艦隊これくしょん
~子持ちの艦娘~
第十五話
「九条可憐」
ある朝、九条家の子供部屋のベッドで眠る少女が鳴り響く目覚ましの音を気にする事無く眠り続けていた。
少女……九条可憐は朝が強くない方だ。毎朝目覚ましをセットしていても、それで起きた試しが無い程に。
「にゅ~……Zzz……Zzz……ぅう~、パパ~それかれんのこうちゃ、のんじゃだめデース……」
今もまだ夢の中の可憐だが、もう起きなければ幼稚園に遅刻してしまう。そんな時間になって漸く部屋の扉が開いて可憐の母……金剛が入ってきた。
「可憐~! もう起きる時間デスヨ! ほら、起きるネー!」
金剛は可憐の布団を無理やり剥ぎ取り、窓のカーテンを開く。朝日の日差しが直接可憐の顔に照射され、ここで可憐も夢から覚めたのか、目を擦りながらゆっくりと起き上がる。
「う~……おはよぅ、ごじゃいましゅ」
「ハイ、おはようネ。可憐~お着替えしマスヨー」
寝ぼけ眼の可憐を着替えさせて、金剛は可憐と手を繋ぎ下へ降りる。リビングに入って可憐を席に座らせれば既に用意されている朝食の横に牛乳の入ったコップを置いた。
因みに可憐、牛乳は普通に飲めるどころか、牛乳大好きなお子様だ。
「ママー、きょうはパパかえってくるデスカ?」
「フム? えっと……oh! そう言えば今日帰ってくる日デース! 夕方にって話なので、晩御飯は一緒できるネ」
「わぁい!」
現在、出張で京都の舞鶴第1鎮守府へ行ってる湊が帰ってくると聞いて、可憐も大喜びだ。全身で喜びを表す娘に笑みを浮かべていた金剛はエプロンを外しながらリビングの壁掛け時計に目を向けると、ソファーに置いてあるポーチから車の鍵を取り出した。
「ママ、車の用意して来るから、ご飯食べちゃってくださいネ」
「はーいデース!」
リビングから金剛が出て行くと、残った可憐は朝食を食べ進め、最後に牛乳を飲み干したら、子供用の椅子から降りてリビングのローテーブルに置いてある幼稚園の鞄を取って肩に掛け、幼稚園指定の黄色い帽子を被って準備を整える。
その頃には車の用意を終えた金剛も戻ってきて、可憐と同じくポーチの紐を肩に掛けて準備を整えると、可憐の手を引いて玄関へ向かった。
「じゃあ、行きマス」
「デース!」
家の前に停めた車……ゴースト・エクステンデット・ホイールベースと呼ばれるイギリスはロールス・ロイスで製造された金剛の愛車の後部座席、チャイルドシートに可憐を座らせて、金剛は運転席に座ると、ルームミラーの角度を調整し、アクセルを踏む。
「出発進行デース!」
「デース!」
ゆっくりとアクセルを踏む力を入れて速度を上げた金剛の車はそのまま鎮守府の正門へ向かい、正門前で一度停車、門番である憲兵に窓を開けて敬礼する。
「おはようございます、金剛さん」
「おはようございマース! 今日も警備頑張って下さいネー」
「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
艦隊総旗艦である金剛は実質鎮守府のナンバー2、副司令のような扱いを受けているので、憲兵も金剛には湊に対するのと同じように最敬礼で敬意を払っている。
もっとも、最大の理由としては、憲兵すらも酷な扱いで蔑ろにしていた前原元中将と違い、湊や金剛は憲兵を確り尊重してくれて、勤務シフトも今までよりまともな物を用意してくれて、感謝しているのが大きいだろうか。
「そういえばカレン、幼稚園は慣れマシタカ?」
「なれマシタ! おともだちもたくさんデース!」
なら良かった。突然の引越しで、今までの友達と離れ離れにならざるを得なくなった事に罪悪感があったのだが、新しい友達が出来て楽しそうにしている娘を見てると杞憂だったと思えてくる。
「あ、今日の迎えはママ、用事があって出来ないデス。なので神通にお願いしてマース」
「じんつうおねえちゃん?」
「デス。ちょっとママはお仕事でパパより帰りが遅くなるネ」
帰りの迎えは同じく車の免許を所持しており、マイカーも持っている神通が来てくれる事になっている。
残念ながら、もう一人頼れる可憐の姉貴分である夕立は車ではなくバイクの免許しか所持しておらず、愛車のハーレーダビッドソン2016年式モデルはサイドカーも無いので幼児の送り迎えには向いていない。
「夕飯は夕立に任せてあるデス。何か食べたい物があれば言っておくネ」
「ん~……はんばーぐ!」
「OK! 夕立に伝えておくデス」
話をしている内に、車は幼稚園に到着。敷地内にある来客用の駐車場に車を駐車して車を降りると、幼稚園の正門の所まで移動する。
そこには既に園児の出迎えで先生が立っており、可憐の担当の先生を見つけると、金剛は可憐の手を引いて先生の所へ歩み寄った。
「コホン……おはようございます、早乙女先生」
「あら、九条さん、おはようございます。可憐ちゃんも、おはよう」
「おはようごじゃいマース!」
早乙女瑠璃子、ここ桂島中央幼稚園に勤務する幼稚園教諭で、可憐のクラスの担任を務めている29歳の女性だ。
「今日も可憐のこと、よろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい。九条さんはこれからお仕事ですか?」
「ええ、今日はこの後すぐに広島へ行かなくてはならなくて」
「あら、大変ですねぇ」
「いえいえ、ですので今日のお迎えは神通に任せてますから」
「わかりました」
違和感だらけに思うかもしれないが、金剛は娘の幼稚園の先生に対しては、いつものデース口調ではなく、普通に流暢な日本語で話をしている。流石に母親としての世間体を気にしているのかもしれない。
「あ、そろそろ行かないとですね」
「あら、ではお気をつけて」
「ええ、では……カレン、良い子にしてるんデスヨ」
「はーいデス」
早々に金剛が駐車場に消えて、聞こえてきたエンジン音が遠くなるのを確認した可憐は瑠璃子に手を引かれて自分の教室に向かった。
「おはようごじゃいマース!」
可憐が教室に入ると、既に来ていた園児達の内、特に可憐と仲の良い女の子が歩み寄ってきた。
日本人特有の黒髪をセミロングにした純和風の女の子、幼児でありながら既に将来美人になるのは間違いないと思わせるほど可愛らしい顔の彼女の名は仙石 樹、この桂島中央幼稚園のある町の町長の孫娘だ。
「かれんちゃん、おはようございます。だよ?」
「わざとデース!」
桂島中央幼稚園は離島の幼稚園にしては規模がそれなりに大きなものだが、園児の数は全体で20人に満たないほど少ない。
特に可憐の年齢だと7人しかいないのだ。その中でも、特に樹と可憐は仲が良い、可憐が編入したばかりの頃から何かと声を掛けてくれて、一緒に遊んでくれて、今では可憐にとって樹が一番の親友と言っても良い程に。
「かれんちゃん、きょうはおままごとしよう?」
「YES!」
母親譲りの底抜けの明るさと天真爛漫な性格、それが幸いしてか可憐はあっという間に幼稚園の人気者になっていた。
日本人離れした容姿に、最初こそ怖がられていたが、可憐の誰とでも仲良くなれる才能とでも言えば良いのか、その才能と性格が直ぐに人を惹き付けるのだ。
夕方、幼稚園も終わり、バス送迎の園児達が帰った時間、親の送り迎えを待つ園児達は教室で遊んでいた。
可憐もまた同じで、樹と一緒に人形遊びに興じていたのだが、ふと聞き覚えのある足音が聞こえて教室の入り口に目を向ける。
「可憐ちゃん、お迎えが来ましたよ」
「遅くなってごめんね?」
「じんつうおねえちゃん!」
瑠璃子の後から教室に入ってきたのはモノトーンカラーの花柄フレアスカートに袖口リボンの黒いカットソー姿の神通だった。
普段の鉢巻と一体になったリボンではなく、普通のピンクのリボンを後頭部に付けて珍しいお洒落姿だが、可憐の送り迎えをする時の神通は結構大人なファッションスタイルで居る事が多い。
「かれんちゃん、ばいばい」
「またあしたデース!」
樹と別れて可憐は神通の側に歩み寄った。神通はいつも通り優しく微笑むと可憐の手を取って繊細な力加減で握り締める。
「では、先生……失礼しますね」
「はい、帰り道もお気をつけて」
幼稚園を出て可憐と神通は駐車場へ向かう。その一角には神通の愛車であるレクサスと呼ばれる大型セダンが停めてあった。
「おねえちゃん、パパはもうお仕事終わったデス?」
「提督……いえ、湊さんはまだお忙しい時間ですね。ですので、今日は私と夕立ちゃんが家に居ますよ」
「ゆうちゃん、もう家に居るんデスカ?」
「はい、先にお夕飯の用意をして待っていますよ……今日は可憐ちゃんの好きなチーズ入りハンバーグです」
「はんばーぐ……!」
レクサスの後部座席に用意してあるチャイルドシートに可憐を座らせて、神通は運転席に座る。夕飯がハンバーグだと知って、自分のリクエスト通りだと喜ぶ可憐の可愛らしい姿に優しい笑みを浮かべながら、神通はゆっくりとアクセルを踏んだ。
帰り道、安全運転を心掛ける車内で幼稚園での事を話す可憐に相槌を打ちながら、神通は絶えず微笑んでいた。
次回は鈴谷メインの回、その次は鳳翔さんといった感じでしょうか。
その鳳翔さんの話辺りで加賀や長門、陸奥の関係に動きを見せる予定です。
そして、次々回は日本最強の艦娘5人についてより詳しい話とそれに関連して最強の敵について触れる予定です。