい。皮膚が引っ張られるような痛みが全身に行き渡り、その場でのたうち回る昴。

武神達だけでなく、勇者達の護衛の為に使ってきた盾を構えるのに必要な右腕が、美味しい料理を振る舞うのに必要な右腕が、ほぼ使い物にならなくなる。巧は怒りを覚えて、全身が熱くなる。

バーテックス達の猛追はまだ終わらない。射手座が光の矢を3人に向けて降り注ぐ。

 

「! ウォォォォォォォォォォォ!」

 

カッとなった巧は2人の前に立ち、両手のバチを一心不乱に振った。先端の玉から炎が吹き荒れて、壁となって矢を焼き払う。

その直後、前方からただならぬ殺気を感じる巧。気がついた時には、炎の壁を貫通して、蠍座の鋭利な尾が視界に飛び込んできた。

 

「!」

 

回避は、間に合わない。刃のように鋭い蠍座の尾は、予想以上に速く、力強い。尾は下からすくい上げるように襲いかかり、巧がガードするよりも早く振り払われた。

 

「ガッ……⁉︎」

 

顔の左側に熱を感じ、視界が狭くなった。尾が巧の左目を抉り取り、血しぶきが舞い上がった。赤色の武神服の上から更に真紅の液体が降り注ぐ。

巧は意地とばかりにバチを振るい、蠍座の尾を退けた。が、血を流しすぎたのか、潰れた左目を抑えながら、片膝をついて息を荒げ始める。

アイビー、椿、ガーベラ。3つの花の花弁が、血色となって地面に降り積もっていた。そんな花達を前にして、3体のバーテックスは脅威的な回復力を見せて、進軍を始める。先ほどまでの威勢はどうした、と嘲笑うかのように、血染めの花達を見下している。

朦朧とする意識の中、晴人は霞かかったバーテックス達を睨みつける。

 

「(こいつらが、神樹様に、たどり着いて、壊したりしたら、俺達の世界は……、みんなは……!)」

 

晴人だけでなく、巧と昴も同じ思いだった。各々の両親や晴人の祖母、織永、鉄男、金太郎、安芸先生、源道先生、クラスメイト、その他諸々……。

そして、晴人は須美の、巧は銀の、昴は園子の笑顔が脳裏によぎり、それがハッキリとイメージされた途端、もう限界に近いはずだった体に力が湧き上がってきた。武神は、神様の集合体である神樹様に限りなく近い性質を持ち、その力は神にも匹敵する。それに加え、守り通したい意地がある事を思い出した3人は、意識がハッキリとしてきた。

そんな事はさせない。絶対に彼女達を失わさせやしない。絶対に誰も死なせない。

 

「……まだ、だぁ……!」

 

晴人が薙刀を杖代わりにして、足腰に力を込めて立ち上がる。同時に、千切れかけている右腕を抑えながら昴が、左目からゆっくりと手を離した巧が、足に力を込めて起き上がろうとしている。

 

「まだ、こんな、ところで、終われるかよぉ……! 巧、昴、立てるか……! まだ、いけるか……!」

「当然、だ……!」

「絶対に……! 諦めない!」

 

3体のバーテックスの進行が止まる。知性を持つ生命体だからこそ、本能的に怯んだのだろう。その鋭い目からは、全くといっていい程、闘志が削がれていないのだから。まだ、勝利にすがろうとしている姿勢が途切れていないから。

バーテックス達の動きがないのをいい事に、3人は息を整えながら小声で話し合った。

 

「これだけ、連携のとれている、相手です……! このまま、まとめて相手にしていては、勝ち目が、ありません……!」

「だったら、向こうが連携してくるなら、俺達も、連携して、一体ずつ倒して、いくしかないって事だな……!」

「一体に3人で、戦力を徐々に削ぎ落としていく、か。こっちの体力が、どこまで保つか分からないが、それで、いくしかないな……!」

 

話し合いの結果、まとめて3体を相手にするのではなく、どれか一体に狙いを集中させ、敵の戦力を削ぎ落としていく方針で固まった。一体ずつ相手にするという事なので、時間はかかる分、体力の低下も懸念される。一か八かの勝負だ。後戻りはできない。

 

「晴人、どいつからやるかは、隊長であるお前が、決めろ」

「……なら、先ずは針を飛ばしてくるやつからだ。アレさえどうにかなれば、不意の攻撃がなくなって、後々楽になるかもな。その次は、ハサミのやつだ。……後、最初のトドメは俺に任せろ!」

「……分かりました!」

「昴も無理するなよ。ヤバそうならすぐに言え。逃がす時間は稼いでやる」

「そうならないように、頑張ります……!」

 

隊長の判断により、標的を射手座に定める。一歩一歩前進する度に、地面に血が滴り落ちる。それでも、彼らは勝利をもぎ取る為に、突き進む。やがて歩幅が大きくなり、3人は同時に足を踏み込んで駆け出した。

咆哮をあげながら向かってくる3人に狙われている射手座は、口から針を発射した。昴が左手で千切れかけている右腕を支えながら、盾を突き出してバリアを展開する。それでも意識が薄れ、フラついて照準が合わず、針を全て防ぎきる事は叶わず、何発かが3人の肩や足を貫き、血を噴きあげる。思わず悲鳴をあげそうになる3人。

 

「帰るんだぁ……! 守るんだぁ……! 生きるんだぁ……!」

 

だが、弱音を吐く者は誰1人としていない。それが気にくわないのか、蠍座が尾を突き出す。これを晴人が薙刀で受け流すように弾き、続けて蟹座のハサミが迫ってくるが、巧がバチを振るって退ける。反射板に跳ね返った針が、巧の肩を貫く。

 

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

肩から血を迸らせながら、巧が両腕に力を込めて、両端に炎を宿すと、思いっきり振りかぶり、巨大な火炎弾を射手座めがけて放った。近場から炎を直に浴びた射手座は怯み、その隙に晴人が巧より前に出て、地響きに近い音を鳴らして足を踏み込む。

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

咆哮と共に、右手に握られていた薙刀を、槍投げの要領で勢いよく射手座に向かって投げつけた。薙刀は横を向いていた射手座の口の部分に命中し、ヒビが入ったのを確認した昴が、更に晴人の前に出る。位置についた昴に向かって晴人が駆け出し、盾を斜め上に向けた昴の上へ飛び上がり、落下して足を盾につける。

 

「今だぁ!」

 

晴人の声を聞いて、右腕に強烈な痛みが走りながらも、気合いと根性で押し上げる昴。昴の盾を踏み台にして飛び上がった晴人は、一気に突き刺さった薙刀まで向かい、それを掴むと全身に力を込める。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ!」

 

そしてその勢いのまま、薙刀を横に振るうと、射手座の全身に亀裂が広がり、横一文字に引き裂かれる。振り切った後は、真っ二つになった射手座が音を立てて砕け散り、落下していく。すると上空が明るくなり、砕かれた射手座の胴体が光に包まれ始めた。鎮花の儀によって、射手座が消滅する事を表しているのだ。

遂に一体、援護射撃型の敵を倒す事に成功。作戦通り戦力を3分の1ほど削った事になる。だが、まだ終わりではない。それが証拠に、やりきった表情を見せて落下する晴人に、蟹座の反射板が迫り、彼を吹き飛ばした。目を見開く昴だが、晴人もギリギリのタイミングで薙刀を突き出して、直撃を避けている。それでも勢いだけは殺しきれず、地面に打ち付けられる晴人。

そして蟹座は標的を昴に変えた。ハサミを振り下ろして叩きつけようとしている。昴は横に飛んで回避するが、元々蟹座の尾に突き刺さっていた針が、昴に襲いかかり、また新たな傷が生まれる。

 

「(どうにかして、あの反射板を攻略しないと、思うように攻めきれない……!)」

「「ハァァァァァァァァァァァァァァァァ!」」

「!」

 

すると、晴人と巧が両サイドから飛び上がり、1枚ずつ確実に6つある反射板を各々の武器で破壊しにかかった。

 

「いけぇ昴!」

「こいつはお前に任せる!」

「! 分かりました!」

 

2人が傷つきながらも作ってくれたチャンス。無駄にするわけにはいかない。

昴は自身の脚力だけで飛び上がり、蟹座よりも上空に向かう。最高度まで上がり、重力に従って下降しようとするのと同時に、他の2人が6つ全ての反射板の破壊に成功する。

上空の風に煽られ、千切れかけている右腕が痛みを伴う。自分の腕の事は彼自身がよく分かっている。後少しでも衝撃を受ければ、右腕は完全に千切れる。だが、それがどうしたと言わんばかりに、昴は盾を突き出す。

 

「(園子ちゃんは、僕の憧れなんだ……! あの子を、必要とする未来を守れるなら、腕の一つや二つ……!)」

 

それに加え、昴はそれまで使う事のなかった左手に拳を作る。

 

「(見ていてください、源道先生……! 先生に伝授してもらった、この一撃で、バーテックスを……!)」

 

蟹座との距離はあと僅か。握られた左手に熱が篭る。感覚的には、雷を宿しているイメージを持って、昴はカッと目を見開く。源道直伝の攻撃を、今こそ発揮する時だ。

 

「雷を……! 握りつぶすようにぃ! やァァァァァァァァァ!」

 

盾が蟹座の胴体に直撃すると同時に、盾を押し出すようにして、左拳を打ち付ける。その勢いは凄まじく、盾は昴の体ごと蟹座の胴体を貫通した。

昴の体が蟹座から出てきたのを見た2人が喜んだのもつかの間、ハッといった表情を浮かべる。昴の全身と、盾が分離している。よく見れば、昴の右肘から先が消えて、血が噴き出ており、空中を舞っている盾には、昴の右腕がしっかりと握られている。蟹座に盾を撃ち込んだ衝撃で、大きく裂けていた右腕が完全に切断されたようだ。

右腕を失ったものの、蟹座の撃破には成功し、同じく鎮花の儀で蟹座の本体は光に包まれて、残像一つ残さず消え去った。

受け身を取らずに落下する昴を、巧が受け止めた。そこへ間髪入れずに蠍座の尾が振り下ろされる。間一髪で回避した巧。地面が抉られ、更にその衝撃で突き刺さっていた針が拡散して、バランスを崩しながらも巧が昴を庇い、体中に針が突き刺さった。

血を吐きながらも、後退して距離を置き、晴人のいる地点までたどり着いてから、昴を下ろした。

 

「あと、一体……! こいつさえ、倒せば……!」

 

だが、晴人の体が不意に沈んで、片膝をつき、腹から血を垂らした。昴も荒く息をたてている。その体にそれ相応の傷を負い続けた事で、2人の体力の限界が近づこうとしているのだ。巧も、動けるだけの気力は残っているものの、体中が悲鳴をあげている。

蠍座が、3人を抹殺しようと迫ってくる。下手に尾の有効範囲に届く距離まで詰められたら、今度こそ尾で貫かれる可能性が高い。

 

「ここが、正念場か……!」

 

巧が己を奮い立たせ、後方にいる2人に声をかけた。

 

「晴人、昴……! ここから先は、俺がケリをつける。俺をやつの懐まで投げ飛ばす為に、力を貸してくれ!」

「! 巧、お前その体で突っ込むつもりかよ⁉︎ 幾ら何でも無茶じゃ……!」

「無茶でも何でも、ここで決めるしかない! 前にも、俺達を信じて特攻したように、今度は、俺を信じてくれ!」

 

2回目のお役目の時、劣勢を打破する為に皆を信じ、危険を顧みず敵のど真ん中に突撃していった事のある晴人。今度は巧が、それと同等の事をやってのけようというのだ。巧の鋭い眼差しを見て、隊長は決心する。

 

「……分かった。絶対に死ぬんじゃないぞ!」

「当たり前だ。約束したからな、銀と」

「なら、僕も、手伝います……!」

「昴⁉︎」

「僕だって、2人の役に立てるのなら……!」

 

ゴーグルにヒビが入り、頭から血を流している昴が偶然にも側に転がっていた、千切れ飛んだ右腕のついた盾を拾い上げ、ヨロヨロと立ち上がる。それに続き、晴人は視界がグラついているのを感じて、自分の左手を口で噛んだ。

 

「〜〜〜ッ!」

 

鋭い痛みが突き刺すが、お陰で意識がハッキリしてきた。

 

「……あの化け物に教えてやろうぜ! 俺達人間の、底力ってやつをさ!」

 

晴人がそう叫び、両サイドの2人が強く頷く。

 

「いくぞぉ!」

 

晴人の号令と同時に駆け出す3人。昴がフラつきながらもしっかりと前を見据え、位置に着く。蠍座も何かを仕掛けてくると警戒して、尾を翻して叩こうとする。それを巧が火炎弾で弾き飛ばすと、突き刺さっていた針が降り注ぎ、晴人の足の甲を貫通する。

 

「ッア!」

「晴人!」

「構うんじゃねぇ! 進め巧!」

 

晴人はそう叫び、足に力を込めて走り出す。一歩進む度に血が滴るが、それでも彼は止まらなかった。

左手に持った盾を上に突き出し、晴人、巧の順でその上に乗ると、昴は己の体に鞭を打って、2人分の体重を乗せて飛び上がった。蠍座の尾がギリギリ届かない範囲に達し、次は盾を蠍座に向ける。常軌を逸した3人の連携に、蠍座は怯んだのか、ジリジリと後退していくのが見える。

 

「お前達には、分からないだろうな……! 俺達の帰る場所を汚そうとする、お前達を追い詰めている、この力の源が……!」

 

巧は全神経を集中させ、バチを持った両手をクロスする。

 

「確かに人1人の力は、お前達と比べれば、ちっぽけだ……! だが、俺達人間が化け物に勝る点は1つ。……それが、『結束』だ! 力を重ねる事で、より大きな力が生まれる! 戦うだけの気力を、作り出せる!」

「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」」

 

仲間の渾身の叫びが、樹海に響き渡る。自分に協力してくれた2人を、仲間である須美や園子、そして支えになってくれた銀を守る為に。

 

「消える前に、しっかりと焼き付けておけぇ!」

「ダァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

晴人が振りかぶった薙刀が、巧の足の裏に直撃。野球のボールの如く、巧の体は弾丸のように蠍座へ直進する。

 

「これが、俺のぉ……! 俺達のぉ!」

 

蠍座が尾を突き出し、巧を正面から貫こうとする。

 

「気合いと……! 根性と……!」

 

対する巧は、自ら回転を加えて、先端の玉から発せられた炎をその身に纏う。傷口が焼けるように熱くなる。だがこの時、巧の中で痛覚はほぼ失われていた。

そして、炎を纏った巧が両腕を広げて、腹の底から叫んだ。

 

「人間の、魂の、叫びダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

雄叫びをあげながら血を流して急降下する、片目を失った巧のその後ろ姿を見て、晴人は血液の色と炎の色を掛け合わせて、『不死鳥』を連想させる。つんざくような耳鳴りは、鳥の鳴き声にも聞こえる。

その視界は、火の鳥と尾が触れた瞬間、凄まじい爆炎によって掻き消され、何も見えなくなる。

その日、樹海化した瀬戸大橋の一角で、一筋の炎が噴き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁のある方へ、ゆっくりとではあるが前に進んでいる、2つの影がある。須美と園子だ。2人の傷は動けるまでには回復し、無事を確認しあった後、この場にいない4人を探す為、痛みを堪えながら前進している。

嫌な予感しかない。須美の不安は、地面についている血痕の数々を目の当たりにする度に増していく。次第に破壊の跡が出てきて、血溜まりも大きくなっている。誰でも良いから、一刻も早く見つけたい一心で、須美は気持ちを奮い立たせて歩き続ける。

 

「! わっしー、あれ!」

 

前方に何かを見つけた園子が指を差し、須美もその跡を辿る。地面を這うように前進する姿が確認できた。紅蓮の服に、牡丹の花型のリボンで結んだ後ろ髪。

2人を安全な場所まで運んでから3体のバーテックスに、無謀にもタイマンを張った三ノ輪 銀に、違いなかった。

 

「銀!」

「ミノさん!」

「! 須美、園子……!」

 

2人の声を聞き、僅かに上半身を浮かせて振り返る銀。その顔は傷だらけで、よく見れば彼女が伝っていった地面にも血が続いている。今の自分達よりもずっと酷い怪我を負っているようだ。2人はすぐに銀を左右から抱える。

 

「ミノさん大丈夫なの⁉︎」

「ちょっと痛いけど……、これくらい、どうって事は……」

「そんなわけないでしょ⁉︎ 大体、自分1人であんな無茶をするなんてどうかしてるわ! もし銀が死んだりしたら、私……!」

「須美……」

「ミノさん。わっしーを泣かせた事もそうだけど、リーダーのOKも取らずに勝手に動くのも良くなかったよ。私も気絶してたから仕方なくだったかもしれないけど。とにかく後で手当てしたら、お説教だよ〜」

「園子……。ゴメン。今日の分の借りを返したくて……。でも、結局心配かけさせちゃった。だから、ゴメン」

 

心の底から反省しているように見受けられる。須美と園子がホッとしたのもつかの間、銀が切羽詰まった表情に切り替わる。

 

「それより、巧達だ! きっとこの先にいるはずだ。早く行かないとヤバいかもしれない……! だって変だろ⁉︎ 敵が3体もいたのに、こんなにも静かなんて……!」

 

銀の言う通り、辺りは静寂に包まれている。戦いは終わったのだろうか。だとすれば急いで3人の生存を確認しなければ。そうして銀を加えた3人の勇者が、痛みの走る体に鞭を打ちながら、ヨロヨロと歩き始めた。道中では2人に支えられながら、銀が1人で戦ってから巧達に助けられるまでの事を話す。

しばらく進むと、辺りが暗くなったような気がした。神樹様から最も遠く離れた、白髪のような根によって構成された地点は分け御霊も少ないためか、薄暗く不気味な雰囲気が漂う。血痕が所々に落ちており、中でも一際大きな痕が3つ。誰かがゴクリと唾を飲み込む。息が荒くなりつつある。

 

「(晴人君、待ってて……! すぐ行くから!)」

「(巧……! 絶対生きてるって信じてるからな!)」

「(すばるん、今助けるからね!)」

 

それぞれが個人の安否を気にかけつつ、前だけを見つめていた。段々と壁のある方に近づきつつある。

 

「! おい、あれ!」

 

銀が前方に何かを見つけた。他の2人も目を凝らすと、黒い影が見えた。人の形をしているようにも見えた。

 

「晴人君達だわ!」

 

ようやく安堵の表情を浮かべる勇者達。不思議と足取りも軽くなり、少しだけペースを上げた。

 

「すばるん達が、追っ払ってくれたんだ〜!」

「凄い、よな……! なぁ須美!」

「えぇ、本当に……! ……ぇ」

 

不意に、須美の表情が一変。他の2人も異変に気付いたのか、穏やかな表情から険しくなる。

先ず確認できたのは、影は2つである事。1番近くに見える影も、その奥に見える影も、立っているのではなく、どちらかといえば蹲っているような格好である事。そして2人の周辺には、血溜まりが出来ている事。

 

「「「……!」」」

 

3人は、ようやく肉眼でも明らかになった目の前の光景に、息を詰まらせた。大半は赤く染められているが、近い方は緑色、もう一方はオレンジ色が微かに覗かせている。その服装が当てはまる人物を、彼女達は知っている。

 

「は、晴人君!」

「すばるん!」

 

須美と園子の悲痛な声が、唖然とする銀の耳に響く。真っ先に須美は晴人の、園子は昴の元へ駆け寄る。

 

「晴人君! ねぇしっかりして⁉︎ 晴人君! 晴人君!」

「ッ! ガハッ……! アゥ……! フゥ……!」

 

蹲っていた晴人を仰向けにして抱き抱えた須美。下に目を向けると、右手で押さえている腹部から、真っ赤な液体が地面に滴り落ちている。右手の隙間からも、血肉らしきものが見えて、須美は卒倒しそうになるが、どうにかして堪えて、必死に彼の名を叫び続けると、晴人は咳き込みながら目を僅かに開いた。口からは依然として血が流れている。

 

「……す、須美……?」

「えぇそうよ!」

「……生きて、たんだな。良、かった……! あれから、見かけて、なかった、からさ……!」

 

痛みに堪えながら、須美の手を弱々しく握る晴人。その時点で、須美の目からは大粒の涙が溢れ出ていた。

 

「酷い、怪我……! こんなに、ボロボロになるまで、戦ってたなんて……! 全部、バーテックスが……!」

「まぁ、な……! ちょっと、手こずったけど、やって、やったぜ……! ……それより、さ。昴は……巧、は、どこに、いるんだ……! あの2人は、大丈夫、なのか……!」

「それは……!」

 

急いで手当てを受けなければ、命に関わるかもしれない。須美が口を開こうとした矢先、昴の様子を診ていた園子が悲鳴を上げた。3人が声のした方に顔を向ける。

 

「す、すばるん!」

 

園子がヒビの入ったゴーグルの奥に見える、目が閉じられている昴の顔から目線を腕に向けて、思わず右腕を掲げる。

右肘から先が、無い。5本の指はなく、血がダラダラと流れているばかりだ。

 

「あ、あぁ……! アァ……ア……!」

 

目を見開き、損傷の激しい右腕を持ち上げる手が震えだす。目の前の現実が受け入れられないようだ。

数時間前まで、絶品だった焼きそばを丁寧にほぐしたり混ぜたりする時に動かしていた右手が、アスレチックで苦戦していた自分がゴールした際に、褒めながら優しく撫でてくれた、温かい手が、そこにはもうない。

 

「ヤダよ、こんなの……! 私、お料理、すばるんから、教えてもらうって、言ったのに……!」

 

切断された右腕を掴みながら、気絶している昴に涙ながらそう語る園子。人を幸せにする料理を作ってきた際に、要でもあった右腕の損失。あの園子でさえ、泣くのを禁じ得ない。

両サイドに倒れていた、2人の武神の凄惨さに言葉を失う銀。やがてハッとなって、彼女にとって最も重要な事を思い出す。

 

「! そうだ巧は⁉︎ あいつも、この近くに……!」

 

見えた。ほんの少し奥に進んだところに、別の人影が。それは立ち尽くしているシルエットにも見える。離れていても、誰のものなのかすぐに分かった。

 

「巧ぃ!」

 

銀は足取り重く、目先の人影に呼びかける。

 

「巧! お前も、頑張ったんだな……! もうすぐ樹海化も解けるし、そしたら、早く病院に行こうよ……!」

 

わざとらしく明るい声色で語りかける銀。返事はない。

 

「それで、お医者さんからOKもらったら、あたしの家に行こうよ……! んでもって、お土産を、鉄男に渡しに行くって……」

 

次々と言葉を投げかけていく銀。巧からの返事は、ない。言葉も段々しぼんでいき、遂には足も止めてしまう。

銀の目の前に広がるのは、全体的に赤い色の背中。まるで世界を滅ぼす敵が引き返して来ないように、壁を睨みつけているかのような姿勢だ。所々破けており、横から吹いてきた風に服が煽られている。彼の武器である2本のバチは足元に転がっている。先端の玉には亀裂が入っていた。

風に乗って、焦げ臭さが鼻にこびりついてくる。よく見れば、立ち尽くしている彼の周囲も焼け野原のように黒ずんでいる。そして彼の体全体も、焦げたような痕が見える。時折、腕の傷口から真下に向かって真っ赤な雫が滴り落ちている。

少年は、燃え尽きた巨木のように、腕を垂らしながら立っていた。

 

「「……」」

 

銀だけでなく、須美と園子も、巧の身に起きた異変に気がつき、言葉を失う。目からまた、川のように流れ落ちる水が、彼女達の服に染み込む。

 

「……おい、嘘だろ? なんか、言ってくれよ……! なぁ……!」

 

掠れた声でそう問いかける銀。何一つ、返ってこない。

 

「答えて、よぉ……! 約束、したじゃん……! 絶対に、6人で、生きて帰るって、約束、したじゃないかよ……!」

「そうよ巧君……! 家に、帰るまでが、遠足だって、言ったじゃない……!」

「お願いだから、返事してよぉ……! たっくん……!」

 

銀に続き、須美と園子も声をかける。まだ、返事は返ってこない。首を振りながら、銀は一歩ずつ近づく。

 

「明日の、休みはさぁ……! 鍛錬が終わったら……! あたしの、とっておきの、イネス、フルコースに、招待するんだ……! みんなで、買い物して、ゲームで一杯遊んで……! みんなで注文した、絶品ジェラート食べ比べて……! 最後は、屋上で景色を眺めて……! ……また6人で、ここにこようって、約束、するんだ……! なのにぃ……! お前がいないなんて、そんなの、そんなのぉ……! 絶対、ヤダァ……!」

 

血のついた右腕を、巧に向かって伸ばす銀。

 

「たく、みぃ……! 迷惑、かけ続けてた事、全部、謝るからさぁ……! なんか言えよぉ! 絶対死なないんじゃ、なかったのかよぉ! あたしの夢を、見届けてくれよぉ! ……答えてくれよぉ! 巧ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

あらん限りの一声で、叫び続ける銀。その目からは、普段流す事のないものが溢れ出ている。

 

「……ッ!」

 

と、その時。立ち尽くしていた巧の体がビクンッ! と一瞬だけ震えた。勇者3人と晴人はそれを見逃さなかった。

口を開けて呆然とする銀の目の前で、前だけを見ていた頭部が、ゆっくりと横に動く。まるで、壊れかけのブリキ人形の如く、ゆっくりとではあるが、こちらに振り向こうとしている。僅かに、呻き声らしきものも耳に聞こえてくる。

 

「た、巧ぃ!」

 

完全に振り返る事を待たずして、銀は駆け出す。怪我もあってか、足がもつれて転ぶが、持ち前の気合いと根性で再び起き上がり、回り込んで巧の正面に立ち、その焼け焦げた両腕をガッチリと掴んだ。

 

「巧! あたしの声が聞こえるか⁉︎ なぁ!」

「……うるさい、ぐらいに、聞こえてる、さ」

 

顔を元に戻して、互いの顔面が向かい合う。銀は息を呑んだ。目の前の顔は、左目の部分が血まみれどころか縦についた傷で、抉れて中の血肉が露わになっていた。

言葉を失う銀を見て、巧は赤い視界の中で、確かに銀の存在を確認した。

 

「銀……だな。生き、てる、な……。お前、も、他の、みんな、も……」

「あぁ生きてる! 巧や、晴人や昴が、守ってくれたんだ!」

 

力強くそう語る銀の言葉を聞き、生まれて初めて見たであろう、血だらけでも満面な笑みを浮かべる巧。

 

「……なら、良い。みんな、が、生きて、る、なら、な」

「でも、巧は……! こんな、瀕死になって……! あたしが無事でも、お前がこんなんじゃ……! 頼むよ……! 死なないで、くれよ……! 死ぬなぁ!」

 

普段の彼女には似つかわしくない、大粒の涙を拭くように、巧は辛うじて動く左手で、なるべく優しく押し付けて、左右に動かす。

 

「……バーカ。言った、だろ……。俺は、そう、簡単、に……、死んで、たまるか、って……な」

「巧ぃ……!」

「……ただ、今回、は、ちょっと……。 頑張り、すぎた、かも、な……。……だから、少し、だけ、……休ませて、くれ。ちょっと、だけ、さ……。休んだ、ら……。……また、お土産、持って、こう……。……や……く、そ……く、……だ」

 

伝えたい事を言い切ったのか、巧は全身から力が抜けて、膝をついて前のめりに倒れこむ。同じく膝をついた銀の右肩に顎が乗り、動かなくなった。その瞳は、どちらも閉じられているが、口元は血が垂れながらも、笑みを浮かべているようにも見えた。

 

「あ、あぁ……! アァ……! た、巧ぃ……! ゥア……!」

 

それぞれが、無垢なる少女が、傷つきながらも、最後の最後まで戦い抜いた少年達を労わるように優しく抱きしめ、同時に、自分の代わりに心身共に深い傷を負わせてしまった事を責めるように、唇を噛み締め、視界も水の中にいる時のように歪んでいく。感情が、ぐちゃぐちゃになっていく。

やがてそれは、声となり、腹の底から泉のように溢れ出す。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ……!」

 

銀を皮切りに、他の2人も続いて張り裂けるような声を発し、まもなく樹海化が解けようとする世界に、哀しくも響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お役目が終了したと同時に、3人の武神のバイタルに異常を感知したとして、学校にいた安芸と源道は、大赦の面々と共に、瀬戸大橋記念公園に直行した。

現場にたどり着いて先ず感じたのは、どこからか聞こえてくる、嗚咽のような音。声からして女の子のようだ。それも異様に大きい。不安な気持ちに駆られた2人は、声のする方へ走っていく。

比較的広い土地まで足を踏み入れて、声のした地点に目を向けた瞬間、2人の教師は目を見開き、足がすくんだ。大の大人でさえ、一歩進むのを躊躇ってしまうほどの光景が、そこにあったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ時の、朱色に染まった空の下。

雑草しか生えていなかったはずの広場に、絨毯のように広がる、生臭くて湿気のある赤い花々。

その上に点々バラバラに乗っているのは、枯れかけた花達を抱きしめながら、ただ叫ぶ事しかままならない、とりとめもなく涙を流す少女達。

少女達は時折、抱きしめている者達の名を叫び続ける。何度泣いても、まだ足りない程に、公園内に、いつまでもそれは轟き続けていた……。

 

 

 




銀が泣くイメージがなかなか湧かず、苦労しました……。

なかなかに衝撃的な結末ではなかったでしょうか? でもこれから良い方向に向けていくにはこれしかなくて……。
これでわすゆの4話辺りが消化された事になり、次回は5話がベースになります。
来年度も変わらぬご愛顧をよろしくお願いいたします。


〜次回予告〜


「どうして、こんな事に……!」

「言うなっ!」

「祈りましょう、神樹様に」

「これが、晴人君仕込みの根性ってやつよぉ!」

「こんなのすばるんなら!」

「巧なら!」

「晴人君なら!」

「突破する!」


〜乙女の逆鱗〜


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