赤髪が出ないので。出ないので(重要)
その日、昼を過ぎた時間帯。
世界でも有数の大都市。通称、迷宮都市オラリオ。ダンジョンが世界で唯一存在することから、資源の宝庫としての側面も強い都市。モンスターを討伐した際に入手できる魔石と、稀にモンスターの身体の一部が残ることで入手できるドロップアイテム。この有用性と稀有性の高い二つを駆使し、世界中の幅広い分野へ恵みをもたらしている肥沃な都市。そしてそれは巡り巡ってオラリオへの恵みとなることで、更にその豊潤さを発展させることが可能となる徳沢に満たされた都市。
そのオラリオにて。ギルドからの
それはまさに冒険者連合軍と呼ぶのが相応しい。
最高指揮権を任されるのはロキファミリア団長。
レベル6『
誰もが認めるレベル。指揮者としての能力、我の強い冒険者を纏め上げる統率力。親指の持つ予知能力染みたレアスキル。常に冷静さを失わぬ頭脳と精神。そして最強の冒険者『
そしてフィンが戦闘に参加することも見越し、次点での指揮権を任されるのは同じくロキファミリアの副団長。
レベル6『
フィンと似通った理由がいくつかあるのだが、特筆すべきは二つ。
最強の魔術師としての名声及び経歴から、全魔術師の指揮権を委ねられたこと。魔術師は壁上からの援護を行うことが予想されたため、リヴェリアの配置場所はフィンのサポート及び代理に最適であると判断されたこと。
ロキファミリアに指揮権が集まるがそんなことは知ったことではない。未曾有の危機に打ち勝つことが最優先。
そう思考するギルドや実力者、頭脳明晰な者や冷静沈着な者の後押しにより今回の体制が決定した。戦いを生業にする冒険者の性質上、戦後の名声やら権威についてよりも、現在の危機から脱することを優先する者が多いのは幸いであった。
集まった冒険者は総勢五万にも上る。
勿論のことだが全ての冒険者が前線に出るわけではない。前線を維持する近接職とそれを援護する魔術師。そして彼等をサポートする後方支援。主にこの三つに分けられている。
魔術師が魔術を行使することで消費される
更には神々もこの場に存在する。
配置は護衛となりえる前衛冒険者を各自に一人ずつ着けた上で、オラリオ市壁の直ぐ外側、若しくは直ぐ内側となる。
オラリオの直ぐ側が戦場となるのは予測されるが、市壁にモンスターの攻撃が届かず、かつ魔術師の攻撃が届く位置を戦場に定める予定だ。神々にはそこで活躍してもらう。戦闘不能に近い冒険者が出れば、市壁直ぐ外側に待機している神々の下へ。そこでポーションによる傷の手当て、同時に
これはオラリオが陥落した場合、神も冒険者もモンスターに殺されてしまうだろうことを考えた結果である。神のみが避難したところで、オラリオが陥落したとなれば冒険者は全滅。眷属のいない神は
結局のところ、前代未聞のこの事態。後が全くない状態なのだ。これが人同士の戦争であれば、仮に冒険者たちが敗戦しオラリオを奪われてしまっても、そこを治めるのは変わることなく人である。ならば先もあろうというものだ。
しかし今回攻めてきたモンスター群。これに敗戦した場合、オラリオは蹂躙されつくし、ダンジョンの大穴を塞いでいるバベルも破壊されるだろう。そうなればダンジョンから発生するモンスターたちの爪牙により、世界中を混沌の底へと突き落とされる。冒険者連合が勝てなかったのなら、モンスター群に打ち勝てる者など世界の何処にも存在し得ない。
故の全戦力投入。神々の配置。
「今回の突然のこの事態!皆も既に聞き及んでいることだろう!」
未だモンスター群が姿を見せぬ現在。冒険者連合の前に立つフィンが大声で話始める。
「モンスターの群れは確認されているだけで凡そ
そう。
既に冒険者には報告されていた。その戦力差。本来ならば絶望的なほどの数字を。
しかし彼等は集結した。死ぬかもしれない。生き残ったとしても五体満足ではいられないかもしれない。しかしこのオラリオには英雄たちがいるのだ。
これまで他国からの侵略もはね除けて見せた者たち。
ダンジョンにて多くの絶望を切り抜けてきた者たち。
オラリオにて高みへと登り詰めた者たち。
そんな者たちが希望を魅せてくれる。逃げたところで状況は最悪へと向かうだけの今。オラリオをモンスターに奪われてしまえばそれは世界の終わり。それを誰もが理解している。逃げても敗けても、伝説として語り継がれる千年以上前の戦場が世界中で起こるだけなのだと。血で血を洗うような混沌と闘争に満たされた世界に舞い戻るだけなのだと。
「勝つしかないッッッッ!!!」
”勝つしかない“
そんな単純な言葉が、冒険者たちの心を満たしていく。たった六文字の言葉は冒険者たちの心へ使命感を与える。簡単な言葉なのに、達成するには困難を極め、しかしそれしか選択肢は残されていない。
「僕達は何があろうと!勝たなければならないッッ!!手足を失おうとも、隣で命が失われようとも!屍を踏み越えて!この刃をモンスターに突き立てなければならないッッ!!!」
フィンは手に持つ槍を天へ突き上げ。同時に冒険者たちも剣を、槍を、斧を、杖を。様々な得物を天へと突き上げる。自身たちを鼓舞するために雄叫びを上げる。恐怖が心を支配しようとする。そんな心を吹き飛ばし。恐怖をしても身体は動いてくれるように。雄叫びを上げて心を鼓舞し、使命をその剣に宿らせて、瞳に確かな火を灯す。
「指揮はこの『勇者』フィン・ディムナが執ろう!この戦いを勝利へと導いてみせようッ!!冒険者たちよ!今こそ冒険の時だ!命を賭けて未来へ進めッッッ!!!」
雄叫びは雄叫びを呼び、大きな力となって場を整えた。
時を同じくして、盛大な土煙が遠方に立ち上る。それは天を落とそうとするかの如く広がりに広がり、視界に映さぬことが不可能なほど。
「来たか……」
フィンはポツリと呟き、視線を冒険者たちへと戻し。
「総員ッ!配置に着けッッ!!!」
冒険者たちが一斉に動き出した。
前衛の戦士たちは陣形を組み前方へと歩みを進め。
魔術師たちは壁上へ移動し横一列に整列し。
後方支援組は魔術師たちと神々の背後へ分かれて待機。
彼等彼女等の顔持ちは様々だ。表情を硬くする者。怯えが顔へ出てしまう者。顔を険しくしている者。毅然と前を見据えている者。
気楽にしているのは仮初めの肉体を持つ神々が少々。死んでも天界へと送還されるだけなのだから。
しかし死ぬことは出来れば避けたいのが、退屈に刺されて下界へ降臨した神々一同の思考だろう。顔を険しくしている神々はさて。自身が殺されてしまう可能性を考えているのか、眷属の身を案じているのか、この事態の原因や要因を考えているのか。
だが皆が動き続ける。止まる者は皆無である。
その瞬間が訪れるまでは。
冒険者たちも神々も。
モンスター群が姿を現したその瞬間。
その心と表情は一瞬で変わってしまったのだから。
「百万の軍勢、か……なんちゅう数や」
遠目に見ている神々の中で、ロキがポツリと呟いた。
冒険者程の鋭い五感を持たない今の神々でも、その瞳には映ってしまう。
その威容にして異様な光景。
恐ろしい悍ましさだ。
数字を言葉で聞いても危機感はあったというのに。その数字が現実として視界に入れば、さっきまであった危機感は全て吹き飛んでしまっていた。
戦慄するもの。恐怖するもの。顔を歪めてしまうもの。彼等の心情を察することなど、同じ光景を見ていない者には不可能だ。
だが、それでも。
彼等は立ち向かわなければならない。
フィンは進み続ける。その歩みが止まることはない。
事前に全魔術師の指揮を執るリヴェリアと計画は練っていた。他の参謀に才を見せる者たちからも話を聞き、戦いの戦略を練っていた。そして練った計画は既に全冒険者へと通達されている。
彼等冒険者は対モンスターの
だがそれを加味しても、彼等の動作は生半可なものではなかった。彼等は僅か半日にも及ばぬ時間で、オラリオ中の力を集結させ、様々な準備を整えて見せたのだ。正に迅速に、敏速で、疾速な動きであった。
壁上にて、リヴェリアは全魔術師を整列させた後、魔法を発動させるための前準備をすでに進めていた。魔術師たちには魔法発動のために必須とも言える詠唱式を唱えさせ。背後で待機させている後方支援組には、マジックポーション各種にマジックアイテムや武具などを持たせて万に一つの事態に備えさせる。
リヴェリアは自らも杖を構え、レアアビリティ『魔導』によって創り出すことの出来る
全魔術師が準備を整え。あとは機を待つのみ。
リヴェリアは眼下、前方を見据える。
フィンを先頭に進む冒険者たち。向かいには着実に近付いているモンスター群。魔法を放つのは二つの距離が近付き、かつ魔法の影響が仲間へ及ばない距離。そしてモンスターが確実に魔法を食らう距離。
平静に、冷静に、冷淡ささえ感じる程に瞳を澄み渡らせて。最高のタイミングを見極めるため、意識を一点に集中させる。
まだ。あと少し。あと少しだ。
フィンが進む。モンスターが迫り来る。
その距離。100メートルを切ったとき。モンスター群が目の前の獲物に我慢し切れなくなったか。一斉に走る速度を上げ、大叫喚が響き渡った。
一気に縮まる距離。
「────今だ!放てェッ!!!」
リヴェリアがモンスターの声に負けないよう声を張り上げ、その声が鼓膜を震わせた者たちは一斉に魔法を発射した。
火が、水が、土が、雷が。矢を、槍を、球を形作って魔法の雨と化す。それは虹色にも見えてしまう密度を誇り、勢いを持ってモンスター群へと着弾した。
冒険者たちとの距離は既に30メートルほど。
魔法が着弾した瞬間にフィンが大声で冒険者を奮い立たせた。
「我が槍に続けェッッッ!!!」
そして走り出す勇者の背を追い、冒険者連合は鬨の声を上げた。最高指揮官としてはあるまじき行動。しかしその小さな背は、冒険者たちを奮い立たせるために先陣を疾駆して。
魔法が着弾したことで多数のモンスターが命を散らし、舞い上がる土煙と倒れ伏すモンスターで出来た凸凹の足場。そしてたたら踏んでしまったモンスター群。
それらを意にも介さず進むフィンが、土煙を切り裂いて現れる。
この戦の一番槍。
雷撃と見紛う一突きを近傍のモンスターへ繰り出し、その瞳から光を奪った。
戦の幕が、遂に上がった。
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そのころダンジョンに潜った筈の赤髪はオラリオの外にて。
盛大な土煙が舞うオラリオ方面の空を見て呟いた。
「……急がなければならないか」
赤髪のいない戦場は続く。