結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜 作:スターダストライダー
舞台『リコリス・リコイル』の出来が良いとの事で、早く円盤を買いたいなと思う今日この頃。
「できたー!」
部室内に轟く、銀(小)の歓声。その手には、目と鼻の形にくり抜かれた、小ぶりのカボチャが握られている。
「立派なのが作れて良かったね、銀ちゃん」
「みんなのおかげっすよ!」
「ほとんど巧に助けてもらったッスけどね」
「流石に慣れない作業だったからな。だが、その甲斐あって、悪くない出来になったと思う」
使った工具の手入れをしながらそう呟く巧(小)。
「これで後は、『はろえん』を待つばかりね」
「わっしー、はろえんじゃなくて、ハロウィンだよ〜」
「須美が言うと、何だかヒーターの燃料みたいに聞こえるんだよなぁ」
「……ハロゲン?」
「そう、それ!」
「やっぱり横文字はどうも慣れなくて……」
依然として異文化関連のワードを上手く言い表せない須美が、申し訳程度な表情を浮かべる。
「この辺、東郷先輩らしさが出てるッスよね」
「あ、というかまだ終わってないぜ、須美。ハロウィンに欠かせないものがまだ出来てないし」
「仮装ですね。そういえば、ジャックオーランタン作りに夢中で、まだ案も決まっていませんね」
「そうだったな。そろそろ、衣装を決めないとな」
「そう!ハロウィンのコスプレ!そして年長組の皆さんからお菓子をたんまりもらう!」
先日、歌野ら諏訪組が耕している畑でカボチャをお裾分けしてもらう際、色々あって『ハッピーハロウィン大作戦』が露呈した為、年長組も来る日に備えて準備をしていると思われる為、早くも当日が待ち遠しい様子だ。
そんな中、
「う……、忘れたふりではやはり無理だったわ……」
「?コスプレ、苦手……?」
「大丈夫だよ須美ちゃん。須美ちゃんに似合う、カッコいい仮装もあるはずだよ」
「そ、そうでしょうか。そうであればいいんですけど……」
仮装する事に恥じらいを感じているのか、頭を抱える須美を慰めるように、調や樹がフォローに入る。
「え〜、わっしーは可愛い仮装も似合うと思うな〜。ね〜イッチー」
「?ま、まぁそうだな!」
「ほらもう……。こういう事言う子がいるから。そもそも、何で仮装が必要なのかしら?」
「何でって言われると……。仮装して驚かせて、イタズラされたくなかったらお菓子をよこせ〜ってだけだよ」
「仮装するのは、相手を驚かせる為……でも、何でお菓子を貰うのに驚かせる必要が?」
「え、えと、それ、は……。昴、どう思う?」
「そ、そうですね。時代が進むにつれて、そういう習慣になってしまったとしか……」
返答に悩む昴。それとは対照的に、園子(小)はざっくばらんに回答する。
「要は、みんなで楽しめればいいんだよ〜」
「そういうものなのかしら……」
「そういうものなの!ではこれより、ハッピーハロウィン、作戦フェイズ2に移行する!」
これ以上論議してても埒があかないと思ったのか、銀(小)が強引に話を進める。
「わ〜、ぱちぱちぱち〜」
「コスプレは、ハロウィン当日までにそれぞれが考えておく事!どんな衣装かはそれまで内緒な!」
「オッケー!」
「そ、そんな!ちょっと待って2人とも……!」
「確かに、みんなで衣装を考えた方が良いような……」
唐突な提案に、須美だけでなく樹も待ったをかけるが、それで引き下がる牡丹の勇者ではなかった。
「いいんです樹さん。あたし自身も、みんなの独創性溢れる衣装を見て驚きたいんです!」
「は、はぁ」
「成る程!そういう楽しみ方も悪くないッスね!」
「と、冬弥君⁉︎」
「俺は賛成だぜ!そっちの方が面白そうだし!」
「それでは、各自の健闘を祈る!解散!」
「その前に、こっちの片付けを手伝ってくれ」
などと、巧(小)に引き止められ、後片付けをこなしていく中、須美は項垂れ続けており、その様子を、調がジッと見つめていた。
翌日。
「須美ちゃん、お話って何?私だけ呼ばれたみたいだけど……」
「はい、樹さんをお呼びしたのは、他でもありません」
放課後の空き教室に呼び出された樹は、突然須美に招集された理由を考え始める。
「な、何だろ……ハッ!夕方に部室で2人きり……。これはまさか、恋の相談⁉︎もしかして晴人君とデー」
「?な、なぜ晴人君の名前が出てきたのか分かりませんし、今日は趣向を変えて鯉料理を作ってみようかとは思ってましたが……」
「……へっ?」
「やはり、鯉こくでしょうか」
「え?あ、うん!いいんじゃないかな、鯉こく!(ど、どんな料理だろう……?そもそも、鯉って食べられるのかな?)」
早くも脱線しかけているが、気を取り直して、須美が相談事を持ちかける。
「それで、樹さんに来て頂いたのは、その、はろえんの件でご相談したくて……」
「え?あ、あぁ、ハロウィンだね!」
「私、一晩考えてみたのですが、どんな仮装をして驚かせたらいいのか、やっぱり分からないんです」
「一晩考えちゃったんだ……」
流石の樹も、唖然とする始末。頭の堅さトップクラスの勇者は、更にこう語る。
「それで、勇者部として色んな行事をこなしてきた樹さんなら、何かご存知なのでは、という考えに至りました」
「な、成る程……」
「西洋のお祭りだし、晴人君や銀もあのように言ってましたので、横文字の仮装がいいとは思うのですが、どうでしょう?」
「う〜ん……。多分、西洋の仮装じゃなきゃダメって事はないんじゃないかな。それこそ、日本のお化けでも」
それを聞いて、須美の表情に、微かに光が戻った……ように見受けられた。
「そ、そうですか!それを聞いて安心しました!では、海坊主やつるべ落としでもいいんですよね⁉︎」
「う、海坊主⁉︎つるべ落とし⁉︎ど、どうやるのか興味はあるけど、それは色々大変じゃないかな!」
「え……、ですが、相手を恐怖のどん底へ叩き落とすには、それくらいの衝撃が無いと駄目じゃないでしょうか?」
「そこまでする必要ないからね⁉︎驚かすだけでいいんだからね⁉︎」
これはマズい、と心の中で黄色信号を浮かべる樹だが、須美の心はノンストップの域へと達していた。
「むぅ……、では、お岩さんとかでしょうか。和服なら着こなす自信があります」
「す、凄く似合いそうだけど、驚き過ぎて、お姉ちゃんだけじゃなくて、私も腰抜けちゃうかもしれないよ……」
とりわけ幽霊嫌いの姉の身を案じて、どうにかして路線変更を促す樹。
「う……、樹さんまで驚かせてしまっては、元も子もないですね」
「あはは……(さすが東郷先輩と似てると思ってたけど、須美ちゃんの方が融通効かないんだなぁ……)」
同一人物とはいえ、思った以上に差が出ている事に、違う意味で頭を悩ませる樹。今の東郷は、小川遊月改め、市川晴人との出会いから幾分時間を経て、丸くなった印象が見受けられる為、どうにかなるのだが、須美は違う。出会ってまだ半年も経っていない時期であるが故に、我を突き通す姿勢が強い。
「?樹さん?」
「あ、ううん、何でもないよ!取り敢えず、難しく考えなくていいと思うなぁ」
「そ、そうおっしゃいますが……」
しかし、このまま停戦状態が続くわけにもいかず、部室内に2人の唸り声が鳴り響く。
「取り敢えず、最低限の条件として、相手を驚かせられる仮装がいいんですよね」
「う、うん。須美ちゃんがそれで満足してくれるなら」
「いえ、私が満足出来るかどうかは問題ではなく、相手を驚かさねば、お菓子は貰えないわけですから」
「いや、『トリック・オア・トリート』って言えば、昴先輩達なら、絶対にお菓子をくれると思うんだけどなぁ……」
「『とりっく・おあ・とりいと』と言えば……。では、仮装は必要ないという事ですか?」
「ち、違うちがう!仮装して相手にそう言えば完璧って事だよ!」
「成る程、それが最低条件という事ですね」
「うう、多分そうです……」
段々と返答に苦しむ樹。そんな彼女の心情など露知らず、須美は次々と疑問を投げかける。
「そもそも、『はろえん』の由来は何だったのでしょうか?これを理解しない事には、やはりピンと来ません」
「最初に戻った⁉︎えっと……。多分、魔除けの一種だったんじゃないかな。日本で言うと……」
「節分?」
「そう、それ……って、調君?どうしてここに?」
突然、空いていたドアの隙間からひょっこり顔を出すような体勢で、調がジッと2人を見つめながら声をかけ、驚く2人。本人は気にする事なく、静かに部室に入ってきた。
「廊下、歩いてたら、声、聞こえた。須美、まだ悩んでる?」
「は、はい……」
「あ、話を元に戻すけど、仮装が鬼で、豆はお菓子みたいなものだと思ってくれれば良いよ!」
「ふむ、それは分かりやすいですね。他には何かありますか?」
「他に⁉︎え、え〜と……。調君、どうかな?」
「仮装は……、怖ければ、尚よし」
「し、調君⁉︎」
「やはり、怖い方が良いのではないですか」
またしても振り出しに戻ってしまった事に、焦りを覚える樹。
「で、でも見た目が怖すぎるのは駄目だよ?感情に訴えかける怖さがあればいいと思うな」
「感情、感情ですか……。お2人は、心底怖いと思った事はありますか?」
「心底、怖い……」
刹那、調の身体が震え始めた事に気づき、2人が声をかける。
「調君⁉︎」
「大丈夫ですか⁉︎」
「!……うん。ちょっと、思い出しただけ。もう、大丈夫」
よほど怖い体験をしてきたのだろうか。深呼吸する調が気になりつつも、樹は須美からの質問に答える。
「やっぱり私は、バーテックスと初めて戦った時かな。お姉ちゃんや藤四郎先輩が引っ張ってはくれたし、冬弥君達も横に並んでくれたけど……」
「私も、そうかもしれません……」
自身の経験を思い出していた須美だったが、唐突にハッと顔をあげる。
「!そうです、バーテックスです!」
「?」
「ま、まさか須美ちゃん。バーテックスに仮装する、とか?」
「その通りです!私、より精確に再現する為に、ちょっとバーテックスと戦ってきます!」
「わー待ってまって!1人でなんて危なすぎるよ!」
「止めないでください!武士の情けです!」
「ぶ……?」
善は急げ、とばかりに部室を出ようとする須美を引き止める2人。
観察の為、という理由で危険地帯への単独行動を容認出来るはずもない。が、頑固な須美を放置しておくわけにもいかない。悩んだ末、流石に彼女1人を戦地に行かせる訳にはいかず、樹と調も同行する事に。念の為、顧問の源道や、巫女のひなたにも声を一言断りを入れた方が良いとし、早速2人に事情を説明する。
「「……」」
話を聞いた2人の顔色は、当然優れず。やがて、ひなたの方が先に折れたのか、ため息を一つついた。
「……よく分かりませんが、わかりました」
「ほ、ホントですか?ひなたさん、何だか怒ってたりしませんか?」
「多少呆れていますが、経験豊富な勇者部の樹ちゃんがいるなら、大丈夫でしょう。源道先生は、どう思われますか?」
尋ねられた源道は、う〜ん、と唸り続けていた。顧問でもあり、指導者でもあり、何より大人として、どう判断するべきか悩んでいる様子だ。
「須美君の気持ちも分かるが、危険である事に変わりはない。樹君と調君の実力を疑っているわけではないが、万が一の事があっては駄目だ。……これは最近見た忍者系のアクション映画の知識になるが、団体行動なら、フォーマンセル……つまりは4人1組が最低限だ。せめてもう1人護衛を、それもいざという時の為に上級生をつけたい所だが……」
「それなら、俺が入れば問題ナッシングだぜ!」
すると、待ってましたとばかりに颯爽と現れたのは、チソウドリの勇者だった。子孫に似て、猛烈な姿勢に、須美は場違いながらも苦笑してしまう。
「紅希君、ですか。どうしてタイミングよくここに来たのかは謎ですが、お願いできますか?」
「任せとけって!要はこいつらが無茶しねぇように見張ってればいいんだろ?なら、お茶の子さいさいってな!」
「!ありがとうございます、紅希さん!」
後輩や捨て猫の面倒見が良いとされている、紅希のやる気に情を動かされたのか、源道も頷く。
「よし、分かった。お前達の、未開放地域での活動を容認する!ただし、目的はあくまで敵の観察!過度な戦闘は控えるように!特に須美君は肝に銘じるように!」
「心配ではありますが……、紅希君、よろしくお願いしますね」
「おうよ!」
「はい!それでは紅希さん、樹さん、調さん、行きましょう!やるからには、全力で参らせて頂きます!」
「いえだから、無理はしないでくださいね……?」
ひなたが再三忠告するも、4人は既に部屋を出て、目的地に向かっていた。
「その場のノリに合わせて、紅希君に任せてしまいましたが、ちょっと……というより、かなり不安ですね」
普段から、三ノ輪紅希という男の姿勢を見てきたひなたは、若干、不安と後悔の念を抱いているようだ。
「(それに、今日の調君も、何処となく雰囲気が変わっていたようにも見受けられますし……)……信用していない訳ではありませんが、手を打っておきましょうか」
「なるへそ。バーテックスのコスプレをしたくて、直接観察ってわけか。面白そうだな!」
「……かなり不安」
道中、事情を説明された紅希が期待に胸を膨らませる中、一行は樹海に到着。紅希を先頭に、どんどん奥へと進んでいく。
「須美ちゃん、大丈夫?」
「はい、まだまだいけます。それにまだ、バーテックスも現れていませんし」
「今は私達だけなんだから、ひなたさんが言ってたように、無理しないでね」
「はい。一緒に来てくれたら皆さんの為にも、無茶は絶対にしません」
一先ずは、突出する気配はなさそうなので、樹達も肩の力を抜いた。
「……いつもは大勢の勇者の皆さんと共に戦っていましたから、何だか久しぶりな感じです」
「そういや、お前らって元の時代じゃ小学生しかいなかったんだっけ」
「はい。今回は更に少ない人数ですが、頼れる方々に囲まれてますので、少しも心細くありません」
「ありがとう須美ちゃん。でも、凄いな。私なんか、勇者部のみんながいないと心細かったよ」
勇者に選ばれたばかりの頃の自分を思い返す樹。具体的な夢も見つからず、姉の背に隠れる事しかできなかったあの頃の面影は、今や形も残っていない。そしてその事を、今の須美も周知している。
「今は、私の為に来てくれてますし、樹さんも、私が尊敬する勇者です」
「そ、そっか……、えへへ、須美ちゃんに元気づけられちゃった」
「いえそんな。私はただ、思った事を言っただけです」
「な、何だか恥ずかしいね!」
「私も、恥ずかしくなってきました……」
「へへっ!良い事じゃねぇか!本音を言い合えるなんて、最高じゃん!」
会話を聞いていた紅希も高笑いする。調は相変わらず無口で、ひたすら前だけを見ているようだが。
そんな彼も、歩いて5分ほど経った所で口を開いた。
「……ねぇ。ホントに戦うの?人型と」
「はい。バーテックスに仮装すると決めた以上、曖昧なものにはしたくありません。この目に焼き付けます」
「へぇ。今までに戦ってきたバーテックスをモチーフにするのはナシなのか?」
「流石に細部までは覚えていませんから。分からないままやるのは好きじゃないんです」
「な、成る程……(意気込みは凄いけど、何だか方向性は間違っている気がするような……)」
若干の不安を覚えつつも、奥へと進む一同。しかし全くもって敵の気配がない事に痺れを切らしたのか、須美が声を荒げる。
「さぁバーテックス!いつでもかかってきなさい!」
「(でも、東郷先輩より頑固で真面目で、私なんかよりも優秀で……、なのに凄く頑張りやさんな須美ちゃん。こんな須美ちゃんだから、今のカッコいい東郷先輩になっていったんだろうなぁ……)」
「どうしたの⁉︎まさか怖気付いたとでも言うの⁉︎意気地なし!意気地なしのバーテックス!」
「ここぞとばかりに煽ってんなぁ……」
「(ちょ、ちょっと一生懸命すぎて、周りが見えなくなっちゃう所はあるみたいだけど……)」
しばらく立ち止まって辺りを見渡していた須美達だが、一向に進展がなく、須美は困った表情で紅希に声をかける。
「おかしいですね……。中々現れません。どうしましょうか」
「この辺にはもう出ないのかもな……。もうちっと奥まで行くか」
「えっ。でもさすがにこれ以上は……」
「任しときなって!須美もやる気満々だしな」
そう言って、一同は更に奥へと進んでいく。樹も調も、このまま紅希の後を追う事への不安が増したようだ。
そうして蔦が更に生い茂るエリアに入ってすぐの事だった。突然紅希がピタリと立ち止まり、両手にチャクラムを握ると、身を低くするようなジェスチャーを3人に送る。何事かと思った3人の視線の先に、それは現れた。
「(!大型のバーテックス!)」
そこにいたのは、須美が望んでいた人型ではなかったが、星屑の何十倍もの体長の敵だった。恐らく造反神が創り上げたものだろう。スマホのレーダーで確認する事なく、その容姿を目視していた須美だったが、ハッとなって弓を構え、身を乗り出す。
「大型のバーテックスです!樹さん、皆さん!行きましょう!今が好機です!」
「……ねぇ須美ちゃん」
「?どうかされましたか?」
不意に樹に呼び止められ、困惑する須美。
「仮装の為に姿形を覚えるだけなら、別に戦わなくてもいいんじゃないかな」
「え……?」
「勿論、戦うんだったら私も全力で援護するけど、わざわざ須美ちゃんが危ない目に遭うのは嫌だよ」
「樹さん……」
「だから、ね。距離を取って、遠巻きに眺めてようよ。グルグル回れば、くまなく見れるよ、きっと」
「ありがとうございます、樹さん。心配してくれて」
でも私、戦いたいんです。
そう呟く須美の目力は真剣そのものだった。
「最初は仮装の為にここまで来たつもりでした。でも、バーテックスの姿を見てると……、何れこの敵と戦う事になると思うと……。大型のバーテックスと、私だけで戦えるようになれば、これからの戦いで、きっと役に立ちます。何より、遠距離のみで倒せるようになれば晴人君達が危ない目に遭わず、怪我をする事も少なくなるでしょうから。だからこのバーテックスは、わたし1人で倒します。皆さん、なるべく手出し無用でお願いしま」
「!ダメ……!」
不意に須美の言葉を遮るように、調が彼女の裾を握り、止めに入る。いつになく俊敏な様子に、何かを言いかけた紅希も押し黙る。
そして、次に口を開いたのは樹だった。
「……それじゃ、須美ちゃんはどうなるの」
「え」
「晴人君達の代わりに、須美ちゃんだけ危ない目に遭うなんて、そんなの間違ってるよ!」
「……!」
この世界に召還されて、初めて聞く、樹の怒声。須美は言葉を失う。
「それに、そんな事してあの5人が喜ぶの?今の私達みたいに、きっと怒ると思うよ!先生だって、須美ちゃんを心配してくれてるから、私達に守ってもらう事を条件に、我が儘を聞いてくれたんだよ!」
「……」
その間、紅希は口を挟まなかった。彼としても言いたい事があるのだろうが、敢えて下級生に喋らせる事に。
続いて、調が裾から手を離して、こう語り始める。
「1人は、怖い。1人では、絶対無理」
「調さん?」
「……僕の、パパとママ。あの日、バーテックスに、食べられた。僕の、目の前で」
「「!!」」
その告白に、衝撃を隠せない神世紀の勇者。一度話を聞いた事のある紅希も、表情を暗くする。
「1人ぼっちになって、でも逃げられなくて、死ぬかもしれないと思ってた。……でも、タマやみんなに、助けてもらった。だから、僕も、タマみたいに強くなりたくて、1人で頑張ろうと思った。でも、無理だった。タマやみんなと一緒じゃなきゃ、強くなれない。だから、今も同じ。みんなで一緒に、頑張れば良い」
調の言葉を聞いて、樹も力強く頷く。
「みんなが危ない目に遭わないように、みんなで協力して戦うの!それが勇者だよ!」
「樹さん……」
「だから、『私1人で』なんて、そんな悲しい事言わないで……」
「……」
しばらくの沈黙の後、須美はシュンとした表情で頭を下げた。
「……すみません皆さん。私が間違ってました。それに、思い上がっていました」
「う、ううん!私もごめんなさい。何だか生意気な事言っちゃった」
「いえ、やはり樹さんも調さんも、私が尊敬する勇者です。あぁ勿論、紅希さんも憧れの勇者ですよ」
「ん?そんなとりつくろう必要ないぜ?俺は何も言ってないし」
へへへ、と笑いながら両手を上げる紅希だが、彼も、樹や調が須美を説得してくれると信じて、敢えて口を挟まなかったのだろう。
「今は4人だけですが、これからも、私と一緒に戦ってくれますか?」
「ロチモンよ!」
「うん!」
「!」
紅希と樹の返事、そして調が力強く頷く姿を見て、須美は安堵した。これから少しずつ、皆と共に強くなっていく。改めてそう決意する須美であった。
その後、須美を中心に話し合った結果、未知の敵との戦闘は危険だと判断し、口惜しくはあるものの、敵が襲ってくる気配がないのを理由に、その場から離脱する事に。
道中で星屑に襲われないか警戒しつつも、ようやく安全圏に足を踏み入れた所で、樹が口を開く。
「あ、あのね須美ちゃん」
「はい?」
「私は、ハロウィンの由来は上手く説明できないけど、ハロウィンがどんなイベントかは説明できるよ」
「?」
「いつも頑張ってる、須美ちゃんみたいな子が、年上の人達に目一杯可愛がってもらう日だよ」
「!樹さん……」
「だから、もっと肩の力を抜いて、みんなを頼ってね。それと……、私の事も頼ってもらえると、その……」
恥ずかしげにそう語る樹を見て、須美は笑みを浮かべる。
「樹さんには、もう十分頼らせてもらっています。でも、これからも目一杯頼らせてください!」
「うん!」
「お手柔らかに……」
などと、下級生のやり取りを見ていた紅希だが、ふと思い出したように尋ねる。
「そういや須美。結局コスプレの方はどうすんだ?あのバーテックスだってろくに観察しなかっただろ?」
「その件ですが、ここまで頼ってもらって申し訳ないのですが、実は、その……」
「「……?」」
そうして何故か、樹と調の耳元で囁く須美。
「?何だよ突然?俺にも聞かせてくれよ。何か妙案でも浮かんだんだろ?」
「駄目です。これは『はっぴいはろえんだいさくせん』の参加者にしか話せない内容なので」
「え〜ケチだなぁ……。ま、当日を楽しみにしますか」
そう言って、遠目で3人の相談事を見守る紅希。
「状況、終了ね」
その4人の様子を見ていた東郷が、スコープから目を離す。
須美達の遥か後方で、様子を伺っていた勇者達は、各々感想を口にする。
「突然ひなたに呼ばれて何事かと思ったが、後輩達のお守りとはねぇ。ひなたも全然紅希を信用してない感じだったし。ま、普段のあいつの遅刻癖を見てれば、そうなるわけだ」
「けど、大事にならなくて何よりだ。師匠にも安心して報告できる」
「私達の出る幕もなかったわね」
「うん!樹ちゃんも調君も、すっごくカッコよかったね!」
「調の過去を聞いた時はさすがに驚いたが、樹の説教もあって、何とか思いとどまってくれたみたいだし、今回のMVPは間違いなくあの2人だな」
などと称賛が湧き上がる中、この2人はというと……。
「ウゥ、グズッ……!」
「た、タマっち先輩⁉︎鼻水垂れちゃってるよ⁉︎あ〜もうジッとしてて!」
「だっでぇ〜……!調がぁ、調があんなにも堂々としてるんだぞぉ〜!タマは、タマはすっっっごく嬉しいぞぉ!」
「ウゥ……!アタシは今!猛烈に感動しているっ……!」
「まーた泣いてるわこの部長!……けどまぁ、確かに樹、やるじゃない」
「お、おおおォォォォォ……!藤四郎〜!あの子を見なさい!あれがアタシの妹よ、べらぼうめぇ〜!」
「あぁ、見てるさ」
思わず肩を揺らす風に対し、苦笑まじりに答える藤四郎。彼らとしても、後輩の成長を心の底から喜んでいる様子だ。
「樹ちゃんの言う通り、はろえんの日は盛大にあの子達を甘やかしてあげましょうね」
「そうだな。……それと東郷」
「?」
「須美もそうだが、そろそろ横文字にも慣れてもらえると、こっちとしてもありがたいんだが……」
そして迎えた、ハロウィン当日。
部室前には、仮装をしてその時を待つ、年下組の姿が。
「よぉしみんな、準備はいいか?」
「準備オッケ〜」
「う……今になって恥ずかしくなってきたよ」
「今更何言ってんスか。似合ってるッスよ!」
「めちゃくちゃ気合い入ってるよそのコスプレ!」
「こ、コスプレって言わないでよ〜!余計恥ずかしい……」
「い、樹さんが恥ずかしがっていたら、私はどうなるんですか。憤死してしまいます」
「そんな大事なのか……?」
「わっしー、凄く可愛い〜!」
「なんだかんだで仕上げてきてるしな!」
「確かに、これはあたしの完敗だな……」
「須美ちゃん、どういう心境の変化が起きたんでしょうか?」
「……怖がらせたり、驚かせたりじゃなくて、楽しんでもらうのが『はろえん』の趣旨だと理解しただけよ」
「うんうん、須美ちゃん偉い!でも、ホントにその衣装、可愛いよ」
「……うん。似合ってる」
「あ、ありがとうございます……」
「ほほ〜、ウチの須美さんも少しは分かるようになってきたじゃないの」
「も、もう良いから、早く行きましょう!」
「そうですね」
「んじゃ、ハッピーハロウィン作戦、最終フェイズへ移行だ!突撃ぃ!」
指揮官、市川晴人の合図を皮切りに、勢いよく扉を開けて、部室に突入する9人。
「「「「「「「「「トリック・オア・トリ」」」」」」」」」
『ハッピーハロウィン!』
突如、9人の呼びかけを遮るかのように、クラッカーの音が部室内に轟く。見れば、室内は既に、テーブルに並べられた手作りのお菓子を初め、内装もハロウィン風に様変わりしており、晴人達も困惑を隠せない。
「あ、あれ⁉︎サプライズのはずだったのに⁉︎」
「いや、お前と晴人がバラしてたからその反応はおかしいけどな」
「けど、これは……」
「わ〜!お菓子がいっぱいだよ〜!」
「君達、お勤めご苦労!気に入ってもらえただろうか?」
何故か柔道衣を着て腕を組みながら、源道は9人の反応を伺った。(本人曰く、仮装のつもりらしい)
「てなわけで、今日はアンタ達を盛大に甘やかす!お菓子も手作りだ!……それと、お疲れ様、樹」
「調も、よく頑張ったな。今日は存分、タマに甘えタマえ!」
「お姉ちゃん……!」
「……うん。甘える」
「それにしても、須美も随分と凝った衣装を考えたな」
「確かに」
「須美ちゃんったら、意外と大胆〜」
「ううむ、可憐だ」
早速注目の的となっているのは、魔女風の仮装に扮した須美であるが、当の本人は顔から火が吹き出そうなほど、縮こまっている。
「ウゥ……!ど、どなたか介錯をお願いできないでしょうか……?」
「うむ!それなら任せ」
「流星⁉︎き、きっとジョークよ⁉︎」
「2人とも冗談に見えないけど……」
「うふふ。みんな、今日は思いっきり楽しんでね」
そうしてハロウィンパーティーが賑わう中、紅希がお菓子の入った皿を持って、須美の前に立つ。
「須美」
「?紅希さん?」
「背中を預けられるやつがいるのって、最高だろ?」
「!はい!」
同い年で、大切な友達の面影を感じさせる、先祖の屈託のない笑みを見て、須美も表情を緩ませ、ハロウィン仕様の菓子袋を受け取った。
皆さんはコスプレってした事ありますか?
コミケでは毎回クオリティの高いものが多いかと思われますが、C101も盛り上がりましたね。
私はというと、以前習い事の一環でハロウィンパーティーに参加した際、『オペラ座の怪人』の『ファントム』に扮した事があります(どちらかといえば、『金田一少年の事件簿』に出てくるファントム寄り)が、よほど怖かったのか、すれ違う子供達はみんなギャン泣きでした(笑)。
〜次回予告〜
「まだ足りない?」
「別の意味で疲れたわ……」
「ばっぶー!」
「イタズラ……したいの?」
「たぁんと召し上がれ♪」
〜イタズラは仕返しが怖いからやめた方が良い〜