紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第6話 完全で瀟洒な従者 –– 十六夜咲夜 ––

 

 

 

「私は、運命を操ることが出来るわ」

 

 少女は呟いていた。

 

「……でもそれは、他人の思考を支配できるということではないの。だから私は、貴女が何を考えているかは分からない」

 

 はぁ……とため息を吐きながら、少女は言う。

 

「まさか殺される側にならない為に、自らを殺すなんて……」

 

 少女の目の前で首の"二箇所"から血を出して倒れる女––––私には、すでに意識がない。

 少女の呟きは、私には聞こえていない。

 

「それにしても––––パチェにあの石を"二つ"持たせておいて良かったわ」

 

 私の首にぶら下げられていた石が、鈍い光を出し始めた。

 その光は、まるで私を包み込むように広がる。

 そしてすぐに光は弱まった。

 完全に光が無くなると、その石は割れた。

 

 それと同時に、私の目が開く。

 

「………ッ!」

「気づいたかしら?」

「……」

 

 私は、確か––––

 

「貴女は自らの首を掻き切って自害したわ。何の躊躇いもなく」

「………どうして?」

 

 勿論、私が問いたのは『なぜ自害したのか?』ではない。

 なぜ、生きているのか––––

 

 ふと、首から下げていた石が割れている事に気がついた。

 前に見たとき、それは鈍く光っていたはずだが……すでに光はない。

 

「それは蘇生石。1度だけ肉体を蘇らせる事が出来るマジックアイテムよ」

「蘇生石……?」

「貴女の傷、無くなってるでしょ?」

「……ッ!」

 

 私が自ら切った傷はもちろん、少女の牙による傷も消えていた。

 

「魂が身体から抜けてしまう前に、身体の異常を消す事で蘇生するらしいわ。私も多少なら魔法の心得があるけど……ここまで高度なのは、よく分からないわね」

 

 私には勿論理解できないが……

 私のナイフを受け、瀕死の状態だったパチュリーもこの石を使って蘇ったのだろうか?

 

「…………」

 

 ––––死に損なった。

 

 気づけば、私の手元にナイフはもうない。

 少女が取り上げたのだろうか。

 ならば、舌を–––

 

「舌を噛み切って死ぬ、とか考えてるのなら……やめたほうがいいわよ。そんなんで死ぬなんて、不可能だから」

「そんなの、やってみなければ––––「分かるさ」

 

 少女が私の言葉を遮って言う。

 

「私が言ってるの。間違いないわ」

「ッ…………」

 

 少女は鋭く爪を伸ばした手で、私の頰に触れた。

 

「貴女は死なせない」

 

 少女が言う。

 

「私の可愛い、咲夜」

「………サクヤ?」

「貴女の名前よ」

 

 紅い月の灯りが窓から差し込んでいる。

 その月灯りが、私と少女を照らしている。

 少女の顔が鮮明に見える。

 彼女は微笑んでいた。

 

「十六夜、咲夜。十六夜の昨夜、つまり十五夜を表した名前よ。この満月の下での出逢いにピッタリでしょ?」

「……なんで、名前なんか」

「それに、時を猶予(いざよ)い、夜に咲く花のように美しい貴女自身にもマッチしてるわ」

「そんなことは聞いてない」

 

 私は少女の手を振り払う。

 彼女の爪が少し頰を擦り、細い傷が出来た。

 血が滴り落ちる。

 

「なんで貴女に名前なんかを付けられなければならないのよ?」

「名前、ないんでしょ?」

「別に欲しいとも思わないわ」

「ダメよ。呼ぶのに困るじゃない」

「貴女が私を呼ぶことなんてあるのかしら?」

「あるわ。貴女が死ぬまでは、ずっとね」

「それは……貴女が私を殺すまで、ということかしら?」

「さっきも言ったはずだけど、私は貴女を死なせない。つまり、殺さないわ」

「分からないわ。私は貴女を殺そうとしているのよ?」

「貴女が私をどう思っているかは、重要ではないわ。私には、貴女が必要なの」

「……必要?」

 

 少女の意図が読めない。

 一体何を考えているの?

 

「貴女は、己のことを殺人鬼だと言っていたわね?」

「ええ」

「吸血鬼だって、人を食い殺す殺人鬼なのよ」

「…………」

「だったら同じ殺人鬼同士、仲良くしてみない?」

「……何を言い出すかと思えば、馬鹿げているわ」

「そうかしら?」

「私と貴女の間には、決定的に違う事がある」

「?」

「目的が違う。貴女は"食う"為に人を殺す。でも私は、"殺す"為に人を殺すのよ」

「ふふっ、面白い考えね。でも、結果は同じ殺人よ?」

「人外の貴女と同じにされたくないわ。貴女と私は違う。私を理解できる者なんている筈がない。私の居場所なんて、この世界にはないのよ」

 

 私は淡々と言っていた。

 そこに感情は篭っていない。

 紅く輝いてる月とは対照的に、私の瞳は暗い闇のようだった。

 

「……ここがどんな場所か、貴女は知ってるかしら?」

「?」

 

 少女が突然問う。

 その質問の答えはもちろん、その質問の意図も私には分からなかった。

 

「ここは幻想郷。胡散臭い妖怪が作った、忘れ去られた者たちの楽園さ」

「……忘れ去られた者たち?」

「つまりは、勢力を失い、居場所がなくなった妖怪たちの隠れ家みたいなものよ」

 

 少女は再び私の頰に触れた。

 滴る血を指で拭き取り、それを自身の口に運んだ。

 美味しい、と微笑んだ後に少女は続ける。

 

「私も外の世界で勢力を失った末にここに流れ込んだの。もう外の世界に、私の居場所はない」

「ッ……」

「私と貴女は、似ているのよ」

「別に私は……」

「確かに貴女は、"切り裂きザクラ"として外の世界では名のある殺人鬼だけれど……それは貴女なのかしら?」

「はぁ……? 何を言ってるのよ。もちろんそれは––––ッ」

 

 私は、黙るしかなかった。

 "切り裂きザクラ"が私であることは間違いない真実だ。

 しかし悲しいかな、事実と真実は異なるのだ。

 私以外の人間には、"切り裂きザクラ"は誰だか分からない。

 もし仮に、私が自らを"切り裂きザクラ"だと主張しても、信じてはもらえないかもしれない。

 彼らにとって"切り裂きザクラ"は、それこそ、妖怪のような類なのだから––––

 

 

「言葉に詰まるようね。それも当然さ。"切り裂きザクラ"を恐れる人々は、貴女を恐れているわけじゃない。この世界に居場所がないと言った貴女には、それが既に分かっていたのでしょう?」

「……」

 

 何も言い返せなかった。

 ––––この世界に私の居場所はない。

 

「でも、違うわ。貴女には居場所がある」

「は……?」

「外の世界に居場所がなくとも、この世界(げんそうきょう)には居場所がある。––––そうだろう、八雲紫?」

 

 突如として、空間に亀裂が走る。

 両端をリボンで結ばれたスキマの中から顔を出したのは、あの妖怪だった。

 

「ええ、勿論ですわ」

「盗み聞きとは感心しないな」

「あらあら。貴女にはバレていると分かっておりましたわ」

「だとしても盗み聞きには変わりないさ」

「それもそうかしら」

 

 私には状況が理解できなかった。

 動揺が隠せずに目を見開きながらも、必死に言葉を発する。

 

「貴女たち、手を組んでいたの?」

「そうなるのかしらねぇ……殺してほしいのは本当のことだけれど」

「はっ、笑わせてくれるな。私がお前を使役してるんだ」

「あら、また痛い目見たいのかしら?」

「ッ……まあ、そんなことはどうでもいいさ」

 

 少女は私に視線を移し、手を差し出す。

 

「お前の居場所は紅魔館(ここ)だ、十六夜咲夜」

「…………」

「私の未来に––––いや、幻想郷(わたしたち)の未来に、お前が必要なんだ」

「…………」

 

 少女は私の目を真っ直ぐ見つめていった。

 私も彼女の目を見て……それから、差し出された手を見る。

 その手には先ほどのような長く鋭い爪はなく、少女らしい小さな手だった。

 

 私はその手を––––

 

 

「………ッ!」

 

 

 ––––振り払った。

 

「馬鹿らしいわ。どれもこれも、私には関係のない話。そもそも私は、貴女を殺しにここへ来たのよ?」

 

 私は立ち上がる。

 少女を見下ろしながら、そう言った。

 

「………ふっ」

 

 少女は一瞬驚いたが、意味深な笑みを浮かべた。

 まるで私が、何を言い出すか分かっているかのように。

 

「貴女は私が殺す。それが私の––––十六夜咲夜の運命だから」

 

 クスッと八雲紫が笑ったのが聞こえた。

 少女はバサッと翼を広げて浮かび上がる。

 

「私の前で運命を語るか……ふふっ、いいだろう。私に隙があれば殺して構わないさ。その代わり、この館で働いてもらう」

 

 私より頭一つ分ほど上から、少女は私を見下ろしながら言った。

 

「そして私のことは、お嬢様と呼びなさい」

「……畏まりました、お嬢様」

 

 私は少女を見上げて、睨みつけながら言った。

 

「幻想郷に、新しい住人の誕生ね」

「ああ、そうだな。協力感謝する、八雲紫」

「では、約束通り––––」

「分かっているさ。これでお前の、そして私の望む幻想郷に近づくんだ」

「ええ、きっと」

「きっと、じゃない。絶対さ」

 

 少女は言い切った。

 そんな彼女には、幻想郷(わたしたち)の未来が見えているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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