ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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第九話 全世界生中継ライブと天竜人

「~~♪」

 

 偉大なる航路(グランドライン)。とある島。

 建物と建物に挟まれた薄暗い道を鼻唄まじりに歩く私の傍に、わらわら集う男達。

 はぁ。なんと罪なオンナ……これほどたくさんの男をトリコにしてしまうな・ん・て♪

 

「なんだぁあのガキ。なんで海兵のかっこしてやがる」

「おい嬢ちゃん。そういう武器はな、嬢ちゃんみたいなのが持ってていいもんじゃないんだ」

「そうそう。俺が使ってやるから寄こしな」

 

 右手に持った抜身の刀、その名も大業物(的な感じの)"ずばずば戦鬼くん"に目をぎらつかせ、ガラの悪い荒くれと海賊がぞろぞろやってきた。

 ……あれっ? ひょっとしてお目当ては私の体じゃないの!? そんなばかな。なぜだ! こんなにイイオンナが道を歩いてるんだぞ!!

 

「おい、聞いてんのかよ――っと!?」

「ぎゃはは、何空ぶってんだよかっこわりぃ!」

 

 ゆらゆら揺れる足取りで、肩に手をかけようとしてきた男の横を通り抜ける。

 さすがにこういう輩に触れられるのは許容範囲外。かいぐりノーノー。

 

「よし、俺が捕まえてやる」

「こんなとこで海兵ごっこしてた自分を恨むんだなあ?」

 

 なんかごちゃっと言いながら寄ってくる男達もひょいひょい避けていく。

 その間も刀はふらふら。

 

「えっ、な、なんで捕まらねぇ!?」

「よ、酔ってるからだ……ほ、ほら、さっきしこたま酒飲んだだろ……きっとそのせいだぜ……!」

「~♪ ……"鎮魂歌(レクイエム)"」

「んん? なんだ?」

 

 ようやっと道の終わりが見えてきて、明るい街の方からとは別ルートで海岸まで出る事ができた。

 なのでゆらゆら歩きはここまで。肩に担いで重みを堪能した刀を、腰から引き抜いた鞘へゆっくりと納める。

 

「"ラバンドゥロル"!」

「――ッ!?」

「ぎっ!?」

「おわあっ!!?」

 

 途端、背後から重なった斬撃音が響いてきて、にんまり口を歪めて刀を腰に差しなおした。

 成功成功。早斬りってむつかしいけれど、決まるととっても気持ちが良いね。

 

「……~♪」

 

 軽い靴音を響かせて、海岸で待っている軍艦を目指す。

 おっと、ミサゴさんが船から降りて直立不動の体勢で待っている。

 やあやあと手を振れば、敬礼で返されてしまった。まったくお堅いことで……ま、そういうの嫌いじゃないけれど。

 

 しかし報告は残念な事になる。

 目当ての海賊はここにはいなかった。骨折り損のくたびれ儲け。

 私、骨、折れてないんですけどー! ヨホホホ、くだらねぇジョーク。

 

 さ、帰ろ帰ろ。

 

 

 

 

「催し?」

 

 ボルサリーノさんにお昼奢ってもらって、お腹ぽんぽんしながら自室に戻れば、ミサゴさんに変な話題を振られた。

 

「ええ、はい。今年の記念平和式典では何か催しをしたいらしく、アンケート形式での回答を望まれています」

「ふぅん……そんな急に言われてもなあ。出席するだけでも億劫(おっくー)なのに、催しねぇ」

 

 頬杖ついて天井を見上げ、息を吐く。

 

 記念平和式典とは、各国家間の平和を願い、また末永く続くように……そして海軍も一心に平和に貢献していきますよーと表明する、海軍主体で行うどうにも退屈そうなお仕事だ。私はそんなのより、その後にあるっていう王下七武海を集めての会議に出席したい! あわよくばサインが欲しい。親愛なるミューズちゃんへ♡ って書いてもらうんだー。

 うーん、ミーハーかな?

 でも欲しいものは欲しいのだ。力ずくででも手に入れる主義でね。

 ……力のねぇ奴ァ逃げ出しな!

 

「アンケートってこれ?」

「ええ。どうぞ、ペンを」

「ありがと」

 

 ミサゴさんからペンを受け取り、机の上の書類をどかしてアンケート用紙を広げる。

 最初のつまんない挨拶は読み飛ばし、下の方にある選択肢に目を移す。

 

「……立候補者のスピーチか、未来ある海兵のお披露目か、公開賞与か~~? はぁ、つまんなそう。ねー、これ絶対どれか選ばなきゃダメなのぉー?」

「は、はぁ……そう言われましても……。あ、最下部に自由に記入できる枠があったと思いますが」

「うん? これかな」

 

 心底面白くなさそうな選択肢に辟易して一度はだるーんと机に体を投げ出したものの、自由枠があると聞いて改めて用紙を見る。

 たしかに一番下に長方形の枠があるな。他に何か思いつくものがあれば記入せよ、だって。

 

 こういうのあると、真面目に考えちゃうよね。

 それで、どうせなら私も参加するんだし、私が楽しめるようなものがいいなあ。

 

「とりあえず、お仕事しながら考えましょ」

「ええ、そうですね。はい、こちら少将殿のサインが必要なものになります」

「ありがとね、纏めてくれて」

「い、いえ」

 

 元々書類仕事するために私付きになったミサゴさんは、こういった処理能力にとても長けていて、そのうえ拳法も使えるというのだからかなり優秀だよね。

 私とて高等教育は受けている記憶があるからある程度はこなせるけど、彼女ほどではない。だから、そのあたりは本当に尊敬しちゃうな。

 

 書類仕事を嫌って部下に丸投げしたり逃げ出したりする中将さんや大将さんにも見習ってほしいね! 逃げたって書類はなくならないんだよ。やるのは部下になるのだ。それはかわいそうだよね。

 

 さて、その後、私は宣言通り一日中あれこれ考えて、でも、結局その日のうちに自由枠を埋める事はできなかった。

 こういうの、早々何か思いつくのならとっくに誰かが発案してそれが採用されているはずだ。

 なので私が思いつかなくてもしょうがない。決して、けーっして! 私の発想力が乏しい訳ではないはずなのだ!

 

 お家に帰り、お風呂を浴びて、リラックスして。

 お琴を運んで居間へ。新聞を広げていたサカズキさんは、私が目の前を陣取って演奏の準備をすると、机の上に新聞を広げて腕を組み、聞く態勢に入った。

 

 最初は無視されてると思ってたけど、よく見てみるとそういう風にやってくれてたんだよね。

 なので張り切って演奏しちゃう。今日は「Listen to my heart!!」をゆっくりめに弾き語り。

 聞こえてるか~私の心のミュージック! 聞こえたならすていちゅぅーん、海軍大将赤犬ぅ。

 続いて「Music S.T.A.R.T!!」! まだまだパーティは終わらない。

 

 サカズキさん、激しい曲だと嫌がるから、そういうのはテンポを落として優しく歌うようにしている。

 こういう気遣いが私がイイオンナなゆえんなのだ。惚れてもいいんだよ。火傷しちゃうかもだけどね!

 

 ……そういえば、サカズキさんは前、私をライブに連れて行ってくれようとした事があったらしいよね。

 結局この世にスクールアイドルは存在しなくて頓挫したみたいだけど。

 「らしい」「みたい」と伝聞調なのは、その話の一切をサカズキさんがしていないからだ。

 いっつもだんまりむっつりで、胸の内を話してくれる事は滅多にない。

 まあ、それでもいいのだ。名前で呼び合えてるし、歌で心は繋がってるし。

 私達、もう家族みたいなものだよね。

 

「…………あ」

 

 曲と曲の合間の小休憩。

 ふと、私の頭に閃くものがあった。

 けれどその前に、サカズキさんに一つ質問をする。

 

「……アンケートに何を記入したか?」

「はい。選択肢の方はぴんとこなくて。私、自由枠の方に何か記入しようと思っているのですが……サカズキさんは何か書きました?」

「…………」

 

 黙って首を振られた。

 それで、話を聞くと、自由枠はただ形式で設けられているだけで、もっぱら使われることはないらしい。

 今回だって別に特別な催しを開こうとしている訳ではなく、あくまで例年通り。

 

 みんな忙しいし選択肢で済ませてしまう。そうでなくても自由枠に書かれたものは会議に(のぼ)り、採用するか否かを決められる。一度として誰かの案が採用されたことはないらしい。

 

 ははあ、お堅い人が多いんだろうなー。

 そのお堅い人筆頭がサカズキさんだろう。

 彼がアンケート案に否を出す姿は簡単に予想できた。

 

「あの、私が自由枠に「これをしたい」ってものを書いたら……サカズキさんは賛成してくれますか?」

 

 もじ、もじと少々気後れしつつ、駄目元で聞いてみる。

 こういう小細工も仕掛けちゃうのが私がイイオンナ以下略。

 

「モノによるわい」

「そ、そうですか」

 

 静かな答えは、「ふざけた事を書けば命はないと思え……!!」という意味が込められた気がしてたじろいでしまう。

 でも、私がさっき思いついた案は、とってもとーっても素敵で、誰もが賛同してくれるに違いない素晴らしい案なのだ! これを見ればサカズキさんも諸手を挙げて賛同してくれるに違いない!

 ……たぶん。

 ……いや、やっぱ無理かなぁ。

 

 

 

 

 翌日、本部の自室にて朝一番に机の上に用紙を広げてペンを走らせる。

 

「あ、決まったのですか? なんと書いたのです?」

「へへー、これ!」

「……らいぶ?」

 

 そう! ライブ!!

 じゃじゃーんと掲げた用紙には、でっかく『ライブ!!』と書かれている。

 ちょっぴり斜めになっちゃってるけど、こういうのは味だよね。ふんふん。

 

「それでね! この案が通ったら、式典で歌って踊る事になるんだけど」

「おどっ、し、式典でですか!?」

「当然そうなるでしょ? でね、その時はミサゴさんも一緒に歌ってほしいな!」

「はぁああああ!!?」

 

 私自慢の案を大大大大発表すれば、わあ、すっごい仰け反ってる。

 顔を真っ赤にして「無理ですぅ」なんて首も手も振り振りしているが、だいじょーぶだいじょーぶ!

 

「ミサゴさん声綺麗だし、顔も可愛いし、スタイルいいし、絶対いけるよ! 人気出るって! だから私と一緒にアイドルやろ!」

「あ、あいどるが何かはわかりませんが、危険な香りがします! だ、断固拒否です!」

「むむー……上官命令でも?」

「お言葉ですか少将殿、それは横暴ですっ!!」

 

 自分には、そんなことはできません! と顔を手で覆って身を捩り、私から離れようとするミサゴさんの椅子をがっちり掴んで引き寄せる。

 

「まあ、それもこれもこの意見が通ったらの話だよ」

「……はっ、そ、それもそうですよね! なら安心です……」

「んー? 安心?」

「ひぇっ、い、いえ! なんでも!」

 

 まるで私の案は絶対に採用されないと確信しているみたいな態度に低い声を出せば、彼女は口を押さえて縮こまってしまった。

 ……まあいいよ。いけるかどうかは本当にわからないんだから。

 

「もしオッケー出たらさ、協力してくれる?」

「で、ですからそのような無茶な命令は……!」

「命令じゃなくて、お願いだよ」

 

 目をひくつかせるミサゴさんを下から見上げ、誠心誠意頼み込んでみる。

 胸元で両手を組んで、うるうる愛らしい瞳で精神攻撃。

 ミサゴさん……おねがぁい!

 

「ゥッ……うう……そ、ひ、卑怯です……そのような、うう」

「じゃあ、手伝ってくれるの?」

 

 私のお願いビームに項垂れたミサゴさんは、のっそり顔を上げて私を見ると、頭を上下に揺らした。

 

「……はい」

「やった! つきましてはもう一人くらい誰か女の子連れてきてくれると嬉しいな!」

「えええ! そ、そんな……」

「まあまあまあ。それもこれもこの案が通ったらの話。いちおうね、いちおう」

「……通ったら、ですね。その……まあ、それなら……はい」

 

 斜め上を向いた視線が半円を描いて反対側へ移動していくのに、ああ、これは絶対『採用される訳ないから安請け合いしても大丈夫』とか考えてるんだろうなあとわかった。

 しかし甘い。言質はとった。お堅い真面目なミサゴさんは、約束は破ろうにも破れないだろう。

 あとは採用されるだけ! 通達が楽しみだなー。

 

 

 

 

「…………また突拍子もない事考えるじゃないの」

 

 と、クザンさん。

 例によって例の如くおでん屋さんに連れられて、いつも通りのメニューをパクつきながら式典への素晴らしい案を報告すれば、なんだか呆れたような雰囲気が冷気とともに漂ってきた。

 

「で、通ると思いますか?」

「なるほどねぇ、それを俺に聞きたかった訳だ。そうだな……式典には天竜人も来る」

「えっ、天竜人が、ですか!?」

 

 そんな話ちらりとも聞いてないんですけど!

 うわああ、嫌だなぁ、嫌だなぁ、あんなのにへこへこしたくないなあ!

 元々嫌だった式典への出席がなおさら嫌になってきちゃう。

 

「……とはいえ、式典ってのは退屈なもんで、彼らはそれがお気に召さないらしく、ここ数年は姿を現していない」

「なんだぁ、それなら初めからそう言ってくれればいいじゃないですか。びっくりしちゃいましたよ、もう」

 

 もーう、脅かしてー。

 私、天竜人は絶対にエンカウントしたくないから、まだ一度だってシャボンディ諸島に足を踏み入れてないんだぞ。

 シャボン、乗ったらめっちゃ楽しそうなのに。遊園地、行きたいのに。そこにいる海賊狩り放題したいのに。

 

「ま、だからといってはっちゃけた案が通るって訳でもない。さすがにミューズちゃんのは通らないでしょ」

「えええ、クザンさん賛成してくださいよー。おねがぁい!」

 

 くらえ、胸に両手を押し当ててお願いビーム!

 きらきらきら……。

 クザンさんはシラーッとした目を私に向けた。

 あ、あれ? 全然効いてない?

 

 な、ならば今度は直接攻撃だ!

 うっふーんと超絶色っぽい声を出しながら腕にしなだれかかっちゃう。

 うへ、めっちゃ冷たい。でも我慢我慢、私の魅惑のボディで溶かしちゃうぜ。

 

「あーあー、色仕掛けなんざ二十年は早い。出直せ」

「なっ、うぐぐー……!」

 

 ぺしっと額を小突かれて強制的に離れさせられた。

 何今の冷たい声! マジ声! ひどいよ!!

 そ、そんなに私の体に魅力がないってゆーの? こないだかわいいって言ったのに、あれは嘘だったの!?

 

 ううう、クザンさんのばか。ばーか。カーバ。サボり魔。冷えモジャ。アイマスクマン。

 チャリーマン。こないだ部下の人が「やっとこさあの人捕まえても逆切れするんだよ」って愚痴ってたぞ。

 書類仕事ちゃんとやれー! サボるなー! 部下に迷惑かけるなー! たまにはおしゃれなお店に連れてけー!

 

「……その蔑ずむような目は……やめてくれ」

 

 クザンさんは、ばつが悪そうにそうっと目を逸らした。

 ……よし、勝利!

 つきましては、私の案に賛成してよね。

 

「いやあそれは……」

「こないだね、「俺、海兵やめて田舎で畑弄りでもしようと思うんだ」ってどこかの大将の副官が言ってたから話聞いて慰めてあげたんです。一緒に頑張りましょう! って」

「よぉし、ミューズちゃんに乾杯!」

 

 かんぱーい♡

 うん、根回し完了。大将が「賛成」と手を挙げれば、それに追随する者も現れるだろうし、こいつはもらったな。

 

 

 

 

「……あ、ああ……!」

 

 翌日。

 本部の自室にて、元帥からの通達を引き延ばしてプリントして壁紙にしておくと、お仕事しにやってきたミサゴさんが愕然とした顔で膝をついた。

 

「どーよ! 勝利のぶいっ!」

「そ、そんなあ……!!」

 

 でかでかと私の案を採用するぞーって書かれてる書類に絶望するミサゴさんへ、ぴーすぴーすと手を振る。

 それから彼女の肩を抱いて、耳元に口を寄せて囁いた。

 

「約束……覚えてるよね? ふぅっ」

「ひゃああん!? やめっ、やめてくださいよぅ!」

 

 トドメとばかりに耳元に息を吹きかければ、ゾゾッと身震いした彼女は顔を真っ赤にして私を突き飛ばした。

 ……(むね)ドンされた。痛い。つらい。

 てんさげー。

 

「そういう訳で、さっさとお仕事やっつけて歌と踊りの練習しましょ! うちの子達にも声かけて、楽士隊も集めてるから、曲できるまでは歌詞覚えるのと――」

「ちょちょ、ちょっと待ってください!」

 

 海軍は戦う人達ばっかりだから、楽士隊っていう音楽やる人達がいるなんて思いもしなかったなーと思っていれば、待ったをかけられた。決死の彼女に詰め寄られ、ぐいぐいと背を反らされる。

 

「信じられません! いったい誰が! 誰が賛同したというのです!!?」

「んー? 賛同者? それを聞いちゃうかー」

 

 現実を受け入れられずがるるーと唸っているミサゴさんへ、残酷な真実を告げる事にする。

 まず赤犬、青雉、黄猿の大将三名でしょー。ガープさん、おつるさん、オニグモさん、コーミルさん、ストロベリーさんの中将五名でしょー。うん、半数以上。これにて可決。

 サカズキさんもクザンさんもおじきも大好き! ありがとー!! 中将のみんなもせんきゅーせんきゅー!

 

「いやいやいや、反対する人はいたでしょう!?」

「そりゃいたでしょうね。元帥とか。でも多数決で決めるってのはずーっと昔からの伝統だから、いくら元帥でも賛成多数の決定は覆せないのです」

「そんなあ……あああ、なぜ、なぜこのようなことに……!!」

 

 がっくり項垂れるミサゴさんをしばし眺め、私は上機嫌で鼻唄を歌いながら机に戻った。

 さあさあ、さっさとお仕事終わらせちゃいましょうねー。

 

 

 

 

 紅茶を飲んで、書類の山をやっつけて、猛奮闘して……。

 夕焼け空がやってきた頃に、私達は机仕事から解放された。

 

「フィフティーンピース・ナゲットバッカ二等兵……パンズ伍長……ヒョウタンツギ軍曹……うーん」

「ど、どうでしょうか」

 

 凝った体を解しつつ、外に出て涼し気な風を浴びて気分転換がてら、ミサゴさんが見繕ってきた「三人目」を探す。

 渡された写真に映る子達は、言っては悪いがこう、体育会系っぽい子ばっかだ。最後の軍曹の子はめっちゃ腰くびれてるけど、顔や体の手術跡みたいなのがアイドルとしては致命的。あとなんでこの子飛び上がってるの? 写真撮られるのにテンション上がっちゃったの?

 

「次」

「うっ、うう……こ、こちらが最後であります……」

「へへっ、悪いなお嬢ちゃん。こっちも仕事でね」

「え?」

 

 三度に分けて数枚ごとの写真を渡されていた私は、最後の写真を受け取るかたわらおふざけを仕掛けてみたのだが、見事に素の反応を返されてしまった。寂しい。そんなミサゴさんも今日から変身!

 そのお供になるのは誰かなー。おっ、この子は?

 

「うっ、そ、その方は……ウミサカ大佐であります」

「大佐? ミサゴさんの上の階級だね」

「はっ。自分を見出してくれた強き正義のお方です!」

 

 ババッと気を付けの姿勢になった彼女がはきはきと評価するその大佐という子。

 名前からして、ひょっとして新世界はワノ国出身なのかしら?

 でもあそこって女性の扱いは前時代的だったよね。古めかしく奥ゆかしく、お淑やかで静々と。

 

 けれど写真の彼女はどちらかといえば男性みたいな強気な顔で、刀を差してサムライみたい。

 ふわあ、格好良いなあ。特にこの真っ赤な髪がいいなあ。ウェーブかけたりしないのかなぁ。

 

 深紅の長髪は半ばで結って体の前へ流れている。それに海のように深い青の瞳。

 細面の顔は白く、血色の良い唇は、私に色気というものがなんたるかを教えてくれた。

 

 ……でもこう、大人の女って雰囲気の割には、目の大きさとかのせいか、幼い印象も受ける。童顔ってやつだね。

 

「じゃ、この人誘おう! 名前も「ウミサカ」って、まるでスクールアイドルやるために生まれてきたみたいだし!」

「ええっ! いや、しかし、そ、その写真は一応持って来ただけのものでっ! ……ほ、他の者と違って大佐殿にお話は通っていないのです……」

「ああ、だからこの人横向いてんのね。というか歩いてる途中なんだ」

「写真部の方にお願いして、こっそり撮って頂いたのです。こっ、こんなことがばれたら自分は!!」

 

 ああもう、大丈夫だよ。きっと怒ったりしないよ、たぶん。

 とにかくウミサカ大佐に会いに行かなきゃ話にならない。まずはそこからだ。

 という訳で、ミサゴさんの手をもぎゅー。

 

「はい、手」

「いえっ、待って、あのっ、ほんとまって――」

「"(ソル)"」

 

 問答無用。ミサゴさんのペースに合わせてたら"二年後"になっちゃうから、さっさと行くよ!

 ううー、胸がどきどきする。ワクワクが止まらないっ!

 今ならなんだってできる気がするー!

 

 

 

 

「お断りします」

 

 凛とした雰囲気を持つ彼女は、突然の訪問にも関わらず、というか帰る途中だったみたいで私服だけど、私の言葉にきっちり反応してくれた。

 でも期待していたような色好い返事ではない。

 

「えぇー、なんでぇ!? なんでですか!」

「なんでも何も、少将殿のお話は突飛すぎてついていけません。その、あいどる? とか、らいぶとか、自分にはわかりかねます」

「なら1から教えるから、一緒にやりましょうよ!」

 

 ミサゴさんより背の高い彼女の前でぴょんぴょんと跳ねて存在を主張すれば、小首を傾げたウミサカさんは、形の良い唇をそっと開くと、よく通る声でこう答えた。

 

「それなら良いですが」

「良いのかよ!!」

 

 そんなあっさり!

 こう、青春の一ページのような一悶着があるかもって期待してた私の胸のドキワクが一瞬で弾けちゃったよ!

 後ろであわあわしていたミサゴさんも私と声を揃えてツッコんじゃった。上司にため口きいちゃった事に気付いてまた慌てだしたけど。

 

 まあ、式典までそれほど時間がある訳でもないし、話が早いのならその方が良い。

 と、いう訳で、私はスクールアイドルとは何か……うん? スクールだと高校生じゃなきゃできないな。説明はすれど似たような存在になるだけと補足しておこう。という感じでウミサカさんに説明した。

 

 

 

 

 

「なるほど……。しかし自分は歌う事にも踊る事にも覚えがありません」

「いいんです。スクールアイドルはプロのアイドルじゃないんだから、やる気さえあればそれでじゅーぶん!」

 

 ところ変わって赤べこさん。

 腰を落ち着けて話がしたいと思って心のままに足を向けたらここに来てしまった。

 ……ここなら個室もあってゆったりできるけど、いきなり狭い場所に三人きりはちょっとハードル高かったかな?

 しかしお酒を頼んで嗜んでいるウミサカさんはさっきより雰囲気が柔らかくなっているので、この選択は正しかったのだろう。うむうむ。お鍋も美味しいしね!

 

「お、お言葉ですが少将殿、式典は伝統行事なのです。下手な真似をすれば世界中に恥を晒す事になりますよ……!」

「ふむ。晒し首は御免(ごめん)ですが?」

「いやー、さっきのは言葉の綾と言いますか……まあそんなのは練習すれば良いのです」

 

 というか晒し首って。物騒な発想するなあ。

 下手なダンスやっちゃったらよくて減俸、悪くて除隊。謹慎とか降格とかもれなくついてきそうだし、世界中の笑いものになるのは間違いないな。

 ……やだー!

 

「でも、諦めないもん! おふざけで言ってるんじゃない。私、本気でライブがしたいの!」

「少将殿……」

「歌と踊りでみんなに笑顔をあげたい。この魅力と楽しさを広めたい!!」

 

 あとサカズキさんにライブがどんなものかを知ってほしい。それでもって笑顔になってくれたら嬉しいな。

 みんなスクールアイドルのトリコになってしまえー!

 

「そ、そこまで言うのならば不肖ミサゴ、どこまでも少将殿についてゆきます!!」

「わあい」

「ふむ、そういう理由ならば自分も協力するとしましょう」

「すんのかよ!!」

 

 あっ、またミサゴさんと声をそろえて突っ込んじゃった。

 気にしてないみたいだし、まあいいか。

 

 

 

 

 私達は、お仕事の合間を縫って顔を合わせ、振り付けを練習したり、歌を歌ったりして式典に向けて能力を磨いた。

 ミサゴさんもウミサカさんもとっても声が綺麗! ミサゴさんは低めの声で、ウミサカさんは高めの声。

 中間くらいの私ときて、三人の相性は抜群。

 しかし問題はダンスでも歌でもなく、曲の方だった。

 

 私は私の大好きな歌を発表する気まんまんだけど、それってこの世界にはない歌だ。私の記憶の向こう側にしか存在せず、ついでにこの世界には電子系の音楽ツールってないのだ。

 数多の楽器を束ねて生演奏する以外に曲を流す方法は現状存在せず、つまり楽士隊のみなさんに私の口からどんな曲かを説明して、1から作曲してもらうしかない。

 

 私、説明がすっごくヘタクソだから、これが難航して難航して……。

 幸いダンスも歌もどうにかなった。音痴は一人もいないし、二人とも強いから踊りにもそれが反映されてキレの良い動きを見せている。特にウミサカさんの方は凄い。私がやった動きを完璧にトレースするのだ。

 うーん、私よりアイドルに向いてるんじゃない?

 

 その、ちょっと評価できないアレなウィンクを除けば……だけども。

 ……ぬらべっちゃあーって擬音が聞こえてくるような度し難いウィンクの仕方。不器用すぎない……?

 というかどこかで見た覚えあるなあ、それ。

 

 少なくとも美人がしていい顔ではなかったので、徹夜でみっちり猛特訓。

 デスウィンク100連発! はい、マスカラブーメラン! キャッチしマスカラー!

 

 ……あれっ?

 あ。

 ああ?

 

 ……あー。方向性を見失っていた。あやうく新人類的な何かに変態してしまうところだった。

 でもその甲斐あって、ウミサカさんのウィンクは小悪魔的な素敵さに大変身!

 どっきゅーんって胸打たれちゃう!

 

「ふむ……新技という訳か。……使えるな」

 

 姿見の前で腕を組んでふむと頷くウミサカさん。

 何に使えるのかは聞かないでおこう。いったいウィンクで何をする気なのかは非常に気になるけれども。

 

「うっはああああ!! 無理! 無理ですううううう!!!」

「もおー、かわいいのにー」

 

 一方、完全にキャラ崩壊を起こしているミサゴさんは、もはや笑いながら丈の短いスカートを拒否し続けている。

 うーん、なんかこう、既視感があって楽しいけど、そう拒否られては面倒だ。

 

 慣れてね。

 

「無理ですううううう!!! 絶対無理ですうううううう!!!!!」

 

 真っ白な制服のズボンを死守してへたり込んだミサゴさんは、もはやズボン以外穿()くまいとでも言うように大泣きした。

 むー。アイドル衣装のどこが気に入らないんだろう。めっちゃトキメキを感じるのに。

 ……着てくれなきゃちくちく夜なべした意味なくなっちゃうじゃん!

 

「……ミューズ殿、自分もこれは少々……こんなに肌を見せるのは、は、破廉恥すぎるのでは?」

「どうして肌を見せるのかは後で説明するから、衣装合わせしといてくださいね」

「……まあ、説明していただけるなら良いですが」

 

 いいのか。

 じゃあ慣れてね。

 

「無理ですううううう!!!!!!」

 

 ぴぃいっと涙の洪水を作るミサゴさん。

 …………。

 

 慣れろ。

 

 

 

 

「…………」

「全て順調です」

「…………」

「ええ、海兵としての仕事はきっちりとこなしてます」

「…………」

「それはまだ駄目です。当日を楽しみにしててくださいね!」

 

 夕飯時。

 

 ここ数日はミサゴさんとウミサカさんとの三人で食べる事が多かったので、サカズキさんと食べるのはちょっと久し振り。

 黙々と箸を動かすサカズキさんが目で問いかけてくる数々に丁寧に答え、私もご飯をぱくぱく。

 ……げえー! この大根おろしめっちゃ辛い!!

 大失敗……。

 

「…………」

 

 でもサカズキさんは黙って完食。

 いつもお粗末様です。

 

 それでは食後の一曲。「にこぷり 女子道」いってみよう!

 

 ……あ、お気に召しません?

 ……ぬわんでよ!

 

 

 

 

 海に出ては海賊をぶっ飛ばし、本部にいては書類を次々処理し、秘密特訓場にいてはばんばんダンスのクオリティを向上させる。

 ここ数日間は充実した日々を過ごしている。ここが終点、私の居場所だったんだ……。

 

 あ、でもいくら私が天才美少女ミューズちゃんといっても記憶力には限界があるので、覚えてない振り付けもある。そこはみんなで考えて埋めていっている。

 衣装づくりは自分の手でやるのみ。プロに任せるって手もあるけれど、こういう素人感もスクールアイドルならではなんじゃないかなーと思って。

 

 ただし本気で作ってるからプロに引けは取らない出来だと思う。

 ミサゴさんもウミサカさんも褒めてくれたしね。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー、ワン、ツー、スリー、フォー」

 

 ステップステップ、ターン、ポーズ!

 っし、オッケー! パーペキ!

 

「お疲れ様ー。ちょっと休憩しよっか」

 

 肩で息をする二人にお水を差しいれ、ほっと一息。

 でも休憩はほんの少しだけ。三分経ったらまた練習だ。

 各々の仕事があって忙しいんだから、急ピッチで仕上げていかなきゃいけない。

 

 幸いみんな体力お化けだから過密スケジュールでもなんとかなっている。

 式典はもう目前だ。後はリハーサルして、残りの時間は英気を養おう。

 という訳で手を叩いて休憩の終了を告げる。

 

「さ、そろそろ再開し――なに? ウミサカさん」

「……いえ。そろそろこの訓練も終わりでしょうし、一つ提案があるのですが」

「うん。なぁに?」

 

 動きやすいジャージ姿で胸に手を当てたウミサカさんは、真っ直ぐに私を見据えて、高い声で言い放った。

 

「自分と手合わせ願いたい」

「……ん?」

 

 言ってる意味がよくわからない。

 手合わせ? ……ああ、振り付けの一つの……。

 

「自分の力がどこまで通用するのか、少将殿がどれほどのお力の持ち主なのかを見極めさせていただきたい」

「ふわーい。そっちの手合わせか」

 

 うーん、でもなあ。

 私、女の子に意味もなく手を上げる趣味ってない。

 後進育成だとか訓練をつけてあげるとかも苦手だし、手加減もちょっと。

 ほら、ミサゴさんもあわあわしてる。

 ……してるだけで、止めようとはしないのね。

 

「でも、ライブ目前に傷作っちゃう訳にもいかないし……ほら、ウミサカさんの肌は繊細なんだから」

「……! いえ、ご心配には及びません。これでもタフネスには自信があります」

「そういう話じゃないんだけどなあ」

 

 手を振って拒絶しても、ウミサカさんは目をぎらつかせてやる気満々。

 これは言葉だけじゃ止まらないかな。

 ……あ、なら、受けてあげてさっさと終わらせてあげればいいだけか。

 

「うん、そこまで言うなら良いよ。ウミサカさんには私の無茶なお願い、たくさん聞いてもらってるしね?」

「無茶という自覚はあったのですか……」

 

 むむっ、ミサゴさん! 何その呆れ果てた目は!

 私だって一般常識は備えているのです。自分が結構むちゃくちゃ言ってるってのはわかってるんだよ、えへん。

 

「じゃ、練習終わって、一時間したら――」

「三十分ほどで結構です。それまでに整えておきますので」

「うん、わかった。じゃ、三十分後にここで集合ね」

 

 頷き合って、それから私達は練習に戻った。

 安請け合いしちゃった手合わせだけど、なんかこういうの、青春ぽくていいなーって思う。

 

 練習を終え、楽士隊を呼び込んでリハーサルをして、それから三十分。

 人が出払った秘密特訓場でウミサカさんを待つ。

 

「お待たせいたしました」

 

 彼女は、制服に弓持ちで現れた。ミサゴさんが後ろに控えて矢筒を抱えている。

 揺れる正義のコートに腰に差した刀が見え隠れする。

 ん? 弓使うんだ……てっきりその刀で戦うのかと思ったんだけど。

 

「これですか? これは脇差です。主な武器はこの弓になります」

「へえ。違いがよくわかんないけど、まあいっか。……あ、遠慮はしなくていいよ。鍛えてるから私は平気!」

「………………ええ。胸をお借りします、少将殿」

「うむ、ドンときたまえ。ミサゴさん、三つ数えて合図お願い」

 

 話しながら広い部屋の中央に移動して、距離をとって向かい合う。

 審判役を頼んだミサゴさんが了解の返事をして、私達から離れて、ゆっくり三つ数えだした。

 

 ひとーつ、ふたーつ。

 

 胸に響く心地の良い声に意識を傾けていれば、ウミサカさんは床へ向けた弓に手を添えた。

 その手には二本の矢が握られている。……一本握ったままもう一本をつがえて、けれど私には向けず、視線だけをよこしている。

 弓矢の作法はわからないけれど、あんな感じに使うものなんだろうか。

 

「みっつ!」

「ッ!」

 

 ミサゴさんの合図とともに私へ狙いを定めたウミサカさんが第一射を放つ。

 ヒュッと空気を穿って迫る矢は、鋭い気迫を纏ってはいれど銃弾より遅い。

 

「てい」

「!!」

 

 チョップで叩き落とそう、と気楽に考えて、実際そうしてみてびっくり。

 真っ二つになった矢は異様に硬くて、手が痛んじゃった。

 これ、覇気纏わせてない? なるほど、それなら鉄砲以上に有用な攻撃法だ。

 

「はっ!」

 

 それで、これくらいの強度なら……。

 続く二射目が迫るのを見て、ゆらり、両手を広げて待つ。

 ぎょっと目を見開く彼女に笑いかけ、ドッと胸を打つ矢に体を揺らす。

 

「っぷぅ。いてて」

「そっ! な、……馬鹿な」

「いやあ、まあ。これくらいはね」

 

 ふむ。大佐クラスってどんなもんかなって思ったけど、割とダメージ通ってるので、やっぱ強い人ばっかりなんだろうなあと実感した。

 床に落ちた矢を眺めれば、先端の尖ってるやじるし部分が無い。なんか丸っこくて柔らかそうなのがくっついている。訓練用かな。さすがに殺傷力高いのはもってこないか。

 まあ、刃がついてようと受けても問題はなかったけども。

 

「くっ、ならばこちらは――」

 

 弓を放り捨て、脇差を抜くウミサカさんに対して体を横に向ける。

 深く腰を落とし、右腕を左の方へ掲げてギリギリッと力を入れる。

 さ、フィナーレと行こう。

 

「つああっ!」

「"海振(かいしん)" よいっしょお!」

 

 脇差を腰だめに構えて突っ込んでくるウミサカさんへ思いっきり右腕を振り抜く。

 と、爆発音に似た轟音が鼓膜を震わせた。

 私の拳が空気をぶっ叩いた音だ。

 

「! っあ!?」

 

 同時、見えない何かに弾かれるようにしてウミサカさんが吹き飛ぶ。すっ飛ばした空気の塊にでもぶつかったのだろう。

 私、こういう技めっちゃ練習して習得したり編み出したりしているのだ。

 だって私の知ってる格好いい奴らの格好いい技、私も使ってみたいんだもん。

 でも能力由来の技ってなかなか再現できなくて苦労してる。

 その中でもこれは本来の技とは全然違う感じになってしまっている。

 

 けれどウミサカさんが反応できなかった通り初見殺しにはなるし、でっかい音で威嚇する事もできる。

 難点は私の耳もつらいってくらいかな。

 

「よっ」

 

 床と平行になって飛んでいく彼女を眺めつつ跳躍し、彼女が床へ叩きつけられるのに合わせて、その顔の真横へ飛ぶ指銃を放つ。ズキュンと風穴開ければ、それが容易く頭を貫くような攻撃だと伝わっただろう。

 

「っは、あ…………ま、参り、ました」

「っしょ、と。うん。勝負ありだね」

「あ、う、ウミサカ大佐っ!!」

 

 大の字になって倒れている彼女と私の顔とに視線をさまよわせていたミサゴさんは、彼女の方へ駆けていった。

 助け起こされたウミサカさんは少々自失しているみたいで、呆然と「まったく届かなかった……」と呟いている。

 うーん。いやまあ、たぶん同じ大佐の中でならかなり強い方だと思うよ。だって覇気使えてるし。

 なんて伝えてもなんの慰めにもならなそうだから、私は黙って静観。

 

 やがて自分を取り戻したウミサカさんは、肩を貸そうとするミサゴさんを手で制して、自分の足で私の前へやって来た。

 

「お手合わせ、ありがとうございました。ミューズ少将殿」

「こちらこそ。かける言葉が見つからないけど、腐らず頑張ってね。応援してます」

「ありがとう、ございます……」

 

 深く頭を下げた彼女の隣で、なぜかミサゴさんも腰を折って頭を下げた。

 お堅いなあ。もっと気楽でいいんだけどな。

 ……そうも言ってられないか。かなり気落ちしてるみたいだし。

 

 礼儀正しく凛としたウミサカさんだけど、たぶん、心のどこかで私を侮ってたんだろうね。

 ちっちゃいからね、私。でっかい二人に比べると。

 それはまあ、仕方ない。

 成長期がきたら三メートルくらい伸びる予定なので、それまではナメられるのも我慢かなー。

 

「大変失礼をば、いたしました。なんとお詫びして良いか……」

「これからいっそう精進していくとかでいいじゃないですか」

「……そうします」

 

 敢えて軽い声かけをしてみたけれど、神妙に頷かれるとこれ以上は何も言えない。

 私だって、私より小さい子に負けたら凄いショック受けるだろうし、気持ちはわかる。

 こういう時、なんて言ったらいいんだろうなあ。

 

 

――弱きは罪じゃ! 基礎から鍛えなおしてこんかい!!

 

 

 ……いやあ、これは駄目だと思う。

 私言われたけどね!

 

 

 

 

 式典当日。

 

 手合わせをした後の顔合わせでは、ウミサカさんはずっと黙って真面目な顔をしていたけれど、衣装を合わせて、頑張ろうねーと話していれば、だんだんと笑顔が戻ってきた。

 自分は自分の信じる正義(みち)を行く、と晴れやかになった顔で内緒話をしてくれた彼女に、にっこり笑顔を返す。

 いいぞ、その意気だ。ファイトだよ!

 

「はぁ……大佐殿……かっこいい……!!」

 

 ミサゴさんは、一皮剥けた感じのウミサカさんをうっとり眺めてトリップしている。

 今のうちに着替えさせよう。短いスカートも、三人並んじゃえば恥ずかしくなんてなくなるはずなんだから。

 

 マリンフォードに集った各国家の代表。

 そして三大将と各中将、以下海兵達。

 一般市民の参加する席ももちろんあって、映像電伝虫で諸外国に向けて生中継中!

 視聴率はどんなものだろう。毎年やってるものだから、謙虚に平和を祈る善良な市民とかくらいしか見てなさそう。

 

「ううう、こんなの正義じゃないぃ……!」

「かわいいは正義だよ」

 

 さて。長ったらしい元帥のつまらないスピーチのかたわらで、会場までの通路にて、私はミサゴさんを慰めていた。

 この後に及んでめそめそと、と思う気持ちと、無理矢理引っ張ってきて泣かせちゃってる罪悪感に挟まれて、なんとも言えない微妙な感じ。

 でもね、ほんとにそれだけだったら、私は彼女を途中でやめさせてあげてたよ。

 

 そうしなかったのは、踊っている彼女が、歌っている彼女が、とても楽しそうにしていたから。

 満開の笑顔だったからだ。

 それは、さっきまで晴れやかだった顔を沈痛な面持ちに変えて小刻みに震えているウミサカさんも一緒。

 

「この姿を多くの人の目に晒すと思うと、自分も緊張します……」

「その緊張の理由は後で話すから――」

 

 いつもの手で彼女の心を解きほぐそうとして、口元に指を当てられるのに言葉を切る。

 見れば、震えながらも彼女は微笑んでいて。

 

「緊張の理由は、わかります。……自分は、期待しているんだと思います」

 

 ゆっくりと、噛みしめるように言う彼女に、うんと頷く。

 そうだね。私も期待してる。

 でもその期待は、具体的になんだーって、言葉で表せられるようなものじゃない。

 ただ、私はずっと、「みんなを笑顔に」をキーワードにしてたから、それだけを想ってる。

 

 各国家間の平和の宣言。その表明が順次行われていく。

 海軍の姿勢の発表といっそうの活躍の決意が語られる。

 それを私達は、光の当たらない控えで聞いていた。

 

 やがて、出番が来るその時まで。

 

 

 

『これより休憩に入ります。その間、楽士隊の演奏をお楽しみください』

 

 誰かの声がうわんうわんと響いてきた。

 おお、ようやく出番がやってきた。

 ……まあ、扱いとしては休憩の間の繋ぎなのだけれども。

 

『なお本日は、この日を記念して、演奏に合わせて、えー……"ライブ"が行われます。興味のある方はぜひ御着席のままで、どうぞご静聴ください』

「さあ、行こう!」

 

 放送の声が途切れる前に、二人を振り返って促す。

 二人ともまだ緊張を残していたけれど、気の強い二人だから、力強く頷いてくれた。

 

 高らかにラッパの音が鳴り響く。

 私達は、「Happy maker!」のイントロを背に皆のいる日の差す広場へと飛び出した。

 

 ざあっと広がる人、人、人。

 C型の壇上に広がる席を埋め尽くすたくさんの人々。

 

 偉い人も普通の人も区別なく、未だその場を離れていなかった何十何百何千もの興味深げな視線が私達に注がれて、かあっと体を熱くさせた。

 その中にはもちろん大将方の視線もあって、私は曲の振り付けに合わせて彼らに大きく手を振った。

 あ、おじきだけ小さく振り返してくれた。紳士!

 

 私達のステージは、三日月状の島に囲まれた海の部分に浮かべられている。

 波に揺らめく四角く巨大な木板が特設ステージ。

 三人揃って跳躍して、海上の板へと飛び移る。

 

 輪になって方々に頭を下げてご挨拶。

 言葉はない。名乗りはない。あくまで休憩の間の余興。小さな催し。

 それでも最高に楽しんでもらうため、最高のライブにするため、いったん止まった演奏が弾むようなリズムと共に「Future Style」を奏で出せば、供えられた小型の電伝虫を用いてみんなに届く大きさの音で歌い、踊って、笑顔を振り撒く。

 

 心地良い緊張とざわめきの中、汗を弾けさせ、短いスカートを跳ねさせて腕を振り振り、足を振り振り。

 二曲目は次世代に飛び越えて「ダイスキだったらダイジョウブ!」。

 下から照らし上げる眩い光が私達の「楽しい」「嬉しい」って気持ちや輝きを、空高くまで照らし出す。

 跳ねて、揺れて、飛沫をあげて。

 会場全体の空気を混ぜて、私達の色に染め上げる。

 

 理由のわからない涙がまなじりに留まって、数瞬後に弾ける。

 水滴に乱反射した光の屈折が、魔法みたいに虹の線を走らせた。

 

 次はちょっと戻って「ススメ→トゥモロウ」を一番だけ。未来へ飛んで、「決めたよHand in Hand」を、これもまた一番だけ。

 

 三人で踊れる曲を中心に、精いっぱい、一生懸命、全力でジャンプして、熱い空気の中を突き抜けてミサゴさんとウミサカさんと何度も位置を入れ替える。

 

 

 ああ、楽しい!

 私、ずぅっとこうしてみたかったんだ!

 ずっとずっと、私の中にあったもの、私しか知らなかったもの、多くの人に知ってもらいたかった!

 

 それが今、叶ってる。それって最高だよね! 最強だよね!!

 それにほら。これは私が志した私の正義!

 私が浮かべる笑顔は私だけのものだけど、これを見て、みんなも笑ってくれたらって、そう思うんだ!

 

 きっとミサゴさんもウミサカさんも気持ちは一緒。

 手を取り合い、顔を合わせた二人と笑い合う。

 乱れた息のテンポが合って、寸分違わず動きが(かさ)なって、心も(かさ)なって。

 

 

 不意に、三人の大将の顔が目に入った。

 

 長い脚を組んで口の端をちょびっとだけ上げているクザンさん。

 

 いつもとおんなじ笑みを浮かべて私達を見下ろしているボルサリーノさん。

 

 そして……。

 

「……!」

 

 そして、足を組み、頬杖をついて、むっつりした顔で私を睨むサカズキさん!

 火照った体の、もっと奥。

 私の胸がカアッと熱されて、うわっと気分が盛り上がった。

 

 だってサカズキさん、目が語ってるんだもん!

 楽しいよ、面白いよって、それは私の願望かもだけどっ。

 振り付けの関係で彼らから視線を外さなければならなかったけれど、彼らが私達を見ているのは肌で感じていて、だから、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 

 勢い余って大ジャンプ!

 びっくりした二人も慌てて合わせて大ジャンプ!

 最後を飾るアドリブで大盛況を博して、私達の最初で最後のライブは幕を閉じた。

 

 

 

 

「…………」

 

 私達がしたのはいわゆるコピーバンドというか、そういうライブだったけど。

 

「…………」

 

 私達のライブは、私達だけが経験した、唯一無二の時間。

 

「…………」

 

 秘密特訓場に戻ってきて、未だ興奮冷めやらぬままお互いの顔を見つめ合って、そのまま無言でハイタッチ。

 この瞬間、私達はまさしくひとつの光だった。

 

 

 

 

「少将殿の無茶に付き合わされた形にはなりましたけれど」

「自分だけでは決して経験できなかった、楽しい時間を過ごせました」

 

 一息ついて、お着換えもして、これで本当に楽しい時間はおしまい。

 私は胸に手を押し当てて、二人を見上げてそうっと息を吐き出した。

 

「私の方が、ありがとうって言う場面だよ。二人のおかげで、私の夢がまた一つ叶っちゃったんだもん」

 

 ひそかに胸に抱いていた、子供の頃からの夢のその一つ。

 私の中の誰かの記憶。その楽しい事、嬉しい事を、たくさんの人に見て、聞いて、知ってほしかった。

 だってこんなに素敵なんだもん。私が独り占めするのはもったいないよ。

 

「明日からは、それぞれ業務に戻る訳だけれど……」

「……ふふっ」

「ええ。仕事を億劫だと思ったのは初めてです」

 

 あはは。

 やっぱり心が繋がってる。

 こう、楽しい時間を過ごしちゃうと、明日は頑張るぞーってなるよりも、今日がずっと続いて! ってなっちゃうよね。

 でも気持ちは切り替えなくちゃ。みんなを笑顔にするには、歌と踊り以外にも方法はたくさんある。

 

 海兵として正義に努めるのもその一つ。

 だから、私……約束の日まで頑張るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、なんかたまたま式典に来てた天竜人がライブをみて「わちしの妻にするえ~!」とか騒いだみたいだけれど、どっこいさすがに天竜人の横暴も海兵にまでは届かない。

 そういう法律的なものがあるなんて初めて知ったよ、と安心する傍ら、天竜人サマが妻にすると指差したのがミサゴさんとウミサカさん『のみ』だった事に私はちょっぴり膨れるのであった。

 

 ……妻にするとかたとえ死んでも聞きたくないが、なんかこう、釈然としない……。

 んんー! 絶対ナイスバディに成長して、みんなを見返してやるんだからっ!!!

 

 




TIPS
・ライブ
ワンピース二次小説名物。
人気なワンピース作品には必ずといっていいほどライブが描かれているので真似してみた。

・コーミル
支部の人。

・Happy maker!
μ'sの楽曲。

・Future Style
μ'sの楽曲。

・ダイスキだったらダイジョウブ!
Aqoursの楽曲。

・ススメ→トゥモロウ
μ'sの楽曲。

・赤犬の視線
ミューズが思っていた通りかは定かではないが、その日の夜は外食に連れて行ってくれた。
クリームソーダをしこたま食べて怒られた。注意された通りお腹を下して大後悔。
夜は同じ部屋に布団を敷いて、お話をしながら眠った。

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