ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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第十話 "天夜叉"のサイン

 きゃー遅れちゃう!

 ライブ直後、二人と別れて本部の廊下を猛ダッシュするのは、今をときめくスーパースクールアイドルのミューズだよ。

 大事な会議があるのに、着替えやらなにやらに手間取ってとっても時間が押してるの!

 

 せっかく王下七武海が集まるって聞いたんだ、この日を逃す手はない!

 絶対サインをもらうんだ!

 

 ……やっぱミーハーかな。

 今さらか。海兵が海賊のファンでも良いんじゃない?

 いちおう分類上は味方だし。

 

 「月歩」「剃」と惜しみなく使い空中を駆け、ちょっと他の人驚かせちゃったりしながら会議が行われている上階を目指す。

 やっとこ辿り着いて、やけに大きな扉の前へ滑り込んだまでは良かったのだけど……。

 

「!? 冷けっ、ミューズ少将!?」

「なぜここへ……?」

「はぁ、はぁ……あー」

 

 少しあがってしまった息を整えつつ口元を拭い、しっかり立って、扉の両脇を固める海兵の顔を順繰りに見る。

 どちらも見覚えは無いし、正義のコートも羽織ってないし、平海兵かな。

 しかし困った。そうだよね、警備している人はいるよね。

 

 大事な会議がある、とは言ったものの、実際は私は呼ばれてない。

 中将か、もしくはその部下の海兵かくらいじゃないかな、会議に呼ばれるのは。

 

「すみませんが、通していただけませんか?」

「はっ、あ、いえ! それはできかねます!」

「その、会議中は許可ある者以外の入退室は原則禁じられていますので……」

 

 歩み寄っていけば、二人の海兵はたじたじになりながらそう教えてくれた。

 七武海が海軍側とはいえ、みんな元は荒くれものの海賊だ。下手に刺激すれば反旗を翻されるって危惧もあるのだろう。……そんな短気な海賊ならはなから七武海には選ばれないとは思うけど。

 でも災禍の種は寄せ付けないのが基本だよね。

 

「弱りましたね……大事な用事があるのですが」

「そ、そう言われましても、き、規則ですのでっ!」

 

 むー。こればっかりは勝手に押し通る訳にはいかない。

 どうしたものかなーと腕を組んで考え込んでいれば、扉がほんの少しだけ開き、別の海兵が顔を覗かせた。

 寄っていったガードマンの一人とこそこそ話し合うと、揃ってこっちを見て、またこそこそしだす。

 ……なに? ひょっとして中にいる誰かが「騒がしい!」とでも怒ったのかな。……サカズキさんいる? 違う? 誰だろう。

 

「あの、入ってよろしいと……」

「ほんとですか? よかったぁ!」

 

 お叱りの言葉かとその場で気を付けしてそわそわしていたのだが、どうやら入室許可が下りたみたい。

 どうも、どうもと扉両脇の二人と私を待っている海兵くんに頭を下げて会議室にいれてもらう。

 

「なんのご用事かな? ミューズ少将」

 

 広い部屋だった。

 会議室ってもっとこぢんまりしていて息苦しそうだと勝手に想像してたけど、ここは天井も高いし、向こうにある窓は……ガラスの無い、そのまま外に繋がっているもので清々しいくらい。

 ああ、そっか。七武海には体の大きな人達もいるもんね。それでこんなにお部屋が広くて、扉もあんなに大きかったんだ。

 

「あ、えっと……あの、会議は? 終わってしまった……の、ですか?」

「うん?」

 

 一番に私に声をかけてきたのは、こちらに背を向ける形で椅子に座り、顔だけを向けてきているセンゴクさんだった。制帽の上のカモメと帽子に潰されたアフロ、顎髭が編まれて垂れている丸眼鏡のチャーミングなおじさん。他にも中将達が横目で私を窺っている。ので、その場で敬礼。上下関係はしっかりとしなくちゃだからね。

 

 来訪したのが私だとどうしてわかったのかは知らないけれど、センゴクさんはどうやら自分に用があるんだと思っているみたい。

 私の目的は七武海だけどね。

 けれど……巨大な丸テーブルは海軍側以外はガラガラだ。七武海側で座っているのは"鷹の目"さんと……"天夜叉"さんしかいない。どっちもちゃんとした座り方ではないのが我の強さを窺わせる。

 

 おかしいな、他の、ほら、"くま"さんとか"でからっきょ"さんとかどこ行っちゃったんだろう。やっぱり会議はもう終わっちゃったの?

 

「ンン? オイオイ血迷ったか……今、おれの耳にゃあ……そのガキが"少将"と呼ばれたように聞こえたが?」

 

 ふわふわもっさもさのピンクの羽毛を纏った大男が、笑みを浮かべた顔を私に向けてきた。"天夜叉"だ。変わった形のサングラスが格好良い。たしか、目が日の光に弱いんだっけ?

 

「…………」

 

 組んだ足を机に乗せて、寛いでいるような体勢で私に視線を寄越すのは、"鷹の目"。名前の通り鋭い眼差しだけれど、ややすると興味を失ったみたいに視線を外されてしまった。

 ああっ、地味にショック! いちおう刀の練習もしてるんだけど、お眼鏡に(かな)わなかったみたいだ。

 

「それで? なんでこいつをここに招き入れた」

「ミューズ少将。何用かな」

 

 再度問いかけてくるセンゴクさんに、苦笑いを返そうとしてなんとか表情筋を押し留める。

 ううん、なんと言ったものかな……っとぉ!?

 

「お? お? おおっ!?」

「え? あの、どうしました、少将殿?」

 

 後ろに控えていた海兵さんが声をかけてくれたものの、私は勝手に持ち上がった自分の手に驚いていてお返事する余裕が無かった。

 抗おうと力を込めてもやっぱり勝手に動く手は、徐々(じょじょ)に腰に差した刀へと伸びている。

 おおー、これは……!

 

「フフ! フフフ!!」

 

 確認のために見れば、"天夜叉"さんが手を突き出して長い指を蠢かせている。

 うん、間違いなく糸に寄生されてるな、これは。

 でもドスッて刺された感じは全然しなかったんだけど……おかしいな。

 まあいいや。このまま刀抜かされちゃったら大目玉で降格謹慎処分雪崩の如し。それは嫌なので、はい、どーん。

 

「ン? ……なに、しやがった……!」

 

 愉快そうに私を操ろうとしていた"天夜叉"さんは、操り糸が切れてしまった事を察すると、顔を歪めて私を……たぶん、睨んだ。サングラスで視線が隠されているから、よくわかんないけど。

 

 そしてそれは秘密。私のオリジナル……ではないけれど、編み出した技とだけ言っとこう。

 ……あ、今自由に喋ったりはできないから心の中でだけ思っておこう。

 

「やめんかバカが。まったく」

 

 センゴクさんは額を押さえて頭が痛そうにしている。

 あっ、その顔、その仕草! 革命軍時代によく見てたサボさんのとそっくり!!

 でもサボさんはおんなじくらい笑顔も見せていたけれど、センゴクさんは怖い顔ばっかりだ。

 まだあまり接した事が無いから普段どんな顔をしているかはわからないけど、なんとなくサカズキさんとおんなじ感じのような気がした。

 

「チッ。おい、このくだらねぇ話し合いももう終わりだろう? 帰らせてもらうとするぜ」

「うむ、いいだろう。今後の方針は決定された。それでは――解散!」

 

 腹に響くセンゴクさんの、半ば怒鳴り声によって、たった今会議は終わりを迎えたらしい。

 ……という事は、もしかして七武海は最初から二人だけしかきてなかったってこと?

 えええ、大事な会議じゃなかったの!?

 ……それとも、この集まり具合が普通なのかな。式典が毎年やってるなら、この会議だって毎年やってるだろうし……重要度はさほどなかったのか。

 

 

 

 

 

 何の用事か、どうして来たのか。

 センゴクさんの追及から辛くも逃れ、冷や汗を流して会議室を後にする。

 なんか最後に中将に昇進させるよって言われたけど今はそれどころではない。

 

 あの場じゃあどれほど強い心を持っていようと、未だ座ったままだった"鷹の目"へ寄っていって「サインくーださーいな」なんて言える訳なかった。……たぶんそれ言ったらサカズキさんに伝わって六十四段鏡餅頭に作ってもらう羽目になっただろうし。

 

 うぐー、私、この日を楽しみにしてたのに!

 もとより七武海が二人しかいないんじゃテンション下がるし、うう、この際どっちかからだけでもサイン貰いたいんだけど。

 だって、前に麦わらの人達に貰ったサインは燃えちゃったんだもん! 私の大海賊コレクション、まったくこれっぽっちも集まってない!!

 

 超海兵コレクションは三大将と中将二名と大佐一名と曹長二名分集まってるんだけど。

 これはこれで宝物。この時代を生きてる証。ふへへ、墓まで持って行こう。

 

 とかやってる場合ではない。

 廊下に人目が無いのを確認し、窓から外へ飛び出して、空気を蹴って空を舞う。

 剃刀の如き軌道で超特急。空の道を行く"天夜叉"さんの背中を捉え、その眼前へと回り込む。

 

「……さっきのガキ」

「どうも」

 

 空中でぴたりと体を止めた"天夜叉"さんが呟くのに、まずは挨拶する。

 リズムよく空気を蹴って高度を維持しつつ、ぺこりとお辞儀。礼儀は必要だよね、これからお願いごとするんだから。

 

「フッフッフ! 先程の仕返しにでも来たか? だが……いいのか?」

「ああいえ、そのような意図はないのでご心配はいりません」

 

 その言葉は、七武海に手を出せば、とかそういう意味があるんだろうけど、別に諍いを起こす気はないので誤解を解こうと言葉を紡ぐ。

 

「ならどういう用件だ。どういうつもりで……このおれの前を塞いでいやがる」

 

 笑顔のままほんのりと怒りを見せる彼に、どう伝えれば上手くいくか悩みながらも言葉を選ぶ。

 ……直球の方が成功率は高そう。下手な小細工は怒りを買ってしまいそうだもんね。

 

「あの、私、あなたのファンなんです。サインください!」

「ァア? サインだぁ? ……くだらねぇジョークだ……」

「いえ、本気です。こちら色紙とペンです」

 

 制服の中に隠していた真新しい色紙とペンを取り出せば、私の本気度が伝わったのだろう。一瞬真顔になった彼は、次には背を反らすほど体を動かして大笑い。

 愉快そうで何よりです。その上機嫌さを保ったまま、ここに『ミューズちゃんへ♡』って書いて欲しい。あ、ハートマークは言葉を囲むようにでっかく! でっかくね!!

 

「薄汚ねぇガキが……! ブチ殺されたくなけりゃあ逃げ出しな……!!」

「あれっ」

 

 機嫌がよく見えた"天夜叉"さんは、しかし体を戻した時には額に血管を浮かせて、声に怒りまで滲ませている。

 私が海兵だから駄目なのかな。それとも、ああ、それともあれかな。

 

「その、言っちゃえば私、下々民(しもじもみん)とかですし……拒絶されても仕方ないかもですけど……」

 

 元々世界貴族だった訳だし、普通の人である私にはそういった施しとかはしたくないのかなあと思って、でも欲しいから食い下がろうとすれば、顔の横を小さな何かが通り抜けていった。

 見れば、"天夜叉"さんが私の顔へ人差し指を向けている。指先から上る煙が、まるで銃弾でも発射したみたいな余韻を残していた。

 

「てめぇ、何を知っている……!」

「あ、はい! もちろん色々知ってます!」

 

 彼の問いに、待ってましたと手を挙げる。はいはいはい! って元気よく。

 

 記憶の中の誰かって、強い敵には目が無かったのだ。

 一番好きなのは月にいる神様だから、私も感化されて大好き! なんだけど、強くなった麦わらさんを苦しめた"天夜叉"さんももちろん大好きで、なのでたくさんの事が記憶に残っている。一つ一つはっきりと挙げられるくらい。

 

「裏ではジョーカーって呼ばれてたり、時代はSMILEだ! とか、そうそう悪魔の実には覚醒という上の世界(ステージ)がある! とか!!」

「…………」

「"イトイトの実"って"超人系《パラミシア》"なのに、そこまで極めるのほんと凄いです! 尊敬しちゃいます!! 技、見てみたいです!! なんかやってほしいです!!」

「…………」

「なのであのっ、あの、サインください!!」

 

 なにが「なので」なのか自分でもわかんなくなってきてしまったけれど、なんとか最後まで噛む事無く言いきれて、私はドキドキする胸をそのままに、色紙とペンを突き出した体勢で固まった。

 

 長い長い沈黙が私達の間に降りる。幾度か風が吹いて正義のコートを揺らした。彼の纏う羽毛が擦れ合う音もよく聞こえて、ぽかぽかとした日差しが背中を暖め始めた頃に、ようやく彼の答えが聞こえた。

 

「ああ……いいぜ。"サイン"ならいくらでもくれてやる」

「! ほ、ほんとで――ッ!?」

 

 嬉しい言葉に顔がにやけそうになるのを押さえながら勢いよく顔を上げた私は、彼の笑顔を見た。

 そして、突き出された手の平から伸びる太い糸が私の胸を貫いているのもまた、よく見えた。

 

「"超過鞭糸(オーバーヒート)"……死の"サイン"だ」

「っげ、ぇ」

 

 糸が引き抜かれ、噴き上がる血と共に私の体が落ちていく。

 海に叩きつけられ、波に飲まれて沈んでいった。

 

「フッフッフ!! 迂闊なガキだ、ベラベラ喋りやがって。……だが、どこから漏れた?」

 

 しばし考え事をしていた"天夜叉"さんは、今後はもっと慎重に動こう的な事を独り言ちると、両腕を振って糸を飛ばし、雲に引っ掛けて飛翔していった。

 

 その姿が見えなくなるまで、静観。

 

「……、……。……ぷふー、やりっ!」

 

 息を潜めて彼の背中を見送った私は、遥か雲の上からさっきまで私達がいた場所まで降りて思いっきりガッツポーズをした。

 サインは貰えなかったけど、技は見せて貰えたよ! "天夜叉"さんったら太っ腹ね。

 オーバーヒート! ……かっくいい!! 痺れる!!

 ……ううん、何か武器があれば再現できそう。

 

「そうと決まれば、以前から考案してたアレ、科学部に作ってもらおうっと!」

 

 上機嫌になって鼻唄を歌いつつ、両腕を振って"天夜叉"の真似っこで空を駆ける。

 絶対この技、ものにしてやるぞー!

 




TIPS
・なぜか生きてる少将ミューズ
いくら能天気なミューズでも生身を七武海の前に晒したりはしない。
これがミューズのオリジナル技……かも?

・天夜叉
生かしてどうやって知ったのかを知るより、知りすぎた者を始末する事を優先した。

・超海兵コレクション
青雉はおでん屋さんにて気前良くさらさらと。
黄猿は直談判しに行けば愉快そうにしながらサインしてくれた。
赤犬は差し出したペンと色紙を燃やされて、立ち去られてしまったのに気落ちしていれば
半紙を持ってきて筆で一筆。さすがにハートマークはなかったが、「ミューズへ」とは書いてくれた。

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