オバロのナザリック基準なら、人間らしい人間って評価ですよ!
(比較対象がアンデッドやヴァンパイア、悪魔など異形種)
それにしても1940年代。まだシュピーネさん黒円卓入りしてないはず……まあ、それでもシュピーネと名乗っていたことにしましょう(ねつ造)
1940年 ドイツ ベルリン
小さな店とは、地域に密着することで成り立つもの。特にうちのように酔っ払いを相手にする店は、騒音などでいろいろとご迷惑をおかけすることもあります。
「昨晩の余り物ですが、皆さんでどうぞ」
てな感じで、お隣さん達や裏のラジオ屋親子におすそ分けをしております。週に数回、程よく食卓に一・二品増える程度ですが、効果はバカにはなりません。食材調達などで店を開けることも多く空き巣の絶好の的、だったらしく、根こそぎ捕まえていただいた……なんて事もありました。本当に近所付き合いとは、馬鹿になりません。
さてナザリック時代は、つねに新鮮な食材が入手できる大鍋に、時間停止の冷蔵庫、通常の冷蔵に冷凍庫。考えうる限り全ての料理が可能なほど充実した調理機器。じつに恵まれた環境で料理をしておりました。
しかしこの時代の料理事情はまさしく黎明期といえましょう。戦争開始と同時に始まった配給制。鉄道を中心とした輸送技術、冷蔵技術が飛躍的に向上するも、一般家庭ではまだ手に届かない。
もっとも店ともなれば話は違うので、冷やすという工程を利用できるようになったので、戦時中という厳しい現実の中様々な試行錯誤が続くのは料理人の業でしょうか。
とはいえ魚は酢漬けや塩漬け。肉は燻製など常温保存が可能なものが主流。そうなってくると重要なのは、ハーブや香辛料を如何に使うかが腕の見せどころとなります。うちもハーブの消費量が多いので、ミントなどすぐ育つものを、窓辺で自家製栽培しております。マーレ様に基礎の基礎とはいえ、土質改善、植物成長促進、発火の魔法を教えて頂いたのはいまでも役立っています。覚えるのに十年ぐらいかかりましたが。
またお酒も同じように常温で飲むことが前提です。もちろん、常温で飲んで美味しいお酒なのですが、最近になり冷やして飲むことも研究されているようです。とはいえ質でいえばピンキリの差がすごく大きい。そして一般家庭に流通するものの質はあまり良くない。魔導国絶頂期に一流ブランドに上り詰めた上で大量生産に踏み切ったことで、北部ドワーフ部族の火酒に喧嘩を売ったカルネ村名物ゴブリンウィスキー(ロック)には、質・量ともにおよびません。
そんなことをつらつらと考えなら、本日も開店となります。
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土曜日。開店してしばらくすると、一人の男性が友を連れずに来店される。
「いらっしゃいませ。シュピーネ様」
シュピーネ様は軽く頷くと、上着を脱いで玄関口で軽く払う。そしてカウンター席に座ると、隣の席に、軽く畳んで置く。
痩身で蛇のようなという形容が似合う風貌。若干芝居がかった喋り口。一般的な美醜の判断基準でいえば個性的な男性。話してみれば血統、特に人種に強いプライドを持たれ、同時に仕事も有能でなくてはならないという強迫観念を持たれている方です。
褒めているようには見えない?
外見も人間の枠に収まってますし、この程度の個性などナザリックでは当たり前です。個性について悩まれたセバス様が、どこから仕入れてきたのか、語尾に「にゃん」を付けた事件に比べれば何ら問題のない範囲です。
「いつものを」
「かしこまりました」
私は、グラスに氷をいれると、冷蔵庫から取り出したコーヒーを注ぐ。
「どうぞ。水出しコーヒーです」
グラスを一口。カランとなる氷の音が涼やかに店に広がる。
「ふむ。何度味わっても素晴らしい。時間をかけて抽出することで程よい甘味と柔らかな苦みを演出する。であってますかな?」
「はい。その通りにございます」
「国家の政策とはいえ、コーヒー豆の輸入に高関税をかけることは残念でなりません」
「代用コーヒーは、ホットで飲む分にはある程度いけますが、この飲み方はできませんからね」
シュピーネ様は、私が初めて水出しコーヒーを出した時の解説をときどき引用して返してくるあたり、本当に気に入っていらっしゃるのでしょう。
戦時下の食事においてドイツ流(という名の地産地消)という風潮に、国粋主義者であるからこそ満足していらっしゃるこの方が、食品輸入関税について愚痴をこぼされるあたり、本当に気に入っていらっしゃるのでしょう。
「本日はモーゼルワインのアダムがあります。いかがですか?」
「いいですね。ではいつものと、いっしょにいただきましょう」
「かしこまりました」
そういうと、私は三枚におろしたメバルにレモン汁をかけて寝かせたものを取り出す。そしてニンニク・バジル・パセリなどのハーブを白ワインで混ぜる。油を塗ったプレートにメバルを一枚おき、塩・胡椒・そして先ほど混ぜたものを乗せアルミホイルで蓋をしたものをオーブンで10分ほど焼きます。
香りがオーブンから漏れ出し、店内を漂い始めるころ、ワイングラスを取り、モーゼルワインのアダムを注ぐ。
「この極上の料理を待つ時間こそ至福、そうは思いませんか?」
「では香りで一杯どうぞ」
グラスをとると一口。
火が通ったメバルを皿に盛り、残った汁を小鍋に落とし軽く煮詰める。最後に煮詰めたソースと生クリーム、パセリを一振り。
「
シュピーネ様は、メバルを一口一口、ゆっくりと味わいながらたのしまれる。
「さっぱりとした味の上を彩るハーブの数々。同じ素材をつかっていようとも、日々の差異を楽しまずにはいられない一品。また腕をあげましたねぇ」
「ありがとうございます」
しかし笑顔のシュピーネ様は、すっと表情を落とし静かに質問をなげかけてくる。
空気が凍り付くというよりも、女郎蜘蛛の巣に迷い込んだような、どこか粘着質な気配。一度絡み取られれば、逃げることはできない雰囲気が漂う。
「しかし、このワインもそうですが、今では入手が困難なはず。良くのこっていましたね」
そう。モーゼルワインの産地はまさしく西部戦線が展開されたライン川流域。もし今買おうと思えばそれなりに入手困難な品。
それを普通に提供する帝都の店。
「地下の倉庫など複数個所に備蓄しております。手ごろな価格で手に入った時期のものです」
「ふむ。では話を変えましょう。例えばの話ですが、あるお店の入荷量と出荷量が大きく合わない場合は、その差分はどこから出てると考えられますか?」
「備蓄。市場を通さない独自ルート。という考察はいかがでしょう」
私はシュピーネ様の質問にこう答える。もっとも何を聞きたいのかわかる話だ。
なぜならこの店のことなのだから。とはいえ、生まれ持った魔法で、酒類・スープ類など量産できるとは言えません。実際に備蓄はかなりの量をしていますが、BARの売り上げは酒も含めてそれなりの額になるのですが、その多くを食材の仕入れに回している以上、収支のバランスなど取れるはずもありません。
しかし、その質問で満足されたのだろう。雰囲気ががらりと変わり、いつもの柔らかいがどこか慇懃無礼な表情にもどる。
「っということにしておきましょう。贔屓の店がなくなってしまうのは困りますし。せっかく胃に優しい好物の料理と、うまいお酒を出してくれるのですから」
そう言うと、食事にもどられる。
これはシュピーネ様なりの忠告なのでしょう。ある程度は庇えるが度を越してくれるなと。シュピーネ様は元は科学者とおっしゃっておりましたが、軍服で来られることもありますので、きっと今のお仕事関連で調べられたのかもしれません。
「そうですか。では、とっておきをお出ししましょう」
そういうと、ワインをおつぎしたあと、一品料理に取り掛かる。
ゆで栗とリンゴを一センチ角に切ったものを、レーズン、パン粉、パセリを生クリームと混ぜ合わせる。そして鳥の胸肉をとりだすと、薄く切り開き塩と胡椒を振り、混ぜ合わせたものを詰める。
あとはホイルに包みオーブンで焼く。最後に塩・胡椒とあわせてクリームソースをかける。
「
蒸した鶏肉いっしょに、クリームベースのどこか甘さを感じる香り。一口食べれば、素朴な味が広がり、大戦より遥か昔の家庭料理を彷彿させる。
それに加え何かお気遣いをさせてしまった申し訳なさもあって、この料理をチョイスさせていただきました。
「一度の敗戦で、多くのものが失われました。このような料理もまた、その一つなのでしょう」
シュピーネ様はふと遠くを見るようにつぶやかれる。何を思い出されているのかは、わかりませんが思い出に触れることができたのかもしれません。
その後しばらくお酒とお食事に集中されたのち、ふと思い出されたように上着から一枚の封書をとりだされました。
「渡し忘れておりましたが、グルーネヴァルト地区およびその西部の狩猟許可証です」
グルーネヴァルト地区はベルリンからもほど近い風光明媚な自然に囲まれた高級保養地とされる場所。そこの狩猟許可証。先ほどの話もシュピーネ様なりの回答なのでしょう。
「ありがとうございます。では来週ご来店いただいた時には、よいジビエをお出しできるようにしましょう」
「ええ、楽しみにしておりますよ。ではまた来週」
そういうと、上着を取り席を立たれる。
私は、偏屈な常連客に深く頭を下げるのでした。
てな具合で1話1人から複数名、そのキャラがBARで酒のんで何を話すかを考えて書きます。
長編ではなく文章量も少ないですが、週1ぐらいのペースで更新します。