結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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お待たせしました。

ゆゆゆいのゲーム版の情報も、少しずつですが解禁されていますね。その日が待ち遠しいです。


21:実りある日々を

「レタス、タマネギ、ホウレンソウ、トマト、インゲン、ナス……、ピーマン、シシトウ、ダイコン……、ブロッコリー、トウモロコシ……」

「冒頭からどうした⁉︎」

 

最後の戦闘から1ヶ月近く経った頃。神託によりしばらく戦闘がないのを良い事に、各々が有意義な時間を過ごす中、部室でただ1人、上の空な様子でボソボソを呟く歌野を見て、一同は困惑を隠しきれない。

 

「そ、育てたい野菜を口にしてるの?」

「なんか……らしくないよな。歌野にしては」

「禁断症状だね。うたのんは土に触れてないと、少しずつおかしくなっていくんだ……」

「き、禁断症状⁉︎」

「重症だな」

 

水都の説明を聞いて、アワアワする真琴とは対照的に、やれやれといった様子で道具の手入れに勤しんでいる巧(中)。畑こそあれど、育てる野菜のレパートリーを増やそうと意気込んだは良いが、土地が圧倒的に足りず、先ほど彼女が口に出した野菜は、現在植えられている野菜が収穫されるまでの予約待ち状態にある。

と、そこへ外に出ていた園子(中)が部室に戻ってくるが早いか、歌野に吉報を伝えた。

 

「そんな農業王に素敵なお知らせだよ〜。この間解放した土地にあった畑の許可がおりたから、自由に使ってい〜よ〜」

「リアリー⁉︎」

「マジだぜ。イッチーにも協力してもらって、大赦関係者諸々、話をつけてきたよ。思う存分どうぞ〜」

「やったァァァァァァァァァァァァ!バァンザァァァァァァァァァァァァァァァァァイ!手続きサンクス!愛してるわぁ!」

「愛されちゃった〜」

 

途端に目の色を取り戻し始めた歌野。その様子を見ていた水都が、何やら複雑そうな様子で見ていたのを、巧(中)はチラッと見て気づいたが、下手に関わらない方が良いと判断して、干渉しない事に。

 

「畑が耕せるよ!これでみんなに素敵な野菜を食べさせてあげるわ!」

「う、うん。良かったねうたのん」

「私も楽しみです」

「そういえば樹さんは、嫌いな野菜とかない?大丈夫?」

「はい。敢えて言うならブロッコリー、かな?全然食べられますけど、苦い時があって」

 

それについては心配ご無用、と言わんばかりに鼻を高くする歌野。

 

「農業王を目指す私のブロッコリーは糖分高めで食べやすいわよ。茎まで柔らかくて、甘みがあるの」

「!それは素敵です!私の体も一層成長するかも……!」

「いや、ブロッコリーたくさん食べただけで身長伸びるなら、わけないよな……」

「そういう考え方か」

「ともかく善は急げ!早速畑に行きたいわ」

 

歌野は一刻も早く下見に行きたい様子だ。風達も、外で健康的にウォーキングしたいという名目で、歌野に同行する事に。

そんな上機嫌な歌野を見て、水都はポツリと一言。

 

「……うたのんが嬉しそうで、本当に何よりだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?何々、速報?……歌野が新しい畑を手に入れたってさ!」

「こないだ解放したとこか」

「う、歌野さん、良かったね!大喜び、だろうなぁ」

「で、大丈夫なの杏、歩き疲れてない?」

「結構歩いたもんね」

 

讃州市の裏山にて、比較的穏やかな斜面を歩く球子達の姿が。球子、夏凜、誠也、美羽、ダブル銀といった、運動神経に長けているメンバーに加え、杏や調も息を荒げながらも懸命についてきていた。

 

「調も、キツくなったら一旦休むのもアリだから」

「大、丈夫。僕も、勇者。足腰、鍛える……!頑張る……!」

「よく言ったぞ調。下山までもう少しだぞ」

「焦らず、自分のペースでね」

 

球子と美羽のフォローもあってか、運動が苦手な2人も、ギブアップする事なく、長距離を歩けるまでに体力がついた様子だ。そんな中、銀(小)が、道端で何かを見つけたらしく、球子に声をかける。

 

「あっ、球子さん。この野草って食べられるんですか?」

「バッチリいけるぞ坊主。アウトドアの達人が言うんだから超間違いない」

「山だといつもより一層元気ね、ほんと。そう思わない、銀?」

「……」

「銀?」

 

尋ねられた銀(中)の返事が返ってこなかった事に首を傾げる夏凜。

 

「ん?あぁいや。……前から思ってたけど、球子と杏を見てると、何となく似てるんだよなぁ、風と樹に」

「そうね。だから話しやすいってのもあるけど」

「何となくだが、俺にも分かる気がする。雰囲気的に」

「姉妹みたいな雰囲気だから、かね?」

 

誠也達からの意見を聞き、話題の2人も成る程、と頷いてしまう。

 

「タマとあんずは仲良しだからな〜。もしかしたら姉妹に生まれ変わってるかもな」

「だとしたら、嬉しいかも」

「……ジーッ」

 

不意に眉間に皺が寄ったかと思うと、球子に寄り付いて、袖の先をいつも以上にギュッと握りしめる調。蚊帳の外にされていたのが不満だったのか、それとも若干嫉妬心が芽生えて、球子を独占しようとしたのかは定かではないが、その後しばらくは、球子から離れようとしない。

 

「ど、どうしたんだ調?」

「……」

「(あぁ〜、何となく調君の気持ち、分かっちゃったかも)」

 

杏が何かを察したのか、球子から少し離れると、調の表情が若干緩んだように見受けられる。

そんな仲睦まじい光景を見守っていた美羽だったが、不意に何かを察したのか、立ち止まって下界に意識を集中させる。

 

「?美羽、どうした」

「……風の雰囲気が変わった。みんな、急いで戻りましょう」

「?何だ急に」

 

巫女が何かを感じ取った以上、只事ではなさそうだ。一同は転ばないように気をつけながら、下山を試みる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、有明浜では……。

 

「あっ、せっちゃんこっちこっち」

「結城っちに呼ばれて出てきたよーん。ここは風が気持ちいいね」

「北海道じゃ中々味わえそうにないのか、こういう潮の雰囲気っていうのは」

 

友奈と兎角の幼馴染みコンビに誘われた雪花が、友奈の隣に腰を下ろす。

 

「いいねぇ、こういうまったり」

「それじゃあ、挨拶代わりの牡丹餅はいかが?」

「海を見ながら皆で食べるお菓子は美味しいぞ。元が美味しいから尚更だ」

「アハハ。すぐそこで一心不乱に頬張ってる照っち見てたら、あたしもペコペコ。いただきまーす」

 

恒例とばかりに出された、東郷お手製の牡丹餅を口にする雪花。棗の言う通り、波の音や風景を見ながら食べる和菓子は、また格別だ。

 

「あ、照くんいたー!」

「お。高嶋達か。千景さんも珍しい」

「偶には外を歩いてリフレッシュってのも悪く無いだろ?」

「そうね。部屋の中じゃゲームばかりしてるし、誘ってくれて嬉しい」

 

雪花に続いて登場したのは、散歩していた高嶋、千景、紅希の3人だった。吸い寄せられるように照彦の近くに座り、小休止とばかりに牡丹餅をいただく。

 

「それにしても、ここはよく勇者が現れるスポットなのだな」

「元の世界でも、銀や夏凜もここで合同トレーニングしてたし、こっちに来てからは若葉や流星も加わったからな」

「あれれ?照くんほっぺにあんこついちゃってるよ。ちょっとくすぐったいけど我慢してね」

「ん、あんがと」

「そういえば東郷さん。彼は今日、一緒じゃないの?」

「誘おうとも思ったけど、今日は大赦で大事な用があるみたいなの」

「遊月君、頑張ってるもんね!」

「そっかー。寂しい?」

「寂しくない……って言ったら嘘になるけど、彼を応援する事しか取り柄もないから……。だから今は、待ち続けるの。出来る事が見つかるその時までは、ね。ウフフ……」

「(ありゃ〜、別の意味でお腹いっぱいの光景。邪魔しちゃ悪いし早々に撤収するべきかな?)」

 

雪花が場の空気を察して、腰を浮かそうとするが、それよりも早く動いた者が2人。

 

「⁉︎この感覚は……!」

「海が、哭いている……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。遊月と園子(中)の交渉の末、土地奪還によって得た畑の下見をするべく、歌野達が未使用のフィールドに足を踏み入れていた。道中で連絡を入れた童山や流星とも合流し、目の前に広がる光景にまたしてもハイテンションになっている少女がいた。

 

「うっとりするほどの畑だわ。見て、私から立ち上がるこのオーラ!」

「すんごい耕してやる感が伝わってくるよ〜」

「だって触ってみてよ、この土。これは良いわよ!」

「おっ、確かにこれだけ柔らかければ、畑作にはもってこいじゃのぉ」

「ふむ!良作の野菜が期待できそうだな!」

 

すると、樹の端末から木霊が登場し、歌野達と共に土の様子をチェックし始めた。

 

「何だか木霊が嬉しそうです。いつもより弾んでると言いますか」

「精霊にはわかってるのよ。ここが素敵なHATAKEである事が」

「けど、耕す場所も増えた事だし、人数も必要になってくるわねぇ。水都も一緒に耕すんでしょ?」

「えっ?私は、その……」

 

風に言われて渋い顔をしていた水都だったが、不意に表情が一変。どうやら神託が告げられたようだが、酷く慌てた様子だ。

 

「!そんな……!3方向から同時攻撃⁉︎その内1つが、凄い速度でこっちに来る⁉︎」

「異常事態か。それは把握したから大丈夫。クールにいきましょう」

「頼りにしてるわ農業王!」

「水都、落ち着いて状況を分析してくれ」

「はい。今、神託を受けています」

 

何の予兆もなくの敵襲で身構える一同だが、巫女の判断なしに、迂闊な行動はできない。これまでの戦闘を思い返すと、巫女が受けた神託通りに動かないと、かえって危険である事は承知していた為、水都の判断を待つ事に。

ここで、別の用事で外に出ていた藤四郎と冬弥、奏太が合流し、いつでも動けるように準備運動を始める。

少しして、他の巫女と連絡を取り終えた水都が、皆に指示を出す。やはり3方向から来るらしく、しかも1番最初に敵と遭遇するのは、歌野達のグループだそうだ。

 

「なら、他の区域は、他の者達に任せるべきじゃな」

「よし、水都は部室に戻って、先生達と合流するんだ。ここは俺達が防衛ラインを張る」

「大型が予想されます。気をつけてね、みんな……!」

 

と、水都が心配しているのを他所に、こんな場面も。

 

「さぁ樹!ウインクしながら変身して!」

「普通に指示してくれれば良いってば!」

「フフ。緊張。ほぐそうとしてるのよ。さて、他のみんなも頑張ってるだろうから、やりましょう」

「ほないくでぇ!」

 

そうして水都が畑から離れた所で、世界は樹海化し、一同は勇者、武神に変身。敵の迎撃に備える。

その頃、裏山に出ていた球子達は、予め美羽から伝えられた、敵が襲来するであろうポイントまで近づいてきていた。目的地に到着すると、既に他の勇者達の姿があった。

 

「あっ、いたぞ若葉達だ!おーい!こちらタマーズだ!」

「!球子達か!よく戻ってきてくれた」

「美羽の判断で急いで下山してきて正解だったわ。敵襲なのね」

「ホントにいきなりだったもんな!」

 

若葉の隣にいた晴人も、スクワットしながらそう答える。小学生組はお役目で慣れている事もあってか、すぐに準備運動に取り掛かっている。

 

「すぐに戦いになる。皆も準備を」

「けど、間に合って良かった」

「神託が無かったら油断してたな。戦闘だから奇襲もあり得るか。点呼1」(by若葉)

「しばらくはこちらが攻めていたとはいえ、相手が攻めてくる事だってある訳ですから、気を引き締めないと、ですね。点呼2」(by昴)

「切り替えて戦おう。点呼3」(by球子)

「同感です。点呼4」(by小学生の銀)

「私や晴人君達は鍛錬する為に集まっていたので、丁度良かったかもしれません。点呼5」(by須美)

「……それで、敵とぶつかるのはここで間違いないんだな?点呼6」(by巧)

「点呼7〜。ひなた先輩がさっき言ってた情報だと、相手は足が速いバーテックス、だから〜」(by園子)

「全員が集まるのは厳しそう、ですね。点呼8」(by杏)

「なら、俺達だけでここを守るっきゃないな!点呼9!」(by晴人)

「美羽が伝えてくれた情報、無駄にするわけにはいかないからな。点呼10」(by誠也)

「殲滅するわよ!点呼11」(by夏凜)

「いっちょやるか!点呼12」(by司)

「へへっ、腕が鳴るってもんよ!点呼13!」(by中学生の銀)

「……点呼14。終わり」(by調)

 

全員の点呼が終わると共に、準備運動も完了する。その一方で、若葉はある事を心配していた。

 

「……ひなた。安全な所に避難できただろうか」

「なぁにしょげた面してんだよ、若葉」

「!司」

「あいつが心配なら、とっとと片付ければ良いだろ、な?」

「……そうだな。司の言う通りだ」

 

元の時代で共に戦ってきた勇者の一言で、ようやく『らしさ』を取り戻した若葉。

 

「!敵が見えてきました!」

「よし行くぞ!奇襲など無駄な事だと教えてやろうではないか!」

「「アイアイサー!」」

「2人とも!そこは了解で良いのよ!」

「意味合いはほぼ一緒だと思いますけどね……」

「頑張るよ〜!」

 

そうして戦闘が始まった訳だが、決着までさほど時間は掛からなかった。近距離は若葉を中心に、中距離は巧(小)や司、遠距離は須美が担当しており、中々にバランスよく対処出来た為、数分後には敵影もいなくなっていた。

 

「敵の殲滅を確認しました。僕達の勝ち、ですね」

「アハハ。何だか昴って、ゲームのオペレーターみたい。これ褒め言葉ね」

「うんうん!すばるんの知的な感じがバッチリ合ってるよ〜」

「そ、そうでしょうか……?」

「フゥ……いつもより少ない人数だったが、皆、善戦してくれたな。礼を言うぞ」

「まぁバランスはいいチームだからね。何より私がいる訳だし」

「さすがタマーズだ!因みにあんずはタマーズの終身名誉監督だ」

「知らなかった……」

「初耳……」

 

杏と調が困惑する中、司は他のメンバー事を思い返す。

 

「今頃、他の所もドンパチやってんだろうなぁ」

「視界内に入れば、助けに行けますけど……、見当たりませんね。ちょっと遠い所にいるみたいです」

「仲間を信じよう。問題無いはずだ」

「あぁ、そうだな球子」

「……タマ、偉い」

「えっへん」

 

ここぞとばかりに得意げに鼻を鳴らす球子の頭を撫でようとする調だったが、いかんせん身長が足りず、背伸びしながら腕を伸ばす光景に、苦笑を禁じ得ない一同であった。

一方、有明浜にいた面々は……。

 

「うーん、のんびり浜辺でスローライフを楽しんでたのに、敵の強襲とか……」

「急だからびっくりだよね。皆が近くにいて良かったよ!」

「東郷さんから神託を聞けたから、心の準備が出来たよ!」

「勇者なのに巫女も出来るんだもん!そんなの1人だけだよ、東郷さんは凄いよ!」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、恥ずかしいわ」

 

ダブル友奈に褒められて、顔を紅くする東郷。

 

「だが現状、援軍は期待できそうにないな。東郷の話じゃ、他の連中は別ポイントで応戦してるらしい」

「なら、神樹様に辿り着かれないように、俺達だけでやるってわけか!上等!この三ノ輪紅希様が、何人たりとも通さねぇぜ!」

「この前の戦いではパーティーを分けずに済んだけれど、とうとう分割する時が来たのね」

 

苦々しい表情で呟いたのは、ゲーム通の千景。

 

「!来たぞ!」

 

敵を視界に捉えた兎角が叫んだ。

 

「よーし!私達は、負けない!」

「……全て切り裂く!」

 

ダブル友奈と照彦、紅希が先陣を切る形で、戦闘が始まる。東郷の的確な援護射撃もあって、着実に数を減らしてはいるのだが……。

 

「フーッ!全部やっつけたかな?何だか敵の気配が残ってるような……」

「気のせい、じゃなさそうだぞ!」

「!みんな!またあっちから敵が!」

 

東郷が示したその先には、大量の星屑が。

 

「よーし!高嶋ちゃん、行こう!」

「うん!敵が集団でも、ズラッと並んでいればぁ……!行くぞっ、スゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」

 

一つ気合を入れて、波のように迫ってくる星屑に狙いを定める高嶋。

 

「勇者ァァァァ!ラッシュー!」

 

拳を振い続けて、切れ目なく連撃を与え続ける高嶋。嵐のような攻撃に、星屑も対処し切れていない様子だ。さすが高嶋だ、と感心する千景と照彦。

地上では高嶋に蹂躙されると踏んだ星屑は、飛び上がって上空から踏み潰そうと仕掛けてきたが、いち早く友奈が対応にあたる。

 

「空を飛んでる敵は、私が!のぼり!勇者パーンチ!」

「さすが友奈ちゃん!」

「やるじゃねぇか」

 

こちらも感心の眼差しを向ける東郷と兎角。このラッシュがピークだったらしく、その後は難なく敵を全滅させた。

 

「あんまし俺活躍してた感なかったけど、とりあえず大丈夫そうだな!」

「そんな事ないわ。三ノ輪君、休みなく頑張ってたから」

「他の部隊は大丈夫かしら……?若葉さん達の方は問題なさそうだけど……」

「一先ず、藤四郎先輩達のいる方に向かうか」

 

方針が決まった所で、早速動き始める兎角達。その一方で、棗は何処となく落ち着いている様子だ。

 

「……すぐに駆けつける事には同意するが、なに、大丈夫だ」

「?根拠は何だ」

「あの姉妹は強いし、歌野も、童山もいる」

 

どうやら棗は、この4人に絶大な信頼を持っているようだ。無論それは友奈達も同じ気持ちだ。真琴達もついている以上、問題はないだろう。が、数が多いに越した事はないだろう、という雪花の意見も聞き入れ、早めに援護に向かう事に。

道中、照彦がふと気になった事を口にする。

 

「けど、珍しいな」

「?何さ」

「雪花がそこまで積極的になるとこだ。最初に会った頃と雰囲気が変わったな」

「元は冷たい人間だったみたいに思われるからやめてくださいな。……まぁでも、歌野達の危機だと思うと、かなり焦る自分がいるもんで。焦りは禁物だってのは分かってるけど、余計に焦っちゃって……、弱くなっちゃったのかな、あたし」

「否、逆だ。強くなった証だ」

「棗さん?」

「その気持ちを大事にしつつ、戦いに影響しないようにコントロールするんだ。お前なら出来るさ」

「ほほぅ、了解!強くなったんなら問題なし!さぁ助けに行きますか!」

 

一旦ネガティブになった雪花が早くも立ち直った事に驚く照彦だが、見習う部分もあるだろうと思い、気持ちを落ち着かせて、地面を蹴る足に力を込める照彦であった。

さて、ここで舞台を歌野達がいた地点に移してみよう。

 

「むっ!中々に素早い!」

「ぶち抜けぇ!」

「女子力大旋風!うりゃあァァァァァァァァァァ!」

 

水都の神託通り、素早い敵に囲まれながら戦っている一同。その為、童山の張り手や、巧(中)の火炎弾、冬弥と奏太の一振りが中々決まらずにいたが、それをカバーするかのように、この姉妹の奮闘は凄まじいものだった。

 

「ワォ。まるでヘリのプロペラね。敵が細切れになっていくわ」

「いっぱいお仕置き!えい、えい!えーい!」

「こっちは糸でバッサバッサとお豆腐みたいに……」

 

少し離れた位置で観察していた歌野は興味津々だ。しかし眺めてばかりもいられない。新手が確認されたのだ。このままでは埒があかないと思ったのか、風が妹に駆け寄る。

 

「樹、こうなったらアレやってみるわよ!」

「えっ、本気⁉︎いいのお姉ちゃん?」

「えぇ、ここで試すっきゃないでしょ。さぁ樹、カモン!合体技だぁ!」

「わ、分かったよ!えぇーい!」

 

いったい何をする気だ、と敵味方問わず視線が注がれるが、突然樹のワイヤーが風の足を縛ったかと思えば、

 

「えぇぇぇぇぇぇい!」

「ちょっ⁉︎」

 

そのまま振り回し始めて……。

 

「見さらせ!これぞ女子力大旋風の超強化版!犬吠埼ィ!」

「……」

「い、犬吠埼ィ!」

「だ、大車輪!」

 

謎の間があったものの、姉妹の合体技を前に、バーテックス達は影も形もなくなってしまう。

 

「ワンダフル!あっという間に敵が減っていくわ!」

「うむ!見事な連携!」

「しかしいつの間にあんな連携を……」

 

藤四郎が首を傾げながらも、迫り来る敵を切り裂いており、実力の向上が伺える。真琴も素早い敵に苦戦しつつも、先回りする形で銃弾を撃ち込んでいく。

 

「ハァッ、ハァッ……!一先ず、片付いた、かしら?」

「ど、どうなんだろう、ね……。もう無我夢中で……」

 

ようやく風の足がワイヤーから解放されたのは、流星の一太刀が星屑を消滅させたのを確認した後だった。流石の部長も動きすぎたのか、膝に手を当てている。

 

「遠くの方に、こちらに向かってくる敵が見えますが、一息つくぐらいは問題無いかと。一旦体制を整えましょう」

「そうね。脱力タイムがないと、厳しいわ」

 

真琴に状況を確認してもらい、一同は肩の力を抜く事に。

 

「大丈夫か、風。一旦下がった方が良いんじゃないか?」

「そ、そうしたい所だけど、まだまだへばってる場合じゃないもの。部長として、ここで士気を下げるわけにはいかないわ」

「樹も、無理は禁物ッスよ!」

「だ、大丈夫だよ冬弥君。私も、頑張らなきゃ」

「ここの所、皆でワイワイと戦ってたから、これだけ分割すると、スカスカした感じね」

「頼もしいくらい余裕がありますね、歌野さん」

 

すると、息を整えた樹がこんな事を吐露する。

 

「体はまだまだ平気なんだけど、一体も討ち洩らせないから、プレッシャーが凄くて……。皆がいる時はフォローしあえたけど……。1人とか、2人とかで戦ってた人達、強いなぁって、改めて思うよ」

「本当ね」

 

姉妹の視線の先には、諏訪で必死に戦ってきた勇者達の姿が。

すると、その視線に気づいたのか、歌野と童山が近づき、こんな事を話し始める。

 

「……ちょっと不謹慎な事を言うとね。今、キツい状況だけど、ある意味良かったと思ってるの」

「ほうその心は?」

「ここが大変な分、他の人達の危険が減るって事だから」

「!」

 

その考えはなかった、と言わんばかりの表情を浮かべる樹。

 

「自分の所は、自分で何とか出来るからのぉ。まぁ他がキツい時に自分が助けに向かえないのは辛いがな」

「そういう考え方ね。成る程分かるわ」

「素敵だと思います。頑張ろうって気持ちがより強くなりました!」

「……ただね」

 

と、ここで歌野の口調が一変してトーンが下がったように見えた。

 

「この考え方でいくと、みーちゃんや先生方のように、表立って戦場に出られない人達とか、凄く辛いはずだよね。マッスルな源道先生なんかは特に、ね」

「そうね……。美羽も、足は速いけど勇者として戦えるわけじゃないから、本人も気にしてる様子はあったし……」

「ワシらが大怪我して帰ってきた日は、気が沈むと思うのぉ。何も出来ん自分達の歯痒さに苛まれるはずじゃ」

「うむ!童山の言う通りだ。ひなた達を心配させぬよう、ただ勝つのではなく、大怪我なきよう、心がける事だ!」

 

いつの間にか会話に参戦していた流星だが、彼の意見も尤もだ。美羽が戦闘終了後に毎度誠也に抱きつき、それから体の隅々まで怪我がないかチェックしているが、それだけ幼馴染みを心配しているのだ。間違っても、同じような心配を水都にだけはさせたくない。歌野も童山も、頼もしい仲間に恵まれたこの世界に来てからは、そのように心がけている様子だ。

 

「そうね。他の子達の為にも、怪我なんて出来ないわ」

「!間も無く敵とドッキング!全員、戦闘準備を!」

 

真琴の合図と共に、バーテックスの大群が音を立ててこちらに向かってきた。

少ない時間での小休止となったが、モチベーションの回復には充分な時間だったと言えよう。

 

「いくでぇ冬弥はん!」

「了解ッス奏太のアニキィ!」

 

樹のワイヤーで翻弄した隙を逃さず、奏太と冬弥のハンマーによる一撃で吹き飛ばした所で、周囲を確認する一同。

 

「ぜ、全部、倒した、よ……」

「そ、そうね。美人薄命とはいえ、また……生き残ってしまったワ」

「さ、流石にこれで打ち止め、かしら……」

「!いかん!」

 

一同が息を整えていたその時、投擲音が鳴り響いたと同時に童山が、風達を押し倒す。爆弾と思しき物体は、頭上スレスレを通過して地面を抉った。

 

「……敵も甘くないということか」

 

散弾で爆弾を可能な限り撃ち落としている真琴と巧(中)の背を見ながら、藤四郎は苦悶の表情を浮かべる。

端末をチェックすると、向かってくる敵は『グリッサンド』と呼ばれるバーテックスらしく、団子のような形をしており、串のような先端から爆発物を発射しているようだ。そんな大型が3体も向かってきているとなれば、流石の勇者達も表情を険しくする。

 

「アタシの気力は今、残り12%ぐらい、ってとこね。……けど、樹をチラッと見れば……100%!やってやるわ!」

「(どんな回復基準を施しているんだ、うちの部長は……)」

 

何故そんなことで、と疑問が湧き止まない巧(中)。仮に自分が銀(中)を見据えたとしても、100%まで回復する自信がない。

 

「そう、じゃな……!ここで、挫けるわけには、いかんからのぉ!水都が……、畑の野菜が、待っとるからのぉ!」

「そう、ね……!確かにそうよ!ベジタブルの為に……!みーちゃんを守る為に……!勇者は……挫けない!」

「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」」

 

2人の雄叫びが樹海に轟くと同時に、足元が光り始める。この状況を打破するべく、2人が取った行動は合致していた。前もって若葉や流星から教えてもらい、この世界では初となる、『切り札』を行使するべく、各々のパートナーに呼びかける。

 

「カモン!『覚』!」

「頼むぞい!『鬼火』!」

 

神樹を介して精霊にアクセスした2人は、精霊を体内に取り込み、その姿を一変させる。歌野は猿の尾のような刀身を持つ大刀を片手に、風格ある装束を身にまとい、童山は両手のガントレットに炎を宿し、帯刀と巨大な注連縄を付け、言うなれば『横綱』の風格が表れた姿に。

 

「さぁ!ショータイムよ!」

「ダァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

飛び上がった歌野は刀身を振り下ろし、叩きつけるようにグリッサンドを攻撃する。残る2体が歌野に襲い掛かろうとするが、童山の勢いある張り手が妨害する。触れていないにも関わらず、風圧だけで2体のグリッサンドがあらぬ方向に押し戻されている。その強さに、風達も思わず立ち止まってしまうほど、だ。

周囲の星屑が、歌野と童山に危機感を覚えたのか、拡散していた部隊が一気に2人の下へ集結している。それに気づいた真琴が声を張り上げるよりも早く、ここで待ち望んでいた援軍が姿を見せる。

 

「勇者ぁ!パーンチ!」

「バーテックス!これ以上好きにはさせん!」

「そぉらよっと!」

「タマに任せタマえ!」

「吹き飛べぇ!」

 

別の地点でバーテックスとの交戦を終えた友奈達と合流を果たし、ようやく安堵の表情を浮かべる藤四郎達。見れば、大赦に出向いていた遊月の姿もある。道中で少数の星屑を倒しながら、先に兎角達と合流したようだ。

 

「よくも樹や冬弥を苦しめたわね!覚悟なさい!」

「ちょっと夏凜⁉︎アタシも苦しんだんですけど⁉︎」

「どうせ照れてるだけだろ。気にするだけ徒労だから、な!」

 

星屑を千切りにしながらそう決めつける照彦。そうこうしているうちに、グリッサンドに新たな動きが。強化された歌野と童山の攻撃を掻い潜りながら、合体し始めたのだ。

 

「にゃるほど。デッカくなって対抗するって腹か」

「大きくなったからって、負ける気はしないわね。ヘイヘイさぁかかってきんしゃい!」

「ここぞとばかりに強気な態度……。まぁ全員揃ってるし無理ないか」

「三方向からの奇襲……。中々に考えたが、既に決着はついた。往け!歌野、童山!」

 

棗の激励を受けて、2人は無言で頷くと、一気に間合いをつめる。迫り来る爆撃を弾きながら、歌野は刀身を蛇腹のような連結刃に変えて、鞭を振るうように振りかぶる。童山は真っ先にグリッサンドの串のような部分を鷲掴みにし、地面を蹴ると、背負い投げのような動作で雄叫びを上げながら、自分よりも何倍もある巨体を豪快に地面へと叩きつける。そして地面を跳ねた巨体は、連結刃によって跡形もなく削り取られ、数秒後には影も形もなくなった。

後方で歓声が湧き上がる中、歌野と童山は慣れ親しんだように、拳を突き出して、どちらともなく笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海化が解け、友奈達が真っ先に行ったのは、歌野達の具合チェックだった。

 

「みんな、大丈夫だったか?」

「大分疲れたけど、平気よ。中々にグッドタイミングで登場してくれたし」

「はい!皆さん駆けつけてくれて、本当に助かりました!」

「とにかく、大きな怪我にならなくて良かった」

「私、今回の戦いで、また少し自分に自信が持てた気がします!」

 

どうやら今回の戦闘は、樹にとって大きな一歩になったようだ。

そんな中、歌野と童山の所に真っ先に駆け寄った水都が、ある事に気づく。

 

「……あれ?うたのん、ここ怪我してるよ。童山君も……、ここも……あぁここも」

「む?全然気づかんかったわい。向こうじゃ擦り傷は当然の如く付いておったからの」

「まぁ敵へのチップみたいなものだと思えば」

「本当に平気なの?」

「うん!みーちゃん見たら疲れも吹き飛んだし。どんな植物よりも癒やし効果があるんだね」

「それって、誠也さんと美羽さんみたいな?」

 

近場で話を聞いていた晴人の指さす先には、お約束とばかりに、誠也が怪我していないかチェックするべく、強い力で上着を脱がそうとする美羽の姿が。

 

「さて、と」

「流石に帰って寝る流れ?」

「いんや、耕す」

「……へ?今から、ここをですか⁉︎」

 

あれだけ激しい戦闘の後……しかも精霊降ろしを行使して、誰よりも疲労しているにも関わらず、畑作に取り掛かろうとするのだから、雪花やダブル昴が、目が点になるのも無理はない。

 

「目の前に畑があるんだもん!私はやるわよ!」

「うへへっ!まだまだ有り余っとるからの!」

「2人とも、やっぱりブレないなぁ……」

 

こうなる事が分かっていたのか、苦笑する他ない、諏訪の巫女。とはいえ今回のMVPがまた重労働に取り掛かろうとしているのを見て見ぬ振りはできないとして、風達は手伝いの続きを、そして兎角達は乗りかかった船の如く、分担して補助することに。

 

「それにしても……。歌野さんも童山さんも、水都さんに心配かけまいとして、強く振る舞っているようにも見えるんだけど……、大丈夫なのかな?」

「勿論それもあると思うわよ、真琴。あると思うけど、かなり素のような。……逞ましいわね、手伝ってる風と樹も」

 

何処となく羨ましげな視線を送る夏凜を見て、真琴も自然と笑みが溢れる。夏凜もまた、この世界で着実に成長しているようだ。

 

「犬吠埼姉妹の底力は凄いという事が改めて分かったな。そして歌野に童山……、流石諏訪を守り続けた勇者だ。肩を並べて戦える事を誇りに思うぞ」

「うむ!この調子なら、この畑も直に実るだろうな!収穫が楽しみだ!」

 

西暦組の中で2人をよく知る若葉と流星は、目の前に広がる茶色の地面が緑で覆い尽くされる光景を待ち望みながら、手を動かし続ける。

願わくば、元の世界でも実りある未来が咲かせられる事を夢見て……。

 

 

 

 

 

 




初夏に入って本格的に暑い日々が続きますが、夏バテには気をつけてまいりましょう!

次回は、諏訪の巫女に焦点を当てていきます。


〜次回予告〜


「腹ペコった〜」

「結構広いな……」

「力こぶ出来てないし」

「鍛錬あるのみ!」

「私は……まだやりたい」


〜千里の道も一漕ぎから〜


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