艦隊これくしょん
~子持ちの艦娘~
第十七話
「日本の最強と海外の最強」
呉第一鎮守府との演習の為、呉へ行く日の前日、湊の仕事用の携帯電話に山本元帥から着信があった。
プライベート用のスマートフォンではなく仕事用の携帯電話にという事は、当然何か仕事の話なのだろうと執務の手を止めて、こちらに視線を向けてきた榛名に気にせず仕事を続けるよう手で合図してから通話ボタンを押すと、何やら神妙そうな声の山本元帥が出る。
『九条大佐……実は貴官に頼みたい事がある』
「はぁ……」
『実はな、ドイツから艦娘を一名、日本へ転属させたいと打診があったのだ』
「ドイツから? それはまた……」
ドイツからという事は、ドイツ海軍所属の艦娘を日本の海軍へ所属を移したいとドイツから言い出したという事になるが、随分と唐突な話だ。
「因みに何故自分に?」
『ドイツから打診が来ている艦娘の事を考えると、並の提督では扱えんだろうと思うてな。貴官ならば問題無いと判断した』
「はぁ、それで打診されている艦娘の名は?」
『……ドイツ海軍第17艦娘師団所属、プリンツ・オイゲンだ』
「………………はあ!? ど、ドイツ海軍第17艦娘師団のプリンツ・オイゲンですって!?」
余りの驚きに、大声を上げた湊、当然だが仕事をしていた榛名も驚いて仕事の手を止めてしまった。
「な、何で……ドイツは何を考えているんですか!? “
『第17艦娘師団は壊滅したんじゃよ……“奴”が現れて、艦隊は壊滅、17師団の母艦も、乗船していた提督のフリードリヒ中将も、殉職されたらしい』
「それは……しかし、それでも“
『艦娘保有制限に引っ掛かるか、既にプリンツ・オイゲンが所属している等で“
そこで、同盟国である日本の二つ名持ちの艦娘を擁する3人の提督の誰かに彼女を引き取ってもらいたいというのがドイツの考えのようだ。
『だが既に横須賀第一の大宮大将も舞鶴第二の三河准将も、艦娘保有制限一杯で引き取れん。つまり、現段階で空きがあるのは貴官のみなのじゃよ』
「“音速”、“水雷王”、“紅の悪夢”に加えて“
『ホホ、出世がまた遠退くのぅ』
「万年大佐の渾名、早く脱却したいんですがねぇ」
本来であれば、湊の実績や経歴、経験を考慮するなら大佐の階級にあるのはおかしいのだ。普通なら既に将官の位に居ても良い筈なのに、未だ階級が大佐のままなのは偏に大本営の人事部の大半が艦娘兵器派で、彼らにとって艦娘擁護派の象徴とも呼べる湊の存在は眼の上のタンコブに等しい。
つまり、大本営の艦娘兵器派の妨害によって、湊は大佐から上の階級へ昇進出来ないのが現状だ。
「まぁ、一先ず了解です。それで引き取りは何時頃になりますか?」
『まだ少し先になるな。移動の際にブルネイを経由して日本へ渡るとの事で、今はブルネイ第一鎮守府の金城提督と調整している所じゃ』
「あの金城提督ですか……」
『名くらいは貴官も知って居るようじゃな』
「そりゃまぁ、ブルネイに居ながら日本でも有名な提督ですし」
『うむ、その金城大将にブルネイ第一鎮守府を中継して“
「散々日本中を飛び回って前原元中将の尻拭いをして、今度はブルネイですか……」
『ついでじゃ、金剛や可憐ちゃんも連れて家族旅行も兼ねて行って来ると良い。有給くらいは取れるよう調整してやろう』
プリンツ・オイゲンが日本に来るのは1ヵ月後という事で、山本元帥の話は終わった。通話を終えて携帯電話を充電器に挿した湊は先ほどから榛名がこちらを向いているのに気づく。
「どうした?」
「あ、いえ……今のお電話は山本元帥閣下からですよね?」
「ああ、聞いていた通りだ。一ヵ月後、ここ……柱島第3鎮守府にドイツからプリンツ・オイゲンが着任する事になった」
「えっと、先ほど仰っていた
「それか、今度着任するプリンツ・オイゲンの渾名だよ。ドイツ海軍第17艦娘師団所属のプリンツ・オイゲンと言えばドイツ海軍が誇る3人の渾名持ちの内の一人だ」
ドイツには、否……世界の艦娘を建造出来た国家の軍には、日本の最強の艦娘5人のように、その国で最強の力を持つ艦娘が存在している。
前に少しだけ話題に挙げたイギリスの
ドイツ海軍第17艦娘師団の
「はぁ~凄いですねぇ、金剛お姉さまみたいな艦娘が世界にも居るだなんて」
「ああ、日本、イギリス、ドイツは勿論、イタリア、フランス、ロシア、アメリカ、今現在の時点で艦娘の建造に成功した国家には必ず一人以上は居る」
ついでだ。榛名には日本の最強の艦娘についてもう少し突っ込んだ内容の話をしておくべきだろう。それに伴って知っていて貰わねばならない“奴”の話も。
「榛名、お前は日本最強の艦娘5人について、前に俺が話した内容以外で知った事はあるか?」
「えっと……いえ」
「だろうな……そうだな、少し突っ込んだ内容になるのだが、今の最強の5人については1人を除いて2代目なんだ」
「2代目ですか? それはつまり、先代が居たという……」
「そうだ。横須賀第1鎮守府の“天空の支配者”鳳翔は先代から引き続き名を連ねているが、それ以外は全員に先代が存在する」
その先代の一人というのは、他でもない山本元帥の秘書艦を勤めている大和だ。
「元帥閣下の秘書艦の大和が……」
「“固定砲台”と呼ばれる日本最強の艦娘5人の内の一人だった。今は現役を引退して大本営で山本元帥の秘書艦として前線からは身を引いてしまったがな」
「そうすると、他の3人も大本営に?」
「……いや、残る3人は既に轟沈してこの世に居ない」
先代の日本最強の艦娘5人、“天空の支配者”鳳翔、“固定砲台”大和は存命だが、残る3人……“告死天使”電、“道先案内人”伊401、“冥王”龍田は過去にあった大規模合同作戦における連合艦隊壊滅事件にて轟沈している。
「連合艦隊壊滅事件、ですか?」
「ああ、“奴”……戦艦レ級改flagship、通称:后級と呼称される最強の深海棲艦との戦い。第2次后級討伐作戦で日本中の名立たる艦娘、合計60名が集められた。その中には当然だが先代の最強の艦娘5人も含まれていたが……結果は“天空の支配者”と“固定砲台”を残し全滅、“固定砲台”は二度と前線に出られない程の重症を負い、連合艦隊は敗北した。后級たった一体を相手にな」
「60人の連合艦隊が、たった一体に!?」
そんな存在が居るなんて、榛名は初めて知った。しかも、資料でレ級という存在は知っていたが、その上位改種である改flagshipなど初耳もいいところ。
「レ級改flagship、后級と名づけられたソレは出現が確認された13年前から今日に至るまで、一度だって人類側が勝てた試しは無い……いや、大前提として中破までさせた事が無いんだ。10年前の第二次后級討伐作戦でも、連合艦隊壊滅と引き換えに何とか小破させるのが精一杯だった」
「お姉さま達でも、勝てないんですか?」
榛名の言うお姉さま達というのは、金剛、神通、夕立の事だろう。
「ああ、勝てない。俺がまだ呉第2鎮守府で提督をしていた頃、一度だけ后級と遭遇した事があったんだが……金剛達は、撤退するので精一杯だった。俺の初期艦も、そのときに殿を務めて轟沈してしまっている」
「っ!?」
湊の初期艦、今でも思い出せる。いつも明るく優しく健気で、前向きで一生懸命なのに時々ドジっ子で泣き虫、そんな彼女を湊は金剛や夕立、神通以上に信頼していた。
金剛達もそんな彼女とは本当に仲が良くて、特に夕立は姉妹艦という事もあって本当にいつも一緒に居た。
「提督……もし、また后級と遭遇したら、どうしますか?」
「勿論、勝ちに行く……俺は絶対に后級には負けられないんだ。誰一人、欠ける事の無い完全勝利、奴からそれを捥ぎ取りに行くよ……死なせてしまった五月雨の為にも、世話になった元帥の大和の為にも」
その為には、榛名達も強くならなければならない。少なくとも后級と遭遇した場合、今の榛名達では戦いにすらならないのだから。
「……そういえば、プリンツ・オイゲンの話をしていたのに、何でこんな話になった?」
「あ、そういえばそうですね!」
早々に仕事を終わらせよう。明日はいよいよ呉へ行く日なのだから。
次回は呉へ行く前夜という事で鳳翔さんのお店で提督が晩酌するお話です。