赤髪がオラリオにいるのは間違っている   作:月光法師

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道化師の(その3)

 

 

赤髪のヤベーやつはヤベー副団長とそんなに仲が悪くないらしい。

 

ロキファミリアにて、リヴェリアに怒られた赤髪とロキ。時間は夕陽が眩しい時間帯であった。朝から飲み続けていた二人。ダンジョンから戻ってきたリヴェリアがそれを見咎めたのは、誰もが納得してしまう事の顛末。

 

毎日のように飲んでは騒ぐ生活を続ける赤髪に、ある日から容赦がなくなったリヴェリア。赤髪は周囲の者も巻き込んでいくのだ。不都合が起こってしまう者たちも当然の如く存在する。

 

次の日の予定を潰してしまうもの。

 

仕事に遅刻してしまうもの。

 

ダンジョンに行く予定なのに二日酔いになるもの。

 

コンディション最悪の状態が毎日のように続く者たち。

 

それが自身の所属するファミリアの、家族同然の者たちにまで及んだとき。リヴェリアはキレた。そこまで事が及んで大人しくしている性格ではなかったのだ。

 

今回のロキと赤髪の小さな宴。

 

朝から夕まで飲み続けていた二人。

 

久々の休みの日に羽目を外すのは許そう。しかしそれが毎日のように酒を飲みまくる二人なのだ。一時間程の説教タイムが設けられても、ロキファミリアの者たちは誰も助けなかった。

 

というかリヴェリアの説教タイムに口出ししようなどという、デメリットしかない冒険を好んでする者がいなかった。

 

むしろ周囲はあの赤髪に説教をするリヴェリアに、畏怖と尊敬の視線を集める。

 

『あの人に説教できるなんて……あの人くらいだよなぁ。やっぱすげーわ、九魔姫(ナインヘル)

 

赤髪の凄さは誰もが認知するところだ。それが漠然なのか、明確なのかの違いはあれど。

 

その凄さを勿論のこと、九魔姫(ナインヘル)と言う二つ名を持つリヴェリアも認識している。そしてそのダメダメっぷりも。

 

オラリオにて、いや。世界にて右に出る者なし。名実共に世界一の魔術師。

 

レベル6『九魔姫(ナインヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

その明晰な頭脳と慧眼もまた、世界一の魔術師に相応しいもの。そしてそこから生まれる分析力や判断力もだ。そしてその容姿は美男美女しかいない神よりも、さらに優れた美しさなのだと専らの評判である。エルフの王族故に、というのは有名な話だ。

 

そんなリヴェリアは、赤髪のことをよく理解している。この世界でならば、赤髪への理解は上位に入るだろう。それだけの濃密な時間がロキファミリアと神ロキを通して、リヴェリアへと齎されたのだ。

 

───初めての邂逅はどんなものだったか。

 

そう。あれは連日連夜、ロキが泥酔状態で帰ってくる姿が続いた時分。リヴェリアの堪忍袋の緒が切れかけていた時。

 

ロキは朝から姿が見えず、夜には泥酔状態で帰ってくる。そんなロキは常に酒が入った状態が続いているため、止めるよう促すリヴェリアの言葉も真面に通じず。やはり朝にはリヴェリアの言葉を忘れるのか、皆が気付いたときには既にロキファミリアの居城から姿を消している。

 

リヴェリアはギリギリだった。

 

リヴェリアは一昼夜をかけ、ロキを見張ることにした。

 

その日、嵐の前の静けさが訪れた。

 

夜に泥酔状態で帰ってくるロキ。その日は何も言わないリヴェリア。しかし泥酔状態のロキはそれが可笑しいと判断出来ず。朝になればコソコソとロキファミリア居城から何処かへ出掛けていく。

 

一睡もせずに影から見張っていたリヴェリア。ロキの言い訳を赦さず、元凶から全てを潰すため、尾行を開始する。

 

道中、ロキが何処へ向かっているのか。それを瞬時に看破した。徹夜をしても怒りに満たされていても、その明晰な頭脳と慧眼、分析力と判断力に陰りはなく。

 

最近は宴ばかり開いている男がいるらしいこと。その場所がロキの向かっている方向であるらしいこと。そしてロキは無類の酒好きであること。

 

なるほど、どうやらオラリオの二大巨頭。その片割れ、ロキファミリアの主神ロキを誑かしている男がいるらしい。美男美女を酒と並んで愛するロキのことだ。その男もさぞや美男子なのだろう。酒と美男子。ロキを誘惑するには十分だ。

 

いつも泥酔で帰ってくる我が主神の背中を見つめて、リヴェリアは元凶を察した。怒りパラメーターが増えた。ロキが身震いした。

 

身震いしながら歩き続けるロキと、その後方から尾行を続けるリヴェリア。どうやら目的の場所へ到着したようで、ロキは歩みを止めて周囲をキョロキョロ。その場には同じような者たちが多数いた。

 

何故かその日、宴は朝から開かれていなかった。どうやらその男、フラりと消える日があるらしい。

 

近くにいた冒険者の男に聞いたところ、金を稼ぎに行ったのだろう。そんな答えが帰って来た。なんでもある日消えては大金を持って戻ってくるとか。その金で宴を開いては代金の全てを男が持つとか。

 

その宴がどれ程の規模か分からないが相当な財力。もし冒険者ならばある程度の実力者なのだろう。リヴェリアは予想をしつつ、その男の身体的特徴を聞いておく。

 

聞かれた冒険者は笑いながら即答した。

 

赤髪。目元の三本傷。隻腕。黒の大きなマントを肩にかけている。

 

なるほど、確かに分かりやすい。しかし其ほどに分かりやすい特徴を持つ男が冒険者にいただろうか。連日連夜で宴を開き、代金の全てを持つ。たまにフラりと消えて金を稼ぐならば、最低でも冒険者にしてレベル3か、それに近い実力が必要になるだろう。

 

だがそんな男のことなど、リヴェリアは聞いたこともない。

 

冒険者ではないのか?

 

そんな疑問が出てきてしまう。

 

聞かれた冒険者は知らないと言う。というよりオラリオでその姿を見たのはつい数ヶ月前だという。

 

『あんた九魔姫(ナインヘル)だろ?ロキファミリアのよ』

 

『そうだが、それがどうかしたのか?』

 

『いや、自分とこのファミリアのやつに聞いちゃいねぇのかと思ってな』

 

『なに……?どういうことだ』

 

『俺も宴にはまぁまぁ参加してる口だが、けっこう見るぜ?アンタのとこのお仲間さん。剣姫(けんき)とか、凶狼(ヴァナルガンド)とかが多いな。ああ、あと神ロキは毎日───』

 

『───そうか。分かった、礼を言う。引き留めて悪かったな』

 

『あ、ああ。別に構わねぇが……』

 

冒険者の男が少し引いた。と同時に疑問を抱く。なんでこの女キレてんだ、と。

 

『……なんか気に障ることでも言っちまったか?』

 

『いや、お前のせいではない。気にするな』

 

『そ、そうか』

 

話が終わりならもう行くぜ。冒険者の男はそう言って去っていった。触らぬ神に祟りなし。そんな顔と背中であった。

 

ここまで説得力のある言葉も早々ない。オラリオだからこその言葉だ。

 

勿論のことだが、リヴェリアがキレていたのは全てを確信したからである。ロキの今までを目の前で聞いてしまったようなものなのだから。

 

しかしリヴェリア。一度溢れてしまった怒気をおさめる。今はまだその時ではない、と。現行犯で捕まえなければ意味がない。ロキはその頭と口で上手く言い逃れをしようと画策する筈だからだ。いや別にロキ犯罪者じゃないんですけど……。そんな声はリヴェリアには聞こえない。ロキ終了のお知らせである。

 

それにしても驚いたな。リヴェリアは呟く。

 

ダンジョンとじゃが丸くんにしか興味が無さそうな『剣姫(けんき)』アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

アイズと強さ以外に興味を示そうとしない『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガ。

 

あの二人が宴とやらに参加していようとは。流石のリヴェリアでも予想できなかった事態だ。

 

リヴェリアはここに来て少しの興味を抱いた。その宴を開く男とはどのような人物なのか。今の今まで、興味どころか少しの悪感情があった程だというのに。

 

ロキファミリアに不利益を齎す存在。

 

それが今までの考えであった。だがロキの現在を考えれば仕方のないこと。ロキがアレなため、ファルナの更新すら滞っている状態なのだ。ファミリア全体への影響もすでに出ている。

 

やはり今日で終わらせるか。リヴェリアは決意した。それロキの命じゃないよね……?レベルが上がりそうな程の決意が瞳に灯っている。

 

リヴェリアは離れた場所にいるロキへと視線を向けた。どうやら宴が開かれるまで時間を潰すつもりのようだ。もしかすると開かれないかもしれないことを考えてか、それともただ酒を飲みたいだけなのか。近くの店で酒を買って、同じように集まっていた者たちの中から何人かの神を連れだって歩いていく。

 

旧知の仲なのだろう。笑いあって歩む姿はそう思わせるには十分だった。

 

ロキはそのまま他の神たちと近くの建物へ入っていく。

 

リヴェリアはそれを見届けた後、その建物の入り口を見張ることができ、かつ見付かりにくい場所を探す。近くに手頃な店があった。入り、中を見渡す。どうやら茶屋のようだ。

 

窓際の位置に腰掛け、注文を取りに来た店主へ飲み物と軽食を頼む。徹夜でロキを見張っていたため、何も食べていなかったことを思い出したのだ。

 

注文時に店主へと長居するかもしれないことを伝える。迷惑になるかも、そんな考えが頭を過った。しかしリヴェリアは今日で全てを終わらせると決意している。店主には悪いが、ロキが出て来て宴が始まるまではこの席に座らせてもらう。

 

リヴェリアの決意が伝わったのか、店主は頷いた。

 

長居するかもしれない。そう言っただけの九魔姫(ナインヘル)。なのに何故こんなにも怖いんだ。っていうかおこなの?内心、店主は震えた。

 

それから数時間。

 

リヴェリアが窓の外、ロキの入った建物を見張っているが特に変化はない。例の宴を開く男も姿を見せない。時間を確認すれば昼頃。店主を呼んで昼食を頼むことにした。

 

昼食を食べ終わり、外を見る。

 

暖かい太陽の光が燦々と降り注いでいる。窓の外の変化はそんな太陽の位置と、道を行き交うオラリオの住民くらいだろうか。

 

そんな陽気な太陽に当たりながら、平和なオラリオ住民を見ていたからか。もしくは昨日の朝からダンジョンへ潜ったにも関わらず、一睡もしていなかったからか。それかただ単純に満腹になった故、生物としての機能が働いてしまったからか。

 

理由は分からない。その全てが重なってしまったから起きた事態なのかもしれない。その事態が吉と出るか、凶と出るか。

 

なんとリヴェリア。いつの間にか、睡魔にその意識を拐われてしまっていたのだ。

 

人の限界を越えてレベル6へと到達したリヴェリアならば、一日二日程度の徹夜など無いに等しい筈だというのにだ。

 

 

 

 

 

なにやら喧騒が聞こえる。

 

リヴェリアの意識を呼び戻そうとしているのか。

 

意識が徐々にハッキリとしていく。

 

寝惚け眼で外を見れば、緋色が騒いでいる。

 

───目が覚めたとき、リヴェリアは震えた。

 

ついでに店主も震えた。

 

 

外を見れば、日は既に空に無く。

 

昼間の平和で、長閑で、暖かかった光景は夢であったかのよう。

 

空には月が君臨し、その周囲を星と雲が彩っている。

 

夜とは思えぬ明るさは月光のお蔭だけでなく。

 

オラリオがどれほど栄えているのか誇示しているようにも映ってしまう。

 

オラリオの住民たちは皆、飲めや騒げやと大盛り上がり。なるほど。確かに栄えている。そうとしか見えない光景だ。とても素晴らしいことだ。リヴェリアは心からそう思う。

 

そう。そこに緋色の騒ぐ姿がなければ。つまりは、()()()姿()()()()()()

 

リヴェリアが立ち上がる。

 

店主が直立不動となる。

 

リヴェリアがカウンターへと向かう。

 

店主が震える。

 

リヴェリアが代金を置く。

 

店主が謝る。

 

リヴェリアが店から出ていく。

 

店主は生きていることに感謝した。

 

いや別にリヴェリアが悪いわけじゃないんだけど。結局のところ、原因の全てはとある赤髪にあるんだけど。何故かリヴェリアが店主の命を脅かしたかのような。

 

ああ、うん。分かってる。悪いのは全て赤髪です。

 

震える店主に気付かぬリヴェリア。外に出ると、そこでは宴の真っ只中。

 

すぐに目についたロキファミリア主神のもとへ向かう。

 

まだ宴は始まったばかりなのか、ロキの酔いは其ほど回っていないようだ。

 

『ロキ』

 

『そんでなぁ~ウチのアイズたんがなぁ───って、ん?なんやリヴェリア、こないな場所に居るなんて珍しいやないか。どないしたん?なんか用でもあったんかいな?…………。あれ?リヴェリア?………リヴェリア!?えっ……、な、ななななんでリヴェリアが此処におるん……!?』

 

『なんだ私が此処にいると不都合なのか?』

 

『い、いやぁ~別にそないなことないで?ただなぁ~ちょーっとばかしな?そのぉ~、そう!用事思い出してん!せやから少ぉしだけこの場を外そうかなぁ~なんて……。』

 

『そうか。奇遇だな。私も用事があってな。ロキが今すぐファミリア本拠に戻れば私の用事も無くなるかもしれんのだが……』

 

リヴェリアはロキが自身の眷属を愛しているのを知っている。

 

ロキが、いや神が、お祭り騒ぎが大好きで、楽しいことに目がなく、興味のあるものには直ぐに飛び付くことも知っている。

 

ロキにしてみれば今回のことも、楽しいことやってるみたいやし行ってみよかなぁ。程度の行動で、ただ遊んでいるだけの感覚なのだろう。

 

無限に存在することを許された、不変不滅の超越存在(デウスデア)。そんな存在の一人であるロキ。彼女にとっては、人間にとっての一分にも満たない時間を使って遊んでいるような感覚だ。

 

リヴェリアもエルフという長命な種族であるため、分からないでもない。

 

人が虫の生涯を短く感じるように。

 

どうしても、種族の違いによって、時間への価値に差ができてしまう。

 

どうしても、長く生きた者たちほど、時が過ぎるのを早く感じてしまう。

 

今回のロキもほんの少し遊んだだけ。

 

故にリヴェリアは少しの説教で終わらせてやろうと思った。

 

『今すぐ戻らないならば……私の用事は一日かけて終わらせることになりそうだ。なあロキどう思う?』

 

『帰る!今すぐ本拠に帰るから勘弁してぇな!』

 

『いいだろう。私の用事も半日で済みそうだ』

 

……少しの説教。そうか、少しかぁ……。

 

なにやら周囲の者たちもいつの間にか静かになり、ロキへと憐れみの視線。ロキ自身は遠い目をしながら本拠へと歩き去って行った。

 

そして更に周囲を見渡すリヴェリア。

 

『おい、赤髪に隻腕の男はどこだ』

 

周りへと問いかけながら、視線をグルリと一周させる。

 

『シャンクスのことじゃないか?』

 

コソコソと話す声が聞こえる。

 

耳聡くその声に反応し、またもや問いかける。

 

『そのシャンクスというのは何処だ』

 

鋭い視線が飛ぶ。

 

多分、問いかけてる。脅迫じゃない、はず。

 

周囲はリヴェリアが現れた瞬間から、その纏う雰囲気を察知済みであったようで。予行演習をしていたのかという程の華麗さで一斉に皆が動く。そうすれば自然と一つの道が出来上がる。

 

その道の先に、一人の男の後ろ姿があった。

 

直ぐに、ロキの緋色の髪よりも濃い、まさに赤髪というより他にない頭髪が目についた。近くまで歩いていき、確信した。

 

赤髪に、後ろ姿からでも分かる大きな黒のマント。そして、左腕の肩から先がまるで無いかのような、左右で違う少しのアンバランスさ。

 

周囲は赤髪を除いて静まり返っている。リヴェリアのその雰囲気に、誰かがゴクリと喉を鳴らした。

 

『シャンクスとは貴様のことか』

 

『───だっははははははは!!!!!』

 

(((いや気付けよアンタッ!!!!)))

 

重なる心。瞳の鋭くなる九魔姫(ナインヘル)。一人気付かず笑い続ける赤髪の飲んだくれ。

 

『おい』

 

『さあ!飲め飲め!どうしたお前たち!さあさあ!グーッとグーッと!』

 

(((無理に決まってんだろッ!!!!)))

 

おいお前やばいぞ。なにがやばいって、そりゃ後ろ。

 

しかし既に出来上がっている赤髪は一人で飲んで笑い続けている。そして瞳の鋭くなる九魔姫(ナインヘル)

 

『……おい』

 

『いい飲みっぷりだ!だーっははははは!!!』

 

(((アンタ以外飲んでねぇから!!!!)))

 

終わったな、帰るか。

 

皆の意見が固まったその時。

 

『…………はぁっ!』

 

『グハァッッ!!!』

 

(((シャンクスが殴られたァ!!??)))

 

『おい……!シャンクスとは貴様のことか……!』

 

(((殴る前に聞けよっ!!!!)))

 

ああそうだった。最初に聞いてたんだったわ。いっけね、忘れてた!

 

そんな呑気な言葉が出てくれば、この場にいた者たちはどれほど救われたことか。いや、リヴェリアからそんな言葉が出れば確信犯すぎて恐いか。

 

現在、吹き飛ぶ赤髪。持っていた杖を振り抜いた九魔姫(ナインヘル)。その容赦のなさに震える周囲。

 

お前今日周り震えさせてばっかじゃねぇか。

 

神より優れた美を持つエルフとは誰のことだったか……。

 

『おい貴様。手加減はしてやったんだ。まだ意識はあるだろう』

 

(((あれで手加減したんですね……)))

 

周囲は耳を疑った。宙を平行に飛んで行ったのは周囲が目の錯覚なのかと疑った程なのに。リヴェリアお前もう止めてやれよ。なんか周りに恨みでもあるの?ほら、皆もう疲れた顔してますよ。

 

『なんだ今の?驚いたな。なにかのアトラクションか?』

 

そしてまたもや耳と目を疑う周囲。どうやら今回は、その中にリヴェリアも含まれているようだ。

 

何故か。

 

それは赤髪が全く、そう全くだ。痛くも痒くもないと言わんばかりの様相で起き上がってきたから。

 

『馬鹿な……』

 

少しのお灸を据えてやる意味もあった。この赤髪なら其ほどのダメージにならないだろう、そんな判断もあった。一目でその強さを感じ取ったのだ。もしかすると避けられるか受け止められるか、と考えていた程だ。

 

レベル6のリヴェリアがその一撃を受け止められると考えた程。それが本気で無かったとはいえ、魔術で無かったとはいえ。近距離戦を売りとする戦士系統ではなく、遠距離戦を売りとする魔術師であったとはいえ。その能力はレベル6としてのもの。

 

リヴェリアが避けられるか受け止められると考えた程の強さ。それが目の前の赤髪から感じられた。だが酒もかなり入っており、背後からというのもあり、そのまま一撃を食らってしまう可能性も当然のごとく考えた。故に手加減の一振り。その男が食らっても大怪我とならないように。

 

そこはレベル6の大ベテラン。たとえ魔術師であってもリヴェリアにとってはお手のもの。

 

振り抜いた杖は思い通りの力加減で、思い通りの場所へ吸い込まれていった。そして吹き飛ぶ赤髪。それは考えていた可能性の一つ。ならば驚くことなど有り得ない。

 

驚いたのは赤髪が無傷だったから。

 

ということではない。

 

リヴェリアが察してしまったから。

 

(()()()()()()()()()()……!!!)

 

男はわざと避けなかったのだ。

 

避ける意味がなかったのだ。

 

レベル6とはいえ、魔術師であるリヴェリアの、それも手加減された一撃など。

 

だがその一撃、同じレベル6の戦士たちに、同じように行えば、少なくとも痛みを与えることはできる。

 

だがこの赤髪。

 

まるで子犬の突進を受け止めただけような。

 

衝撃を感じても、そこに痛みはなく。ましてや苦しくもない。辛くもない。肌を傷付けることすら有り得ない。

 

そこまでの力の差がリヴェリアと赤髪にはあった。赤髪が強いとは感じていた。だがそれはリヴェリアが殴り、その後の赤髪の様子を見て気付かされた。

 

リヴェリアが下で、赤髪が上。

 

目の前まで歩いてきた赤髪を目前にして。

 

その力の差を確信してしまった。

 

だがやはり、その力の底は見えない。

 

『……お前がシャンクスとやらか』

 

『そうだが……。』

 

酔ってはいても、目の前の女性が杖を振り抜き、自分の座っていた場所の後ろへ立っていれば、赤髪も気付いたことだろう。

 

『あー、もしかして何か悪いことでもしちまったか?』

 

なんとも不思議そうな顔で言う赤髪。

 

『知らない顔だな。どっかで会ったことあるっけ?』

 

惚けている。訳ではなく。本当に不思議そうだ。

 

『おい!シャンクス!その人はリヴェリア・リヨス・アールヴだ!』

 

周囲から赤髪へと情報がもたらされる。このオラリオに少しでも住んでいるならば知らぬ者はいない名だ。

 

『誰だっけ?』

 

その筈なのだが。首を傾げる赤髪。

 

『ああもうこの人は本当に!』

 

『この前教えたばっかじゃねぇか!』

 

『あれだよ!ロキファミリアの副団長!レベル6!このオラリオの有名人!』

 

『アンタなりの言葉で言やぁ魔法が使える凄い人!』

 

頭を抱える者。頑張って思い出させる者。そして能天気な赤髪。

 

どうやらこの世界のことに疎すぎる赤髪へ、そのことを可笑しいと思ったのか思わなかったのか。周囲の者たちは赤髪へ色々と教えていたらしい。

 

そして赤髪は漸く忘れていたことを思い出したのか。

 

『ああ、四皇の副船長みたいなやつか』

 

なるほど、たしかに赤髪には分かりやすい理解の仕方だ。しかしそれは地味に自画自賛というかなんというか。

 

『私のことは知らなかったようだな。リヴェリア・リヨス・アールヴ。ロキファミリアの副団長だ。今日は話があってこの場へ来た』

 

『そうか。俺はシャンクスってんだが、まあ宜しく頼む。で、話ってのはなんだ?』

 

『単刀直入に言おう。ロキファミリアの主神がこの宴とやらに毎日の如く参加しているのだがな。それによりロキファミリアは不利益を被っている。ああ、何も宴を止めろとは言っていない。ウチの主神を参加させないようにしてくれればそれでいい』

 

『分かった。悪気がなかったとはいえ悪かったな、すまん。一応、その主神の名前を教えてくれ』

 

『名はロキという女神だ。緋色の髪に、細目。独特な喋り方をする。あれでも神だからな、恐らく会えば直ぐに分かるだろう』

 

ファミリアの前に付くのが神の名前なのだが、リヴェリアは疑問に思いつつも丁寧に教える。赤髪はまたも忘れているのか、それとも本当に知らないのか。周囲の反応を見てみれば、手を顔に当てて天を仰いでいる。ああ、忘れてるんだな……。

 

『ああ!なんだお前、ロキのとこのか!それなら早く言えってんだ!さぁさぁこっちに座って!』

 

さっきからロキファミリアと言っていた筈だが、案の定伝わっていなかったようだ。だがロキとは既に仲良くなっていたのか、ロキの仲間だとやっと悟った赤髪はリヴェリアを近くの木箱へ座らせる。

 

リヴェリアは先ほどから感じていたことだが、どうもこの赤髪、かなり能天気というか。ロキに似ているというか。いや、似てはいるのだが。この赤髪、なんとも気持ちの良い性格をしていた。

 

少ししか喋ってはいないのに、それが分かってしまった。ロキや周囲の者たちがこの男の元で集まっている理由もなんとなく分かった気がした。

 

先ほど殴ったことなど無かったかのように振る舞うのだ。それも殴られた本人がだ。

 

赤髪と話をするまでは溜まっていた怒りを解放しようとしていたのに、なんだか毒気が抜かれていく気分である。

 

それに怒りの元はロキがファミリアを放置しての遊び過ぎであったのだが、赤髪の元へ行っていることが分かったとき、赤髪が酒と美男子でロキ誑かしていると思っていた。

 

そこまでロキが馬鹿ではなく、むしろ頭の切れる神であると知ってはいたが。それとこれとはまた別で。いつものロキの姿を見ていれば、心配になるのも分かろうというものだ。それはリヴェリアがママと呼ばれる原因の一つでもあるのだが。

 

更に今回はリヴェリアがロキを信用していなかったとかではなく。ロキの美男美女と酒を好む姿勢。そこから起きる問題がロキの信用と信頼を下げる結果となってしまっていた。あくまでも美男美女と酒が関わった場合のみでもあるのだが。

 

正確には直ぐに美男美女を自身のファミリアに勧誘する。自身のファミリアの、特に女性へと直ぐに手を出す。酒は最近の様子を見れば分かる通り。

 

つまり、何が言いたいかといえば。

 

赤髪がロキを誑かしていた訳では無さそうだということ。逆に赤髪がロキに誑かされていた訳でも無さそうだということ。

 

完全に情報だけで判断しようとしていたリヴェリアの落ち度であった。怒りで満たされていたこと。ダンジョン帰りの徹夜で疲労があったこと。これらを考慮に入れても、リヴェリアにとっては珍しいミスであった。

 

『さぁ!飲め飲め!遠慮せずグーッと!』

 

『あ、あぁ。頂こう』

 

勢いに押されてしまったのもある。自身の勝手な推測とは全く違う赤髪の性格に驚いてしまったのもある。だが口を一度付けてしまえば、そこからは自身の意思で飲んでしまった。

 

(ここ最近の悩みが今日やっと解消されたのだ。ならば少しくらいはいいだろう)

 

『良い飲みっぷりだ!だーっはっはっは!!!さぁさぁ、もっと飲め飲め!酒はまだまだあるから気にするな!』

 

この赤髪、なんとも飲ませ上手であった。

 

いつもは真面目、実直、謹厳。そんな言葉が人の形をしたようなリヴェリアが少し羽目を外そうとしている。周囲の者は驚いていた。もしここにロキファミリアの者がいれば、その驚きようは比ではなかっただろう。

 

そして酒が多く入ることにより、いつもは吐き出されることのない愚痴がその口から飛び出していく。言葉を吐き出す度、心からも何か重いものが取れていくような。そんな感覚に陥ったのはいつ以来であったのか。

 

その日の宴の光景はとても珍しいものとなった。

 

なんとも合わなさそうな二人が酒の席で語り合っている。愚痴であったり、過去の冒険譚であったり、お互いの知らない世界のことであったり。

 

酒が無くなり、リヴェリアの酔いが覚めてきた頃。その日の宴は解散となった。

 

その日、ロキが本拠へ帰らされ。帰した本人が帰ってきたのは数時間が経ってからであったとか。

 

その次の日。リヴェリアがロキから聞き出したことに由れば。ロキがやはりタダ酒を目当てにしていたこと。以降、同じことがないように拳骨一つと酒を制限すること、赤髪の宴には幹部の許可が無い限り参加しないことを取り決めとしたり。

 

リヴェリアが飲んで帰って来てしまったため、いつもからは考えられないほど甘い説教で終わったり。

 

同じくその日に、剣姫(けんき)凶狼(ヴァナルガンド)に赤髪との繋がりについて問い質したり。

 

ここ最近はロキが寝るとき以外いなかったため、それに伴う不都合も出ていたわけだが、漸くいつもと同じような日常が戻ってきた。

 

いつもと同じような。

 

そう。一つだけ、違うところがある。

 

どうやら赤髪とロキ。二人は相当に気が合うらしい。

 

赤髪がたまに酒を持ってロキファミリアを訪れるようになったのだ。

 

そんな時は決まって団員たちとも話をしていく。リヴェリアともよく話す。幹部たちとは仲が深まっていくばかりだ。

 

赤髪の気持ちの良い在り方に、皆があてられてしまったのだった。

 

今までの日常に一つの変化。

 

それはたった一つの変化でしかない。

 

然れどとても大きな変化であった。

 

そのたった一つだけの、大きな変化。

 

それがロキファミリアに齎すモノ。

 

このオラリオに齎すモノ。

 

───そして、ダンジョンに齎すモノ。今はまだ、誰にも実感できずとも。赤髪は、世界に変化を齎すだろう。

 

 

 

 

 

 

 





出そうと思っているのに一向に出てこない白兎
ヒント:ヘスティアファミリア

多分次回も出てこない

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