紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第9話 吸血鬼異変 Part 3

 

 

 ––––神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 

 レミリアが紅い弾を高速で投げつける。

 それはまるで槍のような形をとりながら、紫に向かって飛んで行く。

 

「……無駄なことを」

「ッ!!」

 

 紫は自身の目の前でスキマを開く。それはグングニルを飲み込んでしまう。

 そして同時に、レミリアの背後に開いたスキマからグングニルが飛び出して来る。

 レミリアはそれに気がつき避けようとするも、右半身を抉り取られてしまった。

 

「あぁ……我ながら素晴らしい威力だ」

 

 レミリアは身体を再生させながら言う。

 

「お前も、そう思うだろう?」

「ええ、まったくその通りですわ」

 

 ––––廃線「ぶらり廃駅下車の旅」

 

 紫は新たにスキマを開く。

 開いたスキマからは電車が現れ、それはレミリアに突進した。

 しかしレミリアは、片手でそれを受け止める。彼女は余裕の笑みすら浮かべていた。

 そして後方へと下がることで、電車を受け流す。

 

「これは掃除が大変そうだな」

「心配ご無用ですわ」

 

 壁に突っ込んだ電車は、大きな音を立てながら壁にぶち当たると、勢いを失って床へと落ちた。

 しかし次の瞬間には、床に開いた大きな隙間に飲み込まれ、電車は姿を消した。

 

「お掃除は得意なのよ」

「ふざけるな。壊れた壁はどうしてくれる?」

「それは突然殴り込んで来た代償ですわ」

「はっ、笑わせてくれるな。私はこの幻想郷を支配するんだ。つまりお前も私の配下になるんだぞ?」

 

 レミリアは目で『お前が直せ』と訴えた。

 

「あらあら、貴女にそんなつもりが無いことは分かっておりますわ」

「なんだと?」

「もし本気で貴女がこの幻想郷を支配するつもりなら……貴女が此処に来る前に、私は貴女を消していたでしょう」

「ほう……? なら仮に、私が幻想郷を支配するつもりもなく殴り込んだということにしよう。どうしてお前は、私の侵入を許したんだ?」

「幻想郷に必要な運命ですもの」

「フハハハハッ! 私の前で運命を語るつもりか?」

「貴女が運命を操ることができることは存じております」

「な、なんだと……?」

「その上で何故、貴女がこの幻想郷を支配する運命を手繰り寄せないのかも、存じておりますわ」

「…………面白くない冗談だな、黙れ」

「貴女には分かっているのでしょう? 幻想郷を支配することなんて––––私に勝つことなんて、貴女には出来ないということが」

「ッ…………」

 

 レミリアは唇を噛み締めながら、言葉を飲んだ。

 彼女には何も言い返せない。

 

「さて、どうしましょうか?」

「……ああ、私の負けだよ。いくら運命を操ることが出来るとは言えども、存在しない運命を手繰り寄せることはできないからな」

「何を掛けても、ゼロはゼロですものね」

 

 レミリアは知っていた。

 彼女が紫を倒し、幻想郷を支配できる可能性が0であるということを。

 

「だがな、私は誇り高き吸血鬼だ。簡単に諦めはしない。自分の運命にも抗ってみせるさ」

「ふふっ……いいでしょう。幻想郷は全てを受け入れますわ」

 

「「こんなに月も紅いから?」」

 

「暑い夜になりそうね」

「賑やかな夜になりそうですわ」

 

 

◆◇◆

 

 

 ガチャッと音を立てながら扉を開く。

 

「……あら、もう終わっちゃったかしら?」

「来るのが少し遅かったわね。たった今、終わったところよ」

「吸血鬼とやらを楽しみにしていたのに……残念ね」

 

 階段に(もたれ)れ掛かりながら眠る少女を見て、幽香は呟いた。

 紫はスキマを開くと中に手を突っ込む。そして何かを引っ張り出した。

 

「だぁーもぉ! 角を引っ張るな!!」

「いいでしょう? 取れることなんて無いのだから」

「そういうことじゃない!」

 

 現れたのは伊吹萃香だった。

 幽香は2人の様子を見ながら、少しだけ笑った。

 

「くそっ……で、終わったのかい?」

「ええ、たった今、異変を解決したところよ」

「そうかいそうかい。それで、主犯はそこに眠ってるやつか?」

「そうよ。レミリア・スカーレット。本当に恐ろしい吸血鬼だったわ」

「……にしては、随分……余裕そうだが?」

「あら、まだ喋るほどの力が残っていたのね」

「バカ言え。私が……あの、程度で……く、くたばる訳が…ないだろう?」

「ではもう一度、痛い目を見せましょうか?」

「ッ…………」

 

 レミリアには、辛うじて喋る程度の力しか残っていなかった。

 

「レミリア・スカーレット。貴女には、罰を受けてもらいますわ」

「はっ、十分…痛い思い、をしたと……思うが?」

「貴女の本心がどうであれ、貴女の行為は侵略行為に他なりません。それ相応の罰が必要です」

「あー……はいはい、分かったよ。それで、どんな罰?」

「謹慎ですわ」

「……謹慎? 随分と、優しい罰だ…な」

「今からこの館の周りに結界を張ります。私以外干渉することは出来ない、強固なものを」

「フッ……強制的に、謹慎させ…るのか。何が、目的なんだ?」

「それは時が来れば、お話しいたしますわ。でも、貴女になら視えるんじゃありませんの?」

「……私には、他人の思考まで視える訳じゃないからな」

 

 息を切らしながらレミリアは続ける。

 

「まあ、起こりうる可能性から逆算することもできるが……お前の場合は難しいぞ、八雲紫」

「ふふっ、お褒めの言葉として受け取っておきますわ」

 

 レミリアは深く溜息を吐いていた。

 

 その後、詳しい取り決めは後日相談することとなり、ひとまず紫たち3人は館を出ることになった。

 館を出ると大勢の力のない妖怪たちがいたが、3人の妖気に恐れをなして、逃げ惑うことしかできていなかった。

 3人が館を出ると、紫は館の周りに結界を張った。

 そして、紫がスキマを空け、3人とも幽香の家へと移動した。

 

 

「2人ともお疲れ様。本当に助かったわ」

「そう思うなら、酒が欲しいところだね」

「もちろん用意しているわよ」

 

 紫はスキマを開き、中から酒を取り出した。

 

「流石だね紫ぃ! あんた最高だよ!」

「……貴女たち、どうして人の家で宴会を始めようとしてるのかしら?」

「いいでしょう、幽香」

「はぁ……ちゃんと片付けるならね」

「心配いらないわよ。ちょっと、藍? 来てくれるかしら?」

「はい、紫様。なんでしょうか?」

「3人で小さな宴会をするわ。準備と片付けをよろしくね」

「畏まりました」

 

 紫が開いたスキマから、なんの戸惑いもなく現れた八雲藍は、ゆかりの指示を受けてそそくさと準備を始めた。

 

「あんたも苦労人だねぇ」

「式として当然ですから。それに、人ではありませんよ」

「はっはっはっ、面白い子だねぇ! 紫と違って良い子だしなぁ」

「本当によく出来た式神ね。なんでこんなに出来た子がこんなヤツの下で働いてるのか、甚だ疑問だわ」

「ちょっと2人とも、酷くないかしら?」

 

 3人は軽口を言い合いながらも、それぞれがそれぞれなりに楽しんでいた。

 そして紅く輝いていた満月に変わり、太陽が燦々と照る頃に3人は解散することになった。

 

「じゃあ私はこれで失礼するよ」

 

 萃香が紫の用意したスキマに足を踏み入れる。

 地底に帰った萃香を見送りながら幽香は言う。

 

「ほら、あんたもさっさと帰りなさい」

「私が帰れば、藍も帰るわよ?」

「……」

 

 藍はせっせと後片付けをしていた。

 主の命令だからか、元々の生真面目な性格からか、藍は文句も言わずに働いている。

 それも、かなりの働きぶりだ。

 紫や萃香がかなり散らかしていたが、段々と片付いていた。

 幽香はそれを見て感心すると共に、帰られてはまずいと感じていた。

 

「まあいいわ。ちょうど聞きたいこともあったもの」

「あら、何かしら?」

「貴女、あの吸血鬼が此処に来ることを、いつから知っていたの?」

「……あの吸血鬼が此処に来てからよ––––という答えでは納得してくれないようね?」

「言い回しが面倒くさい。つまり、此処に来ることは事前に知っていたということかしら?」

「ええ、そうよ。よく分かったわね」

「覗いたと言っていたでしょう? あの馬鹿でかい妖気が来てから大して時間は経ってないわ。ゆっくりと覗くような時間はなかったはずよ」

「……貴女、案外頭が回るのね」

「どうも。ただ、本当に聞きたいのはそこじゃない」

「どうしてあの吸血鬼の侵入を許したか、でしょう?」

「……ええ、そうよ。答えてくれるかしら?」

 

 紫はどこからか扇子を取り出すと、自身の口元を隠しながら笑った。

 そして答える。

 

「言ったでしょう?幻想郷の妖怪は腑抜けていると」

「……?」

「今回の騒動で、妖怪達は危機感を持ったはずよ。自身の力の衰えに気が付いてね」

「……」

「そして何か、対策を練らなくてはならないことにも気が付くでしょう」

「その対策とやらは、既にあるのかしら?」

「以前から少し考えているものがあるわ。まだ完成には程遠いのだけど……まあ、楽しみにしてなさい。この幻想郷が、さらなる楽園になるわ」

「紫様、片付けの方が終了致しました」

 

 まるでタイミングを図ったかのように、藍が話に横槍を入れた。

 これ以上は聞かせてくれないのだろう、と幽香は察する。

 

「そう、お疲れ様。幽香、片付けはこれでいいかしら?」

「ええ。ありがとう」

「いいのよぉ〜これくらい」

「……あんたには言ってない。藍、ありがとうね」

「いえ、これも仕事ですので」

「じゃあさっさと帰りなさい。特に八雲紫とかいう女は、2度と来なくていいわ」

「ええ、また来るわ。さて帰りましょうか、藍」

「はい。失礼しました」

 

 藍は幽香に一礼すると、紫の後に続いてスキマに入る。

 そして、スキマは閉じられた。

 

「……私にとっては––––」

 

 幽香は窓から見える花々に視線を移す。

 

「私の花が元気に咲ける環境があれば、どんな場所でも楽園なのよ」

 

 そう呟く幽香の顔には笑みが溢れていた。

 久々に楽しかった1日を思い返しながら、窓の外を眺め続けていると、妖精が飛んでいるのが目に入った。

 

「まあでも……やっぱり、多少の刺激は必要よね」

 

 そう言う幽香の顔には、先ほどとは少し異なる種類の笑みが浮かんでいた。


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