結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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お待たせしました。

本当ならば今回の話は、先週にも投稿できたのですが、TCG界に多大な貢献を果たし、世界中でも衝撃を呼んだ、『遊戯王』の原作者、高橋和希さんの突然の訃報も相まって、この話の内容的に、個人的な判断で先週の投稿を避けた次第であります。
勝手な判断で投稿を先延ばしにした事をお詫びすると共に、遅くなりましたが、改めて、ご冥福をお祈りします。




EV4:服を着たまま、冷静に泳げる人は先ずいない

バーテックスとの戦いを終え、責務を果たせたと、満足げな表情で、炎天下の海の上を、さも気持ちよさそうに浮かんでいた。服を着ながら。

そんな彼女に忍び寄る、3つの人影が。

 

「えぇーい待てーい!棗ぇー!」

「あ、あんな遠くに行って大丈夫なんスか⁉︎」

「待ってくださいよー!」

「3人こそ待ってよ!どうして水着に着替えないの⁉︎」

 

棗の元へ向かおうとする球子、冬弥、銀(小)だが、どういう訳か、3人とも棗と同様に、私服を着たまま海に浸かっている。当然ながら、杏が止めに入り、その隣にいた調は、球子に続こうとするが、服を着たまま海に飛び込むのを躊躇っている様子だ。

 

「棗が服のまま海に入っていったからだろ?」

「あたし達だって、負けてられませんよ!」

「折角水着買ったのにー!」

 

どうやら彼女が引き止めようとしているのは、以前杏が球子の可愛さを引き出すべく選んだ水着を、球子が着てくれない事にあるようで、決して棗の真似をしようとしている事に言及している訳ではなさそうだ。

 

「つべこべ言うな、あんず。こういうのも面白いじゃないか」

「滅多にできない経験スからね!」

「それは、そうだろうだけど……」

「……ありゃ⁉︎あんずが引き止めるから、棗の奴を見失ったじゃないか!」

「え?」

 

ふと前方に目をやると、先ほどまで確かに浮いていたはずの棗の姿が、忽然と消えている。

 

「ど、どこへ行ったんスか?」

「まさか、溺れたとか⁉︎」

「何っ⁉︎」

「そんな事、あるかな……?」

 

調が首を傾げていたその時、棗を探していた3人に脅威が襲い掛かる。

 

「!あぁ!タマっち先輩前!」

「「「うわぁ⁉︎」」」

 

ハッと振り返った時には、突如横殴りとばかりに高波が押し寄せて、あっという間に3人をのみ込んだ。

 

「イヤァァァァァァァァァ!タマっち先輩!冬弥君!銀ちゃん!」

「あ……!」

「……くぁ……った、助け……っ!」

「お、溺れるッス……!」

「っ!すぐ助けますから、掴まって……!」

 

杏が細い腕を目一杯伸ばすが、全く届いていない。その間にも、上手く息継ぎが出来ずに苦しむ3人。

 

「!助け、なきゃ……!」

「調君⁉︎ダメよあなたまで!」

「でも……!」

 

このままでは本当に危ないと思った調が、本能的に飛び込もうとするが、服を着たままである事に加え、運動神経は勇者達の中でも自分と同じくらいかなり低いが故に、泳ぎもままならないのを知っている杏。そんな彼を杏が止めようとするが、そうこうしている内に、海面に上がってこなくなった3人。

 

「何をしている!」

 

青ざめる調と杏の耳に、1人の少女の声が飛び込んできた。先ほどまで姿を眩ましていたその少女は、状況を把握していたらしく、目を見開く2人の目の前で、一度潜ったかと思うと、次に姿を現した時には、溺れていた3人を体を掴んで、無事を確認していた。

 

「……生きているか?」

「……な、なんとか」

「ギリギリで……」

「た、助かったッス……!」

「良かった……!棗さんありがとうございます!」

 

3人の無事を確認し、ホッと一息つく調と杏。そんな中、息を荒げている3人を見て、棗が呆れ顔で一言。

 

「服を着たまま海に入るとは……正気か?」

「お前が言うなよぉ⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほんと、マジで助かりました」

「ゴメンなさいッス……」

「……」

「ほら、タマっち先輩もお礼。棗さんがいなかったら、危なかったよ?」

「ぐぅ……。あ、ありがと……な」

「タマ、無事で良かった」

 

岸に上がった4人は、調がテントから持ってきたタオルで海水を拭い取っていた。幸い天候も良い為、服は天日干しで乾くと踏んで、そのままの格好で腰を下ろす事に。調は心底球子の安否を心配していたらしく、捲れる彼女の背後に立って、懸命に体を拭いていた。

 

「礼には及ばない。だが、なぜこんな無謀な真似を?」

「元はといえば、棗がザブザブ海に入って行くから、後を追いかけたんじゃないか!」

「独りで、しかも服のままなんて危ないと思ったから……」

「あぁ、そういう事か……」

「何言ってるの?負けられるかって対抗心だけで追いかけたくせに……」

「だって、サバイバルの申し子であるタマが、泳ぎで負けるわけにはいかないだろ!」

「でも、溺れてた」

「うぐっ……」

「ぐぅの音も出ないッスよ……」

 

調にイタい所を突かれて、凹む球子。そんな様子を見て、棗が問いかけた。

 

「君達は、着衣のまま泳いだ事があるのか?」

「ないッスね。これが初めてッス」

「慣れていないと、思ったより難しいものだ。無理をしてはいけない」

「でも、棗は平気そうだったじゃないか」

「私は慣れているから」

 

そう言われては、返す言葉もないのか、球子も黙り込んでしまう。経験の賜物が生んだ実力さを見せつけられては、どうしようもないと悟ったのだろうか。

 

「それにしても、随分遠くにいたのに、よく気づけましたね」

「海が教えてくれたんだ」

「海が……?」

「それって、なんかこう……スピリチュアルな感覚というやつですか?」

 

『海が教えてくれた』

棗と会話をする時、決まって同じフレーズを使う事で気になっていた杏も、思い切って尋ねてみる事に。

 

「そんな大層なものではないさ。海全体が私の身体というか……。私自身が、海の一部のようなものだから……」

「なんか、カッコいいッスね!」

「私だけじゃなくて、故郷では皆……、そういう感覚で海と対話していたんだ」

「?そういうのと、上手く泳げるって事は、別の事じゃないか?」

「そうだろうか……?」

「何か秘訣があるんだろ?タマにも棗の泳法を教えてくれよ!」

「あ、あたしにも是非!」

「オイラにも!」

「ちょっと3人とも、助けてもらったばかりなのに、棗さんに迷惑だよ……。調君も何とか言って」

「……教えて、ほしい」

「えっ?」

「あの時、棗がいなかったら、タマ達、助けられなかった。だから、今度は、助けたい。だから、教えて、ほしい」

 

そう懇願する調の熱意は、球子達以上のものだったに違いない。運動下手な彼なりに、力を身につけて、球子の役に立ちたいのだろう。その熱意を受け取った棗は小さく頷く。

 

「……私でよければ教えよう」

「!ありがとう」

 

こうして海人の代表格である棗を講師に迎え、杏を含めた5人は特別講義を受ける事に。

 

「ところで……、3人は、どうして溺れたんだ?」

「どうして、って……」

「棗を追いかけようとして泳いでたけど、全然前に進めなくてさ……」

「そうしてたら、波にのまれて、浮き上がろうとしたんスけど、思ったように動けなかったッスね」

「私達も、3人に近づく事さえ出来ませんでした」

 

事情を把握した棗は、あっさりとその原因を明かした。

 

「うん。服が水を吸って、重たくなったからだな」

「え?それだけであんなになるものなのか?タマのクロールはイルカ並に速いのに⁉︎」

 

実際そこまで彼女が速いのかはさておき、泳ぎに関しては得意だと自覚している球子としても、納得がいかない様子だ。その一方で、棗は球子の発言の中にあったワードに難色を示す。

 

「クロールは……マズい」

「「「え?」」」

「袖が何倍も重くなった状態では、腕を振り上げる度に筋力を消費して、すぐに力尽きてしまう」

「そういえば……、脚も2、3回バタバタしただけで、全然動かせなくなった気がします……」

「靴も水を吸うからな……。重りをつけて泳いでいるようなものだ」

「成る程!じゃあ水の中で脱げば良いんだな!」

「そんな事するくらいなら、水着に着替えてよ……」

 

尤もなツッコミを入れる杏。ただ、『タマっち先輩が可愛らしい水着を着こなして欲しいという願望も含まれている』感が滲み出ているようだが。

 

「着衣泳法の初歩は、先ず水に浮く事。下手に泳ごうとすれば、必ず溺れる」

「でもあたし達、浮く前に溺れちゃいましたけど?」

「それは、泳ごうとして無意識にもがいていたからだ。両手を広げて、背中で浮く。先ずはそれからだ」

「あぁ、あの時先輩がしてたポーズみたいにすればいいんスね」

 

コツを教えてもらった所で、次はいよいよ実践。一同は先程と同様に服を着たまま、再び海に着水する。今度は調と杏も挑戦する事に。

 

「こう、か……?オォ、成る程、浮く!」

「そうすれば、冷静に波の動きを読む事が可能になる」

「空が……見える……」

「本当……。青い空、お日様が温かい……」

「そういえば、さっきは焦ってて気づかなかったんスけど、波の音もよく聞こえるッスね」

「うん。溺れた時は、焦るのが一番良くない」

「でも、これじゃあどんどん流されて、沖に行っちゃわないか?」

「方向を変えるには、そのままゆっくりと腕を動かす。水面を撫でるように……」

 

教えられた通りに腕をゆっくりと動かす5人。確かに、波の抵抗をほとんど受ける事なく方向転換に成功する。

 

「凄いッスね……!」

「自分の身体が、木の葉になったみたい……!」

「流れに逆らわず、連れて行ってほしい所を頭に思い描くだけで良い」

「うぅ、解るけど、なんていうか……じれったい!波を掻き分けて泳ぎたいぞ!」

「海に対抗しても無駄だ……」

 

自然に身を委ねる、という行為は、やはりというべきか、球子の性根に合っていない様子だ。

 

「でもでも!タマはもっと速く進みたい!このまま水を思いっきり掻けば……」

「あ!タマっち先輩!」

「危ないぞ……」

 

杏が引き止めようとするが、時すでに遅し。球子の体は再び海中へ。

 

「プアッ!し、沈んだ……!」

「あっという間、だった……」

「先輩大丈夫ッスか⁉︎」

「海難事故に関するニュースを見てる時は、深くは考えなかったんですけど、海って、怖いんですね……」

 

改めて海に対する恐怖心を覚える杏だが、そんな彼女に諭すように、棗は語り出す。

 

「それは、海の声を聞こうとしないからだ。逆らわずに身を委ねれば、海は果てしなく優しい」

「棗さんが言うと、説得力あるなぁ」

「お前凄いな!悔しいが、タマには無理だ」

 

改めて、棗の凄さを実感した一同。されど沖縄の勇者は、首を横に振る。

 

「そんな事はない。人は皆、海に見守られ、愛されている。だから、私達も、ただ愛せばいい……。この慈悲深き海を……」

 

そう告げてから、海の中に潜り込む棗。

 

「潜っちゃったッスね」

「どこに行ったんですか?」

 

服を着たままだと言うのに、手慣れた様子で潜水する姿勢を見て、調はポツリと一言。

 

「もしかして、半魚人……?」

「そこは人魚って言ってあげた方が……」

「!あぁ!あそこ見てくださいよ!」

「マジか⁉︎どうやってワープした⁉︎」

「棗さんは、本当に海に愛されているんだなぁ……」

「とても、敵いそうにないッスよ……」

 

格の違いを見せつけられて、意気消沈気味な冬弥達。ただ1人を除いて。

 

「あれ、球子さん?」

「えぇい待てーい!棗ぇぇぇぇぇ!」

「あぁ!またそんな……!」

「球子さん危ないですよ!ってあぁ⁉︎また波が!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

またしても対抗心が面立って露わとなった球子が、自然とクロールの姿勢になった矢先に、高波が彼女を襲う。

 

「タマ……!」

 

冬弥達が唖然となる中、調は今度こそとばかりに、海の中に体を沈ませた。勿論、棗に教えられたように、自然に逆らわず、潮流に身を任せるように、一歩ずつ球子に近づく。教えを律儀に守ったおかげか、ものの数秒後にはバタついている球子の所に辿り着き、落ち着かせるようにギュッと背後から抱きしめながら、ゆっくりと浮上する。自分でも驚くほど冷静に助けられたものだ、と思いながら、球子の無事を確認する調。

 

「ブハァ!た、助かった……!」

「タマ、良かった……」

「大丈夫スか⁉︎」

「もう、懲りないなぁ……」

「ありがとな、調。……よぉし、次は自力で浮上できるように!」

「……タマ。唇、紫。これ以上は、危ない」

 

そう呟く調の唇も紫に近い色になりつつある。慣れない事をやり続けて緊張しているのか、体力の消耗が激しくなっているようだ。それを見た球子は、彼の身の安全が最優先だ、と自分に言い聞かせて、されど悔しげに宣言する。

 

「くっそー!棗ぇ、次は負けないからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「(お願いだから、今度は水着に着替えてから出直してよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!)」

 

宣戦布告と心の叫びが、常夏の海に轟く。

そんなこんなで、美しい海で様々な思い出を作った勇者部一同は、今回の戦績を顧問達に報告するべく、重い荷物を持って、讃州市に帰還するのであった。

 

 

 




例年、海絡みの事故が後を絶たないですよね。これから本格的にシーズンに突入する為、皆さんも遊泳の際は、くれぐれも注意してください。
間違っても、棗の真似だけはしない事をお勧めします。

次回もイベントストーリーを進めていきます。


〜次回予告〜


「ワッショ〜イ!」

「私、すくうわ!」

「高速フラグ回収だ……」

「ど、毒ガス⁉︎」

「巫女限定って……?」

「私達に任せて」


〜『祭り』を前にして、テンション上がる人は多いはず〜


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