結城友奈は勇者である 〜勇者と武神の記録〜   作:スターダストライダー

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大変長らくお待たせしました。

今回はゆゆゆいの醍醐味ともいえる、イベント編を投稿します。今後もイベントストーリーだけは『EV〜』と表記しておきます。場合によっては本編と分けるかもしれませんが。

先ずは、ぐんちゃん、初めての水着選びの回から。




EV1:水着は着る時よりも、選ぶ時の方が楽しい

各地の勇者が勢揃いし、本格的に土地の奪還が始まりを告げた。

リスクを殆ど無視して全力投球で戦闘を行える、という利点を活かして、勇者、武神はイケイケムードに。讃州市もほぼ全域を解放し、隣接している市街地も、ほぼ順調に取り返している。

そんなこんなで気がつけば、友奈達がこの世界に召還されてから半年近く経ち、本格的に初夏を感じさせる日々が続き始めた、ある日の放課後。

 

「皆さん、集まっていますね?新しい神託がありましたので、ご報告を」

 

この日、ひなたからの招集を受け、部員に加えて、源道や安芸といった、顧問達もこの会合に参加していた。

 

「おー、待ちくたびれたぞ!次はどこを解放するんだ?」

「その事なんだが、今回君達に担ってもらうのは、ズバリ、防衛戦だ」

「防衛戦ねぇ……」

「俺は守るよりも、ガンガン攻めるのが好きだけどなぁ〜」

「まぁそう言わないで、先ずはお話を聞きましょう、晴人君、司さん」

 

司と晴人はやや不満げな表情を見せるが、須美に嗜められて、一先ず巫女達からの説明を受ける事に。

 

「実はね。この間みんなには、隣町にある海辺の地域を奪還してもらった事があったけど、その土地に敵が再侵攻を仕掛けてきそうなの」

「成る程!あの土地を再び我がものにしようという魂胆か!実に小賢しい!」

「ホントよね。何度やっても同じだって言うのに」

 

流星に意見に同情する夏凜。

 

「んで、今度はあそこを防衛しに行くって訳か」

「何か、作戦があるのでしょうか?」

「その件で、少し前に安芸先生らと相談したのですが……」

 

ひなたに促され、安芸は口を開く。

 

「話し合いの結果、今回は待っているよりも、こちらから先手を打つべきと判断したわ」

「先手……ですか?」

「敵は今、侵攻の準備中です。そこを私達が襲撃してしまおうかと」

「成る程。油断している所を突くのね?それは名案」

「ただ、防衛戦となる以上、事は1日で済む話じゃないわ。ある程度の予測はあれど、どのタイミングで侵攻が始まるかは不明。そこで今回は、海辺に陣を張るのが最善と考え、野営を視野に入れる作戦でいこうと考えています」

「ヤエイ……?何スかそれ?」

 

聞き慣れない単語に頭を抱える冬弥に対し、知識豊富のダブル園子が反応を示す。

 

「お泊まりだよ、とーやん」

「わーい!お泊まりおとまり〜!」

「お、キャンプか!それなら、タマに任せタマえ!」

 

園子達に便乗して、球子も興奮気味に語り出す。

それもそのはず。球子の趣味はアウトドア全般であり、いつも隣に寄り添う調を外に連れ出していろいろなことを体験させているからか、その知識量は、メンバーの中でもトップクラスだ。尤も、調本人は真逆のインドア派なので、それほど乗り気ではないのだが……。

 

「海でお泊まり会って、事は、海水浴だね!やったー!楽しそう!」

「おいおい友奈。遊びじゃねぇってのに」

「あたしも、空いた時間があるなら泳ぎたいしな!」

「銀、お前もか……。で、実際どうなんだ?」

 

巧(中)が呆れながらも、念の為にと確認を取る。

 

「か、海水浴、ですか……?」

「か、考えてなかった……」

「うーん、どうだろう……」

 

これにはひなたも水都も、そして美羽も困り果てた様子で、チラリと顧問らに目を向ける。

 

「……まぁ、戦闘中以外……戦闘後、安全が確認されれば、節度ある範囲で、自由に過ごしてもらっても構わないとします」

「土地の防衛も海水浴も、どちらも学生である君達には大切なお役目だからな!お役目も娯楽も、どちらも遺憾無く全力投球で挑む事が大事だぞ!」

「そうですね。あぁ……、そうなると水着……。若葉ちゃんの水着の写真、取り放題!」

「私も、誠也がカッコよく見える水着、見つけられるように、頑張って探さなきゃ!」

「な、何の話だ⁉︎」

「急にどうした……?」

 

突然人が変わったように興奮し始めた幼馴染みを見て、若葉と誠也はたじろいでしまう。

その会話を聞いていた高嶋が、ふと思いだしたように呟く。

 

「そういえばみんな、水着って持ってる?」

「無論」

「俺も、元いた世界で新調したやつが残ってるから、今回は無理して買わなくてもいいかな」

 

棗を初め、兎角らのようにわざわざ買いにいく必要もない、と告げる者もいるが、やはり大半のメンバーは備えていない様子だ。

 

「学校の水着だったら、大赦から貰ってるし、これでガンガン泳げるぞー!」

「あ、あのね銀ちゃん。スクール水着で海は、ちょっと……」

「何でじゃ?裸一貫で泳ぐわけじゃないなら、問題ないと思うがのぉ」

「解らない?スク水では女子力が存分に発揮されないからよ!」

「ほぉ……?」

「学校の水着じゃダメなんですか、風先輩?」

「だって海よ?プールで水泳の授業とは違うんだから」

 

などと風は力説するが、そもそも男である童山に、女子力というワードを持ち出しても、いまいちピンときていないのが正しい反応だ。

 

「それに、スクール水着だと名前が入っているから、少し恥ずかしいです……」

「けど、それ以外の水着なんて、みんな持ち合わせてねぇだろ?どうすんだ?」

「私も、敢えて海水浴用なんて買った事ないわ」

「そうなのか」

 

北の寒い土地に住む雪花も、殆どそういった経験がないからか、どうしようか悩んでいる様子だ。

 

「じゃあ、みんなで水着を買いに行こうよ!私も新しいの欲しいから!」

「それ良い!」

「賛成です。この時代の水着って、どんなだろ?」

「……」

「球子先輩どうしたんですか〜?眉間に皺が寄ってますよ〜?」

「あ、いや……。杏のボンヨヨヨ〜ンが入る水着が、この時代にあるだろうか、って考えててな……」

「ちょ、あるに決まってるでしょ⁉︎もう、タマっち先輩のバカ!」

 

深刻そうな顔をして何を考えているのかと思いきや。杏は顔を赤らめて抗議する。そんなやりとりを見て、すかさずフォローに入る者達が。

 

「心配するなよ杏。うちの東郷を見てみろよ。あれでピッタリなやつだってちゃんとあるんだから、問題ないだろ」

「あぁ。美羽が付けてるのと同じようなサイズが有れば、問題ないだろうし」

「え⁉︎あ、う、うん……。ヤダ……遊月君たら、もう……。うふふ」

「も、もう、誠也……。ちょっと恥ずかしいから……、えへへ」

 

杏と同じ顔色になりながらも、嫌がる素振りを見せない2人。相手が相手だからか、怒る気にもならないし、指摘されてまんざらでもなさそうだ。

因みに女子部員の中でも、ダントツのメガロポリスは東郷で、その次にひなたや杏らが挙げられるが、美羽も現在召還されている巫女の中では最年長ということもあってか、東郷には及ばずとも、後述の2人とは互角とも言える。

……さて、脱線しかけた(というよりも既にしている)トークもそこそこに、ひなたが本日の計画を発表する。

 

「えっと、では早速、今日はこれから必要なメンバーで、水着を買いに行くという事で」

「私は遠慮しておくわ」

 

刹那、それまでどちらかというと蚊帳の外だった千景が立ち上がり、動向を拒絶した。

 

「何でですか、千景さん?」

「海に入るつもりはないし、戦闘には必要ないのでしょう?」

「海で一緒に遊ばないの?私、ぐんちゃんと海水浴したいよ!」

「折角なんだし、一緒に遊ぼうぜ!千景、ゲームが得意なんだし、競泳とかもやりたいしさ!それにビーチバレーとか、かき氷とか焼きそばとか!」

「いや後半、食べ物の話ばっかりやないかい!」

「高嶋さん……、三ノ輪君……」

「私もぐんちゃんと遊びたい!ね、一緒に泳ごうよ!」

「……で、どうすんだ千景?」

 

友奈の後押しもあり、千景も揺らいでいる様子だ。照彦が声をかけてもしばらく迷っていたが、悩んだ末、

 

「……考えておくわ。ごめんなさい、今日はこれで、先に失礼するから」

 

とだけ呟いて、1人さっさと部室を後にしてしまった。

 

「……ごめん。ぐんちゃんが行かないなら、私も今日は買い物やめとくね」

「俺もだな……。なんか乗り気じゃ無くなってきたし。当日までに見つかればいいしな」

 

そうして2人も、千景の後を追うように部室を離れた。

 

「何だったんだ、あいつ……」

「千景さん、どうしたんでしょうか……」

「もしや、泳げないのだろうか」

「それなら、私と一緒です!でも、浮き輪があるから大丈夫ですよ」

 

ここぞとばかりに、1人での遊泳に不安を抱いていた樹がフォローに入るが、一連の流れを見ていた姉は、う〜ん、と唸っていた。

 

「そういう問題なのかしら……」

「じゃあ、どういう問題?」

「2人の友奈もそうだけど、紅希にも誘われたのに、千景がずっと浮かない顔をしてるのが気になったのよね」

「千景さんは、元いた世界でもそうでしたが、完璧主義な所がありますからね。自分の欠点を恥じて、周囲に晒されるのが嫌なのかもしれません」

 

西暦時代の彼女の行動をよく知るひなた達の話を聞いても尚、納得していない様子の風。否、風のみならず、藤四郎や遊月も、彼女の事で引っかかりを覚えている様子だ。

とはいえこのまま膠着していても埒が開かない。会合はお開きとなり、新しい水着が必要なメンバーはそのまま買い出しに向かい、用のない者達はその場で解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

休校日という事もあってか、千景はただ1人、自室で黙々と、ゲーム画面と向き合っていた。

複雑な事情もあって心を閉ざしていた頃と変わらず、勇者としてようやく紅希達と会話をする程度には向かい合えるようになった頃と変わらず、彼女にとってたった一つの趣味であるゲームは、精神安定剤にも等しい。

昨日の件もあり、2人に悪い事をしてしまったと思い込んだ千景は、気が済むまでゲームに没頭する事に。

ひと段落つき、セーブデータを更新して電源を切った所で、休憩の為にと冷蔵庫に向かって歩き始めたその時、インターホンが室内に鳴り響いた。

 

「……誰」

「あたし〜、風〜」

「……犬吠埼さん?」

 

珍しい訪問客に訝しみながらも、玄関に向かって方向転換した時には、ガチャリとドアが開く音と靴を脱ぐ音が耳に入り、部屋の外から頭だけを覗かせていた。普段、高嶋と紅希が気兼ねなく入れるようにと鍵をかけていなかった事を思い出し、軽く項垂れると同時に、不審な目線を向ける。

 

「よっ、元気してる?」

「……勝手に入ってきて、何の用?」

「入っていい?良いわよね。じゃ、お邪魔しま〜す」

 

そう言ってズカズカと入ってくる風を見て更に鬱陶しげな顔を露骨に晒す千景だが、入ってきたのは風だけでない事に気づく。彼女の後ろから、男子2名が登場したのだ。

勇者部の副部長、浜田藤四郎と、神世紀298年に武神の隊長を務めた、小川遊月である。

 

「突然悪いな、押しかけちまって」

「ちょっ、何なのよあなた達……」

「すいません。少し、話がしたくて」

「話……?あなた達と話す事なんて……」

「……で、何かあったの?友奈と友奈と、それから紅希と」

「……は?」

「あの3人……特に高嶋の方の友奈と、それから紅希に誘われたのに、全然乗り気じゃなかったのが気になって、ですね」

「……あまり遠回しな表現は好きじゃないから、単刀直入に確認するが、千景は、……泳げないのか?」

「泳げるわ、人並みには」

 

即答だった。早く質問に答えてゲームの続きをやりたい。そんなオーラをひしひしと感じさせる。

 

「じゃあ、海水浴が嫌なの?それとも、何か別の理由?」

「……どうしてそんな事聞くの」

 

鬱陶しさを感じつつも、気になって3人に問いかける。

 

「あたしは勇者部の部長だからね!藤四郎も副部長だし、ここにいる遊月も、リーダーとしてやってた時期もあるからさ。1人ひとりの様子に気を配るのは、よくある事よ」

「戦闘はちゃんとやるわ。それで良いじゃない。海水浴は関係ない」

「なくはないと思いますよ。師匠も言ってたじゃないですか。お役目も遊びも、きっちりやるのが良いって。勿論、息抜きだって」

「……だから?」

「だから、千景にそれができない理由があるなら、原因を排除する手伝いがしたいの」

「……リーダーだから?お節介な人達ね」

「よく言われるよ」

 

藤四郎がチュッパチャプス(クリーミーチーズ味)を咥えながら、苦笑気味に呟く。そんな彼らを見て、多少は心を許したのか、海水浴に参加しない理由を淡々と語り始めた。

 

「……身体に傷があるのよ。服を着ていれば見えないけど、水着だとどうしても……。だから海水浴は……」

「……」

「傷……か。それは確かに言いづらいかもな。なら、海で泳ぐ事自体は嫌じゃないって事か」

「嫌じゃないわ……。私だって、できる事なら……、三ノ輪君達と、海で遊んでみたい……けど……」

 

そう語りながら、知らず知らずのうちに自分の願望を曝け出している事に気づく千景。何故自分でもそこまで口に出してしまったのか分からないが、この3人……とりわけ部長を前にすると、隠し通すのが難しいように思えるのだ。

そしてその感覚は正しかったらしく、風は堂々たる態度で千景に話しかける。

 

「そんな顔しない!今は色んなデザインの水着があるし、他にもやりようは幾らでもあるわ」

「えっ」

「あたしに任せといて。だから、明日は一緒に水着を選びに行きましょう」

「犬吠埼さん……、分かったわ……。あなたのようなリーダーがいて、勇者部は幸せね」

「何言ってんの。今はあんたも勇者部の1人でしょ!」

「……ありがとう」

 

初めてだった。誰よりも自分に寄り添ってくれる、紅希や高嶋、そして照彦以外に、感謝の言葉を述べるのは。それだけ、彼女も素直になりつつある証拠なのだ。

そんな中、遊月が少し前に出て口を開く。

 

「……でも、ちょっと意外でした。千景さんも、俺と似たような悩みがあったなんて」

「?それは、どういう……」

「……折角ですし、千景さんには特別に見せようと思います。俺の身体の事」

 

そう言って上着を捲る遊月。流石の千景も、異性のその行為に顔を赤らめる。

 

「⁉︎ちょっ、小川君⁉︎あなた一体な……に、を」

 

千景が息を呑み、両手を口に当てるまでさほど時間は掛からなかった。彼女がそうなるのも、遊月のお腹や胸、上半身が見える範囲の至る所に、生々しい傷跡を目に焼き付ければ、必然とそうなる。この時、隣にいた風も、多数の傷跡を見て息を呑み、藤四郎も目線を下に向けていた。初めて目の当たりにした千景は勿論の事、話には聞いていただけで実際に見るのは風も初めてだった。唯一、藤四郎だけは一度見ている為、表情には出さなかったが、何も言えずにいた。

 

「2年前、バーテックスとの戦闘でついた傷です。今みたいに精霊システムもなかった頃の戦いは、常に命懸けでした。一緒に戦っていた昴も巧も、同じように体に傷がついています。だから俺も、海に出る事には抵抗はありませんけど、流石に従来の水着では全部隠せないので、身体にフィットしたウェットスーツを着てるんです。……だから千景さん。無理に隠さなくたって良い。何か他に困ってる事があれば、遠慮しなくても良いんです。勇者部五箇条、悩んだら相談、ですから」

「……」

 

初めて見る、夥しい量の傷を見て唖然とする千景。目に見えるそれは、かつて自分が受けた傷とは比べ物にならないほど大きい。一体何があったら、これほど良好な少年が傷つくのか。千景は初めて、不謹慎ではあるが、親近感を覚えたような気がした。

 

「……私の、傷は」

「?」

「……元の世界で、虐められてた時に、ついた、傷なの。勇者に選ばれる前は、ずっと、この痛みと付き合ってきた。……みんなが私の事を認めてくれるようになってからも、中々消えなかったものよ」

「千景、あんた……」

「……でも不思議。あなた達とこうして話してるうちに、全然気にならなくなった。……だから、ありがとう」

 

本日2度目となる感謝の言葉。それを聞いた3人の勇者、武神は決意する。

せめてこの世界にいる間だけでも、紅希や高嶋、照彦だけでなく、自分達も同じ勇者として、彼女の心の拠り所になろう、と。

 

「……分かりました。この話は、ここだけのものとしましょう、千景さん。俺の傷の事、他のみんなには……特に、小学生達には、その時が来るまで話さないようにしてください。ショックでこの先何が起きるか、分からないので」

「……そうね。私の事も、あの3人には、話さないで欲しいわ。特に、三ノ輪君と高嶋さんは、余計な気を遣わせたくないから」

「よぉし!んじゃシリアスはこの辺にしといて、明日は目一杯水着選びを楽しむわよ、千景!」

 

ムードメーカーたる風の掛け声で、その場に微笑が生まれ、室内の暗い雰囲気は少なからず払拭されたと言っても過言ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた翌日。

 

「悪かったわね、もう買い物を済ませたばかりなのに付き合わせちゃって」

「全然そんな事ないですよ!お買い物、大好きだし」

「それに、遊月達が千景さんの事、気にかけてるのも解るし」

「えぇ。遊月君は優しいから」

 

予定通り、千景は風、藤四郎、遊月と共に水着売り場に出向き、彼女に似合うものを選び始めたのだが、4人の他に、千景が水着を買うと聞いて真っ先に動向の意を示した高嶋、紅希。そして遊月から話を聞いた友奈、兎角、東郷も付き添う事に。

 

「あっ、これ可愛いよぐんちゃん!わぁ〜こっちも良い!早く試着試着〜!」

「おぉ、似合ってるぜ千景!何だかんだスタイル良いしな!」

「ちょ、ちょっと待って三ノ輪君……!そんなに見られると、恥ずかしいわ……」

「何だかんだで、千景も楽しそうだな」

 

藤四郎がホッとした様子で事の成り行きを見守っている。千景が言う、身体の傷がどこにあるのかは分からないが、少なくとも彼女が手に取っている水着であれば、その問題も解決していけそうだ。そんな中、高嶋が同じ名を持つ少女にこんな提案を。

 

「ねぇねぇ結城ちゃん。これとこれ、どっちが良い?」

「わぁ、どっちも可愛い!私も欲しくなっちゃうよぉ〜」

「いっその事、高嶋さんとお揃いにしたらどうかしら、友奈ちゃん?」

「それは良い考えだわ、東郷さん」

「またツインズごっこさせる気かい!少しは周りの困惑も考えてちょうだいな!兎角、あんたも何とか言ってやってちょうだい!」

「そ、そう言われてもですね……。俺は2人が同じ服着てても判断できるし……」

 

事実を口にして戸惑う兎角。そのやり取りを見て、千景は笑みを浮かべていた。

 

「で、どうですか千景さん。良いの見つかりましたか?」

「えぇ、この形なら大丈夫そうよ、小川君」

「やったねぐんちゃん!初めての海水浴だよ、楽しもうね!」

「そうね。こんなに心が躍る事があるなんて、……勇者になってから、初めてかもしれない」

「私の心も躍っているわ。まるで双子のような友奈ちゃん達の水着に」

「そっちかよ……」

「……東郷さんって、最初に会った時のイメージと違うのね」

「これがデフォよ。残念な事に……」

「ふふっ、何それ。でも何だか……、あなた達といるのは、すごく心地良い……」

 

東郷のトリッキーさにたじろぐ千景。後々、彼女自身も影響を受け始める事など、知る由もなく……。

そうして目的の水着を買い、一同は帰路に着く。

 

「ねぇ兎角!海に行ったら、またあのゲームしようよ!東郷さんの好きな物を海から取ってくるやつ!」

「そんなゲームがあるの?だったら私は、ぐんちゃんの好きな物!」

「おっ、面白そうだな!俺もやるぜ!」

「なら私は、その……、三ノ輪君の……」

「ん?」

 

千景が恥ずかしげに何かを言いかけたその時、紅希が何かを感じ取ったと同時に、事件は起きた。

 

「きゃあっ!な、何今の⁉︎」

「何かがすぐ脇を通ったように見えたけど……」

「……あれ⁉︎おい千景、持ってた袋は⁉︎」

「えっ⁉︎み、水着が……買ったばかりの水着がないわ!」

 

先程まで手に持っていたはずの買い物袋が、忽然と姿を消したのだ。どこかに落としてしまったのか。一同が辺りを見渡すとすぐに、友奈がとある方向を指差した。

 

「あぁぁぁぁぁぁ⁉︎あそこ!すっごく速い敵が逃げてく!」

「バーテックスが……。バーテックスが、水着ドロですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」

「「「「何ですとぉ⁉︎」」」」

 

肉眼でギリギリ確認できたその正体は、小型サイズのバーテックス。双子座をモチーフとしたジェミニ・バーテックスの、更に小型版と思しきその個体は、まばらな人混みを避けるように遠ざかっていく。周りの客達が一切気にする素振りを見せないのは、神樹が特定の者達にしか見えないように配慮しているからだろう。

しかし黙って見ているわけにもいかず、一同は念の為にと、人目を避ける形で裏路地に入ってから勇者、武神に変身。逃げたバーテックスを追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉい待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

紅希がチャクラム型の武器『風火輪』を振り回しながら突撃を試みるが、敵は危険を察知してひょいひょいと回避していく。他の面々も攻撃を試みるが、次々とかわされてしまい、次第に勇者達のスタミナが削られつつあった。

 

「ハァッ、ハァッ……!ど、どんどん逃げる……。な、何なのよあいつ……」

「結界にも抵触しない、単体の小物でしょうけど、動きが速すぎて、全く追いつけません……」

「照準が合わせられない……。動きを止められる面子がいないのが悔やまれるな……」

 

流石のスナイパー達も、この状況を前に苦虫を噛み潰している様子だ。今いるメンバーの中では、友奈や兎角、高嶋、紅希が脚力に自信があるが、それでもバーテックスには届かない。

足止めに最適な能力を有しているのは、ワイヤーやヨーヨーを自在に操る、樹と調。俊敏さで言えば、夏凜と照彦が該当する。が、その何れもこの場にはいないとなると、かなり苦しい状況だ。

 

「何でぐんちゃんの水着盗ったの⁉︎返してよォォォォォォォォォォ!」

「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

怒りに震える高嶋と紅希が懸命に攻撃を繰り出すが、それで止まる敵ではない。

 

「……まぁぶっちゃけた話。盗ったってよりは一瞬だけ境界線を横切った拍子に、ってのが正しいけどな」

「偶然引っ掛かっちゃったって感じね。触手というか、突起というか……アソコに」

「段々生々しい表現にするのやめてもらえますか⁉︎」

「何でもいいから取り返さなきゃ!ぐんちゃんの水着!」

 

すると、並走していた千景が突然スピードを緩めて、息を整えながら、肩の力を抜いた。

 

「……もう良いわ、2人とも。向こうに戦闘の意志はないみたいだし、敵地で深追いは禁物だって、上里さんに注意されてたでしょ」

「でも……!」

「この人数で立ち向かうのは危険よ。せめて、乃木さん達と合流してからの方が……」

「けどそんなの待ってたら、水着がどっかいっちまうか、下手すりゃボロボロになっちまうんだぞ⁉︎」

「良いの。元々、それほど海に入りたかった訳でもないし、今回はタイミングが悪かったと諦め」

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

突如、千景の言葉を遮るかのように吠えた紅希が、足に力をこめて更に加速した。一気に敵との距離が縮まるが、回避するだけの余裕が向こうにはある。それでも尚、紅希は地面を抉るようなラッシュを止めなかった。既に体力も限界に近い筈なのに、だ。

 

「三ノ輪君⁉︎無茶よこれ以上は!」

「約束……したからなぁ!千景と一緒に遊ぶって!一緒に水着着て、海水浴して、ビーチバレーもして、美味しいもん全部食べるってぇ!だから俺は……!俺は諦めねぇぞ!」

「……!」

「私も!ぐんちゃんと一緒に、海水浴したいから!」

「そうだよ!私達の楽しい海水浴を、バーテックスなんかに邪魔されたくない!」

「でも……」

「郡さん、諦めてはダメよ。勇者部五箇条『なるべく「水着」は諦めない』!」

「微妙、というか割と間違ってる……けど、今回は許す!」

「えぇ、千景の水着奪還の為に、全力を尽くすわよ!」

『オォ!』

 

部長の言葉を受け、全員が鼓舞した様子を見て、千景はポツリと呟く。

 

「……そんな事言われたら、私が諦めるわけにはいかないじゃないの」

「ぐんちゃん、絶対に取り返そう。私達が海で楽しむ為に!」

「海で、一緒に!」

「友奈ちゃん2人の水着姿を愛でる為に!」

「……友奈の水着は盗られてなくね?」

「高嶋さんと……、三ノ輪君と……、海水浴。海で、水着で、一緒に……!」

「んんっ……?」

 

不意に、千景の纏うオーラに異変を感じた藤四郎。次の瞬間、その予感は的中する。

 

「えぇ、そうよ……。誰にも邪魔させない。例え地獄に堕ちようとも、私の水着姿を、望んでくれる人が1人でもいるなら……!」

「おぉ、ぐんちゃんが本気になった!」

「あ、あからさまに東郷の影響を受けているような……」

「(これは……、今後は少し警戒しておいた方が良いか?)」

「返してもらうわ、バーテックス。高嶋さんが選んでくれた……、三ノ輪君が待ち望んでいる……、私の、初めての水着……!」

 

側から見れば変な方向に、されど本人にとっては真面目な方向性を示しており、自然と武器に力が入る。

そんな千景に応えるかのように、バーテックスの進行方向に短刀が突き刺さり、敵が怯んだ。

 

「えっ⁉︎」

「こいつは……!」

「そこまでよバーテックス!」

「ふっ……!」

 

更に追撃とばかりに、敵に素早く接近する影が。振るわれた一撃は敵の懐に命中し、バランスを崩した。

 

「夏凜ちゃん!」

「照くん!」

「ナイスタイミング!……けど、どうしてここが分かったんだ?」

「神託があったって、ひなたから聞いてな。お前らが大変そうだから、加勢してこいってさ」

「神託って便利よね。素早い敵だから、私と照彦、それに樹や調で加勢に行けって」

「ん?樹もいるの?どこに?」

「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

すると、遠くの方からこの状況で頼もしい援軍の声が。声のした方を見ると、樹の姿が確認できたが、よく見ると彼女は桔梗の勇者、乃木若葉におぶられながらこちらに向かってきているではないか。更にその隣には、同じ足止め役には最適な調が、これまた神奈月流星に抱えられながら、友奈達の所に降り立った。

 

「樹!」

「!乃木さんと神奈月君も……」

「……あ、足、速すぎ……。体力、もたないから、2人に、手伝って、もらった……」

「ご、ごめん」

「調も樹も、敵の動きは封じられても、自分自身の動きは遅いんだな……」

「す、すみません……。あ、お姉ちゃん大丈夫?怪我してない?」

「うんうん、大丈夫よ!来てくれてありがとう。あんた達がいれば百人力よ!」

「紅希達も、無事そうだな!」

「……問題ないわ。ただ、敵の速度が速くて、攻撃が当たらない」

「そうか。なら私達に任せておけ。……しかし、何故敵地に?無闇な戦闘は控えるようにひなたにも言われていた筈だが」

「照くん、みんな!ぐんちゃんの可愛い水着を、バーテックスが泥棒しちゃったの!」

「む……?千景の……何と言った?」

 

興奮気味に喋ったからか、重要な部分を聞き取れていなかった様子の流星。

 

「あぁそれはいいから……。とにかく今は、あの敵を仕留めないと」

「それなら任せてください!名誉挽回、私と調君で、動きを止めて見せます!」

「……任せて」

「!おい、あれ!」

 

不意に、兎角が前方を指差した先に、星屑の大群が攻め込んできているのが目視できた。奥に進みすぎた事で、敵のレーダーに引っ掛かってしまったのだろう。

 

「くっ……!流石に多いな……」

「だが、これだけのメンバーが揃えば、どんな大群でも遅れなどとらない!覚悟!」

「(乃木さんの怒号で、空気が変わった……。西暦のリーダーも、頼りになるものね)」

「ヘヘッ!なら、もう一押しだ!」

 

不意に紅希が前に出て、腕を回し始める。何かのウォーミングアップにも見てとれる。それを見て千景もハッとなり、隣に並び立つ。

 

「おっ。千景も同じ事考えてたみたいだな!」

「そうね三ノ輪君。これだけの敵に阻まれては、親玉にたどり着けない。……なら、やるべき事は決まってるわ」

「まだこっちの世界に来て、試してなかったからな!やるぞぉ!」

「!まさか……!」

 

思わず仰天した若葉の予想は当たり、紅希と千景は、同時に自身の体の内側に意識を集中させ、神樹の持つ概念的記録にアクセスする。そこから力を抽出し、自らの体に宿す。

そう、それは……。

 

「行くぜ、『大鷹』!」

「来なさい、『七人御先』!」

 

そう叫んだ2人の足元が光り出し、集約したその光は、2人の身体を包んでいく。

精霊降ろし。それを行使したと気づいた時には、2人の姿は神秘的なものへと遂げていた。

 

「周りの奴は、俺達で吹き飛ばしてやるぜ!お前らは思う存分、足止めに徹しな!」

「……全て、刈り取る!」

 

そう叫んだ2人は、兎角と遊月が止める前に飛び出してしまう。行使した事のある神世紀組2人は、一抹の不安を感じつつも、飛び出した2人の撃ち洩らしを撃墜させる事に。

 

「そぉらぁ!」

 

投擲された武器は、星屑を次々と引き裂いていき、円を描きながら、紅希の手元に戻っていく。紅希に宿った精霊『大鷹』の加護を受けた事で、それまで直接振り下ろす事でしか活かせなかった攻撃が、追尾機能を付与された事で、より広範囲に向けられた為、敵も怯む他ないのである。

 

「ふっ!ハァッ!」

 

一方、千景も負けじと大鎌を振り続け、星屑を撃退していく。しかし敵も一塊となり、不意を突く形で、千景に体当たりをかまし、吹き飛ばした。その一部始終を見ていた友奈達が思わず青ざめてしまう。

 

「!そんな、ぐんちゃんが……!」

「マズい!早く助けに」

「心配いらねぇよ。今の千景なら」

「な、何言ってんだ照彦⁉︎今千景が」

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

するとどうだろう。今し方吹き飛ばされた筈の千景が、別方向から出現し、星屑をまとめて切り裂いたではないか。それどころか、周囲を見渡すと、同じ姿をした勇者が7体も出現している。

 

「分身……なのか?」

「すごーい!ぐんちゃんって忍者だったんだ!」

「それは違うと思うが、あれが精霊の能力なのか……」

 

兎角が呟いた通り、これが千景に宿った精霊『七人御先』の能力。その名の通り、7つの場所に同時に存在し、7人同時に殺されなければ、死ぬ事は決してない。1人撃墜されても、すぐに新たな分身が出現する。言うなれば、今の千景は不死身だ。

 

「えぇーい!」

「逃がさ、ない!」

 

一方で、夏凜や若葉、流星、照彦に翻弄されていたバーテックスが、樹と調の繰り出す技に、いよいよ追い詰められようとしていた。逃げ道を次々と塞ぎ、後がなくなったバーテックスは、不意に進路を大きく変更し、全速力で彼らから遠ざかるように駆け抜けていく。

その進行方向の先に、更なる脅威が待っているとも知らずに。

 

「ちょこざいわね!……って」

「あの先にいるのは……!」

「!千景、紅希!」

 

若葉に呼ばれて振り返った2人は、こちらに向かって突進してくる敵の姿を確認する。これは、2人にとってまたとない好機だった。

 

「そっちから出向いてくれるとはありがてぇ!なら、決着つけるぜ!」

 

地面に降り立ち、蹴るように突撃する紅希。鷹の如く詰め寄り、武器を叩きつける形で敵を怯ませると、その隙をついて、突起物に引っかかっていた袋をつかみ取ることに成功する。

当初の目的を果たした紅希はニヤリと笑い、一旦脇に挟んでから、回転を加えてバーテックスを上空に吹き飛ばした。

 

「決めろ、千景ぇ!」

 

その期待に応えるかのように、7人の死神が、その無機質な命を刈り取ろうと、自身の身長ほどもある大鎌を振りあげる。

 

「私の水着を盗ったのが運の尽き。……醜く逝きなさい」

 

そう呟いたのを最後に、バーテックスは7等分され、砂となって消滅した。

地面に降り立った千景は、元の勇者姿になり、分身達もその場で消滅する。改めて手のひらを見つめる千景。元の世界では力を使った後は、肉体的な負担が大きい為、極力使用を控えていた技だが、この世界の利点でもある、リスクのない戦闘は、実に素晴らしいものだ。現に、戦闘が終わった後も全く疲労感がない。

 

「千景!」

 

そこへ、買い物袋を持った紅希が並び立つ。彼も元の姿に戻っており、ピンピンしている様子だ。

 

「ほら、取り返したぜ」

 

そう言って水着の入った袋を手渡し、千景はそれを優しく受け取る。

ふと、紅希に目をやると、何故か右手を振り上げたままの体勢になっている。千景には、この後の動きが容易に想像できた。以前にも、こんな事があったからだ。

 

「これで、海水浴、目一杯楽しめるな!」

「……えぇ」

 

パンッ!と短い音が、樹海に鳴り響く。そして、互いの右手が重なり合う。戦闘を終えたみんなが迎えに来る、その時まで。

夏の暑さとは違う、とても暖かい温もりを、2人は確かに感じ取った。

 

 




久々に長文になりました。
何気にこの章で初めての精霊降ろしとなりましたが、いかがでしたでしょうか?先ずは千景と紅希が行使しましたが、今後もノーリスクという強みを活かして、精霊降ろしや満開が出てくるような描写が出来ればな、と思っております。


〜次回予告〜


「ここ全部、水着なんでしょ?」

「何の騒ぎじゃ⁉︎」

「犬扱いされとる……」

「生地が……多すぎます」

「タマ、逃がさない……!」

「「屈辱だぁっっっっっ!」」


〜種類が多すぎるのも、難儀なものである〜


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