なのに今回短めです。本当に申し訳ないです……
あ、萃夢想編ラストですよ。
「……これまた、珍しい客人ですね」
「やあ、紅魔館の門番さん」
幻想郷に夏が訪れてから幾らか経った。
霧の湖周辺は大した暑さではないが、それでも少し前の長かった冬を思えば暑くなったものだ。
そんな程よい暖かさに、紅美鈴はふわふわと眠気を覚えていた。
しかし、その眠気を吹き飛ばすような"気"が近付くのを感じた。
「お身体は、もういいんですか?」
––––"気"の正体は、伊吹萃香。
先日の宴会騒動の主犯であり、主であるレミリアに重傷を負わせた張本人。
萃香自身もかなりの傷を負っていた筈だが……
「まあ、あれから1ヶ月も経ったからね。でも、完治するまでこんなにかかるとは思ってなかったよ」
「身体の半分が抉れていた方の仰るセリフとは思えませんが」
「はっはっはっ! 鬼を舐めてもらっちゃあ困るね」
豪快に笑う萃香。
その手にある伊吹瓢を口に付けると、酒を軽く喉に流した。
「だが、あんたんとこのお嬢だって、もう治ってるんだろう?」
「ええ。完治していますよ」
「今、中にいるのかい?」
「ええ、おりますけど……何用で?」
「この前のお詫びと、次の宴会のお誘いに来たのさ」
◆◇◆
「それまた、急な話だな」
「ごめんごめん。でも、早くやりたくて私はウズウズしてるんだよ」
私はいつものようにお嬢様に、そしてその向かいに座る萃香に紅茶を用意した。
お嬢様はそれを一口飲むと、小さな溜息を吐いてから言った。
「全く、少しは
「えー、どうせ暇だろ?」
「……はぁ。異変も何もない幻想郷は、平和そのものだものね」
あれだけの死闘を繰り広げた2人が、同じ部屋同じテーブルを挟んで座り、同じ紅茶を飲み交わす。
そんな光景に違和感を感じなくなってしまった私は、おかしいのだろうか?
「ん……美味しいね、これ」
萃香は私の淹れた紅茶に口をつけると、小さくそう言った。
––––萃香に敵対心がないことは、見ていて明らかだった。
たとえ運命とやらが見えなくとも分かる程度には、萃香の雰囲気が柔らかかった。
「どうも」
とはいえ、私としては複雑な心境だった。
分身体だったとはいえ、彼女にとってはお遊びだったとはいえ、一度は敵として対峙しているのだ。
そう簡単に気持ちを切り替えられるほど、私は出来た人間ではなかった。
いや、人間だからこそ、こういう弱さがあるのかもしれないが。
「まあ、場所はいつも通り博麗神社さ。さて……私もそろそろ準備を手伝わないと、霊夢に怒られちゃう」
「咲夜、客人がお帰りよ。案内しなさい」
「かしこまりました」
◆◇◆
「––––やっぱり奇妙な関係だよなぁ」
エントランスへと向かう間、私たちに会話はなかった。
しかし、不意に萃香がその静寂を破った。
「あんたは、あのお嬢を殺したいんだろう?」
「……ええ」
「どうして仕えるんだい?」
「それこそ、殺す為よ」
「確かに、殺す為に常に側にいて隙を伺うのは悪くない考えなのかもしれない。でも、納得は出来ないね」
「何が言いたいの?」
「あんたは何故ここにいる? 本当に殺したいのなら、今日だって沢山レミリアには隙があったよ」
「…………」
「言いにくいなら、私から言ってやるよ」
「…………」
「––––居心地がいいんだろ? この館が」
「……そうかもね」
「それが一番理解出来ないよ」
「え……?」
「どうしてあんたは、殺したい程の相手と共に過ごして、居心地の良さなんて感じられるんだ?」
「そ、それは––––ッ」
私は、何も言えなかった。
そんな話をしているうちに、気がつけばエントランスに着いていた。
「まあ、分かったら……いつか話しておくれよ」
萃香はそれだけ言い残すと、そのまま館を後にした。
私は少し、その場を動くことが出来なかった。
◆◇◆
「行きましょう、幽々子様!」
「まあ、妖夢がそう言うなら……」
萃香は白玉楼へも訪れていた。
あからさまに萃香を毛嫌いする幽々子は、宴会への参加を断ろうとしていた。
理由は単純、萃香は妖夢を傷つけた張本人だからだ。
「なんだか、見ないうちに目つきが変わったね」
「もう、貴女にだって負けませんよ」
「はっはっはっ! いいねぇ、見違えるほどいい目をしてるよ、今のあんた」
妖夢は、萃香に対して憎悪の類は持ち合わせていなかった。
寧ろ、感謝したいと思っている程だ。
妖夢にとって萃香は、自分を成長させてくれた切っ掛けの1つなのだ。
「じゃあ、宴会で会おうか」
「……ええ」
幽々子は納得のいかない様子だったが、妖夢の言葉に折れて宴会への参加を決めた。
◆◇◆
「よッ! 咲夜」
「……魔理沙」
「お前がせっせと働いてない宴会なんて、初めてじゃないか?」
「そうねぇ……確かに」
宴会には多くの参加者がいた。
これだけの人数を、萃香は能力を使わずに集めたそうだ。
紅魔館もそうだったように、全ての参加者のところへと足を運んで、自ら宴会に誘ったのだ。
もちろん、分身体を駆使して。
そして今も、その分身体を使って酒や料理を皆に運んでいた。
そのおかげで私は仕事を失い、こうしてゆっくりと酒を飲むことが出来ていた。
料理担当は藍だそうだが。
「お前は聞いたか? 妖夢の話」
「妖夢の話?」
「あいつ、空気を斬れるようになったって……」
「あぁ、その話?」
「なんだ、知ってたのか」
「知ってるも何も……体験済みよ?」
「お……マジか! まあ、確かに妖夢なら真っ先にお前に見せそうなもんだ」
「なにかと、ライバル視されてるわよね……別にいいけど」
「同じ従者で刃物使いだからじゃないか?」
「––––なに? 私の話?」
私と同じく仕事を失った妖夢が声をかけてきた。
手には酒瓶がある。
ちょうど私達の酒も切れかかるところだった。
「妖夢は凄いなって話だぜ」
「私が……凄い?」
「だって咲夜に勝ったんだろう? 空気を斬るとかいう技で」
「え……? 私負けたよ?」
「なんだ、そうなのか? てっきり私は妖夢が始めて勝ったのかと……」
「1回は勝ってるわよ!」
馬鹿げた会話を繰り広げる2人を尻目に、私は手にあった酒を飲み干した。
不意に視線を感じ、振り向けば––––
「結構飲んでるみたいね」
「ええ、貴女はまだまだ素面?」
「飲む相手が居なかったから」
魔理沙がここへ来た時点でなんとなく予想はしていたが、霊夢がこちらへやってきた。
「珍しいわね、いつもは周りに人妖が溢れるのに」
「まあ……そうね。妖怪に関しては迷惑なだけだけど」
「萃香のやつ、ここで萃める力でも使ってるのかしら?」
萃香と八雲紫を中心に、お嬢様や亡霊の姫が酒を飲み交わしていた。
「それで、寂しくなっちゃったの? 霊夢?」
「別に、そういうわけじゃ……」
「冗談よ。ところで……あの鬼、いつも貴女のところに居るんだって?」
宴会騒動の後、萃香は博麗神社に入り浸っていた。
そのことを風の噂程度に耳にしていた私は、霊夢に尋ねた。
「ええ、最近はしょっちゅう居るわね。どうして?」
「いや……少し聞きたくて」
「何を?」
「––––どうしてあんな奴と一緒に暮らせるの? 敵とも言える、あんな妖怪と」
私の脳裏には、萃香の言葉がチラついていた。
「別に私だって、暮らしたくて暮らしてるわけじゃないわよ?」
霊夢は冷静に言葉を続ける。
「そもそも、アイツが勝手に住み着いてるだけだし」
「それを、嫌だとは思わないの?」
「まあ……嫌ではないわね。嬉しくもないけど」
「……はぁ、貴女らしいわね」
「あんたは"らしく"ないけどね」
「…………」
霊夢が私の瞳を覗き込む。
少し照れくさくなって、視線を逸らしてしまった。
「あんたって、酒が入ると結構弱気になるわよね?」
「……」
「いや……普段は強がってるだけで、案外弱い人なのかしら?」
「わ、私は……ッ」
––––霊夢は笑っていた。
私を馬鹿にしてる訳ではない。
その優しい微笑みを前に、私は何も言葉が出なくなってしまった。
◆◇◆
「随分と表情が柔らかくなったわね、あの子」
八雲紫は、レミリアにお酌をしながらそう言った。
レミリアはそれを不思議に思うことなく、注がれた酒を一気に喉に流した。
「…………ああ、そうだな」
「貴女の理想には近づいた?」
「なんでもお見通しだな、お前には」
「貴女だって"視"通せるでしょう?」
「私のは、そんなに便利なものじゃないさ」
レミリアはお返しとばかりに、紫に酒を注ぎながらそう言った。
そして自酌してから、言葉を返す。
「でも、お前には分かってるんだろう?」
「さぁ、何のことかしら」
「はは……まあいいさ。お前も私も、月が満ちるのはこれからだ」
「貴女が言うなら、そうなりそうね」
「いいや、そうなるんだよ」
「ふふっ……ならば、そんな私たちの理想郷に––––」
「「乾杯」」