暗闇からの止揚   作:近藤山人

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僕達は生きている
平和な日々を、ごく当たり前なものとして
例えば、その日常の裏に得体の知れぬ何かが存在したとしても
多くの人は、自分と無縁のものと思うだろう
でも目の前にある現実が、全て偽りだったとしたら……?
by孤門一輝


Investigation-調査

 那智 未虎が去った後の坂東探偵事務所は沈黙が支配していた。なお気難しそうな表情をした男女が2人がその場の空気をより重くしていた。

 しかし多田野はそんな事を気にせずに2人に話しかけた。

 

「一つ質問しますがお二方は那智 浩志さんがまだご存命だと考えているんですか?」

「……あれは証拠とするにはまだ若干弱いが、同時に亡くなった事も証明出来ない。なら信じてみてもいいと、俺は思う」

「その意見に私も賛成するよ。疑う事も大切な事だけど、信じる事もそれ以上に大切な事さ。まあ、感情論も入っているのだけれど」

 

 

 

 〈穴戸市・鵺野探偵事務所・事務室〉

 

 その男、内亜 千弥は同僚の佐藤 敏夫から仕事を引き継いで励んでいた。と言ってもやるべき事は現時点ではほとんど無く『主な仕事:留守番』な状態であったが。

 しかしそれももう直ぐ終わりだろう。

 彼のスマートフォンから着信音に設定されている、威風堂々が流れる。

 彼は最初面倒臭そうにスマートフォンを取り出したが、相手を確認すると直ぐに通話マークをタッチした。

 

「はい所長、内亜です」

「昨日ぶりだね佐藤くん」

 

 電話の相手は彼の上司であり、恋人でもある鵺野 京だ。彼女から電話をかけてくるときは大抵プライベート関係なのだが今回は違った。

『突然だけど、那智 浩志さんが生きているかもしれない』

 

 その突拍子も無い発言に内亜は固まる。

「……は?」

『那智 浩志さんが生きているかもしれない』

「……ど、どういう事ですか?」

『言葉の通りだよ。詳しい説明いる?』

「お願いします」

『今この街で起こっている血痕事件については知っているよね?』

「あの誰のものか分からない血痕の事ですね」

『それでね、未虎が偶然そこにあるものを見つけたんだ』

「何ですかそれは?」

『時計だよ。浩志さんのね。まあまだ確定したわけじゃ無いけど調べてみる価値はあると思う。と言うわけでこっちに来て手伝ってくれないかな。今、穴戸駅の北口の出入口付近にいるんだけど。ああ、いつもの道具を忘れずに』

「分かりました。直ぐに向かいます」

『……ありがとう千弥』

 

 それを最後にあちらから電話を切られ通話は終わった。

 内亜は椅子に腰を下ろし天井を見上げながら

「浩志さんが生きていた、か。あらぬ希望でないといいがな」

 

 

 

 〈穴戸駅北口〉

 鵺野と坂東の2人は穴戸駅の北口で内亜が合流するのを待っていた。2人はしばらく無言であったが、それを苦痛に感じた坂東が鵺野に話しかける。

 

「なあ京、君はこう考えているだろ。『聞き込みをしていけば、警察にはなかなか言えない事、つまりくだらない事や関係なさそうな情報も探偵の自分なら得る事ができるかもしれない。』と」

「……まあね。概ねその通りだけどそれだけじゃ大した事は分からないと思うね。でも今回の件、何か嫌予感がするんだ」

「心配はないさ君のカンはよく外れるからな。あの時だって、あの時だってそうだ」

「そう言えばそうだったね。あっ、来たみたいだよ」

「ん、本当だ」

 

 2人は内亜が運転する自動車を追いかけて駅の駐車場へと向かっていった。その足取りはいつもに比べて重い物であった。

 

 

 

 〈穴戸駅・駐車場〉

 内亜は車から降りてから坂東がいる事に気がついたが表情を少し変えるだけだった。

 

「お久しぶりです坂東さん。先日の件は実にお見事でした。ところで本日こちらにいらしているのは浩志さんの事ですか?」

「よく分かったな」

「まあ、社長の説明不足はいつもの事ですし。これくらいなら小学生でも予測できる事ですよ。と言うか坂東さん貴方、『よく分かったな』と言っておけばいいと思ってませんか?」

「いいや、全く」

「まあ、そう言うことにしておきましょう。それで詳しい話をお聞かせ願いたいのですが……

 

 

 

 

 

 

 

 〈穴戸市・坂東探偵事務所・応接室〉

 時刻は既に深夜深夜を回っていた。質の良いソファに腰を下ろした三人は精神的影響もあり疲れ切っていた。

 

「結局聞き込みの収穫は二つ、謎の血痕事件は数か月ほど前から起こっている事件である、この事件が不可思議なのは血痕の痕跡が残っているにも関わらず、その血を流した人物が見つかっていないこと。…………んな事とっくに分かったんだよクソボケガァ!」

 部屋に坂東の怒声とテーブルを打ち付ける音が響き渡る。

 

「……………………」

 

 部屋は再び重い空気に包まれていた。多田野が操作するキーボードの音だけが部屋に響き渡る。

 

「ねえ、千弥、恭二私たち浩志さんと仲が良くてよく一緒に遊んでもらっていたよね」

「ああそうだな」

「……懐かしいですね。もうかなり記憶が薄れて来てしまいましたよ」

「ああぁーーー!!」

 

 突然多田野の叫びが部屋に響き渡った。

 

「な、なんだ突然!」

 坂東はほぼ怒鳴り声で故を問う。

「お、おかしいんですよ。これ有志の人が撮った事件現場の写真なんですけど見てください。」

 

 三人は一斉に詰めかけてPCのディスプレイを覗いた。そこには一枚の写真が表示されていた。一見すると普通の写真だ。場所が記されkeepoutのバリケードが貼られ血痕があったと思わしき場所にチョークが引かれていた。ただそれだけだ。

 しかし……

 

「おい、何でこれ血痕が円形に存在しない事になっているんだよ。これじゃあまるで、」

「その上にマンホールがあったみたいかな」

「だとするとかなりおかしな事になりますよ。私が調べた限りではこの事をフリーの記者さえ記事にしてませんよ。警察からの発表もありませんし。マンホールが開いていた事が隠す理由は思いつかなくはありませんが、状況から察するに」

 

「普通の理由じゃあない」

「!」

 

 普段はまず聞くことのない鵺野のその声色。それにつられて内亜は見た。先程まで沈んでいた彼女が口の端を釣り上げていた。

「行こうじゃあないか、千弥、恭二。さあ、さあさあさあさあささあさあぁ!」

 興奮が収まらないと言った様子の鵺野は窓から飛び出して走り出した。

 

「お、おい待て鵺野!」

 

 2人も後に続く。後にはただ多田野1人だけが残された。

「あの、私はどうすれば?」

 

 

 

 

 

 〈穴戸市・黄金区・裏通り〉

 鵺野は震える手でマンホールを掴み力を込める。

 

「ああ、思った通りだやっぱりこの事件普通じゃあない。いや普通であってたまるものか。恭二、内亜、ライトを持って」

「まさか……」

「そのまさかだ。潜るよ」


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