結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
……あの頃が恋しい。
「ほ〜ら、どんどん引っ張るぞ園子! 目指せ竜宮城!」
「わ〜、早いはや〜い!」
鋭い夏の日差しが地上を照らし始めた頃。
この日、晴人達が午前中に訪れたのは、大赦が所有するプール。普段なら大赦に関係なく一般の人々でも入場は可能だが、今日という日に限っては6人以外の姿はない。他に誰もおらず貸切状態になっているのは、大赦側の考慮で、万が一勇者のみならず一般客に怪我をさせてはならないという名目で、制限時間を設けて6人に貸し出しているのだ。これも勇者に選ばれたからこその高待遇と捉えられるが、晴人だけは、
「こんなに広いプールで俺達6人だけっていうのも寂しいし、どうせならクラスのみんなも誘って泳ぎたかったかも」
と愚痴をこぼしていた。
そんな彼も今は機嫌を取り戻し、銀や昴と共に浮き輪に乗る園子を押し進めていた。
「お前ら浮かれ過ぎじゃないか……?」
彼らの後方からゆっくりと、水の中で歩きながらついてくる巧は、元の性格もあって、年相応にプールではしゃぐ気にはなれないようだ。
そんな中、彼女だけは未だに水に浸かる気配が見受けられないでいた。
「いちに、さんし。にぃに、さんし……」
「おーい須美。お前いつまで準備体操してんだよ」
「巧君と昴君はともかく、3人はすぐに入りすぎなのよ。銀や晴人君なんて準備体操無しで入るとか信じられないわ」
腕を横に伸ばしながら準備体操をする須美がそう呟く。
「あたしらは泳ぎに来たの! 体操しに来たんじゃないの! そんなまどろっこしい事やってられるか!」
「そーそー。せっかく遊びに来たんだし、いいじゃん! それに今の俺達は勇者として鍛えられてんだし、ちょっとやそっとじゃどうもしねぇよ」
銀と晴人は水中で腰に手を当てながら堂々と語るが、須美も負けじと反論する。
「水の事故って怖いんだから、ちゃんとしないと。心臓がビックリするわよ」
「私とすばるんはゆっくり入ったから大丈夫だったよ〜。ミノさんとイッチーは飛び込んでたけど〜」
「我先に飛び込んでたな」
園子と巧は、水飛沫を上げてプールに勢いよく飛び込んでいった2人の後ろ姿を思い出しながらそう語る。
すると、銀が親父モード全開と言わんばかりにいやらしげな目つきになり、晴人、巧、昴を招集する。
「? どうした」
「男子小学生諸君に問う。やっぱり須美は……。小学生にあるまじき身体をしているとは思わんかね」
「……あぁ」
「なるほどそういう」
「言われてみれば……。確かにデカイな」
銀が指差す先には依然として準備体操をしている須美の姿があるのだが、3人に指し示したのは、スク水の上からでもハッキリと隆起している、2つの山。神樹様に選ばれた武神といえど、異性としてはやはり気になって仕方がない。
「真面目な話、どんな育ち方したらあそこまでデッカくなるもんかね?」
「うぅ〜ん……。食べ物の成分が関係しているのでしょうか? 今度調べてみても良いかもしれませんね」
「知らない人が見たら中学生……いや高校生に見間違えられかねんな」
「羨ましい話だよね〜。果物屋さんみたい〜」
「ちょっと! どこを見てるのよみんなして! それからあなた達も真剣な顔で話し合わないで!」
須美が胸元を覆い隠しながら怒鳴るが、誰一人聞く耳を持たない。
「親父! その桃くれ!」
「銀、うるさい! もう、準備体操終わり!」
さっさと水の中に入った方がおさまりそうだ、と感じた須美はプールの水を手ですくって当てて、体を慣らした後、ゆっくりとプールに入水した。
「冷たくて気持ちいいわね」
「だろ? やっぱ休みの日にはこういう事で満喫しなきゃな」
そういえば、皆でプールで遊ぼうと提案して『勇者たるもの基礎体力の向上は必須』という形で、源道先生を介して大赦に申し出たのは晴人君だったっけ、と思いつつ、水上訓練(という名の遊泳)に励もうとする須美。
不意に銀がこう呟く。
「ふと思ったんだけど、もし今、敵が来たらあたし達、水着で出撃するわけ?」
「あ〜、そうなるんじゃないかな〜」
「まぁ変身すれば結局は問題なさそうだが、現実に戻って水着一丁であの場所に放り出されるのは勘弁してほしいものだ」
「倒されたら情けないな……。気をつけよっと」
「ま、イレギュラーなんてそうそう起こらないだろ? ドーンと構えてりゃ問題ないって!」
「ちょっと晴人君。一体目だって早く来たのだから、気を緩めちゃダメよ」
「へ〜い」
本当に分かってるのかしら? 須美は不安になりつつ、彼らと横に並んで遊泳を楽しんだ。
ふと、思いだしたような表情を浮かべた巧が、銀に声をかけた。
「水といえば、銀。お前あの時バーテックスの水をがぶ飲みしてたが、あれから何ともないのか?」
巧が、初陣にて水瓶座からの攻撃を受けて水球に顔が閉じ込められた際、打開策としてその水を飲み干した事を口にすると、銀が当時の事を思い浮かべながら呟く。
「あぁ。特に問題ないぞ。今思うとクセになる味だったなぁ。また飲んでみてもいいかも」
「常習性のある水なのかしら……?」
「えぇっと確か……。サイダー味と、ウーロン茶味だっけ?」
「それなら私も飲んでみたいかも〜」
「や、やめておきましょうよ……。ある程度、銀ちゃんみたいに耐性がないと危険かもしれませんし」
「そうね。それにしても銀は丈夫ね。何よりだわ」
「そう、丈夫! それが勇者としての、あたしの取り柄さ! ……でも、長時間の勉強だけは、勘弁な!」
「短時間でも集中できないだろ、お前は」
威張る銀に対し、巧はその頭に軽くチョップを入れる。すると今度は、園子が大きな欠伸を一つ。
「ふぁ〜あ……。私、眠くなってきちゃったよ〜」
「こんな時でも寝れるのか……。もう色々と凄いな園子は」
浮き輪に挟まってプールを漂う園子を見て、銀が何かに気づく。
「あ、何かに似てるなと思ったら、クラゲだ」
「そうか……?」
「そのっちの前世かもしれないわね、クラゲ」
「でもクラゲには毒があるんだよ〜。痺れるし痛いよ〜。私、昔刺されたもん〜」
「へぇ意外。園子って生き物全般いけると思ってたから」
晴人がそう呟くように、彼女にも苦手な生物が存在するのは意外性を感じる。
「それは大変だったな」
「泳いでたらプスリとやられたのか?」
「ううん。浜に打ち上げられたクラゲに刺されたの〜」
『……は?』
まさかの返答に、一同は固まる。その表情に気づいていないのか、園子は淡々と当時の事を語る。
「お散歩している時にね。砂浜でクラゲがへにゃ〜ってなっててね。プニプニしてるかな〜って触ったらピリ! って」
「何で警戒心も持たないで触りに行こうとするのかね……」
「その度胸はさすがにないな」
「僕もあの時は慌てましたよ。手を抑えて泣きながら家まで走って来たわけですから」
「……バーテックスには興味本位で触らないようにね」
須美が念を押して注意した所で、クラゲの話題は終了。続けざまに銀が手を挙げて発案する。
「よぉし須美! いっちょ競泳しようじゃないか! みんなもどうだ?」
「唐突ね。良いわよ銀。その為の準備体操だったから」
「俺も混ぜてくれ! 巧もやろうぜ!」
「……ま、たまには乗ってやるか」
そう言って重い腰を上げるように、巧も参加の意を示す。園子と昴は観戦に徹するようだ。
「お〜、恒例の対決だ〜」
「恒例……? こうしてみんなで泳ぐ事自体初めてのはずじゃ?」
「でさ。みんなの得意な泳ぎって何だ? お互い一致してるもので競おう。あたしはバタフライ」
「それはあまり好きではないわ」
「俺も、それは苦手分野だなぁ……」
「俺は別に何でもやれる。後はこの2人次第だ」
「そうね……。私は古式泳法が得意よ」
「コシ……何だ?」
「古式泳法」
「それパス。どんな泳ぎかも分かんないし」
「他には平泳ぎと背泳ぎかしら」
「背泳ぎは難しいけど、平泳ぎならOKだ!」
「う〜ん。それはあたしが……。ならクロールは? 速いぞー」
「それも大丈夫だ」
「あまり好きではないの」
「おいおい……。じゃあ犬かきぐらいはどうだ?」
「あぁ、それは割と好きよ」
「……須美の好みが時々分からん」
「だな」
ようやく泳ぎ方が決まり、若干疲れた表情の晴人と巧。そこへ園子の介入が。
「私も犬かき得意だよ〜。見る見る〜?」
「そのっちの事だから、ほのぼのしてそうね」
「いくよ〜。え〜い!」
そう言って浮き輪から降りた園子は、両腕を突き出すと、彼らの想像を遥かに上回る速度で前進した。
「意外と速っ⁉︎」
「昴、お前知ってたのか? 園子が速く泳げる事」
「はい。何度も見てきてますし、園子ちゃんならあれぐらい余裕ですよ」
「やはり侮れないな、園子は」
「脱力しちゃったわね。普通に泳ぎましょう、みんな」
「せやな」
「向こう側まで競争だ!」
そうして遠くまで渡った園子を放置してスタートの体勢に入る4人。不意に昴が口を開いた。
「あ、そういえば皆さん。この後オリエンテーションの準備がありますから、飛ばしすぎてバテないように」
『ドン!』
「……あ、これ聞いてないですね」
昴がそう呟いた頃には、4人の影は遥か向こうへ。やれやれと苦笑しつつ、昴はゆっくり泳ぎながら、浮き輪を持って園子を迎えに行った。
「ダフ〜……」
「だから言っただろ。あんなに全快で飛ばすなと。ちゃんとやる事やれよ」
「ナンノコレシキ……」
「その意気だぜ銀」
午後になり、6人の勇者、武神は巧の自室を借りて、オリエンテーションに必要な小道具の製作に取り掛かった。銀はプールで泳ぎ疲れた影響でグッタリするも、どうにかして絵を描いていた。他の面々も布地を糸で縫い合わせたり、備品を取り付けたりと、先日の、父の日のプレゼントの時と同様に、器用な巧を中心に作業を進めていた。
「当日が楽しみだな」
「だね〜」
順調に作業が進み、完成が近づいてきた所で晴人と園子が話していると、須美の口が開いた。
「あの……。ありがとう」
「? 何だよ急に?」
「みんなのおかげで、最高のオリエンテーションになるわ」
須美からお礼を言われて晴人、園子、銀はニヤリと笑い、巧もフンと鼻を鳴らす。そんな中、昴だけが皆とは別反応だった。
「……あの、皆さん。ここまで来てこんなこと言うのも野暮かもしれないんですけど……」
「すばるん〜?」
「……これ。本当に、やるんですか……?」
そう呟く昴の手には、完成させたばかりの軍帽が握られていた。
そして迎えた、オリエンテーション本番。授業時間を使って、6年1組の教室には1年生が訪れ、それをクラスメイトが様々な方法で交流し、触れ合っている。
和気藹々とした空気が漂う中、そこへ太鼓の音が教室内に響き渡る。何事かと、その場にいた全員が音のした方に顔を向けると、銀が玩具の太鼓をバチで鳴らしていた。全員の注目が集まった所で、設置されていた紙芝居を、アドリブを加えて読み上げる。
「さぁさぁ!海の向こうから、悪い怪獣がこの国に攻めて来るぞー! 大変だたいへんだー!」
心清らかな1年生は、突然始まった紙芝居に興味津々。すぐに元いた場所を離れて、銀のいる手前まで集まる。
「『なんて綺麗な場所なんだぁ。この土地をよこせー!』図々しい怪獣はこんな事を言ってるぞ! 君ならどうする?」
そう言って1人の1年生にバチを向けて問いかける銀。
「えっ? えぇっと……。逃げる?」
「それだと怪獣にここを取られちゃうぞ〜?」
「うぅ〜ん、どうしよう……?」
と、今度は別の生徒が手を挙げて答える。
「戦う!」
「そう! あたし達には、神樹様がついている! 勇気を出して、戦いましょう! 『国防仮面』と一緒に!」
そう叫ぶと、バッ! っとページをめくる。が、次の瞬間、1年生達は困惑する事に。
「? 何も書いてないよ?」
1人がそう指摘するように、めくったページは白紙そのもの。『国防仮面』なるものは存在しない。もちろん銀が手抜きしたわけではなく、演出に他ならない。銀がわざとらしく白紙を覗き込みながら、1年生に声をかけた。
「おやおや、本当だ。じゃあ、みんなで呼んでみよう! お姉さんに続いて、せぇーの! 国防仮面〜!」
『国防仮面ー!』
何の疑いもなく、1年生達は揃ってその名を叫ぶ。
すると、教室の戸が開かれ、照らされるライトを背に、5つの人影が、各自でポーズを取って立っていた。
「国を守れと人が呼ぶ!」
「愛を守れと叫んでる!」
「この世の悪が滅びぬ限り!」
「我らは如何なる時も!」
「戦いに馳せ参じよう!」
『全員、気をつけ〜! 憂国の5戦士! 国防仮面、見参!』
一人ひとりがそう叫ぶと、内男子と思しき3人が前に出て、バク転を交えて躍り出た。そのアクロバティック且つダイナミックな登場に、1年生のみならず、クラスメイト全員が目を丸めて、歓声が上がった。残りの女子と思しき2人は普通に走ってきてから位置につき、5人が並んだ所で、各々がポーズを取って叫ぶ。
「ここからは、俺達のステージだ!」(by晴人)
「怪物ども! ひとっ走り付き合えよ……!」(by巧)
「命、燃やすわ!」(by須美)
「ノーコンティニューで、クリアするんだぜ〜!」(by園子)
「勝利の法則は、全て揃いました!」(by昴)
決め台詞(?)を決めて、1年生達のテンションは更に向上。黒板には『富国強兵』と、デカデカと表記されており、人一倍盛り上がりを見せる。
「さぁ! 今日はみんなで楽しく体操しながら、国防の仕方を学んでいきましょう!」
「さぁ、立ってたって〜!」
「危ないから、両手を広げてお隣さんとぶつからないようにしましょうねー!」
「ほら、こっちこっち!」
「……よし、銀。こっちは大丈夫だ。いつでも良いぞ」
「おっす!」
晴人、昴が1年生達を安全に誘導している間に、巧から合図をもらった銀は、スマホにインストールしていた音楽をかける。
そしてマントを脱ぎ捨てて始まった、『国防体操』なるものが教室内を支配する。当然ながら須美が主体となって、現代はまずお目にかかれないようなリズムで踊り始める。他の5人が彼らを囲むように、須美に合わせて踊っていた。クラスメイト達も下級生に合わせて次第に踊りだし、教室内である種の一体感が生まれる。
『富国強兵〜!』
踊り終わった後、教室内はしばらくの間、熱気が冷め止まぬ程、興奮と歓声に満ち溢れた。
この日、オリエンテーションで最も子供達を喜ばせる事に成功したのは、須美達の班であるのは間違いないだろう。
その後、6人は安芸から「やり過ぎ」と叱られる事となった。
……当然の結果である。
北朝鮮との情勢が悪化の一途を辿る中、よくこの時期に『国防仮面』を放送できたな、と思う今日この頃。
〜次回予告〜
「モテモテだな」
「何があっても、大事になさい」
「巧君も変わりましたね」
「お泊まりだ〜!」
「俺達で守ろうぜ!」
「……最悪な夢だな」
「どうしたんだよ?」
〜その手を離すな〜