紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第47話 似ている

 

 

「なにあれ……」

 

 紅と白の奇抜な巫女服の少女が、魔法使いと緑色の剣士を相手にしている。

 自分たちのテリトリーで謎の戦闘が行われている状況に、彼女は驚きを通り越して呆れていた。

 

「まあ、仲間割れしてくれるなら、それに越したことはないか」

 

 戦いを見つめるその赤い瞳は、誰にも見えていない。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「空気を斬れるようになるには50年かかるという。でも、そんなにかからなかった」

 

 そう言って、妖夢は刀を振る。

 霊夢はそれを"避けた"。

 

「いくら斬れ味が良くたって、当たらなければ意味ないわ!」

 

 霊夢もすかさず反撃に出る。

 しかし妖夢に向かって飛ぶ弾幕は、全て斬り落とされてしまった。

 

「そこに意味なんて求めてないわ。斬れば全てわかるから」

「くッ……!!」

 

 妖夢の目は、まっすぐ霊夢に向けられている。

 霊夢はその瞳に、微かな恐怖を覚えていた。

 

 ––––しかし、この場で一番戦慄していたのは霊夢ではない。

 同じく霊夢の相手をしていたはずの私、霧雨魔理沙だった。

 

「…………霊夢が、押されてるのか」

 

 私はポツリと呟く。

 親友のこんな姿は、今まで見たことがなかった。

 相手がどんなに強大でも、霊夢はいつも自分のペースを崩さない人間だ。

 そして反則とも言える才能と能力で、相手を常に圧倒していた。

 ––––それはもちろん、私に対しても。

 霊夢にはん追いつけない、そんな高い高い壁だった。

 あの咲夜でさえ、霊夢には勝てなかったと聞く。

 

 そんな霊夢に、妖夢は引けをとることなく戦っている。

 いや、寧ろ妖夢が押しているのだ。

 

 なんで。

 どうして。

 私だって、こんなに頑張ってるのに––––

 

「お前達には、追いつけないってのかよ……」

「魔理沙!」

「……アリス?」

「やっと追いついた! それで、どういう状況なの?」

「…………さあな。私にはもう、何も分からないぜ」

 

 私は頑張ってる。

 そうだ、頑張ってるさ。

 頑張って頑張って頑張って…………

 それでもダメなら––––

 

「分からないから調べる。それが魔法使いってもんだろ?」

「ま、魔理沙……?」

「悪いなアリス。今は行かなきゃダメなんだ」

 

 ––––それでもダメなら、もっと頑張る。

 いつだって私は、そうしてきたんだ!

 

「どいてろ妖夢! いくぜッ!」

 

 ––––魔砲「ファイナルスパーク」

 

 霊夢の視線は妖夢に集中していた。

 突然の超火力レーザーが、霊夢を襲う。

 不意を突かれた形になり、体制が崩れる霊夢。

 しかし、それでも……

 

 ––––「夢想天生」

 

 空気となった彼女に、そのレーザーは届かない。

 いくら高火力にしようとも、いくら超極太にしようとも、彼女には届かない。

 ––––だがそんなことは、親友である私が1番よく知っている。

 

「今だ! 妖夢!!!」

「なっ!?」

 

 たとえ当たらなくても、注意をそらすことくらいはできる。

 そして現に、霊夢は接近する妖夢に気づけなかった。

 そんな隙を見せた霊夢に、妖夢の剣が––––

 

「1人相手に2人がかりだなんて、随分と卑怯なことするのね」

「……さ、咲夜ッ!?」

 

 妖夢の太刀が霊夢に届く寸前で、咲夜のナイフが受け止めた。

 

「たとえ空気が斬れても、私の銀ナイフは斬れない。なるほど……貴女の剣のこと、少しわかった気がするわ」

「くっ……」

 

 妖夢は少し距離を取る。

 あまり接近はしたくなかった。

 

「なんで、助けたの?」

「貴女が死ねば、お嬢様は悲しむわ」

「……なんで?」

「そりゃあ、暇つぶしがなくなるもの。それに––––」

 

 咲夜がナイフを投げる。

 それはまるで見当違いなところで––––

 

「敵は、アイツでしょ?」

 

 ––––何もない"ように見える"空間だった。

 しかし、その空間にナイフが刺さる。

 

「な、なんで……ッ!?」

 

 空間から声が聞こえる。

 そして同時に姿を現したのは、長い紫色の髪の少女だった。

 スーツに近い見た目の上着と、短めのスカート。

 そして頭にはウサギの耳が付いている。

 

「どうして私が見えるッ!?」

「見えたわけじゃないけど……そうねぇ、お嬢様風に言えば、"視えた"のよ」

 

 慌てふためくウサギを前に、咲夜は冗談混じりに言い放つ。

 今、この場で冷静でいられたのは、十六夜咲夜ただ1人だった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「仲間割れなど見苦しいな」

 

 無言の牽制をし合う八雲紫と西行寺幽々子。

 その間に割って入ったのは、紅くて幼い悪魔だった。

 自分の何倍も生きてきたであろう大妖怪の間に、怖気付くことなく踏み入る。

 無論、そんな幼い彼女も大妖怪の1人である。

 

「あら、レミリア嬢。異変に少しの遊び心はつきものですわ」

「そんなに余裕でいられるような異変だとは思わないがね。たとえお前でも」

「……ッ」

「そっちの亡霊は大した考えなんてないんだろうさ。でもお前は違うと思っていたよ」

 

 レミリアの言葉に、幽々子はふふっと笑みを漏らすだけ。怒りも動揺も感じられない。

 少し挑発したつもりだったが、子供の戯言かのように扱われたことにレミリアは少しばかり不満を覚えた。

 

「このレミリアを地に堕としたんだそのお前の力……認めているんだよ、私は。そして僅かに恩もある。だから分からない」

「……?」

「なぜあれに気付かない?」

 

 レミリアが指をさす。

 そこには何もないように見える。

 しかし次の瞬間、別の方向から飛んできたナイフが虚空に突き刺さる。

 

「ッ!!」

 

 紫は目を見開いた。

 完全に思考の外の現象だ。

 あれは一体……誰だ!?

 

「ははっ、そんな顔できたのか。八雲紫よ」

「……ッ」

「お前達ほどの奴らが、アレに気づけないのか……確かに高度な術を使うようだが、私には視えるよ」

 

 能力には相性がある。

 例えば霊夢の場合、空気の斬れる妖夢への相性は最悪だ。

 しかし、魔理沙や咲夜のような直接的に攻撃を仕掛けるタイプへの相性は良いと言える。

 そして今回潜んでいた者は、おそらく幻術の類を使用する。

 紫や幽々子は、その類への相性は良いとは言えない。

 しかし、空間を第六感で把握できる咲夜や運命を視ることのできるレミリアには、あまり通用しなかった。

 

 加えて先の状況は、八雲紫にとって全くの想定外且つ軽視できないものだった。

 魔理沙程度の想定外なら、大した問題ではない。

 紫の動きを制限するには十分すぎる程の力をもつ幽々子、そして予想外に霊夢を追い詰める妖夢の存在が非常に問題だった。

 

 さらに言えば、これほどの大きな異変……幽々子が事の重大さを感じていないとは思えない。

 だからこそ、紫の頭は疑問でいっぱいになる。

 幽々子は何を考えて私達の行く手を阻んでいる?

 まさか本当に、私達を倒せばこの異変が終わると思っているのか?

 それとも、幽々子にとってはただの余興か?

 いや、もっと別の理由が–––––

 

「まあ、なんでもいい。そろそろ満月にも飽きてきたところだ」

 

 吸血鬼である彼女が、月を見上げて悪態を吐く。

 紫はなんだか、自分が深読みしているだけのような気がした。

 難しく考えるのはもうやめよう。

 他人の思考なんて、案外単純なものなのだ。

 

 幻想郷を護るため––––

 ライバルを越えるため––––

 満月に当てられたため––––

 この余興を楽しむため––––

 

 理由はなんだっていい。

 私達にあるのはただ1つ。

 

「分かったわ。さぁ、弾幕ごっこの時間よ」

 

 ––––スペルカードルール。

 ゲーム作った本人が楽しめないなんて、とんだ笑い話よね。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「見えてないのに、ミエタ……?」

「分からなくていいわ。こっちの話」

「ふざけてるのね……地上の人間ごときが、私に楯突くなんて!」

「あーはいはい。なんでもいいけど……」

 

 ナイフが刺さった肩を抑えながら怒りを露わにする少女をあしらいながら、咲夜は言葉を続けた。

 

「貴女の仕業かしら? この月の異変は」

「月の異変……? うーん、この術によく気が付いたわね」

「ここにいる全員、おそらく気づいているわ」

「へぇ……地上に這いつくばって生きるだけの、穢き民のくせに」

 

 ––––パチンッ

 

「あら、酷い言いようね」

「なっ!?」

 

 咲夜は時間を止めて少女の背後に回り、喉元にナイフを突き立てた。

 突然のことに、少女は驚きを隠せていない。

 もちろん、少女以外は誰も驚かないが。

 

「お前、まさか時間を……?」

「……え?」

「ふんっ!!!」

 

 しかし、次に驚いたのは他でもない咲夜だった。

 その僅かな隙に咲夜の手を払い、少女は咲夜の鳩尾へ肘を打ち込む。

 

「かはっ!?」

 

 そして少女は反転し、咲夜の顎めがけて拳を––––

 

「なっ!!」

 

 少女の拳を、どこからか飛んできた御札が弾く。

 その飛んできた方向に視線を移して、少女はキッと睨みつけた。

 

「もしかしてだけど」

「……」

「スペルカードルール、知らないの?」

「……」

「まあなんでもいいけど、女の顔を殴るのはいい趣味とは言えないわね。あんたも女だろうに」

「……失礼ね、ちゃんと女よ」

 

 少女は、近付く霊夢から遠ざかるように後ずさりした。

 

「咲夜、大丈夫?」

「ええ……ありがとう」

「これで、さっきの分はチャラだから」

 

 そして霊夢は、そのまま咲夜を通り過ぎて紫髪の少女の目の前に立った。

 霊夢の方が少し小さく、軽く見上げる形になる。

 

「あの月、一体なにかしら?」

「……まあ、人間になら話してもいいか」

 

 霊夢の眼光に怯むことなく、少女は一息吐くと語り出した。

 

「あれはね、私の師匠、永琳の取っておきの秘術。この地上を密室化する秘術なの。判るかしら?」

「判るわけがないわ」

 

 霊夢が悪態をついたその瞬間、咲夜の背筋に悪寒が走った。

 その感覚を頼りに空を見上げる。

 

「そんなんじゃ人間には判らないわ」

 

 すると、見上げた先から声がした。

 霊夢達も遅れて、その声の主へと視線をやる。

 

「それに、満月を無くす程度の術。取っておきでも何でもない」

「師匠!!!」

 

 声を上げたのは紫髪の少女だった。

 空に佇み、咲夜達を見下ろすのは彼女の師匠––––八意永琳だった。

 

「優曇華、とんだヘマをしてくれたのね」

「ッ……」

 

 そして永琳が"優曇華"と呼ぶ少女の名前は、鈴仙・優曇華院・イナバ。

 鈴仙は、なにも言い返せず、言葉が出なくなっていた。

 

「その肩、さっさと治療しなさい。刺さったナイフは抜かないで」

「は、はい、師匠……すみません」

「ちょっと! 勝手に話を進めないでくれる!?」

 

 2人の会話に、苛立つ霊夢が横槍を入れる。

 

「……この地上に月の異変に気が付く者がこんなに居るとは思ってなかったわ。でも安心して、朝になれば返すから」

「はぁ? だったら一体何のために––––」

 

 次の瞬間、八意永琳の姿は消えていた。

 鈴仙の姿も、どこにもない。

 咲夜でさえその動きは捉えられなかったし、今では2人の気配を感じることもない。

 

「に、逃した……?」

 

 辺りを見渡す霊夢が呟く。

 彼女の勘も、今は上手く働いていないようだ。

 

「私と……似ている」

「……え?」

 

 咲夜の呟きに、霊夢が反応した。

 咲夜の顔は、驚きと戦慄の表情でいっぱいになっていた。

 

「似てるって……ま、まあ確かに永琳って奴は、あんたと同じ銀髪だったし……顔も、どこか似てるような気もしなくはないけど……」

「そんなレベルの話じゃないのよ」

 

 咲夜の手は、微かに震えていた。

 

「あのウサギ、私の能力をいとも簡単に見破ったわ」

「そう? 手も足も出ない様子じゃなかった? それこそ、あんたが隙を見せなければ––––」

「あいつは"時間"と言ったわ。そんなの、普通は気づかないはず」

「まさか、似ているって……能力のこと?」

「あの女は、突然現れて突然消えた。私の前で、あっさりとね」

「それがまるで……あんたの"時間を操る程度の能力"だと言いたいの?」

「……いや、そうじゃないかもしれない」

「はぁ?」

「似ているけど、もっと別のナニカかもしれないわ」

 

 奇妙な大異変は、まだまだ続く––––


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