結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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次回が、本年度最後の投稿となります。

そして遂に、運命の歯車が動き出す……!


21:吼えよ、漢よ

「段々この景色も、見慣れてきたな」

 

樹海化した世界の一角、瀬戸大橋の上で、準備体操しながら辺りを見渡し、呑気そうに呟く。当然須美や巧から注意される。

 

「気をつけて銀。そういう時が」

「1番危ない、でしょ? 大丈夫! あたしの服は武神のような、接近戦用に合わせて丈夫に作られてるからさ!」

「だが油断は禁物だ。アスレチックで危うく怪我しそうになったのはどこのどいつだと思ってる?」

「グッ……」

 

巧にそう指摘されて、言葉が詰まる銀。そのやりとりを見て、園子がほんわかな表情を浮かべながら口を開いた。

 

「ミノさん、最近わっしー達に注意されるような事、わざと言ってるみたい〜。あ、でもどちらかといえば、たっくんにされる方が多いかな〜」

「そ、そうか……? まぁ、癖になってきたのは事実かもな、巧や須美に怒られるの」

「勘弁してくれ……。面倒が見切れなくなる」

 

軽く頭を抱えるポーズをとる巧。とはいえ互いにリラックスする為の他愛のない会話としては十分成立した。

やがて、大橋の奥を観察していた昴が声を上げた。

 

「! 敵が見えてきました!」

「来やがったな! ま、今更どんな敵が来ようと俺達なら……」

「え、えぇぇぇぇぇ⁉︎」

「うわっと⁉︎ 何だよ園子⁉︎」

「晴人君、あれを……!」

 

腕を鳴らしながら気合いを注入していた晴人は、突然園子が叫んだ事に驚く。

昴が指差した先に目を向けると、晴人もそこで勇者の隊長が驚いた原因が判明する。

 

「お、おい。見間違いとかじゃなかったらさ。デッカいシルエットが2つ見えるんだけど……」

「残念だけど、見間違いなんて線じゃなさそうね……!」

 

晴人と須美がそう呟くように、向こうからゆっくりと進軍してきたのは、2つの巨体。一つは、『蟹座』をモチーフとした、浮いている6つの反射板と尾に大きな鋏を携えている『キャンサー・バーテックス』。もう一つは、『蠍座』をモチーフとした、やたらと長い尾の先端に鋭利な針が特徴的な『スコーピオン・バーテックス』。

一体だけでも威圧感があるのに、それが2倍ともなれば、さすがの勇者、武神達も一瞬たじろぐ。

 

「そうきたか……!」

「っちゃあ。同時に2体……。そりゃそっか。律儀に一体ずつ来る必要もないしな」

「でも、バーテックスは単独行動が基本と教わってますけどね……」

「これもイレギュラーとしか考えられないな」

「でもまぁ、俺達の手でやっつける事には変わりねぇ! やってやるぜ!」

「そうね。力を合わせれば、2体だろうと大丈夫よ!」

「それな!」

「須美も言うようになったな」

 

巧がそう呟くように、4度目のお役目ともなれば、最初はあたふたしていた須美も場数を踏んだ事で、自分で心を落ち着かせている。

 

「私とミノさんで片方を相手にするから、イッチーとたっくんはもう一方を相手にしてね。すばるんは状況に応じてどちらかの護衛、わっしーは遊撃で後方から援護をお願いね」

「任せてそのっち!」

「全力で支援します!」

「じゃあ、いっくよー!」

「ッシャア! 飛ばしていくぜ!」

「おう!」

「絶対勝つ……!」

 

須美は矢をつがえながら援護射撃をし、それ以外の5人は一斉に2体のバーテックスに向かって駆け出した。蟹座の真下の樹海は侵食を始めており、迅速な勝利が求められる。

先んじて仕掛けてきた、蠍座のウネウネした尾の猛攻には、園子の槍が展開した盾や、昴が手に持つ円型の盾で捌き、その隙に接近攻撃型の3人が突撃を仕掛ける。シンプルだが決まればベストな戦い方だ。

 

「あたしと園子で、気持ち悪い方と戦う! そっちは任せたぞ!」

「どっちの敵も気持ち悪いと思うんですけど⁉︎」

 

昴の叫びに応える事なく、銀は飛び上がって、雷のように振り下ろしてくる蟹座の鋏を足場にして更に跳躍し、頭上から斧を振り下ろす。

 

「ウォォォォォ!」

「ヤァッ!」

 

火花を散らして反射板ごとダメージを与えていく銀。園子もこの隙に槍を元の形に戻して、一気に近づいて下から突き出す。

 

「この敵シンプルでイイね! あたし向けだ!」

「まだまだいくよミノさん!」

「おう!」

 

また、須美の放った矢も的確に蟹座に命中し、後退を余儀なくされる。

 

「ナイス!」

 

銀はダメ押しとばかりに斧を振るい、蟹座のバランスを崩して追撃を行う。

一方、蠍座の足止めに徹していた昴は、自在に動き回る針による攻撃を盾一つで受け止めていた。

 

「(この攻撃、直撃すると危険ですが、僕だって意地があります!)」

「そぉらっ!」

「フンッ!」

 

敵のトリッキーな攻撃を前にしても、昴は臆する事なく踏ん張る。元々バリアの面積は広いので、少しだけ角度を変えれば対処は容易い。晴人と巧も昴に負担ばかりかけさせまいと、挟み込む形で薙刀やバチを奮って斬撃や打撃を与えていく。

銀と園子の援護から、今度は武神達の援護に切り替わった須美は、矢を放って蠍座に命中させ、怯ませた。

 

「! そこだぁ!」

 

矢が命中したところに、晴人が薙刀の刃先をぶつけると、相乗効果で爆発し、蠍座はバランスを崩した。

状況は勇者組、武神組のどちらも、優位に立っているのは間違いない。これまでと違って的確な援護が役に立ち、勝利を確信する須美。

 

「(優勢だわ……! このまま押し切り……⁉︎)」

 

だがそれは、天から降ってきた。

 

「! 上から来るぞ!」

「なっ……⁉︎」

「ヤベェ⁉︎」

「マズい!」

「園子ちゃん!」

「みんな、こっち!」

 

晴人達だけでなく須美も射程範囲に入っているので、園子はとっさに槍を頭上で回転させ、傘がわりとする。昴も強度を上げる為に盾を上に向けてバリアを展開する。他の4人は滑り込む形で、攻撃に当たらないように中に入る。土砂降りのように幾千もの光の矢が降り注ぎ、晴人達は2人が作り上げた防御に守られているが、2体のバーテックスはそのまま直に光の矢を浴びた。

緊急時の対応法を教わっておいて助かった、と思う一方で、正体不明の敵の攻撃を見て困惑を隠せない。

 

「これ広域だよ! 逃げられない〜!」

「何だよこれ……!」

「これもバーテックスの攻撃か……⁉︎ にしても仲間ごとやるかよ普通⁉︎」

「まさか、再生能力を活かして……! だとしたら次は……!」

 

昴がバーテックスの特徴を思い出しながら、皆に逃げるように示唆するが、園子の言う通り、矢の雨を前に逃げるところなどない。

そして昴が恐れていた通り、蠍座が全身を矢で覆われながらも強引に尾を、足止めされている晴人達めがけて横に振るってきた。

 

『!』

 

上空からの攻撃を防ぐだけで手一杯だった彼らに、横からの同時攻撃を防ぐ手立てはなく。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』

 

大勢の悲鳴が樹海に響き、攻撃をまともにくらった6人の体が宙を舞った。

血を吐きながらも空中でバランスを整えようとした昴は、前方に目を向けて、そこで蟹座と蠍座の間から、異形の敵が太い矢を発射しようとしているのが見えた。その軌道は、無防備な晴人に向けられている。

 

「! ダメだ……!」

 

昴は体を捻って晴人に飛びかかる。直後に矢が発射され、矢そのものは晴人に直撃はしなかった。が、盾を構えてバリアを展開する余裕がなかった昴の右腕を掠め取り、血が噴き出た。更に衝撃波をまともに受けて、昴と晴人は、同じく宙を舞っていた巧を巻き込む形で、はるか彼方へと吹き飛ばされてしまった。

一方、銀はすぐに地面に落下したが、須美と園子が、蠍座の針の突き刺さった尾によって地面に叩きつけられ、バウンドしながら全身に傷が生じて血が流れた。

 

「須美、園子!」

 

銀が負傷した2人を見て立ち上がり駆け寄る。道中では姿の見えなくなった3人の武神を見つけ出そうと辺りを見渡すが、どこにも見当たらない。まさかさっきの攻撃で……、といった最悪な予想はすぐさまかき消して、名前を呼んだ。

 

「巧、晴人、昴! 返事してくれ!」

 

そうこうしている間に銀は2人の元にたどり着く。須美の口から呻き声が聞こえ、園子は完全に気絶していた。

 

「大丈夫か⁉︎」

「あいつが、矢を……」

 

辛うじて意識が残っていた須美が、痛みに苦しみ口から血を垂らしながらも、銀の後方に目を向ける。

彼女達の視界に入ったものは、2体に合流する、青白い巨体だった。2つの口が存在する、『射手座』をモチーフにした『サジタリウス・バーテックス』は蟹座と蠍座の間に並んで進軍してくる。初めから、敵は3体で襲ってきたのだ。先ほどの援護射撃は射手座が仕掛けてきたものなのだろう。

銀が睨みつけている間にも、射手座は上部の口を開けて、太い矢を形成。それを銀めがけて放った。避ければ倒れている須美達に直撃する。当然銀は2人を守る為に、両手の斧をクロス状に持ち直して、盾として前に突き出す。

 

「ぐっ……!」

 

さすがに勇者の中で接近戦使用なだけあって、武神には及ばないにしろ、防御力が高い方だった事が功を奏し、後ずさりはしたが、持ち堪える事には成功する。まだ活動可能だ。

とはいえ、このまま何発も受け続ければ銀とて守りきれる自信がない。敵が敵なので、もしも無防備な2人を狙ってきたら、防ぎきれる可能性は低い。ならばここは一旦、2人を安全な場所まで運んだ方が賢明だと思い、銀は依然として姿が見えない3人の武神の行方を気にしつつも、傷ついた2人を両脇に抱えて、滑るように最下層へ下っていった。園子よりも須美の方が重いな、やっぱり熟れた桃2つ分が効いてるな、と場違いな事を考えつつ。

途中で3体のバーテックスが頭上を通り越して進軍していくのが見えた。すぐにでも食い止めたいが、先ずは友達の、身の安全の確保から。ようやく敵の攻撃が届く事がないであろうという距離まで運び終えた銀は、2人の体を刺激しないようにそっと地面に横たわらせた。そして考えた。

 

「巧達がどこにいるのかも分からない以上、動けるのは、あたし1人……か」

「銀……?」

 

須美が彼女の名を呟き、起き上がろうとするが凄まじい痛みが体を駆け巡る。回復するまで時間を要するようだ。それでも無理をして起き上がろうとする須美を、銀は片手で制した。一度、2人の温かい手を握る銀。

 

「ここは、怖くても頑張りどころだろ」

「な、何を……」

 

須美が尋ねるよりも早く、銀は前に出て、それから振り返る。

 

「あたしに任せて、須美と園子は休んどいて。ついでに巧達も探しに行ってくるからさ。終わったら明日の計画立てようよ。あたし的には、鍛錬終わったらイネスフルコース巡りにみんなをご招待したいけどな。無理だったらゴメン」

 

そう言って、銀は笑いながら左手を挙げて左右に振る。いつもの登下校のような気軽さで、2人に『別れの言葉』を告げる。

 

「またね」

 

それだけ言うと、やる気に満ちた表情のまま、敵のいる方角に向かって駆け出した。

 

「銀……。晴人、君……」

 

須美も追いかけようとするが、力が入らなくなり、遂に意識は途絶えて、その場に横たわった。

上層部に着地した銀は、はるか向こうに3体のバーテックスが進軍しているのが確認できた。このままでは神樹様にたどり着いて、世界は終わる。

 

「勇者が逃げたら世界が終わる……。なら、ここは頑張るしかないな……!」

 

勇気を振り絞り、バーテックス達よりも早く駆け抜ける銀。そうしてバーテックス達の前に降り立った銀は、進路を妨害するように、両手に斧を具現化させて、両手を広げる。

 

「随分と前に進んでくれたが……、こっから先は通さない!」

 

銀は斧を使って、地面に線をつけた。それは、彼女が定めたボーダーライン。ここから先は何人たりとも先には行かせないという、意思表示。未だに巧達の安否に不安がよぎる銀だが、いつまでも彼らに頼ってばかりもいられない。

三ノ輪 銀も勇者だ。勇者なら、例えどんな状況であっても、諦めずに立ち向かう。その魂に炎を宿した少女の前に、3体の異形は迫ってくる。一旦深呼吸してから、斧にグッと力を込める。

 

「ここを任せろって言った以上……、責任持たないと、カッコ悪いからね……。いっとくかぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

刹那、牡丹の勇者は弾丸の如く、巨大な鋏を携える蟹座へと突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、晴人ら武神達の方にも動きが。

射手座の攻撃で吹き飛ばされた3人は、須美達からかなり離れた位置まで落下しており、しばらくの間意識が朦朧としていた。ある程度回復したところで隊長が2人の容態を確認する。

 

「巧、昴! 大丈夫か⁉︎」

「あぁ、無事とは言い難いが、まだ動けるぐらいには」

「な、何とか……」

「! 昴、お前その傷……!」

 

晴人が指摘したのは、痩せ我慢をしているような表情を浮かべている、昴の右腕。腕の肉が僅かに抉られており、血が腕を伝っている。

 

「さっきの攻撃か。防御が間に合わなかったんだな」

「大丈夫、です……。この程度の傷ならまだ頑張れます。心配は無用ですよ」

「わ、分かった……。にしても、あの針みたいのは一体……」

「肉眼ではありますが、確かにこの目で確認しました。あれは、2体の更に奥にいたバーテックスの仕業です。あのバーテックスは、状況に応じて様々な大きさの矢で射撃してくるみたいです」

「須美のような、後方支援型ってところか……」

「くっそ……! 味な真似しやがって……! 向こうも数でゴリ押ししてきたようなもんか……!」

 

悔しげに拳を握りしめる晴人。一方で昴は止血しながら唸った。

 

「己の再生能力を活かして、味方からの攻撃を浴びながらも隙が出来た僕達に攻撃する……。恐ろしくも連携のとれた攻撃であるのは間違いありません。バーテックスは、僕達が思っていた以上に遥かに高度な知能を付与しているのかも……」

「俺達武神も、銀みたいな勇者も、回復力は強化されてはいるが、瞬間的に回復するバーテックスと比べてもこっちが遥かに遅い。回復の為の時間に割いていたら、向こうが先に神樹様にたどり着く」

「だったら、なおの事早くあいつらを倒さねぇと!」

 

腕を振るってある程度回復したのを確認し、晴人は薙刀を地面につけて立ち上がる。

 

「とにかく先ずは、須美達と合流しようぜ! それからどうするか考えるっきゃねぇ」

「なら、みんなの位置を確認しましょう!」

 

昴は端末を取り出し、地図を表示する。すると、昴の目が見開いた。

 

「! 大変です! 今、銀ちゃんが1人であの3体のバーテックスに対抗してます!」

「! あのバカ……!」

 

これを聞いた巧が、バッと起き上がって身を翻すと、端末で銀の位置情報を確認しつつ、彼女の元まで木の根を這い上がっていった。

 

「巧君⁉︎」

「俺達も向かうぞ! 先ずは銀を助ける!」

「はい!」

 

慌てる昴に対し、晴人は指示を出して巧の後を追いかけた。地上に出ると、3体のバーテックスの姿が、小さくはあるが確認出来る。その攻撃は遠目でも分かるぐらいに激しく、1人で相手をしている銀に猛追をかけているのだ。

 

「あいつら……!」

 

これ以上負担はかけさせられない。誰1人として仲間を欠けさせたりなどしない。晴人は足に力を込めた。

巧はただひたすらに前だけを目指して駆け抜けている。頭の中には、銀の事しかなかった。バーテックスのステータスは、人間達の想像を遥かに超えている。6人がかりで一体だけでも厄介な敵を、1人で3体分を相手にするのだから、どれほど無謀な戦いか巧ならいざ知らず、無鉄砲の銀にも分かっているはずだ。それでも、彼女は戦う道を選んだ。家族や友人達の平穏な日常を守る事を第一と考える彼女なら、自分を犠牲にしてでもバーテックスを倒すに決まっている。

それが、巧が銀に対する最大の不安要素だった。いつか、銀が本当に命を落としてしまうのでは。誰よりも強く優しい、誰からも好かれる少女が、夢を叶える事なく消え去ってしまうのでは、と。

 

「死なせは、しない……!」

 

だからこそ、鳴沢 巧は止まらない。止まる事などあってはならない。全ては、自分に家族の大切さを教えてくれた、太陽のように明るい少女の笑顔を、夢を、命を守る為に。

その為に、この武神の力を今こそ発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォラァァァァァァァァァァァァァ!」

 

あらん限りの咆哮をあげながら、斧を振るって斬撃を与えていく銀の体には、多数の傷がつけられている。

死角から蠍座の長い尾による攻撃が襲いかかるが、銀はこれを、斧を交差して受け止め、すぐさま胴体に向かって突撃する。中央にいた射手座はなおも援護するように光の矢を射ってきた。ここで動きを止めてしまえば結局は3体に押し込まれる。ならば銀がとる選択肢はただ一つ、前進する事だった。

 

「こんのぉ……! 負けるもんかぁ!」

 

急所に刺さらないように体を捻る程度の回避に徹し、とにかく前へと突き進む。体のあちこちを光の矢が切り刻んでいくが、それでも銀は突進をやめない。蠍座に斧の乱舞を決めて、そのまま蟹座に突撃する。相手も抵抗とばかりに攻撃を仕掛けてくる。避けられそうにないと判断し、致命傷になりそうなもの以外は完全に無視する事に。そうして防御を限りなく捨てる事で、より苛烈な攻めを展開できる。神の力に匹敵する武神にも引けを取らない攻撃力で、敵にダメージを与える事が出来る。

その身に受けるダメージの増加と引き換えに。

 

「勇者は! 気合いと! 根性、だぁ!」

 

血を吐きながらも、激しく吼えながら、2つの斧を振るいながら、踊るように次から次へと攻撃を仕掛ける。

 

「このまま……!」

 

不意に銀の表情が歪む。射手座が放った光の矢が、銀の足を掠め取り、前のめりに倒れかける。加えて目の前の地面が抉り取られ、バランスを崩した銀は目の前から迫ってきた、蠍座の長い尾に叩かれるように体をくの字に曲げて真横に吹き飛ぶ。

 

「グバッ……ガブァ……! ッ、ガハッ……!」

 

無防備な腹への、不意の一撃に加えて背中から太い根に打ち付けられた銀は、冗談抜きに一瞬だけ息が止まり、全身を貫くような痛みに耐えきれず、口から血を吐いた。そして地面に血を滴らせながら、うつ伏せに倒れこんだ。呼吸を整えようとする度に、気道を確保しようと口から血が垂れた。足だけでなく頭や腕からも出血しており、この時点で須美や園子以上に負傷していると言っても過言ではない。

 

「まだ、だ……! まだ、終わっちゃ、いない……! あたしは、まだ……! 戦える! 守るんだ……! みんなを、あたしが……!」

 

なおも必死に立ち上がろうと、腕に力を込める銀。家で帰りを待っている両親や鉄男、金太郎が、生きているこの世界を守りたい。

 

「動、けぇ……! あたしの、足ぃ……! 勇者は、こんな事で、挫ける、もんかぁ……!」

 

今度は傷ついた足に力を込める銀。そんな勇者に、ウイルス達は無慈悲にもトドメを刺そうと、最後まで見下していた。射手座は上の口を開いて太い矢を、蠍座は鋭い尾を、這いつくばる少女に向ける。

ハッと気づいた時には、何の前触れもなく鋭利な一撃が放たれる。この時、銀は自らの死を悟った。

 

「(く、そぉ……! 悔しいけど、これ、もう無理だよな……! 巧……、みんな……、あたし、結構頑張った、よな……)」

 

弟達にも、自分の活躍を聞かせてやりたい。カッコいいと言ってくれるだろうか。今となってはもう、分かる術もない。

 

「(……またね)」

 

つい先ほど、須美に向けてかけた言葉。今度は今まで関わってきた人達全てに向けて送る、最後の言葉。それを呟いた銀は、ゆっくりと目を閉じて、目の前に迫る現実を受け入れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生暖かい液体が、顔に降りかかったような感覚に見舞われたような気がする。いつまでたっても、痛みらしきものは感じられない。あまりに攻めの姿勢になりすぎて痛覚まで麻痺してしまったのだろうか。

否、まだ心臓が動いているのが、感覚的に分かる。死んでいないのか……? だがあの時点で回避は出来ない状況下にあったはず。

目の前で何かが起こっているのだろうか? 不思議と疑問が湧いた銀は、ゆっくりとその目を開ける。ぼんやりとだが、人の形をした何かが立っている。自分と同じ、赤色の花をモチーフとした服装。両手には先端に大きな赤い玉のついた、2本のバチ。そこまで認識したところで、銀は目を見開く。

 

「……ぁ」

「言っただろ? これだから、お前の事は、放っておけないって」

 

そう呟くと、顔だけが銀に向けられる。誰なのか、銀には一目瞭然だった。

 

「たく、み……!」

 

鳴沢 巧。勇者と共にバーテックスと戦う武神の1人であり、銀が密かに気にかけている少年。1人の少女を守るように、立ちはだかっていた。その頬には一筋の傷跡が付いており、血が垂れている。ハッとなって顔についた液体を手で拭き取る。自分のものとは違う血だ。先ほど感じた生暖かい液体は、巧が射手座の放った矢や蠍座の尾の軌道を逸らそうとしてバチをぶつけた結果、矢が巧の頬を掠め取った際に降り注いだものだと考えられる。

 

「あたしを、庇って……」

「お前が気に病む事じゃない」

 

妨害された事で蠍座も、追撃とばかりに尾を振るってくる。銀がハッとなり、巧が身構えていると、巧の前に2人の人影が降り立つ。

 

「ハァッ!」

 

丸い盾を持つ昴が、蠍座の攻撃を受け止めていた。昴の後方では晴人が彼の背中を押して、踏みとどまらせている。

 

「晴人、昴……!」

 

これで銀の目の前に、武神3人が集った事になる。出血は酷いがまだ息はあるのを見る限り、何とか間に合ったと悟り、ホッとする晴人。だが喜んでばかりもいられない。まだ戦いは終わっていない。

 

「巧! 今のうちに銀を! ここは俺と昴で食い止める!」

「根比べ、です……!」

 

2人が蠍座を含め、バーテックス達の攻撃を止めている今が好機だと思った巧は頷くと、銀を傷に触れないように注意を払いながら、抱き抱えて、晴人や昴、バーテックス達の横を通り過ぎて、比較的安全そうな場所へと運んだ。

最下層にたどり着いた巧は、銀をそっと下ろし、怪我の具合を確認する。

 

「派手にやられたな。……にしても、1人であいつらを相手にするなんて、無謀にも程がある。……まぁ、援軍が遅れたのもアレだから、今回は大目に見てやる」

 

後は、俺達に任せろ。

そう告げて背を向ける巧。

 

「ま、待てよ……!」

 

銀が、息を荒げながら手を伸ばして呼び止める。

 

「あいつらは、マジでヤバい……! いくら巧が強いからって、危険過ぎるよ……! 戦うな、なんて言うつもりはないけど、ここまで連れてきてくれたのに、悪いんだけど、あたしも、もう一度連れて行ってくれ……! まともに1発当てる事が出来なくても、斧振りまくって、囮になって、少しでも足止めに徹すれば……! だから……!」

「みんなの平和を守る美少女戦士になるんだろ」

「……え」

 

唐突に巧の口から、ここまでの会話とは何ら脈絡のない言葉が出た。面食らう銀に構わず、巧は声を発し続ける。

 

「鉄男や金太郎が大きくなったら、自分の舎弟にするつもりなんだろ」

「そ、それは……」

「お嫁さんになって、幸せな家庭を持つ。それら全てがお前の、夢なんだろ……!」

 

そこで再び銀の方に向き直り、真っ直ぐと真剣な眼差しをぶつけた。

 

「だったら! 不格好なやり方でもいい! 生きて、その願いを叶え続けろ! 死んだら、それで終わりなんだぞ!」

「……!」

「銀、お前は俺達の世界を守る為なら、自分を犠牲にしても、満足するやつだ。確かに状況によっては、そうするしか道がないかもしれない。俺だってその道を選ぶ事もあるかもしれない。……だが、俺達がいる事を、忘れていないか?」

 

そう言って巧は銀に歩み寄り、顔を近づけると頬についた水滴や血を拭い取る。

 

「お前が宿しているその命は、もうお前だけのものじゃないって事を忘れるな。もちろん、俺の命だってもう、俺だけのものじゃない。それが分かっているから、俺は戦う道を選ぶんだ」

「巧……。でも、やっぱり巧だけにこんな事……!」

 

なおも心配を拭えない銀は、巧があの3体と直に戦うのは危険すぎると告げるが、それに対し巧は、肩をすくめる。

 

「バカだなお前。俺1人で戦うなんて、誰が言った? 俺には、十分すぎるぐらいの仲間がいるだろ」

「……!」

「自分の命の使い方は、自分で決める。誰も死なせない。みんなで、生きて帰るぞ……って、らしくない事言ってしまったが、俺の言いたい事は、分かっただろ」

 

そう言って今度こそバーテックスのいる方に体を向ける巧。

 

「絶対に、守るからな」

 

それだけ呟き、巧は跳躍する。腕を伸ばしたものの、銀はそれを見送る事しか出来ない。段々と姿が薄れていき、完全に見えなくなったところで、銀は拳を握る。

 

「……でも、それでも!」

 

巧が傷つく姿を見たくない。痛みが和らいできたのを確認して、銀は体を引きずるように、ゆっくりと巧が向かった先へと、前進していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「押し返しているのか……?」

 

再び地上に戻った巧が、遠方に見える3体のバーテックスが、先ほどより距離が縮まっているように思えた。晴人と昴が、自分のいない間に奮闘して神樹様に近づけさせないようにしているのか。

巧はさらに加速し、高く飛び上がるとバーテックスの上空から奇襲を仕掛ける。両手のバチの先端に炎を宿し、体を捻らせて火炎弾を降り注ぐ。先ほどの射手座の矢程ではないにしろ、背後からの攻撃を受けてバーテックス達は攻撃を止めた。怯んだ隙に、巧は2人の仲間の元に着地した。

 

「巧!」

「銀ちゃんは⁉︎」

「遠くに置いてきた。これ以上押し返すとさすがに危険だ。それと須美達もマップで確認した限りでは、もっと遠くにいる」

「……なら、この場で押しとどめて、鎮花の儀まで持ち堪えるのがベストですね」

「おうよ! ……にしても巧。結構戻ってくるの遅かったな。銀と何か話してたのか?」

「……まぁ、な」

「プロポーズとか、ですか?」

 

不意に昴が、少しだけ意地悪な質問をする。対する巧は目線を逸らして口を開く。

 

「そ、そんなもんじゃない。……ただ、改めて気づかされた。俺は、あいつの夢を叶えるまで、絶対に死なないってな」

「そっか。巧は銀を守りたいんだな。んで、昴はもちろん園子だよな?」

「ず、随分唐突ですね……。でも、園子ちゃんを守りたいのは、同感です」

「なら俺は、間を取って須美……でもいいかな?」

「お前はそうでなきゃダメだろ」

「どういう意味だよそれ⁉︎」

 

戦場に似つかわしくない笑みが、3人の間で広がる。それから、改めて身構えて、目の前の脅威を再確認する。

 

「現状、動けるのは俺達3人だけ。なら、もう俺達がやる事は分かってるよな」

「あぁ」

「もちろんです!」

 

両サイドの2人が頷き、晴人は薙刀の先端を、ここまで銀や他の勇者2人を苦しめ続けた、蟹座、蠍座、射手座に向かって堂々と叫ぶ。

 

「バーテックスども! 随分と派手にやってくれたなぁ! だがな! こっからはお前らの思い通りになると思うなよ!」

 

その言葉がやつらに届いているかは定かではないが、晴人は続けて、真下の地面に、銀がやったのと同じようにラインを作る。ただし、そこは銀が引いたところよりもずっと前。

 

「こっから先は、絶対に渡らせねぇ! いくぞ、巧、昴!」

「あぁ!」

「はい!」

 

薙刀、バチ、そして盾。3つの武器を携えた3人の武神が、大切な人を守る為に、人類を滅ぼそうとする怪物に、立ち向かう。

 

「須美の運命は!」「銀の運命は!」「園子ちゃんの運命は!」

「「「俺(僕)達が変える!」」」

 

そして、一斉に足を地面に踏み込み、颯爽と駆け出す。

 

「「「俺(僕)達が、守るんだぁ!」」」

 

たった一つ、守りたいものを最後まで守り通す為に、漢達は、前だけを見据える。その先に、何が待っていようとも……。

 

 

 




漢達は戦う。全ては、無垢なる少女達の笑顔を守る為。
男とは元来、『全』よりも『個』を重んじる姿勢がある。そういう生き物なのだ。その強き想いが、無垢なる少年を神の頂に近づかせた。『武神』とは、まさにその象徴とも呼べるのかもしれない。

そして多くの場合、その結末は……。


……つまりは、次回はそれなりのお覚悟を、という事である。


〜次回予告〜


「このまま……出ていけぇぇぇぇぇぇ!」

「……バーカ」

「絶対に……!」

「いっけぇぇぇぇぇぇ!」

「握りつぶすようにぃ!」

「家に、帰るまでが、遠足だって、言ったじゃない……!」

「ヤダよ、こんなの……!」

「これが、俺のぉ……!」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


〜咲き乱れる血潮〜


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