ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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第十五話 自由の行使

「て、テメ……なんで……!!」

 

 新世界。

 波の高い海で出会った海賊船に気分転換で飛び込んで、何億だかの船長と動物(ゾオン)系がうじゃうじゃいるのをえいやっと蹴散らせば、倒れ伏す男達が呪詛を吐いた。

 

「か、海軍やめたってのは……"誤報"だったとでも……言うのか……!!」

「海軍本部、中将……! くそっ、あの"ジョーカー"のように………!?」

「いーえ。やめましたよー海軍」

 

 血生臭い場所に立っていると、振袖に臭いが移ってしまうので手すりの方へ飛び乗って、質問に答える。

 強い潮風が吹いた。

 肩にかけた正義のコートがばたばたと揺れて、けれど、留め具はなくとも決して落ちはしなかった。

 

「な、なぜ……」

「なぜ?」

 

 ……なぜ。

 はて、なぜと問われても、海賊ならば誰にやられても文句はないはずだと思うんだけど。

 ……しいて言うなら、海軍へのけじめ的な感じかなー。

 せめて海の平和に貢献するぐらいはしようかなって思ったんだ、私。

 泣く子も黙る海賊(あくとう)だけどねー。

 

「……お?」

 

 ふと頭上に光がやってきて、あらーと口の中で呟きながら跳躍して離脱する。

 数瞬後には大きな海賊船は雷の柱に飲まれて跡形もなく消えてしまった。

 円状にできた小さな滝に海水が流れ込む風景ももはや見慣れたもの。

 新世界だからね、こういう海模様もよくあるよね。うん。

 

「遅いぞミューズ」

「ごめんなさい。でも神様、あの人達海軍に引き渡そうと思ってたんだけど」

「知らん」

 

 引き渡す、なんて言っても直接顔は合わせられない。私達はお尋ね者なので、見えない位置からぽいっと捨てるだけの簡単なお仕事だ。なんて凶悪犯罪。

 

 空に浮かぶ箱舟に帰還すれば、ファンシーな玉座(私がいっぱいかわいく落書きしてあげた)に座った神様が退屈そうにしていた。

 まあまあ。なんか面白そうな島か海賊船見つけるまではトランプでもしてましょう?

 この……海楼石製特製トランプでね!!!

 

「…………」

「はいじゃあ配りますよー」

 

 くくく、そしてこれは必ず神様の手に"ジョーカー"が渡る魔のババ抜き……!

 今日こそ私が全勝するのだ!!!

 

「くだらん」

「ぬわーーーーー!!!!」

 

 負けた!

 秒殺!

 

 こうなると、バラバラと真っ黒な手からカードを床に散らした神様に食って掛かるしかない。

 

心網(マントラ)ずーるーいー!!」

「ヤッハハ……お前も習得すればよいではないか、"見聞色の覇気"とやらを」

「むー、私は見聞色は苦手なんですぅー。よくわかんないし」

 

 聞こえないものが聞こえるとか見えないものが見えるとか、いまいち感覚がつかめない。

 そんなの見えたら私の人生、万事が万事上手くいってただろうし。

 

 そりゃ、海軍で訓練は積ませてもらってたからある程度はできるけれど、卓越した覇気使い……神様とかと比べれば雑魚もいいとこ。

 私も目をつぶってスッと敵の攻撃避けたりしたいなあ!!

 

「お前の単純な考えなど手に取るようにわかる」

 

 ふんっと得意げな顔をする神様に、なんとなく馬鹿にされた気がして憤慨する。

 あのね! 私単純とか単細胞じゃないから!

 かしこいかわいいミューズちゃんだから!

 

「…………」

 

 ……ああああ完全無視!!

 自尊心を著しく傷つけられた!!!

 ぷっつんきたから悪戯する!

 明日を楽しみにしてろやぁ!!!

 

「不届き」

「しびびー!?」

 

 つんとお腹に指突っ込まれてビリリッと電撃された。

 だから、心網(マントラ)は卑怯だよ……悪だくみもできやしない……。

 はーつら。

 

 

 

 

 ごうんごうんごうん。

 これはマクシムの航行音。

 

 ごうんごうんごうん。

 これはマッサージチェアに改造した玉座の駆動音。

 

「近くに……島が……あるな。人も……いる……」

 

 蠢く黄金の玉座に揉まれながら喋る神様の言葉は途切れ途切れで、でも満更でもないような顔をしている。

 苦しめー、もっと苦しめー。神様の苦しみが私の今日のおかずになるのだ。

 ……そろそろ食料尽きそうなの! 神様ほんとによく食べるよね。意外だよ。りんご一個で十分って顔してるのに。

 

「食う事とは生きる事と聞いた」

「だからってあんなにばくばく食べなくても。時には私のお皿にまで手を伸ばすしさあ」

「食べ物の恨みは深いのだ」

 

 ……?

 私、神様に食べ物関連で恨まれるような事をした覚えはないんだけど?

 むしろ台所仕事を一手に担ってお腹を満足させてあげてるじゃん!

 

「ヤッハハ……見よ、ミューズ。またあの旗だ」

「ビッグ・ボスだっけ? の、縄張りだね」

「不届き」

 

 あっ、神様また焼いた!

 遠距離からびりびりーって電撃飛ばして、一瞬の出来事で止める暇もない。

 

「もー、観光するのにこれじゃあ歩くのも難しいじゃん!」

「地上のものはすべて私のものだ。何が縄張りだ鬱陶しい」

「気持ち良いくらい神様やってるよね! でもあれじゃあ食料は買えないかな!!」

 

 短慮を起こした神様に怒りをこめて椅子のひじ掛けに乗っかって、ずずいっと身を寄せる。

 半目で見返されて、バチバチッと睨み合い。

 面倒くさそうに伸ばされた手が私の頭を掴んで、ぐいーっと押し返してきた。

 むむむ、負けるか! ぐいぐい突っ込んでいく。

 

「奪えば良いじゃあないか、"海賊"らしく」

「ピースメイン!! 市民のみなさんに手出しなんかしません!!」

 

 何を今さら馬鹿な事を、みたいに溜め息を吐く神様の胸をぽかぽかっと覇気パンチ。

 鬱陶しそうに顔を歪めていた彼は、ふと顔を上げると、にんまりと口の端を持ち上げた。

 

「ミューズ……どうやらあの島には悪党しかいないようだ」

心網(マントラ)か……いいなあ、便利だなー」

「ピースメイン大活躍と行こうではないか! ヤッハハハ……!!」

「うわあ」

 

 うわあ。神様大張り切り。

 愉快そうに笑って放電し始めるので慌てて飛び退き、もくもくとマクシムから噴き出る黒雲を見上げる。

 神様が悪党しかいないと言ったなら、そこに嘘はない。

 嘘ついたら鼻が伸びるはずだし。……というのは冗談だけど、夕飯とか朝ご飯とかお昼とか抜きになるから嘘はつかないようになっているのだ。

 

 いや、でも、あの。

 

「――"雷迎(らいごう)"」

 

 ズッ。

 重い音と共に、出来立てな雷雲の球体が海に落ちて穴をあけ、今日もまた海図から一つ、小さな島が消えた。

 

 

 

 

「スイッチオフ」

「む! 何をするっ!!」

 

 黄金マッサージチェアの電源を切れば、満足げに背を沈めようとしていた神様が食って掛かってきたので、その耳たぶを引っ掴んでぐいっと顔を近づけて睨みつける。

 

「食料!!!」

「……ヤハハ」

「笑って誤魔化すのずるい!!!」

 

 ずるい大人の処世術!

 そういうのいけないと思います!

 

 という訳で、今日の神様のご飯はりんご一個ね。

 あのめっちゃ萎えてるやつね。倉庫で転がってたいつのものかわかんないやつ。

 

「恨むぞ」

「うるさい」

「…………」

 

 一喝すれば、大人しく椅子に座って向こうを向いた。

 拗ねた子供か神様は。

 

 ちなみに、あっさり大地を消し去ってしまった神様だけど、もう自分の王国()があるから特に地球の大地に興味はないんだって。

 とかいいつつ有名どころの土とか砂とか瓶詰にしてコレクションしてるよね。

 ベッドの下に隠しててもお見通しなんだからね。

 

「…………」

 

 ゆっくりと振り向いた神様がじぃっと見下ろしてくるのに、腕を組んでみせる。

 そんな目で見ても、もう見つけちゃったものは見つけちゃったんだからね。

 

 

 

 

 

 

 いっつもこんな調子で気ままな観光を続ける私達。

 特に"悪さ"はしていないのに、懸賞金がちょこちょこ上がるのが悩みの種。

 私はともかく神様の方は鰻登りだ。

 そりゃ、まあ、うん。

 ……ね。

 

 

 私達は、空を飛べるのを良い事に"偉大なる航路(グランドライン)"を抜け出して、四方の海へと旅立った。

 船上レストランでランチしたり、一時期四皇が通っていたという島に足を運んだり、水の都で食い道楽したり、砂の王国に行って崩れた遺跡に潜ったり、おれは! お前を!! 超えていく!!! ごっこしたり。

 

 ぴゅいーん。ミューズは"ゴムゴムの暴風雨(ストーム)"を覚えた。

 神様はクロコダイルの笑い方を習得した。

 ああーっ、他人(ひと)のあでいんててーをそんな雑に!

 

 でも私も真似しちゃう。クハハ……いいかひよっこ。男は勝利も敗北も知り、逃げまわって涙を流して強くなる。()ける己の心力挿して、このおれを超えてみよ!

 ……うん? なんかまぜこぜなような。

 

 

 それはそうと、待ち望んでいたシャボンディ諸島にも行ってみた。

 遊園地ー、遊園地ーと前日の夜は眠れないくらい楽しみにしていたのに(神様は爆睡してた。なんか悔しいから顔に落書きした)、どっこいそこは海兵で溢れる悪党にとっての地獄(らくえん)

 海軍本部が近くにあるからすーぐ大将がすっ飛んでくるんだって。

 何それ! 私そんなの聞いてない!

 本当なのかなあその話。

 

 本当だった。実際に飛んできた。

 

「むぅ、"天女"さんたあ奇縁……。しかしこいつァ弱りやしたね……耳がいかれちまう」

 

 神様が偉そうな天竜人(テンナントカ)を黒焦げにした際、岩に乗ってすっ飛んできた、これまた巨漢の海軍大将さんが騒音を撒き散らす神様相手にとてもやり辛そうにしていた。

 それでも大将。藤虎(フジトラ)さんったら両目に傷があって盲目なのに強くってかなわないし、なんか執拗に私を狙ってきたので雷速でトンズラした。神様に襟首引っ掴まれてフライアウェイ。

 

 私の遊園地……。

 

 

 いつの日か、絶対遊園地で遊び倒してやる。

 そう誓った、ちょっぴり昔の日の思い出だった。

 

 

 

 

「……フフ! フフフフフ!! えれぇ有名人が来たもんだ……!! フッフフフ!!」

 

 当てのない海からところ変わってドレスローザ。

 今朝方ニュースを騒がせたドフラミンゴ七武海脱退の報を受け、私は神様をせっついてここに来たのだ。

 もちろん目的は……観光だ。

 

 ルフィさんの手助けなんて余計なお世話。

 彼には彼の冒険があって、私が手出しする権利などどこにもない。

 だからうっかりマクシムで王宮に乗り付けて、えらそーにしてる"天夜叉"さんに出会ってしまったのはちょっぴり誤算。

 ……なんて、誤魔化してみたり。

 

 彼の視線が私が羽織る正義のコートに向いた気がして、ちょいちょいと弄って見せる。

 ……すぐに視線が外された。興味ないのかな? 自分で言うのもなんだけど、変じゃない? 着物の上にコートってのはさ。

 

「この島も消そうってのか? ええ?」

「まさか。そんな事はしないよ」

「ならなんの目的があってこの国に来た……」

 

 天夜叉さんが座る大きな椅子の他に、ここにはいくつかオブジェクトっぽい椅子がある。

 ハートとかスペードとかダイヤとかがくっついてる大きな椅子。ハートの椅子にはボロボロのトラファルガー・ローがもたれかかっていた。

 そして壁際には老年の男性が鎖につながれて疲弊した顔を見せている。

 たぶんこの国の元々の王様だろう。

 

 さて、観光などと答えようものなら、きっと目の前の天夜叉さんから血管の切れる音とか聞こえてきそうだし、ここはどうするべきかな。

 ……いいや。直球でいこう。

 

「観光しにきた」

「アァ……!?」

 

 ビキ、ブチィ。

 ほらやっぱり! 天夜叉さんがおこりんぼ大会にエントリーしてしまった。

 でもさ、私が何しようと私の自由だよね。

 うちのクルーも自由そのもの。今はたぶん王宮のてっぺんでやくざ座りして下界を見下ろし、神様っぽく笑ってるんじゃないかな。

 

「んね~~、ドフィ、あいつ殺っちゃおうか?」

「……"天女"を甘く見るな……フッフフ!」

 

 やたらベタベタしたサングラスかけた人が、鼻水を垂らしながら私を指さした。

 それに何かを思うでもなく、てくてく歩いてハートの椅子に向かう。

 その途中にびゅーんと飛んできたベタベタさんを戦鬼を抜いて右へ受け流す。びゅーんって飛んでった。

 

「おお……おお~~???」

「……"天女"……?」

「なんか、あなたにそう呼ばれるの恥ずかしいな。冷血はもっと嫌だけど」

 

 血の気の無い顔を小刻みに震わせながら私を見上げたローさんの口元に人差し指を当てる。

 静かに、静かに。もう喋るのも辛そうだ。なんにも話さなくていいんだよー。

 

「フッフフ! なんの真似だ"天女"……何かローに恨みでもあるのか?」

「ないよ。なんか困ってそうだったから助けようと思って」

「アァ?」

 

 不可解そうな声など気にせず、肘置きに縫い留められた海楼石の手錠に手を這わせる。そこに囚われたローさんの腕には触れないように。……知ってるけど、知らない人だから、ちょっと気後れしちゃうな。

 

 海楼石の錠……能力者だと力が抜けるらしいけど、その感覚は未だ知らない。

 確かめるように何度か触れて、それから、疲弊した彼の顔を見る。

 ……うん、目の前で困ってる人がいたら助ける、それくらいは、私の冒険の範疇だよね。

 

 人差し指と親指で挟んだ手錠をぎゅっとガムみたいに潰して練り千切る。

 できた隙間に指を突っ込んで開いてあげれば、自由になった手を顔もとに掲げたローさんは信じられないものでも見るような顔をした。

 それから、青褪めた顔を私に向ける。

 

「……天女屋──危ねェ!」

「おっと」

 

 気迫を纏った天夜叉さんに無言の突撃を仕掛けられ、慌ててその場から飛び退く。

 空気を裂いた五本の糸が萎えて床に落ちるのを眺めていれば、今度はローさんが動いた。

 椅子から跳ね起きるようにして、天夜叉めがけて貫手を放つ!

 

「──フッフフ、ロー……瀕死のお前じゃおれには敵わねぇ……!」

「くっ……!」

 

 だけど結果は外れ。一瞬真顔になった天夜叉さんは腰をめいっぱい捻って胸狙いの攻撃を避けると、笑みを取り戻してローさんを踏みつけ、椅子に叩き戻した。ぐりぐりっと足を捻るオマケつき。

 

「ぐあああっ……!!」

「ええ? おい……なァ、ロー……お前がこうして──」

「お話し中失礼」

 

 戦鬼による居合突進。たまらずローさんを蹴りつけてふわりと宙を舞った天夜叉が離れた位置に下り立つ。

 誰かの痛そうな声を聞くのはちょっと苦手だ。

 という訳で文字通りの助太刀。

 

「こいつ~~、ガキの癖に!!」

「! 短気を起こすな!!」

 

 背後からびよーんと伸びてきたベタベタさんが両手で持った杖を、上から下へ、その先端で串刺しにしようと私めがけて鋭く振り下ろしてくるのに、振り返って、両腕を広げて待ち構える。余裕たっぷりなのを動作で表せば、かちんときたのか動きが単調になった。

 ふふっ、見え見え!

 

「「鉄塊」!」

「んなっ」

「おみ足で失礼っと」

 

 ガギンと体の表面を滑った杖で床を突いたベタベタさんが、驚愕を露わに体勢を崩す。

 そのお腹へ、裾を引いて露わにした右足をトンッとくっつける。

 あはは、その大きな体で小さい私を攻撃するのは苦労しそうだ。だからだね。隙だらけだよ。

 

「こ、この──」

「"神撃"」

 

 何事か言おうとしたベタベタさんが吹き飛んで早々城壁を破壊して消えて行った。

 ……うん、わざわざ覇気でガードしたからあのベタベタはくっついてない。良かったぁ……。

 ばっちぃのはやだもんね。

 

「トレーボル! マヌケめ……!!」

「"ROOM(ルーム)"」

「ン!?」

 

 ふおん、と半透明の壁が半球状に広がる。

 これはローさんの"オペオペの実"の能力だろう。

 けれど、これを展開するだけでもかなり辛いはずだ。

 事実、大きく飛び退いた天夜叉があっさり能力圏内から逃げ出せるほどその展開範囲は狭く、その後に何かが続く事もない。

 ああ、なるほど。つまりこれは──。

 

「オオオ、覚悟ォッ!!」

「!!」

 

 窓のない枠から飛び込んできた片足の剣士があっという間に天夜叉に肉薄し、その首を()ね飛ばした。

 ──この隙を作るための一手だった訳ね。

 

 

 

 

「お前も観光か、ミューズ」

「それどころじゃないんだよ、神様!」

 

 外へ飛び出し、「月歩(ゲッポウ)」で上昇していけば、思ってた通り神様は王宮の最も高い塔の上に座って不敵な笑みを浮かべていた。

 ……初めて来た街とかだと必ず最初にそれやるけど、楽しいんだろうか?

 

「いの一番に逃げ出すとは勘が良いじゃねぇか、"天女"!!」

「ほら来た! 逃げろ!」

「…………」

 

 ああん、神様気まぐれだ! 座ってるその真横を天夜叉が通り過ぎて、私を追って飛び出して来たって一瞥はくれても止めようとはしてくれない!

 

 糸を繰り、凄まじい速度で天を()ける天夜叉はまさに空の王者って感じ。

 バタバタとはためく羽毛のマントもピンクっていう奇抜な蛍光色なのに、悔しくなるくらい似合っていて格好良い。

 

「無駄だ! 誰もこの国からは逃げられやしない……! 今日ここでお前らは死ぬんだ!!」

「死ぬか生きるか、それは私が決める事! 私の自由だっ」

 

 ふんにっと体を一捻りして嵐脚を放てば、するりと華麗に避けられた。

 うぬー、やっぱりその自由自在の飛翔は羨ましい!

 

「フフフ! 戦争ではしてやられたが、もはやお前を子供とは侮るまい……フッフ! 強敵と! 認めよう! フフフフフ!!」

「そりゃ光栄! 天夜叉さんにそう言っていただけるなんて、ね!」

「……ンン?」

 

 Dの羽衣を引き抜いて、半円に振り抜いて半月状に広げ、そこへつま先を引っかけて足を挟ませる。

 これになんの意味があるかって? 神様蹴る以外に意味はないよ!

 

「おりゃっ! "足剃糸(アスリイト)"!!」

「!? ──"足剃糸(アスリイト)"!!」

 

 足同士がぶつかり合い、擦れ合って、擦れ違う。

 天夜叉の踵から伸びる五本の糸と、私のつま先に引っかけられて伸びる武装色に染まったゴムの羽衣が擦れ合って硬質な音を奏で、やがて私の体が回転しきるくらいに音が止む。

 

「"弾糸(タマイト)"!」

「うわっとぉ!」

 

 天地逆転した体勢から鉄砲じみた糸の弾丸を飛ばしてくる彼に、身を捻って避けながらするすると近づいて懐に潜り込む。連射したって無駄だよ!

 ガキガキってみんな言うけどさ、この小ささが私の武器みたいなもんなのよ!

 

「おらっしゃあ!」

「グオ!?」

 

 くるりと身を捻り、思いっきり足を伸ばして天夜叉の腹を蹴り抜き、天高くまで蹴り飛ばす。

 むっ、武装色を宿した両腕でガードされた! でも衝撃までは殺せまい!

 宴舞-"麦わらの型"っ。

 

「──チィッ、効く……!!」

「お前がどこの誰だろうと!」

 

 遥か空高く、城から(のぼ)る糸が空に籠を描こうとする、その中心点。

 自らが張った壁に背を打ち付けてバウンドする天夜叉をしり目に、こちらは塔のてっぺんに着地する。

 

(おれ)は! お前を!! 超えていく!!!」

「……!」

 

 あの籠をぶっ壊して被害を最小限に収めようと思ってたけれど、当然邪魔してくるならば、まずはあんたをぶっ飛ばす。

 

 ぐりっと身を捻り、両腕に覇気を纏わせて、ギッと空を睨みつける。

 いっくぞぉ、"ゴムゴムの"ぉ……!

 と、気合いを入れたところで、不穏な気配を感じた。

 

 落ちてきている天夜叉は──笑っていた。

 

「! うわっ」

「む?」

 

 私と神様が足場にしていた塔が瞬きのうちに真っ白な糸の集合体に変わってしまった。

 神様と私、それぞれ正反対に飛び退けば、そのどちらにも糸が追随して突き刺そうと迫る。

 ……先端に覇気か。でもそれ以外は普通に糸だね。

 

「よっ」

 

 矢のように迫る糸の槍を紙一重で躱し、空気を蹴って下降する。行き先は斜め下、元塔だった太い糸。

 地に頭を向けた状態で左腰に差した"ずばずば戦鬼くん"の鞘をがっちり掴み、柄に手を添えてから鞘ごと引き抜き、瞬時に抜刀!!

 敢えて斜めの切り口は、特に意味は無いけれど、たぶん本来は流動体への決定打になる。

 宴舞-"死の外科医の型"!

 

「"ラジオナイフ"!」

 

 どっぱぁん。

 気持ちの良い音をたてて千切れた糸が飛散し、元の姿を取り戻して落ちていく。

 こと、能力によって作られたものなら糸だろうが黄金だろうが、海楼石製のこの刀で斬れないものはほとんどない!

 覇気纏わせられてると話は変わってくるけども。

 

 私は体の上下を元に戻して、近くの屋根──ここもまた城の上へと着地する。

 すかさず納刀、しっかり鞘を帯に挿してっと。

 

 次いで羽衣を手に取って、腕を振って羽衣を伸ばし、ゴムの特性を発揮させる。

 何メートルも長くなった羽衣を波打たせ、根元を引いてその山と谷を私の周囲へ引き戻す。

 私を囲むように高く高く波打つ羽衣へ覇気を流し込めば、自然系(ロギア)も貫く槍の完成だ。

 

「宴舞-"天夜叉の型"」

 

 たゆたう山の数は十五、先端一つを合わせて十六。

 十六発の聖なる凶弾……!

 

 天井を蹴って空へ飛び出す。羽衣の槍も十六発、しっかりと伸びて空にいる天夜叉を狙う。

 

「"(ゴッド)──"」

「"超過鞭糸(オーバーヒート)"!!」

「スわっちゃあ!?」

 

 突撃に合わせて放たれた熱持つ糸をすんでのところで避ければ、王城の角がスパンッと斬られた。

 ふいー、危ない……羽衣も無事だ。覇気纏わせてるからそう簡単には切れないとは思うけど……。

 くそー、技を潰してくるなんて、なんてせっかちな奴!

 

「余所見してる暇はあるのか!?」

「うわっ!」

 

 風を引き込むような接近を見せた天夜叉が指をたてて私を貫こうとするのを"自然系(ロギア)の型"で避ける。そうすると残像を貫いた彼の顔が険しく歪んで、ちょっと横にずれた私を睨みつける気配があった。

 

「テメェ、なんの能力者だ……!?」

「……ソラソラの実の大空人間。ああちっぽけな人間よ、この空そのものに挑むとは愚かなり」

 

 とかてきとう言って煽ってみれば、こんな子供に馬鹿にされるのは鼻持ちならないのか、あっさり額に血管を浮かせて苛烈な攻撃の姿勢を見せた。

 ざあっと不穏な気配が広がる。散らしたはずの糸が伸びてくる。

 おお、中々捌き辛そうな数……!

 

「ほざきやがって……! 1000本の――!!」

「ミンゴォ!!!」

「――に!?」

 

 ボコォンと。

 城の天井を破壊する音が聞こえた時には、もうルフィさんは天夜叉のお腹に突き立っていた。

 しかしさすがは七武海か、この不意打ちに腕での防御は間に合わずとも、お腹を覇気で染めて防いでいる。

 

「どけミューズ! こいつはおれがぶっ飛ばすんだ!!」

「は、はい! お任せしますね!」

「ふんぬっ……"火拳銃(レッドホーク)"!!」

 

 勢いのある声をかけられると、胸が熱くなっていけない。

 身を引く以外に選択肢がなくなったので言葉通りのその場からの離脱をはかれば、ルフィさんは後方に伸ばした腕を発火させて天夜叉に殴りかかった。

 それは覇気を纏った足で防がれたけれど、当然そこで攻撃が止まるはずもなく。

 

「"麦わら"ァ!」

「ミンゴォ!!」

 

 お互いを呼び合いながら拳や腕、蹴りや足の応酬をしつつ落ちていく二人を見送って、私は空を仰ぎ見た。

 まだ"鳥カゴ"は完成していない。

 ならばやる事は決まってる。

 

 本気の本気、超特急で糸が降るその下をくぐり、てっぺんを目指す。

 その頂上。足が切れてしまわないよう硬化させてから下り立てば、四方八方に伸びる糸から広大な国を眺める事ができた。

 ……私の目的は別に観光じゃないんだから、のんびり眺めている意味は無い。

 なんか王宮のある台地がせりあがって、それ以外は沈んで行っているけれど、それもまた今気にする必要は無し。

 

「ありゃ、斬れないや」

 

 手始めに戦鬼を抜いて斬りつけてみたけれど、ううん、どうにも強力な能力の行使……たしか記憶では海賊狩りの人ですら斬れてなかったはずだから、未熟な私が斬れるはずもないか。

 でも海楼石なのになぁ……むむむ。

 

 それなら手を変えよう。

 鞘に戦鬼を収め、屈んで糸の中心を見つめる。

 線の集合地点だから、中心を見つけるのは容易い。

 

「ええと、うんと……でも中心小っちゃいなあ」

 

 両手を竜の爪の形にして武装色の覇気で真っ黒に染め上げ、しかし中心にどう添えれば良いのかに悩む。

 平面じゃないし、分厚い石とかじゃないし……。

 ……こう、指をちょこんと置いて、両手で挟む形にして……よしよし。

 

「宴舞-"革命の型"……"竜の"」

 

 ぐっと両腕を押し込めば、糸が歪み、亀裂が走る。

 それを見て確信を持った私は、体全体で体重をかけるように力を入れた。

 

「"息吹"!!」

 

 糸の一本一本に余すことなく力が伝わっていく。

 ……ほどなくして、"鳥カゴ"はその形を成す前に消滅した。

 そうすると、私の体は空のただなかに放り出されて──。

 

「ぃやっほー! きもちいー!!」

 

 ノーロープダイブするみたいに自由落下を楽しみ、大破壊の余韻に浸る。

 はー、誰かの真似するのも思いっきり頑張るのも、全部全部楽しくって良い気持ち!

 鼻唄とか歌っちゃう。ふんふふふ~。

 

「"影騎糸(ブラックナイト)"!!」

「……って、そりゃ怒るよね!」

 

 声からしてすでに怒りが滲んでいるし、自慢の鳥カゴを阻止されちゃあ私を放っておく訳もないよなーと思いつつ下を見れば、なんか天夜叉が十五人くらい向かって来ていた。

 ……いち、にい、さん……数え間違いじゃない。きぅちり十五人、怒りの形相でびゅんびゅんと。

 ……なにこの数!?

 

「やはりテメェは始末しねぇといけないようだなァ!? "天女"!!!」

「熱烈……! ちょっとピンチかな……!」

 

 ルフィさんの相手をしながら私の相手もこなすって、本当凄い人。

 けれど私だって負けてられない。

 

「"天女でん──"……"影騎糸(ブラックナイト)"」

「!?」

「増えやがるか……!!」

 

 引き付けて、接近を許して、それぞれが私を囲んで糸を振りかざしてきたところで、はい、分身の術~!

 って、まあ、さすがに驚いてはくれても怯んではくれないよね。天夜叉の偽物、"糸ミンゴ"はそれぞれすぐさま攻撃を仕掛けてきた。

 のを、私達は戦鬼を抜いて防ぐ。

 

「本物の天夜叉さんならまだしも、能力でできた影武者じゃねえ……舐めすぎじゃない?」

「……!!」

 

 ……なんてタンカ切ってみたものの、最初の二、三体が戦鬼でただの糸にされて崩れ落ちるのを見ると、それぞれ武装色を纏い、距離を取り、中距離戦闘に切り替え始めた。

 一筋縄ではいかないか。そうこなくちゃあ面白くない。

 

「私も空を駆けるのは得意なんだ。一勝負行こう!」

「フッフフフ! 空でおれに挑もうたァ見上げた度胸だ……死ね、"天女"!!」

「死なーん!」

 

 "超過鞭糸(オーバーヒート)"乱れ撃ちを戦鬼で弾き、蹴りつけて粉砕し、羽衣で受け流し、とにかく避けて避けて避けまくる。

 体動かすついでに嵐脚乱れ撃ち! 飛ぶ斬撃もおまけにつけよう。"三百六十煩悩鳳(ボンドほう)"!

 あ、私に当たった。まあいっか私だし!

 

「──!」

「ぐむ……!」

「お、かたまったね。宴舞-"天女の型"」

 

 手を休めず体を止めず、常に遠距離攻撃を繰り出し続けていれば、三体、四体、五体……一箇所に集まっている。

 そうなるように誘導したのもあるんだけれど、結構上手くいくもんだ。

 

「"八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の舞い"」

 

 シャシャッと動いて出した八体の分身がかたまった糸ミンゴを取り囲み、とりゃっと一斉に戦鬼で斬りかかる。

 私は一足先にちょっと下へ離脱。追ってくる奴は追加で分身出して足止め足止め……よし、このくらいでいいかな。

 

 少々距離をとった私は、地上に頭を向ける形で空にいる糸ミンゴの群れとたくさんの私のグループを見下ろし……見上げ? て、着物の裾をぐいっと太ももまで引いた。

 そこに巻き付けてある黄猿のレーザーを起動させれば、技の準備は万端。

 

「"天照大神(アマテラスオオミカミ)の舞い"」

 

 一秒チャージ、のち発射!

 これだけでも並の海王類くらいなら簡単に風穴あけられちゃうんだから、レーザーって凄いよね。

 

 これを相手が全滅するかエネルギー切れが起こるまで放つのがこの技だ。

 糸ミンゴも私も全部纏めて穴あけにするこの技、海の上なら太陽を背にして放つんだけど、さすがに下が街とあっちゃあそうはできないからこんな体勢になってしまった。

 強い奴なら直接踏みつけて放つ事もしばしばある便利なものである。

 

 飛んで逃げようとしても無駄。だって発射元は足だもん。くいって動かせばそれだけでそっちに弾幕が向く。

 本物ならまだしも影武者じゃねぇ……あ、当たった。死んだ。

 

「よし、終わり!」

「──だといいがなァ?」

「ひゃぎゃー!?」

 

 全部やっつけたと思ったら、後ろから糸に切りつけられてびっくりする。

 ひえ、覇気間に合ったけど切られた! 痛い! あわわわ、やばいやばい!!

 

「"降無頼糸(フルブライト)"!!」

「んにゃろっ、「鉄塊」!!」

 

 振り向こうとすれば、その動作を予測してか上から数本の糸で串刺ししようと迫らせてきて、慌てて防御に入る。

 五本ある糸のうちお腹に突き立ったのは三本。左右の二本は両腰を抜けていった。当たり判定小さくてごめんね!

 

「……ダイヤか何かでできてんのか……!?」

「へへん。私の「鉄塊」はアダマンタイトなみなのだ!」

「この、目障りなガキがァ!!」

 

 フルブライトって技も私の体は貫けず粉々に砕けてしまった。お腹は痛いけど、それだけ。

 激昂した天夜叉……いや、これも糸ミンゴか。が蹴りかかってくるのを足でガードして、カウンターの"大神撃"で打ち返す。ばらばらになって落ちていく糸ミンゴにVサインをビッと差し向け、勝利宣言!

 いぇーい、勝ち!

 

「拍手でもしてやろうか?」

「うわっ、わああ、しつこいやつ……!!」

「フフフフフ……! いくらでも戦え……もっともおれは糸だ。何人倒そうが無限に湧き続けるがな……!!」

 

 はああ!? 何それ反則!

 いいなあ、いいなあ。私の分身って結局私が一人で早く動いてるだけだもん。本当の意味での分身、私も欲しいなあ!

 

「消耗しろ……お前を地に叩き返してやる」

「自分の上取られるのがそんなに気に入らないんだ!?」

「フフフ! フフフフ!!」

 

 振るわれる手と糸。繰り出される足と糸。

 戦鬼を振るい、回し蹴りで打ち返し、大神撃で吹っ飛ばす。

 ……また新しいのが来た! ほんとにしつこい!!!

 

「落ちろ! "天女"!!」

「お前が落ちろー!」

 

 ギココッと固めた竜の爪を振り抜けば、合わせて放たれた糸ミンゴの手が焼けて砕けて空に散った。

 

 

 

 

『勝者ぁ、ルゥゥゥゥシィイイイイイイ!!!』

 

 

 ……なんか、私が糸ミンゴの群れに泣かされてる間に全部終わってたんだけど。

 というか鳥カゴ発動してたんだけど。

 ……神様、私疲れた……もう糸ミンゴの相手するの疲れた……。

 いや、糸ミンゴはさっき勝手に自壊して消えたけどさ……どのくらいかな、ずーっと糸ミンゴの相手させられてて……くたくただよ。なんで神様助太刀してくれないの? 私めっちゃピンチだったのに。

 

 ほら、振袖がズタズタだよ……珠のお肌にもたくさん傷できちゃったよー。貧血でくらくら。クリームソーダ作って持ってきて、今すぐ! はやくする!

 ……おねがい神様ー。おーい。

 

 

 ……聞こえてる癖に来てくれない!! 神様のばか!!!

 

「ひにゃああ!」

 

 一休みしようと民家の上に下りれば、瓦礫で滑って落っこちた。

 うう、まぬけ……何この災難……。

 私はただ、ルフィさんの勇姿を一目見ようと神様小突いてこの国に来ただけなのに、どうしてこんなに痛い思いをしなくちゃならないんだろう。

 ……見にきたからかー。自業自得ってやつだな。

 

「……うん?」

「……あっ」

 

 ……サボさんだ。

 サボさ……えっ。

 ……サボさんだ。

 

「……?」

 

 ……サボさんに会っちゃったよぉもぉー!

 顔合わせらんないから会わないようにしようと思ってたのに!

 

 電伝虫を片手に何か喋っていた彼は、今は口を閉じてじっと私を見ている。

 ……ひっくり返って壁に背中預けてる私を。

 だらーんと垂れた髪が地面に当たる感覚に、ごくりとつばを飲む。

 

「……、……」

 

 電伝虫の向こうからはひっきりなしに懐かしい声が聞こえてきていて、ああ、通信相手ってコアラさんかーと思いつつ、とりあえずみっともない格好から抜け出して正座する。

 ……コートが挟まっちゃってたので腰を上げて引き抜き、改めて座る。

 

「……! やっぱりミューズか! ……生きてたんだな!」

「……はい」

 

 ぱっと笑顔になったサボさんが歩み寄ってくるのに、観念して立ち上がる。

 うう、顔合わせ辛い。心配かけちゃってただろうし、私はなんにもできない事ばっかりだったし……。

 

「今日は良いニュースが目白押しだ。きっとみんなも喜ぶ! ……だが悪いニュースも同時にきたかな……海兵になったのか、ミューズ」

「あ、いぇ、今はその……海賊、やってます……です」

 

 久し振りに会ったから上手く話せなくて、視線は彼の足に固定される。

 海賊と聞いて黙ってしまったサボさん。……海賊なんて……怒るかな。

 

「っ、ひゃあ!」

 

 ボッ! と彼の方から炎が噴き上がって、驚いてしりもちをついてしまった。

 やっぱり怒ってる!? 怖い!

 

「っと、ごめんな。驚かすつもりはなかったんだ。まだ能力に慣れてなくて」

「あ……」

 

 手を伸ばしてくれるサボさんに、無意識にその手を取って助け起こしてもらう。

 大きくなったな、なんて言われて、頭をぽんぽんされた。

 ……ううう。

 

「……火が」

 

 頭の上から離れた手には火がついていて、思わず呟けば、彼は笑って説明してくれた。

 

「ああ、おれは能力者になったんだ。……兄弟の形見さ」

 

 ……そこまで話してくれるんだ。

 その信頼が辛くて俯く。だって私、恩返ししようとして、できなくて……。

 

「わり、急がないといけないんだ。再会を喜びたいところだけど……じゃあな」

「えっ、え、サボさ……」

「ついて来たいなら来いよ。歓迎する。……でも、お前にはお前の冒険があるんじゃないのか?」

 

 くるり、背を向けたサボさんに意外に思って声をかければ、そんな返答。

 ……そう、かもだけど……私、あなたに恩返ししたいなって思ってて……でも、どうすれば良いのかわかんなくて。

 

「ん。そうだ、これ」

「……ビブルカード?」

「知ってたか。うん、渡しとく」

 

 ふと気が付いた様子をみせた彼は、振り返って懐から取り出した紙を少し千切ると、私に手渡した。

 

「それを渡したからといって、必ず会いに来いとは言わないさ。ただ……」

 

 瓦礫の崩れる音が遠くに響く。

 帽子を押さえ、位置を正したサボさんは、昔と変わらない笑顔で私を見下ろしていた。

 

「帰る場所があるって事だけ、胸に置いといてくれ」

 

 ──そう言って、サボさんは歩き去っていった。

 

 胸に手を押し当てる。その内側に握ったビブルカードを、決して離さないように。

 

 ……帰る場所、かぁ……そっか。

 そっかぁ……。

 

「何をにやついている」

「あ、神様」

 

 バリッと耳に心地良い音がして、振り返って見上げれば、崩れた建物の上に神様が座っていた。

 帯にビブルカードを大切に仕舞い込み、なんでもないよと答えれば、鼻を鳴らして下りてくる。

 その手には中身の詰まった瓶が握られていた。

 ……ばれてるからって、もう隠そうともしないのね。

 

「もうっ、神様ってば、私放っておいて良い土探してたの?」

「私の勝手だ。どうだミューズ……上質な大地(ヴァース)だろう? ……星三つ」

「え、ランク付けしてるの!?」

 

 ちょっと想像できない事態を突きつけられて驚けば、神様はへの字口を私に見せた。

 文句あるかーって顔。

 べつに、文句なんかないよ。好きにして!

 

「ウィ……ハッハ……! 革命軍……!! こいつの情報を持ち帰れば、失態にゃならねぇ……ウィッ……ハッハ……!!」

「……ん?」

 

 ずんぐり。

 なんか大きな男がよろよろとしてやって来た。

 さっきの瓦礫の音はこの人かな? 体に色々くっついてる。

 ……それと、黒焦げだ。

 

「……ウィー──!?」

 

 跳躍の体勢に入ったその人の前にすっと割り込めば、彼はぎょっとして私を見下ろした。

 

 黒焦げで思い出すのは、さっきのサボさんの炎だ。

 って事は、この人サボさんにやられたっぽいワケで。

 サボさんが攻撃するって事は、かなりの悪党でしょ?

 

 ……というかこの人、黒ひげのところの隊長格だよね。思い出した思い出した。

 ああ、黒ひげには良い思い出はないなあ……。

 

「なんだこのガキ……! ──……"天女"か!?」

「……どうした、ミューズ。その男、知り合いか?」

「ううん、知らないおじさんだよ。知らないままおしまいにするの」

「ヤッハハ、そうか! ……鬱憤晴らしか」

 

 うっ。

 ……神様に図星を突かれた。

 糸ミンゴの相手いっぱいさせられてイライラとモヤモヤが溜まってるから、攻撃して良さそうな悪党が出て来てくれた事に内心大歓喜してたんだけど……心網(マントラ)ずるい!!

 

「ちょうどいい! てめぇの首も獲れば大戦果だ!! ウィーハッハ!!」

「とれればだけどね。宴舞-"マグマグの型"」

 

 しゃきーんと大振りのナイフを引き抜いて襲い掛かってくる……えーと、バー……ナントカさんを前に、しゃがんでから羽衣を地面に突き刺す。

 思い切り引き抜いたゴム布は地面との摩擦で大発火。その半ばに開いても握ってもいない手を突っ込んでグイッと引っ張る。ゴムに私の手が浮かんだ。

 ついでに足をバネにして大ジャンプ!!

 

「"冥狗(めいごう)"!!」

「────!!!」

 

 見開かれた目を最後に、彼の顔をバクンッと握り潰しておしまい。

 大質量が倒れ伏すのを横に避けて、それからわき腹をつま先でつついてみる。

 ……よしよし、まだ生きてるな。海軍にでも引き渡そう。

 

「いいのか。トドメを刺さなくて」

「うん。インペルダウンで罪を償ってもらおう」

「ヤハハ! "海賊"の言うセリフではないな!! ヤッハハハ!!」

 

 おおう、何が神様の琴線に触れたのか、突然大笑いしはじめた。

 まあ、愉快そうで何より。機嫌が良いと話し相手になってくれるし、お皿洗いとか洗濯物とかも手伝ってくれるようになるので、こっちとしては助かるんだけどね。

 

「さ、たしか今この国に大将さん来てたでしょ。そっち行こう」

「いや、私は城に用がある」

「自由だねほんとに! ここはついて来てくれるところじゃないの!?」

 

 バーナントカさんを担ぎ上げて神様を誘えば、気まぐれな彼は言葉もそこそこにバシッと姿を消した。

 ……ここに来たの、私にコレクション見せびらかすためだけかい!!

 しょうがない。さすがに大将相手だと、ポイ捨てして何もなくトンズラとはいかないだろうから、神様の力を借りたかったんだけど……。

 

 はぁ……ドンパチする心の準備しとかなくちゃ。




TIPS
・海楼石製特製トランプ
海軍時代、科学部に入り浸っていた時に手持無沙汰だったので作ったジョークグッズ。
投擲武器にするつもりだった。

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