ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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昨日は二話連続更新しています。
お見逃しのないよう。


第七話 お味噌汁大作戦!

 任務に巡航に書類仕事に大忙し。休日と夜は赤犬の寝室に押しかけてお琴をピンペン。

 うーん、女子道ここに極まる。

 

 こっちをちらりとも見ない赤犬は、その実最後まで歌を聞いてくれるので遠慮なく歌わせてもらってる。

 ストレス解消にはもってこいだぜー。ちょっぴり下剋上気分。

 ファイトだよ! ファイトだよ! もひとつおまけにファイトだよっ!!

 

「ああ鬱陶しいのう!」

 

 怒られた。

 頭にコブつけたの久しぶりな感じ。

 仕返しに電子ピアノ作ってもらってじゃんじゃか弾いてやった。

 軍歌なら文句は言えないでしょー。時々μ's(ミューズ)の曲も混ぜちゃう。ららら、ラブライブ♪

 

 そんな日々を何日も繰り返していると、ある日クザンさんがおでん屋さん以外の場所に連れて行ってくれた。

 シャレオツなフレンチレストラン。席に着くなり大笑いするクザンさんに目を白黒させる。

 

「だぁーはっはっは! 聞いたか、赤犬の話を!」

「はぁ……なんでしょう」

「あいつ、こないだの任務の帰りにな、たまたま二人きりになった部下を自分の傍に呼び寄せて、こう問いかけたらしいんだ」

 

『おい貴様』

『は! なんでありましょうか、大将殿!』

『貴様……"スクールアイドル"を知っちょるか』

『は! ……は? 今、なんと……』

『……もういい。下がれ』

『は、ははあっ! もっ、申し訳ありません!』

 

「あの非情を絵に描いた硬い男がアイドルねぇ~!」

 

 いやあ笑った笑った、なんてお腹を擦るクザンさんを、私は疑いの目でじとーっと見やった。

 赤犬がそんな事する訳ないでしょ。うっそだあ。

 

「それが嘘じゃあないんだよな」

 

 え? 確かな筋からの情報なの?

 ほんとうかなぁ。騙されてるんじゃない?

 あ、でももしその話が本当だったなら、赤犬もスクールアイドルに興味を持ってくれたって事なのかな?

 だったら布教活動に勤しんでいた私としては、嬉しいんだけども。

 

「でも……なんでそんな事を聞いたのでしょう」

 

 一応確認の質問はしてみる。一人で盛り上がって演奏を激しくしたら頭に鏡餅作られちゃうからね。

 一昨日うるさくしすぎてやられてるんだけどね!

 コアラさんのゲンコツとおんなじくらい痛かった。つらい。あと顔が怖い。

 

「さあな。ライブがどうのと情報を集めていたらしき動きもあるし、案外お前を連れて行こうとでも思ったんじゃないの」

「はぁ……そんな事してくれるとは思えませんが」

 

 赤犬が私を遊びに連れて行ってくれるだなんてにわかには想像できない。というか、赤犬の口からアイドルとかライブって名称が出てくるなんてとてもとても……あ、だからクザンさん大笑いしたのね。

 似合わないもんねぇ……いつだってムッとした顔して、出てくる言葉は正義か悪かばっかり。

 そんな彼に興味を持ってもらえるなんて嬉しい限り。ライバー道ここに極まる。

 

 でもなー、μ's(ミューズ)はこの世界には存在しない。スクールアイドルって名称も聞いた事がない。

 いくら探したって、どこにもないんだよ。寂しいよね。私はすっごく寂しい。

 だから歌って伝えてるんだ。赤犬の心に残ってくれたなら、それはとーっても嬉しい事だ。

 

「まあそうだな。だが、あいつもお前と過ごすうちにほんの1ミリ……角が取れてきたってところかね」

 

 遠い目をするクザンさんに、ほむ、これは何かあるなと勘繰ってみる。

 赤犬の知られざる過去……私、気になります。弱味とか握れるかも。

 そうとわかればいてもたってもいられない。クザンさんと別れ、お仕事を済ませてお家に帰り、赤犬が帰ってくる前に家探しを決行した。

 

 これは調査だ。神聖なる調査なのだ。決してやましいことではない。

 なのでー、バレてもたぶん、怒られたりは……うん。

 こっそりやろう、こっそり。赤犬が帰ってくるまでの短い時間だけね。

 

 

 

 

 そんな感じで何日かにわけて当てもなく何かを探し続け、居間の棚の一番下の段。そこにアルバムを見つける事ができた。重要アイテムっぽいのでさっそくその場で開いて読み読み。

 

「んー……少ないなあ」

 

 一ページ四ポケットの半透明なページにはたくさん抜けがあって、飛び飛びで写真が入っている。

 そしてそのどれも、季節感とかなくて、赤犬があまり写真を撮らないタチなのがわかる。

 

 あ、この写真見た事あるな。宣伝ポスター用のやつ、本部のどこかで見た記憶がある。

 うーん、赤犬の新兵時代の写真とかないのかな。初々しい姿見てみたい。

 それでこう言うんだ。「あの頃こんなに青々しかった赤犬が、今や岩みたいなお顔に……よよよ」って。

 間違いなく殺されるな。

 

「んー?」

 

 ペラペラとページを捲り、やや若い赤犬が見知らぬ誰かと一緒に――恐らくは当時の大将さんと一緒に映っている写真などを流し見ていれば、最後のページに一枚、気を引かれるものがあった。

 

 むむ、誰だろう、この若くて美人な女の人と、小さな女の子は。私服の赤犬と一緒に映っている。

 まさか……奥さんと娘さん、とか!?

 後生大事に棚の奥に仕舞っていたアルバムに挟んであるのを見るに、その可能性は高い。

 でも今、奥さんも娘さんもこの家にはいない。それが赤犬のあの性格に繋がる何かを握っているのだろうか。

 

「ミューズゥ……貴様、何をしちょるかァ……!!」

「あびゃー!!?」

 

 色々考えを巡らせてアルバムを読み耽っていた私は、背後から近づいてくる顔が怖い大将に気付く事ができず、頭にゲンコツを食らってしまった!!

 

「~~~~~~~~~!!!!!」

「勝手に触れるなと言うたじゃろうが……悪戯娘が」

「ひぃ、ひぃ、もうしません……反省してます……」

 

 両手で頭を押さえてうつ伏せになって、涙を流しながら命乞いをする。

 殺される、殺される。マグマの音が聞こえるよう。

 ああうかつ。もっと上手くやるべきだった!

 最近赤犬の静かな顔ばっかり見てたから、油断しちゃってたよ。

 

 じーっとその姿勢で痛みと恐怖をやり過していれば、鼻を鳴らした赤犬は、縁側の方へ移動して座り込んだみたい。そーっと顔を上げれば、いつの間に持ってきていたのか、真新しい盆栽を眺めていた。

 今のうちにお部屋まで逃げ帰ろう大作戦を決行する。

 それにげろ、やれにげろっ!

 

 命からがら自室へ飛び込み、壁に手をついて荒い息を噛み殺す。

 ふへー、死ぬかと思った。

 次からはもっと後ろにも気を配ろう。

 

 もうしませんって言ったけど、それは「勝手に漁るのはもうしない」って意味なので、嘘はついてない。

 だってもう赤犬は私が棚を漁るのは知ってる訳だもんね。知られてるんなら「勝手に漁る」の内には入らないのです。

 理論武装完了! 明日こそ赤犬の弱みを握り、あの写真の謎を暴くのだっ!!

 

 

 

 

 後日、私は懲りずにアルバムを引っ張り出し、例の親子写真を引き抜いた。

 調査はクライマックスを迎えた。あとはこれが誰なのか、なんなのかを聞き込みするだけだ。

 

 同僚や階級が下の平海兵に話を聞いたってわからないだろうから、高い階級の人達中心に話を聞いていく。

 とはいえ大将さんはみんな出払っている。中将は大きい人ばかりで話しかけづらい。

 ガープさんもいなかったから、私はすっかり弱ってしまった。

 

 こういう時、知り合いがいないのが辛い。

 ダメ元でミサゴさんにも聞いてみたけど、やっぱりわからないんだって。

 しかし彼女、体調悪そうだったな。頭押さえてフラッとしてた。

 「准将殿がこういった方だとは思いもせず……」なんてブツブツ言ってたから、冷血と呼ばれてた私が心労でもかけちゃったのだろう。今度ご飯に連れてってあげようっと。

 

 さて、もはや当てもなく彷徨う私は記憶の旅人。誰ぞこの写真について知る者はおらんかー、と写真を掲げて練り歩き。

 おや、なぜみなさんこぞって道を開けなさるんで? どうして顔を伏せたり目を合わせようとしてくれないんだろう。

 まさか私のかわいさが光を発するレベルまで達してしまったのだろうか。

 おお~~……こいつァ困ったねぇ~~……わっしはピッカピカの実を食べた超美少女人間。

 最近めっちゃグラマーな感じに成長してる気がしなくもない。

 

 と、ふざけた思考は表に出さず黙々と証言者を捜し歩く、そんな折、私は調査の末に食堂で出会ったおつるさんに話を聞く事に成功したのだ!

 

「ああこの子かい」

 

 訳知り顔で頷いたおつるさんは、しばし懐かし気に物思いに耽ると、一人で呟くように情報を与えてくれた。

 曰く、この写真の女の人の方の作るお味噌汁は赤犬の大好物だったのだとか。

 その味を教えたのは、何を隠そうおつるさんである事も判明。

 

 こう事実を並べられてしまうと、私がとるべき行動って決まってくるよね。

 そう、おつるさんにそのお味噌汁の味を仕込んでもらうのだ。

 

「いいよ。ただしきっちり最後までやるんだ。中途半端は許さないからね」

「はいっ!」

 

 快くお願いを聞いてくれたおつるさんに元気にお返事する。

 ふっふっふ、お味噌汁の味を覚えたら、赤犬に振る舞ってやるんだ。

 そしたらきっとあのむっつりいかついお顔も破顔するに違いない。

 私、赤犬の笑顔はまだ一度も見た事がない。

 見てみたいなー、どんな感じだろうな。

 やっぱり怖いのかな。

 

 

 

 

 空いた時間を縫っておつるさんにお味噌汁の味を教えてもらう。

 お互い忙しい立場だから中々時間が合わなくて難航したけど、なんとか習得できた。

 ふへへ、これでも私、包丁の握り方くらい知ってるのだ。

 って言っても今生の私は一度も握った事なかったんだけどね。

 だからか、ちょっぴり苦戦もしたけど、どうにか赤犬との食卓に特製お味噌汁を出す事に成功した。

 

 「私がご飯を作るー」なんて言ったら怒られそうな気がしたので、お手伝いさんに頼み込んで全部料理させてもらう。

 サプラーイズ! 飲んで驚けー、にっこり笑えー。

 

「……なんじゃ」

「えへへ、いーえ?」

 

 いつもと違ってキラキラした目で見つめれば、赤犬は戸惑いながら、私の勧められるままおわんに口をつけた。

 おつるさん直伝の美味しいお味噌汁だ。ほっとするよ!

 どう? どうかな!

 

「……!」

 

 赤犬の眉が僅かに持ち上がり、二口、三口と飲むと、深く息を吐いた。

 胸の奥から思い切り吐き出すような、穏やかな吐息。

 

「旨いのう……懐かしい味じゃあ」

 

 そう言った赤犬の顔は、ほんの少し解れて緩んでいた。

 わああ、見たぞ見たぞ、隙だらけの顔!

 手元に写真機がないのが残念。今のは大量に印刷して本部にばらまきたかったな!

 

「あの、ですね。今日のご飯、実は私が作ったんです」

「……?」

 

 と、ここでネタばらし。

 もじもじしながら真実を告げれば、箸でつまんだぶ厚い玉子焼きを口に入れた赤犬が不思議そうに私を見た。

 

「お味噌汁も、お魚も、おひたしも、今食べた玉子焼きもっ、全部全部自信作です!」

 

 えっへん。胸を張って宣言すれば、赤犬はもぐもぐゴリゴリジャリジャリと咀嚼しながら私に視線を注ぎ続けた。

 ……あれれー、なんだその音。……なんだろなー? 私子供だからわかんないなー?

 

「……ふん」

「っ」

 

 どうやら殻が入っちゃってたっぽい玉子焼きを飲み下した赤犬に、どう叱責されるかと身を竦ませたけれど、彼は特に何も言わずに焼き魚に箸を伸ばした。

 ……お咎めなし?

 私てっきり、貴様はもう台所に立つな!! とか、"メシマズ"という悪を許すな!! って怒鳴られると思った。

 でも現実は、無言で完食。私はもう、何を言うでもなく綺麗になったお皿をぽかーんと眺める事しかできなかった。

 だって、だって、めちゃくちゃ嬉しい。

 信じられないくらいに嬉しかったんだもん。

 

 

 

 食後、就寝前のあれこれをして、恒例になった演奏を赤犬の寝室で始める。

 今日は歌は無し。なんだか胸がいっぱいで、歌う気持ちになれなくて、だから静かにお琴を弾いた。

 

「あの……」

 

 その最中、彼へと声をかける。

 視線は琴に落としたまま。弦を弾く自分の指を眺めながら、彼が耳を傾けてくれている気配を感じて、そっと息を吐く。

 

「私、青雉や黄猿のこと、名前で呼んでるんです」

「……だからなんだと言うんじゃ」

「あの……」

 

 つっかえつっかえ、遠回しに声を出す。

 優しい旋律が部屋の中を満たして、その曲が私の心を落ち着けた。

 

「大将殿のことも……お名前で呼んでも……よろしいでしょうか」

 

 急な話だと思う。

 

 一緒に暮らしているとはいえ会話はあんまりないし、お仕事も別れてする事の方が多いし、正直親しい間柄とは言えないと思う。

 でも、私は名前で呼びたいなって思ってしまったのだ。

 胸に満ちた感情に押されるままそう嘆願した。とにかく名前で呼びたかった。

 

 こちらに背を向けて腕を組む彼は、何も答えてはくれない。

 それじゃあいいのか駄目なのかわからない。

 やがて琴の上を滑る手も止まってしまって、痛いくらいの沈黙が薄暗闇に溶けた。

 

「勝手にせい」

「……!!」

 

 ややあって、赤犬が言った。

 許可を貰えるかは分が悪い賭けだったけど、どうやら勝てたみたい。

 

「サカズキ、さん」

「…………」

「サカズキさん……サカズキさん」

 

 太くて長い線が、いっつも彼と私の間に引かれていたはずなのに、名前を呼ぶと、そんなものはなくなって、私は一気に彼へ接近できた気がした。

 親しみが湧いて、心が近づいて、嬉しくなる。

 なんてことないものなのかもしれないけど、誰かと繋がるって素敵な事で、私にとってそれはとても尊いものに思えたのだ。

 

「サカズキさん……♪ サッカズッキさーん……♪」

 

 張り切ってぴんぺんぴんぺん琴を鳴らす。

 今の気持ちを乗せてよく通る声で、されど騒がしくないように歌えば、世界が広くなった気分。

 素敵! なんだか良い感じ。

 

「わしゃあもう寝る」

「はい。お休みなさいませ」

 

 ほんのちょっぴり趣向を変えて演奏した「ぼくのフレンド」の余韻が消えると、赤犬……サカズキさんがそう言って、しずしずと頭を下げて、お琴を抱えて退出する。

 横になってる姿を私に見られるの、すっごく嫌いみたいだから、もう少し歌いたいなって思っても我慢。

 

 

 

 その日、私はとても気持ち良く眠る事ができた。

 夢の中で会ったお父さんとお母さんはとびきりの笑顔で私を褒めてくれた。

 小さなお家の中にはみんながいた。村の人達も、サボさんもコアラししょーも、革命軍で知り合った人達も、クザンさんもボルサリーノさんもサカズキさんも……みんなが笑顔で、真っ白な洗濯物みたいに幸せだった。

 

 両手を広げて全部を受け止める。

 

 なんだか……もう、とびっきりのお宝を手に入れてしまったみたい。

 私、今、すごく幸せだ。

 

 

 

 夢から醒めればそのまやかしは涙となって全部零れていってしまったけど、それと似た幸せは、私の努力次第で手に入るんだって思えば、辛い事なんかなんにもない。

 

 今日も一日、頑張るぞー!

 おー!!

 

 

 

 

 そういえば、サカズキさんにどうして私が料理を作ったのかの経緯を聞かれて正直に答えてしまったのだけど、それで判明した事実がある。

 あの写真に映っていた女性はサカズキさんの血縁の人で、女の子はその女性の娘さんってだけだった。奥さんと娘さんじゃなかったよ!!

 想像とドンピシャな写真だったから勘違いしちゃったよ……誰か教えてくれればよかったのに。

 頭の上にできた32段鏡餅にぐったりしながら、そんな事を思う私であった。

 




TIPS
・ファイトだよっ
「夢なき夢は夢じゃない」を歌っている。
(ラブライブ!BD1巻付属CD)

・親子っぽい写真
モブ。

・ぼくのフレンド
「けものフレンズ」ED。

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