結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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早速次話投稿です。

今回は主要キャラが登場します。


1:転校生、市川 晴人

「ウォォォォォォー!」

 

とある平日の朝。

突然辺りに木霊する叫び声を受けて、歩道に足をつけていた鳥達が一斉に羽ばたく。そんな鳥達に目も暮れず、一陣の風と共に彼らが飛び去った後の歩道を駆け抜ける人の姿が。

さほど気温も高くない朝真っ只中に、汗を流し、腕をブンブンと振りながら全力疾走する少年……『市川 晴人』はランドセルを大きく揺らしながら、とにかく前だけを見て走っていた。

 

「さ、最悪だ……! て、転校初日、から、遅刻とか、ベタな、アニメかっつぅの……!」

 

そう愚痴りながらも、最後に時計を見て確認した時刻を思い返す晴人。

新しい土地での生活が始まって2日目。この日は晴人にとって新しい出会いに満ち溢れる日となる。テンションも上がっており、昨夜はあまり寝れていないが、それでも時間通りには起きれた……と思っていたが、リビングの掛け時計に目をやって、朝8時を過ぎているのを見た時はとにかく焦った。急いで両親が予め用意してくれていた朝食を流し込み、準備を整えてから、丁度リビングにやってきた祖母と入れ違う形で、挨拶もそこそこに、猛ダッシュで新築を後にした。

学校までの行き方はある程度教えられており、決して方向音痴ではないので、ルートを間違えるという事は流石にないだろう。要するに、後は時間との勝負なのだ。

幸い、この地に来るまでの鍛錬のお陰もあって、脚力には自信があり、しばらくは走れるだけの余力はある。このまま気を抜かずに走っていれば、ギリギリ間に合うだろう。晴人は今一度気合いを入れる。

間も無く十字路に差し掛かり、その角を左に曲がるのが正規のルート。曲がり切る為に少し減速し、それでもなるべく早くカーブを曲がり切った瞬間。

少年の目の前に、少女と思しき後ろ姿が。

 

「うぉ……⁉︎」

「きゃ……!」

 

晴人は、少女が背負っていたランドセルに正面からぶつかった衝撃で尻餅をついた。少女の方は、前のめりによろめいたが、どうにかして踏みとどまり、慌てて後ろを向いた。

 

「だ、大丈夫⁉︎」

 

少女がそう尋ねてきたので、晴人は顔を上げる。そこで初めて、少女の顔を確認できた。

澄んだ水色の瞳に、ツヤのある黒い長髪。どこをどう見ても、『美少女』という言葉以外が思いつかないほどに優美な容姿だった。おまけに声も上品な家の子らしさが伺える。

さすがの晴人も一瞬見惚れてしまい、ボーッとしていたが、すぐに我に返って口を開いた。

 

「あ、うん。大丈夫だ。悪りぃな、急に止まれなくて」

「気にしないで。平気だから」

 

うっすらと笑みを浮かべながらそう答える少女。可愛い。それ以外の単語が浮かんでこない晴人。

よく見ると、彼女が着ている制服は、晴人自身のものと同じデザイン。つまり、彼女もこれから晴人が通う事になる学校の生徒という事で間違いなさそうだ。そして唐突にある事を思い出し、慌て始めた。

 

「って、こんな事してる場合じゃないじゃん! 遅刻だよ遅刻!」

「えっ?」

「えっ、じゃなくて! 8時はとっくに過ぎてるし、もうすぐ朝の挨拶があるし、急がねぇと! ほら、あんたも!」

 

そう言って少女の手を掴み、共に駆け出そうとした瞬間、少女が怪訝な表情のまま、首を傾げてこう呟いた。

 

「あ、あの……! まだ朝の学活までは時間があるし、8時は今過ぎたばかりじゃないかしら?」

「……アリ?」

 

今度は晴人が首を傾げる番。困惑する晴人に向かって、少女は取り出したスマホの画面を見せた。そこに表示された時刻は、8時を少し過ぎた辺り。確かに朝の学活まで、まだ時間には余裕がある。

一旦冷静になって考え込む晴人。そこでようやく、昨晩母親から、引っ越しの最中に掛け時計が壊れて、時間が狂っているから注意して、と言われていたのを思い出した。すっかり忘れていた。完全に寝過ごしたと勘違いしていたようだ。そこまで思考が行き着いた時、緊張感から解放された反動や疲れで、ヘナヘナと地面に座り込んだ。

 

「あ、焦ったぁ〜。いきなりやらかしたと思ったぁ……。あぁもう、時計壊れてた事覚えてなかった自分がバカだったなぁ……」

「あ、あの……」

 

少女が急に座り込んだ少年を見て、心配そうに声をかけてきた。晴人もバッとすぐに起き上がり、少女に謝った。

 

「や、ゴメンな。俺の早とちりだった」

「そ、そう。それなら良かったわ」

「いや〜、初日からいきなり遅刻とか、シャレにならねぇと思ってたからさ。まぁ、とりあえずは……」

「初日……? ねぇ、もしかしてあなた、転校生だったりするかしら?」

「あ、あぁ。今日からな」

 

それを聞いて、少女は提案した。

 

「それなら、一緒に行きましょうか? まだこの辺りも不慣れでしょ?」

「お、サンキュー! 助かるぜ!」

 

なんて心優しい子だ。晴人はすっかり感心した。

そうして2人は自然な流れで、並んで歩きながら登校する事にした。道中では軽く自己紹介が行われた。

 

「そういえば、お互いにまだ名乗ってなかったわね。私は鷲尾(わしお) 須美(すみ)

「鷲尾さん、だな。俺は市川 晴人! よろしくな!」

「えぇ、よろしくね。(市川……。随分と格下の家系だったはずだけど、一応は大赦に属しているし、うちの学校にも通えるのね)」

 

少女……鷲尾 須美は晴人の名字を聞いて、心の中でそう呟く。晴人は知る由もないが、須美は大赦に関係する一族の分布をほとんど把握しており、故に市川家がどれほどの地位なのかもすぐに判明できている。

そうこうしているうちに、他の生徒の姿がチラホラと見え始め、これから晴人が通うべき学校の校門の前にたどり着いた。

 

「ここが、神樹館……」

 

晴人は、以前まで通っていた小学校よりも遥かにスケールの大きい『神樹館小学校』を始めて目の当たりにして、思わずそう呟く。

さすがは、この世界の恵みである神樹の名を冠しているだけの事はあり、格式も高く、セキュリティも万全だ。おまけに、ここに通う生徒達の多くは、大赦と何らかの形で関わっている一族の子で、且つ何かしらのお役目を授かっている、と事前に話を聞いていたので、一瞬場違いな所に来てしまったのではないか、と不安を拭いきれない。

それでも、晴人は今回、とても神聖で大事なお役目を担う為に、この地に訪れた。決して恥ずかしがる事はないのだ。

先ずは職員室に出向く手筈になっているので、ここで一旦須美と別れる事になる。別れ際に、須美はこんな事を尋ねてきた。

 

「そういえば、市川君。もうクラスって決まってたりするのかしら?」

「あぁ、6年1組だってさ」

 

すると、須美が驚いた表情を浮かべる。

 

「そうなの! 転入生が来るとは聞いてたけど……。実は私も同じ6年1組よ。これからよろしくね」

「おう! んじゃまた!」

 

晴人は笑いながら手を振って、職員室へと足を運んだ。須美も手を振りながら彼を見送る。

それを見計らっていたかのように、今度は別の女子生徒達が須美の近くに寄ってきた。

 

「鷲尾さんおはよう!」

「おはようございます」

「おはよう! ねぇ鷲尾さん、さっきの子って誰?」

「今日から転入してくる、市川 晴人君よ。さっき出会って、一緒に登校してきたんだけど、私達のクラスに入るそうよ」

 

それを聞いて、何故か安堵する女子生徒達。須美がその様子を不思議に思っていると、女子生徒の1人が口を開く。

 

「そっか。転入生なんだ。てっきり鷲尾さんに恋人でも出来たのかなって思っちゃった」

「え、えぇ⁉︎」

 

さすがに会ってまだ数十分も経ってないのに、それはおかしいではないか。そう思った須美は慌てて弁解して、どうにかして勘違い(?)を阻止できた。

今日は色々と厄介な日になりそうだ。そう思いながら教室へと歩いていく須美。その言葉が、数時間後には現実のものとなろうとは、この時の須美は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、職員室にたどり着いた晴人は、「失礼します」と告げて職員室に入り、6年1組を受け持っている教師の元へやってきた。

眼鏡をかけた女教師が晴人の存在に気付き、声をかけた。

 

「あら、あなたが市川 晴人君ね」

「はい」

「あなたの転入するクラスを担当している安芸(あき)です。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「おっ、来たな!」

 

晴人が頭を下げて挨拶していると、2人の元へ歩み寄る、ガタイの良い、いかにも体育系な男教師の姿が。自分よりも遥かに身長が高く、オオッと驚いていると、男教師は自己紹介を始めた。

 

「市川 晴人君。ようこそ、神樹館小学校へ! 俺は源道(げんどう)。ここの体育教諭を担当している。それと、これから君がお役目として担う、武神の指導並びにサポート役でもある! よろしくな!」

「はい! よろしくお願いします!」

 

男教師……源道の威勢の良さにつられて、晴人の返事も自然と張っていた。その光景に女教師……安芸は苦笑しつつも、朝の学活の時間が迫っている為、源道と共に晴人を教室まで案内した。

道中で、安芸は後ろから付いてくる晴人にこう言った。

 

「もう分かってると思うけど、今回あなたが授かったお役目は、特別なものよ。色々と危険が伴うものだけど、私達も全力でサポートするわ。この世界を守る為に、しっかりと頑張ってちょうだい」

「はい! もちろんです」

「それから、何れはあなたや他の勇者、武神のお役目の事もクラスのみんなに話す時が来ると思うけど、基本的にはご家族や勇者達の親類以外の人達には、くれぐれもお役目の内容は話さないように、注意してね」

「下手に情報を公開してしまうと、無関係な者達にまで、危険や被害が及ぶかもしれん。そこは分かってもらいたい」

「はい!」

 

2人の教師から念を押される晴人。無論晴人も、同じ力を持った者達を除く人々を危険に晒すような事になるのは嫌なので、肝に銘じていた。

途中で源道は、外に出て体育の準備をする為に別れて、2人は『6年1組』と表記されたプレートが建てられている教室の前に立った。先に安芸が教室に入り、出席をとった後、本題に入った。

 

「昨日連絡した通り、今日から私達のクラスメイトになる生徒を紹介します。市川君、入ってきて」

「はーい!」

 

元気よく廊下で返事をし、ドアを開けて教室に足を踏み入れ、ようやく教壇にたどり着こうとした、まさにその瞬間。

ドタドタと足音を立てながら、小柄な人影がもの凄いスピードで滑り込むように教室に入ってきて、晴人の目の前まで迫ってきた。

 

「は、はざーっす!」

「おわっ⁉︎」

 

あまりにも衝撃的な登場の仕方にビックリする晴人。息を切らしながら深呼吸する小柄な少女は、安堵の表情を浮かべる。

 

「あぁ、良かったぁ〜。ま、間に合った」

「三ノ輪 銀さん。間に合ってません」

「痛っ⁉︎」

 

そこへ唐突なツッコミが入った。安芸が少女の頭を手に持っていた出席簿で軽く叩いたのだ。これは安芸が生徒を注意する癖であり、時代が時代なら、体罰問題に発展し兼ねない行為だが、今の時代、過度でなければ体罰は許されているので、何ら問題はない。それが証拠にクラスの皆が、一部を除いてドッと笑う。

叩かれた頭を押さえながら、少女は目の前に見知らぬ少年がいる事に気付き、すぐに思い出したかのように右の拳でポンと左手のひらを叩いた。

 

「あっ! ひょっとして先生の言ってた転校生か⁉︎ あたしは三ノ輪(みのわ) (ぎん)! よろしくな!」

「おう! 俺は市川 晴人! こっちこそよろしく!」

「ヘヘッ! シクヨロってな!」

 

早速クラスメイトの前で握手を交わす2人。するとそこへ。

 

「三ノ輪さん。早く席に着きなさい。それから市川君。まだみんなに自己紹介が済んでないのに、勝手に話を進めないで」

「痛っ⁉︎ だから痛いって!」

 

またしても軽く叩かれる少女……三ノ輪 銀。同時に注意されてハッとなる晴人。2人は恥ずかしそうに定位置についた。その様子を見て、またクラスは笑いに包まれる。「ミノさんは相変わらずだなぁ〜」といった声が飛び交うのを聞いて、どうやらこの銀という少女は遅刻の常習犯だな、と晴人は推測した。

その遅刻常習犯は、着席すると同時に、すぐに周囲の級友に話しかけられた。

 

「ねぇ銀ちゃん。今日は何で遅れたの?」

「いや〜、6年生にもなると色々あるんさ」

「……何だそれ」

 

そうボソッと呟いたのは、銀の隣の席にいた、少し強面な見た目の少年。初見の人からすれば近寄り難い雰囲気を醸し出しているが、銀は気にせずニヤつきながら席に座り、ランドセルを開く。途端に表情が固まった。

 

「……アゥ。教科書、忘れた」

「あはは、銀ちゃん何しに学校来てるの」

 

他のクラスメイトが小声でそうツッコみ、銀がどうしようかと頭を悩ませていると、隣からスッと、1時間目に使う教科書を開いた状態で差し出されるのが見えた。見れば、隣の少年がやれやれといった表情で、自身の教科書を見せていた。

 

「これで我慢しろ」

「おう、サンキューな。鳴沢」

「……フンッ」

 

銀に礼を言われた少年……鳴沢(なるさわ) (たくみ)は鼻を鳴らしてそっぽを向く。

その光景を偶然教壇から見ていた晴人は、ホォッと思いつつも、名前をチョークで黒板に書いた後、自身の自己紹介を始めた。

 

「えぇっと。じゃあ改めて、初めまして! 今日からこのクラスメイトになる市川 晴人です! 色々と訳あってこの街に引っ越してきました! まだこの辺りの事はよく分からないので、後で教えてください! 後、友達を増やしていけるようにしたいです! よろしくお願いします!」

 

自己紹介も終わり、皆からの拍手で迎えられる晴人。

 

「では、市川君の席は……。鷲尾さんの隣ね」

 

案内された席は、偶然にも今朝、初めて神樹館小学校の生徒として話し合った仲の少女の隣だった。その事に内心驚きつつも、言われた通りに席に着く晴人。それから小声で須美に話しかけた。

 

「おっす、鷲尾さん。さっきはありがとな」

「えぇ、偶然ね。隣の席になるなんて」

「ホントに凄い偶然だよな。まぁ、これも何かの縁ってやつだな。よろしく」

「えぇ、こちらこそ」

 

軽く話を終えて、いくつか連絡事項を話し終えた後、神樹館小学校特有の挨拶が始まった。

 

「それじゃあ、今日の日直の人」

「はい」

 

そう言って立ち上がったのは鷲尾 須美。他の面々もそれに続く形で立ち上がり、晴人は安芸の指示で、皆に合わせて朝の挨拶をする事に。

 

「起立。礼。拝」

 

ここまでは、以前までいた学校とほぼ同じ流れだったので、晴人もそれに合わせる。

 

『神樹様のおかげで、今日の私達が在ります』

「神棚に、礼。着席」

 

ここから先は、世界の全てである神樹の名が付いている学校らしさが出ており、感謝の言葉を捧げて、各教室に必ず設けられている神棚にも礼をして、ようやく着席となり、1時間目の授業が始まった。

 

「それじゃあ、教科書を開いてください。晴人君の分はまだ届いていないそうなので、隣にいる鷲尾さんか、神奈月君に見せてもらうようにしてください」

「それじゃあ市川君、これです」

 

そう言われて、晴人に声をかけてきたのは、眼鏡をかけた、少し丸みを帯びた少年だった。

 

「お、おう。サンキュー。えぇっと……」

神奈月(かんなづき) (すばる)です。よろしくお願いします」

「おう。こっちこそよろしく」

 

そんな形で、隣にいた少年……神奈月 昴との挨拶を終えて、授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1週間の時間割の中でも多い道徳の授業を終えて、早速クラスメイトからの質問という名の洗礼を受ける晴人だが、須美の誘導や昴の手助けもあって、各授業の合間の休み時間を使って、どうにか答える事が出来た。時折銀もサポートしてくれており、晴人は改めて皆に感謝した。

昼休みに入り、晴人は抑えきれない好奇心からか、校内の散策を志望した。案内役を買って出てもらったのは昴だった。本当なら須美に案内してもらおうかと思っていたが、須美は他のクラスメイトと比較的温和な過ごし方をしているのを見て、邪魔するのも気が引けたので、代わりに昴に頼んだ。

 

「しっかしアレだな。鷲尾さんって男女関係なく話せてるし、結構みんなから好かれてるって感じだな」

「まぁ、鷲尾さんは男女問わず人気ですからね」

 

昴の話に納得する晴人。会った当初から想定していたが、あれだけ美人なら、クラスの人気者に違いない。そういう意味では、転入してすぐに話せる仲になれたのは、良い出だしだと思った。

 

「それに鷲尾さんは、特に発言権の高い名家の1人娘ですからね。そう言った意味でも、人に惹かれる要素はあるのでしょうね」

「……? 名家って事は、鷲尾さんって結構なお嬢様だったりするのか?」

「あれ? 知らないで話してたんですか? てっきり知ってるものかと……」

「その辺は全然気にしない主義だしな。まぁそもそも俺のトコはそんな有名じゃないし。……ってか、神奈月さんも同じ感じだったりする?」

「まぁ、お恥ずかしながら……」

 

照れる昴を見るに、彼の家もまた、発言権の高い名家のようだ。いくら特別なお役目を担わされているとはいえ、果たしてこれだけ名家揃いのクラスと上手く馴染めるか、少しばかり不安になる晴人。

 

「(……ま、当たって砕けろってな!)」

 

物事を難しく考える事が苦手な晴人はそう自分に言い聞かせた。

そろそろ昼休みも終わる頃なので、2人は教室に戻り、自分の席に着こうとする。

ふと隣に目をやると、須美が座っている隣の席で、鼻提灯を膨らませながら、突っ伏している少女の姿が見えた。

 

「Zzz……。ムニャムニャ……、私の、ベーコン……」

「(この人、さっきから同じ感じで寝てばっかりだったよな……?)」

 

休み時間は決まってシチュエーションの分からない事を言いながら寝ているのを思い出し、少しばかり気になった。

そうやって観察している内に、鼻提灯が割れたと同時に、少女の体がビクンと動き、慌てふためきながら教室じゅうに響き渡る音量で叫んだ。

 

「あわわッ! お母さんごめんなさい!」

「ウォッ⁉︎」

 

それにつられて驚く晴人。シーンと静まり返る教室内で、手を合わせて謝っているポーズをとっていた少女は、我に返ったかのように辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「……はれ? 家じゃない」

「あのね乃木さん。ここは教室で、もうすぐ昼休みが終わる時間よ」

 

冷静なツッコミを入れたのは、自分の席に着こうとしていた須美だった。教室じゅうにドッと笑いが満ち溢れ、少女も「テヘヘ〜」と照れ笑いしながら須美の向こう側に見える晴人の姿を確認して、声をかけた。

 

「市川君、おはよ〜」

「へっ? あ、あぁ、おはよう……」

 

もう随分と時間が経っているはずなのに、朝と変わらない言葉を口にする少女を不思議に思いつつ、反射的に挨拶を返した。

 

「……相手するだけでも面倒だな」

 

これまた冷静なツッコミを入れたのは、ため息をついた巧。その言葉に苦笑しつつも、昴に話しかけた。

 

「えっとさ。あの子は?」

乃木(のぎ) 園子(そのこ)ちゃんです。普段からあんな感じですから、まぁ、慣れるまでの辛抱ですよ……」

「ふーん。そういえば神奈月さんはさ、乃木さんだけは『ちゃん』付けなんだな」

「昔から乃木家と神奈月家は仲が良くて、小さい頃からよく遊んでた仲なんですよ。何せ乃木家は、大赦の中でも特に大きな発言権を有してますからね。神奈月家もその下に就く形でして」

「そっか。色々とあるんだな」

 

1人納得したかのように頷いていると、安芸が教室に入ってきた。昼休み明けの最初の授業が始まるようだ。これを含めてあと2コマ分の授業を受けて、小学校での1日は終わる。

 

「(んでその後は、訓練が入ってるって話だったな。そろそろ合同訓練があるって話だし、早いとこ誰が仲間なのか把握しとかないと……)」

 

そう思いながら、神棚に礼をして、須美の「着席」という言葉を受けて、晴人は席に着こうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……不意に、空気が一変したような感覚を覚えた晴人は、思わず顔を見上げた。それまで聞こえていた、椅子を引きずる音や微かに聞こえていた話し声も、耳に入ってこない。そればかりか……。

 

「……あれ? おーい、もしもーし」

 

晴人の見間違いでなければ、斜め前にいた男子生徒の動きがピタッと静止していた。試しに体を揺すってみても、返事はおろか、リアクションすらない。よく見ると、静止しているのは男子生徒だけでなく、クラスメイトや担任の安芸までもが、完全に動きが止まっていた。

一体何が起こったというのか。晴人が困惑していると、聞き覚えのある声が。

 

「……市川、君?」

「鷲尾さん?」

「市川君も、動けるんですか?」

「神奈月さんも……」

 

須美と昴も、似たようなリアクションを見せて、晴人が普段通りに動けている事を確認した。否、動けているのは3人だけではなかった。

 

「ねぇこれ、敵が来たんじゃない⁉︎」

「三ノ輪さんも⁉︎」

「……お前もか」

「鳴沢さんも、なのか……!」

「あれれ〜? また寝ちゃったぁ? ……夢かぁ〜。ムニャ」

「「「寝るなー!」」」

「ハゥア⁉︎」

「……乃木さんもなんだな」

 

銀、巧、園子もまた然り。園子に至ってはまた夢の世界に入り込もうとするが、それは須美、銀、巧の総ツッコミによって回避された。

どうやら現時点で動けているのは晴人を含む6人だけのようだ。

 

「ってか、これって何だよ? みんな動かなくなってるし、かと思えば動ける奴もいるし……。……そういえば、時間が止まった時が合図だって言われたような」

「! もしかして、市川君も⁉︎」

「? 『も』、って……。! じゃあここにいるみんなが……!」

「……なるほどな。随分と中途半端な時期に転校してきたから妙だと思っていたが、それなら納得がいく」

「じゃあ、これって……!」

 

銀がそう呟いた直後、6人の耳に、鈴の音のような音が響いてきた。その音は南の方角から聞こえてくる。

 

「確かあの方角には……。瀬戸大橋が……!」

 

瀬戸大橋。現在晴人達が住む街のシンボルでもあり、大赦の管理下に置かれて、普段は立ち入り禁止となっている、巨大な橋。

 

「来たんだ。私達がお役目をする時が……!」

 

須美のその言葉が合図になったのか、大きな衝撃が周囲を包んだ。と同時に、窓の外から光が迫ってくるのが確認出来た。

 

「うわっ⁉︎」

「オォッ〜!」

「キタキター!」

「くっ……!」

 

様々な反応が見受けられる中、晴人ら6人は、あまりの眩しさに目を瞑り、そして世界は、光に包まれた……。

 

 

 

 




次回は戦闘回です。お楽しみに。




〜次回予告〜

「神樹様の、結界……」

「お役目を、果たしましょう」

「先手必勝ってな!」

「今のうちに、反撃を……!」

「鷲尾さん!」

「こんなの、どうしたら……」


〜勇者と武神、初変身〜

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