皆様も健康にはお気を付けください。
1943年 ベルリン
ベルリンは連合軍に包囲され、ドイツ最後の抵抗となる火蓋は切って落とされた。
歴史ある町並みは、二度目の戦火に晒され多くを失われようとしている。それを歴史は戦争の負債であり敗者が支払うべき代償であると断じるだろう。だが、その燃える街にも、文化の担い手たる人々は確かに生きているのだ。
そんな中、私は今日もベルリンの場末にある私の店、BARグラズヘイムにいる。
すでに常連の方々の姿はない。
ある方は暗殺され、ある方は任地で亡くなったそうだ。
最後の常連ともいえる二人もつい先日「また会いましょう」と一言残し、それ以降姿を見ることがなくなりました。
窓を開けずとも響く砲火の衝撃、銃弾の音、街が燃える熱。
いつか来るとわかっていた情景。
私は諦めとも感傷ともつかない感情を感じながら、いつもと変わらずグラスを磨いていると、トントンと扉を叩く音が静かな店に響き渡る。
今は営業時間。もともとBARの扉に鍵などはかけていない。
その上でノックの音が聞こえるということは、隣人でしょうか? 最後まで残った軍の方々でしょうか? それとも連合軍でしょうか。どなたであっても、どんな結果であっても受け入れることに変わりません。
私は扉に手をかけ、そっと開けた先には……
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選択肢1:金髪の女性が一人
選択肢2:影法師のような男が一人
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私は扉に手をかけ、そっと開けた先には影法師のようなどこか捉え所のない男。カール・クラフト。いや、私にとっては……。
「ひさしいな。我が甥よ」
まるで普段と変わらぬような口振りで私に話し掛ける叔父の姿がありました。
「これは久しぶりですね叔父さん」
「たしか我が友が、姿を隠してからだから一年以上といったところか」
「そうですね」
懐かしい顔を見て、ふと過ぎ去った時間が思い出だされる。
叔父とくらすようになった青年時代。順調に店を切り盛りし、1940年、1941年あたりの最も常連が多く、ある意味一番忙しく幸福であった時期。
しかし思い出しても先のないことなのでしょう。
「して、今日はどのようなご用件で? すでに世間的に死んだとされる叔父さんが、わざわざ顔を出されたのですから、それなりの用事かとおもいますが」
「そうだな。私にとって女神と友以外は塵芥とおもっていたよ」
「そうでしょうね。得てして長寿の方は、執着するもの以外どうでもよくなるようですから」
叔父の言葉に私は同意する。少なくとも数百年の時を生きた意識は、今生においても確実に根付いており、この世界、この世間、この地域の一般的な人々が持つ価値観とは違うものが軸となっているのだから。そして私以上の時を生きる叔父であれば、それこそ多くのことをやり尽くしているのだろうことぐらい、想像に難しくありません。
「ああ、しかしだ。その両手の隙間から取りこぼしたモノが存外多いことに気が付いたのだよ。その意味で、このBARもお前も我が友と同じように、千金の価値があるといえるのだろう」
「私個人に価値はありませんよ」
普段の叔父からすれば、考えられないほどの高評価を貰ったわけだが、私にとってその評価は過分のモノです。
「なぜなら私は、私の生きた時代に研鑽された酒、料理を身に着け模倣しているにすぎません。実のところ私自身が真の意味で生み出したモノはカクテル2種類だけです。もしそれでもその評価をいただけるのであれば、私にではなく」
「お前にではなく?」
「私が生きた時代の文化にこそ、その評価は相応しいかと」
そう。私の研鑽はその下地となる文化があってこそ。
叔父は私の言葉にある意味で納得したのでしょう。軽く目を閉じ静かに頷いた。
しかし、次に目を開いた瞬間、その瞳はいつものどこまでも暗く掴みどころのない黒ではなく、複雑な文様、しいていえば絡み合う蛇のようなものが浮かびあがっていました。
「お前の言わんとすることは理解した。だが、私の評価を覆す理由でもない。故に私は私の思うままに褒美を与えよう」
「叔父さんから褒美ですか? それは今降り注ぐ、破壊の魔力に関係が?」
「ああ、今、この時を以てこの地は我が友の支配下となり、この地にある生命は総て上空に浮かぶ黄金の城へと帰結する」
我が友。つまり死んだとされたハイドリヒ様は、本当は死んでおらず、今日この時をもってこの地に準備していた魔術儀式を発動させたということですね。
ハイドリヒ様の言霊に乗り、この地に降り注ぐのは破壊の魔力。魔術的防壁を持たぬものはひとたまりもないでしょう。そして規模はベルリンの住民総てを飲み込みむほどのもの。それこそ魔術に最低限の素養がある私であっても、放置すれば取り込まれるレベル。
「魂食いですか」
「厳密には違うが、その認識で十分だ」
そういうと叔父、いやカール・クラフトはその手を私に向ける。そして私がその手に吸い寄せられるように意識が向くと、まるでランプを消した時のように周りから灯りが消え、静寂に包まれる。
「では我が甥よ、那由多の先で会おう。お前のおかげで多くのものを見つけることができた。なにより女神に捧げる首飾りに相応しい
-そして私の意識は深く眠りにつく
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魂で組み上げられた黄金の城が現世から旅立ってから、数日が経過した。
黄金の城の最奥には、この城の主を祀るに相応しい玉座があり、そこに一人の男が肩肘をつきながら静かに座っている。
その姿はナニカをまっているようにも見えるし、瞑想しているようにも見える。
しかし気配はそんな生易しいものではない。荒れ狂う大河を飲み干し、おのが内に沈めんとする人間ならざるものの力のせめぎあいがそこにあった。
ゆえにその場には彼以外いない。
部下たちはその力の放流を恐れ、畏怖し、またその儀式の邪魔をせぬよう控えているのだから。
だが、その場にまるで我のみは違うと言わんばかりに一人の男が近づいてくる。
もちろんこの城の主。ラインハルト・ハイドリヒも気がつく。
「どうしたカール」
「いやはや、あれだけの大儀式を行って数日で安定させるとは、さすがの一言に尽きる」
「ありがとうと返そうか。しかし、その儀式のお膳立てした卿に言われても、まるで自画自賛しているようにも聞こえるが?」
「私は嘘偽り無く、我が友を褒め称えているのだ。そこに他意はないよ」
そう。近づいてきたのはカール・クラフト。聖槍十三騎士団の副首領。首領であるラインハルトの補佐にして対を成す存在である。
「して今日は何用だ? てっきり次の策謀の準備をはじめしばらく顔を出さないと考えていたぞ」
「これは手厳しい。私も友の偉業を礼賛するぐらいの甲斐性はあるつもりだが」
そういうと、カール・クラフトはその手に持っていたワイングラスの一つをハイドリヒに渡し、持参したワインを注ぐ。そして同じように自分のグラスにも注ぎ。
「では、友の第一歩を祝して」
「乾杯」
二人はグラスを軽く掲げ一口。
「
「我が友もついに味がわかるようになったのだな」
「酒というものは存外面白いものだな。聖遺物を宿し、もはや酔うこともなくなった身だが、味を楽しむことはできる。闘争と同じように、同じ銘柄であっても同じ味は二つとない」
「それがわかる友に飲まれるこの酒も幸せだろう」
「その物言いは、あのバーテンダーのようだな」
ラインハルトは、ふとベルリンの裏路地にある小さなBARのバーテンダーの事を思い出す。あの者は闘争の英雄ではあり得ないが、その生き方はけして嫌いなものではなかった。
しかし、そこまで考えが至り、ふとあることを考える。
「カール」
「なにかな」
ワイングラスを揺らしながらカール・クラフトはラインハルトの呼び声に答える。
「おまえはベルリンの裏路地にあるBARを知っているか?」
「はて、ベルリンの裏路地にあるBARなど、それこそ無数にあると思うが、我が友が気にするほどのものが?」
「なに、このグラズヘイムにそこのバーテンダーの魂が無いようなのだ」
「はて、あの術式の範囲内であれば取り込まれているのが当然。たまたまあの戦場から避難していたため、術式の範囲外にいたという可能性も十分にありえるが」
「まあ、それも縁なのだろう」
そういうと、ラインハルトは興味をなくしたように目を閉じ、ゆっくりとグラスを傾ける。カール・クラフトはその姿を見届けると、いつの間にかその場から消え失せていた。
なぜなら、カール・クラフトにとってついに見付けた女神に捧げる首飾りに相応しい原石を、いかにして磨き上げるかを考えるという、何に置いても優先しなくてはならない事象がまちかまえているのだから。
次は最終話