艦隊これくしょん
~子持ちの艦娘~
第十六話
「鈴谷」
柱島泊地第3鎮守府内の重巡寮、その一室では最上型姉妹の鈴谷と熊野がルームメイトとして暮らしている。
湊が着任してからというものの、好きにお洒落出来るようになった二人は、今時の若者に近い感覚を持っているが故か、部屋のインテリアや洋服、化粧品など兎に角お洒落に力を注いでいた。
基本的に物を買う時は鈴谷が湊から貰った宝物のタブレット端末でインターネットに繋ぎ、ネット通販を利用して、支払いは自分達の給料で払っているのだ。
「熊野ー、新しいマニキュア買うんだけどアンタ何か買うー?」
「そうですわねぇ……でしたら香水が欲しいですわ」
「香水ねー……お、熊野が好きなブランドの香水、新しいの出てるじゃん?」
タブレット端末の画面に映った大手通販サイトのページに表示される香水ブランド、そのブランドは熊野が好んでいるブランドの物で、新作だという香水も既に売られている。
「どうするー? 今までのやつも買うとして、新作試してみる?」
「ええ、そうしますわ。お願い出来ます?」
「了解~、なら一緒にカゴ入れちゃうよ~」
慣れた手付きで画面をタップして注文を進める鈴谷、商品の支払いは着払いにして注文を完了すると、別のページを開いた。
「はぁ……映画かぁ、良いな~、行ってみたいなぁ」
「確か、柱島には映画館がありませんでしたわね」
「そう、だから映画館に行くには本土へ行く必要があるけどさぁ」
「いくら外出許可が簡単に出るとは言え、本土に行くのは無理ですわ」
「だよねぇ……」
基本的に、この鎮守府で本土に行った事があるのは、当然だが本土から来た湊、金剛、神通、夕立と、最近代理から正式な秘書艦となって湊と一緒に行動する事が多くなった榛名くらいだ。
「そういえば、噂で耳にした事なのですが……近々、呉第1鎮守府と演習があるそうですわ」
「そうなの?」
「ええ、それでウチからは代表艦隊と提督が呉まで出向くという事らしいですの」
「そ、それってつまり……」
「本土へ行くチャンス、ですわね」
演習には臨時演習艦隊を編成し、追加で第一水雷戦隊が参加するという話が熊野の知る限りの情報だ。
「臨時演習艦隊かぁ、じゃあそれに選ばれれば……!」
「本土に出向くとなれば泊まりになるでしょうし、提督の性格ですと一日くらいは自由行動も許して下さるかもしれませんわ」
湊の艦隊編成の癖はもう熟知している。主力系の艦隊編成をする際、湊は戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦、空母をバランス良く構成する傾向にあるのだ。
つまり、航空巡洋艦になったとは言え、元々のベースが重巡洋艦の鈴谷や熊野も、選ばれる可能性が十分にありえる。
「ん~……よし! 鈴谷、提督にアピールする!」
「……は? 何を言ってますの?」
「何って、アピールして鈴谷を臨時演習艦隊に選んで貰えるようにするんじゃん」
憧れの本土へ、映画館に行く為、という不順な動機は確かにあるが、鈴谷自身の気持ちとして、演習で活躍して湊の役に立ちたいというのはある。
湊が着任した当初、この鎮守府で唯一パソコンの使える人材という事で艦隊へのパソコン操作指導を任せてくれて、資材を取り戻す実働部隊の指揮までさせてくれた。
それからも何かと電子関連の仕事があれば鈴谷に任せてくれる事が多々あり、鈴谷自身も自分のPCスキルが湊の役に立っているという喜びがあったが、やはり艦娘として戦場で役に立ちたいのだ。
「熊野も、頑張れば提督の役に立てるよ?」
「……そう、ですわね。湊提督には待遇を改善して頂いたご恩もありますし、何度か演習や出撃でMVPを取って褒められた事もありますわ。彼のお役に立つというのも、吝かではありません」
ならばと、鈴谷は自分と熊野を是非艦隊編成に組み込んで貰おうと売り込みに湊の下へ向かった。
だが、その途中で鈴谷は、そもそもどうやって売り込むべきかと考える。色仕掛け……は既婚者である湊にする訳にいかない。ならば自分が他に出来る手段とは何か、と考えると……。
「どうしたら良いのかな~」
よくよく考えてみれば色仕掛けなんて恥ずかしい真似、出来るわけもなかった。そもそも、湊と会話した事は任務関連意外だと数える程しか無い。だから話題に困ってしまった。
「う~ん、まぁなるようになるしか無いじゃん?」
あまり難しく考えるのは鈴谷のキャラじゃないと思考を放棄し、目の前にある提督執務室の扉を気軽にノックする。
「提督~、いる~?」
ノックして返事が返って来る前に扉を開けて中に入れば、最近の忙しさを考えれば珍しく湊が執務室に居て、丁度休憩中だったのか、秘書艦の榛名と共にティータイムと洒落込んでいた。
「鈴谷? どうした突然」
「いや~、ちょっと小耳に挟んだんだけどね? 今度、呉第一鎮守府と演習するって話じゃん? んで、その演習艦隊に鈴谷と熊野、参加したいんだよねぇ」
「ふむ、鈴谷と熊野か……榛名、臨時演習艦隊の編成表を取ってくれ」
「はい……えっと、こちらです」
榛名が差し出したファイルを開いて、中に入っている紙……恐らく編成表なのだろう、それに目を通した湊は鈴谷と向き直る。
「臨時演習艦隊は既に旗艦として陸奥、その他のメンバーとして由良、暁が決まっている。そこにお前と熊野を入れるのか……」
「えっと……ほらほら、鈴谷も熊野も重巡洋艦でありながら航空戦力も持った航空巡洋艦じゃん、だから制空権争いに役立てるかなぁって」
「一応、空母を入れるつもりだったが……いや、待てよ? 軽空母を予定していたが、正規空母一人に鈴谷と熊野を……良いかもしれんな、確か呉第一の大芝少将の編成傾向を考えれば」
呉第一鎮守府提督、大芝少将は艦隊編成の際、戦艦や空母達の中に潜水艦を2~3隻紛れ込ませる事が多々あるのだ。
つまり、潜水艦対策も必須と考えれば鈴谷と熊野を軽空母の代わりに編成しても問題は無い。寧ろ制空能力が減っても装甲が軽空母より硬い二人の方が都合が良い場合もある。
「よし、榛名」
「はい」
「今度の臨時演習艦隊の編成が決まった。旗艦には戦艦陸奥、随伴艦として駆逐艦暁、軽巡洋艦由良、航空巡洋艦鈴谷、航空巡洋艦熊野、正規空母蒼龍だ」
メイン火力は陸奥と蒼龍が勤め、潜水艦は他の4人が早々に倒してしまえば陸奥と蒼龍に合流して一気に攻める事が出来るだろうと考えた構成だ。
久しぶりに高速戦闘を意識しない編成をしたので少し不安はあるが、悪い編成ではないと思う。
「提督……!」
「自分からアピールしてきたんだ。相応の活躍を期待しているぞ?」
「まっかせといて! 鈴谷、褒められて伸びるタイプだからね~、頑張って一杯褒めて貰って、もっともっと強くなるんだから!」
「おう、頑張れ」
さて、仕事の話はここまで。ティータイムの途中だった湊は資料を閉じて飲み掛けの紅茶に手を伸ばす。
「あ、提督、紅茶が冷めてしまったので、榛名が淹れ直しますね」
「頼む」
榛名が立ち上がってティーカップを回収すると、執務室の一角にある簡易キッチンに向かった。
手持ち無沙汰になった鈴谷はどうするかと考えたが、折角執務室に来たのにこのまま帰るのも勿体無いと思い、応接用ソファーに腰掛ける。
「ねえねえ提督~、提督って呉に居たんだよね?」
「ん? ああ、ここに来る前は呉第二鎮守府に居た」
「呉ってどんな所?」
「呉か……まぁ、瀬戸内海の景色が綺麗な所だな。観光名所も多いし、時期になれば海上花火大会なんかも開かれて盛り上がる」
「へぇ~、観光名所ってどんなのがあるの?」
「深海棲艦が出現する前の海軍……つまり海上自衛隊って奴だな、それの呉資料館や大和ミュージアム、御手洗天満宮等々、観光するのに丁度良い所は沢山あるぞ」
「大和ミュージアムって、あの大和の?」
「ああ、旧帝国海軍最強の戦艦、大和のミュージアムだ」
戦後になってから日本で最も有名になった戦艦というだけあって大和という戦艦は今尚、人気が高い。
それは艦船としての戦艦大和然り、艦娘としての戦艦大和然りだ。
「鈴谷は? 鈴谷の艦船としての何かは無いの?」
「鈴谷は……聞いたことが無いな。そもそもお前は呉じゃなく横須賀生まれだろうに」
「あ、バレたか」
この場で呉と関わりがあるとしたら、榛名の方だ。
その榛名はと言うと、紅茶を淹れ終えて湊と鈴谷の前にティーカップを置くと、自分も鈴谷の向かいに座って自分用のティーカップをテーブルに置いていた。
「そう言えば、呉には海上保安庁の施設もあると聞きましたね」
「あるな、呉には海上保安大学校があるからな……とは言っても、今の時代だと潜水士というものが存在しないから、昔のように潜水研修なんてやっていないが」
「そりゃ、深海棲艦が居る海に潜るなんて自殺行為だし」
「スキューバダイビングなるものも、今は存在しないな」
こうして鈴谷も加わった執務室のティータイムは過ぎて行った。
結局、鈴谷はこの後も執務室に居座っていて、自室に戻ったのは夕飯直前になってからになり、熊野に大層怒られる事になるのだった。
次回は鳳翔さんの話の予定だったのですが、急遽予定を変更して日本最強の艦娘5人についての話題と、それに付随した話がメインとなります。