これからも亀更新になりますが、長い目で見守ってくださると嬉しいです。
「はぁはぁ……あんた、そんなに強かった?」
呼吸が乱れ、肩を大きく揺らす霊夢。
その視線の先に居るのは––––
「そんなの知らないよ。知らないから……私は斬って確かめるの」
◆◇◆
「……ここから先は歩いて行くしかないな」
魔理沙と私は、慧音の言葉通りに迷いの竹林に訪れていた。
「空から探すって手段はないの?」
「ダメなんだよ。迷いの竹林の上空は霧で覆われてる……すぐに周りが見えなくなるぜ」
そう言いながら、魔理沙は竹林へと足を踏み入れる。
私はもう、黙ってついて行くだけだった。
迷いの竹林––––それは成長の早い大きな無数の竹が視界を遮り、歪な傾斜の土地が方向感覚を狂わせる場所。
余程の幸運でも持たない限り、脱出は不可能である。
そんな竹林に、隠すことなく足音を立てながら、ズカズカと入り込む魔理沙。
側から見れば、その土地に慣れていて自信があるように見えるが……後ろを歩く私は知っている。
魔理沙は当てもなく歩いている––––
「はぁ……勘任せは、どこかの巫女の専売特許じゃないの?」
「失礼な。私だって勘は鋭い方だぜ」
––––いや、貴女はどちらかといえば鈍感でしょうに。
そんなことを言いかけて、胸にしまう。
また魔理沙を怒らせるのは面倒だったから。
今、魔理沙は焦りを感じている。
それもそうかもしれない。
少し昔の2人を知っている私だからこそ、それが分かった。
昔から霊夢は強かった。
私は勝てなかったし、魔理沙も霊夢には負けている。
しかし魔理沙も強かった。
一度負けたものの、霊夢との実力差は殆ど見られなかった。
実際、勝ったこともあったらしい。
それが今となっては、ハッキリと明暗が分かれてしまった。
霊夢は相変わらず強い。それは一度対峙して確信した。
しかし魔理沙は、殆ど成長していないように思えた。
いや、むしろ昔の方が––––
「おいアリス、聞いてんのか?」
「……へっ?」
「おいおい、しっかりしてくれよ」
「ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」
はぁ……と大きな溜息を吐いた後、魔理沙は言う。
「このまま2人で探しても埒が明かない。ここからは手分けしていこうぜ」
「そんな!危険よ!」
「でも効率は2倍だぜ」
「そうかもしれないけど……この竹林に何がいるかもわからないし、そもそもお互いの位置が分からなくなるわ」
「お前の人形を一つくれよ。そうすりゃ、お前は私の位置がわかるだろ?」
「……本当に手分けしていくつもり?」
「なんだよ、怖いのか?」
「別に怖いわけじゃ……」
「なら決まりだな。ほれ上海、付いて来いよ」
「……行きなさい、上海」
「シャンハ-イ」
上海が魔理沙の肩の上に乗る。
「よし、行くぞ上海!」
「シャンハイッ!」
◆◇◆
「私の視たものが正しいなら……」
お嬢様は目の前に広がる途轍もなく大きな竹林を指して言う。
「この先に行った方が面白い」
「私はただ、付いていくだけですよ」
「……お前は少し、素直になりすぎたな」
空の霧を避け、私達は歩いてその竹林を進む。
そこは不思議な空間だった。
微妙な地面の傾斜と、成長速度の速い竹が景色を狂わす。
幸い私には空間を感じ取ることが出来るし、お嬢様には視ることが出来る為、迷うことはないだろう。
しかしそこは"迷いの竹林"の名に恥じぬ、厳かで畏れ多い竹林だった。
「踏みならした跡があるな……」
そんな竹林にも、よく目を見張れば人の通る道があった。
踏まれて硬くなった地面はとても歩きやすかった。
「しかし、あそこだけ妙に柔らかそうな……」
「踏んでみるか?」
「やめておきますわ」
あそこは恐らく落とし穴。
真新しく柔らかい土が不自然に被せてある。
罠というにはお粗末に見えるが、重要なのはそこではない。
何故、罠があるのか……?
「やはり、私が視たものは正しかったようだな」
「ええ。とても面白くなってきましたわね」
◆◇◆
「ふふっ、ふふ………くふっ」
「うるさいわね、いつまで笑ってんのよ?」
「だって……本当に傑作だったんだもの」
「……」
「貴女なんて言ったか覚えてる?」
「あーもー! 本当にうるさいわねッ!」
「だってぇ……なかなか見れないわよ? 落とし穴に落ちて、『ぎょわぁ!?』って声を上げる霊夢なんて」
クスクスと笑いを抑えられずに、紫は言う。
「あの落とし穴作った奴……殺す。ついでにあんたも」
「あら、怖いわねぇ」
完全に馬鹿にした様子の紫を睨みつけるが、あまり効果はなさそうだった。
「とにかく、さっさと異変を––––「動くと撃つッ!」
その声は突然降りかかる。
少し見上げたところにいたのは––––
「間違えた。撃つと動くだ。今すぐ動く」
「……何? なんでこんなところに魔理沙がいるの?」
––––霧雨魔理沙だった。
八卦炉を片手に、霊夢たちを牽制している。
「さぁな。私はただ、お前を追いかけてるだけさ」
「何を意味のわからないことを––––ッ!!」
先に動いたのは魔理沙だった。
手に持つ八卦炉から、弾幕を発射する。
直線的に進むそれを避けるのは難しいことではなかった。
「い、いきなり何するのよ!?」
「言ったろう? 撃つと動く」
「何を訳の分からないことを……」
「分からない? 私はいつも通り、迷惑な妖怪を退治しているだけだぜ」
「……あら、それって私のことかしら?」
霊夢の後ろで沈黙を守っていた紫が口を開く。
扇で口元を隠しながら、魔理沙を鋭く睨みつけている。
「当たり前だ。お前ならこの異変、何か知ってるんだろ?」
「……さぁ? どうかしら?」
「白々しいな。今日の月なんて見飽きた、そろそろ明日にしてもらうぜ」
「ま、待ってよ魔理沙! これには訳があるの!」
「うるさい。昼と夜の境界を弄ったのはソイツだろ?」
「確かに、夜を止めているのは私達。でも今はそれどころじゃないのよ!」
「それどころじゃない……? 何を言ってるんだ?」
魔理沙は再び八卦炉を私達に向ける。
その目は、いつもの優しい魔理沙の目ではなかった。
「霊夢……確かにお前は人妖問わず平等な奴だった。でも、少なくとも……
「ッ……」
「やりなさい、霊夢」
「紫!?」
「これ以上は時間の無駄よ。それに……魔理沙1人に何が出来るというの?」
「……私が1人? 馬鹿言うなよ」
冷徹に言い放つ紫に、魔理沙は不敵な笑みを浮かべる。
そしてだんだん紫の表情が変わるのが分かった。
「…………貴女まで邪魔をするというの? 幽々子」
魔理沙の背後からゆっくりとやってきたのは、西行寺幽々子とその従者。
妖夢はすでに剣を抜いている。
「私は邪魔をしないわ。見守るだけ……貴女と一緒にね」
「……つまり、私の相手をすると?」
「戦うつもりはないわ。だって……殺しちゃうから」
「……」
幽々子の能力は、紫とて簡単に攻略できるものではない。
幽々子の放つ死に誘う力に当てられてしまえば、無事でいられる保証は無いのだ。
にっこりと笑みを浮かべる幽々子を、紫は軽く睨みつけた。
「……霊夢。あとは貴女に任せるわ。さっさとあの2人を倒してしまいなさい」
「あんたの言いなりってのは気にくわないけど……それが1番簡単そうね」
「今だけは、貴女が面倒くさがりでよかったわ」
「私はただ、近道をしたいだけよ」
お祓い棒と御札を構えて霊夢は言う。
「かかってきなさい。2人ともまとめて相手をするわ」
「……随分と余裕そうだな」
「当然よ。あんたらなんかに、負ける気はしないわ」
「御託はいらない。斬れば分かるから」
1番初めに動いたのは、この時初めて口を開いた妖夢だった。
◆◇◆
「ちょっと、魔理沙!?」
人形を伝った連絡は途絶えてしまった。
これじゃあ、上海を持たせた意味がない。
「何考えてるのよ……ッ!」
異変の元凶を探すために二手に分かれた私達だが、魔理沙の方は妖夢と幽々子に遭遇していた。
意外な2人に出会ったが、そこで戦闘が起こるわけでもなく、互いに情報を交換するだけだった。
そんな中で偶々霊夢達を見つけた魔理沙は、意気揚々と妖夢と幽々子を連れて向かってしまった。
何の考えがあってか、幽々子も乗り気だったし……
「……もうッ! ホント馬鹿じゃないかしら!!」
悪態を吐きながら、私は魔理沙の元へと急いでいた。
幸い、ここからそう遠くない距離にいる。
急げばそれほど時間もかからずに辿り着くだろう。
しかし––––私には分の悪い勝負にしか思えなかった。
1対1の戦いなら、魔理沙が霊夢に勝つことはないだろう。
彼女の強さは人間を完全に超越したものであって、最早反則的だ。
きっと私が本気でやっても––––
唯一の望みといえば、妖夢と幽々子が加勢していることだろうか?
しかし相手にも八雲紫がいる。
八雲紫は得体が知れない……故に実力も未知数だ。
確実に言えるのは、魔理沙や私の手に負える妖怪でないということ。
そもそも彼女が直接介入しなければならないという異変なら、今回の異変は今までのものとは本当に比べ物にならないのだろう。
そんな化け物じみた2人を、例えこちらに西行寺幽々子が居るとは雖も相手に出来るのだろうか?
………不安だ。
そして同時に、楽しいとも感じる。
なんだか……魔理沙に変な影響でも受けたかしら。
そんなことを考えているうちに、人影が幾らか見えてきた。
そこにはもちろん、霊夢を相手にする魔理沙の姿が––––
「……これは、一体どういう状況?」
現場にたどり着いた私は、目の前に広がる不可解な展開に驚きを隠せなかった。