結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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お待たせしました。

『満開祭り4』から早1週間が経ちましたが、本当に素晴らしい体験をさせてもらいました!
声優さん達のやりとりから、生アフレコ、そして記念グッズ。どれも思い出に残るものばかりでしたが、噂に聞いた通り、生アフレコは本当に素晴らしかったです!
千景の悲痛な感情を剥き出しにしたセリフも素晴らしかったのですが、個人的に一番印象に残ったのは、若葉が最後に言い放った、オリジナルのセリフでしたね。あれを聞いてると、自然と目頭が熱くなり、気がつけば周りからも鼻を啜るような音が耳に響いてきました。本当に客席にいる自分達に向けられた、メッセージ……基バトンが、こうしてアニメ作品から現実世界に受け渡されている気がして、自分もこの小説の執筆、頑張らなきゃ、と涙を浮かべながら、改めて決意した所存でございます。
本当はもっと語りたい所ですが、泣く泣く割愛させていただきまして、本編に移りたいと思います。


EV3:海は綺麗なのが一番

「海だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

開口一番、澄んだ青空の真下に広がる絶景を前に、両拳を突き上げた晴人の叫び声が響き渡る。

 

「ウォォォォォォォォォ!遊ぶぞー!」

「海だうみだー!遊ぶぞー!」

「イヤッホー!」

 

同じくハイテンションの球子とダブル銀。待ちに待ったとばかりに、波打ち際に近づこうとすると……。

 

「ダメよあなた達。海に入るのは、先ず自分の荷物を片付けてから」

「はーい……」

「分かりましたよぉ。須美は厳しいなぁ……」

「根は真面目だからなぁ……」

「タマっち先輩もだよ。先に荷物を片付けちゃってね」

「はーい、分かったわかった。あんずはしっかり者だなぁ……」

 

早速須美と杏に注意され、渋々と従う4人。それを見て、千景がボソリと毒づく。

 

「小学生と全く同じ事を注意されて、情けないわね……」

「へ?い、いや、その……冗談だ!遊ぼうって言ったのは、ほんの冗談だって!」

「どうだか……」

「まぁまぁ細かい事は抜きにしてさ!早く荷物運んで、目一杯遊ぼうぜ、千景!」

「ぐんちゃん!早くはやく!」

「そうね、三ノ輪君、高嶋さん」

「って、お前達も遊びたいんじゃないかよ!素直にそう言えば」

「無駄口喋ってないで、ほら、運ぶぞ」

「タマ、ガンバ」

 

球子が喚き立てる前に、両手に荷物を抱えた照彦が、彼女の背中を小突きながら、目的地へと前進する。

防衛戦当日。讃州市から少し離れた海岸に訪れた勇者部一同は、テントの機材や着替えなどの重い荷物を携えながら、拠点となる広場で準備を進めていた。近くに宿泊施設もない事から、かなりの重労働になってしまった訳だが、力自慢の面子や、キャンプの知識が豊富な球子のサポートの甲斐あって、設営にはさほど時間は掛からなかった。尚、源道ら2人の顧問は、参加を見送っている。

そうしてテントを張り終えた一同は、早速水着に着替える為に更衣室へと向かう。神託によれば、初日は敵が襲来する可能性は低いらしく、気分をリフレッシュするべく、海での遊びを満喫する事に。

 

「若葉ちゃん、着替えましょうか。さ、さ、早く着替えきがえ♪」

「そ、そんなに急かすんじゃない」

 

ひなたに背中を押される若葉を尻目に、北海道出身の雪花は、目の前に広がる光景に見惚れる。

 

「へぇ〜、これが四国の海か〜。水も温かくて気持ちよさそう」

「?雪花さん、泳いだ事ないんですか?」

「ない事はないけど、こんな風に娯楽で海水浴ってのは初めてだね」

「考えてみれば、私もそうだわ」

 

雪花に同調するように口を開いたのは、海なし県改め、長野県出身の歌野だった。因みに同じ諏訪で勇者として戦っていた童山は、元々流星と同じ四国出身だった為、何度か泳いだ事があるそうだ。

 

「今は敵の気配もないし、みんなで楽しんじゃおうよ」

「海だ〜♪」

「海うみ〜♪」

 

ダブル園子も、待ちきれない様子だ。

そんな中、友奈が辺りをキョロキョロし始めた。

 

「あれ?棗さんは?」

「それが……。ここへ着くなり、服を着たままザブザブ海に入っちゃって……」

「服のまま⁉︎それ大丈夫……なのか?」

「あ、ひょっとして向こうに浮かんでるのがそうではないでしょうか……」

「服のまま泳ぐって……、どんな変人よ……」

 

昴(小)の指差す先には、海面に仰向けになって、涼んでいる様子の、沖縄出身の勇者が。服を着たままでも悠然と浮いていられるその姿勢に、ある種の感嘆を覚えてしまう樹。その一方で、棗のトリッキーな行動に項垂れる夏凜の姿も。

 

「泳ぎもいいけど、先ずは腹ごしらえからだな。東郷、ここに来る途中で見かけたかき氷、食べに行かないか?」

「えぇ、喜んで!」

「童山!早速競泳といこうではないか!久しぶりに勝負が出来そうだからな!」

「うへへっ。海に入るのは久方ぶりじゃが、勘を取り戻すには丁度えぇのぉ!」

「俺も混ぜてくれよ!」

「あたしも!」

「ひ、ひなた⁉︎どうして着替えにカメラを持っていく必要があるんだ⁉︎」

「カメラと私は一心同体。いつでもどこでも一緒なんです、ウフフ♪」

「その笑顔が怖っ⁉︎」

 

などと自由奔放に話が弾む中、ただ1人、ため息をつく勇者が。

 

「あんたら……、少しは集団行動ってものをだな……ハァッ」

「ま、癖のある面子が揃い踏みなのが特徴的だからな。それが勇者部の良い所と悪い所だと思えば」

 

リーダーの座に就く部長が頭を抱える中、副部長はチュッパチャプス(ブルーハワイ味)を咥え、苦笑いしながら労う光景がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎていき、夕食の後片付けを終えて就寝につこうとした頃には、月が頭上に昇っていた。遊び疲れた事もあってか、ほとんどの者が眠りにつくまでさほど時間は掛からなかった。海が近い事もあって、波の音がすぐそこまで響いてくるのだが、逆に心地良いのか、睡眠の妨げにもならないようだ。

 

「……」

 

そんな中、ただ1人、テントを出て海を眺めている勇者が。

 

「海を見てるんですか?」

「ん?」

 

背中越しに声をかけられた棗が振り返ると、そこには友奈の姿が。棗と同じテントで寝ていた彼女だったが、トイレに立った際、彼女の姿が見えない事に気づいたようだ。

 

「ここにいたんですね。どこ行っちゃったのかと思った」

「あぁ、結城か。すまない」

「あ、全然、気にしないでください。少し心配になっただけだから」

「心配?」

 

友奈の言い方に首を傾げる棗。

 

「だって、昼間からずっと1人だったじゃないですか。水着も着ないで海に入っちゃって」

「あぁ……、つい……」

「水着、持ってるんですよね?」

「あぁ」

「何で、着替えなかったんですか?」

「つい……」

 

必要以上に多くを語ろうとはしない棗。その姿勢に、友奈は自然と笑みを浮かべた。

 

「?何故笑う」

「だって、『あぁ』とか『つい』とか、寡黙でカッコいいなーって樹ちゃんが憧れるのも分かる気がして」

「悪い……」

「私も、一緒に海、見てていいですか?」

「あぁ」

 

一度起きた事で目が覚めたらしく、棗の隣に座って海を眺める友奈。昼間、観光客で賑わっていた時と打って変わって、潮風と波の音だけが心地良く、全身に伝わっていく。

 

「棗さん、海が好きって言ってましたっけ。……静かですね〜」

「……海は良い。私にとって海は、力の源で、落ち着ける大切な場所だ」

「それで、『つい』入っちゃったんですか?」

 

そう友奈が尋ねると、不意に棗の表情が険しくなった、ような気がした。

 

「……バーテックスが現れて、故郷の海が穢された。だから、この静かで美しい四国の海を見て……、奴らがまた、同じ事をするのだと思うと……、心がざわついて、落ち着かなくなった……」

「棗さんは、守りたいんですね、大好きな海を」

「だが、あの時は……、守りきる事が出来なかった」

「棗さん……」

「大丈夫ですよ。今度は、俺達がいます」

「あれ、遊月君?」

 

不意に2人の背中越しに声が聞こえてきたので振り返ると、遊月の姿が。やはり自分の部屋と違って寝床が変わると、目が覚めやすくなるのだろう。加えて朝が早い方の彼は、すっかり疲れが取れている様子だ。

 

「小川……」

「俺も、海には思い入れがあります。2年前、記憶を失って漂っていた俺を拾ってくれて、この名前をつけてくれた叔父さん達と出会えた場所が、この海ですから。だからこそ、この繋がりを、大切なものとして、守っていきたい」

「記憶……」

「そっか……。遊月君、海がお母さんみたいな感じだって、言ってたもんね」

「大切なものを守る。それは、口に出すよりもずっと困難な事だって事は、よく分かってます。実際、2年前だって元いた世界を守る為に、みんなと力を合わせて、バーテックスと戦いました。……けど、代償を知らなかった俺達は、次々と倒れて、とうとう戦えるのは俺1人になって、それでも、必死に守りたくて……。結果的に神樹様は守れたけど、犠牲になった人は少なからずいた……。だからこそ、同じ過ちを繰り返さないように、力を合わせて戦うべきなんです。あの時は1人だったけど、今度は大勢の仲間がいます。今度は、きっと……!」

「そうですよ棗さん!勇者部五箇条、成せば大抵何とかなる!」

「……不思議だ。お前達に言われると、本当に大丈夫な気がしてくる……」

 

2人の言葉に突き動かされたのか、ホッとした表情を浮かべる棗。普段のお堅いイメージとは程遠いものであった。

それから3人は、海の風の心地良さを堪能するべく、しばらくの間、座りながら海を眺める事に。

誰かと見る静かな海も悪くない、と思い始める棗であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日も、晴天が広がる、泳ぐには最適なコンディションだった。

……なのだが、早速不満を垂らしている光景が。

 

「えー?今日は待機ってなんだよー。折角こんなに晴れてるのに……」

「うん。敵の動きが微妙な状態にあるの。だから、もうすぐ攻め込んでくるかもしれないから」

「取り敢えずは、戦闘に備えていてください」

「うーん、そう言われると流石に……」

「じゃあ、泳いで待ってちゃダメですか?夢中になり過ぎないようにするから」

「お、それそれ。とりあえず気をつけてれば、遊んでても良いだろ?」

 

いよいよ敵が動き出すかもしれない。美羽とひなたの通達を聞いて、気を引き締める一同だが、銀(小)が、抵抗を試みる。球子もここぞとばかりに便乗するが、さすがに危険だと、水都が止めに入る。

 

「今日は神託の下る日ですから、もう少しの我慢ですよ」

「遊びよりお役目が大切です。勇者なんですから、しっかりしてください」

 

更に須美が腰に手を当てて、本来の目的を忘れないように、と注意する。流石の球子も、歳下のそう言われては、と大人しく引き下がる他なく、海での遊泳は一旦お預けとなった。

その様子を見ていた千景が、呆れ顔で呟く。

 

「歳下に叱られて……。土居さん、勇者の自覚あるの?」

「ご、ごめん……」

「わわっ、謝る事ないですよ!須美も言い過ぎだって」

 

見兼ねた晴人が間に入って仲介を試みる。

 

「あ、すみません。口が過ぎました……」

「そんな事ないぞ!確かに少し浮かれてた。許せ」

「流石!自分の非を認めて小学生に頭を下げるなんて凄いです!見習います!」

「おい銀。その言い方だと、球子先輩の威厳が……」

「いや、気にするな巧。タマが悪かったんだから、当たり前の事だ」

「まぁでも、中々出来る事じゃないからなぁ。な、園子」

「え〜、何が〜?」

「ここでも無自覚か……。球子さんの事だって。凄いと思わねぇか?」

「う〜ん。凄いよねぇ。いっつも元気だも〜ん」

「うん。タマの元気、励ましになる。頑張れる」

「げ、元気……?」

 

段々と論点がズレ始めている事に首を傾げる、元気が取り柄の西暦勇者。

そのやり取りに思わず噴き出す者が。

 

「プフッ!ご、ごめん噴いちゃった。横で聞いてたらおかしくて、つい」

「気持ち分かるで!いやぁ時代が変わっても、新しい笑いってちゃんと生まれるんやなぁ!未来は安泰や!」

「分かる〜。面白いもんね〜」

「主に、小さいあなたがねー」

 

雪花と奏太、そして園子(中)のやり取りを聞いて、球子はムッとなった。

 

「むぐぐ……。なんかバカにされてる気がする……」

「タマ、気にしたら、負け。タマは、元気が一番」

「調さんの言う通りですよ!あたしは球子さんの事、リスペクトしてますから、マジで!」

「俺もおれも!偉大なる先輩ですから!」

「おぉ、銀、晴人!嬉しい事を言ってくれる!解ってくれるんだな!可愛い後輩に恵まれて、タマは嬉しいぞ!」

「……何なの、この茶番」

「アッハッハ!良い事じゃねぇか!てな訳で、俺もその輪に混ぜてくれよ!」

 

千景が呆れ、その隣にいた紅希が球子達のグループに入ろうとしたその時、全員の端末から警報が。

 

「!樹海化警報か!」

「来たッスね!」

「皆さん、戦闘準備を!」

「この敵を倒せば、また遊べるんだ!サクッと倒しちゃおうぜ!」

「「「オォー!」」」

 

ここでも目的がズレ始めているが、一応気迫には満ちている為、千景もそこには反応せず、皆と一緒に武器を手に持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海化してすぐに、壁のある方向から、大量の星屑が唸る波のように押し寄せてきた。過去に類を見ない大進軍だ。思わず萎縮する面々も見える中、若葉や流星が先陣を切り、続いて他の面々もバーテックスを迎え撃つ。

 

「てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

そんな中、一際目立つ光景が。これまでどちらかといえば冷静に武器を振るってきた棗が、誰よりも声を荒げて、誰よりも縦横無尽にフィールドを駆け回り、誰よりも星屑を討伐していた。

 

「な、なんつー迫力だ⁉︎」

「ワイルドだねぇ〜」

 

司と園子(中)が思わずそう呟くほど、今の棗は全身からチャクラを迸らせているようだ。

 

「ハァッ、ハァッ……、次は、どいつだ……!」

 

次なる敵を探して、顔を動かす棗。戦略としてはこの上なく頼もしいが、その一方で不安の声も上がる。

 

「……でも、気合いが入り過ぎて、何だか怖いくらい」

「大丈夫だよ東郷さん!」

「友奈さん?」

「棗さんは、大好きな海を守りたいんだよ。だから、この戦いはすっごくヤル気なの、ね、遊月君」

「そうなんスか?」

「あ、あぁ……」

 

そう頷く遊月も、今の棗を見ていて、不安を覚えているようだ。否、そう思っているのは、彼だけではなかった。

 

「!そこか!」

 

周囲の星屑を倒した直後、横手の海岸から敵が姿を現す。不意を突くような攻撃だったが、勘が冴え渡っているのか、棗はギリギリで回避してヌンチャクを当てる。が、決定打には程遠く、海上まで後ずさるだけに留まった。逃がさないとばかりに追撃に打って出ようとする棗だったが、そんな彼女に待ったをかけようと、肩を掴む者が。

 

「待て、棗さん!」

「どけぇ!」

 

が、棗は止まらないどころか、制止しようとした若葉を振り解き、そのまま押し倒した。これには周囲にもどよめきが。

 

「若葉!」

「荒ぶってやがる……!」

「棗さん、何するんですか!」

「落ち着け棗!」

 

皆の声が届いたのか、ハッとなって立ち止まり、倒れ込んだ若葉に手を差し伸べる。抑制のリミッターが外れるまでには至っていなかったようだ。

 

「あ……、す、すまない」

「いいんだ。普段は冷静なあなたがここまで我を忘れるとは、余程の事だと分かってる」

「それ、は……」

「だが、少し考えてほしい。後ろには仲間もいる。これだけ大勢が共闘すれば、敵を取り逃したりなどしない」

「!お二人とも、後ろ!」

 

昴(小)が慌てて指摘したように、2人に向かって先ほどの敵が攻撃を仕掛けてきた。ハッと身構える棗だったが、攻撃が届く前に、横腹を切り裂くように、斬撃が敵に命中。そのまま砂となって消滅した。その攻撃の主は、後衛担当の弓矢から、近接用の薙刀に武器を切り替えていたようだ。

 

「小川……!」

「若葉の言う通りです!俺達にも手伝わせてください!昨日も言いましたけど、今はこれだけの仲間がいるんです!同じ勇者として、ここを守りたい気持ちは一緒です!」

「気持ちは、一緒……」

「1人で突っ込めば隙が生じやすい。ここは、チームプレイで確実に当たろう」

「うん。ここからは俺も前線で戦います。棗さんもお願いします!東郷も、そっちは任せたぞ!」

「了解!」

 

冷静に判断を下し、すぐさま体勢を整える姿勢に鼓舞されたのか、棗もようやく肩の力を抜いた。

 

「……2人の言う通りだな。少し頭に血が昇っていたようだ」

「ま、そっちにはそっちの事情もあるでしょうし、そういう事もあるわよ。気にしない気にしない」

「ほぅ。ウチの鉄砲玉も言うようになったな」

「誰が鉄砲玉よ⁉︎」

「棗さん!後方支援は任せてください!」

「四国の海を、敵の好きにはさせません!」

「そうだぞ!どんなに手強い敵も、安心してタマに任せタマえ!」

「……感謝する。みんな……、一緒に戦ってくれ」

 

西暦時代、沖縄の美しい海を守る為、孤軍奮闘してきた勇者、古波蔵棗。仲間がいる事の心強さを、身に沁みて実感した瞬間であった。

 

「勿論だ」

「……それにしても、あなたがチームプレイを説くようになるとはね。雨でも降るんじゃないかしら」

「自分でもそう思う。おかしなものだ」

 

自嘲気味に笑みを浮かべる若葉。彼女自身、最初からチームワークを重んじていたわけではなかった。『何事にも報いを』という乃木家に伝わる家訓を引っ提げて、迫り来る敵を一身に請け負っていた。その結果、一度は内部分裂にまで発展する事態に陥りかけたのだが、ここではその多くは語らないものとする。

 

「よーし!棗の為にも、この一戦!必ずバーテックスを打ち倒すわよ!」

 

風の号令を受けて、再度戦闘を開始する面々。棗も元の冷静さを取り戻し、若葉や遊月と共に、押し寄せてくる星屑を薙ぎ倒していく。

そうして星屑の数を徐々に減らしていき、いよいよ終わりが見えかけたその時、昴(中)が、海から巨大なシルエットが浮上してくるのが見えた。

 

「うわぁ⁉︎何あれ……」

「でっけぇ⁉︎アレがボスなのか⁉︎」

 

流石の歌野と兎角も、その体長の大きさに怯んでしまう。

 

「あんな大きな敵が、今まで海に潜んでいたの……?」

「!波が、押し寄せてくる……!」

「全員退避!水に引き摺り込まれないように注意してください!」

 

クラゲのような見た目のバーテックス『ドルチェ』が海上に姿を現すと同時に、波が唸り、地上にいる勇者達に津波として襲いかかってきた。慌てて真琴が指示を出し、全員回避する。

 

「っ!やっぱ水の上じゃ、向こうが優位か!」

「上等だ……!どんな奴であろうと、海を穢す物は許さない……!」

「あいつ、やっぱ頭に血が……!」

「棗さん落ち着いてください!」

 

誠也と昴(小)が危険を感じ、棗を止めようとするが、それを遮るかのように、友奈が前に出た。

 

「待って2人とも。棗さんも、ちゃんと解ってるから大丈夫だよ!ほら!」

 

そうして友奈が指差す先では、瞑想を終えて、足元を光らせる棗の姿が。その光は、少し前に紅希と千景が発動したソレと同じ現象だ。故に2人には、彼女がやろうとしている事が理解できた。

 

「宿れ!水虎!」

 

棗の掛け声と同時に、棗の全身は光り輝き、足は素足に、左肩に毛皮のような装飾を付け、ヌンチャクが一本の棒に変形する。どうやらあれが、精霊降ろしを行使した、棗の神々しい姿のようだ。

 

「あれが棗の……」

「カッコいい……!」

「気合い入ってるにゃあ。折角なら、トドメは彼女に刺させてあげましょっか」

「そうね。大切な物を守りたい気持ちは、私達も痛いほど解るもの」

「あぁ。それはそ」

「ゆくぞお前達!あいつを倒せばめくるめく海水浴だぁ!」

「了解であります、球子さん!」

「俺達にも、棗さんに続けぇ!」

 

若葉の言葉を遮るかのように、球子、銀(小)、晴人が前進する。彼女らには、後に取っておいた楽しみを満喫する事ばかり意識して、棗に華を持たせる気など持ち合わせていないようだ。

 

「あーあ、特攻部隊が駆け出してちゃったわよ?どーすんの、あれ?」

「ならば答えは一つ!続けぇ!」

「って、ご先祖様⁉︎」

「っしゃあ!あいつらにだけいいとこ持ってかれてたまるかってんだ!銀、行くぞ!」

「はい、ご先祖様!」

「お、おい……」

 

3人に続いて、流星や紅希、そして銀(中)まで、遅れをとるまいと、前線に攻め上がった。

 

「うわっ、棗さん達も一緒に走ってる!追いかけなきゃ!」

「三ノ輪君達が向かうなら、私も」

「だったら私も〜」

「これは面白いものが見れそうね。私も行こっかな」

「あ、あの……。私も、行った方が、良いかな……?」

「うん、行こう樹ちゃん!みんなも!」

「しゃーないわね。じゃ、私達も先に向かうわよ、真琴!」

「は、はい!」

 

そうして1人、また1人と、ドルチェや残りの星屑を討伐するべく、駆け足で敵へと向かっていく。

 

「「「……」」」

 

気がつけば、取り残されたのは、若葉、風、そして藤四郎の3人だけ。

 

「チームプレイとは……、何だろうな」

「ア、アハハ……。ま、まぁ、あれぐらいのテンションの方が良いわよ……ね?藤四郎」

「……そ、そうだな」

 

気まずい雰囲気が包み込む中、3人と同様に、持ち場を離れられない者達の姿が。

 

「後衛より、東郷美森。遊月君と肩を並べたい所存ではありますが、持ち場を離れる事叶わず、涙の援護射撃に入らせていただきます!」

「右に同じく、鷲尾須美も!」

「えっと……、左に同じく、伊予島杏も!」

「お、おぉ」

「なんか……ゴメンね」

 

遠距離型の東郷らも、前線で戦う者達の援護に徹するべく、仕方なしにと、引き金を引きまくる事に。それでも、取り残された3人の莉世拠り所としては十分だった。

 

「これで終わらせる……!海の叫びを、聞けぇ!」

 

周りの援護もあり、星屑を難なく退け、連撃でドルチェを怯ませた所で、棗の渾身の一撃が命中し、ドルチェがその場で消滅した事で、ようやく全ての戦闘が終了。

ホッと一息つき、改めて海を見つめる棗。今度こそ、守り切る事が出来た。静かに波打つ様子を見て、少々分かりづらいが、安堵の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!無事にバーテックスも撃退した事だし、残りは全部、海を堪能する時間に当てるわよぉ!」

「さっきまで戦ってたのに、何だかお姉ちゃん、すっごく元気だね」

 

戦闘も終わり、敵軍が撤退したのを確認した一同は、一度源道と安芸に報告を入れ、遠征最終日まで、海水浴を堪能する許可をもらった事で、一同は目一杯遊ぶ事となった。とりわけ風の態度が豹変した、その理由はと言うと……。

 

「だってうどん食べたもーん、チャージ完了だもーん!」

「うむ!体を動かした後の冷やしうどんは、実に良い補給だった!」

「そうじゃな!少し泳いだら、また食べに来てもいいかもしれんな」

「そりゃああんだけ食べたら完了するわ。……因みにだけど、お店のうどん、今日の分は完売だそうよ」

「マジでぇ⁉︎」

 

うどんが収まった腹を撫でている風、流星、童山を見て、歌野は不満げな表情を浮かべる。

 

「私だって、蕎麦ならあれくらい……」

「うたのんヤメテ。本当にやれそうで怖いから」

「あぁ、わんこ蕎麦……だっけ?あれなら俺も結構食べられそうだからな」

「あ、あの……。わんこ蕎麦は岩手の郷土料理なので、諏訪のそれとは別物になるかと……」

 

そんな中、雪花がある事に気づく。

 

「あれ?ところで戦闘MVPの棗さんは?それに何人かいなさそうだけど」

「棗さんは、戦闘が終わるなら着替えもせずに海へ向かいましたよ」

「球子さんと銀は、負けてられないとか言って、ついていっちゃいました」

「……ん?晴人は一緒に行かなかったのか?あんだけ張り切ってたろうに」

「それが……。直射日光を浴びすぎたせいか、軽く熱中症になったみたいで……。本人は駄々をこねてましたけど、取り敢えず美羽さんに看病してもらってます。軽症みたいなので、夕方には回復するかと」

「代わりに、冬弥がついていったみたいだけどな」

「そういえば、杏と調の姿もないな」

「杏先輩は球子先輩に、ア〜レ〜って引き摺って連れてかれましたよ〜」

「調さんは、自ら球子さんの裾を摘んだままついていった感じですね」

 

早速思うがままに自由行動に移ったらしく、風はぐぬぬ、と拳を固める。

 

「うぬぅ……。何れ奴らには集団行動というものをみっちり教え込んでやらねば……」

「まぁまぁ先輩。危険な事はないでしょうから」

「負けてらんないのは私達もだよ、結城ちゃん!」

「だね!早く着替えて遊ぼ!みんなも行こう、競争だよ!」

「競争⁉︎だったら負けてらんないわ!待ちなさい友奈!勝つのは私よ!」

「いいや!あたしだって負けてらんないからな!」

「「わ〜い、待て〜」」

「フフッ。しょうがない子達ね」

「あのノリには、慣れるまで時間がかかりそうね……」

「千景!俺達も行こうぜ!」

「ぐんちゃーん!早くはやくー!」

「う、うん。今行くわ」

 

そうして東郷と千景も、友奈達の後を追いかける。気がつけば、風の周りから人が遠ざかり、そんな彼らの背中を見ながら一言。

 

「何だかなぁ……。青春しおって。のう?若葉さんや」

「す、すまない風さん。私もちょっと……」

「若葉ちゃん、水着のお時間ですよ〜!」

 

バッと駆け出す若葉。その理由は、目を輝かせながら追いかけるひなたに原因があったようだ。とうとう、1人ぼっちになってしまった風。

 

「あ、あの、お姉ちゃん……。私がいるから」

「俺も忘れてもらっちゃ困るぞ」

 

否、1人ではなかった。両端に、妹とボーイフレンド。風の心を労わるように並び立っていると分かれば、風のエネルギーは、たちまち全回復したのである。

 

「……えぇーい!皆まで言うな!樹、我が水着を持てーい!」

「お、お姉ちゃん、お腹がまだパンパンだから、もう少し待った方が……」

「取り敢えず落ち着けって」

 

2人に宥めてもらいながらも、友奈達に交じって、3人も海水浴を満喫する事に。

無垢なる少年少女達の、楽しいひと時は、まだまだ始まったばかりなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そういえば、今日は乃木若葉の誕生日でしたね。おめでとうございます!

次回は、棗と、彼女についていった面々にスポットを当てていきます。


〜次回予告〜


「お、溺れるッス……!」

「折角水着買ったのにー!」

「もしかして、半魚人……?」

「お前が言うなよぉ!」

「どうして、って……」

「私達も、ただ愛せば良い……」


〜服を着たまま、冷静に泳げる人は先ずいない〜


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