赤髪がオラリオにいるのは間違っている   作:月光法師

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迷宮の(その2)

 

 

赤髪のヤベーやつがダンジョンを踏破するつもりらしい。

 

赤髪と三人組が更に下の階層を目指して突き進む。三人組よりも強いモンスターばかりが犇めく中、赤髪は上機嫌に笑い進んでいく。

 

赤髪のおかげか、三人組も緊張感はあるもののリラックスした状態であるようだ。

 

モンスターが複数出現する。

 

三人組が一匹を相手にし、残りを赤髪が対処する。三人組にとっては死闘となるだろう戦いだ。しかしその横で赤髪は一刀のもとに倒し続ける。

 

「おいベル。助けはいるか」

 

既に敵を倒しきった赤髪が、からかうような口調で白兎へと問いかける。死闘を演じる三人組にとってはそれに答えるだけでも命懸けだ。

 

「おっ、おっ、お願いしますぅぅぅぅぅ!!!!」

 

敵の攻撃を避けながらもなんとか答えた白兎。それを聞いた赤髪の行動は早く、一瞬でモンスターを両断してしまった。

 

それは既に何度も繰り返したやり取り。

 

最初に手に負えなさそうなモンスターが立ち塞がったとき、白兎はなんとか倒そうと粘っていた。しかし赤髪がその戦いに割り込み一刀両断。後に白兎、延いては小人と炎髪に一つ溢した。

 

「退くことの出来ない戦いがある。だが、それは今じゃないだろう?」

 

どんな思いがそこにはあったのか。それを赤髪は語らない。しかし白兎たちにとってはそれで十分だった。赤髪の経験が空気を通して伝わったかのように、白兎たちは納得し受けいれてしまった。

 

白兎の頭にチラついたのは、過去に剣姫に助けられた無力な自分。その後にも同じことが起こりそうになり受け入れられずに立ち向かった自分。憧れの人に二度も助けられるだけの自分が許せなかった。そしてそれをはね除けた。

 

だが何故だろうか。

 

この赤髪にはそれを感じない。何処か自分たちを導いてくれているような、温かく見守ってくれているような。自身の唯一の肉親であった祖父のような。もしくは人生の師匠のような。そんな感慨に胸を満たされてしまった。

 

だからだろうか。

 

その言葉を素直に聞き入れることができた。次の戦いからは、挑戦はするものの無茶無謀はせず、自然と助力を願うことができた。

 

今回の戦闘もそれは同じく。

 

ただし一つ、戦いを経るごとに変わっていくものもある。

 

「シャンクスさん!ありがとうございます!」

 

「ああ」

 

「やっぱりシャンクスさんって凄いんですね!どうやったらそんなに強くなれるんですか!?」

 

元気よく礼をする白兎と、それに微笑で返す赤髪。だがその白兎の瞳はキラキラと輝いており、まるで憧れの人物に会ったかのよう。最初の警戒していた頃に比べて、随分と信頼を向けているようである。

 

その感情は憧れ。

 

そう言い表すのが適切であろう。

 

白兎は剣姫にも憧れを向けているが、しかしそれとは明らかに別種のもの。

 

剣姫に向ける憧れは恋慕であり、彼女に追い付き隣に立ちたいという感情。ダンジョンで助けられたことにより出逢い、一目惚れし、憧れた。それは冒険者としての剣姫に憧れた部分も多少はあろうが、どちらかと言えば男が女へ向ける憧れの色が強い。

 

しかし赤髪へと向ける憧れはそれとは逆。男が男へ向ける憧れ。強く、親しみやすく、格好いい。そんな単純で、然れど強い思い。それはまるでお伽噺の英雄が目の前に立っているかのよう。自身の追う夢が目の前に形を持って現れたかのよう。

 

”僕もいつか、こんな格好いい人になりたい“

 

そんな、白兎にとって今までにありそうでなかった憧れだ。

 

現在、赤髪たちは中層と呼ばれる階層を越え、下層まで降りて来ている。ダンジョンは上層、中層、下層、深層の順番で下の階層へと広がっていることを考えれば、どれだけ潜ったか分かって貰えるだろう。

 

現在いる下層。そこはレベル3もしくはレベル4が適正の階層。今の白兎たちからすれば格上が多い。だというのに赤髪は未だに余裕を見せ、出てくるモンスターを全て一刀で切り払っている。

 

明らかに白兎たちの予想を越えていた。今いる階層のモンスターを一撃となれば、さらに未だ余裕を見せていることから考えても、赤髪のレベルは5もしくは6は堅い。白兎たちがそう思うのに然して時間はかからなかった。

 

「そりゃお前、海だ」

 

「海!海に出ればそんなに強くなれるんですか!?」

 

「ああ、なれる。冒険いっぱい、危険いっぱい、楽しさいっぱい。そして強さ100倍だ」

 

ああ、この男はまたテキトーなことを……。

 

「僕も海に出たいです!」

 

「ちょっとベル様!そんなバカみたいな言葉に惑わされないで下さい!」

 

そこで魔石を集め終えた小人の声が割り込んだ。どうやら彼女は常識人らしい。

 

「全くもう、ベル様ったら。そんな事言ってないで、そろそろ引き返しますよ」

 

「えっ!引き返すの?」

 

「当たり前です!シャンクス様がいて安全ではあっても私たちにとっては危険です!こんなところで寝泊まりは出来ません!そんな準備もしてきてません!何よりもヘスティア様に何も伝えていないんですよ?ベル様はヘスティア様に心配をかけたいのですか?」

 

「うっ、確かに……」

 

「なんだ、上で待ってるやつがいるのか。それはしょうがない。帰るか」

 

「「「えっ!!」」」

 

驚く三人組。

 

18階層から下へと降りるとき、あんなにも折れぬ曲がらぬな意思を見せていた男がいきなり掌を返すような発言をしたのだ。当然である。

 

「もっと駄々を捏ねるかと思ったぞ……」

 

炎髪が呟き。

 

「シャンクス様がいないと帰れませんから、どうやって説得するか考えていたのですが……」

 

小人が呆然とし。

 

「えっと、大丈夫ですか……?」

 

白兎が頭の心配をした。おいお前憧れてたんじゃないのか。

 

「仲間が待ってるんだろう?なら待たせっぱなしには出来ない」

 

赤髪の仲間を大切にする精神が白兎たちにも伝わったのか。その言葉で三人組は納得したようだ。そして白兎の憧れが強くなった。お前も本当チョロいな。

 

「さて、それならさっさと帰るとしよう」

 

そして其処からは快進撃だった。

 

既に魔石とドロップアイテムでいっぱいとなった袋を担ぎ。赤髪を先頭にして階層を駆け上がる。何故かモンスターが出現しても気絶するか逃げ出していく。後方から見ていた三人組はそれを不思議に思いつつもダンジョンを駆け抜けて行った。

 

だが道中。

 

18階層にて赤髪は換金した後、17階層へと登ったときのこと。ダンジョンを降りるときも出現し、そして倒した迷宮の孤王(モンスターレックス)ゴライアスがまたもや立ち塞がったのだ。

 

それも、()()ゴライアスが。

 

「こいつはっ……!?」

 

「そんな……!?」

 

「おいおい勘弁してくれよ……っ!」

 

それは彼らは記憶にも新しいモンスター。ゴライアスの異常種。

 

異常種。

 

それはダンジョンにて魔石を摂取することにより、通常よりも遥かに強化されたモンスターのことである。それを防ぐため、倒したモンスターをそのままに放置することは魔石の放置も同然ゆえに、冒険者には可能な限り魔石の回収が推奨されている。だが冒険者がモンスターに負けてしまった場合や、力量差からの逃亡の場合もあるため、道中で倒したモンスターの魔石が無残な形で残ったり、回収する暇もなく撤退することで放置されることもある。そしてその魔石を摂取して異常種が誕生してしまうのはままある話だ。

 

だが迷宮の孤王は壁から出現し、そのすぐ後には討伐されてしまう。それは18階層への道中で必ず通らなければならない場所で生まれてしまうため。他の冒険者のことも考えて、直ぐに討伐されてしまうのだ。更に言えば、迷宮の孤王は一週間から二週間の一定周期で生まれるため、本来なら一日に二度も生まれることはない筈なのだが。

 

つまり何もかもが黒いゴライアスは異常。

 

赤髪を前にしても、怯みはしているが退く様子は微塵もない。

 

だが赤髪。三人組が驚き足を止めてしまっても、彼の足が止まることはなかった。

 

「退く気がないなら仕方ない。袋にも空きが出来たところだ」

 

抜刀。一閃。両断。

 

「「えぇ……」」

 

あんなに皆が苦労して倒したモンスターを一撃かぁ。そんな顔の小人と炎髪。白兎だけは一転して瞳をキラキラ。

 

三人組の頭に想起されるのは、レベル4まで数人動員しての、大人数vs黒いゴライアス。その大激戦に勝利を納めた疲労困憊の当時。

 

だが赤髪はあの強敵であった黒いゴライアスを一撃。というか三人組は上層から下層まで、全てのモンスターを一刀両断している赤髪しか見ていない。ゴブリンも黒いゴライアスも、然程の違いしかない。ただ図体がでかくなっただけだと言わんばかりの無双ぶりだ。

 

取り敢えず毎日のルーチンワークのように、慣れた動作で魔石を回収する小人。その瞳が死んでいるように見えるのは恐らく見間違いではない。

 

炎髪も死んだような瞳で。魔剣とか全く通じなかったんだけどなー、とか呟いている。

 

白兎だけが溢れんばかりのハイテンションでキラキラ光っている。瞳だけじゃなくて、こう、全身が。お前その男に憧れていいの?後悔しない?

 

「さて、行くか」

 

「はい!!!」

 

「「はい……」」

 

そしてそのまま走り続け、オラリオの街に帰ってきたのは夜も遅い時間帯。早朝から潜り始めていたため、ダンジョンに滞在した時間は一日の三分の二にも達する。三人組は流石に疲労が溜まっている様だ。

 

「今日は世話になった。これはお前たちの取り分だ」

 

ジャラリ、と赤髪から渡されたのは今日稼いだ四分の三のヴァリス。

 

「ええっ!こんなに頂けませんよ!」

 

それはなんと数百万にも至る、白兎たちの見たこともない額。

 

「なに、気にするな。これは俺たち四人で稼いだ金なんだ」

 

そう言う赤髪だが、白兎たちはそうは思わない。

 

「僕は何も出来なかったんですよ!?」

 

「リリも魔石を拾ってただけです!」

 

「俺も文字通り、何も出来なかった」

 

当然のことであるが、モンスターを倒したのはほぼ赤髪だ。分け前にしては渡す額が多すぎるというもの。それは白兎たち三人組も理解している。

 

「冒険して手に入れたものは、分かち合う方がいいだろう」

 

ニッ。そんな快活な音が聞こえてきそうな、気持ちの良い笑いを見せる赤髪に感動するのは白兎。

 

「ベル様並のお人好しですね」

 

「なんというか、そう言われたら受け取らないわけにはいかないな」

 

「ありがとうございます!シャンクスさん!」

 

どうやら三人組はヴァリスの入った袋を受けとる気になったようだ。恐る恐る、手にしたことのないヴァリスの入った袋を白兎が受け取り。渡した赤髪は言った。

 

「さて、飯でも食いに行くか。お前たちの待たせている仲間も一緒にな」

 

どうだ?そんな問い掛けるような視線に白兎は直ぐ様頷きそうになるのを堪えて、共に命を賭ける仲間を見る。

 

「私は構いません」

 

「俺もだ」

 

その返答に、白兎は顔を華やかに輝かせ走り出した。まるで疲労など吹き飛んだみたいだ。それほどに赤髪と食を共にするのが嬉しいと見える。

 

「じゃあ僕、神様呼んできまーす!!」

 

そして元気よく走り去る白兎はホームへと帰還し、神様を食事の席に誘うのだった。その際、神様に帰りが遅すぎて怒られる白兎。その話は遅くなった食事の席で赤髪に笑われるのだが、神様が白兎を心配するのはいつもの光景。

 

むしろ遅くなった原因である赤髪も神様に怒られることになるのだが、いつの間にか食事の席は宴の様相に変化し、酒の入った赤髪には届かない。

 

豊饒の女主人。

 

その酒場では今日もダンジョン帰りで疲れた冒険者たちが、明日のために夜遅くまで英気を養っている。

 

夜の灯火が消えるにはまだ早い。

 

飲んで騒いで、赤髪を中心として起こる喧騒が。彼等の自覚せぬ部分に力を注ぐ。

 

酒を飲み干し、肴を平らげ。下らぬ話に花を咲かせる。隣通しで肩を組み合い、少しの唄と少しの踊り。呆れる程のばか騒ぎ。

 

けれどもほら見よ。

 

皆の器の奥の奥。

 

生ある者には認識できぬ。

 

心の迷宮その深く。

 

生きる力が、湧いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと少し

 

呑み込む準備が整い出す

 

世界に穴開け

 

世界を侵食

 

奴を消さんと粛々と

 

さあ来るぞ

 

今に見ていろ瞳を見開け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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