紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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お久しぶりです。例大祭も終わり、ひと段落したので更新します。
その辺の報告やら言い訳やらは活動報告に垂れ流します。


第43話 The episode of Sakuya

 

私は自室で、月を眺めていた。

満月よりも、ほんの少しだけ欠けた月だった。

月の灯りは、私達吸血鬼が唯一拝める太陽光だ。

同じ太陽光であるはずなのに、月に反射するだけで私達の力を高める光になる。

それは何故か……?

 

「それが分かれば、吸血鬼の弱点は克服できるでしょうね」

 

私の親愛なる友人––––パチュリー・ノーレッジは呆れたように答えた。

彼女は私の館の図書館で、年中本を読み漁っている。

私の部屋に訪れた今この時でさえ、本を読んでいる。

そんな彼女は、私よりも遥かに知識量が豊富だ。

だから私は、いつも彼女に質問するのだ。

それは下らないことであったり、難解なことあったり––––

 

「いつもそれだな。違う回答はないのかしら」

「殆どそのままお返しするわ。違う質問はないのかしら」

 

––––今回のように何度も何度も()いたことのあることであったりする。

 

「私にとっては命が関わる質問(こと)だもの。そればかりになるのは同然でしょう?」

「はぁ……それでも何度も何度も尋かれたら、うんざりするわ」

「そこは付き合いの長い友人との下らない戯れとして、許してよ」

「はぁ……許す許さないなんてないわよ。元々怒ってはいないもの」

「フッ。お前が愛しいよ、パチェ」

「それはどうも」

 

パチェは大層気怠そうに答えたが、私にはそれが照れ隠しであることは分かった。

私と目を合わさず、視線が行き場を失っている。

 

「そんなことより」

 

そして、明からさまな話題転換。

私は内心、笑いが止まらなかった。

だが、その笑みを表に出したりはしない。

私も人のことは言えないが、パチェにも負けず嫌いな部分がある。

きっと、彼女の気分を害するだろう。

だから私は、彼女の唐突な話の切り出しに乗っかることにした。

 

「貴女が"運命を操る"ことで、答えが視えてくることはないのかしら?」

「無理よ」

 

元々運命とは、不確定な要素が多分に含まれている。

私の能力でもある"運命を操る"とは、その不確定な部分を鮮明にするわけではない。

私には結果(うんめい)だけが視える。

そして私は、その結果を(もたら)す為に、今、何をすべきかが分かるというだけだ。

つまり私の"運命を操る程度の能力"とは、数ある結果の中から欲しい結果を選び、その結果を導く為の行動や手助けができる能力なのだ。

 

「視えないんだよ、そんな運命……」

 

従って、そもそも結果が存在しない場合––––可能性が0、または0に限りなく近い場合––––私には視えないのだ。

また、遠すぎる未来の結果も視ることができない。

最も遠くて、せいぜい15年から20年と言ったところか。

何百年何千年と生きる私達にとっては、かなり近い未来の結果だ。

それに加えて、少し行動を間違えるだけで運命は大きく変わるのだ。

様々な制限の中でしか使えないこの能力は、さして便利じゃないかもしれない。

だが、私に出来るのはこの能力を行使することだけだ。

 

「あーあ……何だか憂鬱になってきたわ」

「らしくないわね、レミィ。貴女がそこまで考え込むなんて」

「たまには、こんな時もあるさ。私だって、いつでもカリスマ溢れる夜の王という訳じゃないんだよ。吸血鬼としては、まだまだ子供であることに変わりないしね……」

「本当に、らしくないわ。今日の貴女は、どうしてそんなに卑屈なのかしら」

「言ったでしょ? たまには、こんな時もあるさ」

 

私は月を眺めている。

ほんの少しだけ欠けた月を、じっと見つめている。

 

「……何かが、足りないんだ」

「足りない?」

「そう。あの月のように、何かが……」

 

その月は、真円を描く十五夜の月の次の日に訪れる月––––十六夜(いざよい)だった。

 

「私には満月にしか見えないけど」

「皆にとっては大したことなくとも、私にとっては重要なことなのよ」

「それで? その足りないものがあると、どうなるのよ?」

「満月になる」

「……どういうこと?」

「全てが満ち足りた、完全な世界が訪れる」

「本気で言ってるの?」

「半分くらいは」

「残りの半分は?」

「……期待、かな」

 

嘘ではないのか。

私は自分で、そう思った。

おそらくパチェも。

 

 

 

––––コンコンコンコンッ

 

「入りなさい」

「し、失礼します、お嬢様」

 

いきなり部屋を訪ねてきたのは、この館の門番––––紅美鈴であった。

私は特に目を向けるわけでもなく、紅茶を口に含んだ。

それを舌の上で転がしてから飲み込み、美鈴の方を見ることなく私は言う。

 

「こんな夜更けにどうしたの?」

「近くで人間を……」

「なんだ、また吸血鬼ハンターどもか。そんなもの、さっさと追っ払って仕舞えばいいでしょう?」

「いえ、それが……」

「まさか、美鈴の手に負えないほどの実力者なの? そんな人間、いるとは思えないけど」

「その……そうではなくて……」

「なによ、歯切れが悪いわね?」

「ひ、拾ってきたんです……人間の赤ん坊を」

「……は?」

 

そこで私は、初めて美鈴に目を向けた。

そこには人間の赤ん坊を抱く美鈴が、申し訳なさそうに立っていた。

 

「目の前にある森で、わずかな生気を感じたので……その、少し見に行ったら……」

「その赤ん坊が居た、と?」

「申し訳ありません!」

「いや、謝る意味は分からないんだけど」

「え、その……勝手に連れてきてしまいましたし……」

「貴女は食糧調達に行っただけ––––」

 

私は文字通り、悪魔の微笑みを浮かべた。

美鈴はもちろん、その微笑みを向けられていないパチェでさえ、たじろいでいるのが分かった。

そんな恐怖感と、どこか魅力的な笑みを浮かべながら、美鈴を目で捉える。

 

「––––でしょ?」

「ッ……」

「何よ? 私達妖怪が人間を攫うなんて、ごく当たり前のことじゃない」

「で、ですが……この子はまだ……」

「幼いから、何だというの? 貴女の人間好きには、心底呆れるわね」

「……」

「ソレ、持ってきて(・・・・・)ちょうだい」

「……畏まりました」

 

美鈴は部屋に入り、私とパチェの間にあるテーブルの上に、そっとその赤ん坊を寝かせた。

その赤ん坊は、落ち着いていた。

泣き喚いているわけでもなく、スヤスヤと眠っているわけでもない。

その赤ん坊は、ただ、落ち着いているのだ。

そして、赤ん坊の青い瞳が私を捉える。

 

「とても綺麗な瞳……」

 

私は、赤ん坊の頰に手を伸ばす。

私の長い爪が赤ん坊の皮膚を破らないように、そっと触れようとして––––

 

 

 

––––触れられなかった。

その赤ん坊の小さな手が、私の手が頰に触れることを許さなかった。

拒んだのは、ただの偶然かもしれない。

"触れられたくない"という意思があったのか、ただ近づいてくるものに興味を示しただけなのか、私には分からない。

 

しかし、ここで重要なのは結果ではなく、その過程である。

私には、その赤ん坊の手が動いたのを捉えることができなかった。

気付いた時には、手がそこにあった(・・・)のだ。

生まれて間もないであろう赤ん坊が、この吸血鬼(わたし)の目でも捉えられない速さで手を動かしたとでも言うのか……?

 

「……フフフ」

 

この子は私と同じく、"世界を統べる能力"を持っている。

この子は私の脅威になるかもしれない。

しかし、赤ん坊の手を握りその瞳をまっすぐに見つめると……そんな不安は一気に消えた。

 

「美鈴」

「なんでしょうか、お嬢様」

「昼間の世話は貴女に任せるわ」

「……え?」

「夜は私が面倒を見る。それでいい?」

「は、はい!」

「用が済んだなら、下がって良いわよ」

「……ひとつ、よろしいですか?」

「なんでいきなり面倒を見る気になったのか、でしょ?」

「ッ……はい」

「それは簡単。"視えたから"よ」

「お嬢様には……一体何が視えているのですか?」

「フフッ……私にも分からないわ」

「そうですか……」

「まだ、何か用があるかしら?」

「いえ……失礼します」

 

美鈴は全く納得していないものの、諦めた様子で部屋を後にした。

 

「美鈴のヤツ……随分と反抗的になったものだわ」

「ねぇレミィ、一体何が視えたの?」

 

美鈴が出てすぐ、パチェが私に問う。

 

「言ったでしょ? 私にも分からないの」

「嘘ね。もったいぶって、面白がってるだけ」

「フフッ……欲しがりだなぁ、パチェは」

「はぁ……で? 何が視えたの?」

「分からないんだよ。これは嘘じゃない」

「……分かるように説明して」

「説明するのも難しいんだけど……まあ、強いて言うなら、良いイメージだったわ」

「良いイメージ?」

「そう。私たちの知らない場所で、私たちの知らない誰かと、私たちが笑い合っている……そんな良いイメージ」

「……"私たち"の中には、私も含まれるのかしら?」

「もちろん。それにお前だけじゃない。美鈴だって、お前に仕えてる小悪魔だって含まれる」

 

私はもう一度、赤ん坊の綺麗な瞳を覗き込む。

 

「そして、咲夜も」

「……サクヤ?」

「ああ、この赤ん坊の名前だ。十六夜咲夜。今夜の月(いざよい)の下に咲いた出会いの花……どうだ、良い名前だろ?」

「レミィは、その子が大切なのね」

「大切……? ああ、そうかもしれないな」

「……ふふっ、レミィって案外、可愛いところあるわよね」

「は……?」

「だって貴女、口調が––––いえ、なんでもないわ」

「はぁ……?」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「咲夜、こっちに来なさい」

 

美鈴が赤ん坊を拾ってから5年が経過していた。

透き通るような鮮やかさの銀髪は、美鈴によって丁寧に三つ編みされていた。

吸い込まれそうな碧い瞳は、じっと私のことを見つめている。

 

「なぁに? レミリアおねーさま」

 

5歳になった少女は、大して歳が違わないであろう見た目の私に、首を傾げながら言った。

咲夜は私のことを『レミリア"お姉様"』と呼んでいる。

私達が世話をしているが、私に仕えているわけでも無い。

その上、生まれて間もない少女に"お嬢様"などと呼ばれるのは、なんだか癪だった。

あと10年もすれば、この子は私よりずっと年上に見えるようになるのだろうが……

 

「今日から教えるのはコレよ」

「ナイフ……? 料理でもするの?」

「まあ、間違ってはいないわ」

「??」

「ナイフの"正しい"使い方を教えてあげる」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「あら、咲夜。紅茶を持ってきてくれたの?」

「うん! こぁと一緒に作ったの!」

「ふふっ……ありがとう」

 

パチュリーは咲夜から紅茶を受け取ると、それを一口喉に流した。

 

「美味しい?」

「うん、美味しいわ」

「よかったぁー!」

「ほら咲夜ちゃん、あんまりパチュリー様の邪魔しちゃダメだよ?」

「少しくらい良いわよ、こぁ。私にだって息抜きしたい時くらいあるわ」

「ねえねえパチュリーさま!」

「なあに、咲夜」

「私も、将来パチュリーさまみたく頭よくなれるかな?」

「ふふ……なれるわ。だって咲夜は、今でも十分賢いもの」

「ほんと? やった!」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「ふぅ……うん、だいぶ上達したね、咲夜ちゃん」

 

咲夜は、今年で10歳になっていた。

背丈は疾うにレミリアよりも高くなり、礼儀作法を学んだ彼女は、以前よりも大人びた少女になった。

美鈴はそれを喜びながらも、どこか寂しさを覚えていた。

生きていく術を身につけた彼女に、もう私なんかいらないんじゃないか––––と美鈴は思うようになっていた。

 

「はぁはぁ……あ、ありがとうございます」

「間合いの詰め方が前よりも随分良くなったよ。そのお陰で攻撃に隙がなくなった。並の武闘家なら、受けに徹するしかないだろうね」

「……」

「ん……? どうしたの、咲夜ちゃん?」

「美鈴さんはどうして……息が切れてないんですか?」

 

はぁはぁと小刻みに息を整えながら、咲夜は美鈴に言った。

対する美鈴は、少しも息を乱さず答える。

 

「んー、それは……あはは。なんででしょうね?」

「答えてください、正直に」

「……」

 

美鈴は迷った。

他人(ひと)を褒めることは簡単だが、悪く言うのは難しい。

美鈴はそう思っていた。

 

「私が……強いんですよ」

 

強さを自負することは、美鈴にとって恥でしかなかった。

武を知り、武を極め続けてきた美鈴は、爪を隠す鷹であった。

強さを極める一方で、その強さを隠す努力も怠らない。

それが美鈴にとっての武であった。

 

––––でも、他人を悪く言うよりはずっといい。

 

 

 

「嘘だ」

 

咲夜は、そんな美鈴の言葉を否定した。

首を横に振り、俯きながら……しかし大きな声で、はっきりと。

美鈴からは見えないが、その目に薄っすらと涙を浮かべながら。

 

「確かに美鈴さんは強い。私より、うんと強い。でもそれは、お姉様だって、パチュリー様だって……それに、こぁさんだって、同じことじゃないですか」

「……」

「どうして……どうして……」

「咲夜ちゃん、もう––––「どうして私だけが弱いのッ!?」

 

そう言って、咲夜は美鈴を見上げた。

美鈴は、咲夜の目に大粒の涙が溜まっていることに気がつくと、そっと抱きしめた。

咲夜はただ立ち尽くす。

涙をこらえて。

 

「咲夜ちゃんだって、強いよ」

「そんなこと……あるわけない」

「そうね、今は弱いかも」

「ッ……」

「でも、これからきっと強くなる。いや、絶対に強くなるよ。私が保証する」

「……根拠が、ないです」

「強くならない根拠もないよ?」

「……」

「絶対に大丈夫。だって咲夜ちゃんは、お嬢様の認めた唯一無二の"人間"なんだから––––」

 

咲夜は返事をする代わりに、美鈴を強く抱き返した。

咲夜の目からは抑えきれなくなった涙がこぼれ落ちている。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「本当にいいのね? レミィ」

「ああ、構わない。初めから決定していたことだもの」

「この子はこれから辛い道を歩くことになる。それは運命が視える貴女でなくとも、容易に想像できるわ」

「ああ、そうだろうな」

「それでも貴女は––––「うるさいぞ、早くやれ」

 

レミリアが努めて冷徹な"ふり"をしていることに、パチュリーも気づいていた。

だからこそ揺さぶりをかけて、やめさせようとしたのだ。

しかし、レミリアの意思は固く、揺らぐことはなかった。

 

レミィにナイフの扱いを、美鈴に体術を享受され、咲夜はこの10年間で強くなった。

そして彼女の能力も……今なら5秒くらいは止めていられる。

これからさらに成長期が来れば、おそらくはもっと長く止められる。

彼女は1人でも生きていけるだろう。

そう、きっとこれが正解なのだ……

何よりレミィが言うのだから間違いない、とパチュリーは思う。

そう思わなければ、こんなことできるわけがなかった。

 

「……始めるわ。レミィ、少し下がっていて」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「ここは……どこ?」

 

見知らぬ街の外れで目覚める、銀髪の少女。

彼女の名は––––誰も知らない。彼女自身さえも。

 

「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」

 

男に声をかけられた。

品の良い身なりをした、初老の男だった。

 

「お腹……すいた」

 

己が生きていることを確かめるように、少女は呟いた。

気付けば、彼女の手にはナイフが握られていた。

それはごく自然に、息をするように、そして何の躊躇いもなく––––男を殺した。

殺されたことにすら気づかないうちに、その男は息絶えた。

その殺人劇は、時を止めて一瞬のうちに行われた。

 

 

––––次の瞬間には、少女の姿は消えていた。

 

 

少女は、見知らぬ土地を転々とし、見知らぬ人を殺し、金品を奪うことで生活をし始めた。

彼女は、それが己の生きる術だと思っている。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「これは一種のゲームさ」

 

レミリアはパチュリーに語っていた。

 

「飼い犬が首輪を外しても戻ってこれるかどうか……というな」

「確かにあの子を幻想郷に連れては行けない。あの子が行くには、危険な場所だから」

「パチェ……? 私の話、聞いてる?」

「だから記憶を消して、すり替えて、知らない街へ……あの子ができるだけ悲しまないように……ああするしか、無かったのよね?」

「はぁ……言ってるだろう?」

 

声を震わせながら言うパチュリーに、レミリアは言い聞かせた。

もしかしたらレミリア自身にも、言い聞かせていたのかもしれない。

 

「これは、ゲームだ」

 

 

 

––––少女が"再び"十六夜咲夜として紅魔館に仕えるのは、それから5年後の話である。

 

 

 

 


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