「ちょ、ちょっと待ちなさい!!!」
廊下の襖を開けて、突然飛び出してきた長い紫髪の少女──鈴仙が大きな声で制止する。
「館をぶっ壊すつもり!?」
「……打つと動く。やっぱり動く」
「はぁ!?」
「よお、さっきぶりだな」
「……あんたが一番に来るとは思ってなかったけど」
「速さには自信があるんでね」
「あっそ」
「でも、あっさり姿を見せたもんだなぁ」
ここが敵の本拠地であることを確信した魔理沙が次に取った行動は、全力でマスタースパークを放つことだった。
そうすれば向こうから勝手に出てくると思ったし、実際に出てきている。
「……別に、隠れても隠れてなくても同じだから」
「ん?」
「あんたに私を捉えることは出来ない。私のこの瞳から、逃れることも出来ないから」
「じゃあ、ぶっ放すぜ?」
「……やってみれば?」
「ほー? じゃあお言葉に甘えて––––「やめて魔理沙!」
今回、魔理沙を制止したのは鈴仙ではない。
後ろに乗っていたはずのアリスだった。
「アリス……どうしてそこに?」
「ど、どうしてって……貴女が勝手に私を降ろして––––」
魔理沙の八卦炉は、アリスの方を向いていた。
アリスと雖も、火力の高いマスタースパークをこの距離で食らえば無傷とは行かないだろう。
その火力を十分に承知しているアリスは、魔理沙を止めるしかなかった。
「私が、お前を降ろした?」
魔理沙にその記憶はなかったが、実際にアリスは降りているし、魔理沙も既に箒にまたがっていなかった。
左手で箒を持ち、右手にある八卦炉を隣にいるアリスに向けている。
「……これが幻術か」
「あんたに私を捉えることはできない、でしょ?」
「なるほどなるほど。よーく分かった」
「だったらさっさと帰って──「お前、まだ肩痛いんだろ?」
魔理沙はクスクス笑いだす。
「そりゃあそうだよなぁ。咲夜のナイフをまともに受けたんだ。いくら妖怪とはいえ、こんな短時間で治るわけがない」
「……別に、こんな傷」
「だから、私に攻撃してこない。そうだろ?」
「……」
「そんだけ幻術が使えるなら、私たちが惑ってる内に攻撃すればいいはずなんだ。なのにそれをしないのは──」
魔理沙はニヤリと笑みを浮かべた。
「──よっぽど痛いか、よっぽど腰抜けなだけだよなぁ!?」
魔理沙は全力で目の前の少女を煽っていた。
とはいえ、確かに苛立ちは感じるが、鈴仙は至って冷静だった。
──だからこそ分からない。
目の前の白黒が、何を考えているのか?
人を煽る目的は基本的に相手の思考力を怒りによって低下させることにある。
だが、それをすることで意味がある状況だと思えない。
只の悪あがきか? それとも──
──なーんて、考えてるんだろうなぁ!!!
魔理沙は鈴仙を煽りながら、内心で笑っていた。
実際、鈴仙が何を考えているのか魔理沙に読めるわけではない。
そもそも読む必要がないのだ。
「アリス、最悪自分でなんとかしろよ」
「……え?」
──恋符「マスタースパーク」
◆◇◆
「ふーん、ここがエイエンテイね」
「ほ、ほら! 案内したよ! だから……」
「ふーん、なら死んでおく?」
「えぇ!?」
「だって、ここで放したら、何をするか分からないでしょう?」
「そ、そんな……」
咲夜とウサギのやり取りを見ながら、幽々子はクスクスと笑みを溢す。
「いいわねぇ、貴女の従者。血の気が多くって」
「今の咲夜は"そっち"なだけだよ」
「そっち?」
「昔はあんな子じゃなかったってことさ」
「ふぅん」
「ははっ、なんとも興味のなさそうな返事をするなぁ」
談笑する2人の後ろで、八雲紫は厳かに声を放つ。
「──結界が敷かれている」
「ほう、流石はスキマ妖怪。破れるのか?」
「ええ。この程度なら簡単に──」
──ドォンッ!!!
紫が"エイエンテイ"と呼ばれる屋敷に手をかざした、その瞬間。
屋敷から大きな爆発音と共に、眩い光が夜空へと差し込んだ。
「あれは、魔理沙の……」
霊夢がそう呟いた通り、それは正真正銘のマスタースパークだった。
空へ向かって真上に放たれている。
それは目印となるには十分すぎる大きさだった。
「あの白黒にしては、随分と手柄じゃないか」
「行きましょう、お嬢様」
「ああ。エスコートを頼むよ」
レミリアは、そっと差し出された手を取ると翼を広げて浮き上がる。
そうして飛んでいく2人を追う様に、紫と霊夢、幽々子と妖夢が続いていった。
「……やっと、自由だ」
その場に残った因幡てゐは、腰が抜けていた。
◆◇◆
「打つと動く。私も動く」
「あぁ……師匠に叱られる……」
鈴仙はペタンと腰を落とした。
屋敷を大きく損傷してしまった。
あとで永琳に叱られるであろうことが、彼女を憂鬱に呑ませていた。
「ああ、コレだから馬鹿は嫌なのよ」
鈴仙と同様に、魔理沙の隣でアリスも頭を抱えていた。
「馬鹿で結構。頭が硬い連中より、よっぽど楽しいさ」
「だ、だからってあんなに特大なのを打つ必要はないでしょ!?」
「綺麗だったろ?」
「私に当たってたらどうするのよ!?」
「……それはないさ」
「え?」
魔理沙は鈴仙へと視線を向ける。
その眼はとても、ふざけている様には思えなかった。
「アイツは屋敷に傷がつくことを大きく恐れていた。そんなアイツが最も嫌うのは、私に横方向へ撃たれることだ」
「……まさか」
「私はもとより、アイツを狙って撃ったんだがな」
アリスの目には、魔理沙は最初から真上を狙って打った様に見えていた。
しかし実際、魔理沙は鈴仙を狙っていた。
その狙いを鈴仙に
「まあ、真上なら屋敷の損傷が1番少ないだろう。見たところ、平屋の様だしな」
「自分が真上に撃たされることが分かっていたというの?」
「……さあ、どうかな」
魔理沙が分かっていたのかどうか、重要なのはそこではなかった。
この2人の駆け引きにおいて、勝ったのが魔理沙である。
そのことこそが、1番重要なのである。
「さあ、そろそろ来るぜ。お前の天敵がな」
「……ッ」
鈴仙は息を飲む。
魔理沙が開けた天井の穴から舞い降りたのは──
◆◇◆
「へぇ、あの子がサクヤ」
「そのようね」
「貴女に似て、綺麗な銀色の髪と鋭い瞳を持っている……可愛い子じゃない」
「かぐや姫ほどでは、ないでしょう?」
「ふふふ。嬉しいことを言ってくれるのね」
輝夜と永琳は一部始終を眺めていた。
須臾の中にいる2人を、見つける手立てはおそらくない。
魔理沙たちはもちろん、鈴仙でさえ、見られていることには気づかないだろう。
──しかし。
「ふふふ。流石だわ」
「時に関係する何かがある、というのは本当かもしれないわね」
「まあ、あの子なら当然……と言ったところかもしれないけど」
ただ1人、こちらに目を向ける者がいた。
輝夜はにこりと微笑みを返すと、踵を返した。
「待ちましょう、永琳。あの子が来ることを」
◆◇◆
「くそっ……」
鈴仙は戦慄を覚えていた。
いくら波長を操ろうとも、正確無比な攻撃を繰り返す咲夜に、もはや勝ち目はなかった。
そして何よりも屈辱的なことは──
「──よそ見なんかするんじゃないわよッ!!!」
波長を操っているはずだ。
咲夜の五感は、既にぐちゃぐちゃになっているはずなのだ。
それなのに咲夜は、鈴仙の攻撃も、鈴仙自身をも見ることさえなく、全ての攻撃を躱して行く。
「なぜ……どうして当たらない……?」
タネは簡単な話だった。
咲夜には第六巻とも言える、飛び抜けた空間把握能力がある。
たとえ波長を弄られ五感を操られたとしても、その空間把握の力だけは操られなかった。
だからこそ咲夜は、鈴仙を見る必要がないのだ。
「モノを目で捉えてるようじゃ、私の動きは捉えられないのよ」
咲夜はナイフと共に、鈴仙の質問に答えた。
投げられたナイフは鈴仙の額に突き刺さると、鈴仙は気を失ったように倒れる。
弾幕用のナイフであるため、死んでいるわけではないだろうが……
精神的なダメージも相まって、酷いダメージを生んだことはたしかだろう。
「あんたって本当に、惨い戦いをするわよね」
「そう? 問答無用で妖怪退治する巫女さんよりはマシだと思うんだけど?」
「でも私は、あんな風に精神攻撃はしないわよ」
「別に、私もそんなつもりはないけど」
「じゃあなんで、よそ見なんか……」
「だって見る必要がなかったし、それに向こうには──」
おい咲夜、とレミリアが口を挟む。
「そんなにサービスしなくていいさ。私と2人で行こうじゃないか」
「……ええ、そうですね。お嬢様」
「え、ちょっと待ちなさいよ!」
慌てる霊夢を他所に、咲夜とレミリアは長い廊下を進んでいく。
「ほら霊夢、案内役が前に進んだわ」
「はぁ……言われなくてもついて行くわよ」
霊夢と紫に続いて、その他の面々も咲夜の後に続く。
遅い上に短くてごめんなさい。。。