結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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遂に『勇者の章』が始まったわけですが……。






……甘かった。完全に甘い考えだった。最初ぐらいはぼのぼのして、後半シリアス展開に持ってくるのかと思ったら、最初からクライマックスじゃないか……。

恐るべし『タカヒロ』の闇……。




12:家族の在り方

「……フゥ」

 

通販で購入した、中古のカメラの欠陥部分を、使用人に頼んで購入してもらったジャンクパーツで代用し、工具を用いて手作業で精密に組み立てて、ようやく形にできた所で、巧は自室で1人、静かな空間で一息ついた。否、正確には外から雨音が微かに聞こえていた。知らないうちに雨が降っていたようだ。時計を見ると、家に帰ってからすでに数時間ほど経っており、ずっと休みなしで精密機械とにらめっこしていた事になる。が、その表情に疲労は見られない。こういった事は最早、巧にとって日常茶飯事と化している。

機械いじりは、巧にとって至福のひと時だった。誰とも接しずに干渉される事なく、黙々と作業に没頭し、時が経つ事さえも忘れさせてくれる。基本的に他の人とは距離を置いている彼にとって、この趣味はやめられないものとなった。

 

 

 

 

きっかけはやはり、7歳の頃に実の両親が亡くなった事にあるだろう、と巧は自答する。

最初は訳も分からぬまま、現在の鳴沢家の使用人に連れられて、この豪邸に足を踏み入れた。そこで現在の当主である義父から、巧の両親が交通事故で先立たれ、引き取る事になった、と告げられた。まだ7歳と3ヶ月であった巧は魂が抜け落ちた感覚に襲われた。それでも、泣いても現実は変わらないと本能的に悟ったのか、巧は鳴沢家の養子となる事を受け入れて、『大谷 巧』から『鳴沢 巧』へとその名を変えた。

待っていたのは、前までの暮らしよりかはそこそこ裕福な環境。義父母も巧に優しく接し、少しでも巧の心の傷を和らげようと努力してきたはずだった。が、巧にはそんな事はどうでもよかった。彼らが自分を引き入れたのは、自身に秘められた『資質』が関係しているからだ、と思っていたのだ。

そう考えるキッカケとして、ほんの偶然から、巧には勇者として、壁の外にいる敵を倒す力が秘められており、何れ立派なお役目に選ばれる可能性が最も高いだろう、と、義父母が大赦の面々と会話をしているのを耳にした時、巧は己の運命を理解してしまった。

巧が好待遇を受けているのは、自分に力があるから。それがなければ、自分は道端に捨てられても当然の存在だった。誰一人、本当の自分を見てはくれなかった。そう結論付けた巧は、人との関わりを極力避けるようになった。それはいつ捨てられても平然としていられるようにする為。黙々と物作りに精を出すのは、独りになっても最低限、食って生きていける力を身につける為。

今はこうしてお役目を授かっているからこういった暮らしができているが、お役目が終われば、お払い箱になるのは必然。リミットは、そう遠くない。

できればこれ以上バーテックスには来て欲しくないな、と思いつつ、席を立つ巧。使用人に頼む事もできるが、コーヒーぐらいは自分のさじ加減で淹れたい。そう思ってティーカップを取りに部屋を出ようとしたその時、机の上に置かれていた携帯が震えだした。

誰からだ、と思いつつ画面の表示を見てみると、『三ノ輪 銀』と表記されていた。自分と同じお役目を授かり、見ていて呆れるほどのトラブル資質を抱えている少女。お役目が本格的に始まった事で連絡先を交換していた事を思い出した巧は、無視しようかと思っていたが、思い切って出る事にした。

電話越しに聞こえてきたのは、如何にも元気ハツラツといった口調だった。

 

『あ、もしもし巧! 今って時間あるか?』

「あるといえばある。で、要件は何だ」

『や、実はさ……。頼みがあるんだ!今度の土曜日に親が急用で、家を1日空ける事になっちゃっててさ。家事とかはあたし1人で何とかできるけど、そうなると弟達の面倒をいっぺんに見れる奴がいないんだよな……。鉄男もまだ小学校に上がる前だから任せるのは不安だし。で、もし暇だったら、2人の遊び相手になって欲しいんだ! なるべくあたしも気にかけるようにはするからさ! お昼もちゃんと用意するから、ヘルプしてくれ! あ、後できれば空いてる時間に宿題とかも教えてくれたら御の字、みたいな』

 

アハハ、と苦笑いしながら電話越しにそう語る銀。それを聞いて巧は空いた手で髪をかきながら考え込む。部屋にはカレンダーがない為、どんな予定が入っているかも分からない。加えて普段からこれといった用事も入れようとはしない為、巧の決断は早かった。

 

「土曜日だな。それなら空いてる。家の方には俺が後で言っておくから、朝からそっちに寄れる」

『ホントか⁉︎ サンキュー巧!弟達が色々と迷惑かけちまうかも知れないけど、よろしく頼むわ!』

 

そう言って向こうから電話を切る銀。

いくら暇だからといって、相手にしすぎか。巧はため息混じりに端末をベッドに放った。とはいえすでに返事をした後だから、無碍に断れない。弟達の世話といっていたが、1人は赤ん坊である事は、以前彼女の家に偵察に行った際に把握している。もう1人は小学生に上がる前だと言っていたので、適当に世話をしていればどうにかなるだろうと思い、巧は一瞬忘れかけていたコーヒーの準備に取り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電話を受けた時とは打って変わって雲ひとつない快晴となった土曜日。巧は必要最低限の荷物を手提げカバンに入れて、家を出た。義父母には前もって事情を説明し、1日家を空けると告げており、2人は一も二もなく承諾した。そういえば、三ノ輪家の弟達はまだ幼かったな、と言った会話が義父母の間で繰り広げられていたが、巧は無視する事にした。

家までのルートは偵察の時に覚えていたので、ものの数十分もしないうちに、三ノ輪家へと到着した。インターホンを押すとすぐに返事が返ってきて、しばらくしてから玄関の戸が開けられ、中から赤ん坊を抱いた銀が出てきた。

 

「おっす巧! 朝から悪いね」

「これで断ると何言われるかたまったもんじゃないしな。……で、そいつの世話をすれば良いって事か」

「そゆこと。後、名前は『金太郎』な。まだ歯も生えてない歳頃だから、色々と頼むよ。……ほ〜ら金太郎。今からこのお兄さんが、あたしの代わりに面倒見てやってくれるから、あんまり手を焼かせるんじゃないぞ」

 

銀に揺さぶられながら、金太郎と呼ばれた赤ん坊は首を巧に向ける。キョトンとしているあどけない顔がまた可愛らしいが、巧はさほど興味を示さない。

とりあえず家に上がってよ、と言われて、巧は家に入って靴を脱ぎ、銀に案内されながら廊下を歩いていた。考えても見れば良い他人の家に入り込む事自体初めての事だ、と今更ながら思い返す巧。

すると今度は奥の方から、これまた銀に似て活発そうな少年が、片手に飛行機の、もう片方の手にロボットのプラモデルを持って姿を見せた。少年は見たことのない歳上の男が姉と一緒にいる事に疑問を抱いているようで、尋ねてきた。

 

「ねーちゃん、その人は?」

「ねーちゃんのクラスメイトの巧」

「巧にーちゃん? って、ねーちゃんが毎日言ってる人の事?」

「おまっ、何本人の前でそれを言うんだよ⁉︎ ……オホン。んでもって、今日は金太郎の世話と、お前の遊び相手になってもらうから、あんまりわがままばっか言うんじゃないぞ」

「はーい」

「そういうわけだ。『鉄男』って言うんだけど、見ての通りやんちゃ坊主だから、よろしく頼むわ」

 

それから広間に荷物を置いてから、銀から金太郎の世話に必要な事項を簡易的に説明をした。ミルクのあげ方から、オシメの替え方など、赤ん坊の世話の大変さがよく知れた所で、銀は自分の役目を果たすために部屋を出た。

 

「ブーン、ゼロ戦だぞー! 特攻だー!」

 

側で寝転がりながら巧をジッと見つめている金太郎の事を気にかけつつ、先ずは鉄男とプラモを用いて遊ぶ事に。鉄男は動き回りながら手に持った飛行機を動かして、巧が持つ戦艦のプラモに体当たりしようとしていた。それに飽きたら、今度はロボットで地面に足をつけながら動かして、特撮さながらの雰囲気や口調で楽しそうに鉄男がはしゃいだ。如何にも子供染みた遊びだな、と怪獣の人形を片手に、巧は心の中でそう呟く。それにしても、随分使い古しているのか、どのプラモも汚れが目立つな、と思っていたら、隣にいた金太郎がぐずり出した。

 

「泣くななくな」

 

本人としては適当にあしらう形で、金太郎を抱き上げて膝の上に乗せると、銀に言われた通りにおもちゃを使ってあやした。最初はなかなか泣き止まない金太郎だったが、次第に泣き止み、ニッコリと笑いながら巧に向かって手を伸ばした。

 

「おぉ! 金太郎が懐いてる! 巧にーちゃんすげぇ!」

 

鉄男が驚いたような表情を浮かべる。そんなに珍しい事なのかと思いつつ、適当に揺らす巧。金太郎はますますご機嫌になったのか、自分から巧に抱きつくようになった。

それからしばらくして、洗濯や掃除を終えた銀が戻ってくると、一旦寝付いた金太郎をベビーベッドに戻してから、机の上に教材やノートを広げて、向かい合った状態で銀の宿題を手伝い始めた。

 

「……で、ここはこの式を当てはめれば問題ない」

「へぇそっか! なんか先生には申し訳ないけど、巧に教えてもらった方が分かりやすいよな!」

「須美の方がそういうのには向いてるだろ」

「いや、須美の場合はその……。スパルタって言葉が似合いそうだ……」

「ま、妥協は許さんだろうな」

 

それとなく納得した巧が次の問題に移ろうとしたその時、遠くの部屋から物音に加えて鉄男の悲鳴が聞こえてきた。何事かと2人が顔を見合わせて、音のした部屋に入ると、うつ伏せに倒れている鉄男が。周囲にはダンボールの箱が散乱していた。

 

「お、おいどうしたんだよこれ⁉︎」

 

銀が慌てて鉄男を抱き起こすと、目尻に涙を浮かべながら、走り回っていた際に謝ってタンスにぶつかってしまって、その上に置かれていたダンボールが降ってきて、避けようとして躓いて転んでしまった事を説明した。膝にはダンボールの角が当たった衝撃で僅かに擦り傷ができているが、それよりも鉄男にとって深刻だったのは、手に持っていたロボットのプラモの腕のパーツが、転んだ衝撃で折れたように外れて、自力で修復が難しくなった事にあった。

 

「どうじよう……! 父ちゃんに新じいのなんて買ってもらえないじ……!」

「あぁもう泣くなって! 余所見してた自分が悪いのにさ」

 

ねーちゃんが新しいのを買ってやるからさ、とはいうものの、銀の手持ちにプラモを買うだけのお金があるとは保証できない。

巧は壊れたプラモを鉄男に頼んで手に取り、つなぎ目の部分を見比べた。やがて顔を上げて、2人に向かって呟いた。

 

「銀、とりあえずその膝の怪我の消毒をしてやれ。それから、先にいらない新聞紙を何枚か持ってきてくれ」

「? 何するのさ?」

 

と呟きつつも、銀は言われた通りに新聞紙を取りに向かい、それを持って戻ってきた頃には、巧は持参していたカバンの中から、様々な工具を取り出して準備を進めていた。合宿の時にも一度だけ見たことのある道具だ。どうや、それを用いて壊れたプラモを修理しようというのだ。

新聞紙を広げ、鉄男の怪我の治療をしている間、巧は新聞紙の上に乗って、ドライバーやペンチを並べて、ライトで奥の部分を照らしながら修復作業に取り掛かった。普段見慣れない技術を駆使している巧を見て、銀も鉄男も食い入るように作業を見つめていた。

 

「……巧にーちゃん、どう?」

「問題ない。これならすぐ直る。少し欠けている部分もあるが、この接着粘土をはめ込めば補えるから」

「スゲーな巧にーちゃん!」

「あたしも同意見だな」

「これぐらい趣味でやってたものと比べたらどうという事はない。……ついでだ。鉄男も動けるようになったら、さっき遊んでたプラモを持ってきてくれ。ちょっと錆びついていたから、油をさそう。銀もそっちが終わったら、宿題の方に戻ってもいいぞ。基本的な解き方は全部教えたからな」

 

テキパキと手を動かしながら作業を進める巧は各々に指示を出し、黙々と修復を続ける。銀は勉強部屋に戻り、鉄男がロボットを含めて他のプラモにも手をつけていく巧の姿に興味津々といった様子で眺めている。

小1時間ほど経って、ようやく銀が宿題を終えて腕を伸ばしたのと、プラモの修復が完了し、先ほどよりも艶のある姿へと生まれ変わったのを見て歓喜している鉄男の声が響いたのはほぼ同時だった。

 

「ホントに全部やれたんだな、巧」

「ま、これぐらいしか取り柄がないのも事実だしな。鉄男も、物は大切にしろよ」

「うん! ありがとう、巧にーちゃん!」

 

工具を片付けて手を洗いに行こうとした巧は、鉄男からお礼を言われてキョトンとした。今まで、物を修理しても誰からもお礼を言われた事がないので、面食らったような表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りやる事も終えて、銀が作った昼食を食べ終えた一同は、休憩した後に散歩がてら買い物に出かける事に。金太郎をベビーカーに乗せて銀が押し進め、その隣を巧と鉄男が歩く形で、イネスへ向かっていった。

 

「けど、銀。お役目が本格的に始まってから、そっちにも使用人が来てるはずだろ。弟の面倒もそうだが、家事も任せたりしないのか?」

 

道中で巧が鉄男と手を繋ぎながら、銀にそう尋ねた。それに対し銀はベビーカーに乗る金太郎の顔色を伺いながら、平然と答える。

 

「ん〜。まぁ確かにお手伝いさんがいっぱい来てたりする時もあるし、弟の世話を任せる事も出来るみたいだけどさ。金太郎なんかあたしの顔を定期的に見ないとぐずる甘えん坊だろ? だからあんまり任せっきりにはしたくないんだよね」

 

そう言いながら公園に差し掛かったその時、子供の泣き声が聞こえて来たので振り返ると、砂場で座り込みながら泣き叫ぶ幼児の姿が。怪我でもしたのだろうか。

 

「ちょっと行ってくる! 金太郎を頼むよ!」

「お、おい」

 

巧が呼び止めるよりも早く、銀はベビーカーを巧に押し付けて、砂場へと全力疾走した。そこで怪我の具合を確かめながら、水道まで連れて行き、水で砂を洗い落とした。そして一言二言話した後、ようやく戻ってきた。

 

「いや〜、子供って色んな時に怪我するもんだな。あたしの時もあんなんだったりして」

「お前ってやつは……」

 

いよいよ呆れ口調になった巧だが、トラブルの連鎖はそこで終わる事を知らず。今度は前方からリードをつけたままの犬が何匹も走ってきて、彼らの脇を通り過ぎていった。それを追いかけるように、クタクタな女性達が息を荒げながら近づいてくるのが見える。どこかの職員が犬達を散歩に連れて行っていたのが何かの拍子に逃げ出したのだろう。

もちろん銀がこれを放っておけるはずもなく。ただし今回は規模が規模なので、男子2人にも手伝ってもらう事に。

 

「……マジで銀といるとろくな目に遭わないような」

 

どうにかして捕まえた犬達がまた逃げ出さないようにリードを掴みながら、隣で同じようにリードを持っている鉄男の方を向きながらそうボヤく巧。一方で鉄男は慣れたと言わんばかりに語り出す。

 

「ねーちゃん、昔からこんな感じなんだ。人が困ってるのを見たら、すぐに助けに行っちゃうんだ」

「苦労してるな。あんな姉を持ってさ」

 

だが鉄男は大きく首を横に振る。

 

「でもねーちゃんのそういう所が良いって、母ちゃんも言ってたし、俺も悪い気にはならないよ。まぁ一緒にいると今みたいに疲れちゃうけどね」

「何であいつはそこまで……。俺には理解できん」

「分かんないけど、お礼を言われるのが嬉しかったり……とか?」

「(……そうか。あいつの場合、何かした後に向こうが返してくれるのは後腐れなくて良いと思ってるから、何もしないより先に体が動くのか)」

 

少しだけではあるが、銀が人助けに走る理由が分かった巧。もっともそれを実行に移せるだけの勇気があるだけでも凄い気がするが、と巧は思う。いざとなれば自分でも出来そうだが、当分は難しそうだ。

そう考えると、良い姉に恵まれてるな、と、犬に興味津々な金太郎を見て、心の中でそう呟いた。

 

「それにねーちゃんって、最近は家でもずっと巧にーちゃんとか、他にも色んな友達の事ばっかり話してるんだ。今日は6人でどこどこへ行ったとかさ」

「あいつが……。まったく……」

 

その後、銀が残りの犬を引き連れて帰還し、職員達にお礼を言われた後、ようやく進行を再開する。今度はトラブルに巻き込まれる事なくイネスにたどり着き、そこでも迷子の子供を母親まで送り届けるなどのハプニングに見舞われながらも、ようやく買い物を終えて、一同はフードコートの席に座って一服する。

すると、辺りを見渡していた鉄男が銀の服の袖を引っ張ってこう言った。

 

「ねーちゃん! あそこのゲームコーナー行っても良い⁉︎」

 

鉄男が指差した先には、鉄男と同い年ぐらいの少年少女が親と一緒に様々なゲームコーナーで遊んでいる姿が。

 

「あぁやっぱそこに目がいったか。しょうがないな。……そういや、巧も初めてだっけ、ゲーセンに来るの」

「そもそもイネス自体、お前らが誘わない限り行かないからな」

「そいつは勿体無いね。あらゆる年齢に優しいイネスの極楽施設たるゲームコーナーに足を踏み入れてないんじゃ、人生半分損してるぞ?」

「その例えどうにかならんか?」

「細かい事は気にすんなよ。ならせっかくだし行ってみるか!」

 

そう言うと一同はゲームコーナーに。ゲームの音がうるさくて金太郎が起きないか、などと心配していたが、幸いにもぐっすりと夢の中にいるのか、起きる気配を見せない。

そうして各場所を巡りながら、やがて鉄男が見つけたのは、日曜の朝に放映されている特撮番組のヒーローが小型の人形として入れられているクレーンゲームだった。

 

「ねーちゃんこれやりたい!」

「しょうがないなぁ。一回だけだぞ?」

 

そう言って銀が財布を取り出そうとした、丁度そのタイミングで金太郎が起きて、周りのうるささにぐすり始めてしまった。

 

「あぁごめん。ちょっと待ってて」

 

そうして銀は金太郎をベビーカーから下ろして抱き上げると、あやす為にゲームコーナーの外へ歩いていった。残された鉄男は銀が早く戻って来るのを待ちせがむように、人形に釘付けになっている。少しでも早くあの人形が欲しいなら、自分が出来る事もある。そこで巧はポケットから財布を取り出し、プレイに必要なお金を渡す。

 

「これでやってみるぞ」

「ありがとう巧にーちゃん!」

 

そう言って早速お金を投入してクレーンを動かす鉄男。だが、まだ不慣れという事もあってか、結果として一体も掴めずゲームは終了。「あぁ……」とため息をついて肩を落とす鉄男。それを見て今度は巧が場所を交代して、再度お金を投入する。当然ながらゲームコーナーに行ったことすらない彼もクレーンゲームは初めてという事になるが、先ほどの鉄男のプレイを後ろから見て、大体のコツは見抜けた。横からもチェックしながら慎重にボタンを押す巧。普段から神経を集中する作業には慣れており、全ての準備が整ったところで最期のボタンを、鉄男に押させた。

すると、クレーンは人形を掴み無事に穴の中へ落とし、商品をゲットする事に成功した。鉄男が喜ぶ姿を見て、巧も気分が良くなる感覚を覚えた。丁度そのタイミングで銀が金太郎を抱えて戻ってきたが、鉄男の手に人形が握られているのを見て、思わず巧を凝視する。

巧が代わりにお金を払ってくれたことを察し、慌ててその分を払おうとするが、巧はそれを制す。

 

「いや、でもさ。うちの家族の為にしてくれた事なんだし、さすがに何もしてないのに貰うだけなのは……」

「無条件で親切にされるのが苦手みたいだな、お前は。別に気にするな。こういう時にしかお金なんて使わないつもりだし。……まぁそんなに言うならまた別の機会で返して貰うつもりでいい」

「そ、そっか……」

 

そう呟く銀の顔は、どことなく恥ずかしげに紅く染まっている。やはり三ノ輪 銀は度を超えて優しい。だからこそ、無意識に今まで放っておけなかったのかもしれない。銀の勢いの良さや怯まない精神は、戦闘では頼もしい面もあるが、同時に危険な事にまで手を出してしまい、その結果思わぬ怪我をしてしまうかもしれないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとな。こっちのわがままに付き合ってくれて」

「また遊ぼうね、巧にーちゃん! それから、この人形も取ってくれたり、あの人形も直してくれて、ありがとう!」

 

夕日も沈みかけた頃。途中まで一緒に歩き、とある三叉路で別れる事となった。再びお礼を言われ、少し照れる巧。礼には及ばない、と告げてから背を向ける巧だが、不意に体を3人に向けてこう語りかける。

 

「……でも、良い家族だな、お前らは。俺には、似合わないぐらいにな」

「そんな事ないって。巧の所だって同じようなもんじゃない? 見えないところで親にも苦労かけてるかもしれないけど、それでもきっと、巧の事を想って頑張ってるんだし。あたしも、少しでも気が楽になるように、家事とか自分なりに頑張ってるだけさ」

「……そうか」

 

じゃあまたね〜、また明日〜、と叫びながら、銀達も手を振りながら、家へとベビーカーを推し進めていった。これで源道先生との約束は、少しぐらい果たせたかな、と思いつつ、両親の帰宅を待つまでにやるべき事を思案し始める長女であった。

一方、巧も自分の家まで足を運び、不意に立ち止まり、もう見えなくなった銀達の背中を見つめるように、背後に目線を向けた。初めて……というよりも、久しぶりに感じ取った、家族がいる事のありがたさ。もしかしたら、今の自分の生活を援助している義父母も、銀が言ったように、自分の事を大切に想って、陰ながら自分の事を見守ってくれていたのではないか、と、巧は考えを巡らす。

 

「……何やってたんだかな、俺」

 

色々と思い違いをしていた自分を反省しつつ、巧はフッと一瞬だけ笑みを浮かべ、先ほどイネスで大きく宣伝されていた、『父の日ギフトセール』の看板を思い出す。

最初は興味ないと思っていたが、初めての試みではあるが、案外やってみても良いかもしれないと思い、具体的に何をしてみようかと考えながら、自然と歩くスピードが速くなりつつある巧であった。

 

 

 

 




今回の遊戯王のOCGカード『リンクブレインズパック』は、過去最大級の売れ行きではなかろうか……?


〜次回予告〜


「先ずは傾向と対策ね」

「結構なお値段ですな……」

「私が食べたげるYO!」

「喜んでくれますよ、きっと!」

「あたしが守ってやるよ」

「色々と、ありがとな」


〜ありがとうって伝えたくて〜


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