赤髪がオラリオにいるのは間違っている   作:月光法師

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迷宮の

 

 

赤髪のヤベーやつがダンジョンに潜っているらしい。

 

いやお前冒険者じゃねぇだろ!

 

何処かの狼人なら直ぐに突っ掛かってきそうである。

 

しかし、そこはやはり海賊。

 

自由を信条とする海の無法者だ。所詮一つの都市の小さな組織が決めた法など、そんなものを守るわけもない。とはいえ、善良な者たちに被害が及ぶことを好まない赤髪。法を破っても大丈夫かどうかくらいは考えて動いている。

 

基本的にオラリオにおいて、ダンジョンに潜っていいのは冒険者のみだ。

 

冒険者とは、ファミリアに加入し、神よりファルナを授かり、冒険者ギルドに登録する。ここまでの工程をクリアした者たちのことを指す。

 

赤髪は勿論冒険者でもなければファルナを授かっているわけでもない。ファミリアにも加入してはいない。

 

しかしそうなってくると困る問題がある。

 

そう。金だ。

 

宴だなんだと騒ぐ赤髪。金がそれはもう飛んでいく。

 

普通に一食を済まそうと思えば50ヴァリス。つまり一日150ヴァリスもあれば生活できる。一月で約4500ヴァリス。一年で約5万4千ヴァリスだ。だが赤髪は一度の宴で何十万ヴァリスという金を浪費する。

 

さて、問題に気付けて頂けただろうか。

 

善良な者たちに被害が及ぶことを好まない赤髪。そのため金はしっかり払う。けれどそんな大金は中々稼ぐことができない。しかも生きてきた世界が違うため、まずこの世界のことがよく分かっていない。金を稼ごうにもどうればいいか分からない。

 

そんな時、耳にした言葉がある。

 

『ダンジョン』

 

なんでも、ダンジョンに潜って魔石という代物を集めれば金に変えてくれるとか。

 

「そりゃいい。じゃあ行くとしよう」

 

そんなノリでダンジョンへ向かった赤髪。勿論、冒険者でなければ潜ってはいけないことも聞いた。冒険者でなければギルドは魔石の換金もしてくれないと聞いた。

 

だがやはり海賊。

 

潜っても大丈夫だろうと勝手に判断。海賊故に財宝の換金方法はいくらでもあると知っている。

 

そのため防具も何も着用ぜずに、その身一つでダンジョンへと潜ってしまった。

 

赤髪の最初のダンジョン探索。それはどういったものであったか。

 

……結論から言えば、特に苦労することなく終わってしまった。

 

ダンジョンへ潜り、早速出会したモンスター。剣の一太刀で倒してしまう。だが困ったことに魔石とやらが何処にあるのか分からない。身体を切り刻んで探してみるか、と悩んだ末に実行に移そうとしたが。近くに何やら冒険者がいるではないか。

 

この男、勝手にダンジョンに潜っているというのに開けっ広げ過ぎる。

 

そしてその男に目を付けられた冒険者のなんと憐れなことか。

 

「そこの若いの」

 

少し離れたところに見えた三人組へと声をかけた。

 

「……?…僕たちですか?」

 

答えたのは白が目立つ兎を連想させる冒険者。

 

「ああ。少し助けちゃくれないか」

 

どうやら三人組は悩んでいる様子。少しの相談をしたあと、赤髪へと近付いてきた。どうやら警戒しながらではあるが、一先ず話は聞いてくれるらしい。

 

「それで……どんなご用ですか?」

 

近付いてきて最初に言葉を放ったのはまたもや白兎の冒険者。

 

「いやなに。お前たち冒険者だろう。少し魔石の有りかを教えてくれ」

 

そして身構える三人組。

 

当然である。

 

お前たちの魔石を出せ。そんな風に聞こえてしまっても彼らに罪はない。全面的に知識不足な赤髪が悪い。

 

赤髪も察したのだろう。

 

「こいつの何処に魔石があるのか分からなくてな」

 

近くに転がっているモンスターの骸を指差しながら、赤髪は敵意がないことを示す。

 

構えている三人組はそのまま視線を指の先へ。そこにいたのは。

 

「……ゴブリン?」

 

「……ゴブリンですね」

 

「……ゴブリンだな」

 

ダンジョンにて最初にエンカウントするであろう最弱のモンスター、ゴブリンであった。

 

「……えーっと。……えっ?」

 

白兎が呟く。

 

仲間に目を向ければ、皆が困惑した表情だ。

 

「あの、すみません。ちょっといいですか」

 

「ん?ああ」

 

白兎が赤髪に了承をとり、小人(パルゥム)の少女と炎のような髪色の青年を集める。そして少し離れて円陣を組むと何やらヒソヒソと密談。

 

「……どうしよう!」

 

困惑した白兎が一言。

 

「めちゃくちゃ怪しいです」

 

小人が断言。

 

「リリすけに同意だ」

 

炎髪もこれまた断言。

 

しかし、人に騙された経験があるというのに、白兎はどうやら赤髪を助けたいらしく。

 

「僕も怪しいのは分かってるんだ。でもあの人、悪い人には見えないし、本当に困ってそうだよ」

 

「そうかもしれませんが、あの人を見てください。目元の傷に隻腕。あの風格。明らかにタダ者じゃありません。なのにゴブリンから魔石も取れないなんて……」

 

「ああ。あいつがタダ者じゃないってのは確かだろうな。強いのも肌で感じる。だが、ベルの言うように悪い奴にも見えないな」

 

「うーん……。僕より強そうだし、レベル2以上、だよね?」

 

「だとすれば二つ名を聞けば、誰か分かるかもしれません」

 

「だけどよ、あんな特徴的なやつオラリオで見たことないぞ」

 

一旦ベルが振り返り、赤髪へと言葉を投げ掛ける。

 

「すみませ~ん!二つ名を伺ってもいいですか~!」

 

少し大きな声で問い掛けた白兎。赤髪は少し悩みながらも返答した。

 

「二つ名か……。赤髪……か?」

 

俺がこれを名乗ったのは初めてだ。そんな言葉は閉まって。

 

「ありがとうございま~す!」

 

そして小人と炎髪に振り替えって小声で一言。

 

「どうしよう!」

 

「疑問系で返ってきましたね……」

 

「なんで自分の二つ名が定かじゃないんだ……」

 

「っていうか僕『赤髪』なんて二つ名、聞いたことがないよ……。二人はどう?」

 

「リリも聞いたことないです」

 

「俺も同じく、だな」

 

あれ?これやばくね?本格的にあの人怪しくね?

 

そんな胸中に陥りそうな三人組。しかしそこで、ハッとした表情を浮かべて小人が確信をついた。

 

「分かりましたよベル様!あの人、多分オラリオの外から最近やって来た人です!」

 

「オラリオの外から?でもあの人レベル2以上ありそうだよ……?」

 

「ああ、なるほどな。ベル、オラリオの外にもファミリアはあってだな。そこでファルナを授かり冒険者になったってことだろう。」

 

有名なところで言えば闘神アレス。彼は国を作り、そこで統治者として君臨している。ヘルメスという神も世界中を旅していたり。過去にはポセイドンが湖沿いを拠点にして活動していた。全てがオラリオの外でのことだ。こんな風に、神々のフットワークは以外と軽い。そこは司る権能にもよるが。

 

「はい。それにオラリオの外。もっと言えばダンジョンの外のモンスターには魔石がないと聞きます。あの人が外で冒険者として活動し、初めてオラリオへ訪れてダンジョンに潜るなら、全て説明がつくんです。二つ名に関しては……主神の方が勝手につけたんでしょうか?」

 

「そっか、だからゴブリンの魔石が何処かも知らなかったんだね」

 

「ギルドで最初に説明を受ける筈だが、大概のやつはそんなもんに聞く耳持たないしな」

 

「その分だと他のモンスターの魔石も取れないでしょう。どうしますか?ベル様」

 

話が一段落ついた。最後に白兎へと訪ねる小人。

 

「勿論、助けよう!困ってるんなら見過ごせないよ!」

 

そんな英雄願望のある白兎の言葉を聞き、小人と炎髪も頷いた。

 

「分かりました」

 

「了解だ」

 

そして立ち上がり赤髪へと近づく三人組。待たされていた赤髪は特に機嫌を悪くしてはいない様子。

 

「すみません。お待たせしました。えっと、ゴブリンの魔石の場所ですよね?」

 

「ああ。手間を取らせて悪いんだが、少し教えちゃくれないか。」

 

「分かりました。多分ここら辺にある筈なんですけど……」

 

少し話したあとに白兎はゴブリンの骸から魔石を取り出す。その動作は熟練の手際とは口が裂けても言えないが、毎日繰り返したことなのだろう。それなりの慣れを見せている。

 

「取れました!どうぞ!」

 

「おお!助かったよ!」

 

取り出した魔石は勿論のこと赤髪の手へ。横取りしようなどとは微塵も考えない白兎はどれだけ純粋なのか。いや、上層のゴブリン故その魔石は価値の低いものなため、横取りしようなどと思う者はまずいないか。

 

そんな二人の背後。

 

バキリと岩を突き破る音が響いた。モンスターの産み出される音だ。

 

「ベル様!」

 

気付いた小人が白兎へと呼び掛ける。

 

白兎が咄嗟に振り返れば、そこには産み出されたばかりの人形の犬が。コボルトだ。

 

「ほお、初めてみるな。こんなのがいるのか」

 

赤髪は呑気に感想を口走っている。そんな赤髪を尻目に白兎はナイフを抜き、勢いよく向かってきたコボルトと対峙する。

 

「ッ!」

 

鋭く呼気を吐き出しながらの一閃。それは容易くコボルトを切り裂き、その命を無へと還した。

 

そして白兎は気付いたように赤髪へ振り向き謝った。

 

「すみません!咄嗟のことで!」

 

獲物の横取りは厳禁である。冒険者にとっての常識だ。この場でそれが罷り通るかと言えば難しい話だが。赤髪への配慮で白兎は謝ったのだろう。

 

「いやなに、また助けられたな」

 

白兎が何に対して謝っているかよく分からなかった赤髪。一応無難に返したようだ。冒険者でもない赤髪がそんなルールを知る筈もないか。

 

「お前たちはまだ下へ行くのか?」

 

赤髪が三人組へと突然の問い掛け。疑問符を頭に浮かべながらも彼らは頷いた。

 

「はい、更に下に行こうとは考えてます」

 

「そうか。なら俺も共に行きたいんだが構わないか?」

 

「えっ?」

 

「他のやつの魔石とやらも取り出せないんだ」

 

少しの困惑のあと。ああ、なるほど。そんな納得の様子を浮かべる三人組は快く承諾をしてくれた。三人組の頭の中では密談時の推測が現実味を帯びた瞬間であった。

 

そして彼らは共に進むこととなった。

 

そこからのスムーズな攻略は語るまでもないだろう。いや、スムーズ過ぎた。

 

どんどん階層を下っていく。モンスターに手こずるようなことはなく。故にモンスターから逃げ惑うようなこともない。

 

そのため自己紹介をしながら。迷宮やモンスターのアレコレを赤髪へと教えながら。余裕のある状態でダンジョンを突き進んで行った。

 

17階層まで降りて迷宮の孤王(モンスターレックス)ゴライアスが現れた時も。三人組は焦った様子であったが、そんなものなど見てみぬフリの赤髪が一撃で撃破してしまった。レベル4並のモンスターを一撃で仕留めるその姿に、三人組の驚愕と言ったらそれはもう凄まじいものであった。

 

”自分たちが思っているよりも凄い人なのかもしれない“

 

そんな思考になっても仕様がないものだろう。

 

そして意気揚々とモンスターの生まれない安全階層(セーフティポイント)である18階層まで降り、彼らはそこで一端の休憩を取ることとなった。

 

赤髪はそこでフラりと姿を消し、帰ってきたときには金の入った袋を手にしていた。

 

それを目敏く見付けたのは小人であった。

 

「シャンクス様!何をしておられるのですか!?」

 

「換金してきた」

 

「そんなの見れば分かります!何故ここで換金なされたのかと聞いてるんです!」

 

「駄目だったか?」

 

「こ、この人は……!」

 

能天気な顔で受け答えする赤髪と、激しく問い詰める様相の小人。温度差がありすぎて小人の頭痛を感じているような顔も致し方無し。

 

「言いましたよね?18階層での換金は買い叩かれるのでしてはいけませんと。ギルドでの買い取り額の半分にも満たないんですよ!」

 

そう。この18階層では基本的に、出費は多く、収入は少なくなる。この迷宮の中にて様々な店が利用できる代償とでもいうのか。金銭面のみで考えると恐ろしく非効率的な場所なのだ。

 

「ああ、そういえば言ってなかったか。俺は冒険者じゃないんだ。だからギルドも利用できない」

 

そしてすっとぼけた顔で伝えられる衝撃の事実。

 

「「「……?」」」

 

何を言われたのか分からないといった表情の一同。しかしその一拍後。やっと理解したのか絶叫が木霊した。

 

「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!???」」」

 

「よし。そろそろ休憩も十分だろう。次の階層へ行こう。」

 

そして気にせずに次の階層を足を向ける赤髪。勿論そんな赤髪を引き留めぬ訳がなく。

 

「ちょっ!ちょっと待ってくださいよ!冒険者じゃないとダンジョンに潜ってはいけない筈じゃあ……!!」

 

引き留める白兎。

 

「らしいな」

 

「いや、らしいなって!思いきり駄目じゃないですか!今からでも引き返しましょう!」

 

「それは嫌だ」

 

「なに子供みたいなこと言ってるんですか!?」

 

「おお!ここが19階層か!」

 

「あぁ……駄目だ、この人超楽しんでる……」

 

そして諦める白兎。

 

「ちょっと待ってください!何の準備もなしにここから先に行くつもりですか!」

 

次に引き留めたのは小人。

 

「飯ならさっき買ってきたぞ」

 

「ちゃんと食料のこと考えてたんですね。……じゃなくて!ここから先はリリ達だけじゃ対処出来まないことだってある筈です!何の情報も集めずに行くのは自殺行為です!」

 

「まぁなんとかなるって」

 

「なりません!」

 

「おっ!早速見たことないモンスターのお出ましか!」

 

「話を聞いてください!」

 

そして項垂れる小人。

 

「おいおいシャンクス。俺たちも前準備なく中層に潜って痛い目を見たことがあるんだ。さすがに同じ轍は踏まないぞ」

 

最後に炎髪が引き留めるため言葉を投げ掛けた。

 

「そうなのか」

 

「そうなのか、って……。一度戻って情報収集するだけだ。それくらい構わないだろう?」

 

「それは困る」

 

「……一応、理由を聞こうか」

 

「何も知らない場所を行くから楽しいんだろう。お前たちが止めても俺は行く。引き返すならお前たちだけで行くといい」

 

その眼と言葉からは自身を一切曲げない信念を感じる。

 

「おいそりゃあ……」

 

ただの自殺行為じゃないのか。そんな言葉は出てこなかった。何故だか目の前の男が地に倒れ伏すなど、想像も出来なかったから。

 

赤髪は魔石の取り方が分からないことなど空の彼方なのか。三人組が引き返しても一人で行くという。なにより目的が冒険になっている。やはり海賊か。

 

「しょうがねぇ。俺は行くぞ」

 

炎髪が言う。

 

「なにより。ここで見殺しにするのは気が引ける。力になれるかは分からんがな」

 

「……僕も行くよ。シャンクスさんを一人置いて引き返すなんて出来ない」

 

「はぁ……。ベル様がそうおっしゃるなら、リリも行きます」

 

元々の根が善人な三人組は赤髪を見捨てずに同行することを決めた。

 

ただこの三人組。確かに赤髪を置いて帰るわけには行かないという思いもあるが。何故だか赤髪と一緒なら特に問題も起きないような気がしていた。そして何よりも、赤髪のその何かを惹き付けるような光にやられていた。

 

やはり冒険者ということだろうか。ダンジョンに絶対などないというのに、赤髪という存在が後押しとなり、冒険することを選んでしまった。

 

そして彼等の判断は正しい。

 

赤髪がいる。それだけでダンジョンの中層など危機の内に入らない。それはとても冒険などとは言えないが、それでも正しく冒険であった。

 

冒険。

 

険しく厳しく、されど楽しく優しい。人を惹き付け成長させてくれる、吉凶禍福が詰まっている。

 

この世界の冒険者たちは冒険というモノに対して余り良い印象を持たない。レベルが上がるかもしれないが、死ぬ可能性の方が遥かに高い。そんなところだろう。正に冒険=自殺。そんな認識が多くの人の中に存在する。

 

赤髪の世界の冒険とは全く違った考えである。

 

しかし今回の冒険により、赤髪の言う冒険が三人組へと伝わってしまった。どんな困難があったって、そこにはそれを凌ぐワクワクがある。辛いことも多いが楽しいことは更に多い。その全てが彩り鮮やかに視界を埋め尽くす未知なのだ。そしてそれこそが良いのだと。

 

その冒険がどんな結果を生むことになるのか。英雄願望の白兎は。それを支える小人と炎髪は。赤髪との出会いを通して、更には冒険を共に潜り抜けることで、一体何を見たのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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まだ足りない

 

奴を呑み込むためにはまだ

 

もっと口を広げなければ

 

けれどそれだけでは足りない

 

早く早く早く

 

波紋が広がる前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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