「私は、運命を操ることが出来るわ」
少女は呟いていた。
「……でもそれは、他人の思考を支配できるということではないの。だから私は、貴女が何を考えているかは分からない」
はぁ……とため息を吐きながら、少女は言う。
「まさか殺される側にならない為に、自らを殺すなんて……」
少女の目の前で首の"二箇所"から血を出して倒れる女––––私には、すでに意識がない。
少女の呟きは、私には聞こえていない。
「それにしても––––パチェにあの石を"二つ"持たせておいて良かったわ」
私の首にぶら下げられていた石が、鈍い光を出し始めた。
その光は、まるで私を包み込むように広がる。
そしてすぐに光は弱まった。
完全に光が無くなると、その石は割れた。
それと同時に、私の目が開く。
「………ッ!」
「気づいたかしら?」
「……」
私は、確か––––
「貴女は自らの首を掻き切って自害したわ。何の躊躇いもなく」
「………どうして?」
勿論、私が問いたのは『なぜ自害したのか?』ではない。
なぜ、生きているのか––––
ふと、首から下げていた石が割れている事に気がついた。
前に見たとき、それは鈍く光っていたはずだが……すでに光はない。
「それは蘇生石。1度だけ肉体を蘇らせる事が出来るマジックアイテムよ」
「蘇生石……?」
「貴女の傷、無くなってるでしょ?」
「……ッ!」
私が自ら切った傷はもちろん、少女の牙による傷も消えていた。
「魂が身体から抜けてしまう前に、身体の異常を消す事で蘇生するらしいわ。私も多少なら魔法の心得があるけど……ここまで高度なのは、よく分からないわね」
私には勿論理解できないが……
私のナイフを受け、瀕死の状態だったパチュリーもこの石を使って蘇ったのだろうか?
「…………」
––––死に損なった。
気づけば、私の手元にナイフはもうない。
少女が取り上げたのだろうか。
ならば、舌を–––
「舌を噛み切って死ぬ、とか考えてるのなら……やめたほうがいいわよ。そんなんで死ぬなんて、不可能だから」
「そんなの、やってみなければ––––「分かるさ」
少女が私の言葉を遮って言う。
「私が言ってるの。間違いないわ」
「ッ…………」
少女は鋭く爪を伸ばした手で、私の頰に触れた。
「貴女は死なせない」
少女が言う。
「私の可愛い、咲夜」
「………サクヤ?」
「貴女の名前よ」
紅い月の灯りが窓から差し込んでいる。
その月灯りが、私と少女を照らしている。
少女の顔が鮮明に見える。
彼女は微笑んでいた。
「十六夜、咲夜。十六夜の昨夜、つまり十五夜を表した名前よ。この満月の下での出逢いにピッタリでしょ?」
「……なんで、名前なんか」
「それに、時を
「そんなことは聞いてない」
私は少女の手を振り払う。
彼女の爪が少し頰を擦り、細い傷が出来た。
血が滴り落ちる。
「なんで貴女に名前なんかを付けられなければならないのよ?」
「名前、ないんでしょ?」
「別に欲しいとも思わないわ」
「ダメよ。呼ぶのに困るじゃない」
「貴女が私を呼ぶことなんてあるのかしら?」
「あるわ。貴女が死ぬまでは、ずっとね」
「それは……貴女が私を殺すまで、ということかしら?」
「さっきも言ったはずだけど、私は貴女を死なせない。つまり、殺さないわ」
「分からないわ。私は貴女を殺そうとしているのよ?」
「貴女が私をどう思っているかは、重要ではないわ。私には、貴女が必要なの」
「……必要?」
少女の意図が読めない。
一体何を考えているの?
「貴女は、己のことを殺人鬼だと言っていたわね?」
「ええ」
「吸血鬼だって、人を食い殺す殺人鬼なのよ」
「…………」
「だったら同じ殺人鬼同士、仲良くしてみない?」
「……何を言い出すかと思えば、馬鹿げているわ」
「そうかしら?」
「私と貴女の間には、決定的に違う事がある」
「?」
「目的が違う。貴女は"食う"為に人を殺す。でも私は、"殺す"為に人を殺すのよ」
「ふふっ、面白い考えね。でも、結果は同じ殺人よ?」
「人外の貴女と同じにされたくないわ。貴女と私は違う。私を理解できる者なんている筈がない。私の居場所なんて、この世界にはないのよ」
私は淡々と言っていた。
そこに感情は篭っていない。
紅く輝いてる月とは対照的に、私の瞳は暗い闇のようだった。
「……ここがどんな場所か、貴女は知ってるかしら?」
「?」
少女が突然問う。
その質問の答えはもちろん、その質問の意図も私には分からなかった。
「ここは幻想郷。胡散臭い妖怪が作った、忘れ去られた者たちの楽園さ」
「……忘れ去られた者たち?」
「つまりは、勢力を失い、居場所がなくなった妖怪たちの隠れ家みたいなものよ」
少女は再び私の頰に触れた。
滴る血を指で拭き取り、それを自身の口に運んだ。
美味しい、と微笑んだ後に少女は続ける。
「私も外の世界で勢力を失った末にここに流れ込んだの。もう外の世界に、私の居場所はない」
「ッ……」
「私と貴女は、似ているのよ」
「別に私は……」
「確かに貴女は、"切り裂きザクラ"として外の世界では名のある殺人鬼だけれど……それは貴女なのかしら?」
「はぁ……? 何を言ってるのよ。もちろんそれは––––ッ」
私は、黙るしかなかった。
"切り裂きザクラ"が私であることは間違いない真実だ。
しかし悲しいかな、事実と真実は異なるのだ。
私以外の人間には、"切り裂きザクラ"は誰だか分からない。
もし仮に、私が自らを"切り裂きザクラ"だと主張しても、信じてはもらえないかもしれない。
彼らにとって"切り裂きザクラ"は、それこそ、妖怪のような類なのだから––––
「言葉に詰まるようね。それも当然さ。"切り裂きザクラ"を恐れる人々は、貴女を恐れているわけじゃない。この世界に居場所がないと言った貴女には、それが既に分かっていたのでしょう?」
「……」
何も言い返せなかった。
––––この世界に私の居場所はない。
「でも、違うわ。貴女には居場所がある」
「は……?」
「外の世界に居場所がなくとも、この
突如として、空間に亀裂が走る。
両端をリボンで結ばれたスキマの中から顔を出したのは、あの妖怪だった。
「ええ、勿論ですわ」
「盗み聞きとは感心しないな」
「あらあら。貴女にはバレていると分かっておりましたわ」
「だとしても盗み聞きには変わりないさ」
「それもそうかしら」
私には状況が理解できなかった。
動揺が隠せずに目を見開きながらも、必死に言葉を発する。
「貴女たち、手を組んでいたの?」
「そうなるのかしらねぇ……殺してほしいのは本当のことだけれど」
「はっ、笑わせてくれるな。私がお前を使役してるんだ」
「あら、また痛い目見たいのかしら?」
「ッ……まあ、そんなことはどうでもいいさ」
少女は私に視線を移し、手を差し出す。
「お前の居場所は
「…………」
「私の未来に––––いや、
「…………」
少女は私の目を真っ直ぐ見つめていった。
私も彼女の目を見て……それから、差し出された手を見る。
その手には先ほどのような長く鋭い爪はなく、少女らしい小さな手だった。
私はその手を––––
「………ッ!」
––––振り払った。
「馬鹿らしいわ。どれもこれも、私には関係のない話。そもそも私は、貴女を殺しにここへ来たのよ?」
私は立ち上がる。
少女を見下ろしながら、そう言った。
「………ふっ」
少女は一瞬驚いたが、意味深な笑みを浮かべた。
まるで私が、何を言い出すか分かっているかのように。
「貴女は私が殺す。それが私の––––十六夜咲夜の運命だから」
クスッと八雲紫が笑ったのが聞こえた。
少女はバサッと翼を広げて浮かび上がる。
「私の前で運命を語るか……ふふっ、いいだろう。私に隙があれば殺して構わないさ。その代わり、この館で働いてもらう」
私より頭一つ分ほど上から、少女は私を見下ろしながら言った。
「そして私のことは、お嬢様と呼びなさい」
「……畏まりました、お嬢様」
私は少女を見上げて、睨みつけながら言った。
「幻想郷に、新しい住人の誕生ね」
「ああ、そうだな。協力感謝する、八雲紫」
「では、約束通り––––」
「分かっているさ。これでお前の、そして私の望む幻想郷に近づくんだ」
「ええ、きっと」
「きっと、じゃない。絶対さ」
少女は言い切った。
そんな彼女には、