探偵3人はグールたちについて洞窟を進んでいる。その洞窟は広大であり、更には異界めいた見たこともない生物の数々が目についた。坂東はそれに驚きこそすれ動揺する事はなかったが鵺野と内亜はそれによって精神を揺さぶられていた。
「浩志さんまだ到着しないんですか? 私は早くここから出たいのですけれど」
鵺野が縋る様な声で浩志に問いかける。
「もうそんなに距離はないから耐えてくれ、内亜君もね」
「はい」
そんな感じで一行は洞窟を進んで行たが、ある地点から徐々に浩志、タダマルが酸欠に酸欠になったかの様に苦しげになり、ついには膝をついてその場に倒れてしまった。
「浩志さん!」
それまで直接光源を向けていなかったので分からなかったが浩志、タダマルは滝の様に汗を書いており、呼吸は荒く顔は病的なまでに青白くなっていた。
「心配するな京くん。何とか立てそうだ」
「グググ、ドウヤラ結界ノヨウダ。ココカラ先ハオ前達ダケデ頼ムゾ」
「分かりました。行くぞ京、内亜」
「了解」
「はい」
………………………………………
人真会への入り口は自然の迷彩を利用する様に一目見ただけでは分からない様になっていたが、3人とも観察力が一般人に比べて優れていたかつ、慎重に確認しながら進んでいたので見逃さずに済んだ。
またそこには時間のためか、或いはこの様な事態を想定していないためか、見張りや監視装置などば一切存在しない様であった。
「穴自体はかなりの大きさだけど見張りも監視装置もなしとは……随分無警戒じゃあないか」
「全くだ。と言いたいが結界がある様だしな、これで十分かもしれん。普通の人間はこんな所に来ないだろうしな。それより内亜、お前大丈夫か?顔が青いぞ」
「いえ、問題ありません」
「問題があれば遠慮なく言ってよ千弥。私たちは貴方の力になるつもりだから」
「ありがとうございます所長」
………………………………………
〈人真会、地下通路〉
洞窟は無造作に地下通路につながっており、3人は乱暴に開けられた穴から暗い廊下に出た。
「この穴、いつ開けたんだろ?」
「そう言えば、おかしいですよね。結界があるはずなのにここまで穴を掘れるなんて」
「昔、グールたちが襲撃をかけたが失敗してそれで結界が施されたんじゃないか?」
「かもしれないね。まあ、それは後から本人達?に聞くとして、今は早いとこ目的を達成してしまおう」
「最悪、証拠を持ち帰ればあとは向こうの方が何とかしてくれるんでしたね」
「そうね、それより何方の扉から行く?」
ここには鵺野達3人から見て正面に存在する厳重な扉、通路の左右に存在するこれまた堅牢な作りの扉が存在している。
「私としては『でも慈悲は無い』とか言っているやつを拘束して色々と聞き出したいんだけど」
「リスクとしては上手くやらないと俺たちの存在を他の連中に気づかれるかもしれないが。内亜お前はどうしたい?」
「私達は潜入のプロではありません。素早い行動こそ重要だと個人的に考えています」
「決まりだな。行くぞ」
そして3人は行動に出た。全員が暗視装置を装着し、二組別れ扉の両サイドに立ち、坂東が扉を開けて鵺野がスモークグレネードを投げ入れた。
「……ん?誰ッ!手榴弾!カハァッ」
スモークグレネードを認識した男はその場に伏せたが、それが隙を作ることになった。
次の瞬間彼は肋骨の隙間に強烈な蹴りを叩き込まれて気絶した。
「あ、力入れ過ぎた。と言うか暗視装置使う必要なかったな」
「何やってるんだよ鵺野」
「取り敢えず起こしてみましょうか。おい、起きろ!」
そう言って内亜は気絶した男をはたくが起きる気配はない。
「と言うか鳩尾に体が浮き上がるレベルの蹴りを入れて大丈夫なのか?」
「……ごめん。ちょっと見てみるよ。一応救急関係の資格持っているから」
そう言って鵺野はうつ伏せで倒れていた男を仰向けにし、服を捲り上げた。
「うっわ、これは酷い」
「自分でやったんだろ?」
「まあ、そうだけどさあ」
鵺野が取り敢えずの処置をしている間、坂東、内亜の2人は部屋内に証拠となるものがないか探ることにした。
その結果目に付いたのが古めかしい巻物、新聞であった。
それらは主に家系図や失踪事件に関連したものであった。
そして一際目に付いたのがパソコンに表示されていた『抹殺対象』と書き込まれた那智未虎の情報であった。
「……本当に狙われていたのか」
「坂東さんこの施設の見取り図が見つかりました」
「ん、そうか。……牢屋に拷問部屋か。言ってみる必要がありそうだな。上の階の捜索は後回しにした方がいいか。証拠としては地下階の物だけで十分だろう」
「同意見です。ここは下手に上に行こうとせずこの会で情報収集して立ち去りましょう」
「はっ!ここはどこだ!だ、誰だ貴」
鵺野による治療中に起きた男はそこまで言ったところで顎を押し上げられ口を閉ざされる。
「喚くな。お前はただ私の質問にだけ答えろ」
ここで男は鵺野を突き出そうとしたが鵺野に患部を叩かれ呻き声を上げて丸まろうとしたがそれも鵺野に阻まれた。
「骨が折れてるんだ。下手に動くと命に関わるからね。さて私の質問に答えてもらおうか」
「だ、だ、黙れェェェ!邪悪な化け物の走狗どもめ!お前らに話す事なぞ」
「もういい。よく分かった」
そこで鵺野は男の声を遮り腰に下げていたスタンロッドを男に押し当てた。
「もう黙れ」
「気絶させたか。お前なら拷問してでも聞き出すと思ってたんだかな」
「失礼な。君は私の事を何と思っているんだ」
「自分が一番偉いと思っている暴力女」
「そ、そ、それは昔の話じゃないか!」
「……そうであったと言う事は認めるんだな」
「何しているんですか?2人とも早く行きますよ」
「待て、そいつは大丈夫なのか?」
「安静にしていたらしばらくは大丈夫なはずだけど、一応早いとこ浩志さんに相談しておこう」
…………………………
〈人真会・地下牢〉
そこは通路の左右に牢屋の柵が設けられ、中には何人かのずたぼろとなった人間が横たわっている。それを示すようにその場所は血生臭い匂いが充満していた。
そこに立つ看守2人は雑談に興じていた。
「なあ、お前知ってるかよ?」
「何がだ?」
「今度の抹殺対象の女、かなり美人らしいぞ」
「ほう、しかし奴らの関係者の時点で萎えるな」
「ああ、全くだ。くそっ黒歴史思い出しちまったじゃないか」
「ああ、あれか?童貞キモッて逃げられたやつか?」
「待て」
「どうした?」
「妙じゃないか?さっきから妙な音がしたと思ったら扉が少し開いているぞ」
「おっ、本当だな」
そして次の瞬間扉が急に閉じられるとともに何かが投げ込まれた。
「な、手榴弾!」
「伏せろ!」
2人の看守はとっさに伏せる。しかしその手榴弾は破片も爆風も高熱も2人に伝える事はなかった。
代わりにそれは部屋を煙で包み込んだ。
「何も見えん」
「くそっ、警備員は何をしている!」
2人が突然のことに半ばパニック状態になっているところで再び扉が開け放たれ。発砲音。
「ギャン!」
「い、ぃだい、おでの腕が……」
そして2人に近づいてくる足音。そして2人の看守は床に押し倒された。そして首筋に衝撃を感じて意識を手放した。
……………………
「取り敢えず片付いたね」
「ああ」
「しかしこれは酷いですね」
そう言って内亜と坂東は牢を見た。それに続いて牢を見た鵺野は先の2人と同じく不快感を覚えた。
囚われていた者たちは拷問の跡が至る所にありこれが映画なら18歳未満は鑑賞禁止になる程のものであった。更にその中で生きているのは10人中2人ほどであった。その2人も立って歩けないほどまで衰弱していた。
鵺野は看守の身体を探った時に見つけた鍵で牢を開けて囚われていた者たちを介抱する。
「……早く逃げるん、だ。ここには監視カメラがある。」
「監視カメラ?」
それを聞いた3人が辺りを見渡すと入り口から死角になる場所に何台かカメラが設置されているのが確認できた。
「あー、これはしくじりましたね」
「逃げるぞ!この老人は俺が背負う。内亜、お前はそっちの少女を背負え!」
「言われずともやりますよ。合理的な理由がありますしね」
「私がしんがりを務めるから2人は早く脱出しろ!」
しかし時すでに遅く『フェーッフェーッ』と言う警告音と共に各所に設置された赤色灯が点灯され。
時期に警備員の到着するところとなるであろう。
「私が時間を稼ぐから2人は早く通路から逃げて」
「あぁ、任せたぞ鵺野」
「社長、どうぞご無事で」
囚われた被害者をおぶった2人は地下通路に広がる穴へと直行した。それを見た鵺野はすぐさま右側の指紋認証の扉の鍵の部分を『段ボールの奥底に入っていた実弾が1発だけ入ったコルトシングルアクションアーミー』を取り出し、撃ち抜いき扉を開けはなつ。
「いたぞ!あそこだ!」
追っ手である警備員たちが拳銃を持っているのを見た鵺野は呆れた。あまりに分かり易すぎる存在だと言うことに。そして同時に彼らが外部の者ではない事に歓喜した。
なぜなら、
「こう言ったことが心置き無くできるからね」
鵺野は腕を振りかぶった後、すぐに扉を閉め耳を塞いだ。
次の瞬間、非常に大きな音と、強烈な閃光が駆けつけた警備員たちを襲った。
「さてと、私も逃げるか」
………………………………
「お待たせ千弥、恭二。まだこんな所に居たんだ」
「こっちは人を背負いながら走っているんですよ。むしろ褒めて欲しいくらいですね」
「ごめん、ごめん」
そこで後ろから発砲をが響く。
「もう追いつかれたのか」
「しつこい連中はモテないって知らないのかしら?」
「(今こんな時に考えるセリフじゃないが、京がその口調で話すのは何か違和感を感じるな。)これに慣れすぎたせいか」
「え!?千弥こんな経験があるの?」
「ありませんよ!それより後ろの連中をなんとかしてください」
「言われずとも」
鵺野は振り返り後方の追っ手に対してサブマシンガンをばら撒くように連射する。そして追っ手が二の足を踏んだところで再び走り出す。
そして3人とおぶられている2人は銃弾を浴びることなく結界の境目までたどり着いた。そこにはすでに浩志、タダマルの他数人のグールたちが戦闘態勢で待ち構えていた。
「追手が来テいルナ。ココハおレタチニ任セテ地上ヘ逃ゲテくレ。ソコマでハ奴ラモ追ッテこナイ!ソコニ協力者ガ居る!」
「ありがとうございますタダマルさん」
坂東とタダマルが手短に言葉を交わす。そして、銃声が鳴り響く。そして浩志呻き声も。
「ぐわっ、うぅ、な、なにかすり傷だ、先に行っていてくれ。」
そしてそこに留まろうとする鵺野を押しのける様に人真会の追っ手たちの方へタダマルたちと突撃していく。
そして鵺野はその場を後にした。
………………………………
それから3人は無駄口を叩かずに走った。そしてようやく地上への『入口』マンホールが見えた、その時。その時に通路の陰から3人の男が姿を現した。
「どうも。教祖の禿山です。私たちの大切な客人を誘拐されては困りますね」
その丁寧すぎて無礼な、慇懃無礼な態度!礼節めいた挨拶とは裏腹にその人を小ばかにした眼、口! 彼こそが人真会の首領でこの街で起こっている血痕事件の黒幕、禿山重利であった。まあ、探偵3人組にとっては彼の名前などどうでもいい話だが。
更に彼の両サイドを固めている2人の男だがどちらともパッとしない顔をしたよく似た男である。これも3人にはどうでもいいことなのだが。(と言うよりこの状況で気にすべきことではない。)
「私たちはね、正義の使」
禿山はそこまで言って頭にゴム弾をくらい昏倒させられる。
そして鵺野はそこから一秒ほどで動揺している護衛の男の1人に接近し掌底を放つ。が、この攻撃は避けられる。
そして護衛は手に持っていた警棒を鵺野にめがけて振り下ろす。
しかし鵺野は冷静にそれを銃で受け流し、それによって生じた隙をつき相手のわき腹に蹴りを叩き込む。更にそれによって出来た隙と先ほどの動きを利用して拳を放つがそれは態勢を立て直した相手に回避されてしまう。
「チッ」
更にもう片方の男が振り下ろした警棒を鵺野は避けることが出来ず直撃を食らってしまう。
「ッッッ!」
が、彼女は強靭な精神力を持ってそれに耐え目の前の男に拳を振ろうとしたが生理的反応まではごまかせなかったのか転倒してしまう。
「うぅ。(不味い。このままじゃ。)」
これを好機とばかりに2人の男は口々に鵺野を罵りながら警棒を振り下ろすが、それは内亜の放ったゴム弾によって阻まれた。ゴム弾というものは射程こそ短いものの至近距離ではプロボクサーのパンチ並みの威力を持ち強い痛みを伴う。それを受けた2人の男はその場にうずくまった。そして、若干フラつきながらも立ち上がった鵺野に頸動脈を閉められ意識を奪われる。
「無事ですか京!」
「言うのが遅いぞ!それに無事なわけないじゃ無いか。早く地上に出るよ」
鵺野はフラついていたが何とか自分の力でマンホールから外に出ることができた。2人の人真会による被害者も坂東と内亜の手により多少衰弱した怪我人を運ぶには乱暴かもしれないが大きな問題は無い手際で運び出された。
そしてそれを見計らったかの様に、どこからともなく胡散臭い警官が現れる。 3人はこの状況でのこの出来事に固まる。
「どーも、警官です。首尾はうまく行ったようですね。後は我々に任せてください。信用できないかもしれませんが、こちらも秘密裏に動いてましてね。な~に、安心してください。期待は裏切りませんよ。ああそうそう、大筋は中央の方から聞いているので貴方方はもうご自宅に帰っても構いませんよ。まあ、事情聴取を受けたいと言うなら別ですがね。もちろん、給与された銃火器についてはこちらで預からせてもらいますよ」
「待ってください。あな」
「それ以上は言わない方がいいですよ。連中の目はどこにあるか分かりませんから」
胡散臭い警官はそれだけ言うと事件の被害者を車に乗せ何処かに走り去って行った。そしてそれと入れ違いになる様に他の警官たちが到着し外で気絶させられていた人真会のメンバー達を回収し去って行った。
3人はしばし、それを呆然と見つめていたがやがて数人のグール達が現れているのに気がついた。
グール達が一様にお通夜のように暗い顔をしているのが傍目にも分かる。そしてそれは浩志の死に依るものだと、「この借りは必ず返す」と3人に伝え、マンホールの中に消えて行った。
後には恩人を一人失った探偵3人が残された。
………………………………
翌朝、地元紙の一面に『新興宗教による凶悪誘拐事件!!ビルの地下に存在した狂気の施設!!』と銘打たれ。
そこには、警察がついに謎の血痕事件の犯人と、その被害者である人々を救出したことを大々的に書かれており、人真会と言う悍ましい組織についての記事が記されていた。
しかしそれがなにの慰めになるだろうか?
〈穴戸市・某所〉
穴戸市のとある地下通路そこに2人の男がいた。
「いやー、助かりましたよ」
「なに礼には及びませんよ。私は自分の仕事をしたまでです。あなたの手際もなかなか見事でしたよ」
「公安の方にそう言って頂けるとは嬉しい限りですよ。しかし貴方も大変ですなあ、公安と暁を掛け持ちとは」
「この程度こなさないとこの仕事はやっていけませんからね。では私は次の仕事があるので先に失礼します」
「お気をつけて伊藤警部」