ラブクフト全集より
下水の悪臭が漂う下水道をLED式のペンライトを頼りに三人の男女が進んでいた。その足取りは注意深く音を立てないようにしたもので、さらにお互いに死角を埋めるように進んでいた。
勿論このように移動しているのには訳がある。
時間は少し遡り、
「マジかよ。本当に潜りやがったぞあいつ」
「まあ、いかにも所長らしいですね。追いますか?」
内亜と坂東は男2人、マンホールの前に取り残されていた。
「逆に聞くがお前は追わないのか?」
「いえ勿論追いかけますよ」
「そうか。じゃ、先に潜ってくれ。俺が殿を努める」
〈穴戸市・下水道〉
坂東は立ち込める悪臭に顔をしかめながら梯子を下っていた。中から、響いてくる音で2人がまだ近くにいるであろう事は分かっていたが、それとは別の音も耳に入って来ていた。
彼が下水道にたどり着くと鵺野と内亜の2人がある方向を見ながら固まっていた。
不審に思った彼は2人の後ろまで行き、2人が見ている方を見た。そして坂東は思わず声が出そうになるのを奥歯を噛みしめる事でこらえた。からの視線の先には微かに赤く光る二つの点が見えたのだ。しかしそれはすぐに消えてしまった。
「おいさっきの奴はなんだ?」
「分からない。でも血痕はあれの方向に通じているんだ」
「追いかけるんだな?」
「当然」
更に鵺野はさも当然と言ったように伸縮式のスタンロッドを内ポケットから取り出した。
「はあ、相変わらずだなお前。俺も武装するか」
坂東もそういいメリケンサックを取り出し装着する。
「あの、僕何も持って来てないんですけど」
それに対して鵺野と坂東は顔を見合わせ。
「拳で頑張って」
「心配するな。まだ戦闘をする事になると決まったわけではない。多分」
心配するしかない答えを返した。
そして時は戻って現在。三人は冒頭のようにして下水道を血痕を頼りに進んでいた。そしてその結果ふと違和感に気がついた。壁に映る影が妙なのだ。そして案の定それはただの影などではなかった。
「おいおいおい、なんだよこりゃ?何だってこんな所にでっけえ横穴が開いているんですかねえ?」
そこには洞窟のような、シールドされていない横穴が開けられていた。それは奥深くまで達しておりペンライト程度の光では奥まで照らしきれなかった。
「まさかこんな物が気づかれずに存在したなんて……信じれない」
「同感だ。……ん、何だ今の?」
坂東が違和感を感じた次の瞬間
「誰ダオマエタチ、どこカラここに入ってキタ?」
外国語訛りとも違う異様な発音の問いかけに振り返った瞬間、三人は見た。二つのボロボロのコートを着た、犬にも似たしかし醜悪な外見をした獣の様な人型の生物を。その毛は針金様であり、その鉤爪は鋭く一振りで相手の生命を刈り取れるかのようだった。
「! 何者だ貴様らは!?」
坂東は威嚇の意味も込めて大声で彼らに問いただす。
「キサマはしつもんニシツモンデかえすナトオソワラナカッタノカ?」
「誤魔化すな!」
「デハ言うがオ前達は、自分が何者ナノカ自身でワカッテイルノカ?」
悶々とした問答に坂東が苦虫を潰したようになっている所へ鵺野が代わりに質問する。
「君たちはなんて言う種族なの?」
「グール、屍ヲクうモノだ」
「グールですか。アラブ人の伝承に登場する怪物ですが、まさか実在したなんて」
「……ねえ。……一つ聞いて良いかしら?」
鵺野が間を置いて問いかける。
「ナンだ?」
「上の血痕事件も君達がやったの?」
その質問を聞いた瞬間、グールが態度をやや硬化させ問う
「誰ノ指示でじけんノ調サを行なってイる?」
「それは答えられないね。ただ依頼主に君たちを害す意思はないことは伝えておこう」
「信じラレルモノか」
辺りには既に一触即発の気配が漂い始めていた。しかしそんな空気は今まで喋らなかった隻腕のグールが「もしや、坂東君たちか?」と訝しんだ。
その声に反応した坂東がそのグールの顔見ると、ある事に気づいた。そっくりなのだ、自分たちの探し人でり、昔よく遊んでくれた那智浩志その人に。
「浩志さん!いや、そんなまさか、」
「そう言えばジブリールが人間がグールに変化する事もあるって言ってたような……」
「変な事、言わないでくださいよ所長。そんな事有るわけないじゃないですか」
内亜は鵺野の口から出た言葉を否定しようとする。
「それが有るんだよ」
「え?それはどう言う事ですか?」
「まあ、何だ。腹を割って話そうじゃないか。お互い募る話もあるしね」
そう言って隻腕のグールは洞窟の出っ張りに腰を下ろした。しかしもう一方のグールはそれに対してやや否定的で、「ヒロシさんノ知り合いであるヨウダガ、人間ナド信頼できるノカ?我々をウラギルのデはナイカ?」と不満を隠そうとしない。
「心配ないさタダマル。私は彼らを信じている。さて何から話そうか」
「えーと、では貴方が本当に浩志さんなら私の父の名前を知っているはずですよね?」
「勿論だとも。鵺野呂比須君だったね」
「……正解です。疑ってしまって失礼しました」
「僕からも、疑ってすみませんでした」
「いや、別に構わないよ。それが普通の反応だしね。(と言うか三人ともかなり図太いな。人によってはグールを見ただけで気絶する者もいるんだか。)」
……………………
「他に質問したい事はあるかね?ないなら話を進めようと思うんだか」
坂東は即座にそれに反応した。
「グール化について聞きたいのですが何故人はグールに変化する事が可能なんですか?」
「これは知り合いから聞いた話で本当かどうかは知らないんだか、人間とグールは元々同じ先祖から進化したらしい。そしてその時遺伝子配列によるデータに魔術的繋がりが生じ、それがグールと接触し続ける事で起動してしまう事があるらしい」
「魔術なんてそんな空想の産物が有るわけないじゃないですか!?」
「ではこれはどう説明するのかな?そもそも坂東君は魔術をどんな者だと捉えている?」
坂東は少し悩んだ後、こう答えた。
「現実での欲求不満を解決する為に超自然的なものへ頼る事だと認識しています」
「確かにそう言った側面もある。だが私に言わせてもらうなら魔術も科学の一種だ。一見よく分からない物を帰納法に基づいて因果関係を明らかにするのに始まり、反証を行う。ただ違う事があるとすれば我々の知っている科学とは別の法則で動いていたその為に別のアプローチの仕方が異なる。だから一見偶然の事象の積み重ねのように見える。と言うのが私がグール化してからの様々な経験を元にした感想だ」
「分かりました。では仮に魔術が実在するとして話を進めましょう。貴方が何故、何も告げず姿を消したのか、血痕事件の真相について教えていただきます」
京は穏やかな声色でしかし、言い逃れを許そうとしない強い意志で問うた。
「京くん。君は特に未虎と仲が良かったね」
「昔の話です」
「そうかな?」
「…………」
「まあ、あまり煩くわ言わないよ。それじゃあ、話そうか。私の身の上話を」
……………………
私はこの街の穴戸市の地下にある遺跡を調査している過程で彼らに遭遇した。最初は驚いたさ。なにせ彼らのような存在がこの世にいるとは思ってもいなかったからね。しかし、少し話してみるとなかなか話のわかる連中でね私は知的好奇心を刺激されて遺跡を調査する傍ら彼らの事をもっと知りたいと交流を重ねているうちに身も心も屍喰鬼になっと言うわけさ。こうなってしまったらもう人間社会にはいられない。私が失踪したのはこんな理由だ。
次に坂東君。君はこの腕がどうなったか気になっているね。この失った左腕は人真会と言う狂信者集団によっての凶行であり、今もまだ狙われているんだ。狙われているのは私だけでなく混血の者、我々と関わった者も含まれている。だから私は部下の屍喰鬼たちに未虎の護衛に配置しているんだ。
そこで頼みがある。
とヒロシは一間置いてから続ける。
「人真会を襲撃してほしい」