結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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大変長らくお待たせしました。
諸事情で2ヶ月ほど休んでいましたが、徐々に投稿を再開していこうと思います。

今回は、この章における、一種のターニングポイントとなる回です。私自身、この展開をここで消化するべきか、悩んでいた節はありました。そんな葛藤に悩みながらも執筆した今回、是非ともご意見ご感想をお願いいたします。


23.白菊(前編) 〜未来を知る、それ即ち……〜

 

神樹が創り上げた世界にも、四季はあり、様々な天気がある。

 

「……ッ!」

 

曇天模様が広がる空。音楽室からは、発表会に向けて部員達が一心不乱に練習に励んでいるようで、閉め切った窓から音色が響いていた。その音は、中廊下でただ1人、縮こまって蹲っていた彼女にも届いてはいるが、心ここに在らず、と言った表情だ。

 

「私……っ!なんて、事を……!」

 

体を震わせ、袖にシワができるほど握りしめている少女……鷲尾須美の足元には、滴り落ちる水滴が溜まりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は、2日前に遡る。

 

「「「……」」」

「「「……?」」」

 

よく晴れた日の午後、小学生の晴人、巧、昴は保育園での催しに向けて、工作に励んでいたのだが、同じく彼らの手伝いに入っている、中学生の東郷、銀、園子からの無言の視線に、イマイチ集中できていないようだ。

 

「あ、あの、兎角さん……。先程から、3人が晴人君達をジッと見ているようですけど……」

「う、ううん……。まぁ何か思う所でもあるんだろ?」

 

見兼ねた須美が兎角に相談するが、当の本人も、口を出さない方針だ。その様子を見た園子(小)はというと……。

 

「じゃあ私もわっしーを見つめよう〜。ジーッ」

「いや、あの……。園子ちゃんは普段通りですけど、中学生の園子さん達の方は、何というか、意味ありげな視線を向けてるような……」

「っと、悪いな。巧達があんまりにも昔のままだったからさ。めんごメンゴ」

「……?」

「銀、そのっち。ここは年長者らしく、あくまで事も無げに大人っぽく振る舞いましょう」

「もう遅いかもだけど、分かった〜」

 

そうして東郷が、須美達に近況を尋ねようとしたその時、部室の扉が開いて、1人の小柄な少女が音もなく足を踏み入れた。

 

「嗚呼、イネス〜……。イネス〜……」

「銀ちゃん⁉︎」

「あれ?何このデジャヴ感」

 

入ってきた少女……銀(小)は、心なしかげっそりとした表情を浮かべながら、誰にも挨拶する事なく部室を徘徊し始める。

 

「これって、うたのんの時みたいな、禁断症状……なのかな?」

「こっちの世界に来てから、一度もイネスに寄ってないしな」

 

以前、歌野が畑の手入れを行えなかった期間中、呪い文句のように野菜の名をブツブツと呟いていた時の事を思い返した一同。これを聞いた東郷の反応はというと……。

 

「⁉︎ あ、あぁイネス!ど、どうしたら……、どうしよう2人とも」

「何お前が真っ先に慌ててんだよ⁉︎どうしようったって、そりゃあたしだって、禁断症状って程じゃないけど、割と限界だしさ」

「こればっかりは仕方ないんじゃないかな〜。ね〜ひなタン」

 

尋ねられた巫女も、真剣な表情で首を縦に振る。今だに未開放地域に属している大橋市に、神託もなく足を踏み入れるのは、危険な行為に値する。

 

「ここは取り敢えず、うどんで我慢してもらうしかないですね」

「あぁごめんね晴人君!私、どうしてあげたらいいのやら……!」

「いやいや、東郷さんが謝る事じゃないし」

「そ、そうっすよ!あたしも言ってみただけで、まだまだ平気だし!」

 

慌てて晴人と銀(小)が慰めに入る。

 

「つーか東郷も、事も無げにどころか、一瞬で動揺してるし」

「小学生達の存在は、あの子の中じゃかなり大きようね。特に晴人の場合は」

「ずっとお二人の間でオロオロしてますし……」

「新鮮ッスよ」

 

周りの面々が口々に呟く中、

 

「……」

 

巧(小)は、鋭い視線を、背を向けている未来の自分に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、話って?」

 

工作を終え、自由時間となった小学生達は現在、寮にある巧(小)の部屋に集まっていた。珍しい呼びかけに首を傾げながらも、晴人達は円になって向かい合った。

 

「珍しいですな〜。たっくんのお悩み相談〜?」

「悩み……という程ではないが、もうお前らも気づいてるだろ?……未来の俺達の事」

「はぁ」

「はぁ、ってお前なぁ晴人……。お前だって無関係じゃないんだぞ。晴人と遊月さんは同一人物だと言われているが、それなら何故雰囲気だけでなく、名前まで変えていると思う?須美のように、養子縁組の案件という特別な事情があったわけでもないだろうし」

「そ、そう言われれば、そうだけど……。でもその事聞こうとしても、何かはぐらかされてるみたいだし……」

「昴にしたって、右腕がいつも長手袋に覆われている理由も今一つ分かっていない。未来の俺に関しては、見た目からも分かる通り、あの左目の傷がつけられた経緯も、ハッキリしていない。……俺には、あの人達が何かを隠しているとしか思えない」

「隠し事を?何であの人達がさね?」

「大きくなった私達に、すっごく可愛がってもらってるのに〜?」

 

晴人、園子(小)が、あり得ないとばかりに手を挙げる中、昴(小)も、気になっていた事を打ち明ける。

 

「……もしかしたらなんですけど、あの人達が僕達の2年後の姿である訳ですから、その間の2年間の事も知ってるはずなんです。その事について知られたくないから、とも考えられるんですよ。僕も何度か探るような質問をした事がありますが、その時のあの人達の表情が何と言いますか……。腫れ物に触る、と言いますか……」

「そ、そうなの……?どう思うそのっち?」

「う〜ん、好きすきオーラしか感じられないような〜……」

「考えすぎじゃねぇか?……ま、ほんとに隠し事があるなら、別に言ってくれても良いんだけどさ。どうせ元の世界に戻ったら、ここであった事の記憶も無くなるだろうって、ひなたさん言ってたし」

「……」

「はい!この話はここで終いにして、探検行こうよ探検!第二のイネス探し!巧も付き合ってくれよ!」

「お、おい……」

 

未だに巧(小)の疑問が解消される事なく、銀(小)の強引な誘いで、部屋を出る一同。ここまで悩む姿勢を見せる巧(小)を、初めて見た気がした須美は、園子(小)や銀(小)と目配せして、事態の解決に向けた準備を進める決意を固める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜勇者部五箇条、悩んだら相談〜

 

早速それを実行するべく、須美、園子、銀の小学生3人が、部員達と話し合う事に。

 

「巧を元気付けたい?」

「えぇ。未来の私達の事で色々とモヤモヤしてるみたいで……」

「成る程にゃ。それは東郷辺りが加わったらカオスまっしぐら。話がまとまらない気がする」

「ホントはイネスに行ければ万事解決なんすけど……」

「俺達は知らないが、イネスは相談センターみたいなものなのか?」

 

この日部室にいたのは、小学生を除けば雪花、棗、誠也、美羽、奏太といった、四国以外の出身のメンバーだったわけだが、当然土地勘があるわけではないため、イネスの代案が思いつくわけでもなかった。

 

「ま、乗りかかった船っちゅうやつや。手ェ貸すで!」

「うん。私も頑張るよ。元気が一番だから」

「!ありがとうございます!早速だけど、何か心当たりあるとこ、分かりますか⁉︎」

「う〜む……。私は無いが……、海に聞けば何か分かるかもしれ」

「棗にとっては、海が相談センターなのかい」

「フードコートにはこだわりたいんすよ!特に醤油豆味のジェラートがあれば、もう大満足!」

「そんな都合よく見つかれば苦労はしないがな……」

「それに、それは銀だけが得するものでしょ?巧君を元気付ける方針は何処にいったの?」

「そうなると〜……、ひなたぼっこできる絶好のスポットを探すしかないよ〜」

「それはそのっちが好きな場所でしょ」

「体を動かす場所探しやったらえぇんちゃうか?勇者やったらやっぱ体動かさんと」

「巧って、基本はインドア派だった気がするけど……」

 

ああだこうだと意見が飛び交うものの、一向に進展する気配がない。そんなこんなで30分ほど論議を重ねるものの、銀(小)が先に折れた。

 

「あぁもう!全然話進まないし!……やっぱ、現場100回!もう一度心当たりのある所、調べてきます!行くぞ園子、須美!」

「え、えぇ」

「は〜い!」

「え?それなら私達も……」

 

美羽が呼び止めるよりも早く、3人は部室を後にしてしまう。

 

「行ってしまったな……」

「巧君の事、本当に心配なのね」

 

すると、須美達と入れ替わるように現れたのは、晴人ら3人と、この日は珍しく大赦の仕事が無かった遊月と、東郷だった。

 

「!これは何とタイムリーな……」

「雪花さん?」

「あ、ううん。こっちの話。んでどしたの?」

「さっき、園子ちゃん達が走って学校の外に出たみたいですが、何かあったんでしょうか?」

「あ、それはね……」

「第二のイネスを探しに行くと言って飛び出した。巧に元気になってもらいたいそうだ」

「全部バラしとるやんけ!」

「俺の為に……?全くあいつときたら……」

 

嬉しいのやら恥ずかしいのやら、複雑そうな表情を浮かべる巧(小)。一方で、遊月と東郷の脳裏には、走り去っていく須美達の表情が浮かんでおり、何処となく心配そうな目つきになるのに、さほど時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な〜んて勢いよく外に出たはいいものの、さてどうしたもんかねぇ」

「何も考えずに外に出たの⁉︎現場100回って言ってたから、てっきりアテがあるものかと思ったら、呆れたわ……」

「ミノさんだからね〜」

 

須美がそう叫んだように、現在3人は、讃州市から遠く離れた土地……強いていうならば、彼女達が住んでいる大橋市に隣接する市の商店街をブラブラしているだけで、これといった成果をあげられずにいた。

 

「全然知らない街だもんね〜。それは探し甲斐がありそう〜」

「だろ?ここは奪還した場所だから、探し放題なのさね」

「はぁ……。2人とも、分かってると思うけど、探すのはひなたぼっこできる場所じゃないのよ」

「……あはは〜、分かってるよ〜」

「何だ今の間は⁉︎」

「たっくんが楽しめる場所って、何処なんだろ〜?イネス以外なら、やっぱりお家とか〜」

「でも、今はまだ解放されてないんだろ?取り敢えず第二のイネス探しからだぞ」

「……でも、よくよく考えてみれば、イネスのそれは、殆ど銀の押し付けみたいなものでしょ?巧君、どんな場所を好んでるのかしら?」

 

須美がそう呟くように、この頃はまだ、巧と親しくなってから日も浅い。彼は元々群れるタイプではなかったし、一緒にいる事の多い銀(小)でさえ、知らない事の方が多い。

 

「友情に時間は関係ないよ〜。私達はソウルメイトみたいなもの〜」

「そう、る……?何なの?」

「魂で繋がってるって意味、かな〜?マブなソウルメイト〜」

「な、成る程……」

「(絶対よく分かってないなこれ)まぁ、時間はたっぷりあるみたいなもんだし、少しずつ、だな!」

 

などと、和気藹々に話し込むうちに、須美も緊張感が解けてきたのか、会話に熱中している様子が伺える。

……そしてそれは、注意力の散漫へと繋がっている事に気づいた時には、彼女達は、その身を危険に晒してしまう。

 

「……わっぷ。すみませ〜ん」

「もうそのっち。ちゃんと前を見て歩きな……さ……」

「!危ない園子!」

 

……だからこそ、気づくのが遅れてしまった。先ほどまでちらほら見えていた人集りは消え失せ、代わりに大きな口がついた、白い物体がそこら中を彷徨いていた事に。園子(小)がぶつかったであろう物体……星屑が、反撃とばかりに口を大きく開ける。間一髪で銀(小)が突き飛ばし、事なきを得る。

 

「あれれ〜?街が変な感じになったよ〜?」

「!しまった……!これがひなたさんの言っていた……!お喋りに夢中で、結界の外に出てしまったわ!」

「た、大変だよ〜!」

「とにかく戦うぞ!あたしらは勇者だ!ここで食い止める!」

「攻撃は最大の防御……、銀の言う通りね!いくわよそのっち!」

「わ、分かった〜!」

 

そうして3人がアプリを起動し、勇者装束を身に纏うと、すかさず戦闘を開始。結界外に出て、異様な雰囲気を感じ取る中、合宿で培った連携を活かして、星屑を迎撃する3人。幸いにも、向かってくる敵は星屑ばかり。数もそれほど多くなかった事もあり、5分もしないうちに、敵影は姿を消す事に。

 

「ふぅ……3人でも何とかなったわ」

「あぁ〜ダメだよわっしー!そんな事言ったら〜!」

 

突然慌てふためく園子(小)に首を傾げる須美だったが、突然商店街の屋根を突き破るような形で、細長い物体が須美めがけて振り下ろされた。咄嗟に銀(小)が前に出て、斧を盾にするが、勢いが強く、須美ごと吹き飛ばされてしまう。やがて屋根を破壊しながら降り立ったその物体は、星屑の何百倍もの体長を見せつけるように、体をしならせる。

クラゲのような形をした造反神のバーテックス『マエストーソ』が、触手のようなものを地面に打ちつけている。先ほど須美達を攻撃したのも、触手による突きのようで、その威力は半端ではない。

 

「こ、これが俗に言うフラグ回収ってやつか!」

「ふらぐ……?よく分からないけれど、これはマズいわ!流石に」

 

流石に私達だけでは、と言おうとする須美を遮るかのように、再び触手による攻撃を繰り出してきたが、銀(小)が斧を振り回して、どうにか弾き返す。

 

「ここはあたしが何とかする!だから!須美と園子は、他のみんなを!」

「銀⁉︎」

「ミノさん無茶だよ!」

「心配すんなって!あたし1人でも、根性で耐え切ってやるからさ!さっさとぶっ倒して……、巧に元気になってもらいたいしさ!」

「銀、危ない!」

「っ!」

 

後方に視線を送っていて、前から攻撃が迫っている事に気づくのが遅れた銀(小)。須美が弓矢を構えるが、直感的に、間に合わない事を悟ってしまう。思わず身構える銀(小)だったが……。

 

「誰に元気になってもらいたいだって?」

 

一際大きな火球が、触手を弾いたばかりか、巨体に命中し、後ずさるマエストーソ。目を見開く牡丹の勇者の隣に降り立ったその人影は、挨拶もそこそこに、彼女の額を軽く小突く。

 

「だから放っておけないんだ、お前が無茶ばかりしでかすから」

「た、巧!」

「私達もいるんだぜ〜!」

「ダラァァァァァァァァァァァァ!」

 

追撃とばかりに、頭上を飛び越えて武器をぶつける者達が。後方からも銃弾や矢が射抜き、マエストーソはバランスを崩した。

 

「!東郷さん!遊月さん!」

「わぁ〜!」

 

同じ時代を生きた武神に加え、未来の自分達が、間一髪の所で銀(小)を救った事に、驚きと感謝が混合する須美。

 

「須美!みんなも大丈夫だったか⁉︎」

「晴人君!私は大丈夫だけど、どうしてここに?」

「何でって言われても……。詳しくは大っきい須美の方から!」

「そこで投げやりですか⁉︎」

「大丈夫よ昴君。……何となくだけど、昔の銀を思い出して、何か胸騒ぎがしたの。それで後をつけて行ったら……」

「まさか結界外に気づかず出るとは思わなくてな。焦っちまったぜ」

「ご、ごめんなさい!つい気を緩めてしまって……!この恩は、この戦闘で必ず返します!」

 

責任感の強い須美が、肩に力を込めて構えようとするが、その肩に手を置く者が。

 

「と、東郷さん?」

「真面目が過ぎるわよ須美ちゃん。私達はチーム。あの時とはもう違うんだから」

「あ、あの時って……」

「!敵が動き出しました!戦闘態勢へ!」

 

昴(中)の呼びかけに遮られてしまい、須美も東郷と肩を並べて、敵を迎え撃つ事に。晴人が先陣を切ると共に、他の面々も得意の間合いに入り、連携しながら攻撃を仕掛ける。一気に戦力が増した事で、マエストーソも成す術なく、ダブル銀、ダブル巧の一撃によって消滅。安全を確認し、結界の中に戻った時、肩の荷が降りたような感覚を覚える須美であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事だった事は喜ばしいですが……、起こったこと自体が深刻なのは、自覚してるのかしら?」

「遊月さん達が駆けつけてくれたから良かったものの、万が一の事があったらどうするんですか?あれほど、結界外に出る事の危険性を教えたではありませんか」

 

そうして部室に戻ってきた一同だが、やはりと言うべきか、並び立つ3人の小学生勇者を待っていたのは、ひなたを初め、連絡を受けた顧問の安芸と源道による説教だった。

 

「軽率でした……。たった3人でここから遠く離れてしまって」

「いや、あたしが悪かった!第二のイネス探しに、2人を付き合わせたのがいけなくて……」

「それじゃあ銀1人でほんとに無茶する事になってたのよ⁉︎」

「そうだよミノさん〜。私達3人で悪い事してたんだよ〜」

「でも……」

「はいはい!遊月達のお陰で何事も無かったんだし、本人達も反省してる訳だし、ここは勇者部部長の顔に免じて、みんなもこれくらいで」

 

後から事情を聞いた風が、ひなた達の機嫌を取ろうとしたが、それが逆効果だったのか、ひなたの鋭い視線が今度は彼女に向けられる。

 

「風さんは甘すぎます!この時代の方達は無闇に結界を踏み越えすぎです!時代が違うとはいえ、結界の外の恐ろしさを理解してないからそう言えるのですよ!」

「アウチ!こっちにも飛び火!」

「風が余計な事言うからでしょ?」

「アタシか⁉︎そういうアンタは何処に」

「お姉ちゃんやめてよ。夏凜さんも」

 

2人の無碍な言い争いを抑え込もうとする樹。

そんなやりとりを見ていて、やれやれと思いながらも、源道は頭を掻きむしりながら呟く。

 

「……詳細は、反省文一枚で纏めて目を通しておく。ま、怪我がなかっただけ幸いだろう。以後、気をつけるように」

「……はい」

「しょぼ〜ん……」

「須美はともかく、本気で萎れてんなぁ、園子のやつ」

「やれやれ。俺達を置いてくからだぞ。これからは、6人一緒に、第二のイネス探しに行こうな!」

「6人、一緒に……」

「はい。僕達がいれば、きっと大丈夫ですよ!」

「銀のトラブル体質にはある程度慣れたからな。一緒にいた方が何かと安全だろ」

「た、巧……。ありがと……」

「おうおう、安定の仲良しオーラですな〜」

 

後方から様子を見ていた雪花が煽る様子を見て、ひなたもこれ以上怒る気が失せたのか、肩をすくめる。

すると、美羽が銀(小)の肩に手を乗せて、ある情報を提供する。

 

「心配しなくても大丈夫だよ、銀ちゃん。もうすぐあなたの大好きなイネスに行けるようになるから。そうでしょ、ひなたちゃん」

「へっ?」

 

言ってる意味が分からず、キョトンとする銀(小)。

 

「実はね、銀ちゃん達が出かけた後に神託が来てね。次の満月が昇る頃に、土地の奪還……それも残された占領地全てに向かえるようになるの」

「残された占領地って、もしかして……!」

「大橋市も取り戻せるって事か!」

 

これには小学生組も歓喜の表情を隠せずにはいられない。大橋市が解放されるという事は、即ち香川全域の奪還完了を意味する。まだ目標達成とまではいかないにしても、次の戦いが、一つのターニングポイントとなるのは明白だ。

 

「……東郷、みんな」

「遊月君」

「後で、話がある」

 

そんな小学生達に気づかれないよう、遊月が戦友に呼びかける。その表情は真剣そのもの。

 

「!まさか……!」

 

不意に何かを察した東郷が何か言おうとするが、須美達の前で、その感情を曝け出す訳にはいかない。どうにか押し殺して、過去の自分達を見つめる。その瞳に映るものは、果たして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

遊月から招集がかかった事で、勇者部一同並びに顧問2人は、部室ではなく、隣接している家庭科室を借りて、席についた。

 

「でも、珍しいですよね。風さんや藤四郎さんならともかく、遊月さんから呼ばれるなんて……」

「何か大事な話があるって言ってたけど」

「……何かとんでもない事になりそうな気がしてきたゾ」

「……」

 

球子達が身を寄せ合ってヒソヒソしていると、呼び出し人である遊月と、中学生の園子、銀、昴、巧、そして東郷が黒板の前に立った。

その真剣な表情に、とりわけ小学生組は固唾を飲んでいる。この時点で球子だけでなく、その場にいる全員が、異様な雰囲気を感じ取った。

 

「みんなに集まってもらったのは、他でもない。もう話には聞いてると思うけど、ひなた達が新たな神託を受け取り、その結果、次回の土地奪還戦をもって、香川全域の解放が可能となる。そしてその戦いの中心地となるのが、大橋市……つまり、俺達や、ここにいる小学生達がお役目を果たしていた場所が、決戦の舞台となる」

「うむ!ここでの奪還は、より激しいものとなるのは明白!決戦に備え、今一度鍛錬に励むべきだろう!」

「それも、あります。でもそれ以上に、実行する前に、話さなければならない事があります」

「……何やら訳ありのようだな」

 

若葉が眉間に皺を寄せる中、遊月は深呼吸を一つしてから、口を開く。

 

「それは……、俺達が元の世界で体験した出来事。……つまりは晴人、お前達がこれから辿るであろう未来について、だ」

 

晴人達の未来。それ即ち、これまでひた隠しにしてきた真実を語るという事。そう認識した途端、神世紀組の何人かが、僅かに腰を浮かす。何故このタイミングで、と言おうとしているようだが、遊月からの鋭い視線に気圧されたのか、座り直してしまう。

 

「これまで、俺達の事を話さなかったのには、それ相応の理由がある。その為に、俺達や師匠、先生の間でも、話すか否か、極秘に論議を重ねてきた。……だが、真実の根本をひた隠しにしたままでは、元の世界で大赦がしてきた事と、何も変わらない。昨日の案件も含め、大橋市解放というこのタイミングで明かす事こそが、晴人達への負担を多少なりとも減らす事になるかもしれない。全てを、話そう。そう結論付けた俺達は、今日この場で、禊をすると決めたんだ」

「この話を雪花さん達にも聞いてもらいたかったのは、私達の世界で起きた、大赦の歪さを理解してもらう為でもあります。どうかご静粛に」

「イッチー先輩やわっしー先輩がそこまで言うって事は、やっぱり明るい未来にはならないんだね〜」

 

園子(小)は、己の勘が働いたのか、いつものノホホンとした表情よりは引き締まった感じが見受けられる。中学生の彼女も、苦々しく頷く。

 

「何となくそんな気はしてたけど……、一体どんな未来なんだ?」

「それは遊月君達の口から全て話す事になる。この話を聞き終えた後、お前達がどのような考えを抱くかは、俺にも想像できない。だがどんな意見でも、否定するような事はしない。それだけは、前に立つ俺達は、必ず約束する」

「ありがとうございます、師匠。……じゃあ、本題に入ろう。遠足があったあの日から、俺達が辿ってきた、その全てを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、オリーブの武神は語る。

 

 

 

〜遠足が終わり、帰路につこうとした時、バーテックスが現れた事〜

 

〜3体同時に現れたバーテックスに、須美と園子が倒れた事〜

 

〜無謀にもタイマンを張り、命を落としかけた銀を、巧を先頭に、武神達が間一髪で救った事〜

 

〜銀に代わって3体のバーテックスと戦い、晴人は腹を貫かれ、昴は右腕を切断され、巧は左目を抉られた事〜

 

〜深手を負いながらも、バーテックスを倒した事〜

 

〜3人の武神が傷ついた姿を目の当たりにし、嘆き悲しんだ事〜

 

〜その翌日、負傷した武神達の看病の最中、バーテックスが現れ、感情を爆発させた勇者達の事〜

 

〜意識不明だった巧が、目を覚ました事〜

 

〜その戦いを機に、勇者、武神システムがアップデートされ、満開の機能並びに精霊が追加された事〜

 

〜残る5体のバーテックスとの最終決戦『瀬戸大橋跡地の合戦』の事〜

 

〜満開を行使した事による、散華という代償の事〜

 

〜その結果、6人の記憶が消され、その繋がりも大赦の手で断ち切られた事〜

 

〜次なる戦いに向けて、意図的に仕組まれた転校により、再び6人が集った事〜

 

〜12体のバーテックスとの戦いの後、源道の口から真実が語られた事〜

 

〜それを知った東郷が、世界を壊すべく、神樹が作り上げた防御壁を破壊した事〜

 

〜東郷を説得するべく、友奈達と共に立ち向かった事〜

 

〜その過程で、遊月が本来の記憶を取り戻した事〜

 

〜東郷の説得にはどうにかして成功し、獅子型の猛攻を耐えて、戦いに勝利した事〜

 

〜その後、神樹によって記憶や散華した部分が戻り、本当の意味で再会を果たした事〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……全てを語り終えたのは、時計の長針が一周回りきった頃だった。

証明の為に、遊月は全身の傷を見せる為に制服の前ボタンを外して見せた事を、昴は右腕の手袋を取って、合戦後に取り付けられた、銀色に光る義手を見せていた事を思い出し、元の状態に戻す。

喉の渇きを我慢しながら、遊月が一つ深呼吸をしたのを確認した源道は、傍聴していた面々の顔色を伺う。

話すだけでも辛い、真実の数々。西暦の勇者、巫女達の反応はと言うと、高嶋や杏、美羽や水都、そして紅希が目尻に水滴を浮かべながらも、拳を握り、体を震わせている。それ以外の面々も、やるせない表情を浮かべている。とりわけ若葉やひなたは、現代における大赦のとった行動に、創設者として複雑な心境なのだろう。神世紀300年の勇者、武神達は、以前にもその全てを聞いており、且つ当事者でもある為、さほど面には出ていないようだが、明るい気分でないのは確かだ。

注目すべきは、やはり話題の中心人物達……神世紀298年を戦う、小学生達だ。この世界でのお役目が終わり、この先元の世界で迎えるであろう未来を知った面々の反応は、様々だったと言えよう。

 

「そん、なぁ……!すばるんの、腕が……!そんなの、やだよぉ……!やっと、やりたい事が見つかったのに……!料理コンテストに出て、美味しいご飯をたくさん作って、みんなに笑顔になってもらいたいって、そう言ってたのに……!私が、やられちゃったせいで……!みんなを、守れなくて……!」

「園子ちゃん落ち着いて!大丈夫、大丈夫だから……!今の話を聞く限り、園子ちゃんは何も悪くないんだ……!……仕方、なかったんだ!辛いかもだけど、今は、受け止めるしかない……!それにほら、未来の僕は、確かに右腕を失ったけど、料理が出来なくなったわけじゃない。まだ夢は閉ざされていないって事なんだよ」

「すば、るん……!」

「……皆さんが、そんな辛い事情を抱えてるなんて、思いもよりませんでした。でも、僕なら、もう大丈夫です。どんな悲劇が待ち構えていたって、それで立ち止まっていては、それこそ武神失格です。みんなを守る為に、僕は盾になる。その決意は、今回の話を聞いて、更に硬くなったと思っています」

「……うん!私も、泣いてばかりもいられないものね〜。隊長として、まだまだ頑張らなきゃね!」

 

互いに支え合いながらも、事実を受け止め、未来へ進んでいく。昴と園子の決意は、揺るぎないものへと変わっていく。

 

「巧、その、あたし……」

「……薄々は分かっていた。あれだけ大きな傷痕を残してるんだ。何かあるとは思っていた」

「そ、そうじゃなくて!……あたしがやらなきゃ、いけないやつだったのに、その代わりに、巧やみんなが……!……どんだけ人様に迷惑かければ気が済むんだって話だよな。何て謝ればいいのか、もう頭ん中グチャグチャで、その……!」

「……フン」

 

銀が頭を抱える中、巧はその額を小突く。

 

「誰もお前の謝罪なんて求めてない。俺達が傷を負ったのは、俺達の意志で前に出た結果だ。お役目に怪我はつきもの。常に命懸けだと教わってきただろ?それでも俺達は覚悟を決めて、戦った。その結果、今の未来がある。……なら、それで良いんじゃないのか。お前はお前らしく、迷惑でもなんでもかけてみろ。俺達がそれをフォローする。それが仲間だと言う事を教えてくれたのは、ここにいるお前達なんだ。……俺は特に気にしない。この先の未来がどうだろうと、俺のやる事は変わらない。守りたいものを守り通す。それだけだ」

「巧……!そうだな!あたしらは勇者だ!気合いと根性あれば、何だって……!あたしはあたしらしく、ってな!よぉしもう吹っ切れた!この先何があったって、ブレるもんか!どんな敵が来ようとも、どんな悩みがあったって、この三ノ輪銀様に、任せときな!」

「おう!よく言ったぜ!さすが俺の子孫だ!」

「……無茶を極力控えて欲しいのは事実だけどな」

 

巧と銀も、さほど気にしない様子で、遊月達と共に戦う決意を示す。次に口火を切ったのは、武神の隊長だった。

 

「遊月さん、みんな……!俺、みんなが今までそんな辛い気持ちを抱えながら接してくれてたなんて、全然分かんなかった……!そりゃ辛いよな……!何か、上手く説明は出来ないんだけどさ……!俺ってば、まだまだ武神として半人前なんだなって、思っちゃった……!」

「晴人、君……!」

「さっき昴も言ってたけどさ。こんなとこで引きずってても、みんなに迷惑ばっかかけちまうし、このままじゃダメなんだって、改めて思ったよ。……だから、約束する!俺は武神のリーダーとして、何があっても、絶対に挫けない!みんなを、守ってみせる!命大事に、も忘れないようにしないとだけど」

 

声を震わせながらも、満面の笑みを浮かべながら、決意を表明する晴人。予想通りのポジティブな反応に、ほっと胸を撫で下ろす面々も見受けられる。

 

「?どした、須美?」

 

不意に銀(小)が、須美の顔色を伺おうと覗き込む。遊月が話し出してから、ここまで沈黙を貫いている彼女だが、何か様子がおかしい。まだ彼女の意見だけが聞けていない事もあり、催促しようとする銀(小)だったが、不意に調理机に拳を思いっきり叩きつけ、その勢いで立ち上がると同時に、座っていた丸椅子が音を立てて横に倒れる。

 

「……どう、して」

 

何事か、と周りの面々が動揺する中、彼女はスタスタと詰め寄り、2年後の自分の前に立ったかと思うと、その両腕をキツく掴み、顔を上げた事で、東郷は初めて、目の前の白菊の勇者の表情が酷く歪んでいる事に気づいた。

 

「どうして!何で!もっと早く……!もっと早くその事を、教えてくれなかったんですか!私達を不安にさせたくなかったから⁉︎どうせ小学生の身分で、知らせる必要なんて無かったから⁉︎……そんなの、自分勝手で傲慢にも程があるじゃないですか!」

「……っ」

「須美!お前そこまで言わなくたって」

「黙ってよ銀!昨日のあなたの事だって……!私達がもっと早く知ってれば、あなただって無茶する事も、なかったかもしれないのよ!ずっと隠されてた事で、仲間を危険に晒したようなものじゃない!この世界では精霊の加護もあって、死なないようにはなってるみたいですが、それでも!私達は死ぬかもしれない渦中に、ずっと身を置いてきたんですよ!それなのに……!こんな大事な事、あなた達はずっと黙っていたんですか⁉︎」

「!おいやめろ!言い過ぎだぞ!それ以上はいくらタマでも」

「タマっち先輩、ダメ!」

「……!」

 

須美の言動に我慢できなかったのか、球子がムッとなって立ちあがろうとするが、隣にいた杏や調に取り押さえられてしまう。その後方では若葉も立ちあがろうとしていたようだが、ひなたに無言で嗜められてしまう。

その間も、須美は東郷を、未来の自分達を睨みつけていた。このままではいけないと思ったのか、見守っていた大人2人が、たまらず2人を引き離そうと一歩前に出る。

 

「……ごめん」

「……ごめん、なさい」

 

だがそれよりも早く、遊月が近づき、須美の右手に触れる。東郷もまた、瞳を潤わせながら、腕の力を抜く。須美に握りしめられているその痛覚だけが、東郷の全身を支配する。

それ以上の言葉は続かなかった。もっと、口に出したい事はあった筈なのに、その先が出てこない。そこでハッとなった須美は、ようやく2人の顔を真正面から認識した。その表情からは、後悔と悲しみが渦巻いているのは、素人の目から見ても明白だった。

 

「……っあ!」

 

反射的に、東郷から手を離す須美。そこで冷静になったのだろう。先ほどまでの癇癪が頭の中を支配し、結果として相手を傷つけてしまっていた事に。心の中の、未来永劫消えるはずのない傷を、更に大きくジワジワと広げてしまっていた事に。

 

「っ、私……!」

 

私は、何をやってしまったんだ。

この話をして、一番辛かったのは、既に体験してしまっている、未来の自分達なのは間違いないのに。

なのに自分と来たら、相手の気持ちも考えずに、八つ当たりばかりして……。

 

「私が、しっかりしていれば……!」

 

結局の所。

私は、鷲尾須美は、護国思想ばかりを重視し、皆を叱咤するばかりで、肝心な所で役に立てず、周りを危険に晒してしまうだけの存在。

だから、晴人達に出会うまで、友達なんて出来なかったんだ。

大切なものを守れない。

そんな自分を、それでもまだ、私は、名乗れるのだろうか。

答えは否。

私は、鷲尾須美は……。

 

「っ!」

 

気がつくと、足だけが勝手に動き出し、あっという間に入り口の前に立ち、勢いよく横にスライドして、脇目も振らずに、駆け出していた。背中から自分を呼び止める声が聞こえるが、それで立ち止まる彼女ではなかった。

 

「もう、無理……!」

 

比較的静かな廊下を、キュッキュッと音を立てて駆け抜ける少女。数人の生徒とすれ違い、その度に視線を感じるが、彼女は振り返らなかった。段々と視界がボヤけていく中、気がつけば、校舎を繋ぐ中廊下にたどり着き、一旦立ち止まった彼女は、両脚を震わせながら、唇をキツく締めて、乱れた髪を気にする事なく、ただ一言、友達を守る事すら出来ない、今の自分に対する評価をぶつける。

 

「私、は、勇者……失格……」

 

 

 




須美の感情を爆発させたシーン。勘が鋭い方は、何処かで見覚えのあるシーンだったのではないでしょうか。……つまりはそういう事です。

余談ですが、マギアレコード6周年、並びに『悪魔ほむら』実装決定。大変喜ばしい事ですね!マジで「この時を待ってた」感があり、意地でも完凸を目指す次第であります。
そして、『仮面ライダーギーツ』もいよいよ最終回。色々と巡るましい展開続きで、周りの皆さんの評価もそうですが、令和は基より、全仮面ライダー作品の中でも、全体の完成度の高さはトップクラスだと思いました。こうなると次回作の『仮面ライダーガッチャード』は、よりプレッシャーがかかる事になりますが、温かく応援していきましょう。


〜次回予告〜


「須美ちゃんを元気付けよう大作戦!」

「何の因果が働いてこんな……!」

「私が……!守る!」

「……如何わしい」

「蛍の命……」

「独りぼっちには、させないからね〜!」

「……ケジメをつけるぜ!」


〜白菊(後編) 〜過去からの挑戦〜〜


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