赤髪のヤベーやつが剣を振るらしい(戦うとは言ってない)
ロキファミリア本拠の庭。そこにはロキファミリアの団員が団員を呼ぶことで、全団員が集まってしまっていた。
その中には勿論のこと幹部たちの姿も存在する。
ロキファミリア団長。レベル6、フィン・ディムナ。
「リヴェリア」
「なんだ、フィン」
「これは大丈夫なのかい?」
フィンはロキファミリア団長として、これから始まる戦いへの問題の有無を確認する。自身がここに来た時にはリヴェリアが既にいたため、リヴェリアならば状況を把握しているだろうとの考えで問い掛けたのだ。
「ああ、問題ない」
「そうか。ならいいんだ」
リヴェリアからの返答は簡潔だ。
けれどリヴェリアを信頼しているフィンにとっては、その一言で十分だったようだ。
前提として、リヴェリアがいるならば問題が起こっても止める筈。故に、確認とは言っても形だけのものでしかなかった。
例えば、余り考えたくはないが、赤髪との対立。それ故の決闘である、など。
フィンはふと思い出す。
初めて赤髪と出会ったときのことだ。フィンは団長としての立場から、赤髪がロキファミリアにとって不利益な存在となるかどうかを考えたのだ。
そして一つの想定として、もし赤髪が敵にまわった場合にフィン、延いてはロキファミリアがどうなるか。どう立ち回れば良いだろうかと考えた。
だが直ぐにその考えを頭から消した。
親指が動いてしまったから。それもただ動いたのではなく、飛んでいきそうだった。馬鹿みたいな話だ。けれど事実。フィンの親指は自身の意思とは無関係に、何処か別の場所へと逃げ出そうとした。
フィンは親指を残った片手で握りしめて押さえつけ、瞬時に頭を空にした。そうすることで親指は次第に動かなくなった。
フィンの親指。予知能力とも言うべき力がそこには宿っている。危機に反応することもあるし、興味があるものに反応することもある。そしてその度に親指は疼く。そうすることでフィン自身へシグナルを送ってくれる。
今までの例で言えば、ファミリアの危機。仲間の危機。とある白兎の初めての冒険に立ち会うことが出来たのも。全ては親指が疼いたから。
その親指が、今までに無い反応を示した。
”あの男と敵対してはいけない“
言外にそう言っている。
フィンも初めて会ったときは赤髪の実力が底知れないことを感じ取ってはいた。だが其れほどなのか。其れほどまでに自身たちとは逸脱した力の持ち主なのか。
そしてその実力の一端を、今日この瞬間に垣間見ることが出来るかもしれない。
珍しくフィンは高揚していた。
フィンもリヴェリアも、赤髪が気の良い男であることを知っている今だからこその判断であった。アイズを無駄に傷付けもしないだろうと確信に近い考えもある。
そして同時に、アイズが勝てないという確信を持ちつつも。これから始まる勝負の行方を静観する腹積もりだ。
まあ宴の席で剣姫や凶狼が簡単にあしらわれていた、という話が有名であることも理由の一つではあるのだが。
勿論、二人もその光景を見たことはある。
だがその時の光景はダンジョン最下層からの遠征帰りであった。つまりは疲労が積もりに積もった状態。赤髪の様子も酒に酔っていたためか、仔猫と遊んでいるような様相であった。戦いなどではなく。じゃれているようにしか映らなかった。
だが今回。
アイズはダンジョン帰りといっても日帰り出来る階層、中層が精々だろう。レベル6からすれば、
アイズの様子を見るに異常は無かっただろう。戦闘時に油断をするような玉でもない。そしてレベル6へと至ったその身ならば、疲労さえ然程もありはしないだろう。むしろウォーミングアップを済ませたと言ってもいい程。
つまり。
今回、アイズは初めて万全に近い状態で赤髪と向き合うのだ。
そしてその赤髪は……朝からの酒がまだ抜けきっていない様子……。
お前真面目にやる気あんの?
そう言いたいがいつものことだ。リヴェリアの説教タイムのお蔭でいつもよりマシでさえある。というかベロベロに酔った状態でオラリオ最強の
フィンとリヴェリアは納得して、視線を赤髪とアイズへ向けた。
赤髪は剣を抜き、言った。
「何処からでも掛かってこい」
アイズへと、それは出掛けの挨拶のごとく。
アイズは既に構えて突撃の姿勢。
───始まりに合図はなかった。
駆け出し、一閃。
アイズの鋭い突きが赤髪の頭部ど真ん中を狙う。赤髪はそれをなんということもなく横へ反らしてしまう。全く無駄のない赤髪の剣捌き。しかし反らされたアイズはそれをそのまま利用するため、勢いを殺さず横に一回転。流れるままに胴への横凪ぎへ繋いで見せた。
だがそれもまた反らされてしまう。今度は斜め上へと反らされたアイズの細剣。それに逆らわずアイズ自身が流れに乗るように、軽快なステップで剣の弾かれた方向へ。そして気付けば剣はアイズの頭上へと、まるで上段の構えのように。瞬間。磁石が反発したかのようにアイズの細剣が振り下ろされる。だがそれも赤髪へは届かず、簡単に反らされてしまった。
流れるような三連撃。
一瞬の攻防。
赤髪が全てを反らしてしまう。
アイズはそこで止まらず。縦横無尽に赤髪の周囲を移動し、疾風怒濤の攻撃を浴びせ続ける。
上下左右から。突き、切り上げ、切り下ろし、横凪ぎ。
様々な角度から狙った箇所へ精密に、然れど力強く剣を振り続ける。
そしてその全てが。
(───届かないっ……!)
赤髪は未だ、一歩も動かず。
だというのに背後からの攻撃すら、目も向けず正確に捌いてしまう。
(なら!)
アイズはここに来て初めて赤髪から距離を取る。
数十分の間アイズは自身の剣技だけで戦ってきた。だがそれもここまで。未だ切り札は残っている。そして彼女はそれを切るつもりでいる。
風属性の
アイズの使える唯一無二の魔法。同時に強力無比な魔法である。
だがただ使うだけでは赤髪に通じはしないだろう。
アイズは息を整えながらも考えを巡らす。
目を向けずとも攻撃を捌いてしまう赤髪に、どうすれば一撃を与えることができるか。
攻撃を必ず反らしてしまう赤髪に、どうすれば真面に攻撃を加えられるのか。
攻撃を必ず反らし。目を向けずともそれを可能にする。しかもレベル6のアイズを相手にしてだ。
(正攻法では不可能。ならば隙を突く)
アイズが目を向けるのは赤髪の左腕があったであろう部分。左腕を失っている赤髪の、それは明確な弱点。
その筈なのだが。
(……本当に弱点なの?隙になり得るの?)
どうにもそうは思えない。
(けど今見える光明はあそこだけ)
左腕がない。それは赤髪の弱点にはなり得ないかもしれない。ない左腕をカバーする動きや戦術を編み出しているかもしれない。しかしアイズはそこへ賭けるしかなかった。
何処から攻撃しようが無駄だったのだ。風を纏うことで速度が増そうが、攻撃力が増そうが、結果が変わることはないだろう。
決めた。
(狙うは左)
駆け出すアイズ。
風はまだ纏わない。
タイミングを慎重に見極めて、攻撃を反らされないようにしなければならない。
赤髪との距離が縮まっていく。
赤髪は未だ動かず。
アイズも未だ風を纏わない。
走る。走る。走る。
(まだ。まだ魔法は使わない)
剣を構えて突きの構え。
赤髪を間合いに捉えた瞬間。
アイズは剣を突き出した。
その瞬間、アイズの集中力は極限まで高まっていた。視界をスローで捉えている。そんな最中、アイズが最も集中して見ていたのは剣。赤髪の剣が振るわれ、アイズの突きだした剣と接触しようとする数舜前。
アイズが力を発露する。
(───今だッ!!)
「
風が吹き荒れる。アイズの剣も体も包み込んで。周囲だけを切り刻む風が赤髪の目の前で顕現したのだ。
そしてそのタイミングは剣同士が接触する一瞬前。アイズが完璧に合わせてみせた。そして生み出した。最高のタイミング。
吹き荒れる暴風により、アイズと剣は速度を増し、更に力強く進む。
反して赤髪の剣は突然現れた風に剣の勢いを殺され、狙った軌道からも反らされてしまった。
初めて剣と剣が互いを削りあうように鳴り響く。
ギャリギャリギャリ!
赤髪の剣はアイズの剣を反らすことも止めることも出来ず。
アイズの突きが更に進んでいく。
場所は顔。
赤髪が初めて顔を大きく動かし、突き込まれた細剣を避ける。
目の前に突き込まれた細剣に目を向けた赤髪のその一瞬。アイズは見逃さす、合わさったままの剣をそのままに、赤髪の左側へと蹴りを放った。
剣は使えず。頭を大きく傾けているため、その体勢は不恰好。視線が細剣に向いた一瞬をついたことも合わさり、反撃も回避も不可能。
(当たる!)
アイズは確信した。自身の右足から放たれる蹴りが、赤髪の左側面へ直撃するのを。
周囲もそうだ。
この戦いを目に追えている者なら誰もが確信した筈だ。アイズ・ヴァレンシュタインの攻撃が初めて赤髪のシャンクスに命中すると。
だが。
「……えっ?」
だれの声だったか。
アイズの目の前から赤髪の姿が
いや。
正確にはアイズの後方へとその姿を消していた。
アイズは蹴りを放ったままの体勢で。
赤髪はそのアイズを素通りして擦れ違ったかのような立ち位置。
そしてその赤髪の手には、アイズの剣。
「……えっ?」
今度は紛れもなくアイズの声。
当たり前だ。
気付けば赤髪は目の前から姿を消し、自身の手からは愛剣デスペレートさえもその存在を消してしまったのだから。
離れた場所から見ていたフィンでさえ、その戸惑いと驚きは隠せない。しかしその優秀な頭脳は現状把握を始めようと動き出す。
(……シャンクスの手にはアイズの剣があり、シャンクス自身の剣は腰の鞘へと納刀されている。そして気付いた時にはその状態でアイズの背後へ。……そんなことが、有り得るのか……?)
「リヴェリア……。魔力の動きはあったかい?」
魔法ならばまだ有り得るかもしれない。そんな少しの望みを掛けての確認は。
「……いや、なかった」
無情にも否定されてしまった。
つまり。
ただ単純に、誰の目にも捉えられぬ速さで動いた。それだけだったのだ。自身の剣を納刀し、アイズの剣を抜き取るというオマケ付きで。
その結論に達した時のフィンの心はどういったモノであったのか。恐怖か、羨望か、嫉妬か。
しかし、ただ一つだけ確信を持って言えることがあった。
(あれは僕の目指す完成形だ)
無駄のない剣捌き。先を見通していたかのような戦い方。アイズの奇襲染みた攻撃にも動揺しない精神。そして最後に見せた恐ろしい程の速度。
それらを持つ赤髪は、その気になればアイズを一方的に、知覚さえ許さずに倒せていただろう。
なんという強さか。
レベルが一つや二つ離れている、などという次元の話ではない。
レベル差が一つや二つなど、勝てはしないかもしれない。相手の動きに反応も出来ないかもしれない。しかし姿が見えなくなるなどということは起きない。
フィンは震える拳を強く握り締めて、未だ茫然と立ち尽くすアイズへ声をかけた。
「アイズ。得物を取られてしまったんだ。この勝負は決闘でもない。これで決着だ。さあ、本拠へ入ろう」
「……うん」
心ここに在らず。
アイズは声だけの反応を返して、トボトボと歩き出した。
「皆も解散だ!」
フィンの声かけにより、静まり返っていた周囲もざわめきながらであったが本拠の中へ。
「アイズ」
だがアイズを足止めする声が一つ。赤髪だ。
「お前の得物だ」
そう言って差し出したのは赤髪がいつの間にか持っていたアイズの細剣。
それをアイズは受け取りながら、一つの質問を投げ掛けた。
「ねえシャンクス。最後の、本気だった?」
「なんだアイズ、いっちょ前に落ち込んでんのか」
「だって……どうなったか全然分からなかった」
本気であったかどうか。赤髪は答えない。あまり自分の力を誇示するタイプでもないし。それを言えばアイズは、自身が本気で相手をされるほどでもなかったと卑下してしまうかもしれない。
今まで強くなるために生きてきたのに、それを否定してしまうかもしれない。だから赤髪は濁すことにした。
「……安心しろ。お前は強い」
「えっ……」
負けたばかりなのに。そんな思いが、顔を上げたアイズの瞳から伝わるようだった。
「俺がガキのころなんかはもっと酷かった。それに比べてお前は大したもんだ」
「でも、手も足も出なかった……」
「そりゃお前がガキ過ぎるのさ」
「ガキ……」
男臭く笑う赤髪に、少しむくれるアイズ。
「年のことじゃない。大事なのは生きた年数なんかじゃないからだ。お前が俺に勝ちたきゃ、もっと強くなれ。強くなるために必要なもんはお前のすぐそばに転がってる」
「私のすぐそば……って言われても分からない」
「だからガキなんだ」
やれやれ。そんな赤髪の様子に、アイズはやはりむくれるばかり。しかし先程までの暗い表情はどこかへ消し飛んだようだ。
「ガキガキ言わないで。もうガキじゃない」
「まあそう怒るな。じゃが丸くんでも食え」
懐から冷えてしまったじゃが丸くんの入った袋。それを一つアイズへ手渡す。
「そんなものには釣られない。ありがとうシャンクス」
そして簡単に受け取ってしまうアイズ。チョロい。
「冷めてるのは不満。でもやっぱり美味しい」
そんなことを言いながらもパクパクと食べ進めるアイズは本当にチョロい。
「ほら見ろガキだ!おもしれぇ!」
だから赤髪にもからかわれてしまう。だがそれに気付くのはいつのことやら。
「むぅ……!」
膨れっ面のアイズ。からかう赤髪。
─────とても懐かしく、とても尊い光景。それが麦わら帽子を託した少年に似ていたからなのか。理由は定かではないが、そう見えてしまうのは夢幻などではない筈だ。
「アイズ、シャンクス。皆中へ入ったぞ。私たちも行くとしよう」
そこへ現れるリヴェリア。
後ろにはロキやフィン、ベートにアマゾネスなどいつものメンバーが。
表情は多種多様。しかしそれもいつも通り。
アイズもそこへ加わり、何故か赤髪も一緒に入っていく。何か理由があるのだろう。
「おいなんでてめぇも一緒に入ろうとしてんだ!」
「もう夜だ。飯でも食おうと思ってな」
ベートとシャンクスの掛け合いを聞く限り、腹が減っただけのよう。
「まあ細かいことは気にするな。一緒に飯でも食おう」
「誰がてめぇとなんか!」
ワイワイギャイギャイ。この光景がいつまでも続けばいいが。
さてその未来は訪れるのだろうか。
─────────────────────────────────────
闇が広がる。
誰を飲み込もうというのか。
闇の口は開き続ける。
気付けよ気付け。
時代の終わりを呼び込むな。