艦隊これくしょん~子持ちの艦娘~   作:剣の舞姫

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神通をメインにしたお話です。


第十三話 「神通の一日」

艦隊これくしょん

~子持ちの艦娘~

 

第十三話

「神通の一日」

 

 川内型軽巡洋艦2番艦、三姉妹の次女である神通は物腰が穏やかで物静か、清楚な大和撫子だというのは提督であれば誰もが知っている。

 そんな神通の朝は早い。早朝のまだ日が昇る前には起床して同室の姉妹達を起こさないように山吹色のジャージに着替えて部屋を出ると、そのまま外へ向かってグラウンドへ行き、ランニングを始めた。

 トラック一周1kmを10周して、更に一通りの筋トレを終えると、ドックへ向かってシャワーを浴び、部屋に戻って制服に着替えたら姉と妹を起こす時間だ。

 

「姉さん、那珂ちゃん、朝ですよ」

 

 これで妹の那珂は直ぐに起きてくれるのだが、夜遅くまで起きてた姉の川内は中々起きない。そして、寝惚け眼のまま着替えをする那珂がビックリして目が覚める事になるのはこの直ぐ後だ。

 笑顔のまま神通は懐から一本のハリセン(洋半紙製)を取り出し、大きく振りかぶると、勢い良く振り下ろした。

 

「あいだぁあああああ!?!?」

「おはようございます姉さん、朝ですよ」

「じ、神通~そのハリセンやめてって言ったよねぇ?」

「知りません。夜更かしして中々起きない姉さんが悪いんですよ」

「いや~、でも夜になるとどうしても血が疼くって言うか……」

「もう一発行きますか?」

 

 真っ青な顔で首を横に振る川内を尻目に、着替えを終えた那珂は二人の姉の内、次女である神通について思いを馳せていた。

 

「(う~ん、神通ちゃんって前の神通ちゃんより厳しいかも……色んな意味で)」

 

 ようやく川内も起き上がって着替えを終えた所で三人は朝食に……ではなく演習場へ向かった。

 これより行われるのは神通教官による水雷戦隊の教導だ。これを朝食の時間までぶっ続けで行うのが湊達が桂島第3鎮守府に異動してきてからの恒例なのだ。

 三人が演習場に着くと、既に他の軽巡洋艦や駆逐艦達が揃っており、川内と那珂がその中に混じると、全員揃って神通に敬礼する。

 

『おはようございます!!』

「はい、おはようございます」

 

 同じく敬礼で返した神通は一人一人の顔色をチェックし、全員問題ない事を確認すると、先ずはストレッチから始めさせた。

 そして、ストレッチが終われば早速教導の始まり。最初に神通からその日の教導メニューが伝えられる。

 

「今日は少し趣向を変えてゲーム感覚の演習から始めましょうか」

 

 珍しい言葉が神通の口から出てきた。ゲーム感覚などと、普段の神通であれば絶対に口にしない言葉なだけに嫌な予感が止まらない一同だった。

 

「やるのは鬼ごっこです。私が鬼になりますので、皆さんは制限時間が終わるまで逃げ切って下さい。ただし、捕まった場合は陸に上がって終了まで腕立てを続ける罰ゲーム付きです」

 

 逃げる側は演習弾だが神通に対する攻撃は自由で、神通は砲撃も魚雷も禁止、制限時間は30分というルールを設けた。

 

「では皆さん、私が10を数えたら追いかけますから、自由に逃げ回って下さいね……1、2、3」

 

 数え始めた。慌てて海上を走り逃げ出す軽巡、駆逐艦達だが、神通が10を数え終わった時、悪夢は始まる。

 

「10……では、神通……参ります」

「え?」

 

 一瞬の出来事だった。先ほどまで神通が立っていた所から神通の姿が忽然と消えて、気がついた時には既に如月の後頭部が掴まれており。

 

「はぶ!?」

 

 思いっきり顔面を海面へと叩き付けられた。

 

「如月ちゃん、終わるまで腕立てです」

 

 哀れ如月、腕立てを30分間行う事が決定したのだった。

 

「如月ちゃん!? このぉ!!」

「ちょ、睦月ちゃん!!」

「良い判断ですね睦月ちゃん、そして吹雪ちゃんは迷ってる暇は無いのではないのでしょうか?」

「「え、ちょ、きゃあああああ!?!?」」

 

 睦月の砲撃を軽々避けながら接近した神通は睦月と吹雪の胸倉を掴んで走り出し、こちらに気づいて砲撃しようとした潮、山風に二人を投げつける。

 

「え、ええええ!?」

「ひゃあああ!?」

「ど、どいてどいて~!!」

「当たるにゃし~!?」

 

 結局、飛んできた二人を受け止めた潮と山風を含めた4人はアウト、そのまま陸に上がって如月の横に並び、腕立てを行う事となった。

 

「オウ! 逃げるなら私が得意~!」

「そうですね、速度で言えば……ですが」

「をうッ!?」

 

 いつの間にか島風の行く先へと先回りしていた神通、島風はそのまま神通の懐へと突っ込む事となった。

 

「おいチビ共! オレと龍田の後ろから離れるなよ!」

「あらあら天龍ちゃんったら~、神通ちゃんと真正面から戦う気~?」

「お、おうとも! オレが本気になれば神通くらい……」

「私くらい、何ですか?」

 

 結局、30分と掛からずに全員が捕まった……というより神通の拳や脚によってボロボロにされてしまうのだった。

 

「さて、ゲーム感覚だったとは言え……少し情けない結果に終わってしまいましたので、残りの教導は少し厳しめに行きましょうか」

 

 この日、朝食の席で軽巡洋艦や駆逐艦はボロボロの状態で碌に食事も喉を通らない者が多発するのだった。

 

 

 朝食を終えて、神通は幼稚園へ可憐を送る金剛に代わり秘書艦を勤める事となっているので、提督執務室に来ていた。

 後ろには何故か川内と那珂も来ており、執務室に入ったのだが、湊は不在だった。

 

「あら? 大淀さん、提督は……?」

「提督でしたら第2鎮守府の御高少佐と今後の連携について話し合いがあるからと、榛名さんを連れて第2鎮守府へ向かわれましたよ」

「そうですか、では提督の業務を私が代わりに行いますね」

「お願いします」

 

 後ろで逃げ出そうとした川内と那珂の襟首を掴んで執務室に入った神通は二人をソファー席に座らせて、自らは湊が普段座る提督席に座った。

 そして、目の前のパソコンがスリープ状態になっているようなので、解除して途中になっていた報告書を書く為にキーボードを叩き始める。

 

「へぇ、神通ってパソコンが使えるんだ」

「ええ、呉に居た頃は提督のお手伝いでよく使っていましたから」

 

 実際、神通はブラインドタッチをマスターしており、キータッチの速度も随分速い。更にワードやエクセルといったOfficeソフトは一通り使える。

 その甲斐あってか、神通は自分用のノートパソコンを湊からプレゼントされており、それを使ったメールなどもお手の物だ。

 

「へぇ、良いな~神通ちゃん。確かスマホ? っていうのも持ってるんだよね?」

「持ってますよ」

 

 そう言って神通は懐から黒いスマートフォンを取り出した。連装砲ちゃんストラップが付いただけの飾りっ気の無い無骨なスマートフォンだが、逆にそれが神通らしい。

 

「名義は提督ですが、私の私用という事で預かっています。夕立ちゃんも持ってますよ」

 

 因みに夕立のスマホは金剛が名義になっている。

 

「それより姉さん、お任せした資材の帳簿整理、終わりましたか?」

「あ~、もうちょい」

「そうですか。那珂ちゃんの方は、出資額の計算は終わりました?」

「うぇ~ん! 算盤苦手だよ~!!」

「電卓をどうぞ」

 

 すかさず大淀が電卓を取り出して那珂の前に置いた。

 こうして、昼食の時間になるまで神通は川内と那珂と共に提督執務室で執務を続けるのだった。

 

 

 昼食が終わり、演習場では夕立を教官に第3鎮守府の全艦娘の教導が行われているのだが、そんな中で神通は川内と那珂を連れて鎮守府の外に出ていた。

 三人とも制服ではなく私服に着替えて外出届を憲兵に提出、そのまま神通が運転する金剛の車(神通の車は車検に出している)で街まで出た三人は間宮や鳳翔に頼まれた物を買いに商店街を歩く。

 

「えっと、間宮さんに頼まれた小豆業務用パック5kgと小麦粉業務用10kgはオッケーだね」

「鳳翔さんに頼まれたお醤油とみりんもオッケ~!」

「そうですか……では、何処かで休憩しましょう」

 

 買った物を車に積み込んで鍵を閉めると、三人は適当な喫茶店に入った。

 川内はパンケーキと紅茶のセットを、那珂はシフォンケーキと紅茶セット、神通はぜんざいと緑茶のセットを注文し、それぞれ一息吐く。

 

「いや~、それにしても神通ってアレだよね。もう艦娘引退しても問題無いくらい人間の暮らしに溶け込んでるよ」

「そうでしょうか?」

「うんうん、車も運転出来るし、買い物だって堂々としてたもん」

 

 建造されてからもう10年、それだけの時間を生きてきたのだ、人間社会の暮らしというものに慣れるのも当然と言えば当然だろう。

 

「いずれ、深海凄艦との戦争が終われば……そうですね、普通の暮らしが出来るでしょうから、今から姉さんと那珂ちゃんも覚えておくと良いですよ」

「そうね~、あたしは車の運転とか興味あるかも」

「那珂ちゃんはアイドル! 鎮守府だけじゃなくて全国デビューするよ!」

 

 そんな未来も有りだろう。深海凄艦との戦争が終われば、そんな未来が来てもおかしくないのだから。

 

「それで神通は? 提督と一緒に行くのかな~?」

「いえ……提督は金剛さんとご結婚されていますから、私は精々提督の秘書としてお側に居られれば」

「神通ちゃん夢無さすぎ~! もうちょっと夢のある未来は無いの?」

「夢と言われても……そうね、大学へ通って、教師になる、というのも面白いかもしれません」

 

 教官をやっていると、誰かに教える事の楽しさというものを感じる事がよくある。神通は長いこと教官を勤めているから余計にその気持ちは強いのだ。

 

「可憐ちゃんが高校生になって、その通う学校で私が教師……面白いと思いませんか?」

「あ~! 確かに面白いかも!」

「良いんじゃない? 金剛さんも賛成するかもしれないよ」

 

 そんな夢のような話をしながら三姉妹の夕方は過ぎ去っていく。

 喫茶店を出た三人は鎮守府へ帰り、くたくたになった艦娘達に申し訳ないと思いつつ間宮と鳳翔に買った物を届けるのだった。

 

 

 深夜、誰もが寝静まった時間、神通はまだ起きていた。制服姿のまま弓道場で正座し、目を閉じて精神統一をしている。

 

「……提督、まだ起きてらしたのですか?」

「こっちのセリフだ」

 

 ふと、道場に湊が入ってくる気配を感じた神通は目を開けた。すると、案の定道場に入ってくる湊の姿があり、苦笑しながら出迎える。

 

「提督」

「ん?」

「いえ……静かな、夜ですね」

「ああ、静かな夜だ」

 

 道場から見える夜空を見上げながら、二人は特に会話らしい会話をするでもなく、ただ静かに同じ時を過ごす。

 湊と神通、この二人の付き合いの長さは金剛よりも長く、ある意味では金剛以上に神通は湊と通じ合っていると言える程の間柄だ。

 

「月が、綺麗です」

「……ああ」

 

 本当に、綺麗な月が夜空に浮かんでいる。そんな月を見上げながら、二人の静かな時間は、ゆっくりと過ぎていくのだった。




次回は新入り4人の話になるかと。

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