結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
放課後、先生や他の生徒が出払った教室内に、勇者、武神に選ばれた少年少女達の姿があった。銀と巧が黒板消しで綺麗にチョークの粉を拭き取り、園子がクリーナーで洗浄しており、晴人、昴、須美は待機している。
「ありがとね。黒板係の仕事、手伝ってもらって」
「良いって。保健係は普段から楽してもらってるし。なっ、巧」
「否定はしない。事実だしな」
巧も肩を竦めて同意する。すると、後方にいた晴人が口を開いた。
「……まぁその分、須美の並ばせ係ってのは、ビシバシだけどな」
「あら、随分と含みがありそうな言い方ね」
「いやだってさぁ……。『朝礼で私語したらお灸を据える』的な事言ってるし。つーかお灸ってワード自体、滅多に聞かないよな……」
「あ、あはは……」
「お役目には常に全力投球よ」
「(そういう妙に固い所が、みんなから恐れられて近寄られない原因だと気づく日はいつ来るのやら……。多分ないな)」
須美が『お役目』というワードを口にした事で、園子がふと思い出したように呟く。
「お役目といえば、4体目のバーテックス、来ないね」
「言われてみれば……。最後に戦ったのは5月の中旬から下旬にかけての事でしたから……。安定期を含めれば1ヶ月半は経ちますね」
「もうすぐ遠足なんだけどなぁ。その時は来ないでほしいよね」
銀がそうボヤくように、神樹館小学校の6年生には、あと1週間もしないうちに、校外学習改め遠足が待っている。晴人にとっては転入してから初めての、武神としてではなく神樹館小学校の生徒としての大型イベントである為、楽しみで仕方がない。
銀が遠足の話題を口にしたのを皮切りに、今度は須美が話しかけてきた。
「そうそう。その遠足の事なんだけど……」
『?』
「街を離れてしまって、大丈夫なのかしら? 万が一敵が攻めてきたらと思うと……」
「その辺りは問題ないかと。勇者や武神になれば、身体能力の向上で大橋までそれほどかからずに辿り着けますから。もちろん、来てほしくない気持ちは同じですけどね」
「そうだね〜」
「無理に考えすぎてると、何も出来なくなるもんだぞ」
「一理あるわね」
晴人に指摘され、妙に納得してしまう須美。
と、そこへ銀が胸を張って堂々と宣言する。
「まぁ何があってもこの勇者!三ノ輪 銀様が何とかするから!」
「ミノさんカッコいい!」
「……やっぱ放っとけない奴だ。色々と危なっかしい」
「ん? 何か言った、巧?」
「何でもない」
やれやれと言った口調で、銀に対して不安視する巧であった。そんな5人のやり取りを見て、須美も安心した表情を浮かべる。
「そうね。私達6人なら、大丈夫よね! 分かったわ、ありがとう」
そう。6人一緒なら何にでもなれるし、どこまでも高く飛べる。恐れるものなどない。
◼️◼️◼️が、◼️に◼️◼️◼️◼️光景を、その目に焼き付けたあの時までは、ずっと、そう思っていた……。
遠足を前日に控えたこの日。明日に備えて万全の体調を整えておくという名目で、授業は午前中のみとなっていた。勇者、武神達は午後からも鍛錬が実施されるわけだが、遠足の件もあるため、比較的軽めのものを短時間で済ませる事になっている。
「アゥゥ……。手の豆がチクチク痛い〜。今日の鍛錬大変だな〜」
席に座っている園子が、両手についた豆を見せながらそうボヤく。彼女の周りには、須美以外の4人が囲むように立っている。
「それは大変そうだね」
「槍の握り方、変えてみるとか?」
「先生が、変えてもどうにもならないって〜」
「あぁそれ師匠も似たような事言ってたな。俺とか巧も、園子みたいに握ってばかりだし、どうしても癖がつくから、下手に変えるとかえって逆効果なんだってさ」
「そうなんだ〜……」
しょんぼりする園子を見て、昴は慰めるようにその柔らかい髪に手を置いて、軽く撫でた。
「よしよし。痛いのいたいの飛んでけ〜、なんてね」
「エヘヘ〜」
「お、園子嬉しそうじゃん。やるな昴」
「さすが幼馴染み、だな!」
「そ、そんな目で見られると照れますね……」
昴が照れ笑いしていた、その時。
園子の席に、冊子らしき分厚いプリントの束が置かれた。それも5つ。
「みんなには、これを渡しておくわ」
『……え』
冊子を運んで来た須美に一度目を向けてから、改めて積まれている物体を確認する。
「辞書……か?」
「で、でも、今日は国語の授業はなかったはずですよね……? そもそも、今まで辞書を使う機会なんてあるはずが……」
「俺の見間違いかな? 表紙に『旅のしおり』って書かれてる気が……」
「す、須美さん⁉︎ 何スかこれ⁉︎」
「見ての通り、遠足のしおりよ。因みにデータ版は各自の端末に送っておいたから、後で確認する事」
「こ、これわざわざ作ったのか⁉︎」
晴人が素っ頓狂な声をあげながら、冊子を持ち上げた。あまりの比重に、しおりというよりも対バーテックス用の鈍器として使った方が有効的ではないか、と考え込んでしまう巧。
「本当はもっと前に完成して配ろうと思ってたけど、張り切って夜更かししてしまって……。予定よりも随分量が増えたわ」
汗を拭う動作をする須美には、誰1人として目もくれず、しおりをまじまじと見つめる一同。楽しんでいいと思うのは良いが、彼女にそれを言ってしまったのはかえって逆効果だったのでは、と晴人達は頭を抱えた。
「わっしーは、凝り性さんというか、のめり込むタイプだよね〜」
「将来須美の旦那になる奴は、幸せだけど色々と大変そうだな。ま、頑張れよ、晴人」
「何でそういう話になるのよ?」
「そうだぜ。俺にそう言われても、反応に困るぜ」
キョトンとした顔つきでそう語る晴人と須美。
「この三ノ輪 銀のような男がいればなぁ」
「軽薄そうだな」
「それは言わない約束だろ、巧」
「どうだか」
「ウゥ……。最近巧に手玉取られてる気がする……」
「お似合いだね〜」
顔を赤くしながら小声で呟く銀を見て、園子は率直な感想を述べる。
「と、ともかく! このしおりを活用して、遠足の準備をしましょう。遅れると、お灸よ」
「そういうの、どこで売ってんだよ……」
須美が取り出した謎の物体改めお灸(イネス産)を見て、ツッコむのも億劫になりつつある巧であった。
その日の晩。
乃木家の豪勢な食卓には、園子やその両親を初め、神奈月家の面々が食事を楽しんでいた。乃木家と神奈月家は、西暦以前から交流が深い。それもあって、こうして両家が会食する機会も月に何度か設けられており、ちょうどこの日は、乃木家主催の元で飲んだり食ったりを満喫していた。それ故に両家の子息である園子と昴は、いわば兄弟姉妹のように生活を共に送ってきた仲であり、程よい相性が2人の間を紡いできたのは過言ではない。
翌日に遠足を控えている事もあり、須美に言われた通りに準備を進めようと、食堂を後にして、園子の部屋で昴の監修の下で、鞄に色々と詰め込む。
園子の機嫌を損なわない程度に、さほど必要とは思えない小道具類を抜きながら、ほぼ順調に準備を進めていた。
「もう大丈夫だね。これで後は、明日雨が降らないように、神樹様にお祈りするばかりかな」
「ピッカ〜ンと閃いた! それなら、てるてる坊主を作っておくよ〜。それぞれ6人をモデルにして〜」
「そ、それは……。吊るされているわけですから、シュールな気もするような……」
苦笑しつつも、園子に同意しててるてる坊主の作成に取り掛かる昴。不意に園子が昴に話しかける。
「あ、そうだ。明日のお昼って、自分達で作る事になってるんだよね〜」
「そうみたいだね。焼きそばだって聞いてるよ」
「じゃあ! すばるんが腕を振るったご飯が、食べられるって事だよね〜! 嬉しいなぁ〜! 私、すばるんの作るご飯なら何杯でもいけちゃうかも〜!」
「アハハ。嬉しいような、恥ずかしいような……。でも、良い機会ですし、頑張るよ。それに、もうすぐこれも控えてるわけだから」
そう言って昴が端末に、『愛の一品料理コンテスト 応募のお知らせ』というサイトを園子に見せる。
「エントリー開始までまだ1週間近くあるからね。今のうちに腕を磨いて、アイデアを貯めておかないと」
「そっか〜。すばるんもいよいよプロデビューか〜。私、応援するからね!」
「これに出てプロと呼べるようになるにはまだ程遠いけど、自分なりに頑張ってみるよ」
「うんうん! すばるんファイト〜!」
園子は気分が良くなったのか、頬を寄せてくる。昴は少し顔を赤くしながらも、抵抗する事なく寄り添った。
「これで準備OK……かな?」
「須美に報告しておくか」
一方、こちらは三ノ輪家の様子。そこには銀だけでなく、巧の姿もあった。父の日の前に、銀に頼まれて弟達の世話を任された一件以来、鉄男も金太郎もすっかり巧に懐き、いつしか本物の兄のように慕うようになった。巧も2人の弟分の世話が気に入ったのか、頻繁に三ノ輪家に出向くようになった。銀の両親も快く彼の訪問を歓迎し、いつも弟達や長女の世話や面倒を見てくれている事に感謝していた。
いつものように鉄男の遊び相手になっていた巧は、須美に報告しようと、銀と共にメッセージを送る。因みに遠足の準備は銀の家に行く前に済ませていた。
銀:『遠足の準備が終わりましたわ』
巧:『同じく、準備完了』
昴:『こちらも、園子ちゃんと一緒に済ませました』
園子:『まぁ貴方、私もですわ』
晴人:『夫婦コント止めぃ(笑) こっちはあと少しで完了だけど、他に何かいるものとかある?』
須美:『ビニール袋も要りましてよ』
晴人:『須美もかい⁉︎』
ツッコミ係ご苦労、と思いながらも、銀は辺りを見渡す。
「あぁ、何か汚れたもんを入れたり、か……」
「そのカバンだと、須美特製のしおりを入れたらスペースないだろ。俺のならまだ多少余裕があるから、代わりに入れておいてやる」
「そ、そっか……。じゃあ頼むよ巧」
こうして全ての準備を整えた2人。揃って奥の薄暗い部屋でスヤスヤと眠り込んでいる金太郎に顔を向けた。気持ちよさそうに寝息を立てている赤ん坊を見て、銀はすっかりメロメロだ。
「何度見ても可愛い奴だなぁ」
「隙あり!」
突如、鉄男が不意打ちとばかりに人形を使ってその頬にキックをお見舞いした。横に倒れこむ銀を、隣にいた巧が支え、その反動でお返しとばかりに飛びかかる。
「こいつぅ! こんなんじゃ勇者は倒せんぞ〜!」
銀が馬乗りになりながらも、仲良くじゃれ合う2人を見て、巧はフッと笑みを浮かべる。元々、兄弟がいなかった巧にとって、その光景はある種の癒しだった。自分にもこんな弟がいればなぁ、と思っていると、鉄男が話しかけてきた。
「なぁ姉ちゃん。お土産頼むよ!」
「そんな事ばっか覚えて、こいつは……。良いだろう」
「やった〜!」
文句を垂れながらも、心優しい銀は弟の頼みを聞いてあげている。それで気分を良くしたのか、鉄男は更に注文をつける。
「じゃあじゃあ! 巧にーちゃんからもお土産欲しいなぁ! 何でもいいから!」
「お、おい鉄男! お前貪欲過ぎだろ⁉︎ いくらなんでも人様からねだるなんて礼儀が」
「俺は構わないぞ。ちゃんと土産も用意してやる」
「イェーイ!」
「た、巧⁉︎ 別にそこまでしてもらわなくても、あたしからの分で……」
「もちろん家用には別で考えているが、それでもまだ余るだろうし、こういう時ぐらいしか金なんて使わないからな。俺は大丈夫だ」
「そ、そうか……」
「その代わり、俺達がいない間はちゃんと金太郎の面倒を見る事。約束だぞ」
「うん! 巧にーちゃん大好き!」
鉄男は銀の足元から離れて、背中から巧に抱きつく。やれやれと思いつつも、銀は苦笑いを浮かべる。それから今一度、就寝中の金太郎に顔を向けた。
「そろそろ、ハイハイするかなぁ?」
「だな。楽しみだ」
「……あぁ」
2人の会話を聞いて、巧も頷く。
幸せな家族団欒。それなりに今の家族とも距離を近づけた巧ではあるが、三ノ輪家には遠く及ばないだろう。自分にない幸せを、彼女達は感じている。だからこそ、この笑顔を守りたい。巧の決意は固かった。
「あ、そうだ」
不意に銀が端末を開いて、あるサイトを閲覧した。最近ハマっている占い関連のものらしく、明日の運勢を占おうとしているようだ。
「えぇっと、明日の最下位は……。ウゲッ、『蠍座』って」
「姉ちゃんって蠍座だよね?」
「あぁ。……ッチャー。何も遠足の日に限って運勢最悪とか、不幸体質もいいとこだよな」
髪を掻きむしる銀だが、画面を覗き込んだ巧がポツリと呟く。
「なら、俺もか」
「へ?」
「俺も、蠍座だから……」
「そうなの? 巧って何月生まれ?」
「11月」
「じゃああたしと同じじゃん! あたしも11月」
どうやら明日の運勢が悪いのは、銀だけではなかったようだ。
「ま、まぁこういうのって必ずしも当たるわけじゃないだろうし、気にしなけりゃどうって事ないよな!」
「そうだな……っと、来たみたいだな」
外から車の音が聞こえてきたのを確認する巧。迎えの車が来たようだ。
「じゃあ、俺は家に戻る。明日は遅れるなよ」
「分かってるって! じゃあまた明日!」
「ばいばーい!」
銀と鉄男は手を振りながら、巧を玄関で見送った。
巧が使用人に案内されて車に乗り込み、遠くへ見えなくなったところで、改めて占いサイトに目をやる銀。
『いつもより気合いを入れ過ぎて前のめりになるとレッドゾーン! 周りの事にも気を配れるようにしましょう。 そんな貴方に必要なラッキーアイテムは、「想い人」です!』
「やっと終わった……」
須美特製のしおりを再度確認しつつ、必要な荷物をカバンに詰め込んだ晴人は、ぐったりと倒れこむ。腕を伸ばしながらリラックスしていると、手に持っていた端末から電話がかかってきた。上半身を起こして確認すると、相手は須美からだった。
メッセージではなく電話から、というところが気になる晴人だが、出てみる事に。
「もしもし須美?」
『あ、晴人君。ごめんなさいね。こんな夜遅くに』
「そこまで遅くってわけじゃないと思うけど……。で、どしたの?」
『いえ、ちょっとね……。遠足の準備は、もう出来たかしら?』
「おう。ちょうど今終わらせたところ」
『なら良かったわ。まだあなただけ終わらせてなかったみたいだったし』
「気遣いどうも。でも連絡ってそれだけ? ならわざわざ電話じゃなくても」
『いえ、その……。話したいのは、もっと別の事で……』
「何だ?」
『晴人君……。前に、遠足中にバーテックスが来たら、って話があったでしょ?』
「あったね」
晴人が1週間ほど前の事を思い出す。
『あの時は、みんなから大丈夫だって言われて安心しきってたんだけど……。遠足のしおりを作ってるとね、また不安が抑えきれなくなって……。僅かではあるけど、街を離れちゃうわけでしょ? せっかくの楽しいひと時に戦なんて事になったら、私達に支障をきたしそうで、楽しむ気になれなくなっちゃって……。全員に相談するのも気が引けたから、ここは、晴人君に聞いてみたくなって……』
ふぅむ、と頷きながらも、晴人はあっけからんとした回答を呟く。
「あんまり考え過ぎてると、そのうちポッキリいっちゃうぞ」
『えっ?』
「そりゃあバーテックスがいつ来るかなんて分からないし、楽しんでる時に来られるのも嫌だけどさ。考え過ぎててせっかくの楽しい時間が無駄になっちゃうのも、もっと嫌だし。だからさ、デーンと構えてりゃいいんだよ! 何でも前向きに進んでいくのが大切だって、お婆ちゃんも言ってたし」
『晴人君の精神力が眩しいわ……。やっぱり凄いわね、晴人君は』
「ん? 何か言った?」
『い、いえ……! 分かったわ。私も明日を楽しみに待つわ。あんまり張り詰め過ぎてても、体がもたないものね』
「そうそう! 楽しむのが1番だろ」
『そうね。楽しむのが1番ね』
晴人の言葉を復唱する須美。それを聞いて安心したのか、晴人は締めの言葉を口にする。
「んじゃあ、明日は目一杯遊ぼうぜ!」
『そうね。遅れないように早めの就寝を心がけるのよ。遅れたらお灸よ』
「今日一日そればっかじゃん⁉︎ ちゃんと遅れないようにするからさ。またな!」
『今日は、ありがとう、晴人君。気が楽になったわ』
「それはどうも。じゃあな」
そう言って電話を切り、ちょうどそのタイミングで祖母から風呂が空いた事を告げられ、疲れを取ろうと、起き上がってダッシュで洗面所に向かっていった。
一方で、端末の電源を切った須美は、しばらくボーッとしていた。その頬は赤い。
「……晴人君の声って、暖かくて、安心するわね。この調子で、愛国心の強い子に育成するように、頑張るわよ鷲尾 須美!」
自分にそう言い聞かせながら、明日の再確認をする須美。
それぞれの思いが交錯する中、一同は明日に備えていつもより早めの就寝についた。
運命の刻限まで、もうあと僅か。
須美の作ったしおりって、どう考えてもカバンのスペースをほぼ占めて、邪魔でしか無いような……。
〜次回予告〜
「園子ちゃんも十分腕白ですよ」
「何故自分にそんな枷を?」
「好き嫌いはダメですよ」
「これからもダチコーとして、よろしくって事で!」
「家に帰るまでが遠足よ」
「旅の締めは戦い、ってか」
〜運命の日〜