艦隊これくしょん
~子持ちの艦娘~
第十二話
「湊の力」
艦隊が帰還した。大破や中破、小破した者は居たものの、轟沈者は一人も居ない。戦果としては上々と言える結果を持って18名は堂々と鎮守府に戻ってきた。
湊は大破した由良と中破した山風を最優先で入渠ドッグへ向かわせ、小破した者も順番に入渠ドッグ行きを指示する。
「それで夕立、神通、榛名、何か変わった事はあったか?」
「いえ、何も」
「夕立も何も見なかったっぽい」
「えっと、榛名も特には」
「そうか……いや、それなら良いんだ」
幸い、最悪の敵の姿は確認されなかったようで何よりだ。湊は三人にも補給する為に食堂へ向かうよう指示しようとしたのだが、鎮守府の建物から三人の艦娘がこちらに歩いてくるのが見えて足を止めた。
「長門、陸奥、加賀、何か用か?」
「何か用、だと? 貴様、よくも抜け抜けとそのような言葉を口に出来たものだな」
「大破した由良と中破した山風の件、聞いたわよ」
「まだ未熟な二人を、今回のような強敵を相手に出撃させるなど正気の沙汰とは思えません」
どうやら、敵の編成を知っていて建造されたての由良や未熟な山風を出撃させて大破、中破させた事がお気に召さないようだ。
「やはり貴様も前原と同じようだな! 艦娘が轟沈する事など如何でも良いと考えている屑だ!」
「じゃなきゃ、あの子達を出撃させるなんてするわけがないわ」
「失望しました。やはり貴方には我々の提督となる資格は無かったようですね」
色々と好き勝手言っている。思わず口出ししようとした榛名だったが、神通が榛名の前に手を出して彼女が一歩前に出ようとしたのを止めた。
「神通ちゃん?」
「大丈夫ですよ」
見れば神通も夕立も涼しい顔をしていた。自身が長年仕えて来た提督が侮辱されているというのに、憤る様子も無い。
「何とか言ったらどうなんだ!」
「……なら言わせて貰うが、その未熟な山風や由良の方がお前達より強いというのは、どうなんだろうな?」
「なっ!?」
未熟な山風、建造されたばかりの由良より、長く存在している長門達の方が弱いと、湊は断言した。
勿論、錬度で言えば長門達の方が高い。しかし、長門達は装備の更新を、湊が改装、開発した装備を持つ事を拒否している為、未だに初期装備のまま。
何より、三人は心が鎮守府の誰よりも未熟だと湊は考えている。それに、そもそも今の長門達には何を言ったところで通じない。ならば湊は彼女達に対して今は鬼である事を徹する。
「もう我慢ならん……!」
「死んで貰います」
「悪く思わないで頂戴」
三人とも、艤装を展開して湊を殺そうとした。既に艤装を仕舞っている神通、夕立、榛名など艤装を展開した自分達の敵ではない。
だからこそ、今なら湊を殺せるチャンスだと判断したのだろうが……そもそも湊をただ後方から指示を出すだけの提督だと思っている時点で甘いのだ。
「「「っ!?」」」
銃声が3発、それだけで長門と陸奥の艤装コアが破損、加賀は弓が折れて矢筒が破壊されてしまった。
湊の手には銃口から煙を上げる拳銃が握られており、長門達に銃口を向けている。
「Five-seveN MK2、長年俺が愛用する銃だ。お前達、艦娘や深海凄艦にとっては玩具にしか思えないだろうが……こいつには特別な銃弾が装填されていてな」
Five-seveN MK2に装填されている銃弾は大本営の技研にて開発された対深海凄艦用の銃弾だ。
銃弾の構成材質は深海凄艦の艤装の破片を掻き集めて溶かした物を使い、中の火薬には深海凄艦の骨の粉末が混ぜ込まれている。
海軍ではこの銃弾を怨霊弾と呼んでおり、拳銃用から自動小銃用、ライフルやショットガン用など様々な銃に対応出来るよう数多く開発しているのだ。
効果は実験の段階で拿捕した深海凄艦や反逆罪で解体ではなく死刑が確定していた艦娘に向けて使用した際に確認されており、怨霊弾は通常弾では一切の傷を付けられない深海凄艦にも艦娘にも間違いなく効果を齎した。
「くっ! なら!!」
艦娘は艤装を展開している間は人間を超越した身体能力を持つ。ならば格闘戦でと考えたのだろう長門が襲い掛かるが、それは現役軍人である湊に対して悪手だ。
「ふっ!」
「ぐぁ!?」
冷静に右手を取って背負い投げ、背中から長門を地面に叩き付けて左手を自身の腰に伸ばした湊は、次の瞬間、背中に仕込んでいた小太刀を抜刀して長門の顔の横すれすれに刃を突き刺した。
「っ!」
「この小太刀は陸奥鉄と深海凄艦の艤装の破片を混ぜ合わせて作った刀だ。銘を“矛盾”、人類の希望たる艦娘の元となった艦の一部と人類の敵たる深海凄艦の一部を使って作った矛盾の刀であるが所以だ」
よく湊は戦えない、白兵戦はしないと思われているが、決してそんなことは無い。現役の軍人である以上、戦闘訓練は行っているし、そもそも提督になってからの10年、深海凄艦と湊自身が戦った事が無いわけではないのだ。
「お前達が俺を殺したいのなら好きにすれば良い。だが、今のお前達は人間である俺にすら簡単に負けるような雑魚だ。俺を殺したければ強くなれ」
小太刀を引き抜き、背中から鞘を取り出すと納刀、銃も軍服の内側のホルスターに収めて立ち上がった湊は怯んだ顔でこちらを見る陸奥、それから無表情で睨んで来る加賀を視界に収めるとフッと不適な笑みを浮かべて無言のまま立ち去った。
夕立と神通もそれに続き、困惑していた榛名も後を追うと、残された長門、陸奥、加賀は悔しそうに俯く。
「ねぇ、長門、加賀……もう無理じゃないかしら、あの男を殺すのなんて」
「少なくとも、今は無理ね」
「……あの男の言う事に従うのは癪だが、確かに今のままでは無理なようだ」
湊を殺したければ強くなれ、なるほど確かにその通りだろう。今の自分達は艤装を展開して人間を超越しているというのに、その人間である湊にあっさり負けてしまうような体たらくだ。
「それにしても、驚いたわ……九条提督、提督って立場だから油断してたけど、普通に強いのね」
「そうね、前原は全然鍛えてた様子も無かったけど、九条提督は随分と鍛えているみたいだわ」
「実戦経験もあるようだな」
実際に戦ってみて判った。前原元提督のようにブクブク太り、酒とヤニで体内ボロボロの、金で伸し上がった似非軍人とは違い、湊は……あの男は間違いなく修羅場を何度も経験している本物の軍人だ。それも、自身が死に掛けるような実戦と修羅場を何度も何度も経験して今の地位まで上り詰めている。
「強くなるぞ。そして先ずは金剛と夕立を艦隊総旗艦、第一主力艦隊旗艦の座から引き摺り下ろす」
「そして神通も今の立場から引き摺り下ろして最後には」
「九条湊を殺す、金剛さんも夕立も神通も」
湊から言質は取った。殺したければ強くなれというのなら、強くなって殺して見せると、三人は新たに誓い直し、更なる強さを求めて訓練に励む事にするのだった。
執務室に向かう湊と、その後ろを歩く神通、夕立、榛名は特に会話らしい会話は無かった。いや、正確に言うなら榛名だけ何かを聞きたそうにしているものの中々切り出せずにいるといったところか。
「榛名、聞きたいことがあれば聞いて良いぞ」
「はい、あの……先ほど提督が使った銃弾や刀についてなのですが」
「ああ、怨霊弾と矛盾か」
「その、本当に艦娘にも効果がある武器を、大本営は開発したのですか?」
榛名の問いは最もだろう。何しろ自分たちを殺傷しうる武器を、自分達の組織の大本が開発したなどと、とてもではないが穏やかな気持ちではいられない。
「事実ですよ。と言っても最初は本当に深海凄艦に対抗する為の武器の開発が目的で、私達にダメージを与えられるという効果は副次的な物です」
「ただ、その副次的な効果が反逆する艦娘の鎮圧に使えるからって事で一部の提督さんに配布されているっぽい」
勿論、それはあくまで副次的な目的に過ぎず、本来の使用用途は陸まで上がってきた深海凄艦との白兵戦用だ。
深海凄艦は陸上でも変わらない戦闘能力を持つ。それに対して人間だけが抵抗出来ないのは不味いという事で一部の提督と、それから陸軍からの派遣である憲兵には基本装備として供給されている。
「本来であれば使う場面など来ない方が良い武器だ。だからこそ、榛名達には頑張って貰わないとな」
「はい! それが提督の願いでしたら榛名、全力で頑張ります!」
「ああ、期待してるよ」
そう、榛名には特に期待している。何しろ榛名は次期第一主力艦隊旗艦となる存在なのだ。
それを知っているからこそ、榛名も湊の期待に応える為にこれからも努力を続けようと決心した。いつか、湊に期待して良かったと思って貰えるように、そして何より尊敬する金剛に……音速と呼ばれる姉に追い付く為に。
これが、近い将来“雷速の榛名”と呼ばれる日本最強の艦娘の一角を担う事になる、今はまだ未熟な榛名の始まりだった。
人間である湊にも負けた事で、今よりもっと強くなる事を決意した長門、陸奥、加賀の三人、強くなる為にこれから金剛達にも教えを請う事になるでしょう。
今は湊を殺す事を目的としていますが、陸奥辺りは切欠があれば直ぐに和解しそうです。