【完結】BARグラズヘイムへようこそ   作:taisa01

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あるルートの先の先
もう原作やってる方のみしかわからない内容ですが、ごめんなさい

とはいえ、バレンタイン企画も終了。
次の作品はプロット完成、10%ほど本文をかいたあたり。

次回作もよろしくお願いいたします。


第■話 if 女神の治世

1943年 ベルリン

 

 ベルリンは連合軍に包囲され、ドイツ最後の抵抗となる火蓋が切られた。

 

 歴史ある町並みは、二度目の戦火に晒され多くを失われようとしている。それを歴史は戦争の負債であり敗者が支払うべき代償であると断じるだろう。だが、その燃える街にも、文化の担い手たる人々は確かに生きているのだ。

 

 そんな中、私は今日もベルリンの場末にある私の店、BARグラズヘイムにいる。

 

 すでに常連の方々の姿はない。

 

 ある方は暗殺され、ある方は任地で亡くなったそうだ。

 

 最後の常連ともいえる二人もつい先日「後ほどお迎えにあがります」と一言残し、それ以降姿を見ることがなくなりました。

 

 しいて言えば、身重のアンナさんのことが心残りといえば心残りでしょうか。開戦前に入手しておいたポンドやドル、換金しやすい宝石や酒を持たせ半年ほど前に逃しましたが、上手く生き残ることができたでしょうか。

 

 とはいえ、今考えたとしても終わりのないことですね。

 

 窓を開けずとも響く砲火の衝撃、銃弾の音、街が燃える熱。

 

 いつか来るとわかっていた情景。

 

 私は諦めとも感傷ともつかない感情を持て余しながら、いつもと変わらずグラスを磨いていると、トントンと扉を叩く音が静かな店に響き渡る。

 

 今は営業時間。もともとBARの扉に鍵などはかけていない。

 

 その上でノックの音が聞こえるということは、隣人でしょうか? 最後まで残った軍の方々でしょうか? それとも連合軍でしょうか。どなたであっても、どんな結果であっても受け入れることに変わりません。

 

 私は扉に手をかけ、そっと開けた先には金髪の女性。

 

「ご無沙汰です。バーテンダー」

 

 そこには、記憶するお姿からかけ離れた、疲れた表情のベアトリス様のお姿がありました。

 

「これはご無沙汰しております。ベアトリス様」

「あの方が亡くなられてからですから、一年以上といったところでしょうか」

「そうですね。先輩が戦死されてから前線に行くことが増えましたから。でもアンナさんとは手紙のやり取りをしてたので、バーテンダーさんが元気だということだけはうかがってましたが」

「そうですか」

 

 外を見回せば街を焼く炎の赤が空を染め上げる状況を考えれば、場違いな挨拶。

 

 懐かしい顔を見て、ふと過ぎ去った時間が思い出だされる。

 

 ベアトリス様が初めて来店された頃。同僚によろこんで貰いたいと時間を惜しんで、お店を探されておいででした。その後、常連として通いつめられた1940年、1941年あたりは、もっともお客様が多く、ある意味一番忙しく幸福であった時期。

 

 しかし思い出しても先のないことなのでしょう。

 

「して、今日はどのようなご用件で? 世間的にはベルリンが陥落し、枢軸側が敗北必須という情勢。その中、戦乙女と信奉される貴方がわざわざ顔を出されたのですから、それなりの用事かとおもいますが」

「部隊から追い出されちゃいまして……」

「はい?」

 

 まるで聞き間違いを確認するような、変な返答をしてしまいましたが、崩壊するドイツ軍を支える戦乙女が所属部隊を追い出されたという事を鵜呑みにできるかといわれれば、信じがたいというのが素直な感想となります。

 

 そのためか驚き呆けるという、無様な顔を少々さらしてしまいました。

 

 対してベアトリス様は、今日にいたるまでの激務で隠しきれない疲労が顔でておりますが、どこか晴れやかな表情で宣言されました。

 

「では、逃げちゃいましょう」

「申し訳ありません。私が(バーテンダー)である事を捨てて、生きる理由にはなりません。なぜなら私が生きる理由など、もうそれぐらいしかないんですから」

 

 何を言い出すかと思えば、少なくとも数百年の時を生きた意識は、今生においても確実に根付いており、この世界、この世間、この地域の一般的な人々が持つ価値観とは違うものが軸となっています。

 

 そして得てして長寿の方は、執着するもの以外どうでもよくなるようで、私にとってバーテンダーとして生きることこそ総てといえましょう。

 

 しかし私の意見など関係ないとばかりに、ベアトリス様は私の手を両手で包み込むように優しく握ると、まるで懺悔するかのように独白されました。

 

「不思議に思うかもしれませんが、今日という日を私は何度も夢見て後悔してたんです。貴方を連れて逃げ出せなかったことを。それもチャンスがあったのは最初の一回だけ。それ以降はどれだけ貴方を探しても見つけることができませんでした。傷心の私は任務に没頭して、そんな私を真の意味で理解してくれる優しい人も現れてくれたのに、結局忘れられなくって不義理を……。ほんとうに私って……」

 

 夢のことと語るベアトリス様の表情は、夢想家のかたる妄想と割り切るには真にせまっており、ただの戦場の狂気に侵された幻覚患者と言うには、現実での功績は高すぎました。しかし、同じように悩んでいた方がいらっしゃったのを、ふと思い出されます。

 

 では、私は私らしく酒の席の言葉で悩めるお客様に言葉をお送りすることでしょう。

 

「あなたは正気ですよ」

「えっ?」

 

 私が別の言葉をいうものと考えていたのかもしれません。ベアトリス様は私の目を覗き込むように顔を上げてきます。

 

 私は握られたベアトリス様の手をそっと握り返し、静かに告げます。

 

「私達は現実に生きております。良いこともあれば悪いこともありましょう。満たされない物語のような夢を抱えることもありましょう。ですが夢は朝には覚め、生にはいつしか終わりが来きます。たとえ終わらぬ夢を追っていたとしても、貴方は正気の人間ですよ」

 

 少々空気に酔った言葉を並べてしまったのかもしれません。ベアトリス様は俯いたままとなっております。まあ、道化として一人の悩める方に笑いの一つも与えられなら、良い人生だったのかもしれません。

 

 耳を澄まさずとも、砲弾と女神の音が近づいてきているようです。先程まであった動く気配も、もうほとんど残っておりません。

 

 そんな風に一瞬外に意識が向いてしまった事がいけなかったのかもしれません。

 

 不意にベアトリス様が握る手を強く引き、私は一瞬前のめりに倒れ掛かりそうになります。人間の三半規管というのはいついかなる時もバランスを保とうとし、反射的にまっすぐ上体を起こそうとしてしまいます。

 

 しかし、まるでそのタイミングを狙ったかのように、唇が一瞬だけ触れた気配。そこには、よく熟れたトマトのように私に密着したベアトリス様の真っ赤な顔がありました。

 

「やっぱりアンナにけしかけるだけけしかけて、自分は何もしないというのはダメね。もう一度いいます。私と逃げてくださいバーテンダー」

「ですが、私には」

「だったら逃げて逃げて、世界の端でもう一度お店を開きましょう。もちろん私もいっしょです。きっと楽しいですよ」

 

 ベアトリス様は良い意見だと言わんばかりに、満開のひまわりをおもわせるような笑顔で言われます。

 

「しか……」

「ああ、それは良い意見ですね」

 

 私が回答を言おうとした時、遮って言葉をかけたのはベアトリス様と同じように懐かしい顔でした。

 

 そう「後ほどお迎えにあがります」という言葉を残して去っていった常連の二人がそこにいました。

 

 しかしベアトリス様は常連の二人が乗る車、後ろに控える兵士達の軍服を見て素早く銃引き抜き、私を庇うように構える。

 

「できれば、そのままで。私達は恩を返しにきただけですから」

「恩ですか?」

「ええ。見て頂いた通り、私達は連合軍側の人間です」

 

 そういうと、二人は簡単な身分証を提示してくれました。英国秘密情報部に、米国戦略事務局所属ですか。

 

 まあ、所属を見れば、なぜ長らくベルリンにいらっしゃったのか予想もつきます。ベルリンで企業家を装い、スパイ活動をしていた……ということですか。しかしなおさら恩というのはわかりません。

 

「まあ、私達もいろいろ仕事をしていますが、まさか常連仲間がゲシュタポ長官とは思いませんでしたよ。もっともその頃には、この店の虜になっていたので、あえて手をださなかったんですがね」

「ええ。唯一のオアシスを血に染めるのは無粋と思うのは当然でしょ?」

 

 どうやら、私の店は気が付かない内に諜報戦の主戦場一歩手前だったようです。

 

「もっとも、そう思っていたのはあちらもらしく、あちらさんが暗殺される直前にこんな手紙をくれましたよ」

 

 そこには偽装でもしたかのような古びた封筒が一つ。

 

 中には、今では発行されることも、受理されることもないアメリカ移民に関する数々の許可証。それも私とベアトリス様。そしてアンナさんの分がありました。

 

「これは?」

「言伝としては一言。この味が失われるのは惜しいと」

 

 今生の両親が亡くなった時、叔父に助けられ店を護ることができた昔。そして今度は常連達の思いで店を続けてほしいと請われる今。

 

「人の縁とは分からぬものですね」

 

 私は深く息を吐き出すと赤く染まる空を見上げながら手を伸ばし、そこにかかっていた看板を取り外します。

 

「まあ、店を続けるのですから看板ぐらい必要でしょう」

 

 

 

 

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201X年 諏訪原市

 

 諏訪原市。日本に数ある都市の中で比較的国際色豊かな地方都市。

 戦後復興の折、アメリカを中心とした資本で再建された歴史もあり、口さがない者達の言葉を借りるならば、戦勝国の人心掌握起点といった都市である。

 

 もちろん東京や京都にそんなことをすれば伝統を重んじる日本人の反骨心に火をつけてしまっただろう。しかし、ほどほどの地方都市で焼け野原からの復興であったため、2000年代の今では、横浜や神戸のような国際色を自身の魅力とするにまで成長していた。

 

 そんな諏訪原市のメインストリートから一本奥まった場所に、小さなBARが一軒ある。

 

 戦後しばらくして立てられた店構えは、周りの建物と比較すれば恐ろしく古く、しかしどこか懐かしさを感じさせる作りであった。

 

 その少々重い扉を押し開くと、そこにはマホガニー製の品のあるカウンターに、数個のテーブル席。けして広い店内ではないが、奥にはピアノと大きな柱時計が置かれており、一度中に入れば時代から取り残されたようなノスタルジックな気分を味わうことができる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 扉に取り付けた鐘の音に気がついたのだろう。奥の厨房から一人の老人が現れた。温和な笑みを浮かべた顔には数多くの深い皺が刻まれている。しかしバーテンダー服に身を包むその姿は伸びた背筋と相まって、老いよりも古き良き時代を感じさせるものであった。

 

「ああ、蓮くんか」

「ただいま。養父さん」

 

 今さきほど扉を開けてはいってきた青年、藤井蓮の年のころは20代前半。老齢のバーテンダーの子供というには年が離れすぎている。

 

「私に息子はいないのだがね」

「でも、孤児院から引き取って育ててくれたのは、ベアトリス養母さんと養父さんだろ」

 

 実際世話らしい世話はベアトリスがしており、私は人の親らしいことなどまるできませんでした。結果的に責任放棄にも聞こえる若干無責任な軽口になるのですが、子供は大人の背を見て育つのでしょう。しっかりした青年に成長してくれました。

 

 なにより軽口とわかっている蓮は意にもかえさず、狭い店内に視線を送る。

 

 窓際のテーブル席には老齢の男性客が二人。ビールの飲みながらカードを楽しんでいるようだ。

 

 そしてカウンターの奥に座る待ち人に気がつく。

 

「遅くなりました先輩」

「いいよ。藤井くんが遅刻しても、ベアトリスさんとアンナさんが相手してくれてたから」

「あら、レディーを待たせるのは紳士にあるまじき失態よ」

 

 そう言葉を返したのは銀髪の女性、氷室玲愛。この町にある教会の娘で蓮にとっての先輩にあたる。そしてもう一人は金髪の老女。言動も若々しく、腰も曲がっていないため、年齢不詳を地でいく存在。しかし年は七十を超えていたはず。

 

「ベアトリス養母さん。5分も遅刻してないんだけど」

「30分とは言わないけどせめて女性の来る前に、時間前に待ち合わせ場所に来なさい」

 

 言葉だけ聞けば、まるでしつけをする母親のような口ぶりだが、バーテンダーとベアトリスは夫婦だが、蓮を含む何人もの子供を養育こそするも、戸籍の移動は行っていなかった。

 

「まあまあ、蓮くんもけして悪気があって遅れたわけじゃないんでしょ」

 

 そうフォローするのは赤毛の小柄な女性。名前はアンナさん。この店の元看板娘。いまでも現役時代に覚えた楽器で弾き語りをしたりする人気のある女性だ。とはいえこちらもいい年のハズ。バーテンダーをはじめ、ここに集まる老人たちは、もうそれなりの年齢のはずなのにまったく老いを感じさせない。本当に元気なじいちゃんばあちゃんたちである。

 

「で、今日はどんな話を聞いてたんですか」

 

 そういうと蓮は三人のすぐ隣のカウンター席に座る。バーテンダーは、寒い外から来たことを気にかけてくれたのだろうか、何も言わずにそっとホットワインの入ったグラスが置かれる。

 

「今日はドイツを離れた頃のお話をね」

「常連客にゲシュタポとCIAとMI6がいたってホラ話か? 全部が嘘とはおもわないけど、ホントなら映画になりそうな歴史の裏舞台って感じの話だったろ」

 

 その話を知っている蓮は、日常から離れた映画のワンシーンを思い描き感想を述べる。

 

「え? 嘘なんですか?」

「さあ」

「今になっては分からないことだらけだしね」

 

 二人の老婆をまるで口をそろえるように答える。その口ぶりは老人特有の胡散臭さがあり、さきほどまでの真に迫った語り口とは真逆といってもよいものであった。

  

 先程まで本当のこととおもって聞いていた玲愛もさすがに「本当なのかな?」と疑問に感じているようだ。

 

 そんな中で一人だけなにも言わなかった人物に蓮は質問する。

 

「で。本当のところは?」

 

 その質問に私は静かに微笑みながら、折角きた子どもたちに振る舞うための料理をはじめながらいつも通りに答える。

 

「あなたが信じたお話が本当ですよ」

 

 

 

 


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