紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第8話 吸血鬼異変 Part 2

 

「ああッ! 鬱陶しいッ!!!」

 

 声を荒げる幽香は、パチュリーへと超極太妖力光線を放つ。

 威力も範囲も申し分ないものだ。

 

「ッ……」

 

 パチュリーはその威力に少し驚きながらも、魔法陣による盾でそれを防ぐ。

 少し押されるも、魔法陣が破られることはなかった。

 そして再び、パチュリーは小さな魔力弾をばら撒く。

 幽香はそれを避けることはせず、手に持っていた日傘で払いのける。

 その魔力弾の威力は大したことのないもので、日傘を使わなくとも素手で払いのけることができるほどだった。

 しかしその量は夥しく、闇雲に突っ込めるものではない。

 遠距離戦が苦手なわけではないが、魔女を相手にするには些か不利である。

 幽香は間合いを詰めたいところだが––––

 

「なんて数……邪魔くさいッ!」

 

 自身に飛んでくる小さな魔力弾たちを払いのけるので精一杯だった。

 そしてそれが、幽香を苛立たせる。

 もっと言えば、パチュリーがこんな子供騙しで時間を稼いでいることにも、殆ど私を仕留める様な攻撃を仕掛けてこないことにも、腹が立っていた。

 

「……ふふっ」

 

 そしてそれは、パチュリーの思惑通りであった。

 冷静さを失えば、どんな強者も弱者になり得る。

 感情的になればなるほど、思考は短絡的になる。

 

 ––––しかし、そんなことに幽香が気付かない筈がなかった。

 幽香が苛立っているのも、そしてその苛立ちが隠せていないのも確かな事実である。

 しかし彼女は、内心冷静であった。苛立ちを覚えつつも、冷静に戦況を見つめるだけの経験値が、幽香にはある。

 そして、この打開策も既に––––

 

 

 ––––花符「幻想郷の開花」

 

 

 幽香は空間中に幾つもの花を咲かせた。

 花々がパチュリーの魔力弾にぶつかり、打ち消し合う。

 幽香にとって邪魔でしかなかった魔力弾が姿を消した。

 

「死になさい」

 

 幽香が飛び上がり、パチュリーとの間合いを一気に詰めた。

 パチュリーは慌てて結界を張る。

 幽香の拳が結界にめり込むも、それが割れることはなかった。

 

「ふぅ……危ないわね」

「ちっ、破れない……」

 

 幽香は悪態を吐くも、何処か楽しげだった。

 

「貴女どうして笑っ––––ッ!?」

 

 パチュリーが何かに気づいて振り返る。

 そこには、結界の向こう側にいた筈の幽香が––––

 

「今度こそ、死ね」

 

 超極太妖力光線が、パチュリーを襲った。

 パチュリーに新たな結界を張る時間は、残されていなかった––––

 

 

◆◇◆

 

 

「ちょこまかと……ネズミか、あんたは」

「ネズミは侵入者のそっちじゃないかしら?」

「く……ッ!」

 

 フランが萃香の後ろへ回り込む。

 萃香がそれに気付き振り返るよりも前に、フランの拳が萃香の顔面に叩き込まれた。

 

「それに私は、ネズミほど弱くないわ!」

 

 フランは、その俊敏さで萃香を圧倒していた。

 距離のある位置から、一気に間合いを詰めて攻撃する。

 そして、すぐさま離れることで反撃をさせない。

 ヒット&アウェイを繰り返していた。

 

「はっはっはっ、今のは驚いたなぁ」

 

 加えてフランには、鬼にも劣らない腕力を持っていた。

 それは並大抵の妖怪なら、一発で致命傷を与えられるほどの威力を持っていた。

 

「でも、それだけだ」

 

 しかし、萃香に目立った外傷はない。

 純粋なパワーでは、フランが萃香に叶う筈がなかった。

 嘗ては山の四天王と呼ばれた萃香のパワーは、平凡な鬼のそれをも凌駕するものがあった。

 況してや、吸血鬼のパワーなど、萃香の足元にも及ばない。

 

「ふふ……あはっ……あはははははは!!!!」

 

 フランドールは笑い出す。

 何故いきなり笑いだしたのか、もちろん萃香には分からない。

 フラン自身にも、分かっていないかもしれない。

 

「最ッ高!! 全ッ然壊れない!!!」

 

 フランは右手を握りしめた。萃香の"目"を握り潰したのだ。

 それと同時に、萃香は内側で何かが爆発したように破裂した。

 

 ––––しかし、萃香は"壊れない"。

 

「そいつは、私にゃ効かないよ!」

 

 萃香は瞬時に自らを霧散させることで、フランの能力を無効化していた。

 フランが壊すことができるのは、霧散した小さな一粒の萃香のみである。

 そのたった一粒が破壊されようと、萃香には痛くも痒くもなかった。

 

「きゃはッ!! 本当に面白いのね! なら、これはどうかしら!?」

 

 

 ––––禁忌「レーヴァテイン」

 

 

 フランが真紅の(つるぎ)を出現させた。

 それは真っ赤に燃え上がり、部屋が一瞬で高温になる。

 

「まずい……酒が蒸発しちゃうね、これは」

 

 萃香の手にある伊吹瓢から蒸気が漏れ出していた。

 萃香の手や額にも汗が滲む。

 

「死んじゃえ!!」

 

 フランはその劔を萃香へと振り下ろす。

 萃香はなんとかそれを避けた。

 

「随分軽々と振り回すんだね。そのスピードで来られちゃ––––ッ!?」

 

 フランのレーヴァテインは、かなりの大きさを誇っていた。

 それが振り下ろされた今、萃香に逃げ場は無くなってしまった。

 もう少し広い場所なら、逃げられただろう。

 しかしここは見知らぬ部屋の中。

 後ろは壁、左右に逃げたところで振り回されては当たってしまう。

 

 ––––そして案の定、フランはそのまま劔を平行移動させた。

 萃香に逃げ場はない。

 

「これでバイバイ」

 

 フランがそう呟く。

 そして紅く燃え上がるレーヴァテインが萃香に––––

 

 

「…………?」

 

 

 ––––当たらなかった。

 

 と言うよりも、レーヴァテインが消失している。

 

「ど……どうしてッ!?」

 

 フランは一瞬だけ動きを停止した。

 この拮抗した勝負において、それが命取りになるということに、フランはまだ気づいていなかった。

 フランと萃香の間には、実力差以上に、経験値の差が大きかったのだ。

 

「酒の恨みは大きいんだよ」

 

 全ての酒が蒸発し、空になった瓢箪(ひょうたん)を手に萃香は呟きながら、フランへと飛びかかる。

 フランはまだ、現状を理解できていなかった。

 避けることができずに萃香の拳を顔面に喰らったフランは、そのまま吹き飛ばされてしまった。

 鬼の腕力から放たれた拳は、いくら吸血鬼のフランと言えども、耐えられるものではなかった。

 

「種明かしをすると、あんな炎は薄めてしまえばただの火の粉。鬼の体にゃ、傷一つ付けられやしないさ」

 

 萃香は部屋の中へと蒸発してしまった酒を瓢箪に(あつ)めると、それをグイッと飲んでからケラケラと笑いだした。

 

「まあ、もう聞こえてなさそうだけどねぇ」

 

 フランは壁にめり込んだまま気絶していた。

 

 

◆◇◆

 

 

「はぁ…はぁ……すみません、お嬢……さ…ま……」

 

 紅美鈴はそう言って倒れた。

 そんな美鈴の近くにスキマが開く。

 出てきたのは、美鈴と戦っていた八雲紫である。

 

 戦況は一方的なものだった。

 近接格闘を得意とする美鈴は、紫を自分の土俵に引き込むことができずに、文字通り手も足も出なかった。

 紫が生み出す神出鬼没なスキマたちが、標識や信号機、はたまた電車など、様々なものを繰り出し美鈴を襲った。

 初めのうちこそなんとか避けきり、時には打ち返すことで反撃を試みていたものの、スキマの中へと隠れてしまった紫にダメージを与えることなど美鈴には不可能だった。

 そして次第に動きが鈍くなった美鈴に、スキマから現れた幾つもの"漂流物"が当たるようになり、傷を負っていった。

 

 そして今、美鈴は力尽きて倒れてしまった。

 忠誠を誓った主のことを想いながら。

 紫はそんな美鈴を抱えた。

 

他人(ひと)の従者をどうするつもりだ?」

 

 そのとき声が聞こえた。

 声のする方には大きな階段がある。

 そしてその頂上に、この館の主––––レミリア・スカーレットがいた。

 窓から差し込む真っ赤な月灯りが彼女を照らしている。

 

「どうするつもりもございませんわ。ここに倒れられては––––邪魔でしょう?」

 

 紫はスキマを開くと、その中に美鈴を入れた。

 レミリアの後ろで何かが落ちる音がした。

 レミリアは振り返らずとも、それが何かを理解していた。

 

「随分と雑に扱ってくれるな」

 

 美鈴を階段の頂上に寝かしたまま、レミリアはその階段をゆっくりと下る。

 

「他人の従者ですもの」

「他人のモノだから、丁重に扱うのが常識なんじゃないのか?」

「生憎ここでは、常識などというものは通用しませんわ」

「はっ、そうかそうか。つまりお前はそういう奴なんだな」

 

 レミリアはニヤリと笑ってみせる。

 そして同時に黒い大きな翼を広げ、宙へと舞い上がる。

 

「「こんなに月も紅いから」」

 

「本気で殺すわよ」

「全てを受け入れますわ」

 

 

◆◇◆

 

 

「ゲホッゴホッ……んっ、はぁはぁ……」

「まさかあの状況で避けきるなんて……面白いわね」

「調子が悪ければ直撃だったわよ……ゲホッ」

 

 幽香の分身が放った妖力光線を危機一髪で直撃を避けたパチュリーは、勢いまでは殺すことができずに本棚へと突っ込んだ。

 手入れが行き届いていなかった為だろうか、パチュリーがその本棚へとぶつかった途端に埃が舞い上がった。

 それを吸い込んだパチュリーは、持病である喘息が悪化していた。

 もうパチュリーに戦う意思はない。

 

「さて、この館の主はどこにいるのかしら?」

「今からレミィの所に行くの?」

「ええ、それが此処へ来た目的だもの」

「……まあ、それなりに時間稼ぎはしたつもりだし、もういいかしらね」

「どういうこと?」

「レミィがこの幻想郷に殴りこんだのは、此処を支配するのが目的ではないのよ」

「……へぇ?」

「外の世界で居場所のない私たちを、受け入れて欲しかったの。でも、レミィには頭を下げて頼むなんて器用な真似はできないから……」

「それで殴りこむ形で此処に来ることになったのかしら?」

「そうよ。もし本気で貴女達を殺して、幻想郷を支配しようと思っていたら……配下に入れた妖怪達を、門の前なんかに配置しないわ。そんなところを通らずに館へ侵入するのは、分かっていたもの」

「……此処に来る前から、スキマのことを知っていたの?」

「スキマ……? ああ、あのテレポートのような能力のことかしら?」

「たぶん、それよ」

「レミィが知っていたのよ。どうしてかは……何となくの見当はつくけど、よく分からないわ」

 

 パチュリーはゲホッゲホッと咳をしつつ、服についた埃を落とす。

 叩いては埃を舞い上げてしまう為、撫でるように払い落としていた。

 幽香はそれを見ながら、長い間喘息に苦しんでいるのだろうと察した。

 

「レミィなら、ロビーで貴女のお友達と戦っていると思うわ。向こうにある扉から出て、まっすぐ道なりに進めばロビーへと辿り着くはずよ、確かね」

「確か……?」

「私、あんまり図書館を出ないから」

「そう……まあ、案内感謝するわ」

 

 幽香は扉の方へと歩き出す。

 パチュリーに背を向けたまま、扉へと辿り着くと、その扉に手をかける。

 幽香はそれを開くと同時にパチュリーへと言った。

 

 

「あれは友達じゃない」

 


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